第46章  厄介な追跡者

 シチリア島、イタリア半島の南に位置する大きな島で、地中海を中央で二分するような位置にあるイタリア半島から見て、地中海に栓をしているような位置にある。太古から様々な勢力の下に置かれ、北アフリカとヨーロッパを繋ぐ要衝として機能してきた島でもある。
 ここの島の最大都市であるパルレモにキラとラクスはやって来ていた。特に何か目的があった訳ではなく、ユーラシアと東アジア、汎イスラムの戦争が始まったから戦火から遠ざかる方向に移動しただけであったが、第一次プラント大戦以降は大きな戦果にも見舞われずに来たこの都市は戦災の痕跡も少なく、キラにとっては久しぶりに気を休められる場所となっていた。
 戦争で一度心を壊してしまったキラはもう一度武器を取って戦う道を選んだが、結局その後も続く戦いを止めることは出来ず、心身を急速にすり減らしてつぎはぎだらけながらも再構築した心を再び壊しそうになっていた。このために2人は戦争から遠い場所で生きる事にしたのだが、一番戦火の跡が少ない大西洋連邦は2人が踏み込むには逆に危険でもあったので身を隠し易いユーラシア連邦を転々としていたのだ。
 いずれ何処かに落ち着こうとは考えていたが、今はまだそういう場所も見つからず2人で気ままにあちこちを旅してまわっている。この都市にも偶然立ち寄っただけで、しばらく滞在したらまた移動するつもりであった。

 パレルモの噴水広場の前で2人は一度別れ、それぞれに街を回ってからホテルで合流するという計画を立てていた。

「それではキラ、余り遅くならないうちにホテルに来てくださいね」
「うん、分かってるよラクス」

 少し影を感じさせる笑みを浮かべて離れていくキラ。時折彼はこのように1人になりたがる時がある。以前と比べれば大分落ち着き、普通に過ごせるようにはなったのだが、一度壊れた心は完全には元には戻らないのかもしれない。急に1人になりたがるこの行動も、そういった心の歪が起こしているのかもしれないとラクスは思っていた。
 キラを見送ったラクスは、彼が港の方に向かっていくのを確かめると溜息を漏らしてから踵を返して街の方へと歩き出した。そして広場のベンチに腰を降ろすと、少しして隣に壮年の観光客らしき男性が腰を降ろした。傍目には別に珍しくない光景であったが、ラクスは隣に腰を降ろした男性を横目で一瞥すると顔を向けずに喋りかけた。

「少し待たせてしまいましたか?」
「いえ、問題ありません。キラ様はお一人にして大丈夫なのですか?」

 男は片手で携帯端末を取り出して何か操作しながらラクスの問いに答える。キラの事を問われるとラクスは力なく首を左右に振った。

「いつか、落ち着いてくれると信じていますよ」
「ダコスタ室長からは連絡を取るだけで干渉はしないよう言い含められておりますので、こちらから何かする事はいたしませんが、医療機関に相談された方が宜しいのではないでしょうか」

 男はキラの精神状態を案じているようだったが、ラクスはそれには頷かなかった。キラがそれを言い出すならそれも良いかもしれないが、彼はそれを口にする事は無かった。だからラクスもキラを尊重して自由にさせている。キラが望まない事はしないとラクスは考えているようで、男もそれがラクスの方針ならと受け入れてそれ以上は何も言わなかった。

 出奔したキラとラクスだったが、その足取りはダコスタが率いるラクス派のチームによって常に監視が行われていた。キラにはそれと悟られないように注意しながらラクスにだけ接触して時折情報を渡したり困りごとは無いかを尋ねたり支援をしたりしている。
 これはラクス派の独自の動きで、情報はオーブにもコンパスにも共有されていない。おかげで2人の動きはかつての仲間たちにも知られずに済んでいたのだが、ダコスタ達の裏側からのバックアップもあったのだ。最も彼らはラクスの意思を尊重して干渉しようとまではしてこなかったので、2人の旅の行き先は2人の気まぐれで決められていたのだった。おかげでダコスタたちはターミナルの目からも逃れながらラクスたちを追いかける必要に迫られて中々に苦労をしていたりする。
 
 



 シチリアの海の傍でボートで上陸したカガリたちは、海岸にボートを陸揚げして隠してこれからどうするかを話し合っていた。乗って来たキャバリア―は海に潜水させて浮きを目印として浮かせている。
 カガリは全員を見回すと、これからどうするかを尋ねた。

「さてと、予定通りシチリア島に来たわけだが、どうする、このままパレルモに行くか?」

 カガリに視線を向けられた一同は、フレイとトールとシンを除く全員がカガリの方を見ずに海を見ていた。その様子にカガリが苦笑いを浮かべている。

「お前ら、気持ちは分かるが一旦海から離れろ」
「ああ、悪い悪い。海がすごく綺麗だったからさ」

 アスランが謝りながら海から目を離す。それに続いてメイリンやセラン、ボーマン、イングリッドもこちらを向いてくる。彼らにはこの地中海の海がとても綺麗に見えているのだが、カガリたちオーブ在住者からは地元の海の方が透明度が高いかなと思っていた。
 カガリに続いてフレイとトールも苦笑いを浮かべる中、シンが困り顔でカガリに聞いてきた。

「あの、カガリさん、これどうするんです?」
「何処かその辺に繋いどけ」

 シンの手にはロープが握られていて、その先には全身をロープでグルグルに縛り上げられて猿轡まで噛まされたカガリが転がっていて、怒ったようにムームーと抗議の声を上げている。どうやら発見された後に縛り上げられてしまったようだ。
 カガリは自分の扱いが相当に不満なのか怒った目でシンともう1人の自分を睨んでいるが、シンはともかくカガリは全く意に介していなかった。なまじ自分と同じ顔をしているだけに余計に腹が立つのだろう。
 なお付き合いが長いフレイとトールには昔のカガリに似てるなあと思われている事は気付いていなかったりする。

「全く、大人しく艦に残ってりゃ良かったのに。ここに残してっても面倒、MAに残しておいても面倒、いっそ海に沈めとくか?」
「そんな事出来る訳無いでしょう、いい加減諦めなさいな」

 セランがシンからカガリを引き取って兄にロープ解いといてと押し付ける。押し付けられたボーマンが仕方なくロープを解きにかかるが、凄く固く結んであるようでコーディネイターのパワーでも解けないと抗議の声を上げ、アスランとシンが手伝いに入った。
 3人がかりで必死にロープを解こうと頑張っている姿を横目に、カガリはどうしたもんかとイングリッドを見た。

「なあイングリッド、この辺りだと何処に行けば良いと思う?」
「そうね、この辺りは戦災の影響も少ないから、レジャーボートで海を見るのはどうかしら?」

 近くの街にどう行こうかと相談したつもりだったのだが、イングリッドからは遊びの希望を伝えられてしまった。カガリは最初固まってしまっていたが、すぐにそれを苦笑に変えてアスランを振り返った。

「だそうだぞアスラン、とりあえずボートでも借りるか?」
「金の無駄な気もするが……まあ良いか。ただし買う物買って帰るんだから長居は駄目だぞ」

 しょうがなさそうにカガリが頷き、アスランがそれじゃレジャーボート乗り場を探すかと海岸沿いの道路沿いに歩きだす。それにみんなが続いていくが、フレイだけが複雑そうな顔で島の内陸を見ていた。

「どうしたフレイ?」

 動こうとしないフレイにカガリが声をかける。それにフレイは何とも言えない複雑そうな顔で答えた。

「この島、私たちの世界だとザフトと連合軍の最前線になった事があるのよね。ほら、アフリカからヨーロッパに行く時にこの辺りはザフトに制圧されてたでしょ」
「そういえば、そうだったな」
「この島も、私たちの世界だと破壊され尽くしたのよ。今はもう大分復興されたでしょうけど、この景色は私たちの世界には残ってないと思う」
「……ちょっとくらい観光も良いかもな」

 自分たちの世界では失われてしまった景色を見ることが出来るというのは聊か複雑であるが、見る機会があるのならば見たいというのも否定は出来ない。それに、折角観光地に来たのだから息抜きくらいしたいという願望もある。
 周囲を見回して、カガリはフレイの手を掴んで歩き出した。カガリに引っ張られたフレイは最初戸惑っていたが、すぐに笑顔になると彼女の横に並んで歩きだす。久しぶりに戦争とかが関係の無い、平和な時間なのだから。
 だが、そんなカガリの内心を察したのかフレイがそっと囁いてきた。

「カガリ、帰ったらきっとユウナさんとミナ様が山のようなお仕事で出迎えてくれるわよ」
「人が折角良い気分でいるのにそういう事言うああ!」

 余りにも鮮明に嫌な未来が見えてしまってカガリは顔色を青くして悲鳴のような抗議の声を上げ、フレイは笑いながら逃げ出して先に行っている仲間たちの方に走って行く。それをカガリが追っていき、先の方からトールの俺を盾にするなあという叫びが聞こえてきた。



 マリーナにやって来たカガリたちは早速プレジャーボートをレンタルして2隻に別れて海に出る事にした。1隻目はボーマンが操縦して2人のカガリとフレイ、ソアラが乗り込み、2隻目はアスランが操縦してトール、シン、イングリッド、メイリンが乗っている。2人のカガリが一カ所に集められているのは、カガリを押さえ込めるのはカガリとセランだけだとフレイが言ったからだ。男たちは流石に駄目だし、メイリンは恐れ多くて何も出来ない。イングリッドだとやり過ぎかねない、自分では暴れるカガリは止められないと言ってカガリとセランのいる方に押し込んだのだ。フレイがカガリを止められないという意見にはほぼ全員が笑って何言ってんだお前はと態度で語っていた。
 2隻のプレジャーボートはティレニア海に面する北側の青い海面で停泊すると、青い海を眺めながらのんびりと持ちこんだ飲み物なのを飲みながらゆったりとしていた。そんな中でアスランだけが海の中を覗き込んで難しそうな顔をしている。そんなアスランに後ろからトールとシンが声を掛けた。

「何見てるんだアスラン?」
「あんまり身を乗り出すと落ちるっすよ」

 トールとシンも海を覗き込むが、海中には魚が見えるだけだ。2人が何を見ていたのかと改めてアスランを見ると、アスランは真剣な顔で答えてくれた。

「釣り竿を持ってこれば良かったな、と思ってな」
「……アスラン、こういう所で釣り竿を出すのはマナー違反じゃないかな?」
「普通、こういうシチュエーションだと景色とか女の事かに興味示すもんじゃないんすか?」
「俺はそういうのはもう勘弁して欲しいんだ」

 うんざりして、というより疲れ果てて燃え尽きた顔でアスランが水平線に視線を向ける。その哀愁漂い過ぎる背中にトールとシンは気圧され、メイリンはアスランと2人を交互に見やり、イングリッドが何かを思い出そうとするように視線を少し宙に彷徨わせている。

「そういえば、前にフレイの夢と繋がったときにアスランも見たけれど、最後の方はまるで燃え尽きたみたいになってたわね」
「ああ、フレイとイングリッドはテレパシーで繋がってるんだっけ」

 イングリッドの言葉にトールがそうだったと頷き、燃え尽きたと言われたアスランを同情した目で見る。一方シンは向こうの船のフレイとこちらのイングリッドを見て、両手をポンと合わせた。

「なるほど、こっちの世界だと電波は双方向なんですね」
「なんだシン、その電波って?」
「ほら、大戦中のフレイさんとかリンクス中佐とかフラガ少佐って人に聞こえない何かが聞こえてたり見えない誰かと話してるような時があったじゃないですか。あれを見て僕とキラさんは電波受信中と呼んでたんすよ」
「シン、フレイに聞かれたらどつかれるから気を付けろよ」
「……キラさんと一緒に何度も殴られましたよ」

 フッと一息吐いてシンが遠い目をする。過去に何度も余計な事を言ってキラ共々制裁を受けていたのだろう。だが電波の双方向と言われたアスランは前に見た街の防衛戦におけるイングリットとフレイのリンクの事を思い出して確かにと頷いていた。

「送受信中か、言いえて妙だな。確かに前に見たイングリッドはそんな感じだった」
「え、そんな感じに見えた?」
「ああ、イングリッドがここに居ないフレイに向かって一方的に話しかけている姿は、傍から見るとちょっとホラーだったぞ」

 見えない誰かと話すイングリッドの姿は、それが理解できない者から見れば何とも不気味なものに思えるだろう。アスランとて話の流れで相手がフレイなのだと予想出来ていたからまだ受け入れられたが、予備知識無しで見たら心霊現象の類に思えたかもしれない。
 だがそれを言われたイングリッドは不満だったのか、一気に機嫌を悪くして拗ねたように頬を膨らませてプイっと横を向いてしまった。

「電波とか送受信中とか流石に失礼でしょう!」
「い、いや、その、すまなかった」
「謝っても駄目です、後で3人纏めて怒られなさい」
「え?」
「僕たちも?」

 トールとシンが巻き込まれたという顔で驚くが、イングリッドは2人の方を見向きもせず目を閉じて何かをブツブツ言っている。それは少し離れていた2人には聞こえなかったが、近くにいたアスランは顔色をどんどん悪くしていくのが分かった。そしてアスランが視線を向こうの船に向けて、怯えたようにその場に尻もちをついてしまった。その姿を見てトールとシンも向こうの船を見て、表情を引き攣らせて後ずさりしてしまった。
 向こうの船から強烈な怒気が向けられてくる。その発生源はこちらを睨んでいるフレイで、近くに竦んでその場に膝を付いて抱き合って震えている2人のカガリが居る。そのフレイを見たトールは引き攣りまくった顔で尻を付いているアスランに声を掛けた。

「お、おい、ヤバいぞあれは」
「一体何がフレイの逆鱗に触れたんだ?」
「いや、それは俺にも……ってシン、足にしがみ付くんじゃない!」
「ト、トールさん、僕もう怖くて腰が抜けちゃって」

 フレイへの恐れが骨の髄まで染み込んでいるシンには今のフレイは抗う事の出来ない恐怖の象徴に見えるようだった。それ様を見たトールは調教されすぎだろと思ったが、それを代償に彼は強くなったのだ。
 フレイの怒気を叩きつけられて怯えている3人に向けて、何やら頷いているイングリッドがニッコリ笑って振り返ってきた。

「3人とも、帰りの道中でフレイが話があるそうよ」
「まってくれイングリッド、弁明の機会をくれ!?」
「俺はただの冤罪だろう!?」

 アスランとトールが悲鳴を上げる。シンは蒼褪めた顔で膝を抱えてぶるぶると震えている。確実に訪れる死を前にして2人は必死に助けを求め、1人は既に絶望している。その凄惨な状況にメイリンは嘆息して天を仰いだ。

「こんなに怯えるアスランもシンも、見てて新鮮と言うか、可愛いと言うか、こんなの見せられた私はどうしたら良いのかなあ?」

 今後ターミナルに戻ってもアスランの顔を見るたびにこの時の事が思い出されて吹き出してしまいそうで、メイリンはちょっと深刻に困っていた。そしてその姿をこっそり写真に収めると、後で姉たちに見せてやろうと思っていた。





 ホテルへのチェックインを済ませた後、ラクスは特に行く当てもなくブラブラと街の中を散歩していた。特に見たいものがある訳では無かったが、ホテルで1人で待っているのは流石に退屈なので散策に出る事にしたのだ。
 ダコスタの手勢がもしかしたら遠くからこっそり見ているかもしれないが、彼らは余程の事が無い限りこちらには干渉してこない。そのようにラクスが言い含めていてダコスタがそれを受け入れているからだ。
 とはいえ幾らキラとラクスが望んだからと言って全くの無防備にしておくことはラクス派が納得するはずも無く、気付かれないような距離を取りながら護衛をしている。最もそれをラクスが望んでいる訳では無く、幾度か途中で撒こうとしたこともある。
 今日もちょっと追跡の目を振り切って建物の陰で一息つき、ダコスタさんは過保護すぎますとぼやいて周囲を見回してゆっくりと歩き出し、海岸沿いに出る。そこで海を眺めながらゆっくりと散歩を楽しもうと思っていると、ふと聞き覚えのある声を聞いてちょっと驚いてそちらを見た。そこにはカガリではない別の女性の手を取ってボートから桟橋に移っているアスランの姿があった。

「あれは、まさかアスランの浮気ですか?」

 あのアスランにそんな甲斐性がという驚きと、浮気現場を見たという新鮮な興奮が相乗効果を起こして興味津々になってしまった為に、目の前の隠された真実に気付けなくなってしまっていた。アスランに手を引かれて船から桟橋に移っている女性が、つい最近に死闘を演じたイングリッドであることに彼女は気付いていなかった。



 海から戻って来たかカガリたちの船が岸に接岸して渡し板が架けられ、5人が岸へと移っていく。本来ならアスランたちの船も傍に付けるべきだったらだろうが、今近付いたらヤバイと判断したアスランがわざと離れた桟橋につけて、飛び出すようにトールとシンが桟橋に移って逃げていく。それを見てメイリンが置いていかないでよと声を上げて後を追い、取り残されたアスランが困った顔で桟橋にロープを投げて係員に係船柱に繋いでもらい、エンジンを止める。そして乗り込んで来た係員にキーを渡すと、イングリッドを振り返った。

「さて、俺たちも街に行くか。でもイングリッドはどうする、その髪は目立つと思うんだが」
「そうね、厄介な誰かに見られてコンパスとかに通報されても面倒だし、どうしましょう」
「じゃあ大きめの帽子でも被っておくか、日焼け対策にもなるし」

 アスランが荷物からつば広のハット型の白い帽子を出し、イングリッドに渡す。詰め込まれていたためか皴が出ていたのでイングリッドはそれを奇麗に伸ばして頭に被せた。深めの帽子と大きなつばのおかげで特徴的な青い髪が隠れ、周囲からは顔が見えにくくなる。聊か目立ちそうでもあったが日差しの強い観光地という事を考えれば問題も無いだろう。
 帽子を被ったイングリッドは少し気恥ずかしそうであったが、なぜこんな物が入っているのかとアスランに聞いた。それに対してアスランは艦長からもらったと答えた。

「ラミアス艦長が海沿いの街で遊ぶなら持っていきなさいと言って渡してきてな。本当に役に立つとは思わなかったが」
「フレイたちには良いの?」
「一応フレイやカガリやセランさんの分もあったんだが、結局渡しそびれてしまったな」

 荷物の入ったバッグを担いでアスランは桟橋に移り、振り返ってイングリッドに手を差し出した。

「ほらイングリッド、少し揺れるし段差があるから気を付けてな」

 差し出された手をじっと見るイングリッド。そして顔を上げてアスランをまじまじと見つめ、胸の前で腕を組んで小さく頷く。

「なるほど、誰にも自然にこういうことが出来るところが女性にモテるのですね」
「いきなり何の話だ?」

 怪訝そうにするアスランにイングリッドは何でも無いですと言ってアスランの手を取り、桟橋へと移る。そして街へと歩き出した2人は、見慣れなお街並みに目を向けながらゆっくりと歩いている。アスランはイザークだったら興奮して大変だっただろうなと考古学趣味の友人の顔を思い出してしまう。
 そんな事をも思い出して小さく笑いうながら隣を見ると、意外にもイングリッドが光地巡りを素直に楽しんでいる様子で、アスランは意外そうに声を掛けた。

「楽しそうだなイングリッド」
「ええ、そうね。私もこんな風に落ち着いて観光地を巡るのは初めての事だから」
「初めてって、君は地球の国に居たんだろう。何処かに旅行くらい行かなかったのか?」
「私たちアコードは、母上の指示に従って計画を遂行する事に全力を挙げていたから、そんな余裕は無かったわ。あの頃は何時か言ってみたいと思っていたことが、全てを無くした後で叶うなんて皮肉な話だけど」

 少し寂しそうに笑うイングリッド。仲間たちと一緒に来たかったと思っていたのだ。アスランもイングリッドの内心を察する事が出来たので、それ以上は何も聞かずイングリッドより一歩先に出て歩き出した。

「そろそろ行くか、頼まれ物も買わないといけないし」
「そうね、余り離れるとカガリたちを見失ってしまうし」
「だが向こうも観光を楽しみながら動いているようだし、こちらものんびり行っても大丈夫そうだな」
「あら、2人で観光地を回るなんて、デートみたいね」
「イングリッド、そういう事を言うのは勘弁してくれ。恋愛絡みは俺には鬼門なんだ」
「……フレイたちから聞いてはいたけど、相当に重症なのね」

 顔も良くて家柄も名誉も申し分ない超人でありながら、ここまで女性不信になるとはどんな目に合ってきたのだろうか。アコード以外を人と思っていなかった仲間たちの方がまだマシなのではないのだろうか。
 前に聞いた話ではフレイは一緒に居てもそういう感じにならない稀有な相手だから大丈夫で、今はカガリもその枠に入っているらしい。女の扱いとしてそれはどうなのかと思わなくはないが、フレイとカガリ以外が相手だとこうなってしまうというのだからしょうがないのかもしれない。
 ただ、イングリッドは何時の間にか悪い意味でフレイやカガリの影響を受けていた。そしてオニール号の艦内で生活するうちに色々俗っぽい面も見せるようになっている。これまでサラブレッドとして完璧に用意された世界で生きてきた彼女にとって、4人に拾われてからの生活は新体験の連続であり、無垢な少女のような部分があった彼女にとってそれは身を蝕んでいく猛毒のように作用したのだ。
 イングリッドはちょっとだけ考えると、悪戯を思いついた時にフレイやカガリのような笑みを浮かべてブツブツ言っているアスランの左腕にそっと自分の右腕を絡ませていった。

「な、何だイングリッド?」
「周りを見て見なさい、みんなこんな感じよ」
「い、いや、それは恋人とかで俺たちはそういうのでは……」
「極力目立たないように、という方針なのでしょう?」
「うぐっ……」

 微妙に反論し辛い所を突かれてアスランの勢いがたち失われて反論に屈してしまうそれを見たイングリッドがここが好機とばかりに周りにも多いのだから目立たない筈よと言い募り、勢いを無くしたアスランはそのまま押し切られるように肩を落としてしまった。

「分かった……」

 色々諦めた顔で頷くアスランにイングリッドは必死に笑いだすのを堪えていた。なるほど、フレイが時々アスランをこうやって揶揄う理由が良く分かる。イングリッドは他人を弄んで遊ぶという快感を理解してしまったのだった。
 だが、イングリッドの言葉は半分外れていた。確かに観光地だけあって恋人同士も多かったのだが、このレベルの美男美女が腕を組んでいるというのはどうしても目立ってしまうのだ。本人たちは気付かぬままに衆目を集めているのを遠くから見ていたトールとシンとメイリンは、どうするんだあれと呆れてしまっていた。

「目立ってるな、あいつら」
「フレイさんと一緒の時も思ったんすけど、アスランさんも美形っすよねえ」
「あれは迂闊に声かけられないよね、どうしよう」

 メイリンだけちょっと羨ましそうに言っているが、大きな白い帽子を被ったイングリッドが困り顔のアスランと腕を絡めているのは端から見ると美男美女のカップルであるが、周囲の視線を引いていて目立たずに買い物をするという目標には全く合致していなかった。ついでに言うとトールはイングリッドの笑顔がキラを揶揄う時にフレイに似ている事に気付いていた。



 1人は困惑して、1人はとても面白そうなカップルを後ろからこっそりつけていたラクスは、アスランがあんなに戸惑いながらも真面目に女性をエスコートしているのを見てちょっとだけ腹を立てていた。自分の時もデートをした事はあるが、明らかにこちらに意識を向けず自分勝手に自分の好きな所を適当に回って終わり、という流れだったからだ。

「私の時は露骨な程に雑な扱いだったのに、どういう事ですか?」

 あれがカガリが相手であればまだ理解もするが、カガリではなさそうだ。となれば自分の知らない誰かとアスランが逢引きをしている事になるが、あのアスランにそんな甲斐性があるのかと考えてしまうと首を傾げてしまう。とはいえ実際にそこにアスランが女性と一緒に居るのだから否定する事も出来ない。
 これをカガリに知られたら大変な事になってしまうだろうなと内心で思いつつ、ラクスはこそこそと2人の後をつけていく。その奇行は周囲から変な物を見る目を向けられていたが、ラクスは未だその視線に気づいていなかった。ただそのうち警察を呼ばれそうである。
 そしてそんな素人の雑な追跡が、何時までも気付かれないはずが無かった。軍人のアスランは途中から誰かに追跡されている事に気付いて、警戒の色を見せて相手にばれないように周囲を伺いだす。それまで面白い反応を見せていたアスランが急に警戒を見せた事にイングリッドも気付いてどうしたのかと尋ねた。

「どうしたのアスラン?」
「誰かにつけられてる、イングリッドはそのまま気付いていない振りをしてくれ」
「追跡者……そういう事ならそこで曲がって身を隠しましょう。近付いてくれば私が思考を読んでみるから」
「……超能力を真顔で提案される日が来るとはな」

 人生ってのは何が起きるか分からない物だとか、人生波風立たずに穏やかに過ごしたいんだがとか思いながらアスランはイングリッドの提案に頷き、腕を組んだままイングリッドの提案した角を曲がって狭い路地に入り、視界から消えた所でいきなりアスランがイングリッドの背中に右手を入れ、左腕でイングリッドの膝を救い上げて持ち上げてきた。

「ちょっと飛ぶ、舌を噛むなよ」
「ちょ、ちょっと、アスラン!?」

 驚くイングリッドを無視してアスランはその場から飛びあがり、路地の左右にある壁を蹴り上がって建物の屋根まで上ってしまう。屋根に着地して降ろされたイングリッドは膝を付いて少しの間呆然としていて、そして非難するような目でアスランを見上げて睨んだ。

「い、いきなり何をするのよ、心臓が止まるかと思ったわ」
「すまん、姿を晦ますのならこれが手っ取り早いと思ってな」
「だからって普通人を抱えて壁を駆け上がるなんて考えないでしょう、どういう体をしてるのよ貴方は」
「むう、自称コーディネイター以上のアコードにまでそんな事を言われるとは」

 不本意だと呟きつつ、アスランは姿勢を低くして路地を見下ろす。イングリッドもそれに倣うが、路地に現れた人影を見て2人は声を上げそうになって慌てて口を押えてしまった。路地に入って来てきょろきょろと辺りを見回していたのは、どう見てもラクス・クラインだったからだ。

「ラ、ラクス?」
「どうして彼女がここに?」

 たしかトールとフレイ経由で聞いた話ではこの世界のラクスはキラと共に出奔して行方知れずという事だったが、その行方不明の筈のラクスが目の前に居て姿を消した自分たちを探してきょろきょろと周囲を見回している。彼女の常識でも人間が壁を蹴り上がって二階の屋根に上るというのは想像も出来ない事のようだ。
 そしてラクスは2人を探しながらおかしいなと首を傾げて路地の奥へと歩みを進めていく。どうやら2人が走って先に行ったのではと思ったようだ。折角アスランの浮気現場を押さえられましたのにとかブツブツ言いながら去っていくラクスを見送った2人は、浮気現場ってどういうことだと顔を見合わせてしまった。

「浮気って、何で俺とイングリッドを見てそんな事を?」
「恐らく、私の方は誰か分からないままアスランだけに気付いて、カガリ以外の女性を同伴させているのを見てそう思ったのでしょうね。
「それは……」
「きっと後でカガリに教えるつもりなのでしょうね」
「色々とすまん、この世界の俺……」

 浮気の冤罪を吹っ掛けられてしまったこの世界の自分にアスランは素直に詫びていた。きっと後で酷い目に合わされるだろうこの世界の自分に対して聊かの罪悪感を抱いてしまったのだ。
 ラクスが去っていったのを確認したアスランンは今度はちゃんとイングリッドに断りを入れて彼女を抱き抱えて道路に飛び降り、彼女を降ろしてからどうするかを尋ねた。

「これからどうする、まさかラクスが嗅ぎまわっているとは思わなかった」
「そうね……そういえばフレイたちは何処に行ったのかしら?」
「しまった、ラクスを撒いているうちに距離が開いてしまったな」

 途中でここで落ち合おう、という場所は決めてあるので最悪そこに向かえば合流は出来るし、短距離通信機もあるので連絡も取ることは出来る。もっとも通信機は傍受されて変な連中を呼ぶ危険があるので、出来ればあまり使いたくはない。
 だが、悩んでいるアスランを見てイングリッドは疑問を感じていた。向こうの世界ではアスランはラクスと恋仲だったと聞いていたのに、目の前にそのラクスが生きて歩いているのを見て何も感じないのだろうか。

「アスラン、彼方はラクスを見てもなんとも思わないの?」
「……正直、自分でも不思議なんだが何とも思わないな。容姿からあれがラクスだというのは理解してるんだが、葛藤も何も出てこないんだ。むしろ違和感を感じるな。フレイやトールがサイやカガリを見て違和感を覚えていたって気持ちが理解出来たよ」
「じゃあ、会って話したいとかも感じないの?」
「そういった焦燥感も無いな、むしろ去って行ってくれてホッとしている。こんな自分に違和感を覚えるのはあるがな」

 向こうの世界での人間関係は、こちらでは何の意味も持たないという事をアスランも思い知らされていた。だがそれは向こうからこちらに対しては関係があるらしく、こちらのカガリはアスランに対して時折苦悩して身悶えている。それを見る度に周囲は大変だなあと同情する事しか出来なかったのだ。
 ラクスの事はどうしようかと少し考えて、とりあえず今は注意するに留めておく事にした。そして仲間たちとはまあ合流は出来るし問題は無いかと割り切ってしまった。

「まあ良いか、それより買い物をしないとな」
「そうね、荷物も多いし。あと何処かで昼食を摂りましょうか」

 最悪、ラクスにカガリたちが見つかったらカガリが拘束してしまいそうだが、その時はその時だと思った。別に拉致したわけではなく向こうからやって来たのだが既にこの世界のカガリが身内になってしまっているのだから、ラクスが加わって来ても多分何とかなるという気がする。ラミアス艦長も気にはしないだろう。
 ただ、元の世界の知人との遭遇率が妙に高い気がしてアスランは運命の悪戯というものを信じたくなってしまった。この後も更に他の知人と会う事があるのだろうか。


ジム改 要望のあった平和な観光旅行です。
カガリ 平和か、本当に平和なのか?
ジム改 何処にも戦闘兵器は出てないじゃないか。
カガリ 兵器は出てこないが修羅場が起きる未来しか見えないんだが。
ジム改 どこからどう見て平和な観光旅行だというのに。
カガリ でも、もしラクスを拉致ったら非常に面倒な事になりそうなんだが。
ジム改 この世界のカガリを連れている時点で非常に面倒な事になってるぞ。
カガリ こっちのオーブはパニック起こして行政機能止まってそうだからな。
ジム改 パニック起こして各地に捜索隊を派遣して揉め事起こしてるからな。そのうちユーラシアでオーブ軍が他国と衝突するんじゃないかな。
カガリ 暴走国家怖いなあ。
ジム改 今のオーブって銀英伝のラインハルトが焼け野原になった宇宙でネームド部下がほぼ居ない状態で新帝国を立ち上げたくらいの状態だからねえ。
カガリ ……そういやあっちの皇帝も神格化されて困ってたな。
ジム改 その新帝国で突然ラインハルトが1人で姿消したとなれば、どんな騒ぎになるか想像が付くだろう。
カガリ こっちの世界だとヒルダみたいに仕事全部回せそうな№2は居ないんだっけ。
ジム改 その辺の人は1期で全員吹っ飛んでるからねえ。
カガリ この展開が許されるのは若者だけの宇宙移民系物語だけじゃないのか?
ジム改 SEEDは元々1stオマージュが多いし、漂流物語に高齢の大人は敵かノイズにしかならんからしょうがないね。
カガリ パオロ艦長が健在だったら頼りになり過ぎて物語的に逆に困る訳か。
ジム改 逆に目的がはっきりしててただそれを目指すんなら宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長みたいな大木みたいなリーダーのが良いんだが。
カガリ 物語の方向性で求められるキャラも色々なんだな。
ジム改 流離う世界は漂流物語じゃ無いから大人が必要になったんだけどな。
カガリ それがキースか。
ジム改 教導役だからメイン成長後は脇にフェードアウトして便利な助っ人おじさんになったのだ。
カガリ リュウさんじゃなくてアバン先生かよ!

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