第35章  集まる翼たち

 地球―火星航路には今も海賊が跳梁跋扈し、惑星間を航行する貨物船や旅客船を襲撃している。それなりの旅費を払えるものはこの航路を安全に航行する現状で唯一の手段であるヤマト級惑星間航行船による旅を選択することが出来るが、やはり主役は現在でもごく普通の貨物船であり旅客船だ。ジェネシスを使って一次加速を行うのも安くはなく、大半の船は現在でも長い時間をかけて通常航行を行っている。
 この問題に対しては大西洋連邦とユーラシア連邦、プラントと火星が力を合わせてより安価な一次加速レーザー装置の開発や従来よりも高エネルギーの核融合ペレットを用いたか長距離用核パルス推進なども研究されているが、それが実用の域に達するのはまだ先の話だ。
 現在でもこの火星航路は海賊に脅かされていて、その対策として地球連合各国は火星側と協力して海賊の盗伐部隊を展開させていていた。



 火星航路上では大西洋連邦が送り込んだ艦隊が海賊船団と砲撃を交わしている。砲撃を行っているのは大戦時に活躍していたネルソン級を代替している新鋭戦艦のワイオミング級戦艦2隻で、純粋な戦艦としては大戦に参加した艦艇としてはヤマト級を別とすれば最強と言われている。特に防御力に定評があり、大戦中には大破まで追いこまれた艦はそれなりに出たが戦没した艦は少ない。
 正面に向けて砲撃を加えている3機のゴッドフリート砲は大西洋連邦軍の標準的な砲であるが、本艦に使用されている砲はビームの直進性と連射速度が非常に高く、単純な撃ち合いであればまず負ける事は無いとされている。
 今も数で優る海賊の船団をビームの弾量で圧倒しており、ビームの弾幕とでも言うような射撃に海賊側の砲撃は完全に撃ち負け、ビーム粒子は戦艦の砲撃の干渉で吹き散らされて殆ど大西洋連邦艦隊に届いていない。僅かに届いたビームもアンチビーム粒子で散らされている。
 戦艦の周囲に展開する護衛のドレイク級駆逐艦の仕事は敵ミサイルの迎撃で砲戦には参加していなかったが、ミサイルが飛んでくることはなく駆逐艦のクルーは戦艦の砲撃を観戦する余裕さえあった。

 大西洋連邦艦隊の旗艦である戦艦オハイオの艦橋では部隊の指揮を執っているメリル少将が順調な砲撃戦の推移に満足そうな顔をしていた。彼は艦橋に中央に立ちながら戦況モニターを見やり、海賊船団が既に組織的な抵抗力を失いかけているのを確認している。

「海賊船団を補足して逃がす暇を与えずに砲撃戦に持ち込んで、現在までのところこちらがほぼ無傷で圧倒か。いつもこうなら楽でいいのだがな艦長」
「そうですね提督、先手を取れたのが大きかったです」

 オハイオの艦長スタン大佐は艦長席に座りながら頷いている。

「しかし、あちらさんはまだ抵抗を続ける気ですかな。もう無駄だと思うのですが」
「私も同感だが、海賊行為は重罪だからな。とはいえ火星側に捕まるよりはまだこちらの方がマシだと思うがね」

 メリル少将が聊か棘のある声で言う。大西洋連邦に捕まれば裁判で重罪に問われはするが、まだ死刑にはならない可能性がある。これが火星側に捕まれば海賊行為は例外なく公開処刑となる。まだこちらに降伏した方がマシだと思うのだが、捕まりたくないのか彼らは抵抗を止めない。
 こちらから降伏を勧告してやろうかとメリルが考えていると、オペレーターがMA隊が予定宙域に到着したことを告げてきた。

「艦長、MA隊が予定宙域に到着、バゥアー大尉が指示を求めてきています」
「もう少し待たせろ。提督、どうされますか?」

 スタン大佐がメリル少将を見る。MA隊は海賊船団に止めを刺すために送り込んだ部隊だ。突入を命じれば海賊船団は1隻残らず沈められるだろう。
 スタンの問いかけにメリルは少し考え、考えていた答えを口にした。

「艦長、攻撃を一時中止し敵に降伏勧告を。生き残るチャンスを与えてやろう」
「了解しました」
 
 スタンはメリルの命令を受けて砲術に砲撃を中止させ、通信に敵への降伏勧告を送らせる。だがそれに対して2分待っても返答が無く、やがて彼らは更に加速を始めて逃げにかかった。どうやらこちらの勧告を真剣に受け取らなかったらしい。あるいは捕まる恐怖が死の恐怖に勝ったか。
 いずれにせよ、これ以上は甘い対応も取れない。メリルは仕方が無いという風に軽く頭を左右に振ると、艦長を見て頷いた。それを受けてスタンは管制官にMA隊への攻撃機許可を出した。



「攻撃許可が出た、全機海賊船団への攻撃開始。目標への攻撃を行い、下に抜けた後で反転してその後は健在な目標を狙え!」

 この宇宙海賊との戦いの舞台となる広大な地球―火星間の宇宙空間は余りにも広大過ぎ、地球周辺の戦いで主役を務めたMSは有効な戦力とはならなかった。敵との交戦距離が余りにも長く、MSの巡航速度では敵に到達するまでの時間がかかり過ぎてしまい届くころにはすでに目標は移動してしまってそこには居なかった、などという事態が頻発してしまう。更に帰還もまた大きな問題となった。その形状から推進剤の量に余裕が無いMSは長距離を進撃して攻撃後に自分で母艦に戻って来るという運用に絶望的なまでに向いていない。
 MSは完全に双方が距離を詰めての近接戦闘に入った段階で投入されるような、用途が限定された兵器になってしまっている。この戦場での主役は長い有効射程と高い巡行性能を持つ軍艦であり、MAだった。

 大西洋連邦軍がプラント大戦末期に試作機を投入した最新鋭MAであるウォーハンマーは、大戦後に改修を続けて正式採用されて量産され、この火星航路の戦いに投入されるようになった。巨体故に余裕が大きく、大量のプロペラントタンクを付けられるから航続距離は長く、優秀な航法装置も搭載できる。長大な射程を持つエグゾスター粒子ビーム砲を1門装備し、攻撃力も十分だ。

 管制から攻撃許可を受けたMA部隊の指揮官キーエンス・バゥアー大尉は眼下に海賊船団を見下ろしながら自分に付き従う7機のMAに予定通りに指示を通達した。それに部下たちが元気よく返してくるのを聞いてキーエンスは機体をその場でクルリと回し、海賊船団に機首を向けると一気に加速を開始する。
 キーエンス機に狙われた武装船は必死に対空砲を放ち、直掩に出てきたレイスタがビームライフルを向けて撃ってくる。だが、大戦時の戦訓を基に完成された現代の最新鋭機を相手に前大戦時には既に性能不足と言われだしていたM1ベースの民生使用機が使う程度の武器等通用する訳が無い。
 対空砲やMSが放ってくるビームはその悉くがMAの手前で強力なゲシュマイディッヒパンツァーの干渉を受けて逸れていき、掠りもしていない。そしてキーエンスは目標とした武装船に照準を合わせ、主砲のトリガーを引いた。突撃するMAの中央に装備される1門の大口径砲から強力なビームが放たれ、それは狙い過たず武装船の中央を直撃し、船体をずたずたに引き裂きながら両断してしまう。プラズマビームの直撃のように熱エネルギーで破壊するのではない、重イオンの運動エネルギーで引き裂く破壊だった。
 キーエンス機の砲撃に続いて2番機の砲撃が既に破壊された船体を襲い、残った部分も粉砕してしまう。完全に止め刺すことを狙った攻撃だった。

 敵船を完全破壊したキーエンス機が船団を抜けて下方へと駆け抜けた頃には他にも3隻の敵船が残骸へと変えられ、8機のMAは十分に距離を取ったところで反転して再攻撃へと入る。既に動いている船は残り2隻でこちらを下回っているので、この攻撃で間違いなく全滅させられる。この攻撃で間違いなく殲滅される海賊にキーエンスは同情心を抱かないでは無かったが、攻撃中止命令が出ていない以上攻撃を続行しない訳にはいかないし、こいつらの犠牲となった民間船の事を思えばここで逃がす訳にもいかない。
 海賊船が強力なビームに引き裂かれて轟沈していく中で、中には妨害に出てきたMSを狙う砲撃もある。MAの機首の砲門から収束されたビームではなく、スプレー状に拡散されたビームが円錐状に放たれて広範囲を襲い、身を守ろうとシールドを構えたレイスタ3機がシールドを削り取られ、シールドの範囲に入っていない機体箇所を抉らえてズタズタにされて砕けるか、爆発物に引火して爆散してしまう。
 反転したMA隊が突き上げる形で再度砲撃を加え、残り2隻の武装船を完全破壊してしまう。これで残りはもはや母船を失って宇宙の藻屑となる事が決定したMSの生き残りだけとなり、彼らは遂に諦めたのかその場に停止して信号弾で降伏の意思を示してきた。それを確認したオペレーターが報告を上げてくる。

「敵MS全機が活動を停止、降伏を求めてきています」
「無駄な悪あがきをしやがって、馬鹿どもが」

 降伏勧告以降はもはや虐殺と言って良い戦いだっただけに、スタンも胸糞の悪くなるような思いだったようだ。その口調には明らかな苛立ちが見える。だがそれ以上感情を見せることはなく、スタンはメリルに向き直った。

「司令官、海賊は完全に戦闘力を喪失しました。以後は降伏したMSの拘束と、生存者の捜索に移りたいと思いますが」
「ああ、頼む」

 戦いは終わり、艦隊は次の仕事へと移っていく。各艦からウィンダムやダガーLが出て来て生き残ったレイスタを拘束して空母へと運んでいき、MSに護衛されたランチが海賊船の残骸へと近づき、海兵を突入させて生存者の捜索を行っている。もし抵抗するようならば射殺するし、場合によっては護衛のMSがその火器で残骸を破壊するが、この段階となれば大半の生存者は大人しく投降してくる。もはや無駄だと彼らも分かっているのだ。



 その作業を見ながらキーエンスはMA隊のウォーハンマーを連れて艦隊へと戻ってきた。そのまま母艦であるアガメムノン級空母アイアースの傍まで来て着艦を要請する。暫し待っていると許可が出て、キーエンスは着艦ゲート傍に機体を持っていった。ある程度近付けばレーザー信号で自動での誘導が行われ、機体は勝手に速度を調整して着艦コースへと自機を移動させていく。そしてゲートに来ると艦内から収納アームが伸びてきて機体を掴み、艦内へと収納するのだ。
 艦内に戻ったキーエンスは整備兵に機体を任せると与圧ブロックへと向かい、ヘルメットを脱いで一息ついた。短く刈った髪にも汗が付いていて気持ち悪く、タオルで汗を拭っている。そして少しすっきりした顔になると続けて戻って来た部下たちに労いの言葉をかけて艦橋へと向かった。
 艦橋へとやって来たキーエンスは艦長と司令官に敬礼すると、目標全ての撃破と味方機の損害を報告する。それを満足そうに聞いた司令官はキーエンスに労いの言葉をかけて下がるように伝えたが、その彼を艦長が呼び止めた。

「待て大尉、君に長距離通信が来ている。後で確認しておけ」
「はあ、自分に長距離通信がですか?」
「地球からの物だ。君宛てでな」

 私信のようなので艦長も確認していないようで、キーエンスは一体何処の誰からだろうと首を捻っている。火星までの長距離通信は個人でも出来ない訳では無いが金がかかるし、電波の速度限界でリアルタイムの更新も出来ない。その為に使われるのはメールのような形でデータを送り合うような形となるのだが、わざわざそれを私信という形で軍艦に送ってくるのが分からない。もしかしたらナタルからのものかもしれないが、彼女とは定期的に連絡を取り合っているので今回はその予定から外れてしまう。
 艦橋を後にして自室に戻ったキーエンスは早速送られてきたという通信を確認し、本国から自分宛となっている最新の記録を開く。するといきなりモニターに余り見たくない男が現れて顔を引き攣らせてしまった。

「やあキース、ちゃんと見てくれてますよね?」
「アズラエル、お前からだったのか」

 キーエンスは苦い物を口にしたような顔をしてモニターに現れた男を見る。確かにアズラエル財団の会長であるこいつなら長距離通信の費用など気にする事は無いだろうが、わざわざ一体何のようなのだろうか。
 モニターの向こうでは映像のアズラエルが楽しそうな顔で続きを話している。

「まあ僕からの通信と知って今頃君は嫌そうな顔をしてるだろうけど、今回は真面目な話だからちゃんと聞いて貰えるかな。実はちょっと厄介な事が起きてね、君の協力を求めたいんだよ」

 そう前置きして話を始めたアズラエル。それを聞いていたキーエンスは最初こそ疑わしげであったが、内容がだんだんと冗談で済むようなものでは無くなっていき、そしてアズラエルが自分に力を貸せと言ってきた理由も理解できたキーエンスは両手で頭を抱えてしまった。

「おいおい、何だそれは。フレイたちが平行世界に飛ばされて救出に行くから参加してくれって、冗談にしても質が悪すぎるぞ」

 勿論冗談ではない事は分かっている。幾らアズラエルでもわざわざ火星にまで通信を飛ばして自分を揶揄う事は無い筈だ。だがそれでも並行世界がどうとかいう話をいきなり信じろと言われても難しく、彼は暫く頭を抱えて悩み続ける事になる。
 そしてようやく気を落ち着けると、仮に今すぐ司令部の許可が下りて火星に移動してそこから地球に向かうとして、早くても2か月はかかるという現実を前にキーエンスは自分の参加は現実的ではないと考え、アズラエルに幾つかの考えをまとめた返信を出した。
 メッセージの転送を終えたキーエンスはさてどうしたものかと天井を見上げる。

「平行世界とか、一体地球で何が起きてるんだよ。俺がこの任務に付いている間に向こうで何が起きたんだ?」

 MA隊の指揮官としてこの任務に回されてきたのだが、まさか地球を離れている間にこんな騒動が起きているとは思わなかった。何時の間にか地球ではそのような技術が開発されてしまっていたのだろうか。
 とはいえ、このような連絡を貰ったのでは自分も一度戻るしかない。幸いアズラエルからの通信には軍からの帰還命令も入っていたので、これを見せれば地球に戻ることは問題無い筈だ。



 大西洋連邦サンディエゴ基地。ここではプラント大戦後に新たに宇宙軍大学が建設されていて、優秀と認められた士官たちが入学して様々な専攻科目の学生として勉強に励んでいる。
 大戦時にドミニオン艦長として活躍し、あのアークエンジェルの副長だった事でも知られているナタル・バジル―ル中佐もこの学校で砲術の教官として赴任しており、自分より年長の士官たちに講義を行っていた。
 戦後の士官の職場としては悪い配属では無かったが、経歴を考えれば新しい艦の艦長なり駆逐隊の司令なりのになっていても良い筈で、実際には艦を失った艦長に対する懲罰人事的な意味合いを含んでいる。
 そんなナタルであったが、久しぶりにサンディエゴ基地の司令部への出頭を命じられ、また移動かと思いながら自分を呼び出した司令部オフィスへとやってくる。

「失礼します、ナタル・バジル―ル中佐出頭いたしました」
「おお、急に呼び出して済まなかった」

 ナタルを待っていたのはサンディエゴ基地の司令官ではなく、大西洋連邦の参謀本部に居る筈のサザーランド大佐であった。地球連合軍に出向している事を示す紀章は無く、大西洋連邦軍に戻っている事が分かる。地球連合軍では准将だったが、大西洋連邦軍では元の大佐に戻っているようだ。

「サザーランド大佐?」
「ああ、久しぶりだなバジル―ル君」

 サザーランドは懐かしい戦友に向ける目でナタルを見ると、彼女に近くに来るように伝える。ナタルは戸惑いを見せながらもサザーランドの座るデスクの前まで来ると、どういう事なのかを彼に尋ねた。

「それで大佐、私にどのような御用なのでしょうか。もう転勤とか?」
「ああ、それなのだが、少々厄介な頼みをしなくてはいけなくてな」
「厄介な頼み……」

 サザーランドにそう告げられたナタルは、頭の中にあのロゴス理事の顔が浮かんでたちまち面倒くさそうな顔になった。それを見たサザーランドがわざとらしく咳払いをしている。

「ま、まあ、何だ。事情は察してくれたようで有難い」
「理解したくは無かったのですが、大佐ともあの元理事とも付き合いが長くなりましたので」
「私も気持ちは理解できるが、今回は堪えてくれ。それに今回は君の身内に関わる問題でもあるのだ」
「身内?」

 首を傾げるナタルにサザーランドが事情を説明していく。オーブの宇宙ステーションで行われていた実験、消えてしまった4人と大西洋連邦の試験艦、平行世界への転移、向こう側との連絡手段の確立と彼らの身に迫る危険、それらを聞かされたナタルはどうにも反応に困る顔をしていたが、サザーランドがわざわざやって来てこのような冗談を言うはずが無い。正気とは思えない話だが、これは本当に起きているのだ。

「その、本当にラミアス艦長とフレイやトールが平行世界に飛ばされてしまったと?」
「ああ、そうらしい。聞かされた時は私も自分の正気を疑ったが、この事件への対応で大西洋連邦やオーブ、アルビムやプラントまでが動いていて、すでに国家規模の対応が行われている」
「……何と言いますか、アスハ代表の周りは本当に予想外の事態というものに好かれてますね」
「全く同感だな」

 困り果てた顔をするナタルに大きく頷くサザーランド。2人ともアズラエルに迷惑を掛けられた者同士ではあるが、同時にカガリにも振り回されてきた者同士だ。お互いに色々溜め込んだものもあるのだろう。
 だがそれらを飲み込んでサザーランドはナタルに辞令を伝えた。

「バジル―ル中佐、君は本日付で地球連合軍へと出向しファントムペイン隊に配属となってもらう。月のダイダロス基地へと向かってくれ。そこで新造艦が君を待っている」
「新造艦、ですか?」
「ああ、月では新型空母アキレウスが君を待っている。なお、君には地球連合軍大佐となってもらう予定だ。」

 新造空母と大佐の階級と聞いて、ナタルはいよいよ厄介ない事になってきたと感じた。空母の艦長に大佐が充てられるのは当然のことで、その意味ではおかしなことではない。だが悪い噂が絶えないファントムペイン隊で、恐らくアズラエルが集めていて、恐らく仕事は平行世界に行ってしまったマリューたちの救出だ。
 マリューたちの救出に行くのは別に嫌ではない。むしろよく自分を呼んでくれたとさえ思う。だがどうにも嫌な予感が拭えないのだ。特にサザーランドには一度騙されたこともある。

 だが、断る選択肢はな彼女には無かった。上が何を考えているにせよ、マリューやフレイを助けに行くという任務自体には断る理由は無かったから。

「事情は分かりました、すぐにパナマへと向かい事にします。ファントムペイン隊についての情報は頂けるのでしょうか?」
「それなのだが、配備されるMS隊も含めてまだ情報が私の元にも届いていないのだ。アズラエル様に確認したのだが現在信用出来る人間を集めるのに手間取っていると言われてな」
「信用出来る人間、ですか?」

 ナタルは首を捻る。普通に軍人を集めれば良いと思うのだが、その言い方だとまるで軍人以外から人を募っているように聞こえてしまう。これについてはサザーランドも同感なのか肩を竦めて訳が分からないという風に頭を左右に振っている。ただ一つ言えるのは、あの傍迷惑な男が本気で動き出しているという事だけだ。
 だが如何に疑わしくても命令には従うつもりだったナタルはサザーランドに敬礼すると司令官オフィスを後にし、大学の校長に挨拶をして急いでパナマへと向かい、そこからシャトルで月ヘと向かった。
 月のダイダロス基地は現在では月面最大の地球連合軍の拠点となっており、多数の民間船に交じって軍艦の出入りも多い。
 哨戒にあたるドレイク級駆逐艦の船体の横を通り過ぎてナタルを乗せたシャトルは軍用の発着場へと降りていって基地内へと降下し、与圧区画に入っていく。そしてようやく着陸したシャトルからナタルが外へと出ると、そこに自分に対して敬礼する懐かしい2人の士官の姿を見て相好を崩して微笑みながら答礼を返した。

「これは、お久しぶりですねフラガ少佐、それにノイマン中尉」
「おいおい、フラガ少佐は勘弁してくれ。今はラミアス少佐だぜ」
「あ、そうでしたね。どうもこちらの方が呼び慣れていてつい」

 苦笑しながら訂正してくるムウにナタルがしまったという顔をして慌てて言い直し、ノイマンが噴き出すように笑っている。ムウ・ラ・フラガ少佐はマリュー・ラミアス中佐と結婚後にフラガ性を捨ててラミアスを名乗るようになり、現在はムウ・ラ・ラミアスとなっている。フラガなんて名前とはおさらばしたという彼の意向によるものだったが、これまでずっとフラガと呼ばれてきたためか未だに彼をフラガと呼ぶ者は多い。それに仲間内ではマリューの方がラミアスという名で通っていたので区別が付けにくいという問題もある。この為2人は周囲にはマリュー、ムウと呼んで欲しいと伝えているのだが、今回のナタルのようについ呼んでしまうのだ。
 ムウも別に気にしている訳では無く、何時もの朗らかな笑みを浮かべてナタルに再会の挨拶をしてくる。ノイマンも2人の結婚式以来ですねと懐かしそうに話しかけてきて、ナタルは久しぶりに会った戦友たちと握手を交わしていた。
 2人の案内でナタルは新造空母の所へと向かう通路を歩いていたが、その道中でナタルは2人に確認するように問いかけた。

「それで、2人が出迎えてきているという事は、2人も例のアズラエル氏の話を?」
「ああ、マリューやトールたちが異世界にって話だな」
「我々も聞かされた時は耳を疑いましたが、どうやら本当のようです」

 ムウもノイマンもアズラエルに集められた信用出来る人間だったらしい。もしかしたらアズラエルはかつてのアークエンジェルクルーを集めているのかとナタルが問うと、ムウは小さく頷いて。

「ああ、アークエンジェルと言うかかつての第8任務部隊の中から選抜してるって感じだな。もっとも、それだけじゃないようだけど」
「会ったら驚きますよ艦長」

 ムウが少し困った顔になり、ノイマンが悪戯っ気のある笑いを浮かべる。その2人の反応にナタルは不安になったが、やがて通路は広い格納庫、というより宇宙船用ドックに出て、そこで船体を固定されている1隻の巨大な船を見ることになる。

「こ、これが……」
「ああ、大西洋連邦の次世代型空母アキレウス級の1番艦アキレウスさ。いずれはアガメムノン級を代替する地球連合軍の主力空母になる予定らしいぜ」

 驚くナタルにムウが説明してくれる。それは渡された資料で大まかには把握していたつもりであったが、実際に目にするとその巨体には驚かされた。流石に800m級のヤマト級には及ばないが、それを除けばそれまでの艦艇を大きく凌駕する500級の大型艦だ。現在主力となっているワイオミング級戦艦ですら350m級であることを思えば恐ろしいまでの巨体だ。
 艦首側は紡錘形をしていて砲塔は見当たらない。資料ではヤマト級のように粒子砲を6門装備している筈だが、対空火器も含めて埋め込み式なのだろうか。中央から後部にかけては箱型をしていて、ここに格納庫や機関部などが収められているのだろう。全体的には従来の地球連合軍の艦艇とは似ても似つかない、妙に無骨な船に仕上がっている。
 ナタルはこの巨艦に賛嘆の声を漏らしていると、彼女たちに気付いたのか4人のオーブ軍の士官服を着た女性士官たちが駆け寄ってきて敬礼をしてきた。

「バジル―ル大佐ですね。私はオーブ軍のアサギ・コードウェル一尉です」
「アサギ……そうか、確かアスハ代表の近衛部隊の現在の隊長だったな」

 敬礼を返しながらナタルが思い出すように問い返してくると、アサギは驚いた顔になった。

「はい、ガーディアンエンジェル隊です。今回はカガリ代表救出のため同行させて頂くことになりました。ですが、何故私をご存じなのです?」

 不思議そうに聞いてくるアサギに、ナタルはフレイからガーディアンエンジェル隊の後任の事を聞いた事があったと返して、アサギを納得させている。

「フレイが私の事をですか」
「ああ、オーブ軍で最後まで生き残ってくれた大切な仲間だとな」

 オーブ軍でフレイはモルゲンレーテから出向していたアサギ、ジュリ、マユラとカガリを通じて知り合い、そのまま友人として、共に戦う仲間として付き合ってきた。だが戦中にジュリ、マユラを相次いで失い、生き残れたのはアサギだけとなっている。
 戦後にアサギは正式に軍へと席を移し、退役したフレイに代わってガーディアンエンジェル隊の二代目隊長に就任した。現在もジュリやマユラの墓を定期的に訪れていて、彼女らに近況を語っている。フレイやカガリも訪れていて時折一緒に行くこともあった。
 今回はカガリの近衛隊としてカガリ救出に赴く為にオーブ軍から参加しているのだが、ナタルは彼女の事をフレイの友人と認識しているようだ。アサギは厳しい人だと聞かされていたナタルが意外に穏やかな人だと思っていると、後ろに居たムウが顔の前で手を振っていた。

「アサギちゃん、気を許しちゃ駄目だよ。ナタルは怒らすと本当に怖いから」
「失礼ですね、私は貴方の浮気に気付いた時のラミアス艦長よりは優しいですよ」

 ムウに失礼な事を言われても気にする事もなく軽く言い返すナタル。その反撃にムウは狼狽えたが、それを聞かされたオーブ軍の4人はジトっとした目でムウを見ていた。

「大佐、ムウさんはそんなに良く浮気を?」
「ああ、今はしていないようだが大戦中は凄くてな。艦長もよく見限らないものだと感心していたよ」

 アサギの問いにナタルが昔を思い出してあれは酷かったと呟き、ノイマンも何度も頷いている。それを聞かされたオーブ軍の4人は軽蔑するような視線をムウにぶつけ、ムウは顔色を青くして必死に言い訳をしていたがそれは事態をより悪化させるだけであった。



 アサギたちと別れた3人はノイマンの先導で艦内へと入り、巨大なMSデッキを目の当たりにしたナタルは賛嘆の声を漏らした。空母とは聞いていたが、ここまで巨大なMS格納庫は見た事が無い。一体どれだけのMSを搭載する予定なのだろうか。ナタルが声を無くして広大な格納庫を見ていると、ムウがナタルの肩を叩いてある方向を指さした。そちらへとナタルが目を向けると、また懐かしい顔が並んでいる。

「マードック……さん」

 班長と呼びそうになったナタルだったが、もう退役して民間人となっている事を思い出してさん付けで懐かしいアークエンジェルの整備長の名を呼ぶ。見ればアークエンジェルやドミニオンの整備兵の姿が多く、ナタルにとっては懐かしい顔ぶれだ。その中にスティングの姿を見つけて何故ここにと声を掛ける。

「スティング・オークレー、何故君がここに?」
「アズラエルのおっさんに招かれましてね。今はマードックさんの所で機械整備士やっていて、そのままマードックさんと一緒にここへ」

 肩を竦めて事情を話すスティングにナタルはなるほどと頷いた。

「アズラエル理事は信用のおける人材を集めると伝えてきたが、確かに信用を優先しているようだな」
「俺も今更軍艦に乗る日が来るとは思っていませんでしたが、まさかそれがバジル―ル副長の艦とはねえ」

 マードックが苦笑いしながら右手を差し出してきて、ナタルが頼もしそうにそれを握り返す。

「私としては信頼できる整備長に来てもらえて助かりました、頼みますよマードックさん」
「まあ、アークエンジェルのガキどもが迷子になったと聞かされちゃあね、最後のご奉公と行くしかないですわ。ですが、本当なんですかいあの話は?」
「これほどの艦を準備していて、流石に悪戯という事は無いでしょう。並行世界なんてものが実在するというのには驚きましたが」
「正直言って、知るべきじゃなかったって思いますがね。科学者さんってのは閉じときゃ良い扉を開けたがるから質が悪いって言うか」

 頭を左右に振って不機嫌そうな声を出すマードックにその場に居る全員が頷いていた。平行世界なんてのはSF小説のネタだから楽しいのであって、そんな物が実在して行くことが出来るなどとなったらそれはただのパンドラの箱だ。
 こことは少し違う可能性の世界などを覗いたりしたら、その先にあるのは希望か絶望か、ちょっと考えれば分かるだろうに。もしかしたら、あそこでもっと上手くやれていたら、そんな後悔を抱く者がもしそれをやれている自分を見てしまったら、その後悔はただ心を闇に落とすだけの絶望へと変わるだろう。もしかしたらその底から希望を見つける者も居るのかもしれないが、そんな者はまず居ないだろう。

 そしてマードックは面白い客が来てますぜと言い、部下に命じて連れてくるように言った。ナタルは誰だろうと思いながら待っていたが、連れてこられた4人を見て意表を突かれてしまった。その4人はザフトの制服を着ていたのだ。黒い長髪の白服に、短く刈った栗毛と肩より少し下まで伸ばした青髪の黒服の2人に、赤い髪をツインテールにした緑服が1人だ。
 ナタルは4人を見てどこかで会った事があると思っていると、自分の前に並んだ4人は敬礼をして挨拶してきた。

「ザフトより事前調整役として派遣されましたシホ・ハーネンフース隊長です」
「同じく、ジャック・ライアンです」
「エルフィ・バートンです」
「メイリン・ホークです。私は向こう側のオニールへの合流を命じられています」

 ザフトの将兵としては珍しくナチュラル相手にもきっちりとした敬礼をしてくるのを見てナタルは向こうも気を使っているのかなと思って答礼を返した。

「着任を歓迎するが、調整役という事はザフトもこの作戦に参加する予定だと?」
「はい。まだ国防委員会の決定は出ておりませんが、参加を強く希望しておりますジュール司令の意向による派遣です」

 白服のシホと名乗った女性士官がナタルに回答してくる。ジュール司令と聞いたナタルは少し考え、そしてようやく思い出したのか表情に驚きが出る。

「そうか、ステラ達の退院パーティーで顔を合わせていたな。私たちを散々追い掛け回してくれた特務隊だったか」
「はい、私とジャックさん、エルフィさんは特務隊に配属されて何度も貴女たちと戦っています。私たちを散々に苦戦させてくれたアークエンジェルの戦闘指揮官の元で戦える日が来るとは思っていませんでした」
「全くです、艦長たちの強さは我々のナチュラルへの蔑視を消し飛ばしてくれましたからね」
「結局、最後の最後まで足付きには勝てませんでした」

 シホが嬉しそうに言い、ジャックとエルフィが昔を思い出しながらあの頃は苦労させられたと笑っている。かつて本気で殺し合い、何人もの戦友を奪い合った者同士ではあるが、それを今に引き摺るつもりは無いようだ。
 ナタルも戦争を今に持ってくるつもりは無かったので、3人に対して笑みを持って返していた。

「かつての最強の敵が、今度は味方として私の元に来るという事か。時代が変わったという事なのだろうな」
「お嫌でしたか?」
「まさか、そんな事は思わんよ。もうザフトと戦争をするのは勘弁して欲しい」
「我々も同感です。ですから、お互いの緊張を減らす為にもこのような協力し合える機会を大事にしたいのです。もう、誰も失いたくはありません」

 瞳に悲しそうな色を宿したシホに、ナタルは大きく頷いた。もう戦争で誰かを奪われたくない、それはあの戦いを生き抜いた誰もが抱いている思いであったから。

 ナタルは気持ちを切り替えてマードックたちに別れを告げ、シホたちを誘って艦橋へ向かう事にした。ノイマンが航海艦橋へ向かうエレベーターへと案内し、ムウがナタルにエルフィの淹れてくれるコーヒーは絶品だから一度飲んでみた方が良いとお勧めしている。それを聞いたナタルは興味深そうにエルフィを見て、エルフィは艦橋に付きましたら全員分に用意すると答えてナタルを喜ばせている。
 そしてエレベーターの扉が開いて艦橋へと進んだナタルは、そこで予想していた顔を見て相好を崩した。

「やはり、お前たちがいたか」

 ナタルが頼もしそうに自分に敬礼をしてくるパルを、チャンドラを、サイを、カズィを見る。やはりアズラエルはアークエンジェルのクルーを中心に集めていたのだ。艦橋で待っていた4人の前に立ったノイマンがナタルに向き直り、見事な敬礼をしてくる。

「着任を歓迎しますナタル・バジル―ル艦長。ようこそアキレウスへ」
「…………」

 妙に芝居がかったノイマンの歓迎にナタルはどう答えた物かと考えてしまい、若干間が開いてしまう。その僅かな間にノイマンが表情を引き攣らせ、チャンドラとパルがだから言ったのにと呟いた。

「だから止めとけと言ったでしょう」
「そんなんだから女の子に逃げられるんですよ」

 チャンドラとパルの突っ込みにノイマンは焦った顔になったが、それを見てナタルは口元を押さえて笑いだしてしまった。突然噴き出すように笑いだしてそのまま苦しそうにしているナタルを見てサイとカズィは昔に戻って来たなと頷いている。

「だんだんアークエンジェルの頃みたいになってきたな」
「そうだね、これでラミアス艦長やフレイやトールも揃えばアークエンジェルだ」
「帰って来た時にはみんな揃ってるさ。カガリも予備シートに座ってるだろ」
「そうだった、何時もキースさんに座らされてたね」

 あの頃のカガリは凄かったと2人して当時の事を思いだしては笑いだしてしまう。あのお転婆娘が今では世界を相手にするオーブ代表閣下だというのだから凄い。
 なんだかとても緩すぎる空気の中で戸惑っているシホたち4人のザフト組を見てムウが気にすんなと気安く声を掛けていた。

「驚いたかい、アークエンジェル組は何時もこんな感じでね」
「いえ、驚いたと言いますか、皆さんとても仲が良いのですね」
「ああ、まあ何時の間にかこうなっちまってな。これでキースも居りゃいよいよアークエンジェルになっちまうんだが」
「キースというと、あの気の良いお兄さんですね。私も一度撃墜された際にお世話になりました」

 シホがそういえばあの人もアークエンジェルの人だったと言い、エルフィがマーシャル諸島での事かと聞くとシホが頷く。あそこで撃墜されたシホは自分を落としたエメラルドの死神と呼ばれていた男に助けられたのだ。
 死神とまで呼ばれてザフトの艦船クルーから恐れられた男が実はとても気さくで面倒見の良いお兄さんだったという話はエルフィとジャックも聞かされていて、戦後にステラ達の退院パーティーで顔を合わせている。その時に色々な人とも顔を合わせているのだが、その中には怖い縁もあったりする。



 騒ぎが収まったのちに約束通りエルフィが艦橋に居る全員分のコーヒーを用意して振舞い、それを口にした全員が驚きを浮かべて惜しみない称賛をエルフィに送っていた。ナタルもこんなに美味いコーヒーは初めてだと言い、エルフィにこのまま私の所で働かないかと誘ってシホにうちの事務官を勧誘しないで下さいと言われている。
 ナタルに誘われたエルフィが誤魔化し笑いを浮かべてお代わりはどうですかと問いかけた時、いきなり艦橋のエレベーターの扉が開いて中に2人の男性が入ってきた。

「おやおや、艦長が到着したと聞いたので顔を出してみましたが、休憩中でしたか」
「アズラエル殿、失礼ながらそういう言い方はどうかと。慣れている私はともかく、知らぬ者が聞けば嫌味としかとられませんよ」
「ああ、大丈夫ですよ。艦長たちは顔馴染みですから」

 入ってきたのはアズラエルと、仮面を頭から被った怪しい男だった。地球連合軍大佐の紀章を付けている事から地球連合軍の士官のようだが、どうにも胡散臭い。それでもまだはアークエンジェル組のメンバーは余りに気にしていなかった。アズラエルの言う通り確かに彼らは顔馴染みとなっており、今更アズラエルの口調でどうこうなど思ったりはしない。彼は素でこうなのだという事は良く知っているから。
 そしてこの仮面の胡散臭い男も、彼らからしてみればまた変なのが増えたという程度の物だ。今更驚くような手合いでもない。
 だがザフトから来た4人はそうもいかなかった。アズラエルに関してはステラのパーティーの際にきちんと紹介されていたがやはりブルーコスモスの元総帥という経歴には恐怖を感じるようで、アズラエルを前にしてシホたちは戸惑いを浮かべている。そしてこれが初めての顔合わせとなるメイリンはもう完全に震え上がっていた。
 そんな彼らを見てアズラエルはますます楽しそうにしていたが、とうとう我慢できなくなったナタルがわざと大きな音を立ててカップをソーサーに戻し、視線を自分へと集めた。

「アズラエル理事、一体どのようなご用件でしょうか?」
「いやですね艦長、今の僕はロゴスの理事を引退して他の者に任せている身ですよ。まあアズラエル財団の会長ではありますが」
「ではこれからはアズラエル会長とお呼びすれば良いでしょうか?」
「そうですね、それでお願いします。それで私がここに来た理由ですが、ファントムペイン隊の隊長を紹介しておこうと思いまして。ああ、今回の作戦では艦長が指揮官で彼は貴女の部下という扱いですからご安心を」

 にこやかにそう伝えてアズラエルは仮面の男を促す。それで仮面の男はナタルの前に出ると敬礼をした。

「ファントムペイン隊の隊長、ネオ・ロアノーク大佐です。今回の作戦ではバジル―ル大佐の指揮下に入ります」
「ありがとうございますロアノーク大佐、そう言ってくれて助かります」
「いえ、ネオで結構です。うちのボスの無茶ぶりに振り回される者同士、仲違いはしたくありませんので」

 その言葉に、ナタルを含めた艦橋に居るほぼ全員がこの人も苦労してるんだなあとしみじみと思ってしまい、ナタルは感極まった目でこの胡散臭い男に右手を差し出し、ネオも頷いてその手を握り返した。
 それを見たアズラエルが、少しいじけた顔で文句を付けてくる。

「あの、僕の扱い酷くありません?」
「そう思うのでしたら日頃の言動を振り返ってみましょうか、会長」
「全くだ、毎度毎度無理難題を気軽にポンポン振って来て期限も短いと来ているのだからな」

 即座にナタルとネオに言い返されてアズラエルはすっかりいじけてしまい、エルフィに僕の分のコーヒーありますかと尋ねて自分の分を淹れてもらうことにした。
 エルフィに淹れてもらったコーヒーを口にしたアズラエルは暫し無言でそれを味わい、カップを空にするとエルフィを見て給料3倍出しますから私の専属秘書やりませんかと真顔で勧誘を始めていた。給料3倍を提示されたエルフィは心動かされたのか動揺を隠せず、それを見たシホが焦った顔でアズラエルに札束で買い叩くのは止めて下さいと文句を言っている。
 そんな楽しげな喧騒の中で、モニターに流していたニュースを見ていたパルがまたかと声を上げた。

「地球でまたブルーコスモスのテロが起きたのかよ、最近多いな」
「どうしたパル?」
「ああ、このニュースだよ」

 やって来たチャンドラにモニターを指さすパル。チャンドラはモニターを覗き込み、地球で単独犯らしい爆弾テロが起きて犯人がブルーコスモスではないかと推察されていることが伝えられている。

「どうしたんだろうな、最近急に増えてるぜ」
「ここ2年位は滅多に無かったのに、急にどうしたんだろうな。誰か扇動でもしてるのか?」

 急に事件が増えた事にパルが疑問を口にし、チャンドラが適当に返事をしたが、扇動してる奴という言葉に艦橋内の全員はシホと言い合っているアズラエルへと向けられた。その視線を感じたアズラエルが振り返り、自分じゃないですよと無実を訴える。

「僕じゃありませんよ、今テロを起こす理由なんてありませんからね!」
「まあ、確かにそうでしょうね。となればロード・ジブリールでしょうか?」

 アズラエルの反論にナタルが小さく頷く。アズラエルは悪人だが今の情勢でこういう事をするような人間ではないというのは分かっているので少なくとも元アークエンジェルのメンバーはアズラエルを疑ってはいない。
 となれば強硬派のTOPと言われるロード・ジブリールかと疑いの矛先が向くのも当然であったが、アズラエルはこれも否定した。

「いえ、ジブリール君でも無いようです。と言いますか、これは組織としての動きではなく突然暴走する個人が出てきたという感じなんですよ」
「ブルーコスモスとしての動きではないと?」
「そうならむしろ対処は簡単なんです。実際にはそれまで不満は持ってたけど普通に暮らしていた一般人が突然コーディネイターを殺そうと暴れだしてるようなんです。こんなの対処のしようが無いので各国の治安当局も困ってるんです」

 ここ一か月くらいで急にそんな感じになっちゃってるんですよねとアズラエルが困惑した顔で言う。文字通り世界中を巻き込み、人口の1割以上を殺害するほどの惨禍を招いた先のプラント大戦の教訓は現在にも生々しく残っている。それは多くの人々に戦争は嫌だというトラウマを刻み込んでいたが、同時に全てを失って復讐に走る者も大勢生み出してしまった。それは地球だけではなく、プラントでも見られたもので、戦争終結から2年程度はそういった被害者たちの報復への対応に世界が奔走していたのだが、それもそういった行き場を無くした被害者たちが排除されるに連れて沈静化していった。その筈だった。
 それが今になってそれまで悲しみを耐えていた筈の者たちが急に暴走しているのだという。ブルーコスモスのテロに思えたが実際には全く無関係の一般人が大半であり、それだけに事前に防ぐ方法が無い。
 これはプラント側にも起きている事で、それまで大人しかった帰還兵や戦死者の家族などが急に過激派のような事を叫んで暴れだす事件が度々起きていて、治安部隊が出動した事件さえ起きている。

 理由も分からないままに突然増えだしたテロ、その薄気味悪さに艦橋に居る者たちは一様に嫌な顔をしていた。一体何が起きているのだろうか。





 アズラエルも交えて騒がしくなった艦橋を出て普段は誰も使う事の無い階段へと足を運ぶネオ。エレベーターが動かなくなった時に備えて備え付けられているものだが、そんな所に足を運ぶとすれば余程酔狂な者か、他の者に聞かれたくない話をする者だけだろう。

「そろそろ出てきたらどうだムウ、殺気が隠しきれていないぞ?」

 ネオに言われて艦橋から階段へと続く通路に足を踏み入れてくるムウ。その顔には苛立ちと、何故ここに居るという疑問が浮かんでいる。

「クルーゼ、何故お前が生きている?」
「おいおい、私はネオ・ロアノーク大佐だよ。そんな名前の男はもう死んでいる」

 苛立ちを隠せないムウにネオは肩を竦めて揶揄うような仕草をする。それにムウは激発して腰の銃に手をかけたが、それをネオが制した。

「止めておきたまえ、ここで騒ぎを起こすつもりかね?」
「貴様がそうさせたんだろ!」
「落ち着きたまえ、どうせ貴様には隠せないと思っていたし、少しは話してやるつもりでいた。ただ全ては話せないぞ」

 そう言ってネオは階段を下りていく。それに続いてムウも階段を降り始め、ある程度艦橋から距離を取ったところでネオはこれまでの事情をムウに話した。大戦後にアズラエルに雇われ、キラと共に歴史の暗部で蠢く連中を狩り出していたと言われてムウは驚いていたが、同時に納得できる部分もあった。

「そういう事か、それでフレイはキラを亡くしてもあんなに落ち着いていたのか」

 キラは間違いであったとはいえ一度死んだと思われていて、その時のフレイの憔悴ぶりはカガリから聞いた事がある。それが二度目ともなれば今度こそ後を追いかねないとすら思って周囲は警戒していたのだが、不自然な程にフレイは落ち着いていた。
 2度目という事でショックがそれほど大きくは無かったのかと周囲は不思議に思っていたのだが、生きている事を知っていたのだと言われればなるほどと納得してしまう。
 だが、今では世界の破壊者として記録されているラウ・ル・クルーゼとキラが手を組んで世界の裏側に回っていたとは、しかもそれを言い出したのがキラだったとはムウも想像すらしていなかった。ムウはフレイからキラの生存を知らされていなかったので、これまでずっとキラは戦死したと思っていてオーブまでマリューと共に墓参りに訪れた事もあるのだ。

「彼女はあの時我々と一緒に居たからね。私がアズラエルに雇われたのもキラ君と一緒に居たためだよ」
「それで、人類を滅ぼそうとしたお前が今は人類を守るために働いているってのか?」
「私は面白ければそれで良いのだよ。滅びに向けて足掻く人類の愚かさは思う存分特等席で堪能させてもらったから、今は別方向から人類の愚かさを見させてもらっているのさ」

 人類の欲望というのは本当に尽きないぞとネオが愉快そうに言い、ムウが奥歯を噛みしめて苛立ちに堪える。本当は今すぐにでもこいつに銃弾を叩きこんでやりたいのに、それをしたらどうなるかが分からないほどに愚かではない。
 それに、この作戦にはフレイたちだけではない、自分の妻のマリューの命もかかっているのだ。それを考えればこの男を殺して計画を水泡に帰すような愚行を犯すことは出来なかった。

「まさか、お前と手を組む日が来るとはな」
「それは私も同じだよムウ。だが今回はそれが必要なのだ、お互いに私情は隠すとしよう」

 お互いに目的があるのだからそれぞれに相手を利用すれば良いと言ってネオはムウから離れていく。もう話すことは無いという意思表示のようで、ムウもそれを追おうとはしなかった。だが階段を下りていく途中で何かを思い出したのか、不意にネオは足を止めると上に居るムウを見上げた。

「そうそう、言い忘れていたことがあったな」
「言い忘れていた事?」

 一体何がと怪訝そうな顔をするムウに、ネオは口角を吊り上げて禍々しいい笑みを浮かべて言った。

「結婚おめでとう、ムウ・ラ・ラミアス少佐」

 そう言って、今度こそネオは行ってしまった。ネオに結婚への祝いの言葉を送られたムウは暫し呆然としていたが、やがてそれは怒りへと変わっていって苛立たし気に壁を殴りつけてしまう。あいつは、クルーゼはこう言っていたのだ。フラガの名を捨てられて良かったな、と。





 月面都市にある小さな郵便局。別に珍しくも無い、人目を引くわけでもないこの小さな郵便局にある私書箱に1人の男が訪れていた。40過ぎに見えるその男性は慣れた感じで郵便局の職員に挨拶をして自分の私書箱を開け、中に入れられている郵便物を手に取る。
 この時代にあって時代錯誤なサービスと思われがちであるが、郵便は細々と維持され続けている。皮肉な事であったがこの古臭い通信手段は電子的な奪取が不可能であり、かつ運ばれる郵便物を奪う事は危険が伴うので意外に安全な通信手段となっている。確かに手間であるし、運べる情報量も知れているが、それで十分であれば郵便は非常に信頼できる通信手段である。
 男は封筒を取って送り主を確認すると眉を顰めた。

「大西洋連邦軍からの連絡? 発信者は……キース?」

 男は訝しげな顔で封筒から出てきた一枚の紙を手に取る。それは何という事は無い、軍でよく使われている任地から送られてきた通信を手紙に変えて指定された送り先へと発送するサービスであり、自分も何度か目にしたことがある。
 だが、送られてきた手紙を読んだ男は何とも呆れた顔になり、そして嬉しそうに口元を緩めた。その表情の変化に気付いた郵便局の職員が珍しそうに声を掛けてくる。

「おや、どうしましたユーレクさん。何か良いお仕事の依頼でも?」
「良い仕事かは微妙だが、古い友人からの頼み事でね。久しぶりに楽しい仕事になりそうだよ」

 そう答えてユーレクは手紙をしまうと、郵便局を後にした。そして都市の天井を見上げ、懐かしい友人の顔を思い出して悪態をつく。

「キースの奴、今火星辺りに居て間に合いそうにないから俺の代わりに恋人に力を貸してやってくれだと。傭兵稼業は長いがこんな頼まれ事は初めてだぞ。しかも払いはアズラエル財団に回してくれとはな。一体どんな仕事だ?」

 ユーレクと呼ばれた男は昔馴染みのあの男が自分を頼ってくるという状況に若干の戸惑いと、何か面白い事が起きているという予感にらしくもなく胸を躍らせていた。平和になったのは良い事なのだろうが、この時代にあって傭兵の仕事は急激に減っていっている。特に金払いの良い仕事は非合法な物ばかりであり、その手の仕事は受けないユーレクにしてみれば面白い戦いの機会に恵まれない、何ともつまらない日々を送ることになってしまった。
 そんな日々にあって久々に舞い込んできた面白そうな話だ。普通に考えれば胡散臭すぎる話であるが、キースが自分を騙すとは欠片も思っていない彼にとって、この仕事はいい退屈しのぎであると同時に昔馴染みの願いを聞いてやれる機会でもあった。

 ほんのお遊びのようなつもりで受け取ったこの手紙がとんでもない事件に巻き込まれる切符だと彼が知るのは、もう少し先であった。



機体解説

GAT-460 ウォーハンマー

兵装 荷電粒子砲×1
   多目的ミサイルランチャー×8
   40mm近接防御砲×1
   エネルギー偏光シールド2基
   光波防御シールド2基
   
<解説>
 大西洋連邦が次期主力MAとしてメビウスやコスモグラスパーを代替するべく採用した大型MA。試作機では2門搭載していた荷電粒子砲が1門に減らされているが、代わりに光波シールドを展開出来るようになっている。兵装は基本武装の他にメビウスと同様に追加ユニットを組み込むことで拡張可能。
 大型の機体で主に地球圏外で運用されているが、地球周辺でも配備されている。主砲の荷電粒子砲は本体内に砲身を埋め込んでおり、収束と拡散でモードを切り替える事が可能。非常に強力だが高価な機体であり、またメビウス以上に大型な為に基地から離れるには空母を必要とするなど制約も多い。
 艦船での運用に制約があるために巡行性能は高く、長距離を移動することが可能。ただ乗員が1名であるため、長期間の活動は乗員側が耐えられないなどの問題も指摘されている。


ジム改 向こうの世界で徐々に戦力が集結を始めてきました。
カガリ キラとキースが参加できない代わりにクルーゼとユーレクって。
ジム改 戦力としては申し分ないだろう。
カガリ 戦力以上にこっちのキラがトラウマ多段盛で精神崩壊しそうなんだが。
ジム改 まあその辺は気合と根性と薬で何とか。
カガリ 主人公に薬は止めろ!
ジム改 でも一度精神壊れてたし、精神科の薬は常用してるんじゃないか。
カガリ それは否定できないんだけど。
ジム改 だが問題もある、こっちの世界だとMSの性能は確実に負けてしまうのだ。
カガリ そういや最新鋭の試験機のリベレイターでもディスティニー以下の性能だったな。
ジム改 完成版なら拮抗するだろうけど、現状だと無理なのよね。
カガリ つまり用意出来るのはヴァンガードみたいな旧世代機ばかりか。
ジム改 戦争終わって新型機作ってるの金持ちの大西洋連邦だけだからね。
カガリ プラントにも無いのか?
ジム改 あそこは賠償金の支払いで素寒貧だぞ。
カガリ うちより貧乏だったのか。
ジム改 幸いザフトが大量消耗で規模縮小してるから軍事支出は激減してるけどね。一応装備の近代化やユニウス条約で認められてる範囲での戦力の補充は進めてるけど。
カガリ それで仕事が無くなった軍関係の技術者がオーブに流れて来て今回の騒動を起こしたと。
ジム改 ストライクフリーダムとかが軒並み中止されたからな、兵器開発から別の道に行けなかった連中の成れの果てだね。
カガリ ある意味あいつらも戦争被害者になるのかなあ?

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