第39章  諦めない者たち

 向こうの世界から届けられた装置を組み込んだオニール号の臨時医療センターでは、連れてこられた生体CPUの少女、名前が無いのは不便だという事でマリューにジャネットと名付けられている。
 ジャネットはリー先生が向こうの世界から持ってきた見た事も無い機材を怯えた目で見ていた。彼女にはこの手の機材は自分を苦しめた強化処置の設備と同じに見えている。その技術の出所を考えれば彼女の見立ては正しい。この治療装置の技術はまさに強化人間を生み出した技術の応用だからだ。
 それでも彼女がここに居るのは、自分を助けてくれた人たちが心配いらないからと言ってくれたからだ。今も室内には白衣の技術者とは別にフレイとトールが一緒に居てくれている。ジャネットを安心させるために検査に付き添ってくれたのだ。
 これ以上の付き添いはリー先生に拒否されたのでカガリたちは格納庫の外で待つ事になった。彼女の救出に関わったアスランとイングリッドにカガリは当然のように居て、こちらの世界のカガリとサイは興味深そうに様子を見に来ている。生体CPUの治療というこちらの世界ではありえない技術を直に見れる機会なのだ、興味を持つなという方が無理な話だろう。
 ただ、そんな2人の態度は向こうのカガリには聊か腹立たしい物だったようで、棘のある視線を2人に向けている。

 このギスギスした空気を何とかしようと思って、アスランはカガリに疑問に思っていた事を問いかけた。

「なあカガリ、トールとフレイはどうしてああもあの娘を気にかけているんだ?」

 2人とも良い奴だし、苦しんでいる子供に親身になっているのは不思議では無いのだが、それでもあれは入れ込み過ぎているように思える。何があの2人をあそこまで動かしているのかとアスランが疑問を口にすると、カガリは何とも言い難そうに答えてくれた。

「ああ、それはだな。アスランには余り良い話じゃないんだが……」
「俺が前は敵だったという事か?」
「ああ。私たちの仲間には3人のブーステッドマンと3人のエクステンデッド、6人の強化人間が居たんだ。あとそいつらとは別枠と言うか強化人間のオリジナルになる調整体って奴も居た」
「7人の強化人間ですか」

 イングリッドが驚いた顔で言う。強化人間はその扱い難さで知られているような代物で、そんな物が7人もいてよく部隊運用出来たものだとイングリッドは驚いていたのだ。だが、それをきいてカガリは苦笑を浮かべていた。

「いやまあ、ブーステッドマンの3人は最初は付き合いずらかったけど、エクステンデッドの3人は最初から割と話が通じたぞ。あと調整体はむしろ私たちが教えられる側だった」
「そんな強化人間もいるんだな」
「何言ってんだアスラン、お前も知ってる有名人だぞ。エメラルドの死神とはお前も何度も戦ってただろ」
「あのエメラルド色のMA乗りが強化人間だったのか!?」

 あの一撃離脱戦法を駆使してくる化け物には何度も苦汁を舐めさせられてきたアスランであったが、あの異常なまでの戦闘機動はナチュラルとは思えないと何度も思っていたが、あれが強化人間の力だったのだと言われればなるほと頷けてしまう。

「あの俺でも無謀と思うような動きによくナチュラルが耐えられると思っていたが、あれは体を強化していたおかげだったのか」
「らしいな。そしてその調整体、キーエンス・バゥアーはあの2人の師匠でもあるのさ」
「仲間に師匠まで、か。それはあいつらには他人事じゃないのかも」
「あいつらだけじゃないさ。私も関りが深いし、第8任務部隊の連中だったら大体は気にかけてると思うぜ」

 お前らには異質な存在かもしれないが、私やあいつらには大切な仲間だったんだというカガリに、アスランはどうにも反応に困るという顔をしていてイングリッドはだから私の事を知っても気にしなかったのねと頷いている。最高のコーディネイターや強化人間などと深く関わっていたからアコードを知っても受け入れられたのだろう。
 だが、その話はこの世界のカガリとサイには相当な驚きだったようだ。2人共信じられないという顔をしている。

「ブーステッドマンやエクステンデッドが仲間だったって」
「あんな恐ろしい物と仲良くやってくなんて出来るものなのか?」

 強化人間は人工的にナチュラルを強化してコーディネイター以上の力を与えられた代わりに、精神的に不安定で極端に扱いにくく、長く生きる事も出来ない恐ろしい存在の筈なのだが、向こうの世界ではその辺りが改善されていたのか。
 だが、2人の深刻そうな顔を見たカガリは何ともバツが悪そうな顔になり、右手で何か誤魔化すように頭を掻いていた。

「いや、エクステンデッドの3人はともかく、ブーステッドマンの3人は結構色々あったぞ。あいつらが打ち解けたのはキースとアルフレットのおっさんのおかげだったからな」
「キースってのはさっき言ってたキーエンスって奴だな。アルフレットってのは?」
「ああ、こっちの世界の元大西洋連邦の軍人で、フラガやキースの上官だった奴だよ。無茶苦茶強くてブーステッドマンも実力で黙らせるくらいだ。このキースとアルフレットが色々叩き直して少しずつ変っていったのさ」

 懐かしそうにカガリは言う。アルフレットとの出会いは色々と衝撃的であったが、あの力強い男が居てくれると本当に安心感があった。何と言うか、どんな窮地でもこの男が居れば何とかしてくれると信じられたのだ。
 あの男がここに居てくれたらコンパスに喧嘩売ってステラを助けに行ったりするんだけどなあとカガリが冗談めかして言うと、こちらのカガリとサイ、それにイングリッドが呆れた顔になっていた。

「カガリ、それは流石に無謀よ」
「いや、幾ら何でもそのおっさん1人入ったくらいでコンパスに殴り込むのは無茶だろ。あそこには今はアスランも居る筈なんだぞ」
「カガリ様、フラガ少佐の上官と言うならそれなりの腕なのでしょうが、ナチュラルが1人加わったくらいでは無謀ですよ」

 3人共大西洋連邦の軍人ならナチュラルなのだろうと思って話していて、実際にそうなのだがそれを聞いたカガリはそう思うよなあとちょっと悟った顔になってしまった。そしてアスランは物凄く複雑そうな顔をして些か不満を交えて呟いた。

「ナチュラルの筈、なんだよな。コーディネイターより劣る筈なんだよな……」
「アスラン、どうしたの?」
「イングリッドは前に一度戦ってるはずだぞ。覚えてないか、訓練でフレイに何度も戦わされただろう?」

 アスランに言われてイングリッドは思い出そうと考えこみ、思い出したのか顔色を青くしてしまった。その変化にこちらのカガリとサイも吃驚している。

「ど、どうしたんだお前?」
「おい、いい加減名前で呼べよ。流石に覚えただろ」

 未だにイングリッドのことを名前で呼ぼうとしないこの世界の同一存在にカガリが不機嫌そうな声を出すが、こちらのカガリがそれに答えるより早くイングリッドが震える声を出した。

「あ、あの、化け物みたいに強いシミュレーターの、元になったパイロット?」
「ああ、その男だ。戦後に聞いたんだがキラが師事したほどのパイロットだそうだ」
「あのキラ・ヤマトが他人に訓練を受けていた?」
「ああ、俺に勝ちたい一心で鍛えて欲しいって頼んだらしい。あの怠け者がよくそんな気になったもんだと思ったよ」

 アスランがキラは救えない怠け者だからなとちょっと腹立たしげにぼやき、カガリがあいつは駄目人間だったからなと胸の前で腕組みして何度も頷いている。
 2人にとってキラは駄目な奴という認識が共有されているのだが、他の3人は別の所で驚きを隠せないでいた。先ほどアスランが言った俺に勝ちたい一心でという部分にだ。これはつまり、このアスランはキラより強いということを意味しているからだ。こちらのカガリが震える指でアスランを指さし、信じられないという風に聞いてくる。

「お、お前、キラより強いのか?」
「強いかと言われると少し悩むな。あいつはフリーダムで俺はジャスティスを使ってる事が多かったから、1対1なら機体の相性で俺の方が有利だったからな」

 同じジャスティスで戦ってたらどうなったか分からないなとアスランは言う。とはいえ、フリーダムとジャスティスに乗り換えて以降の両者の対決はアスランンの全勝なので、実績で見るとアスランの方が強いのは間違いはない。
 ただ自分がキラに勝てても戦場の支配権は敵に取られて結局戦いそのものは敗北するという事が多く、キラには勝てても自分は敗者だと思っている。パイロット個人で動く事の多かったキラとは異なり指揮官として戦争後半を駆け抜けてきたアスランは個人的にはキラをぶちのめしてスッキリしたのは否定しないが、軍人として戦いに敗北したと思っていたから。

「俺があいつに勝っても、俺はプラントを戦争の勝者には持っていけなかった。悔しいけど勝ったのはあいつだよ」

 自嘲気味に言うアスラン。それを聞いたこちらのカガリは驚きを見せていたが、向こうのカガリな理解を浮かべている。こちらの世界のアスランとは違い、彼は最後までプラントを裏切ることなく戦い続けたので、こちらのアスランとは大分考え方が異なる。こちらのアスランは個人主義寄りで、目の前のアスランは組織人寄りとも言える。
 それはカガリにも見られる部分で、こちらの自分たちはどうも個人主義寄りな所がある。多分キラやラクスにもその傾向があるのだろう。それがこの世界の自分たちの選んだ道だったのか、そうならざるを得なかったのかは分からないが、多分これが自分たちとこの世界の自分たちとの最大の違いなのだろうとカガリは思っていた。



 そんな事を話していたら、倉庫の扉が開いて中からジャネットを連れたトールとフレイが出てきた。ジャネットは少し疲れている様子だったが、トールとフレイは何処かホッとした顔をしている。それを見たカガリは良い知らせが聞けそうだと思った。
 疲れた様子のジャネットのまえにイングリッドが屈み込んで顔を覗き、大丈夫かと尋ねている。

「検査はどうだった?」

 カガリの問いかけに2人は顔を見合わせると、嬉しそうに頷いて見せた。

「まだ安心は出来ないけど、この世界の強化技術は私たちの世界の技術とそこまで大きな違いは無いらしいわ」
「だから、何処に何をされたのかをこれから詳しく調べていけば治療出来る可能性は十分にあるらしいぞ。少なくとも今ここにある装置で延命は可能だってさ」

 クロトの時のように手遅れだと宣言されるよりずっとマシな状態だったと分かり、トールとフレイは安堵していた。異世界の技術で作られた強化人間だから自分たちの世界の技術では対応できないと言われる可能性も考えていただけに、治療医術がこの世界でも通用すると分かって心底安心したのだ。
 だが、安堵している2人に対してサイが気の進まない顔で声を掛けてきた。

「なあトール、フレイ。安心してるところ悪いんだけどさ、2人はこれからあの子供をどうするつもりなんだ?」
「え、どうするって?」

 トールが不思議そうに聞き返し、フレイも小首を傾げている。だがその意味を理解したアスランがそうかと呟いて右手で頭を掻きだした。

「こちらには預けられる相手が居ないか」
「え、無理そうなら私たちと一緒に連れ帰れば良いじゃない?」

 私たちが連れて行けば問題無いでしょうというフレイ。それにトールも頷いていたが、アスランは厄介事を抱え込んだ顔でトールの肩を叩いて言った。

「忘れたのか、この世界と俺たちの世界の間でどんな影響が出ているか分からないって話を。物ならともかく、人間は不味いんじゃないか」
「ああ、この世界に来てから話してたあれか」
「でも、だからってあの娘を何処かに放り捨てて行くなんて私は絶対に反対よ!」
「分かってる、だから困ってるんだ」

 必死な様子で文句を言ってくるフレイに、俺もそんな仕打ちをする気は無いというアスラン。だが自分たちはこの世界の人間ではなく、当然だがこの世界にも知人が居る訳が無い。居ると言えるのは目の前のこの2人だが、先ほどの強化人間への反応を考えると望みは薄いだろう。
 アスランがそんな風に考えていると、いきなり自分たちのカガリがアスランの不安を蹴り飛ばすような事を言い出した。

「なあこっちの私、あの娘をお前の所で引き取ってやれないか?」
「はあ、オーブに強化人間を入れろってのか!?」

 何を言い出すんだこいつはとこちらのカガリが吃驚した声を上げ、サイも唖然とした顔をしている。それを聞いたアスランは当然の反応だよなと思ってしまったが、カガリはそれで引き下がったりしなかった。

「ただでとは言わないさ。代価に強化人間の治療装置をくれてやる、それでどうだ?」

 カガリの出してきたとんでもない提案にこちらのカガリとサイは目が点になってしまった。まさか、この世界には存在しないとんでもない代物を惜しげもなく提供すると言い出したのだから無理も無いだろう。
 その余りの気前の良さにトールが本気かという顔でカガリに声を掛ける。

「お、おいカガリ、良いのか勝手にそんな約束をして?」
「構わないぞ、あれの出資者は私とフレイだからな。良いよなフレイ?」
「一応アズラエルさんに話を通した方が良いと思うけど、私は構わないわよ。こっちにはもう調整体を除いて強化人間は残って無い筈だし、もし必要になったらまた作れば良いしね」
「ああ、こっちにはジャネット以外にも治療が必要な奴が沢山居るだろうから、使ってもらえば良い。なあオーブ代表閣下?」

 そう言ってニッコリと笑うカガリ。だが言われたこちらのカガリにはそれは悪魔の微笑みにしか見えなかった。確かにこちらに存在しない異世界の技術は欲しい。その為の交換条件があのジャネットと名付けられた子供1人の面倒を見ることくらいならば受けても良いと思ったのだが、先ほどの言い方だと渡した治療装置で他の強化人間たちの治療にも責任を持てと言っている。
 
 異世界のとんでもない技術は欲しい、だがその為に世界の強化人間たちを集めて治療するとなるとどれだけの時間がかかるのか分からない。そもそもそんな事が可能なのだろうか。

「お、お前たちの世界では、どうやって強化人間を集めて治療したんだ?」
「あん、そんなの派遣してた部隊から招集したに決まってるだろ?」

 そうだった、向こうの世界ではそもそもブルーコスモス残党などの武装勢力が好き勝手にそういう危険物の運用をしていないのだった。こちらの世界とは事情が違うんだったと思いだしたこちらのカガリは羨ましいやら悔しいやらで頭を抱えたくなり、そしてなんとも重苦しい溜息を吐いた。

「なんだ、溜息なんかしてると幸せが逃げるぞ」
「誰のせいだ。まああのジャネットとかいう強化人間の事は引き受けても良い。だが他の強化人間は約束は出来ないぞ、運良く生きて確保出来たらやってみるとしか言えん。こっちの世界はそっちとは色々違うんだ」
「……まあ、それはしょうがないな。こちらの事情もあるし」

 流石に他所の世界の社会問題にまでは踏み込めず、カガリは仕方なく頷いた。とにかくジャネットの事は約束させたのだから、これ以上を望むのは余所者という事を考えれば無理というものだろう。
 カガリがこちらの世界の自分に約束させたことであの娘の身柄は何とかなる目途が立ち、空気が少し緩んだものになる。後は何とか治療に繋げていくだけだとフレイが嬉しそう言っているのを見ながらアスランは一歩下がり、これまで話に加わろうとしていなかったイングリッドに声を掛けた。

「どうした、あの娘の事はイングリッドも気にしてたと思うんだが?」
「……オーブが約束を守るかどうかと思って」
「カガリが約束を破ると?」
「カガリ・ユラ・アスハは守ろうとすると思うけど、周りはどうするか分からないわ。あの国はカガリ様の為に、とかオーブの為に、とか考えれば割と平気で手を汚すから」
「カガリ様の為なのだと自己正当化して暴走か。耳が痛いな、大戦中はザフトも同じような建前で虐殺を繰り返したことがあるから」

 昔を思い出してあの頃は酷かったと思い返しながら、ふとアスランは妙な事が気になってしまった。あの頃は不思議には思っていなかったが、何故掛け声がプラントの為にではなくザフトの為にだったのだろう。あれでは正規軍ではなく革命家の私兵のようではないかと思って、何とも言い難い暗澹とした気持ちになってしまった。結局プラントは最後まで国家ではなく、ザフトはプラントを守る為の軍隊では無かったのかもしれないと思ってしまったから。

「もしカガリが約束を破りそうだったら私が連れて逃げるわ」
「イングリッド、そこまで考えてるなら」
「世界移動は駄目って言ってたでしょう?」

 イングリッドに止められて、アスランは黙り込んでしまう。そう言われてしまうと反論する方法が無くなってしまうのだ。カガリやフレイは連れて行こうとするかもしれないが、アスランはそれを選択する事が出来ない。こういう時は自分のコーディネイターとして得た知性が何とも邪魔に思えてしまうアスランだった。
 そんな事を話しながら2人のカガリとサイとフレイ、そして少し遅れてイングリッドが倉庫へと入っていく。それを見送ったトールは動こうとしないアスランを見てどうしたのかと声を掛けようとしたが、そこに息を切らせてシンが通路を走ってやって来た。

「た、た、大変だトールさん!」
「どうしたシン、そんなに慌てて?」

 駆け寄ってきたシンを驚いた顔で迎えるトール。アスランも驚いた顔でシンを見ているが、2人に見られながらシンは慌てふためきながら両手でジェスチャーを交えながら緊急事態を告げた。

「か、か、艦長が、マリューさんが送られてきた食糧で小さなパーティーしようって言いだしたんだ!」
「それが、何が大変なんだ?」

 何もおかしい事は無いだろうと思うアスランだったが、それを聞いたトールは真っ青になっていた。

「まさか、また艦長が料理を作り出してる?」
「はい、ウキウキで手料理を振舞うって言ってました!」

 恐怖すら浮かべて捲し立てるシンにトールも真剣に考え込んでしまう。戦闘に出る前よりも必死さが漂うそのやり取りにアスランは一体何がどなっているのかと戸惑っていたが、そのアスランにトールがとんでもない答えを出してきた。

「アスラン、パーティー料理を全てイングリッドが作った、くらいにヤバい状況なんだよ」
「……あのレベルのメシマズって、実は結構居るのか?」

 殺人レベルのメシマズ3人目の出現にアスランが戦慄して震えだす。今は克服したようだがフレイも相当なメシマズだったというし、実は意外にあのレベルのメシマズはその辺に居るのかという疑いを抱いてしまったアスランはその恐ろしさにふらつくが、その体をトールが支えた。

「アスラン、今はそれよりも目の前の脅威への対処だ。何とかして逃げないと!」
「そうっすよ、あれ食ったら明日まで目が覚めませんよ!」

 かつて酷い目に合ったことがあるだけに2人は必死の形相でアスランに逃げようと訴える。その2人の剣幕にアスランも神妙な顔で頷くが、3人だけでどうやって逃げるのかと聞くと、トールとシンは策があるというようにニヤリと笑った。

「大丈夫だ、この艦には昔の第8任務部隊の連中が結構乗ってる。事情を話せば全員協力してくれるさ」
「艦隊の全員が被害者なのか……」
「少なくともアークエンジェルとドミニオン、パワーのクルーは大体1回は食べてるかな」

 だから協力者を募るぞというトールに、アスランはこっちはこっちで苦労が多かったんだなとしみじみと考えてしまっていた。
 そしてこの話を密かに打ち明けられたカガリとフレイも快諾して協力者を集める事になり、オニール号クルーのおよそ2割が手を組んで適当な理由を作るために協力しあい、このパーティーから逃れる事になる。
 なお、この世界のカガリとサイ、イングリッドには知らされる事は無かった。





軌道上で戦闘の光芒が輝いている。同型の艦艇同士が軌道上で激突していて、ビームとミサイルの応酬をしている。どちらも地球連合で使われていたネルソン級戦艦とドレイク級駆逐艦で、数で劣る守備側と思われる艦隊が明らかに劣勢に立たされているようだ。
 その戦いを遠くにあるミレニアムから望遠映像で確認していたコノエは、苦み走った顔で戦況モニターを見上げている。

「ユーラシア艦隊、押されています」
「東アジア艦隊の後方に汎イスラムの艦隊が出現、輸送艦を伴っています」
「ユーラシア軍のMS損耗率、30%を越えました」

 ユーラシア本土への降下軌道に迫る東アジアと汎イスラムの艦隊をユーラシア艦隊が迎撃に出たのだが、数の差で完全に劣勢に立たされている。ミレニアムのオペレーターが戦いの様子を報告してくるが、その全てがユーラシア艦隊の敗北を告げていた。

「持ちそうにないな、ユーラシア軍は」

 コノエの呟きに、隣に立つヒルダが皮肉を交えて笑みを浮かべた。

「最初から分かっていた事でしょう艦長?」
「そうなんだが、シンたちの頑張りを考えてしまうとな」

 この戦いが始まって部屋に籠っていたシンは、3日前にようやく部屋から出てきたと思ったらコノエに戦争へ介入しましょうと言ってきた。これにコノエを始めとするミレニアムの幹部クルーは軒並み反対したのだが、シンは頑として決定を覆そうとはしなかった。
 このシンの決断にルナマリアが賛同してしまい、アグネスは英雄気取りは1人でやってくれと拒否してヒルダは態度を決めかねている。
 コンパスの設立理念を考えればシンの決断が正しいのだろうが、幾ら何でも自殺に付き合わされるのは御免被るというのがコノエたちの意見だった。せめてアスランが居てオーブ軍の協力を受けられるのならばまだやりようがあるかもしれないが、アスランは現在どこに居るのか知れず、オーブはカガリ不在でまともに動けなくなっている。

 戦力が足りないと介入に否定的なコノエであったのだが、このままだとシンが飛び出してしまいそうだったので仕方なく介入を認め、数機のMSでも相手の動きを止められそうな戦場を探してそこにピンポイントで送り込むという一見無難な、他のコンパスメンバーも受け入れやすい妥協案をシンに提示した。
 シンはこの妥協案に難色を示したが、ここでこれ以上対立して完全に拒絶されるよりはマシだと考えて仕方なくコノエの提案に従った。これでミレニアムから各地の戦場の評価が行われることになり、合わせてMSの大気圏突入と地球上での移動用にサブフライトシステムの用意が行われたのだが、評価を行っていたコノエとヒルダ、そして幹部クルーは余りの状況の悪さに頭を抱えてしまっていた。

「どうなっている、投入している兵力が尋常じゃないぞ。奴らは一体何時からこの侵攻を計画して準備していたんだ?」
「事前準備に相当の時間をかけていたんでしょうね、これだけの部隊を我々に勘付かれないように移動させて、必要な物資を国境近くに集めて、汎イスラムと協同で攻め入る話も付けていたとは」
「我々もターミナルも全く気付かなかった、どうやったらそんな事が出来るんだ?」

 地球上の動きを常に監視していたコンパスと、世界の裏側から監視している筈のターミナルの2つの目をどうやって掻い潜っていたのか。このコノエの疑問に対して部下が恐ろしい回答を出してくる。

「あくまで仮定の話ですが、ターミナルが我々の考えていたよりずっと早い段階でコンパスを見限っていた可能性があるのでは?」
「ラクス様が総裁をしていた頃からか?」
「現に彼らはファウンデーションの事もプラントのクーデターも掴めていません。本当に掴めていなかったのなら彼らの能力はその程度という事になりますが、あるいは最初から我々に情報を隠していた可能性もあるのではありませんか?」

 コンパスの没落の原因となったファウンデーション事件は、ファウンデーションの動きもザフトの動きも全く入ってきていなかった。もし多少なりとも警告があればあのような共同作戦はしなかっただろうし、そもそもファウンデーションにもっと警戒して動いている。

「だが、アスラン・ザラがファウンデーションの内偵をしていたのだろう?」
「そうですが、その情報は我々には届いていませんでした」

 そもそも、その件もアスランやメイリンといったコンパスやオーブに縁がある者から内々に伝えられた話だ。ターミナルとして情報を回してきた訳ではない。何か1つでも情報があればコンパスもあそこまで後手後手の無様を晒すことは無かった筈なのだが、結果はこの様だ。
 ターミナルの力がその程度であったのならばそれはそれで問題だったが、信用出来ないよりはまだマシだ。ラクスの離脱と共に離れていくだろうとは思っていたのだが、その前から既に手を切る算段をしていたとなると話が変わってくる。
 その可能性を否定出来ない事にコノエは苦み走った顔で拳を握り締めたが、口に出すことはせず苛立ちを押さえ込んだ。

「あくまでも仮定の話だ、周囲には言うなよ」
「分かっています、ここだけの話ですよ」

 こちらからターミナルとの関係を切れる訳では無いのだ。こうやって考えると、本当にコンパスの立場は弱い。後援国の援助や協力組織の助けが無ければすぐに干上がってしまう。これで良く1年もこんな活動を続けてこられたと思うべきか、こんな組織だったから1年しか持たなかったのだと思うべきか。

「ミレニアムのクルーにも、次の身の振り方を考えさせた方が良いのかもしれんな」

 自分だけに聞こえる声でぼそりと呟いて、コノエはコンパスの今後について悲観してしまった。もしコンパスが解散してミレニアムがザフトに返還されるとなったら、自分はどうするべきなのだろうか。またザフトに戻るのか、それとも……

「民間旅客船の船長も良いかもしれんな」
「どうしたんだい艦長、いきなり?」
「いや、こっちの事だよ」

 思い描いた未来が口に出てしまったコノエは、訝しげに見てくるヒルダに気にしなくて良いと言って口を閉ざした。
 いずれにせよ、現在のユーラシア東部と南部の戦いにコンパスが介入するのは困難だという結論しか出せなかった。だがそれをシンに伝えても彼は納得しないだろうし、最悪自分だけで飛び出していきかねない。本当にどうしたら良いのだろう。



 これが3日前の事で、結局コノエはシンの要望を聞いてやる訳にはいかず、かといってこのままではコンパスの存在意義が失われるというジレンマに陥ることになってしまったが、ならばどうすれば良いのかと思っていると、いきなりオペレーターが緊張した声を上げた。

「大変です艦長、ユーラシア艦隊が!」

 オペレーターの悲鳴のような呼びかけにコノエとヒルダが焦りを浮かべてモニターを見る。モニター上では限界が来たのか崩れ始めたユーラシア艦隊の様子が映し出されていて、陣形を崩してバラバラになっていくユーラシア艦隊を押しのけるようにして東アジア艦隊と汎イスラム艦隊が地球軌道へと迫り、降下ポイントを確保しようとしている。
 その様子を見ていたコノエはユーラシアもこれで終わりかもしれないと思ったが、その時オペレーターが厄介な情報を持ってきた。

「艦長、汎イスラム艦隊の中にザフトのMSが居るようです」
「ザフトの供与機じゃないのか?」
「ジンではありません、ゲルググの姿があります!」

 ゲルググと聞いてコノエとヒルダの顔色が変わる。ジンやゲイツなら供与機の可能性もあるが、ゲルググやギャンはまだ配備も進んでいない最新鋭機だ。供与などする訳が無い。あれは恐らくザフトから汎イスラム軍に送り込まれた応援部隊だろう。それも最新鋭機を優先配備されるような精鋭だ。
 あんなものが混じっていたのならユーラシアのダガーLが太刀打ちできなかったのも無理は無いとコノエは考えたが、同時にこれはプラントも巻き込んだ侵略だとも分かってしまい、湯鬱そうな顔になっていた。
 
「まさか、プラントが侵略に噛んでいるとはな。今度は反乱軍じゃないのかな?」
「残念だけど、その線は薄いだろうね。まああれも名目上はプラントとは無関係を装ってるんだろうけど」
「ここであれを食い止めに出たら、コンパスの職務的には正しいけどプラントとは決定的な亀裂を生むだろうね」

 東アジアと汎イスラムの計画にプラントが乗ったのか、プラントも主導的な立ち位置に居るのか、いずれにしてもこれは非常に不味い状況だ。もしあれと戦うとなれば、この艦のクルーにプラントと戦えと命じる事になる。艦のクルーには当然プラントに残した家族が居るので、戦えばプラントは反逆者の身内として関係者を拘束するかもしれない。それを承知で出撃を命じるべきだろうかと考えて、コノエは考えこもうとしたがそれをオペレーターの声が中断させた。

「艦長、MSデッキから緊急発進の指示が来ました!」
「緊急発進だと、出撃命令は出していないぞ!?」
「シン隊長の指示だそうです、司令官代理の命令だと言っているそうです」
「シン、何を考えてるんだ!?」

 コノエは驚愕してシンの行動を詰ったが、キラが出奔して彼に押し付ける事になった司令官の代理の肩書で命じられるとコノエにも何も言えない。指揮系統上ではシンは自分の上官という立ち位置に居るのだから。




 
 東アジア軍の先頭を進んでいた艦隊は宇宙における東アジア軍の拠点となっている小型の衛星基地深光から出撃してきた深光艦隊で、ダガーLを主力とする強力な部隊であったが、彼らは邪魔をするユーラシア軍を蹴散らしながら地球軌道へと迫ろうとしていた時に、突如としてMSの襲撃を受ける事になった。いきなり強力なビームが自分たちの眼前に撃ち込まれて横薙ぎに走り、光跡の線を描く。一体何がと東アジアの将兵が思っていると、通信機越しに誰かが警告を飛ばしてきた。

「こちらコンパスのシン・アスカ。東アジア軍と汎イスラム軍は直ちに戦闘行動を停止し、部隊を撤退させてください」

 自分たちの前にコンパスが保有する有名なMS、デスティニーが降りてくる。その後ろに2機のザフトの新型MSゲルググメナースも降りて来て、3機のMSが自分たちを通すまいと立ち塞がるように立っている。
 コンパスの介入、これは予想されていた事態ではあったので指揮官たちも混乱する事は無かったが、それでも強い警戒を要する相手の出現に穏やかでは居られない。コンパスの戦闘能力は1個小隊で大隊規模のMSを相手に出来るとまで言われている。だが、それがキラ・ヤマトとフリーダムが居たからこその脅威であったことも同時に知られている事だ。彼とフリーダムが居なければその制圧能力は大きく低下する。
 加えて、バクーの戦いでコンパスが敗北したという知らせもコンパスに不利に働いていた。これまでその圧倒的な強さで抑止力となっていたのに、ファウンデーション戦で一度敗北して機能停止寸前に追い込まれ、どうにか再建してきたと思ったら名も知らぬ武装勢力と交戦して敗北したという。この続く敗北がコンパスの無敵神話を崩壊させ、その名が抑止力として機能しなくなっている。
 
 自分たちが出てきてもパニックを起こすどころか整然と迎撃態勢をとる東アジア軍を見て、ルナマリアは表情を曇らせる。不味い、こいつらは私たちを見ても勝てない相手だと思っていない。冷静に動かれたらこちらが勝ったとしてもこちらの損害も大きくなる。機体の損害や消耗が増えれば次の戦いに行けなくなってしまう。
 ルナマリアは仕掛けるのは不味いのではないかと思ってデスティニーを見るが、デスティニーのシンは何も言おうとせず、デスティニーも動こうとしない。このまま向こうが引けば良しと思っているのか、それとも他に何か考えがあるのか。
 そんな事を考えていると、不意に隣りに居るアグネスがゲルググメナースのライフルを振って注意喚起をしてきた。

「2人共、背後に新手よ!」
「嘘でしょ!?」

 そんな馬鹿なと思ってルナマリアが後方を確認すると、数は多くなかったがゲイツとストライクダガーの混成部隊がこちらに近付いてきている。汎イスラム軍の部隊のようだ。
 なんでこんな時にとアグネスが罵声を放ち、ルナマリアも顔を引き攣らせてデスティニーに通信を繋いで撤退するように言った。

「シン、後ろに汎イスラム軍も出てきた。このままじゃ私たち全滅だよ、撤退しましょう!」
「…………」
「シン、聞いてるの!?」

 返事をしないシンにルナマリアが感情を昂らせて怒鳴る。戦いを止めに行くと言って飛び出したシンを追う形で付いてきたルナマリアとアグネスだったが、この状況で交戦など自殺と一緒だ。デスティニーだけはひょっとしたら離脱できるかもしれないが、ゲルググを使っている自分たちは絶対に助からない。
 答えないシンにルナマリアがいよいよ焦り、アグネスが警戒を促す。

「来るわよあんた達、さっさと武器を構えなさい!」
「でもシンが!」
「あんた死にたい訳!?」

 シンを気にするルナマリアにアグネスが激高して死にたいなら自分たちだけで死ねと詰る。今回は出撃するシンを心配して同行すると言い出したルナマリアに半ば引きずられるようにして付き合わされたアグネスであったが、シンの自殺に付き合うつもりなど最初から彼女には無い。あの馬鹿が死ぬのは構わないし、ルナマリアがそれに付き合うのならば勝手にすればいい。自分を巻き込むなと彼女は怒鳴ってる。
 襲い掛かってくるダガーやゲイツを見て舌打ちしてアグネスが2人の傍を離れて戦闘機動に入る。シンが何か考えているのかとも思っていたが、結局ただの馬鹿が飛び出して来ただけだとアグネスは侮蔑を込めてデスティニーを睨み付け、そして自分だけでも助かろうと動き始める。
 だがその時、シンの傍を離れようとしなかったルナマリアの前からいきなりデスティニーの姿が消えた。ルナマリアが何処に、と周りを見回した時、いきなり近付いていた複数のダガーが真っ二つになって爆散していた。

「警告はしたぞ、戦闘を止めろって。何で来るんだよ!」

 ビームサーベルを構えたデスティニーが駆ける。余りも速く動く為にルナマリアやアグネスにすら捕らえるのが困難なその白い閃光は東アジアのMS隊の間を駆け抜けていき、通り抜けた後に幾つもの閃光を生み出していく。それはそれまでのシンとは全く異なる、何か箍が外れたかのような無茶苦茶な力任せの機動であった。
 だが、機体の負荷も自分の体もまるで考えないようなその動きはルナマリアやアグネスですら追いきれる物ではなく、その場に死と破壊を撒き散らしていく。それを見たルナマリアは、初めてシンが怖いと思ってしまった。


ジム改 久々のバトルシーンが入りました。
カガリ うちと全然関係無い戦闘シーンか。
ジム改 別の意味で異世界組も命の危機なんだがな。
カガリ 一応あっちは命だけは助かるだろ、死ぬほど辛いだけで。
ジム改 シンもいよいよ追い込まれてきた。
カガリ うちのシンより色々損な性格してるからなあ。
ジム改 そもそもそっちのシンは責任負う立場じゃないし。
カガリ 責任に圧し潰されて暴走というなら自棄になったユウナが近いのかな。
ジム改 こっちのシンは真面目だから逃げ場が無いのよな。
カガリ うちのシンだったら考えるのはフレイさんの仕事だーって投げるからな。
ジム改 17歳なんだからそれくらいで良いんだけどねえ。
カガリ それじゃあ主人公はやれないんだよな。
ジム改 周りが頼りになるとヒロイックサーガにならないからな。
カガリ 難しいなあ。
ジム改 逆シャアのアムロが最初から仲間だったら全部任せれちゃうからな。
カガリ 師匠ポジのスーパーマンは用法容量を正しく守りましょうってか。
ジム改 次回は遂にあの男に活躍の機会が来るぞ。
カガリ 結局シンは救われないような。

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