第40章 新たな風
軌道上に幾つもの爆発の光が輝く。戦場を物凄い速さで駆け抜けるデスティニーが擦れ違いざまにビームサーベルを一閃して東アジアのMSを次々に切り裂き、致命傷を負わせていく。その容赦の無い攻撃は昔のシンのような躊躇いの無さであったが、技量は現在のものなので当時よりも遥かに恐ろしい破壊者となって戦場に死を撒き散らしている。
しかし、それは長続きする様なものでは無い。無茶な高機動を続ければ機体は傷んでくるし、エネルギーも推進剤も無限という訳ではない。いつかはビームも底を突くし推進剤も無くなるのだ。
それが分からないシンでは無い筈だが、今は余程頭に血が上っているのかこの動きを止める様子が無い。
その異常なまでの強さと出鱈目な戦い方にアグネスが呆れた声を上げた。
「馬鹿じゃないのあいつ、何よあの後先考えない動きは。こっちの事忘れてない?」
後ろに回り込んできた汎イスラム軍のMS隊を相手にしながらアグネスが苛立ちに僅かに悔しさを混ぜた声を出す。シンを山猿と呼んで馬鹿にする彼女であったが、あの動きを見せられては幾ら腹立たしくてもシンの強さだけは認めない訳にはいかなかったのだ。
だが、同時にパイロットとしての常識があの戦い方を愚かだと切り捨てさせる。あんなものはまともなパイロットの戦い方では無い、ただ無茶苦茶に暴れているだけだと詰ってしまう。
「ちょっとルナマリア、あの山猿何とかしなさいよ!」
「言って聞くなら、とっくに止まってるでしょ!」
襲い掛かって来たゲイツRのビームサーベルをビームシールドで受け止める。このビームシールド、重量が無くビームにも実弾にもある程度有効と便利な装備であるのだが、非実体の盾なので相手を押し返すなどの攻撃的な使用は出来ず、また常時発動している訳でもないので奇襲に対しては常にそこにある実体盾のように運良く受け止めてくれるという受動防御的な効果も期待出来ないので、実体のあるアンチビームシールドに対して上位互換という訳ではない。
どちらが良いのかと言われるとルナマリアにも何とも言えないのだが、今はこれに頼るしかない。それに元々ゲイツRとゲルググの間には埋め切れないほどの圧倒的な性能差がある。使ってるのが余程の化け物ならばともかく、同格かそれ以下であればルナマリアが苦戦する道理はない。
ビームサーベルを引いたゲイツRを見逃さず右足で押し出すように蹴りだし、背負い式の長距離ビーム砲を近距離から叩き込んで爆散させる。これで一息つきたいところだったが、敵はまだまだ幾らでもいるのでそんな余裕は無く、ルナマリアは下品な罵声を放ちながらビームライフルを3連射させて敵機を牽制した。
その罵声を聞いたアグネスが一瞬唖然とし、そして愉快そうな笑い声を上げだす。
「あははははは、調子出てきたんじゃないのあんた?」
「はあ、何の事よ!?」
「再会したらあんな馬鹿に惚れててしおらしくなったのを見て気味悪いと思ってったけど、やっぱり猫被ってたわね」
そっちの方があんたらしいよと言うアグネスに、ルナマリアは口を尖らせて悔しそうに唸り声を漏らす。アカデミー時代から付き合いがあるだけにこいつには色々知られているので、どうにも誤魔化しがきかない。だが昔の自分では無いのだと努力を重ねて今の自分があるのだ。今更アグネスの軽口に乗せられる訳にはいかなかった。
「お生憎様、これでも何枚も重ね着してんのよ。そう簡単にボロは出さないわ」
「あら、ご馳走様!」
ルナマリアの返してきたのろけに威勢よく返して接近戦を挑んできたストライクダガーの頭部を蹴りで破壊して撃破するアグネス。これで何機仕留めたのかはもう覚えてはいない。止めを刺している暇も無く、無力化を確認をしている余裕も無い。とにかく一撃叩き込んで当たればそれで良しとしている。
ダガーを叩いたアグネスが一度退こうかと考えた時、モニターに新手の反応が出る。ただ、それはアグネスにとっては非常に厄介なもので、だが同時に予想されていた物でもあった。敵の中にゲルググメナースの反応があることは最初から分かってたことだから。
迫るゲルググメナース3機からビームが続けて放たれ、アグネスが自分の機体その場でロールさせてビームを回避しながら厄介者を見る目で迫るゲルググメナースを睨み付ける。
「動きがザフトのパイロットと同じか、元お仲間って訳ね……」
機体の動きにはパイロッが積み重ねた癖のような物が出る。同じ機体を使っても訓練した環境が異なればその動きには差異が出る。正規の訓練を積まず我流で戦い方を覚えた傭兵などの動きが無茶苦茶で積み重ねた期間ほどには強くならないのは組織による洗練を受けないからで、だから周囲からはすぐにそれと分かってしまう。
何時かは来ると思っていたザフトとの戦闘、アグネスにとってそれは何時か来るだろう出来事であったが、多分そんなに割り切れている者は多くは無いだろう。
「あらあら、ザフトの部隊が何時からナチュラルの傭兵になったのかしら?」
挑発するように通信で呼びかけるアグネス。答えが返ってくるとは思っていなかったが、驚いた事に相手から通信が返ってきた。
「へえ、本当に復帰してるんだ、裏切り者のくせに」
その声を聴いてアグネスが目を見開く。聞き覚えがあったのだ。
「世の中って本当に悪意に満ちてるわね、同期が敵同士とさ。ねえナジュラ!?」
「裏切り者をあっさり許すなんて、コンパスってのは相当に頭おかしい組織なんだね」
「違うわね、労働環境がブラック過ぎて引きずり出されただけよ。こっちは逃げようとしてたんだけど捕まえられたわ」
肩を竦めててこの状況は不本意なんだと示すアグネス。それが見える訳は無かったが、何となく感じ取れたのかナジュラの声に動揺が混じる。
「そ、そう、厄介者の隔離先なんて言われてたけど、やっぱり禄でも無い所なんだコンパスって」
「厄介者の隔離先って、まあ否定しないけどさ」
否定はしないが、人に言われると面白くないアグネスだった。そして自分に対峙していた3機のゲルググメナースが散開したのを見て自分も戦闘機動に入る。
「顔知ってる奴と殺し合いってのは、良い気がしないわね!」
もう呼び掛けても返事は無い、向こうは最初からこちらを仕留めるつもり出来ていたようだ。話は出来なかったが他の2機も同期なのかもしれないと思ってアグネスは本当に世の中って悪意に満ちてるなと皮肉な笑み御浮かべる。
そして自分に向けて放たれたビームを3度空を切らせて、冷や汗を隠せなかった。1対1ならば負けるとは思わないが、3機がかりりは流石に厳しい。アカデミー時代よりも明らかに腕を上げてきているのが分かるナジュラにアグネスはこれは不味いかもと思っていると、視界の隅で複数の爆発が起きるのを見た。
「なに、あの馬鹿でも来た!?」
そちらに意識を向ければ何かが戦場を駆け抜け、幾つもの爆発がその後に続いている。あんな事が出来るのはこの場ではシンのデスティニーだけだと思っていたからアグネスはシンが助けに来たのかと思ったのだが、機体のコンピューターが判断して表示した識別はインフィニットジャスティスだった。
何故ジャスティスがここに、と思っている間にもジャスティスは汎イスラム軍とザフトのMSを撃破して回り、邪魔な位置に居た駆逐艦を沈めてしまう。
その強さにアグネスが唖然としていると、背後に機体を付けてきたルナマリアが状況を尋ねてきた。
「アグネス、あれインフィニットジャスティスよね。何がどうなってるの!?」
「私が知る訳無いでしょ。でも助かったわね、敵の注意があっちに向いてくれたわ」
自分を狙っていたナジュラの率いていたゲルググメナース隊も自分たちを放り出してそちらに向かっている。この世界でインフィニットジャスティスを使う者など1人しかいない。地球に降りていた筈のアスランが何時の間にか宇宙に上がっていて大破していた筈のインフィニットジャスティスを直して戦場に駆け付けてきたという事だ。
イモータルジャスティスに比べれば見劣りするとはいえ、この戦場にあってはデスティニーに次ぐ位置に居る最強格のMSで、使っているのがアスランとくれば警戒するのも当然だろう。その脅威度は自分たちなど比較にはならない。
だが、インフィニットジャスティスの暴れっぷりを見ていたアグネスとルナマリアはあれは勝てないと感じていた。機体性能もそうだが、あんな戦い方は自分たちには無理だ。それはシンの暴走とは異なる、残酷なまでに冷静な殺戮機械として振舞っている。シンは暴走から死と破壊を振りまいているが、アスランは冷静に同じことをしている。あれは1年ほど見てきたキラともまた異なる化け物の姿だった。
「あれが歴史に残る強さって奴なのね」
「アスラン、ミネルバの頃より戦い方が怖くなってない。これまでどんな経験してきたのよ」
「私は昔は知らないけど、ザフト裏切って父親と戦って、ザフトに出戻ってミネルバに乗り込んでたのにまた裏切って、今じゃターミナルなんて表に出れない仕事してんでしょ。そりゃ荒むんじゃないの」
「そんな人生ドロップアウトしたみたいに……」
言うんじゃないと繋げようとしたのだが、否定出来る要素が何も無いという現実がルナマリアの口を塞いでしまった。現在のアスランはターミナルという怪しげな組織に所属しているが、その立ち位置は今ではかなりアウトロー寄りだ。ラクスたちと個人的に繋がりを持っているだけで、世間一般には顔を出すと色々不味い存在と言った方が良い。そんな人間が平気でうろつけるコンパスも実はかかなりヤバい組織なのかもしれない。
2人がそんな失礼な事を話していると、周囲の敵をある程度排除したインフィニットジャスティスが2人の傍にやって来てアスランが状況を尋ねてきた。
「ルナマリア、何がどうなっている。こっちは帰還途中に突然ミレニアムから通信でシンが軌道上の艦隊戦に介入しているから救援に行ってくれと言われたんだぞ」
「シンがコンパスの仕事をするんだって言って戦いを止めに出ちゃったのよ。あいつ、大分追い込まれていたから」
「昔は復讐心で突っ走る奴だったが、今度は責任感に潰されたのか。だがその割には戦い方は悪くないようだが」
「えっ?」
アスランがシンの戦闘機動は考えた動きだと言うので改めてデスティニーを見るが、ルナマリアには手当たり次第に襲い掛かっているようにしか見えない。アグネスも同じなのかアスランの言葉に納得がいかないようだ。だがアスランは、勢いに任せているように見えてちゃんと退路を考えて動いているし、艦砲に狙われないよう敵機を盾に取るようにしていると教えてくれた。
「暴走と紙一重の動きではあるがな、シンも一応成長していたようだ」
「それが分かるのはあんただけよアスラン……」
この化け物がと言いたそうにアグネスが突っ込みを入れ、ルナマリアもアグネスに同調する。2人にそう言われたのが不満なのか通信機越しに不愉快そうな気配が漂ってきているが、口に出しては何も言わなかった。
そしてルナマリアが思い出したようにモニターを確認して周囲の動きを調べると、地球側に回り込んでいた汎イスラム軍が地球から離れるように移動を開始していた。デスティニーに襲われていた東アジア軍も同様のようで、向こう側の戦闘も終わろうとしているようだ。
「勝ったの、私たち?」
信じられない、という声でルナマリアが呟く。アグネスも声が出ないようだったが、同時に助かったという安堵感もあった。アスランが助けに来てくれなかったら危なかっただろうが、運命の悪戯で2人は命を拾ったのだ。
しかし、命拾いしたと喜ぶ2人にアスランは冷たい現実を伝えてきた。
「安心するのは良いが、こんな戦いが出来るのは今回だけだぞ」
「え、どうして?」
「機体を確認してみろルナマリア、気付いてないようだが大分やられているぞ。向こうのデスティニーもあれだけの集中砲火の中で動き回ったんだ、かなり被弾している筈だ。俺のジャスティスも何発か直撃を受けているしな」
「流石のアスランもあれだけの乱戦の中で被弾ゼロってのは無理なのね」
「当たり前だ、お前たちの中では俺はどんな化け物にされているんだ?」
先ほど化け物扱いされたのを根に持っていたらしい言い返しに、ルナマリアは噴き出すように笑いだしてしまった。これが、コンパスがこのユーラシアを巡る戦争に初めて介入した戦いの終幕であった。
大損害を受けて撤退していく東アジアと汎イスラムの艦隊の姿を艦橋のモニター映像で確認しながら、コノエ艦長は厄介事を抱え込んだ顔で隣のヒルダに話しかけた。
「東アジアと汎イスラムの艦隊を撃退し、侵攻作戦を頓挫させた、か。これからはうちは両国から敵対勢力扱いを受ける事になるね」
「何時かは来ると分かってたことでしょう艦長?」
「ラクス様の掲げた平和維持機構という構想、まあいつかはこうなる運命だったんだろうけど、まさか2年と持たないとは」
プラントと大西洋連邦とオーブ、そしてジャンク屋やターミナルの協力を受けて設立されたとはいえ、実体はラクスの私兵部隊と言って良いコンパスだ。それだけの戦力でこれまで世界の紛争に介入し続けてきた訳だが、とうとうその相手が国家間の戦争になってしまった。
2国の艦隊を相手に4機のMSで勝利を収めたのだ、常識外れの結果を出したと絶賛されても良いくらいだが、コノエの表情は厳しい。足りないのだ、一度の大勝利程度では戦争を止める事など出来ない。彼らは戦力を立て直してまたやって来るのだから。
「デスティニーとインフィニットジャスティスの状況は分かるか?」
コノエの問いかけに管制オペレーターが機器とやり取りをし、表示されたデータを報告する。
「デスティニーは判定中破、インフィニットジャスティスは小破ですね。ただ、どちらも装備をほぼ使い切っています。細かい所は整備班の報告待ちですが、無事では済まないでしょうね」
「だろうね、消耗品の供給も何時まで持つか」
まだ、補給は行われている。ミレニアムを修理している浮きドックも作業を続けてくれている。だが先の戦いでザフトの介入が確認されている以上、プラントからの支援は何時打ち切られるか分からない。表向きに参加していた訳では無いだろうが、アグネスとルナマリアもザフトの部隊と交戦を報告してきているし、アスランも何機ものザクやゲイツを仕留めている。自分たちはプラントとも戦火を交える事になったのだ。
戦いが終わってMSがミレニアムの格納庫へと戻って来る。戻って来たMSの酷い状態を見た整備兵たちが急いで防爆処置と機体冷却を開始し、損傷の確認具合の確認のために装甲の取り外しを開始する。
インフィニットジャスティスをハンガーに固定してコクピットから出てきたアスランは、ヘルメットを脱ぐとハッチから甲板へと降りて整備兵を捕まえて状況を尋ねた。
「機体はどれくらいで直りそうだ?」
「まだ調べ始めたばかりですよ、時間をください!」
殺気立っている整備兵が怒鳴り返してきて、アスランは大分深刻そうだと察して素直に彼を解放した。そしてシンたちはどうしたのかと周囲を見回すと、ルナマリアとアグネスに捕まって何やら詰め寄られているシンの姿が視界に入ってきた。
多分先ほどの戦いの事で2人に文句を言われているのだろうと察したアスランは、自分も一言言ってやろうと思ってそちらに歩み寄って行って、大分近付いて2人に締め上げられているシンに声を掛けようとした時、背後からちょっと暢気な警告が聞こえてきた。
「そこの人、避けてっ」
「は?」
考えるよりも先に動くべきだったのだろうが、何処かのんびりとした声にアスランは足を止めて確認に振り返ってしまった。そしてアスランは、もはや回避も出来ない距離に靴底を見てしまった。
何が、と思う間もなく靴底はアスランの顔面を直撃し、人間の体重を乗せた踏み付けがアスランを襲う。その衝撃を腰で支えようとして、失敗したアスランは腰の痛みを感じながら背中から床にぶつかっていった。そしてアスランを踏んづけたツナギを着た少女が慌てた様子でインフィニットジャスティスの装甲を蹴って床で顔面を押さえて悶絶しているアスランの傍に降りてきて抱き起した。
「御免なさい御免なさい、顔に着地しちゃった!」
アスランは右手で顔を押さえながら薄目を開けて自分を抱き起している相手を見る。金髪をボブカットにした、アスランから見てもそれなりの美少女だと思う女の子だ。慌てふためいた様子で申し訳なさそうに何度も謝っている。どうやら本当に着地点を間違えたか、彼女の着地点に自分が入ってしまっただけだと思ったアスランは、彼女の手を払って上半身を起こすと、気にしなくて良いと伝えて立ち上がった。
少女もアスランに続いて立ち上がったが、何故か彼女は自分を見て不思議そうな顔をしていた。
「あれ、校長、何でここに居るの?」
「誰が校長だ誰が?」
そんな職に就いた覚えはないアスランは何を言ってるんだこの娘はと思っていたが、その瞳にじっと見つめられて無意識に後退ってしまう。この瞳に見詰められていると、何か奥底まで見透かされそうな恐怖を覚えて無意識に逃げてしまったのだ。多分色々とやましい事があるのだろう。
自分からすっと離れたアスランに少女が不思議そうな顔をしていると、そこにルナマリアとアグネスから逃げてきたシンが助けを求めてきた。
「た、助けてくれステラ、ルナとアグネスが酷いんだ!」
「ああ、卑怯よシン!」
「ステラちゃんに庇ってもらうなんて!」
ステラの背後に隠れるシンに、追ってきたルナマリアとアグネスが卑怯者を見る目でシンを非難するが、ステラがシンを庇うように両腕を広げて2人の視線を受け止めるように間に入ってくると、ルナマリアとアグネスの勢いが止まってしまう。
「2人共、虐めは駄目」
「い、虐めじゃないわよ」
「そうよ、シンがあんな無謀な戦い方するから怒ってたのよ」
ステラに窘められて2人は慌てて反論したが、ステラを前にするとどうにも強く出難いようで、2人は勢いを無くしてバツが悪い様子で肩を落としている。それを見たシンがステラは凄いと讃え、同時に命拾いしたことに安堵を見せている。
そんな騒動を見せられたアスランは目を丸くしていたが、ステラという名を最近聞いた覚えがあって過去の記憶を手繰り、メイリンの報告書を思い出して食い入るようにシンを庇っているステラを見る。
あの報告書ではこの少女は異世界からやって来た、この世界では既に死亡している筈の人間とあった。残念ながら彼女に関する記録は何も見つけられなかったが、僅かに自分の記憶の中に彼女に関する記憶が残っていた。ミネルバに乗っていた頃、シンが連れてきた地球軍のエクステンデッドの少女。一度思い出せば容姿もおぼろげに浮かんできて、そのおぼろげな姿は目の前の少女と重なってはっきりとする。あのミネルバで死にそうになっていてプラントに研究の為に送られようとしていた少女だ。
「いやまさか、そんなふざけた話が現実にある訳が……」
だが、自分は死にかけていて助かる筈が無かった彼女を知っている。どうやらルナマリアは忘れているようだが、彼女はプラントに送られる前にシンによって連れ出され、地球軍に返還されたはずなのだ。
あの少女がどうしてここに居る。まさかあの危篤状態から九死に一生を得て生存したというのだろうか。異世界からやってきたなどというよりはまだそのような奇跡が起きたのだと言われた方が納得できるが、あの少女を実際に見ていたアスランはそれがあり得るとは思えなかった。
悩んでしまったアスランは、直接ステラに尋ねようと思って彼女に近付いていったのだが、自分の接近に気付いたのかステラがこちらを見て、そして急に怯えたように表情を曇らせてシンの陰に隠れ、涙目でこちらの様子を伺っている。一体どうしたのかと思っていると、シンの陰に隠れたステラが放った一言がアスランの胸を貫いた。
「校長……ううん、校長のそっくりさんだけど、顔が怖い」
その時、グサリという音が確かに聞こえたと後に多くの者が証言している。顔が怖いと言われたアスランはショックを受けたのか足元がおぼつかない様子で後ろに数歩後退り、何とも言い難い暗い表情で肩を落としている。
「怖い……顔が怖い……いや最近自覚もあったんだが……」
なまじ自覚があっただけに面と向かって言われた事でショックが大きくなったようだ。何も言えず落ち込んでいるアスランであったが、突然両腕をルナマリアとアグネスに固められて強制的に体を起こされた。
「アスラン、ステラちゃんを泣かせるなんて重罪よ」
「あんたには笑顔の練習をしてもらいましょうか」
ヤバい顔で完璧に両腕を固めているルナマリアとアグネスを交互に見たアスランは助けを求める顔で周囲の整備兵を見たが、何故か他の者もムッとした顔でアスランを睨んでいる。何が起きたのかは分からないが、ステラはこの艦のパイロットや整備チームの間ですっかり愛されるキャラになっていたらしい。
言い掛かりだと抗議の声を上げながら両脇を固める2人と整備兵たちに連行されていくアスランを見送りながら、かつて同じ目に合った事のあるシンはアスランの無事をかなり本気で祈っていた。
そしてシンは、まだ背中に隠れているステラを見て尋ねた。
「ステラ、君の世界のアスランは、うちのアスランとは性格が違うの?」
「うん。ステラが知ってる校長はプラントでアカデミーって所の校長をしてて、少し前にオーブにお仕事で住むようになったの。ちょっと苦労性だけど優しくて落ち着いた人だよ」
「領事館の仕事か何かで赴任したのかな?」
あのアスランがアカデミーの校長だったと言われて、シンにはその姿が想像できなくて困り顔になってしまう。そのまま唸っているシンを放っておいて、ステラはアスランが連れて行かれた倉庫をじっと見ていた。
「校長に似た人……何であんな怖い目をしてるの?」
昔の校長は苦労し過ぎて暫く壊れていたなどと言われることもあるが、あんな荒れた雰囲気では無かった。この世界では校長は一体どんな戦いをしてきたのだろうか。うちの校長より酷い目に合ってきたのかもしれないと思い、次はもっと優しくしようと思うステラだった。
軌道上で艦隊戦が行われていた頃、地上のアフリカ北岸では一隻の艦艇が静かに船体を休めていた。夜の闇の中で周囲には警戒についているMSが2機見える程度で、静かに寝静まっているようにさえ見える。
地球に降下してきたプラウドディフェンダーから発光現象が確認された辺りを捜索していたメイリンは、賭けに勝ったことを確信して発見されないように強力な妨害をかけたうえで、ミラージュコロイドまで展開して慎重に見付けた艦艇との距離を詰め、機体を地上に降下させる。
地上に機体を降ろしたメイリンは先ほどの艦艇の映像を解析にかけて船体画像を鮮明に映し出し、それが先のバクー戦で確認された謎の武装勢力の母艦と同じであることを確かめていた。
「船体マークは大西洋連邦のものだし、大西洋連邦の艦艇の特徴が出ているけど、こちらに登録されてるデータとの照合には該当する艦船は無しか。いよいよ冗談が現実になって来たね」
ターミナルにも知られていない大西洋連邦の軍艦、それが存在しないとは言い切れないが、可能性は非常に低い筈だ。これが本当に異世界からやって来た艦だというのならばなんとか穏便に接触して話をしたい。そう考えを巡らせていると、突然機体が警報を発しだした。何事かと内容を確認すると、ウィンダムが1機こちらに向かって近付いてきているというものであった。
メイリンは1つだけ失念している事があった。相手はこの世界の存在ではなく、技術や戦術も異なっている相手なのだという事を分かっていなかった。この世界ではミラージュコロイドを展開させた相手は熱源などの探知で捜索を行うものだったが、向こうの世界では別の探知方法を使っていた。
オニール号の艦橋で当直士官が船の周辺に配置して警戒監視をしているセンサー群の確認をしていると、いきなり1つの群のセンサーがおかしな信号を送ってくるようになった。それまで周辺環境の反応を寄越していたのに、突然何も無かったり少し遠くのデータを送ってくるようになったのだ。この反応に何かの透過装置による妨害を受けていると考えたら今度はいきなり信号を送ってこなくなった。
これがミラージュコロイドの影響圏内にセンサーが入ってしまった時の特徴である。NJは妨害を受けるだけで信号は一応送ってくるのだが、ミラージュコロイドは機体表面に定着した粒子の影響圏内に入った可視光や電磁波を屈強させて後方に曲げてしまい、外界からの干渉を消し去って何も無いと敵に思い込ませることが出来る。向こうの世界ではミラージュコロイドを用いた大規模な作戦が何度も行われ、小規模な使用は普通に実施されていたので発見するための戦術が進歩しており、大量のセンサーを配置してそこに空白が生じたらミラージュコロイドによる偽装をした何かが侵入したと見做すようになっている。何が侵入したかは分からないが、そこに何かが居る事は分かる。
より大規模な施設ならば周囲に捜査用ビームを照射して照射した粒子の衝突の散乱を解析して発見するアクティブ捜査システムも使用されている。
当直士官は警戒に付いていたフレイのウィンダムに連絡を入れ、ミラージュコロイドを用いた侵入者の可能性があるから確認を指示した。それを受けてフレイ近くの僚機に声を掛けてから指示されたポイントに機体を振り向けて近づいていく。最初は何も分からなかったが、近付いたら確かに何かの気配があることに勘付いた。
「人の気配がするわね、ミラージュコロイドで機体を隠している感じかな」
そんな覗き魔はとりあえず数発ぶち込んで出てきてもらおうかとガウスライフルを気配がするあたりへと向ける。そしてトリガーを引こうかどうか考えていたら、いきなり目の前の光景が崩れてミラージュコロイドを解除した時特有の映像が崩れていくような発光現象が起こり、そこに1機のMAのような機体が姿を現した。フレイがこれは何かと驚いていると、相手から近距離通信で撃たないでくれと呼びかけが来た。
「ま、待って、撃たないでください、私は敵じゃありません!」
「……あれ、この声どこかで聞いたような?」
割と最近だったようなと記憶の糸を手繰ると、元の世界からやって来たアスランの彼女志望のメイリンという女性兵士の声と同じだと思い至り、まさかという顔になる。
「敵じゃないというのなら、機体を降りて姿を見せてくれるかしら?」
警戒を解かず、機体を降りるように言うフレイ。もし攻撃にでてくる動きを見せたら即座に弾丸を叩き込めるようトリガーに指をかけ、相手の出方を待つ。そのまま少し待つと、機体のハッチが開いて中から両手を上げた姿勢で赤い髪の女性が姿を現した。その人物を映像で確認したフレイは、髪型や服装は違うが確かにメイリン・ホークだと分かってしまって困り顔になってしまった。また面倒な事になると思ったのだ。
とりあえず音声を外部スピーカーに繋いで外に出て来たメイリンに話しかける。
「他に同乗者は?」
「居ません、私だけです」
「そう。今から貴女を連れに兵士が来ます。抵抗せず大人しくしていれば何もしないわ」
そのままそこで待つように指示して、通信をオニール号へと切り替える。そして当直士官に迎えの車を出すように要請をした。そこでふと思いついたように車にアスランを同乗させておいてくれと付け加える。
オニール号に要請を出したフレイは通信を切ると、目の前のMAをみてとても迷惑そうな声を出した。
「何でこんな時に面倒事を持ってくるのよ。艦長のせいでクルーの半分以上がベッドで唸ってるっていうのに」
自分たちは理由を付けて逃げ出したが、夕飯はマリューお手製の料理が並んだちょっとしたパーティーが開かれていた。彼女の料理の腕を知るかつての仲間たちは全員が理由を付けて逃げ出し、知らなかった者たちはその洗礼を受ける事になった。
こちらの世界のカガリとサイ、イングリッドも顔色を真っ青にして昏倒してしまったり、怪しげな痙攣をしながらベッドに運ばれていった。キラのスーパーコーディネイターの体も無力だったように、イングリッドのアコードの体もその猛威に耐えることは出来なかったようだ。
こうして倒れてしまったクルーたちがベッド送りになり、逃げ出した生き残りたちがこうして夜勤を買って出ていたのであるが、そんな時に現れたこの訪問者は何とも間の悪い時に来たものだと思わずにはいられなかった。
フレイの要請を受けて6人乗りのオフロード車が艦から出て来て指示された地点へと向かう。運転手とアスラン、それに武装した兵士が3人乗っていて、アスランは何で俺が呼ばれるんだと首を捻っている。フレイが呼ぶのだからまた面倒な事が起きているのだろうが、何をさせるつもりなのだろうか。
その答えはフレイのウィンダムの前で地上に降りているMAの傍にあった。その人物を見たアスランは回れ右して帰りたい衝動に駆られたが、まさか本当に戻る訳にもいかない。アスランは恨めし気な目でウィンダムを睨み付けると、右手で髪を掻き回して気持ちを切り替えて、こちらを見て驚愕の表情で固まっている見慣れた人物に近寄って行った。
「俺はザフトのアスラン・ザラだ。君はこの世界のメイリン・ホークさんで良いのかな?」
おそらく、この世界でも自分と知り合いなのだろう見慣れた女性に対して、アスランは初対面のように挨拶をした。これが、この世界の自分の苦労がさらに増える不幸な出会いになると、何となく予想が出来てしまう我が身が呪わしいアスランであった。
この後、念のため武装した兵士とアスランがプラウドディフェンダーの中を捜索し、他に同乗者が本当に居ないのかを確認する。もし隠れている者が発見されたら悪いがメイリンはこのまま拘束して尋問することになっただろうが、どうやら本当に1人で来たらしいと分かり、見知った顔の人間を拘束せずに済んだアスランはホッとした顔で機体を降りてくる。
とりあえず害意を持った相手では無いようだと分かったので、アスランは彼女を車に乗せて艦に戻ることにした。車に戻り、通信機で艦に繋ぐ。
「こちらアスラン・ザラ。対象機の中には他に同乗者は居ない事を確認した。追跡電波の類はどうだろうか?」
「こちらの観測機器を使って観測してみたが、反応する物は無かった。この世界にしかない特殊な何かと言われたら厳しいが、まあ大丈夫ではないかな」
「技術試験艦の機材で見つからなかったと言うんなら、信じるしかないな」
戦艦の索敵機器よりも高性能な機材を積んでいる技術試験艦だ。戦闘能力は当てにできないが観測に関しては比類するものが無いのがオニール号である。アスランはとりあえず大丈夫そうだと判断し、肩の力を抜いて兵士に銃を向けられて緊張している様子のメイリンを振り返った。
「君がただの傍迷惑な来客だということが確認できた、これから一緒に艦まで行ってもらう事になるが、良いかな?」
「は、はい。むしろこんなに早く信用して貰えて驚いています」
「ああ、それはまあ、ちょっと教えられないかな」
オニール号が何も観測できないのと、フレイが敵意を知らせてこないので信用したなどとは言えないので、アスランは曖昧な言葉で誤魔化すしか出来なかった。そして周囲に声を掛け、ウィンダムのフレイにこのMAの監視を頼んでメイリンを載せて車で艦へと戻っていく。
その道中で、メイリンはかなり戸惑った様子でアスランを見ていた。その視線に気づいたのかアスランがどうしたのかと声を掛けてくる。
「どうした、ずっとこっちを見て?」
「あ、いえ、その……私の知るアスランとは何だか違うなって思って」
「またその話か。もう聞き飽きたが、本当に俺とこっちの俺は別人なんだな」
シンは余り違わなかったって話なのに何で俺はとぶつぶつ文句を言うアスランに、メイリンは呆気に取られていた。何と言うか、こんなに表情がころころ変わって感情豊かなアスランは初めて見た気がするのだ。
そしてメイリンは、オニール号の中で出迎えに出てきた相手を見て驚愕する事になる。
「ようアスラン、また面倒な客を連れてきたって?」
「カガリか。そう言わないでくれ、一応俺の顔見知り……で良いのかな?」
世界が違うのだから顔見知りは変かとカガリに問いかけ、問われたカガリは腕を組んで何とも面倒な質問だなと首を傾げている。自分からすればサイは友人だが、この世界のサイを友人と呼ぶのには抵抗がある。だがサイが知り合いかと問われれば知り合いだと答えてしまう。
カガリの何とも微妙という表情に、アスランも同感だと大きく頷いた。そしてメイリンを振り返ると、彼女は驚愕したまま凍り付いたように固まっていた。
「メイリン、どうした?」
「何か固まってないかこいつ?」
「カガリの方を見て固まっているように見えるが」
そう言ってアスランはカガリを見る。すると、カガリは凄く嫌そうな顔になってしまった。
「まさか、こいつもカガリ様とか言ってくるのか?」
「この世界の彼女の立ち位置が分からんから、何とも言えないが」
この反応からすると、多分そうなんじゃないかなあとアスランが視線を逸らせながら答える。それにカガリが心底嫌そうにここはアスランに任せると言って逃げ出そうとして、アスランは俺を1人にしないでくれと言って逃げようとするカガリの腕を掴んで逃がすまいとする。
その光景にメイリンを護送してきた兵士たちは呆れ顔になり、メイリンは呆けた頭の片隅で、うんこれは私の知らないカガリ様とアスランだとなぜか納得してしまっていた。
ジム改 遂にメイリンがオニール号を発見しました。
カガリ いともあっさりミラージュコロイドを破ったな。
ジム改 この手の透過装置は、居ると思ってない相手だと効果的だけど警戒してる相手だと不自然さが見破られ易いのよね。
カガリ ロミュランの初期の遮蔽装置みたいだな。
ジム改 いや、ミラコロって説明見る限りあの遮蔽装置だぞ。スタトレとは技術レベルが違い過ぎるから効果だけ似てる別物だけど。
カガリ そういやあっちはディスラプターが通常の艦砲か。
ジム改 そしてコンパスはまたしてもボロボロに。
カガリ 地球降下作戦を食い止めたってのは凄いんだけどな。
ジム改 コンパスの規模が小さすぎて次に続かないのよね。
カガリ 私たちの世界はコンパスの戦闘力をかなり過大評価してるっぽいしなあ。
ジム改 向こう的には国家規模の敵だと思ってるからなあ。
カガリ 勘違いが状況をさらに悪化させていくのか。
ジム改 悪いのはさて誰なのか。
カガリ とりあえずワームホール装置作った馬鹿どもだな。