第44章  地中海を望む

 異世界でその身を隠していたオニール号は、この世界で情報を得る為に近くの街へ人を出して最近の情勢を探ることになった。元の世界であればニュートロンジャマーの無力化も進んで電波通信も可能になっているのだが、この世界では未だに強力なニュートロンジャマー干渉が続いており、通信は有線が主流となっている。これでは隠れ家に閉じ籠ったままでは情報を得る事が出来ないという事で、マリューは信頼できる人間を何処かの街に送って最近の情報を得てくることにした。
 この役目に選ばれたのが艦のクルーではなく、この世界で暫くの間過ごしていたカガリたちであった。カガリたちはイングリッドを加えることでこの世界の歪みに触れてきており、他の者よりもこの世界に馴染んでいる。この5人にこの世界のメイリン、そしてコーディネイターのオルセン兄妹が付いていくことになる。
 移動手段はメイリンが乗って来た隠蔽能力の高いキャバリア―アイフリッドを使って近くまで移動し、そこからキャバリア―アイフリッドに積んでいった地上車で街に入る事になった。

 一応任務という形ではあったのだが、行く面々は久々の街だとすっかりプチ旅行気分であり、カガリとフレイとセランは何処に行こうかと地図を見ながら話し合いを始め、トールはアスランとボーマンは大西洋連邦の制服は不味いよなと真面目な話をしていて、イングリッドは自分を知ってる相手が居たらどうしようかと考えこんでいる。
 そんな彼らを見て、この世界のメイリンは余りにも暢気な異世界のカガリとその仲間たちに段々と慣れてきてしまっている自分にちょっと驚きを感じていた。

「うん、こっちのアスランとうちのアスランを対面させたらなんか面白そう」

 あの年中むっつり顔の男が、仲間と楽しそうにやっている自分を見たらどんな顔をするのだろうか。その場面を想像してしまったメイリンは、一度見たいなあとかなり本気で考えてしまっていた。
 ただ、彼らは本気でステラを奪還しに行くつもりのようなので、最悪ミレニアムを相手に戦う事になりかねないのがちょっと問題だった。そして怖い事に、今のミレニアムの戦力だったらこの艦の戦力は本当に勝ってしまいそうなのだ。シンとルナマリアとアグネス、ヒルダを相手に彼らはアコードのイングリッド無しで勝っているのだ。今はアスランが加わっているがイングリッドが相手をすればこれも対抗出来てしまう。この艦に勝つにはキラが戻って来る必要があるのだろうが、そのキラは今どこに居るのか分からない。
 本当に彼らがミレニアムに襲い掛かたらどうしようとメイリンが考えていると、何処に行こうかと話し合っていた3人がメイリンに声を掛けてきた。

「おいメイリン、お前はこの辺り詳しくないか?」
「近場の都市となるとアフリカ共同体のトリポリかなって思うんだけど、他に良い所無いかしら?」
「私はアフリカは知らないんで分からないですね」
「私も観光とかしたことは無いからその辺りはちょっと」

 何時の間にかイングリッドもカガリたちの話に加わっていた。意見を求められたメイリンはずいぶん久しぶりの仕事が一切関係無しの平和な話題を振られたことにちょっと嬉しそうな顔をしながら話の輪に加わっていった。



 メイリンが加わってキャッキャと騒いでいる女性陣を横目で見ながら、ボーマンは少し笑顔を引き攣らせていた。

「ありゃ完全に観光旅行のつもりになってるぞ、大丈夫なのか?」
「まあ大丈夫ですよ、カガリもフレイも切り替える時はちゃんと切り替えてきますから」
「この世界に来てから色々物騒な目に合ったり戸惑う事も多かったからな、ストレス発散には良いんじゃないか?」
「ストレス溜まってたか?」

 別にそんな様子は分かったと思うがとボーマンが首を傾げる。アスランとトールも目に見えるレベルでは無かったけどみんな不安だったんですよと言う。

「カガリもフレイも、あれで結構不安を抱えてたんですよ。この世界にたった4人で放り出されたんですから当然なんですけどね。特にフレイはあれで結構怖がりだから」
「イングリッドも仲間を失って大分不安定だったからな。落ち着いたのは本当にこっちに合流する少し前くらいだった」

 来たばかりの頃は本当に大変だったというか、状況が意味不明過ぎて現実を受け入れ入れるのが大変だったと苦笑いするアスラン。余りの事過ぎてフレイが気絶したよなと笑うトールにそんな事もあったなとアスランが返し、来たばかりの頃の苦労話に花を咲かせる。

「そんな事があったんだな、こっちは艦ごとだったしいきなり海中に落ちたから引きこもってたんだよな」
「結果論だがそれが正解だったと思う」
「俺たちはまず着るものや食い物を探し回ったからなあ」
「食い物は分かるが、着るものってのは?
「こっちに来たときは、全員現場に出る服じゃなくて普通の制服だったんで、山の中を歩くのには向かなかったんですよ。特にフレイとカガリはヒールでしたし」
「ああ、そういう事か。それは装備変えたくなるよな」

 基地などで着用している軍装でいきなり野戦の現場に放り込まれたようなものだ、それは辛いだろう。行ったのが軍人かそれに準じるような人間ばかりだったのは僅かばかりの幸運だったのだろう。
 その後の旅路を語って聞かされたボーマンは、この世界の現状を身内側の視点で聞かされて少し表情を曇らせていた。

「ダニーロたちからも話は聞いてたが、血の気の多い世界だな」
「プラント大戦でケリが付かずに、延々と戦い続けてるみたいですからね。俺たちの世界じゃ一度終わって戦後処理をずっとやっていますけど、こっちじゃ碌にやっていないみたいです。世界中に難民が溢れてるとかで」
「こっちのカガリを見るに、戦後処理をする気が無いという訳では無さそうなんだが、やはりその余裕が無いんだろうな」

 トールの話にアスランも深刻そうな顔で言う。自分たちが身を隠していた村も戦火に追われて元の住民が逃げてしまって廃村となった場所に戦争難民が流れ着いて住み着いていた村であった。自分たちも同類だろうと思われたことで素性を探られる事も無く過ごせたのは本当に有難かったのだが、この世界の情勢だと彼等でもまだずっとマシな方になるとイングリッドに教えて貰っていた。まともな家などは無く粗末なバラックを作って住む者や、酷ければ簡易な天幕を自作して日々を生きる者もいる。
 物資も慢性的に不足していて、十分な食料を確保するのも容易ではない。路上生活に落ちる事を覚悟すれば都市部に流入して生活支援に縋るという方法もあるが、それを良しとせず地方で自給自足をする者も多いという。
 戦争が続いているから助けたくても助けられない、というのは良く分かる。自分たちの世界で復興が進んでいるのは戦乱が終わり、動員した人材を民間に戻しながら軍事力を治安維持に回すようになったからだ。だが戦乱の時代が終わっていないのならば軍事力は維持されていなくてはいけないし、常に戦えるように整えておく必要がある。それには当然ながら莫大な予算が必要で、自分たちの世界では復興に向けられていた資金や資材がこの世界では軍事費に消えているのだ。 
 この世界にはこの世界の事情があるんだ、と頭魔の中で割り切れてしまえるようになったのはアスランとトールも大人になったからだと思っている。昔に知っていたらもっと憤っていたと思う。フレイも他所の世界の事だからと口では言っていたが、この問題ではカガリが一番腹を立てていたように思う。難民問題で色々と苦労している身なのでやはり身近な問題と感じてしまうのかもしれない。

「まあ、俺たちがどう思っても解決できる問題じゃないんだけどね」
「そうだな、この世界の問題だからな」
「お前ら、若いのに考え方が擦れてるな。もうちょっと明るく考えようぜ」

 20歳なのに随分と諦めた事を言う2人にボーマンは呆れた声を出したが、2人はその言葉に聊か戸惑ったような顔になり、そして困惑した表情でお互いを見た。

「考え方が擦れているだってさ」
「自覚は無かったんだが、この世界に付き合っているうちに色々影響を受けてたのかもな」
「でも、大戦中は俺たちの世界もこんな感じだったろ。何処も難民だらけでアークエンジェルだって大勢の難民を乗せてた事もあったんだ」

 この世界は確かに色々と酷い事になっているが、大戦時の自分たちの世界も似たような物だった。でもあの頃はそこまでネガティブな思考に陥ることは無かったのだが。いや、アスランは過労と追い込まれていく実感からかなり追い込まれていたが、それでも絶望まではしていなかった。
 ボーマンに指摘されて初めてその事に疑問を持った2人は、視線を転じて楽しそうに話しているフレイたちを見る。彼女たちはまるで向こうの世界に居るかのように楽しそうに何処に行こうかを話し合っていて、意見を求められているこの世界のメイリンが戸惑っているように見える。イングリッドも少し気圧されているように見えるが、それでも楽しそうだ。
 
「……知ってる仲間が少ないからかな?」

 あの頃と今に違う点があるとすれば、ここにはあの頃一緒に居た仲間たちが居ないという事だろうか。向こうの世界でならたとえ近くには居なくても連絡を取れば話すことは出来たのだが、この世界ではそれも望めない。
 やはり、自分たちにとってはこの世界は自分たちのいる場所ではないのだろう。どんなに元の世界に似ていても、やはり自分たちにはこの世界は他所の土地なのだ。
 自分たちはこの世界から見れば完全な余所者だろとトールに言われて、アスランはなるほどと頷いていた。

「仲間が何処にも居ないから来る孤独感か。言われてみればそれが一番しっくりくるな」
「ああ、俺たちはこの世界でサイやカガリ、シンに出会ったが、そいつらは俺たちの知ってる3人じゃないんだからな。カガリとメイリンに至っちゃ同一人物が2人居るんだ、笑い話にもならないよ」
「悪い使い方をしたら完全犯罪は可能になるな」

 完全な同一人物が同時に2カ所に存在していれば、どちらかが人目に触れる場所に居ればアリバイは作り放題だ。ボーマンの冗談にトールとアスランも頷いて声を上げて笑いだした。そして笑いを収めると、アスランは少し遠い所を見る目で援軍の事を口にした。

「こっちに迎えに来る援軍にはひょっとしたらイザークやディアッカが加わっているのかもな」
「艦長はナタルさん、ああ元アークエンジェルの副長が来るんじゃないかって予想してたな」
「バジル―ル艦長が率いる援軍かあ。ひょっとしてリンクス隊長も来るのかな?」
「そりゃ来るでしょう、少数精鋭で人を集めるっていうならあの人を呼ばない訳が無いですよ」
「俺の知り合いも来てれると嬉しいんだがな」

 まさかアズラエルたちがドリームチームのような面子を集めているとは夢にも思っていない3人は自分たちの想像で参加して良そうな面子を予想していた。それは多分に願望が混じっていて、来て欲しい人をそれぞれに並べるようなものだったが、そこには彼らなりの会いたい人たちへの寂しさが現れている事には気付いていなかった。
 暗い表情で俯くアスランにトールがどうしたのかと思ったが、声を掛けるより早く明るい声が3人を呼びつけてきた。

「おい、トールたちは何処か見たいところとか無いのか!?」

 カガリの声が3人を呼ぶ。その声に虚を突かれた3人は暫し顔を見合わせ、そして同時に苦笑いを浮かべた。

「うちのお姫様がああ言ってるけど、どうする?」
「そりゃあ、王命とあれば行くしかないだろう」
「俺たちオーブ人じゃなんだがな」

 元気なお姫様の呼びかけに3人は椅子から立ち上がって女性たちの方に行こうとしたのだが、その時トールは自分を呼ぶ声に気付いて足を止めて声のする方を向いた。

「この声は、サイか?」

 振り返った先には、こちらに走ってくるサイの姿があった。サイはトールの傍に来ると暫く呼吸を整えて、そしてトールにカガリの事を聞いてきた。

「トール、こっちでカガリ様を見なかったか?」
「カガリ様って、こっちのカガリだよな。いや、俺はあそこに居るうちのカガリしか見てないぞ」

 サイの問いに見ていないと答えるトール。そしてアスランとボーマンを見るが、2人も頭を横に振っていた。それを見たサイががクリと肩を落としてしまう。

「一体何処に行かれたんだ、もうずっと姿が見えないんだ」
「お守も大変だなサイ」
「冗談抜きで不味いんだ、もし何かあったら俺は国に帰れないぞ」
「わ、分かった、俺たちも探すの手伝うから落ち着いてくれサイ」

 サイに本気で縋り付かれて慌てた様子で力を貸すというトール。それを聞いたアスランとボーマンが俺たちも言いたげな顔でトールを見るが、サイに縋り付かれて困っているトールを見ると文句を言う気にもなれず、仕方なさそうに手を貸す事にした。

 サイに縋り付かれて困っているトールを見ていたカガリは、何をやっているんだかと呟いて隣のフレイを見た。

「あいつも大変だな。こっちの私も何やってるんだか」
「カガリ、キサカさんが聞いたら天国から文句言いに来るわよ」
「フレイ、そこでキサカを出すのは反則だろ!」
「キサカさんが駄目ならユウナさんでも良いけど」
「グギギギ、ああ言えばこう言う……」

 自分も散々やらかしてきた過去をフレイに指摘されてカガリは悔しそうに歯軋りしていたが、過去のやらかしの多さに関しては何も言えないので黙り込むしかなかった。その様子を見てメイリンは驚きの余り絶句していたが、昔のカガリを多少知っているセランと短いがずっと付き合ってきたイングリッドはカガリが色々暴れたんだなと想像してしまい、関わった人たちの苦労が偲ばれてしまい同情してしまっていた。それを見たカガリがまた声を上げて怒っていた。
 そんなカガリを眺めながらフレイはくすくす笑っていたが、ふとあることを思い出して周囲をきょろきょろと見回した。

「そういえば、シンも居ないわね?」

 自分たちが集まっていれば顔くらい出しそうなのだが、何故か姿が見えない。それに少し疑問を抱いたが、艦の警備にでも出ているのだろうと思ってそれ以上は考えなかった。だが、この時フレイは考えるべきだった。異世界存在で確かに別人なのだが、それでも彼女はカガリなのだという事を。





 コンパスがユーラシアを巡る戦いに乏しい戦力で必死に介入を繰り返していた頃、プラントでは密かに次に向けての動きが起きようとしていた。プラント最高評議会議長のワルター・ド・ラメントは先のファウンデーション事件においてはジャンガナートのクーデター軍に捕縛されるのをかろうじて逃れることが出来たが、クーデターの発生を止められなかったことで求心力を低下させていた。加えてラクス・クラインがコンパスから出奔したことが更に彼を窮地に立たせていた。
 ジャンガナートのクーデターは反対派のザフトとコンパスの武力で鎮圧されたが、クーデターそのものが生起出来てしまった背景にはプラント内にクーデター派を支持する声が一定数存在する事がある。
 クーデター軍は叩き潰したが、それによって形の上ではファウンデーション事件の敗者側となってしまった為に国内の急進派の怒りが評議会に向くことになり、ラメントは彼らを宥める為に一定レベルの勝利を必要していたのだ。クーデターを起こしたジャンガナートを討ち取った結果がこの事態を招いたのだから、彼の苦労も尽きない。

 その思惑から東アジアの動きに呼応する形で汎イスラム国を動かし、プラントが余り表に出ない形でユーラシア連邦への攻撃を開始したのだ。結果としてコンパスの妨害も受ける事になったが、元々コンパスはプラントでも余り良い目では見られていない組織なので汎イスラムを支援しているザフトの中にはコンパスを叩けると気勢を上げている者もいた。
 もっとも、イザークたちのようなコンパス寄りの士官も存在しており、ザフトの中にはいまだに不穏な空気が流れている。

 ただ、彼らにとってはコンパス以外にも最近になって出現した妙な連中の事が問題となっていた。

「バクーを襲撃したブルーコスモスの大部隊を撃退し、その後に軌道上から降下してきたコンパスの部隊も撃破して無事に撤退を成功させた謎の武装集団か。未だに消息は分からないと?」

 これまでの判明しているのは大西洋連邦の様式で作られたと思われる軍艦に数機のMSを運用しているということくらいしか分かっていないが、MSの性能、パイロットの技量共にコンパスに引けを取らないという信じられない情報が届いている。
 ラメントに報告をしているのはザフトのイザーク・ジュール中佐だった。

「こちらの調査もコンパスからもたらされた情報と、現地の諜報員からジブラルタル経由で送られた物だけですので詳細は分かりません。ただ、数機のウィンダムとファウンデーションが運用していたルドラ、そして全く分からない新型2機の存在が確認されております」

 先の戦いでジャンガナートを討ち取った事で国防委員長を含む高級軍人が失われてしまったため、彼を討ち取ったイザークにその後釜のような役割が半ば押し付けられる形となり、彼は不本意ながらラメントの軍事的な補佐役をさせられていた。

「この集団は地球連合系の装備を運用していますが、所属は全く不明です。またMSなどが運用する装備がこちらのデータには存在しない物が多く、ガワだけ地球連合に似せているだけの全く異なる機体であるという予想も出てきております」
「つまり、ウィンダムに見えるだけで実際には全く別のMSを使っていると?」
「それはおかしくないかね。それならば未知の機体を艤装もせずに晒している理由が説明できない」

 ラメントや他の議員がイザークに疑問をぶつける。それにはイザークも頷くしかなかった。

「それはザフトでも疑問を抱いているのですが」
「偽装をしているように思えるが、一方で全く隠す様子が見られない。そして何故ブルーコスモスとコンパスの双方を敵として戦う。彼らは一体何を考えているのだ?」
「コンパスを撃退出来る程の武力、それがもし今のプラントに向けられたら……」

 ファウンデーション事件のクーデターに参加した部隊は解体され、兵は監視しやすい状態に置かれながらの再配置を行われていたが、士官は無事では済まされず中心に居た者たちは投獄、他の士官は不名誉除隊か左遷となっている。
 処刑者が出なかったのは温情などではなく、単純に人材が枯渇していて上を殺してしまうとその下に居る者を左遷で済ませられなくなるので仕方なくの政治的妥協である。それでも多くが左遷されてしまい、結果としてイザークに中央の椅子が回って来たのだ。
 ただ、その椅子は栄達というよりたらい回しにされた末に脛に傷がある非主流派に押し付けられた厄介事でしかなかったのだが。

 プラントは人口こそ膨れ上がっていたがザフトの規模は大きくなるどころか、数年の間に続いた3度の戦争や紛争によって大きな打撃を受けており、規模を拡大するどころか失われた人材の補充にも四苦八苦している有様だ。優秀なコーディネイターによる少数精鋭と言えば聞こえが良いが、ようするに失ったら替えが効かないという事だ。失われた将兵の穴を埋めるには数年の時間が必要の筈だったが、時代の流れはその時間をプラントに与えなかった。
 防衛力が著しく低下している今のプラントは非常に危うい状況下に置かれており、彼らの本音を言えば余計な火種を抱えたくは無いのだ。だから今の東アジアの攻撃にも汎イスラムという間を挟んでの介入となっている。
 ラクスは彼らのような政治家の相手をする事に疲れていたが、その政治家たちが相手にしていたのは民衆というもっと厄介で疲れる相手なのだ。国民の不満を和らげるためにあれこれ策を弄さなくてはいけない彼らにしてみれば、もはや神権政治の如き様相を呈して国民から崇められているオーブのカガリは羨ましく映っているかもしれない。


 議員たちの不安の声を聴いていたイザークは何で俺がこんな事をしなくてはという不満を必死に内心で押し殺しながら彼らに状況の説明を続けていた。

「この武装集団については新たな情報が入り次第ご報告いたします。今の問題としましてはコンパスの妨害となります」
「先の軌道上からの降下作戦ではザフトにはかなりの損害が出たとか?」
「はい。デスティニータイプを中心とする3機のMSに加えて、途中からインフィニットジャスティスも加わって軌道上に向かう艦隊に痛撃を与えております。遺憾ながら作戦遂行は困難となり撤退をしております」
「インフィニットジャスティス、例のアスラン・ザラか」

 アスランの名が出てイザークが少し困った顔になり、議員たちにも微妙な空気が流れる。彼の存在はもはやプラントにとっては歩く厄介事のような物であり、二度と関わって来て欲しくない相手だ。暫く消息が分からないでいたがまたしてもプラントの敵として姿を現したらしい。
 また面倒な事にという空気が漂う議場の中でラメントがわざとらしく大きな咳払いをして参加者たちの注意を引いた。

「今はアスラン・ザラの事は良い。問題は作戦の成否だ。東アジアと汎イスラムはユーラシアに勝てそうなのかね?」
「戦力的には十分に勝てると思われます。元々ユーラシア連邦の力は衰微しておりましたから、汎イスラムはともかく東アジアの進軍はおおむね順調です」
「コンパスに出来る事はせいぜい一カ所の戦場でこちらの妨害をする程度。それも宇宙に限られ地上で作戦を行う余裕は無いか」
「ザフトでもそのように考えております。ただ、もしキラ・ヤマトがコンパスに復帰すればその限りではないかもしれません」

 キラ・ヤマトの名に議員たちの間に緊張が走る。彼の存在は軍事という分野ではもはや無視することが出来ないほどに大きくなっている。ただの一個人がここまでの影響力を持つ事は本来なら異常な事であったが、長引く戦争によって各国が大きく疲弊して軍の規模も小さくなったという現状がキラの存在価値を大きく高めている。
 かつての第一次プラント独立戦争の頃のような大軍同士の激突であればキラやアスランのようなスーパーエースであっても戦況を左右するほどの影響力は持てないが、軍の規模が小さくなり戦場の規模も小さくなってくるとこの常識が変わってくる。一握りのスーパーエースの持つ影響力が必然的に大きくなり、戦場における重要な要素となってしまった。結果としてキラ本人には不本意であったかもしれないが、キラ・ヤマトは世界各国から最も警戒される化け物と認識されるようになったのが今の世界である。
 そのキラ・ヤマトがコンパスに戻ってきたらコンパスの脅威度が一気に跳ね上がる。ただでさえシン・アスカが残っているのにアスラン・ザラまで関与しているのだ。そこにキラ・ヤマトが加わればこちらもザフトの主力をぶつける必要が出てきてしまうのではないかと議員たちは考えていて、仮に勝てたとしてもその被害がどれほどになるのかを考えると平静では居られないのだろう。
 イザークとしてはそもそもコンパスを敵として考えなくてはいけない状況が不満なのだが、まさか今の自分が議長に拳銃を向けて止めろと脅す訳にもいかない。加えて議長たちが今のような謀略を巡らしているのももとはと言えばザフトのクーデターが原因なのでイザークとしては身内の恥で彼らが迷惑を被っていると言える状況でもあるので、不満をぶつける事も出来ないのだ。



 イザークは更に地上の戦況に関する報告を行い、最高評議会議員たちからの質問に回答してようやく解放され、すっかり暗くなった外を見やりながらザフトの司令部ビルにある自分のオフィスへと向かっていた。今の最高評議会軍事補佐官という肩書を与えられた時に与えられたオフィスであったが、今の彼にとっては半分寝床のような場所となっている。今の仕事に就いて以来、それまでやらされていたパイロットや隊長、情報部職員といった業務からは遠ざかる代わりに政治家や官僚への対応と書類が彼の戦う相手となったからだ。
 やってみてこれほど精神的に辛い仕事は無いと内心で愚痴りながら自分のオフィスの前に立ち、扉の開錠コードを入力しようとしたら何故か勝手に扉が開いてしまう。何がと思って明かりの灯っている室内を見やると、そこには戦友のディアッカ・エルスマンが勝手にソファーに座って寛いでいるのが見えた。
 ディアッカは自分で淹れたコーヒーを口にしていたが、扉が開いた音に気付いてこちらを向くと何とも意地の悪い笑みを浮かべた。

「よお、お疲れさん補佐官殿」
「皮肉を言うなら帰れディアッカ」
「おいおい、本当に余裕が無いんだな」

 自分の冗談を笑って流すだけの余裕も無くしている友人にディアッカはお茶らけた雰囲気を消して真面目な顔になる。

「最高評議会は長引いたようだが、何か面倒事でも決まったのか?」
「いや、俺はあくまでオブザーバーだからな。軍事的な説明を求められた時だけ議場に呼ばれて発言して用が済めば控え室で待つだけさ」
「そりゃ辛いな、俺には絶対に出来そうにないわ」

 そんな生活は真っ平御免だとディアッカは顔を顰るが、イザークはそんなディアッカに恨めし気な声をぶつけた。

「やれば案外気に入るかもしれんぞ、代わってくれるなら喜んで席を譲るんだが」
「冗談じゃねえ、俺は現場の一パイロットが性に合ってるって」

 お偉いさんの相手をするなんて絶対に断るというディアッカに、イザークは少し苛立ちで表情を震わせたが口に出しては何も言わず、黙ってディアッカと向かい合うようにソファーに腰を降ろす。そして書類を目の前のテーブルに放ると、いささか深刻そうな顔になった。

「アスランが姿を現したぞディアッカ」
「珍しいな、オーブに居るのも危ないからターミナルに行って身を隠してたはずだろ」
「地球に降下しようとしていたユーラシア攻撃部隊を妨害したコンパスに加勢したようだ。参加していたザフトの部隊にも犠牲が出ている」
「……相変わらず、あいつは容赦が無いな」

 ディアッカも面倒な事になったという事を理解する。元々アスランはザフトに所属していたのに2度も裏切ってプラントから出奔した、プラントから見れば許し難い裏切り者だ。だが彼はラクスの派閥に属しているとも見なされており、更にオーブの庇護下にある。彼を排除しに動くのは政治的にも不味い状況になっている事がアスランの微妙な立場を作り出している。
 結果的に彼はオーブから離れる事を選んでターミナルに出向し、表舞台から姿を消した。そのまま彼が一体どこで何をしているのかはようとして知れず、不気味な存在となっていた。その彼がようやく姿を見せたと思ったらザフトを攻撃して大きな打撃を与えたという。イザークやディアッカにしてみればただでさえ先のクーデターでザフトの立場が悪くなっている時に面倒な事をしてくれたとしか思えない。
 とはいえ、彼がコンパスと関わっていたのは半ば公然の秘密だった。本来なら出て来た事は驚くような事ではない。だがそれでも敵として出てきたとなれば心中穏やかではない。
 暫くの間黙り込んでいた2人だったが、やがて沈黙に堪えかねたようにディアッカが口を開いた。

「それで、これからどうなるんだ?」
「……分からん。最高評議会はユーラシアへの攻撃を続けるつもりのようだが、そうなれば当然コンパスとの衝突も増える。そうなればそのうち俺たちにも出撃が命じられるかもな」
「勘弁してくれよ、今になってアスランとやり合うのは御免だ」
「アスランも厄介だが、他にも気になる情報が入っているぞ」
「気になる情報?」

 訝しげな顔をするディアッカにイザークがテーブルに投げ出した書類を指さす。それを見てディアッカは書類を手に取って目を通して、少し顔色を悪くした。

「おいおい、なんだよこれ。デスティニーを含むコンパス部隊がほぼ同数の敵に負けたって言うのか?」
「ああ、コンパスとは別の厄介事が出て来てるようだ。しかもこいつらはコンパスより先にブルーコスモス部隊を撃退している。どうにも何がしたいのかが分からん上にそもそもどんな目的を持て動いているのかが分からん」

 最初はブルーコスモスの攻撃からバクー市を守ろうとしているように見えていた。いや、街への攻撃を防ぎ切っているから守ろうとしていたのは間違いないのだろうが、その直後にブルーコスモスを食い止めようと降下してきたコンパスとも交戦してこれを撃退している。
 何故コンパスが急に目標を変えたかと言えば理由は2つあり、この段階ですでにブルーコスモスは撤退を開始していた事、そして街を守っていた武装勢力側にルドラの姿があったからだ。ルドラはあのアコードの専用機であり、コーディネイターでも扱い切れないと言われている。それが戦場で動いていた以上、アコードの生き残りがあの武装勢力に加わっているという事になる。アコードに生き残りが居たというのもの驚きだったが、コンパスがルドラを見て敵と判断したのも分からない事ではなかった。ただ、様子を見るべきではなかったかと思うが。
 まあ、まさか武装勢力の目的が強化人間の救出だったなどとは想像も出来るはずも無く、理解出来ないのは当然なのだが。
 ディアッカは資料をテーブルに放ると、どうするのかとイザークに尋ねた。

「それで、俺たちはどうするのよ。今からザフトを抜ける?」
「出来る訳が無いだろ、俺たちまで抜けたらザフトはどうなると思ってる」

 苦々し気にイザークが答える。今のザフトは長く続いた戦乱で人材が枯渇しており、従軍して5年程度の2人が中堅ではなくベテラン扱いされるような有様だ。自分たちがザフトを離れたらいよいよ誰がプラントを守るというのか。
 ただ、そうなると今後もザフトは地球への攻撃を続けるだろうから、コンパスとの衝突も続くことになる。そうなればいずれ自分たちに対コンパスの役割が回ってきてしまうだろう。それだけは回避したいのだが、それで拒否すれば自分より劣る後輩たちが代わりに彼らに立ち向かう事になってしまう。それを思うと自分たちに我儘を通すことが出来ない事も分かってしまい、2人とも落ち込んでしまうのだった。


カガリ 私たちは旅行気分だな。
ジム改 前に観光旅行したいと言ってたじゃないか。
カガリ あれ本気でやる気だったのかよ!
ジム改 実は本シリーズで本当に遊びに行くつもりで動くのって初めてなんだよな。
カガリ まあ、今まではうろつくのも危険だったからな。村の中くらいかのんびりできたのは。
ジム改 そんな訳で楽しんでくれたまえ。
カガリ 楽しめるんだよな、本当に楽しめるんだよな?
ジム改 君は平和なバカンス地で戦いが起きると思うのかね。
カガリ 今まで無事に済んだ遊び回があったか?
ジム改 い、一応少しは。
カガリ つまり大体は無事に済まないんじゃねえか!
ジム改 気にするな、世の中そんなもんだ。
カガリ 私は何んにも気にせずに遊びたいぞ!
ジム改 まあそこまで深刻に考えなくても大丈夫だろう。
カガリ そういや、プラント側が出てきたのは初めてか?
ジム改 と言うか政治サイドが出てきたのが初めてだな。
カガリ なんか苦労してそうだなプラントの政府も。
ジム改 前作で敗戦、今回も敗戦側、そして国内人口が2年くらいで倍増という悪夢のような状況だからな、相当キツイと思うぞ。
カガリ 2年で人口が2倍、実際に起きたら対応で絶望したくなるな。
ジム改 人口は力だけど、急増は国家崩壊に繋がる猛毒なんだよね。
カガリ プラント議長にちょっと同情したくなってきたな。

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