第37章 おかしくなりだす世界
それは、最初は小さな変化だった。ユーラシア連邦の衰退と共にユーラシア大陸全域で小規模な戦乱が続発するようになったのは予想された事態であったが、それとは別にユーラシア連邦の衰退に伴って中東の汎ムスリム会議やアジアの東アジア共和国が旧ユーラシア領に勢力を伸ばし始めるようになり、各地でユーラシア軍と両国の小規模な戦闘が頻発するようになっていた。
弱体化したユーラシア軍には強大な戦力を温存していた東アジアとプラントの支援を受けている汎ムスリムの攻撃に対抗するのはほぼ不可能で、各地で敗退を重ねて少しずつ勢力圏を奪われていた。
この動きに対して大西洋連邦は両国に対して戦闘の停止を求めたが両国はそれに応じる事は無く、攻撃は続けられている。
軌道上のミレニアムを拠点とするコンパスも彼らを支援するオーブもこの突然の戦乱の拡大に驚いていたが、大西洋連邦と同じく抗議以上の動きは起こせなかった。元々コンパスの軍事力は局所的な紛争に対処できる程度でしかなく、国家間の問題に介入するような力は持たない。そしてオーブは技術力はあっても所詮は弱小国であり、東アジアと汎イスラムを同時に相手にする様な軍事力は持っていない。
また汎イスラムはプラントの支援を受けている国家なのは誰でも知っている事で、今回の攻撃にプラントの意思が入っている可能性もある。もし彼らを止める為に武力行使をすればプラントが敵に回る可能性があるので、これが余計にコンパスとオーブの動きを掣肘していた。
ミレニアム艦内からこの急な情勢の変化を確認していたシンは苦虫を噛み潰したような苦渋の表情を浮かべて大型モニターを見上げていた。
「この人手が無い時に、何で急にこんな事になるんだよ?」
シンが苛立ちを隠そうともせずに艦橋内を見回すが、誰もそれに答えることは出来なかった。答えられる訳が無かった、コンパスには何の情報も送られていなかったのだから。
誰も答えないのを見たシンは舌打ちして視線をメイリンへと向ける。ターミナルに属するメイリンなら何か知っているのではと思ったのだ。
「メイリン、この動きについてターミナルは何も言ってなかったのか?」
「少なくとも、私は聞かされてないかな」
ターミナルから自分には何の情報も送られていなかったとメイリンは答えた。それにシンは頷いて厳しい顔でモニターを見上げる。そのシンを見ながらメイリンは内心でいよいよターミナルがコンパスと距離を取り出したと思っていた。元々ラクスに協力する流れでコンパスに協力していた組織だ、ラクスが抜けた今となってはコンパスと組む理由は彼らには無い。
加えてプラントのコンパス本部もラクスが抜けたために機能を大きく損なっている。プラントが今どういう動きをしているのかを探る事も出来ないでいるのだろう。
情報の流れを止められたために元々大した戦力を持たないコンパスは更にその力を削がれてしまった。更に悪い事に、この戦いに介入しなかったらコンパスは存在意義をその物を問われてしまう事になる。紛争に武力で介入して戦いを止める為の組織なのに、静観を決め込めばそれに介入するだけの力を持っていないと喧伝する様なものだからだ。
だがコンパスが伸ばせる手は一本しかない。ユーラシアの東と南で続発する戦いのどれか1つにしか介入できないのだ。もし彼らがコンパスの介入も考えてこのような動きを見せたのだとしたら非常に厄介だ。汎イスラムと東アジアが、いやプラントと東アジアが手を組んで事を起こしている可能性もある中で、コンパスとの戦いをあらかじめ織り込んで行動を起こしたとなればそれはすなわち、こちらを明確な敵と見据えている事になるからだ。
プラントを今後は敵として考えろ、などという命令をシンは出すことは出来ない。ミレニアムのクルーの大半はプラント出身のコーディネイターであり、しかも今度の相手は反乱軍では無い、プラント本国を相手に弓を引くことになる。
祖国に弓を引けと言う事はシンには出来なかった。そして同時に、そういう事態に対応できる形になっていなかったコンパスの限界が露呈した瞬間でもあった。
「コノエ艦長、何か手はありませんか?」
「残念だが、どうにも出来ないな。ディスティニーを酷使すれば2カ所、いや3カ所は止められるかもしれないが、それでディスティニーは暫く動かせなくなる。そうすれば後は普通のMSでやるしかなくなるわけだが……」
あとは言わなくても分かるだろう、とコノエが肩を竦める。ディスティニーは強力だがMSは連戦に耐えられるような機械ではない。駆動系は絶えず消耗し燃料も弾薬も直ぐに使い果たしてしまう。もしやるなら母艦のミレニアムも地球に降下するべきだが、ミレニアムはまだ修理が終わっていない。
本来ならその役目はアークエンジェルが負うべきところだが、そのアークエンジェルも今は無い。一応コンパスの地上拠点として使える基地は幾つかあるが、それらは世界に少数存在するだけで細やかな作戦を行うための前線基地ではない。つまりこのような事態に対処するのには全く役に立たない。
どうしたら良いと悩むシンを見て、コノエは少し肩を落としてモニターを見上げた。
「言うべきでは無いかもしれないが、これはコンパスでどうにか出来る規模の戦いでは無いよ」
「コノエ艦長?」
急に何を言い出すんだとシンは思ったが、コノエの顔は真剣だった。彼は生徒に教えて聞かせるようにこの状況がコンパスの手には余ることをシンに伝え聞かせる。
「コンパスが対処出来るのは小さな地域紛争規模までだよ、国家間の衝突まで対処するような力はコンパスには無い」
「でも、ファウンデーションの時は!」
「あれは極めて特殊な例だ、我々が相手にしたのは数機のMSと数隻の艦艇だけだった。だからコンパスの戦力でも相手が出来ていたけどもしあの時にザフトの反乱軍も同時に相手にしろとなっていたら対処できたかな?」
どんなにキラやシンが凄くても彼等が戦えるのは一カ所だけだ、同時に複数個所で戦いが起きたらその全てに対応するだけの戦力をコンパスは持たない。そして今戦いが起きているのは複数個所というレベルでは無く、大規模な戦線が形成されている。
これはもう国家間の戦争だ。これに対処する為のコンパスの戦力は地上に残っているアスランを加えても僅かにパイロットは5人、MS5機でしかない。アスランがオーブからインフィニットジャスティスを持ってきてくれたという条件があれば二カ所程度は両軍を叩き潰せるかも知れないが、それ以上は弾薬や推進剤が持たない。なにより機体の整備と冷却が必要になる。
せめてコンパスに現在の数十倍のMSとシンやアスラン級のパイロットが沢山いれば、シンの願いを叶えることも出来るだろう。だがそれは不可能な願いだ。先の戦いで敵となったアコードたちがもっと大勢いてMSごと味方に加わって共に戦ってくれるくらいに無茶苦茶な条件が要求される。
そんな戦力が何処からか湧き出てきでもしない限り、シンの望みは叶わないのだ。コノエに打てる手が無いと言われたシンは暫し何かを言い返そうと口をもごもごとさせていたが、何も言い返す言葉が見つからずに項垂れて艦橋を後にしてしまった。それを見てルナマリアが心配して後を追っていき、それを見送ったヒルダがどうしたもんかねと呟く。
結局、誰もコノエの言葉に異を唱えることは出来なかった。もし介入するなら大西洋連邦の全面的な介入の約束でも取り付ける必要があるだろうが、それをやったら大戦争に発展しかねない。そもそも今回の戦争はユーラシアの弱体化によって世界のバランスが崩れたから起きたものだ。もしこれに大西洋連邦が介入して更なるドミノ現象が発生すれば、最悪弱体化したプラントも巻き込んだ3度目の世界大戦が勃発する可能性すらある。そんな危険を犯せるわけが無かった。
自分の執務室に閉じこもってしまったシンを追ってきたルナは、扉にロックがかけられているのを確かめて舌打ちした。こうなるとシンは立ち直るまで時間がかかることを彼女は良く知っているのだ。だが中に入ったとしても何を言えば良いのだろう、コノエ艦長の言っている事は事実で、自分たちが伸ばせる手は一つしかないのだ。しかもそれを伸ばせば、交戦国との明確な戦闘状態に突入してしまう。
扉の前でどう声を掛けて良いか分からずに落ち込んでいる姉の姿を少し離れた所から見ていたメイリンは困り顔のまま通路の奥に引っ込んだ。あの扉を開けてやる事は自分なら簡単だが、それをしても状況は何も改善しないと分かっている。
「もっと戦力があれば、なんて言われてもそんな戦力何処にも無いよ」
長引く戦乱は多くの人材を失わせた。何処の国でも熟練兵は貴重な存在となり、大半が経験の浅い新兵や訓練兵が中心となっている。失われた熟練兵が全て戦死したという訳ではなく、負傷して民間に戻ったりあるいは海賊や傭兵に身を持ち崩す者も多かった。
コンパスの人間だって本国から煙たがられているような者が多い。その意味では自分たちも犯罪組織には入っていないだけで、身を持ち崩した側だと言えるだろう。
逆に言えばそういう方向から人材を募ればそれなりのベテランを集めることは出来る。ただそれをやってしまったらいよいよオーブも庇い立て出来なくなるだろう。何よりそんな連中がコンパスの仕事をやれるとは思えない。戦いに介入して現地の軍を撃破した後、そのまま略奪者になりかねないのだから。
「能力と人格を兼ね備えた人なんて、そんな簡単に見つかる訳無いんだよ」
平和な世界を作ろうとしてキラはラクスの剣となって戦い続けて、遂に折れてしまった。その後を継いだシンも現実を前に折れかけている。シンも頑張っているのに、どうしてこうなってしまうのだろう。もしかしたら前の戦いで敗北したことがシンの心に深い傷を残しているのかもしれない。
だが、そこまで考えてメイリンは声を上げて顔を上げた。そうだ、その戦いでシンが敗北した相手は、アスランは否定していたがキラやシンが求めていた理想的なパイロットたちの可能性があったのだ。少なくともその中の2人はシンとルナマリアも認めるような良い人で仲間になってくれと懇願したような人たちなのだから。
もし力を借りられれば伸ばせる手は2本になる、そう思ったメイリンはあの謎の艦に繋がる唯一の可能性であるステラの部屋へと急いだ。彼女に与えられた部屋の前まで来ると扉の前に立って操作パネルに声を掛けた。
「ステラちゃん、居るかな?」
声を掛けて少し待つ、するとパネルからステラの誰何する声が聞こえてきた。
「誰?」
「メイリンだよ、ちょっと聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
「うん、入って」
扉が開き、メイリンを出迎えるようにステラが立っていた。ステラは持っていたあの端末で何かを見ていたようで、空間投影されているモニター上に何かが映って音声が流れている。
「何それ、ゲームでもやってたの?」
「ううん、これは映画だよ。カガリVSメカカガリって言うの」
ステラはそう言って画面を見せてくれる。その中ではMSよりずっと大きいカガリがオーブ本土に上陸して迎撃に出てきたオーブの戦車を蹴散らしているシーンが流されている。それを見ていたメイリンは頭の中が真っ白になってしまっていた。
「えっと……これは何?」
「だからカガリVSメカカガリだよ。オーブで撮影してるカガリ様シリーズって映画の1作目。世界でヒットしてて今も最新作が作られてるはずだよ」
「…………そちらの世界って一体?」
あのオーブの偉大な代表が何でこんな怪しげな映画に怪獣役として出演しているのだ。しかもシリーズと言っているから何作も作られているらしい。
メイリンはズキズキと痛む頭を抱えながら絞り出すような声でステラに質問を続けた。
「それで、そのメカカガリって言うのは?」
「見てればそのうち出て来るよ。初代の頃はまだ普通の色なんだけど」
「……普通の色?」
「スーパーメカカガリから全身金色になるの」
余りと言えば余りの情報にメイリンは崩れ落ちかけたが、どうにか自分を保つと気を取り直してとりあえず続きを一緒に視聴することにした。この時、彼女の頭からは当初の目的はすっかり抜け落ちてしまっていた。
ただ、せめて視聴は室内でやるべきだったろう。扉の入り口で立ち見などしていては、良からぬ第三者に見られるかもしれないのだから。
この時、何の運命の悪戯か一人の男が偶然2人のいる通路をゆっくりと歩いていた。アルバート・ハインライン。コンパスの頭脳とも言えるこの科学者は何時コンパスを辞めようかと考えながら通路を歩ていると、何処からともなく聞こえてきた聞いた事も無い音楽を耳にして顔を顰めてしまった。
「何処のどいつだ、こんな所で映画を見ている愚か者は?」
まさか軍艦の通路上で堂々と映画を鑑賞している馬鹿が居るとは思わなかったアルバートはその音がする方に歩いていき、そこにメイリンと見慣れない少女を見かけた。2人は携帯端末のような物で映画を見ているようで、一体何を見ているのかと興味を惹かれた彼はこっそりと2人の後ろから彼女らが見ている端末を見やり、それを見て最初驚いた。それは彼も知らない個人用空間投影端末で、一体何時の間にどこで作られたのだと思ったが、その疑問はすぐに強烈な雄叫びに掻き消された。
「ゴラアアアアアア!!」
「おらああああああ!!」
モニターの中でカガリ・ユラ・アスハとカガリをデフォルメしたミニキャラのようなロボットが戦っている。ロボットには尻尾も生えているようで、時々尻尾でカガリをぶちのめしていた。それを見たアルバートは最初驚き、そして頭の中に天啓のような何かが閃いたのを確かに感じてしまった。もしかしたら悪魔の囁きだったかもしれない。
「こ、このカガリ・ユラ・アスハのようなロボットは一体何だ!?」
突然大きな声で質問をぶつけられたステラとメイリンは吃驚して声のした背後を振り返り、そこにやや不健康そうな片メガネの男を見て思わず距離を取ってしまった。
「だ、誰この変なおじさん!?」
「ハインライン博士!?」
「吾輩は変なおじさんではない。それよりその怪しげなロボットは一体何なのだ!?」
オジサン呼ばわりされたことはきっちり否定しつつアルバートはロボットの事を問い詰める。その勢いに2人は気後れして後退っている。特にステラは明らかに怯えている。
「メ、メカカガリの事?」
「メカカガリだと、何だそのイカレた名前は。一体何処が作ったのだ!?」
「オ、オーブ」
アルバートに両肩を掴まれて詰め寄られたステラは泣きそうな顔で質問に答えていた。それを聞いたアルバートはステラの両肩を掴んだまま狂ったように高笑いを始め、自分を捕まえている見知らぬおじさんがおかしくなっていくのを見せ付けられているステラはすっかりパニックを起こして泣いて怯えていた。
「クハハハハハハ、そうか、オーブか。まさかこのような物を作っていたとはな!」
「ふええええええんっ!」
「奴らの代表崇拝も救い難いな。だが我に知られたのが運の尽きよ!」
何があったのかは分からないが、メカカガリの何かがこの男の中のスイッチを入れてしまったらしい。だがその時、泣いているステラの前から変態が吹っ飛んで消え去り、代わりに脚を振り抜いた姿勢のアグネスが現れていた。
「何してんのこの変態、私のステラちゃんが泣いてるじゃないの!」
アルバートを一撃で蹴り飛ばしたアグネスが怒りを露にしてステラの前に立つ。それを見て吃驚したまま固まっていたメイリンも我に返って同じようにステラを背に庇う。だがアルバートはもはや2人の事など気にする事もなく体を起こすとまた高笑いを始め、その余りに不気味さにアグネスとメイリンがドン引きしていた。
「ちょ、ちょっとメイリン、あれどうなってんのよ。元々おかしい奴だったけど完全にネジ外れてない?」
「ステラちゃんと映画を見てたら、いきなり背後から押し込んで来たんだよ。その時からもうあんな感じになっててさ」
「何か変な物でも食べたの?」
「変な実験してて薬品で頭おかしくなってるのかも」
2人のアルバートへの認識が分かる言葉であったが、実際に目の前で高笑いを続けて何か呟いては勝手に納得している姿を見ればそう思われるの無理はあるまい。3人が気味悪そうに彼を見ていると、突然アグネスとメイリンの方を見て来て2人がビクッと反応した。
「アグネス・ギーベンラート。私はこれからオーブに降りる、艦長とシン・アスカに伝えておくんだ」
「はあ、そんなの自分で言いなさいよ」
「私はこのひらめきをすぐに形にしたいのだ、そんな暇は無い!」
そう言ってアルバートは何処かへと行ってしまった。それを呆然と見送ったアグネスとメイリンは暫し声を無くしていたが、やがて顔を見合わせるとお互いにどうしたものかと視線で語り合ったが、やがて物凄く面倒くさそうな顔になったアグネスが酷く重い溜息を吐いて艦橋へと向かっていった。
それを見送ったメイリンはまだ不安そうなステラに優しい声を掛けてあの変態の事を謝って室内へと戻らせ、ゆっくり休むように言った。そしてステラの部屋の前を離れたメイリンは、何とも不安そうな顔でアルバートが行ってしまった通路を振り返った。
「あの人、何する気かなあ。また面倒なことしないと良いんだけど」
キラ・ヤマトとは話が合っていたから上手くやれていたが、キラが居なくなってからは彼は居場所がなくなり、周囲と衝突しながら何時も1人で何かをやっていたと聞いている。あるいはそれが彼の暴走を引き起こしたのだろうかなどと考えていたら、突然自分の内線が鳴ったので端末を取った。
「はい、メイリンです」
「メイリンさん、例のコンテナの解析が終わりましたので試験室に来てもらえますか」
「分かりました、すぐに行きます」
頼んでいた例のコンテナの分析結果が出たらしい。メイリンは通信を切ると急いで試験室へ向かった。
試験室では回収されたコンテナと中に入っていた軍服や脂類の調査が行われていて、調査官がやって来たメイリンに分かった事を伝えてくれた。
「コンテナですが、モルゲンレーテ製であることは間違いなさそうです。モルゲンレーテ社の作りをしていますので。ただモルゲンレーテ社はこのタイプのコンテナを作ってはいません」
「モルゲンレーテ社の製品じゃないのに、モルゲンレーテ製と分かるんですか?」
「メーカーの製品には固有の癖のような物がありますから、今回はその辺がモルゲンレーテらしい作りをしているのです」
「……なのに、モルゲンレーテ社の製品ではないと。元社員が開発に関わった別メーカーの製品の線は?」
「それは流石に分かりません、モルゲンレーテの退職者の追跡をしないと」
それは試験室の人間に聞かれてもと困惑顔で返してくる調査官にメイリンはそうですよねと曖昧な笑顔で返し、検査の報告の続きを促す。調査官は頷いて続いてコンテナから出てきた大西洋連邦軍の制服を手に取った。
「これは大西洋連邦の制服に似ていますが、微妙に意匠が異なっています。非常によく似たレプリカですね。ただ、1つ大きな問題があります」
「問題というと?」
「それが、オリジナルより仕上がりが良いのです。ここまでしっかり作られた制服を支給している軍はこの世界にはありません」
言外にコンパスも含めてと言っている調査官にメイリンは戸惑っていた。軍服は最も基本的な軍人の装備品であり、何処も軍が将兵に支給している。当然その品質は国が保証しているものであり、何処かの武装勢力が作ったレプリカに劣ることなどあり得ない筈だ。例外としてどこか別の国家が偽造した可能性だが、これは大西洋連邦軍の制服より質が良いという。普通は有り得ないはずだ。
メイリンの疑問を当然のことだと頷いた調査官は続いて油脂類の説明に移ったが、それはメイリンの困惑をさらに深める事になった。
「こちらの油脂類ですが、こちらはもっとはっきりと分かりました。今の時代にこんな高品質なオイルやグリスを入手するのは困難です」
「そんなに違うんですか?」
「長い戦乱であらゆる物の手が抜かれるようになりましたからね。10年前なら普通に手に入った物ですが、現在でこのレベルの物を入手するのは不可能とは言いませんがかなり困難ですね。まして、これだけの量となると」
うちの整備チームに渡したら大喜びしますよと言う調査官に、ここにある物はコンパスでも入手困難な代物、つまりプラントでも生産されていないような品質だという事だ。だが、そんな事があり得るのだろうか。
「質問ですが、これを自前で作ることは?」
「少量なら不可能では無いでしょうが、これだけの品質の物をこれだけ大量に、かつ安定して用意するには専門の工場が必要でしょう。少なくとも個人レベルで用意できるものではありません」
「戦争前の工場設備をそのまま維持している勢力があるという事ですか」
「それだけでは無理です。原料や容器、技術者に安定電源なども別途に用意しなければ。つまり社会インフラのレベルで難しいのです」
「つまり、作るのは無理だと?」
メイリンの問いに、調査官は困った顔で肩を竦めて両手を軽く上げ、お手上げだというジェスチャーをする。
「難しい筈ですが、実際にこれらがあるのです。何処かに戦争の被害を一切受けていない、存在を知られていない完全に稼働している工業コロニーでもあるのかもしれません」
おおよそ有り得ないと言いたくなるような仮定であるが、そうとでも考えないとこれらの存在を説明できない。プラントですら長引く戦乱と大量に流入した人間に居住地を割り振った事で生産拠点としての能力は衰えているのだから。
調査官の話を聞いたメイリンはなるほどと頷いたが、頭の中ではいよいよもう1つの仮説が現実味を帯びてきたと思っていた。この世界では入手が困難でも、3年前に戦争が終わったという向こうの世界でならば作れるようになるまでに社会が復興しているのだろう。そしてこれらは向こう側から例の軍艦に送られてきた補給物資と考えれば説明が付いてしまう。
彼らに会わなくてはいけない理由がまた増えたとメイリンは考え、試験室を後にして自分の部屋へと向かった。そこの端末から呼び出したデータにはコンパスとターミナル、2つの組織からもたらされたあの軍艦の捜索データが表示されており、おおよその居場所は見当が付くまでになっている。
彼らは北アフリカの何処かに身を潜めている可能性が高いと思われ、艦船を隠すことが出来るような障害物の多い山岳地帯に身を潜めているという予測が出されている。ただこの情報を生かすだけの余力が今のコンパスには無い。彼らの目はユーラシアの戦場へ釘付けになっている。
しかしそれはメイリンにとっては好都合だった。この件にはコンパスは邪魔だとさえ考えていたメイリンは、コンパスの介入を受けずに独自の判断で彼らを捜索に行けるこの状況は実に好都合だった。唯一の不安は戦闘に巻き込まれる事だが、それは乗っていく機材を選べば回避出来るはずだ。
「少し捜す事になりそうだけど、行ってみるしかないよね、異世界の船を探しに」
何ともおかしな言葉だが、メイリンはそれをおかしいとは思っていなかった。彼女は自分が探している船が異世界の船であり、そこに居るのは異世界人だともう信じていた。この世界では亡くなっている筈のステラの存在も含めて、そう考えないと説明のつかない事が余りにも多すぎるのだ。そしてその決断は、彼女をとんでもない喜劇へと巻き込んでゆくことになるのだった。
オニール号の艦橋は殺気立っていた。久しぶりに元の世界から連絡が届いたのだが、現れたユウナは開口一番でいきなりステラの所在を尋ねてきたのだ。
「すまない、そっちにステラちゃんは居るよね!?」
「いきなり何の事ですかユウナさん?」
異世界と通信を繋ぐというトンデモ技術を使って最初に聞いてくるのが訳の分からない物だったので、艦長席に座るマリューは困惑気味に聞き返している。艦橋内に来ていたカガリとフレイ、トールとアスランも困惑顔であったが、彼女らの見ている前でユウナは絶望を顔に浮かべてしまっていた。その顔には濃い憔悴の色があって頬も痩せこけているように見える。
「つまり、そっちにステラちゃんは居ないと?」
「……ユウナさん、まさか?」
ユウナの絶望顔を見て彼の言いたい事を察したのか、フレイの顔が険しくなる。そのフレイに続いて彼女を知る者たちの顔に次々に理解の色が浮かび、そしてまさかという顔でモニター上のユウナを見上げる。
その疑惑の視線に耐えきれなくなったのか、ユウナはモニターの向こうで額をデスクに擦りつけて謝罪を始めてしまった。
「申し訳ない、ステラちゃんが行方不明になったんだ!」
「どういう事ですかそれは!?」
ユウナの全力謝罪にマリューが大声を上げて説明を求める。彼女も中々にステラへ愛が重い女性で、大戦時には夫に懐いていたステラを見てムウに激しい嫉妬心を燃え上がらせていたほどだ。
実はこの時フレイも激昂しかけていたのだが、自分よりも先にマリューが怒鳴り声を上げてしまったために声を上げるタイミングを逃してしまい、戸惑いを浮かべてマリューを見ていた。
そしてマリューに怒鳴られたユウナは額をデスクに擦り付けたままで事情を説明してくれた。
「それが、前にシン君とヴァンガードをそちらに送ったときに、それまでステーションに居たはずのステラちゃんが何処を探しても見当たらなくなったんだ」
「こちらの世界に来ているというんですか。でもどうやって?」
「はっきりとした事は分からないが、我々はそちらに送った補給コンテナのどれかに忍び込んでそちらに行ったんだと考えている。あの時はそちらに物資を急いで送るために大慌てで、細かい確認なんかしていなかったからね」
「……それは、何とも文句が言い難いですね」
「それに、ステラちゃんは私もお姉ちゃんを助けに行くって言ってきかなくてね。僕とシン君でなんとか説得できたと思っていたんだけど」
ユウナの説明を聞いてカガリとトールとアスランがなんだか生暖かい目でフレイを見て、フレイは顔を赤くして俯いてしまっている。最初はなんて無謀な事をと妹に怒りの感情を見せていたのだが、自分を助けに行こうとして周囲の制止も聞かなかったのだと言われてはどうにも怒りの持って行き場が無い。
そして3人は義妹に愛されてるなと視線で言ってきていてさらに気恥ずかしい。
だがマリューはその事には何も言わず、ユウナに厄介な問題を告げた。
「コンテナは2個を除いて回収に成功していますが、その中にはステラちゃんは居ませんでした」
「そうなると、その未回収の2個の中か。回収できなかったものは何だい?」
「制服の替えと、油脂類ですね」
「なるほど、となると制服のコンテナに潜り込んでいたのかな」
ようやく顔を上げたユウナが不味い事になったなと頭を抱えてしまう。せめて一緒にオニール号に乗ってくれていれば良かったのだが、まさか未回収のコンテナの中だったとは。
「そうなると、そのコンテナは?」
「確認は出来ていませんが、恐らく交戦していたコンパスというこの世界の治安維持部隊に回収されていると思います」
「つまり、ステラちゃんは敵中に捕らわれてる可能性があるのか」
回収されたコンテナの中に居たのだとしたら、ステラはきっとコンパスに捕らえられている。彼女が今どんな目に合わされているのかと想像してしまったマリューが顔色を変えてすぐに救出に向かうわよと言い出して吃驚した副長に制止されている。
暴走いているマリューを見てカガリとトールも止めるのに加わっていたが、その時それまで黙っていたアスランが口を開いた。
「あくまでも予想になりますが、コンパスに捕らわれているならステラの身は安全だと思います」
「どうしてそう思うのよアスラン?」
訝しげに聞き返してくるフレイ。自分の妹の身の安全がかかっているのだから当然の反応だが、それに対してアスランは少し辛そうな顔になった。
「戦闘中にディスティニーのパイロット、声がシンによく似ていたから恐らくこちらのシン・アスカだと思うんだが、彼はステラが助からなかったと言っていたんだ」
「……え?」
「イングリッドの話ではこの世界には強化人間の治療法は無いそうだから、彼女もその関係で亡くなったのかもしれない。この世界のシンはその事を酷く悔やんでいるようだった」
この世界ではステラは亡くなっている。そう言われてフレイがショックを受けてよろめき、カガリやトールも吃驚してアスランを見ている。だが、考えてみれば当然だ。治療法が無いのならエクステンデッドだったステラが長生きすることは不可能であり、この世界で亡くなっているのはおかしな話ではない。
だがそれでも自分たちの世界では明るく元気に振舞っていた少女が死んでいるなどと言われては心中穏やかではない。
「だから、本当にステラがコンパスに捕まっているんなら、シンは何があっても彼女を守っていると思う」
「いやアスラン、それは流石に楽観が過ぎないか?」
呆れた顔でカガリが突っ込みを入れ、マリューとフレイも頷いている。幾ら何でも戦闘中に偶然話しただけの相手に期待し過ぎだろうと彼女たちは思ったのだが、アスランはちょっと困り顔で苦笑を浮かべながらトールを見た。
「トール、もし大切な女性の手をもう一度取れるチャンスがあったら、お前ならどうする?」
「恋人の居る男にそういう質問をするかあ?」
話を振られたトールが迷惑そうな顔をするが、それにアスランは意地の悪い顔になって返した。
「前に誰かさんに泣いてる女性を押し付けられたからな」
「……はい、すいませんでした」
訳も分からないまま泣いているイングリッドを慰める羽目になった事を根に持っていたらしいアスランに、トールは素直に謝った。そしてなんとも困った顔で少し考え、アスランの問いに答えた。
「まあ、もし俺がミリィを亡くしていたとして、この世界で生きているミリィと再会できたとしたら、確かに手を離さないだろうなあ」
「でも、この世界で2人がそういう仲だったとは限らないわよ?」
「そういう仲でなくてもだよ、大切な人だったら、二度と手を放したくなくなる筈さ」
そう言ってトールは周囲に視線を走らせる。トールの視線を受けた何人かは考え込むような顔になり、それぞれに大切な人を亡くした過去があるのだと伺わせている。そしてトールは視線をアスランに向けて、ニヤリと笑った。
「アスランだってそうだろ、もしラクス・クラインと元気な姿で再会出来たら正気でいられる?」
「……ああ、それはまあ、その、何と言うか」
トールの問いに居心地が悪そうに顔を背けて誤魔化すアスラン。実は生きているとは言えないので、こういう時は実に返す言葉に困ってしまう。その辺の事情を知っているカガリは大変だなあという目でアスランを見ていた。
「私もキサカやジュリやマユラに会ったら、確かに冷静でいられる自信は無いな。サイに会った時だってあれだけ動揺したんだから」
「私ももしパパやママに会っちゃったら、この世界で一緒に暮らすってなっちゃうかもね」
カガリとフレイも自分の身に置き換えて考え込んでしまう。誰もが亡くした大切な人たちが居るのだ、そんな人ともし再会出来たら、人はその誘惑に抗えるのだろうか。その事をみんなで考えていると、マリューがぼそりと呟いた。
「やっぱり、異世界なんて来るもんじゃないわね。もしかしたらとか、あったかもしれない可能性なんてものに遭遇したら滅茶苦茶になってしまうわ」
「おや、艦長にもそういう古傷がおありで?」
「……私も大戦経験者なのよ、副長」
意外そうな副長の問いかけにマリューは顔を俯ける。今でこそムウと結婚している身だが、彼女も大戦中に当時の恋人に戦場で先立たれている身だ。もし彼がこの世界で生きていたら自分としても冗談では済まない。
「さっさと戻りたいところだけど、そっちは元の世界の科学者の頑張り次第でこちらに出来る事は何も無し、というのは辛いわね」
「そうですね。加えて我々は先の交戦でお尋ね者になっているでしょうし、見つかったらまた戦闘でしょう」
「ええ、確かにこの艦のMS隊はアークエンジェル隊並に強くなってるけど、流石に1隻じゃあ袋叩きにされたら終わりだわ」
先に戦ったコンパスは強かったが、勝てたのは単純に彼らが少数だったからだ。向こうはこちらの戦力を知ったのだから、当然次に仕掛けてくるときは更なる大兵力で出てくるに違いない。次はムラサメ4機どころではなく、オーブ軍の主力と一緒にという可能性もある。
だが、そんなマリューの懸念に対してユウナがとんでもない事を伝えてきた。
「ああ、そっちの問題なんだけど、こっちでも大変な事が起きててね」
「どういうことですユウナさん?」
「実は事情を知ったハルバートン中将が救出部隊の編成を訴えててね。地球連合の各国から救出部隊への参加申し込みが相次いでいるらしいんだ」
「ハ、ハルバートン提督が?」
「おいちょっと待てユウナ、一体何が起きてるんだ!?」
ハルバートンが各国に呼び掛けて救出部隊の編成に着手していると聞かされたマリューは呆然とし、カガリはなんでそんな事になったとユウナに説明を求める。それに対してユウナは何とも憂鬱そうに答えてくれた。
「色々隠し通せなくなって各国に事情を説明して協力を求める事になったんだよ。それで人材とかエネルギー問題とかも解決してそちらへのゲートも開けるようになった訳だけど」
「ま、まあその辺はしょうがないな。実際助かってる訳だし」
「それで状況を知ったハルバートン提督が、大戦の戦友たちに声掛けして各国の武闘派が大同団結して声を上げる事態になって、大戦時以来の大艦隊が編成されそうなんだよね」
困り果てた顔でユウナが言う。それを聞いたカガリは動揺してフレイを振り返り、フレイもとんでもない事にと吃驚した顔でこちらを見ている
「だ、大艦隊って、どのくらい?」
「ベテランを中心に選抜してるみたいだけど、あの様子だと数十隻くらいにはなるんじゃないかなあ。事が事だけにうちも部隊を出さないって訳にはいかなくて何隻か送ったし」
「おいユウナ!?」
「仕方が無いだろう、カガリとフレイさんが危ないって話が流れて軍内部で大変な騒動が起きたんだからね。彼らを宥めるのにミナ様とホムラ様が大変な苦労をしたんだよ」
「帰ったら色々怖そうだなあ」
「怖いで済めば良いけどね。あとプラントでも部隊派遣の声が上がってるらしくて、派遣部隊の編成が始まってるって聞いたね。本当に人類連合軍が生まれそうだよ」
地球連合各国にプラントからも参加した、かつてのユニウス7落下阻止艦隊以来の大同団結になりそうだというユウナにその場に居る全員が驚いていたが、すぐにカガリが真っ青に蒼褪めてしまった。
「ま、待てユウナ、それってまさか後から請求書がきたりするのか?」
「分からないけど、覚悟はしておいた方が良いかもね。艦隊は置いておいてもワームホール開くためのエネルギーの代金だって馬鹿にならないし」
「これ有料通信だったのかよ!?」
まさかの話にカガリが頭を抱えている。自分たちを助ける為にやっている事なので怒るに怒れないのだが、今のカガリにはモニターの片隅で回り続ける課金カウンターが見えるようだった。
そして改めて金策をしないとヤバい事になると慌てだしたカガリは、アスランを振り返ってMSの鹵獲を頼んだ。
「アスラン、今度コンパスと戦闘になることが有ったらMSの1機くらい鹵獲してくれ!」
「これまで色んな頼まれ事を受けてきたが、金策の為にMSを捕まえて来いと言われたのは初めてだぞ」
「前の馬鹿デカい対艦刀や推進器も良かったんだが、やっぱMS1機丸ごとの方が良い金になるだろ」
「言いたい事は分かるんだが……」
アスランがジト目でフレイとトールを見ると、こちらは慣れているのかすまなそうな顔で誤魔化し笑いを浮かべている。そして視線をモニターの向こうのユウナに転じると、こちらは両手を顔の前で合わせて身振りで申し訳ないと示していた。どうやら情けない事を代表が言っているがカガリの言い出した事も間違ってはいないので否定出来ないようだ。
それにこの通信のおかげで色々助かっている事は間違いなく、アスランにも恩恵がある事なので仕方なさそうにアスランは頷いた。
「分かった、俺にとっても他人事では無いしな、余裕があったらやってみる」
「すまん、よろしく頼む」
「しかし、残骸を回収してこいと言われるとまるで傭兵やジャンク屋になったみたいだな。ザフトを首になったらそういう仕事も考えてみるかな」
「その時はオーブに来いよ、仕事は幾らでもあるぞ」
使える人材は年中募集中だというカガリに、アスランはその時は宜しく頼むと笑いながら返した。アスランらしくない物言いにフレイは噴き出すように笑いだし、トールが意外そうな顔でアスランを見ている。
「アスランはプラントに忠誠を誓ってると思ってたんだがな」
「こっちの世界を見ていると、今とは違う人生というものを否定出来ないと思えてな」
人間関係も立場もまるで違う異世界の自分たちを見れば、ありえないなんて無いのだと思うようになったようだ。それを聞いてカガリが何とも言えない顔になっている。
「こっちの私は金策に困ってないみたいだし、良いよなあ。何でこんなに違うんだろ?」
カガリのボヤキに艦橋内に笑い声が響き渡ったが、1人フレイだけは困った顔をしていた。彼女は以前にイングリッドからこの世界では難民対策が碌に行われていない事を聞かされていたので、自分たちの世界でカガリを苦しめている問題がこちらでは起きていない理由も知っていたからだ。
そして笑いが収まるのを待って、ユウナが今回のメインの話を切りだした。
「それじゃあ、今回の物資を転送するよ。頼まれていた治療装置も一部を用意できたから、人員と一緒に転送するよ」
「随分早いな。助かるけど大丈夫なのか?」
「その辺はアズラエル会長に感謝だね。援軍として送る部隊の編成もしてくれてるし」
「援軍だと。さっきのハルバートン提督とは違うのか?」
「そっちよりずいぶん前から準備してたものだよ。アズラエル氏はかなり早い段階で救援部隊を送り込むことを提案していて、当時は各国から賛同は得られなかったんだけど準備だけは進めていたみたいなんだ」
「相変わらず用意周到な奴だな。それで、そっちはまだ常識的なのか?」
「大西洋連邦の新鋭艦と信頼できる精鋭のMS隊だって話だけど、細かい内容までは聞かされてないね。うちからもガーディアンエンジェル隊を送っているし、旧アークエンジェル隊の面々にも声がかかってるらしいけど」
「アークエンジェル隊……」
その名にカガリが懐かしそうに表情を緩め、トールとフレイが何やってるんだあの人と驚いている。そしてアークエンジェル隊を招集していると聞かされたマリューは少し考えて、そして嬉しそうに表情を緩めた。
「という事は、ナタルも来るのかしらね」
「ナタルさんがですか?」
「ええ、私が居ないのだから、彼女が艦長をやらされてると思うわよ」
マリューの答えにフレイが嬉しそうな顔になる。マリューもそうだがナタルとも久しく会えていないのだ。もしかすると援軍は久しぶりの同窓会になるのかもしれない。昔の仲間たちが来ると知ってカガリはこりゃ宴会だなとトールに笑いかけ、トールは何処かに買い出しに行かないといけないなと既にパーティー前提で予定を考え出している。
だが、そんなカガリたちにアスランが冷や水をぶっかけた。
「宴会は結構だが、色々買い込む金はどこにあるんだ?」
突っ込まれたカガリたちの動きがピタリと止まり、何とも言えない微妙な空気が艦橋内に流れている。そのまま暫し時が流れて、カガリはモニターのユウナを見上げた。
「ユウナ、次は宴会用の酒と食い物も頼む!」
「今まで色んな無茶を聞いてきたけど、異世界に宴会用の酒や食い物送れなんて言われる日が来るとは思わなかったなあ」
僕の人生、理不尽が多すぎないかいとちょっと遠い目をして呟くユウナに、アスランが同情した眼差しを向けていた。そしてユウナはそれじゃあ早速物資と人員を送るよと言って通信を切ろうとしたのだが、そこにトールが待ったをかけてきた。
「ユウナさん、最後に1つお願いがあるんですが」
「お願いって君が珍しいね、なんだいトール君」
「次の通信の時で良いので、アズラエルさんとイタラ爺さんと話すことは出来ませんか」
「お二人とかい。それは可能だけど、なんでまた?」
不思議そうに聞いてくるユウナに、トールはこの世界のカガリが2人と話をしたがっている事を伝えた。それを聞いたユウナは人伝で確認を取るとはこの世界のカガリは人を使うのに慣れているんだねと少し羨ましそうに言うが、それにトールが違うと答える。この世界でのカガリとユウナの事を伝えられたユウナは渋面を作ってしばらく考え込んでいたが、やがて大きなため息を吐くと気にしなくて良いと伝えた。
「まあ、異世界なんだし、僕がカガリに殺される事もあるんだろうね」
「それで納得出来るんですか?」
「平行世界なんてのは可能性の数だけ分岐して増えていくって聞くしね。探せばすでに滅亡した世界とか、先の大戦が起きなかった世界なんてのもあるかもしれないよ」
違う世界の出来事なんて気にするだけ無駄さと言って、ユウナはこの話を終わらせてアズラエルとイタラに話は通しておくと告げて通信を切った。通信を終えたモニターを見上げながら暫しみんな声も無くその場に立ち尽くしていたが、不意にカガリが大きな声を上げた。
「平行世界の可能性なんて考えたって仕方ないってユウナの言う事は間違って無いな、私たちも切り替えていこう!」
「……そうね、とりあえずは補給品の引き受けかしらね」
「あ、じゃあ私たちはMSで回収に出ますね。行こうトール」
「そうだな、今はやれる事をするか」
フレイに誘われてトールが一緒に艦橋から出ていき、それ続いてアスランも出ていく。それを見送ったカガリは私も何か手伝うかと言ってアスランの後を追うとしたが、その背中にマリューが声を掛けた。
「大丈夫、カガリさん?」
「……艦長は誤魔化せないな。でも大丈夫だよ、私じゃない私がやった事だしな」
「なら良いけど、無理はしないでね」
マリューにそう言われたカガリは頷いて艦橋から出ていった。それを見送ったマリューは、想いを寄せている相手の殺害に自分も関わっているなどという悪夢のような状況に置かれているカガリに同情を寄せながらも、もしかしたらカガリがこの世界のカガリに敵対的なのもこの件が影を落としているのではないかと思っていた。自分と出会うなどというのは良い気がしないというのは分かるのだが、それでもああまで敵視しているのはカガリらしくないと思っていたから。
ジム改 だんだん世界が綻んできました。
カガリ これって私たちのせいなのか?
ジム改 いや、単純に短期間で勢力の均衡が歪み過ぎたのが原因だ。
カガリ そういやこの世界、毎年のように大戦争してるんだっけ。
ジム改 登場キャラを大人にしたくなかったんだろうが、流石に短期間で戦争頻発させすぎてるな。
カガリ そりゃ世界も歪んでくるか。
ジム改 正直SEED世界は終戦してなくて長い世界大戦をずっと続けてるような状態だと思う。
カガリ 嫌な話だな。
ジム改 そして次回は遂に治療装置の一部が到着して子供を助ける為の戦いが始まるぞ。
カガリ そういやうちとこっちだと技術が微妙にズレてるな。
ジム改 こっちは戦争ばっかしてるから兵器関連の技術が急速に発達してるが、そっちだと戦争が終わって技術の横展開が始まってるのだ。
カガリ 横展開?
ジム改 戦争で生まれた歪な技術は戦後に色々な方面に流れて成熟していくんだよ。軍事系に使える技術開発ペースではこっちのが進んでるが同じ技術を比べるとそっちのが高性能で安定してるものが多いし種類も豊富になってる。こっちじゃ軍の一部でしか使われない危険な技術がそっちじゃ民間に普及して安全になってたりする。
カガリ つまり主人公専用機はこっちのが高性能だが量産型は私たちのが良いのを使ってると?
ジム改 まあそういう事だな。
カガリ こっちじゃディスラプターなんて影も形も無いか。
ジム改 代わりにそっちじゃ量子通信技術とかNJCが民間で使われたりしてるんだな。