第45章 平和な旅へ
ユーラシア南部、かつてはウズベキスタンやトルクメニスタンと呼ばれていた地域を舞台として北上してきた東アジア、汎イスラムの連合軍とユーラシア連邦軍の激突が起きている。ユーラシア軍が各地に築いた防衛線に連合軍が突撃をかけて突破を試みては跳ね返されるという戦いがしばらく続いている。
今のそのような戦いの1つが起きている。北へと向かう街道でストライクダガーやジンが正面から撃ち込まれる砲撃の中で翻弄されていた。彼らの進む先に多数の戦車が隠蔽を取って自分を隠しながら砲撃を繰り返していて、リニアガンから放たれる高速弾が地面を抉り、時折MSの表面に弾着の光が走る。
それでも戦車の砲撃だけだったらMSは機動性に物を言わせて突破できたかもしれない。戦車だけでなくMSの姿もあってビームライフルからビームを浴びせてくるのが彼らの動きを邪魔していて、戦車の砲撃を避け切れなくなっている。かといって迂闊に飛び上がればユーラシアのストライクダガーの射撃を受けて良い的になってしまう。
このため地上を駆けるしかないのだが、この遮蔽物の無い開けた場所ならバクゥが最適であり、ダガーやジンを持ってきているのが間違いだったのだろうが、世の中に広く放出されているジンはともかく、珍しいバクゥを部隊運用していたら完全にザフトの参戦を誤魔化せなくなってしまうのでそこまでは出来なかった。バクゥはMSとしても操縦性などが他と大きく異なる機種なので、バクゥを扱えるパイロットはザフトに集中しているからだ。しかもその特殊な形状のおかげで汎用性は全く無く、地上の平地での高速機動戦闘以外ではほとんど使い道がないMSなのだから。
遮蔽物の無い地上をシールドを構えながらダガーがビームを放つが、1発撃つたびに数発の砲弾が返ってきているように感じる。加えてシールドで止めるのには戦車の長砲身リニアガンから放たれる大口径弾は過剰な威力であり、トップヘビーなMSがそのまま受け止めると姿勢を崩されてしまう。かといって止められるよう踏ん張ると機動性が失われて的になってしまう。
この問題をある程度解決したのがビームシールドであるが、コストが高い事もあってMS1機にそこまで高級品を装備させることは難しく、現在でもシールドの主流は実体シールドとなっている。
それでも盾があるダガーはまだマシで、まともに身を守れる盾を持たないジンは直撃がそのまま破壊となってしまうため、ジンはダガーの陰に隠れるか、破壊された味方機の陰で遮蔽を取る必要があった。
この戦闘は自分たちで用意した陣地や地形で遮蔽や有利なポジションを確保したユーラシア軍の戦車やMSが平地で砲火に晒される汎イスラム軍を一方的に撃破するという、陣地構築と準備を整えた防衛線に勢いだけで突っ込んだ部隊が粉砕されるという当たり前のことが起きているだけだった。これがMSが初めて戦場に登場した第一次プラント戦争の頃であればまだ突破できたかもしれないが、対MSの戦術研究も進み、双方にMSが配備された現在ではかつてのような一方的な戦闘が起きるはずも無く、質が追いつけば従来の軍事的常識が当たり前のように適用されただけだった。
余りの被害に堪えかねた汎イスラム軍は遂に指揮官が撤退命令を出し、この場の戦いは徐々に終息していく。それは他の戦場でも見られ、より上級の司令部が各地の先方部隊に撤退命令を出したことが伺える。
これまで各地で敗北を重ねていたユーラシア軍だったが、負け続けている間に後方で防衛線の構築と部隊の集結を進めていて、それが東アジア軍と汎イスラム軍に対して痛烈な打撃を与える壁となっている。
加えてここまでの快進撃が仇となって汎イスラム軍も東アジア軍も前線部隊の進軍速度に補給や後続部隊が追い付いてこれず、部隊間の距離が開いてしまっていた事も状況を悪化させた。
これまでの快進撃で過剰に自信をつけていた連合軍は、自分たちの前に現れたしっかりと作られた防衛線を前にしても臆することなく仕掛けてしまい、そして大きな損害を出して敗退してしまった。
MSの機動性を殺せるよう戦い辛い砂礫砂漠や山岳地を選んで布陣していたユーラシア軍は動きが鈍ったMSに攻撃を集中して仕留めようとして、連合軍に大きな損害を与える事に成功していた。
とはいえこの勝利は連合軍の傲慢さに付け込むことで得られた勝利であり、次から来る部隊はこうはいかないだろうとユーラシア軍の指揮官たちは考えていた。
北へ向かう街道を塞ぐように戦車隊を展開させたユーラシア軍は、地平線の彼方を見ながらこれからの事を不安に思っていた。彼らのいる場所の少し先には激しい戦闘の痕跡が今も散乱していた、破壊された車両やMSが散乱していて、まだ煙を上げている。それがつい先ほどまで自分たちに攻撃してきていた汎イスラム軍の姿だった。
既に戦場掃除は終わっているので生存者は残っていないが、残骸の除去や敵の死者の埋葬までやっている余裕は無い。敵はいつ戻って来るか分からないのだから。
この辺りの部隊を纏めているアレクサンドル少将は部隊を見て回りながら、傷付いた陣地の修繕状況を確認していた。
「準備がギリギリで間に合った、という所だな」
「破られそうなドアに必死に椹木を当てている様なものですが」
アレクサンドルの呟きに副官が憂鬱そうに言う。確かに敵を撃退は出来たが、今のユーラシアには十分な戦力が無い。国内の統制も混乱していて連邦を構成する各地の自治領にも動きを見せない領が多い。特に中欧以西は戦場から遠い事もあって完全に様子見を決め込んでいる。とはいえ彼らも1年前の戦争で大きな被害を出しているうえにジブラルタルは依然としてプラントに占領されているので対応するだけの戦力を動かす訳にはいかないという事情もあるのだが。
援軍の当てもなく、物資も十分とは言えない状況で守り続けるなどということが出来るのだろうか。そんな不安が顔に出ている副官を見て、アレクサンドルは副官の背中を力強く叩いた。
「そんな顔をするな、敵も補給と再編成をしている筈だ、今日明日攻めてくるという事は無い」
「そう、でしょうか?」
「ああ、連中も異常な速さでここまで来たのだ。それが止められたのだから、無理攻めはしてこない筈だ」
伸びきった部隊の先行部隊が敗北して追い返されたのだ。後から来る部隊はもう少し慎重に動くだろうとアレクサンドルは考えている。おそらく初戦での抵抗が余りにも弱くてこのまま行ける所まで行こうと考えていたのだろうが、腐ってもかつては地球連合で第2位の大国だったユーラシア連邦なのだ。たとえ国として崩壊しかけていても、その底力は侮って良い物では無かったのだ。
2人がそんな事を話しながら視察を続けていると、上空から轟音が聞こえてきた。防御陣地の再建をしていた工兵たちが上空を見上げ、やがて歓声を上げながら上空に向けて手を振っている。
アレクサンドルも空を見上げると、上空を空軍の攻撃機の編隊が通過していくのが見えた。戦力の集結に時間がかかっていた空軍が遂に動き出したようだった。戦力を集めた空軍は後退した敵の集結地を爆撃するつもりなのだろう。
「これでもう少し時間が稼げそうだな」
空軍が敵の地上部隊を叩いてくれれば、敵は大きな被害を出して反撃に出てくるのが更に遅くなる。アレクサンドルたちの見ている先で飛行機の群れの姿が溶けていくように消え、やがてその視線の先の方から複数の光が見えて、そして爆発音が聞こえてきた
オニール号を離れる日、カガリたちはオニール号の近くで地上に足を降ろしているキャバリアーアイフリットの乗降口近くでマリューたちの見送りを受けていた。マリューを中心に艦の幹部クルーを始めとする大勢のクルーが見送りに出てきていて、カガリは盛大な見送りだなと少し驚いていた。
「カガリさん、分かってはいると思うけど目立つことはせず無事に戻って来てね」
「あ、ああ、それは分かってるけど、なんか随分大勢での見送りだな?」
そんなに私たちに期待しているのかとカガリが首を傾げると、マリューは小さく噴き出すように笑ってそうじゃないと答えた。
「そういう事じゃないわ、彼らが期待しているのは貴女たちに頼み込んでいるお土産の方よ」
「土産?」
何の事だと思って仲間の方を振り返ると、アスランとトールとフレイとボーマンとセランが大量の買い物のメモを両手で持ってひらひらとさせていた。どうやら彼らはクルーからここぞとばかりに大量の頼み事をされていたらしい。こちらの世界の人間であるイングリットとメイリン、そして1国の代表である自分には流石に頼んでこなかったようだ。
買い物メモを引き攣った顔で見ていたカガリであったが、すぐにそれはおかしさへと変わっていって楽し気な笑い声が口から洩れでしていた。
「ははははは、アークエンジェルの連中も相当だったけど、オニール号の連中も中々に遠慮しない奴らだな艦長」
「誰の影響なのかしらねえ」
困ったもんだと嘆息するマリュー。そんな彼女もフレイに化粧品などを頼んでいるので人の事は言えないのだが、そんな事は噫にも出さなかった。
そしてフレイとトール、ボーマンは艦に残るマチェイたちに艦の防衛の事を頼んでいた。
「マチェイさん、ダニーロさん、ジョージさん、暫くの間、艦の守りをお願いします」
「シンは残ってるから、厄介そうなのはあいつに回してくれればいいから」
「俺の部下も居るから、使ってやってくれ」
3人から艦を頼むと言われたマチェイたちは何処か戸惑いを見せていて、気まずそうに視線を逸らせている。それを見てトールがどうしたのかと尋ねた。
「あれ、何か問題があった?」
「いや、その……俺たち元ブルーコスモスなのに、任せても不安とか感じないのかと思ってな」
「ああ、それにこう言っちゃなんだがパイロットとしての腕もトールたちには遠く及ばないし」
「信用して貰えるのは嬉しいんだけど、なんだかな」
どうやら新参者の自分たちを簡単に信用している事に戸惑っているらしい。それは確かに当然に疑問だったのだろうが、それに対してはトールはあまり気にしていなかった。
「ジャネットを助けたくてこっちに付くようなお人好しだからね、その辺は疑ってないよ」
「そんな程度の事で……」
「それに、技量の方も大分上がっているよ。なあボーマンさん」
「ああ、俺の部下たちより腕は上がってると思うぜ、自信を持っていい」
「それに、鬼のシゴキに脱落せずに付いてこれたんだ、それだけでも認められるには十分さ」
トールとボーマンが自信を持てと3人を励ます。それに3人は少しホッとした顔になったが、トールの話にフレイがムッとして文句を言ってきた。
「ちょっとトール、鬼って誰の事よ?」
「いや、誰のことって、ねえ?」
フレイに食って掛かられたトールが苦笑いしながらマチェイたちを見ると、3人ともげっそりした様子で大きく頷いていた。フレイの猛特訓に付いてこれたのだから、それだけで評価に値する。
4人の反応にフレイはまだ不満そうだったが、ブスっとした顔のままでトールの話を肯定して見せた。
「そうね、腕前の方は私も保証してあげる。シミュレーターの相手のトールのデータも今じゃ弱体化無しでぶつけてるからね。その辺の相手には負けないと思う」
「ほら、鬼教官様のお墨付きも出たじゃないか」
「やっぱり鬼って私の事じゃない!」
鬼扱いされたフレイが怒るがトールもマチェイたちも真顔であれは鬼だろと言って返す。きっぱり言い返されたフレイは悔しそうに唸っていたが、言い返すのも難しいと思ってそれ以上言い返す事はせず、あんたも同類のくせにと怒りを込めてジトっとした目でトールを睨むだけになった。
フレイにジト目で睨まれたトールは冷や汗をかきながら誤魔化し笑いを浮かべ、話題を逸らそうと気になっていた事を口にした。
「そういえば、シンはどこに行ったんだ。3人は何処かで見なかった?」
「いや、見ていないな。少なくとも格納庫には居なかったぞ」
ダニーロが見ていないと首を横に振る。一体シンはどこに行ってしまったのだろうか。
何時までも話していてもしょうがないので、カガリたちはメイリンの乗って来たキャバリアーアイフリットに乗り込んでいく。操縦者のこの世界のメイリンは本当に良いのかなあと悩んでいたが、彼らに付き合ってみたいと思う好奇心のが勝ってしまっていた。それに困った事に、ここまでの僅かな付き合いで彼らと一緒に居るのが楽しくなっている自分にも気付いていた。ここは居心地が良い。
全員が乗り込んだキャバリアーアイフリットがサブスラスターを吹かせて上昇を始め、メインスラスターを吹かせて海に向かって低空を飛んでいく。海岸に出たら海中に潜って基本海中で行動する予定だ。
キャバリアーを見送ったマリューたちは彼らの無事を祈りながらそれぞれの仕事に戻っていく。マリューもフレイたちが抜けたのだから警戒を強化しないといけないなと考えながら踵を返したが、ふと顔を上げると何やら走り回っているサイの姿が見えた。
「あれは、この世界のサイ君ね。一体どうしたのかしら?」
血相を変えて走り回っているサイの姿を見て他の者たちは迷惑そうにしている。彼らにしてみればたまたまこの艦に乗り込んできた現地人でしかないから当然だろう。マリューにしても彼を見ても自分の知るサイとは別人だとなんとなく分かってしまうのだが、それでも良く知っている人物と全く同じ顔が必死の形相で走り回っているのを見ては放っておくのも気分が悪い。
仕方なさそうに溜息を吐いてマリューはサイを捕まえて話を聞く事にした。
「サイ君、一度落ち着きなさい、一体どうしたの?」
「あ、艦長。それが昨日からずっとうちのカガリ様の姿が無くて!」
「こっちのカガリさんが居ないって……」
まあカガリだからじっとしていられないタイプなのは分かるのだが、全く姿を見せないというのも妙な話だ。でもこの艦から出ていっても他の街に辿り着けるわけでもないだろうし、艦内に居る筈なのだが。
そこまで考えて、マリューの脳裏に過去の記憶が蘇ってきた。あれは自分の世界で大戦中に起きた小さなトラブル。確かあれはアルビムとの最初の出会いでもあったか。あの時に確かカガリが問題を起こしていた筈。
「……まあ、カガリさんだしねえ。それくらいやるかもしれないわね」
「ラミアス艦長、何かご存じなのですか?」
「ご存じと言うか、ちょっと昔に会った事を思い出してね」
そういえばあの時は潜水艇、今回はMAという違いはあるが、自分だけ置いていかれているという状況は似ている。そう考えると、この世界のカガリは同じ行動をしてしまったのではないだろうか。
「見つけたらカガリさんたちが怒るでしょうねえ。そしてフレイさんとトール君にツッコまれて歯軋りしてるのが目に浮かぶようだわ」
「艦長、どうしたんですか?」
「そうね、一緒にいらっしゃい。時間をかけてゆっくり教えてあげるから」
悪戯っ気のある笑みを浮かべてマリューはサイを誘って艦へと戻っていく。きっと、この世界のカガリはあのMAに忍び込んでいるのだろうと思っていたのだ。そしてあの機体に居るのなら、まあ大丈夫だろうと思っている。
しかし、あの時は確かキサカが頭を抱えていた筈だが、この世界ではサイが彼のポジションに居るのだろうかと考えてしまい、この青年に同情してしまうマリューだった。
飛行に入ったキャバリア―の窓から北アフリカを見下ろしながら、カガリが懐かしそうに砂漠の景色を見下ろしている。その隣に立ったフレイがカガリに声を掛けた。
「カガリ、あの時とは少し位置が違うけど、やっぱり懐かしい?」
「まあ、そうだな。私たちが初めて会った砂漠を思い出すよ。明けの砂漠のみんなは元気にやってるかな」
「私は砂漠で思い出すといったら、バナディーヤの事かしらね。ブルーコスモスに襲われたり、ザフトに連れてかれてドレス着せられたり」
「そんな事もあったな。砂漠を見るのも数年ぶりだけど、もうずいぶん昔の事に思うよ」
カガリとフレイがまだたった4年前の話なんだよなと昔を懐かしんでいる。それは2人にとって始まりの物語であったが、それを聞いていたアスランにとっては自分の知らない話であった。
「砂漠か、そういえばイザークが昔にまともに歩けないとか愚痴っていたな」
「そういえば、砂漠の虎の所にデュエルが居た気がするな。あの戦い以降はザフトの戦いが本格化して苦労が激増したんだよな」
アスランの回想にトールがそんな事もあったなと相槌を打つ。お互いに関わっていない筈の場所でもこんな縁があるのかと思うと、本当にどうなっているのかと思ってしまうがこれが運命だと言われたらなんだか納得してしまいそうになる。
どうしたものかなと2人が困り顔をしていると、奥の方からなんだか顔色を悪くしたイングリッドがやって来た。
「あの、奥の部屋から妙な物音がしているんだけど……」
「妙な物音?」
「ええ、時々ガタとかムーとかいう物音とか呻き声みたいなのが」
自分たち以外誰も乗って無い筈なのにと不安そうな顔をするイングリッドに、アスランとトールは顔を見合わせた。流石にこのご時世に心霊現象も無いだろうと思ったが、ここまでどれだけの人死にがあったかと思うと今一つ否定し辛い。
「う~ん、お化けの類は考えたくないんだけどな」
「トール、そんな非科学的な物が居る訳無いだろう?」
「いや、そうでもないぞアスラン。聞いた話だけどシンは昔に体がペラペラのサンタクロースが部屋に入って来てプレゼントを置いて去っていく場面に遭遇したことがあったらしい」
「いや、サンタクロースって、本気で言ってるのかトール、そんなの要る訳が……」
トールの言葉に呆れ顔で返そうとしたアスランだったが、その脳裏に過去の記憶が突然蘇ってきた。そういえば、自分も昔にサンタクロースのような物を見た事があったと。シャトルから見た、空を駆ける橇の姿を思い出したアスランは顔色を蒼褪めさせてしまった。
「……ああ、超常的存在は居るのかもな」
「ど、どうしたんだ急に?」
「いや、そういえば俺も昔にそんなのを見た事があったのを思い出して」
「お前も見た事あるのか、サンタって実在したんだな」
トールが世の中不思議な事があるもんだなと何度も頷いている。そして2人は嫉妬団とかも不思議枠だよなとか、アスランが潜水艦で動いていた頃に部下たちが恐ろしい体験をしている事とか、大戦中の不思議体験を話している。それを聞いていたイングリッドはそっちの世界はどうなってるのよと呆れ顔で突っ込んだが、その時いきなり機体が大きく揺れてトールとアスランが慌てて椅子の肘を掴み、立っていたイングリッドがアスランの椅子の背凭れにしがみ付いて転倒を避ける。
乱気流にでも巻き込まれたのかと全員が操縦するメイリンを見た時、奥の部屋から何かが倒れるような大きな音と「何処触ってんだお前!」という怒鳴り声が聞こえてきた。
その声を聞いた全員がフレイと一緒にいるカガリを見て、そして視線を奥の部屋に向ける。今の奥の部屋から何か妙な音が聞こえてきていて、少なくとも幽霊とかポルターガイストとかでは無さそうであることを教えてくれる。
「なあアスラン、今の声って」
「カガリの声、に聞こえたが……?」
カガリはすぐそこにいるのに、何で奥の部屋からカガリの声が聞こえるのか。いや、その答えは1つしかないのだがそれを口にするのがどうにも憚られてしまうのだ。
ただ1人、ここにいるカガリを除いて。
「おい、ちょっと見に行くぞ」
少し怒った顔でカガリが椅子から腰を上げる。それを見てアスランとトールが慌てて立ち上がってカガリより先に奥へと行き、フレイとイングリッドが怒っているカガリを必死に宥めている。セランとボーマンはメイリンの傍で操縦するのを見ていたのだが、後ろが騒がしくなったのでどうしたのかとこちらを見ている。
そして奥に来たアスランとトールは、物音と人の声がする大きなロッカーの前に立ち、お互いに顔を見合わせた。そして頷き合うと、トールがロッカーの扉に手をかけてゆっくりと開いた。
ロッカーの中にはこちらの世界のカガリと、猿轡を噛まされて縛り上げられたシンが入っていた。シンがカガリに倒れ込んでいるようでカガリがシンを押しのけようとしている。カガリはシンを押しのけながら唖然とした顔でトールとアスランを見ていて、シンは涙目で2人を見上げて目で助けを訴えている。
アスランとトールはもう一度顔を見合わせると、何も言わずそっとロッカーの扉を閉めた。するとロッカーの中から必死さの感じられるムームーという叫びが聞こえてきて、それが助けてと訴えかけているように聞こえてしまい、トールとアスランはまた顔を見合わせた。
「どうする?」
「見なかった事に出来ないか?」
「いや、これを見ない振りは流石にちょっと」
流石に罪悪感が咎めるようでトールが困り顔でロッカーを見ている。アスランはこれに関わると碌な事にならないと分かっているのか凄く面倒くさそうな顔になっている。だがこのまま放置しておいても、少しずつ近づいてくる強烈なプレッシャーの発生源がここに来ればどうせこの箱は開けられるのだ。
仕方が無いか、と溜息を漏らしてアスランは頷き、トールが大きな音のするロッカーをもう一度そっと開ける。その中では何があったのか、シンが床に押し付けられてカガリがその上に乗っている。
「……何があったんだ?」
「トール、もう一度閉じてみよう。また姿勢が変わってるかもしれん」
何やら興味津々という顔でまた扉を閉じようとするアスラン。閉じていく扉にシンが抗議のくぐもった声を上げていてトールが話が進まないから止めるんだと言ってアスランを止め、扉を開けた。
「それで、何でここに居るのかなカガリ?」
「ふ、ふん、これには色々と理由があるんだよ」
「じゃあ早く言ってくれ、でないと殺気撒き散らしてるのがここに来ちゃうから」
もう完全に殺る気になっている形相のカガリをフレイとイングリッドがしがみ付いて必死に止めているのを横目に見て、あれがここに来る前に早く吐けと促すトールに、カガリは冷や汗を流して素直に本心を吐露した。
「いや、あそこでずっと閉じ籠ってるのはなんて言うかストレスが溜まって。たまには外に出たいと思って」
「……それで、シンは何故ここに?」
カガリの尻の下で泣いているシンを見てお前は何してんだと思うトール。それに対してカガリは何故か視線を逸らせた。
「いや、それはな、大した理由じゃなくてだな」
「良いから早く言え」
「うう……その、先にキャバリア―に隠れていようと思ったんだが、運悪くシンと鉢合わせてな」
「それで?」
「咄嗟にシンの背後に回って絞め落としたんだが、放置しておくのも不味いと持って縛り上げて持ってきたんだ」
絞め落としたシンを縛って一緒にロッカーに隠れていたらさっきの揺れでシンがロッカーの中で頭ぶつけて目を覚まして、狭い中で動き出したシンが自分の体に触って自分が怒って隠れているのがばれたという流れだったのだそうだ。
トールとアスランは事情は分かったのでとりあえずカガリに外に出てきてもらい、そして尻に敷かれていたシンを引っ張り出して猿轡を外してやった。
「大丈夫かシン?」
「ト、トールさん、助かりましたあ」
「おいおい、泣くなよシン。しかし、何でカガリに負けてるんだお前は?」
一応コーディネイターだろうというトールに、シンは顔知ってる人がいきなり背後に回って首に腕回してくるなんて思いませんよと抗議してきて、トールもアスランも確かにと頷いて、そしてシンを抱えてロッカーの前から移動した。カガリの殺気がもう背中にまで迫っていたから。
3人が退いた先には、フレイとイングリッドを体にしがみ付かせたままの向こうの世界のカガリが仁王立ちしていた。その殺気にあてられたカガリの表情が引き攣っている。
「よ、よお……」
「お前、シンを拉致ったのは置いておくとして、残ってろと言われただろう?」
「置いておかないでカガリさん!?」
なんだかどうでも良い扱いをされたシンが抗議の声を上げるが、カガリは全く聞いていなかった。一方睨まれているカガリは流石に不味いと思ったのかジリジリと後ろに下がっている。
「し、仕方ないだろ、私だって遊びたい時はあるんだ!」
「言われたことはちゃんと守れよ居候のくせに」
カガリがカガリに苦言するという、改めて見るとおかしな状況に誰もがどうすれば良いのかと思っている中で、この空気を全く気にせずにツッコめる女が動いた。
「いや、あんたがそれ言うのカガリ?」
「フレイ、私はこいつの立場を考えない行動にだな!」
「あんたにも前科があるでしょ。キースさんとキラに聞いてるからね、アルビムに私を助けに来る潜水艇に密航して付いてきた話は」
「くっ、キラの奴余計な事を」
「まあ今のあんたはあんな事しないと思うけどね、ユウナさんの教育の成果よね」
あんたを曲りなりにも机に向かわせてデスクワークさせてるユウナさんは凄いわとしみじみというフレイにカガリが気圧されて私だって成長するんだよと文句を言い返すが、最初の勢いはすっかり消えてしまっていた。
そしてこの件に関してはトールとシンも確かにと大きく頷いていて、カガリが睨んでくるが今更それくらいで怯んだりはしない。アスランにロープを解いてもらいながらシンはとんでもない事を言い出した。
「ユウナさんは凄いんですよ、宴会やる時も暴走してるカガリさんを必死でフォローしてますし」
「ああ、あれは本当に大変そうだったな。まさかカガリが飲むと脱ぐとは思わなかった」
「そうですよね、脱ぎ散らかした服を拾い集めて下着姿で誰彼構わず絡んでくるカガリさんの後を追いかけて……」
「本当に大変だよなあの人……」
ユウナの苦労が偲ばれるのかトールとシンが憂鬱そうな顔になる。その反応にカガリが怒ってフレイが苦笑いしているが、そこにシンの言葉に聞き逃せない部分があったのに気づいたカガリが声を上げてアスランに解放されている最中のシンに食って掛かった。
「ちょっと待て、酔ったら脱ぐってなんだ、下着姿で絡むとかなんだ!?」
「え、カガリさんの宴会での醜聞ですけど」
物凄く慌てていて様子のおかしいカガリに面食らいながらもシンが答えると、カガリはその場で頭を抱えて悲鳴を上げだした。
「何やってんだ私、羞恥心とか無いのかお前は。私はアスランにだって見せないんだぞ!?」
「普通にあるわ、そもそも私はその時の事を覚えてない。つうか恋人にも駄目なのか!」
正確にはカガリはアスランとの最初の出会いで下着姿を見られているのだが、その件はカウントされていないようだ。一方で向こうのカガリは質が悪い事に悪酔いした後の事は覚えていないらしい。
だからキサカやユウナの苦労が絶えないのだが、それはそれとしてなんだか面倒そうな方向に話が飛んだのを見てシンがどうしようとトールとアスランに話しかけてきた。
「とりあえず、こっちのアスランさんはその手のイベントは縁が無さそうっすね」
「……一応、俺もそういうのは無いぞ。女性を脱がした事も無いからな」
「俺はまあ、ミリィが居るから」
その手の話題になんだか拒否反応のような物を見せながら答えるアスランに、照れ笑いのような物を浮かべて惚気るトール。その反応を見てシンとアスランが聊か冷たい視線を向けてきたので、トールは慌てて自分への敵意を逸らそうとした。
「そ、そういえば、アスランはそういうのは無かったっていうけど、実際どうなんだ。フレイは痴漢の常習犯みたいに言ってた事もあったけど」
「いや、それは誤解なんだ。確かにフレイとはそういう事が無かった訳じゃないがあれは事故であって俺がそうしようと思ったわけじゃなくて」
「……そういえば、フレイはお前がイングリッドの胸を触ってたのに強く反応してたけど、まさかお前?」
「ち、違うんだ、あれは事故だったんだ、俺はそんなつもりじゃなくて……」
アスランがしどろもどろになって顔を逸らす。それを見たトールとシンはフレイへと視線を向けた。カガリを宥めていたフレイは2人に視線を向けられたのに気づいて、羞恥に顔を赤くしながら気まずそうに答えてくれた。
「トールは覚えてるでしょ、私がユーラシアの森で撃墜された時の事」
「ああ、そんな事もあったな。あの時のキラはフレイを探すんだって言って暴走してたのを覚えてる」
「あの時に私を捕まえたのがアスランだったのよ。その時に私がドジって機体から落ちちゃってアスランにぶつかったんだけど、その時にアスランの手がスーツの中に入って胸を鷲掴みにされたのよね」
あれが私とアスランの縁の始まりよねと当時の事を思い返すフレイ。それを聞いたトールとシンが呆れ混じりのちょっと羨ましそうな目でアスランを見る。だがそれを向けられたアスランは頭を抱えてしまった。
「あれからなんだ、俺が女難に見舞われるようになったのは。しかもだんだん酷くなっていくんだ。特にフレイ絡みになると凶悪さが増すんだ」
「女難ってお前」
こいつ実は結構良い目を見ていたんじゃないかとトールは思ったが、その横をいきなり誰かが通り抜けてアスランに掴みかかっていった。
「お前、アスランの顔とアスランの声でそういう事言うなよ、私が色々困るんだよ!」
「いや、困ると言われても」
「こっちは恋人の浮気告白聞いてる気分なんだよ、困るに決まってるだろうが!」
「……これは新しいパターンになるのか?」
また女に絡まれるのかとアスランも頭を抱えてしまう。この世界の自分が悪い訳では無いのだが、いい加減恨み言を言いたくなってくる。
そして自分の同一存在が痴話喧嘩を始めたのを見てカガリは怒りのぶつけ先が無くなってしまい、不満を抱えながらも吐き出すことが出来ずに苛立っていた。
「こいつ、怒られてたのをすっかり忘れてやがる」
「まあまあカガリ、貴女なんだからしょうがないわよ」
「どういう意味だフレイ!」
「キサカさんやユウナさんに怒られてもすぐに逃げ出してたじゃない」
「うぐっ」
またしてもフレイにやり込められて黙るカガリ。それを見ていたイングリッドは漫才コンビみたいねと2人の関係を揶揄していた。
「カガリがボケて、フレイが突っ込んでって流れが完全に定着しちゃってるわね。漫才コンビのお約束みたい」
「イングリッド、私はボケ役じゃないぞ!」
「そうよ、私も好きで突っ込んでるんじゃないわ!」
勝手に漫才コンビ扱いされてカガリとフレイが抗議の声をあげるが、その息の合い方にイングリッドはおかしそうに笑いだしてしまった。
奥のロッカールームで起きている喧騒に耳を傾けながら、メイリンは楽しそうですねと笑いながらセランとボーマンに話しかけた。
「皆さん楽しそうですね」
「若いって良いねえ、なあセラン?」
「なによ兄さん、彼女いない兄さんが一番ヤバいんだからね」
この機体の中で最年長の自覚あるのかと言い返してくる妹にボーマンは気圧されたように上半身を反らし、肩を落として椅子に腰を降ろしてしまった。何故か全く女性の影が無いボーマンさんであった。
肩を落とすボーマンを見て笑いながら、メイリンは機体を降下させて着水できる場所を探しに入った。適当な場所で潜水に入って機体を隠さないといけないのだ。だがまさか、このちょっとした旅行がとんでもない出会いを呼ぶとはこの時は誰も想像もしていなかった。
ジム改 平和なプチ旅行です。
カガリ 平和なのかこれ?
ジム改 MSの1機も持ちこまない旅だぞ、平和に決まってるだろ。
カガリ 探し回ってたサイが不憫だ。
ジム改 彼は登場時からずっとカガリに振り回されてるからな。
カガリ ……私の事じゃないと分かっているけど、やっぱりなんかややこしいな。
ジム改 一応向こうは女神扱いされてるから別人の筈なんだけどね。
カガリ 私はそんな状況になったら引退して失踪するぞ。
ジム改 それが分かってるからユウナとミナとホムラが全力でその方向に行かないようにしてるんだ。
カガリ 居なかったら私も祭り上げられるのか。
ジム改 ユウナもミナもそれを感じてるから危険視してるんだよ。
カガリ 私は人間でいたんだが。
ジム改 まあ周りに友達がいる間は大丈夫だろ。
カガリ ところでバクゥのパイロットって特殊技能扱いなの?
ジム改 MSパイロットとゾイド乗りは別スキルに決まってるだろ。
カガリ 一応MSという扱いなのに。