第34章  他所から来るのが良い物とは限らない

 バクー戦を終えて地中海沿岸部に逃げ込んでいたオニール号は、そこで暫しの休息を楽しむことにしていた。マリューたちにとっては辛い戦場となったかつての北アフリカ沿岸部の住民が殆ど見受けられないエリアに艦を隠し、念入りに偽装を施して発見されるのを防いでいる。
 4年前にこの辺りを通過した時もそうであったが、この辺りはプラントとの戦争で大きな被害を受けてほとんどの住民が殺害されるか難民となって他の地域へと逃げてしまい、ほぼ見捨てられた土地となっている。この世界ではその後にも続いた戦乱やブレイク・オブ・ザ・ワールドと呼ばれるザフトの強硬派によるユニウス7落下テロが起きた事で自分たちの世界よりも遥かに荒廃が進んでしまったようで、元々貧しかったり居住に適さないような地域は本当に無人の荒野と化していたり、あるいは行き場の無い難民が大量に集まった難民キャンプが作られるかのどちらかになっているらしい。
 ようやく傷が癒えたトールも久しぶりに甲板に出て来て太陽の日差しを浴びながら思いっきり背を伸ばして気持ち良さそうにしている。その隣にはアスランとサイも来ていた。

「いや、やっぱり怪我なんてするもんじゃ無いな。ベッドの上はもうこりごりだ」
「まだ病み上がりなんだ、無理は厳禁だと軍医にも言われてるだろ」
「分かってるよ、MSに乗ったりはしないって」

 とはいえ体が鈍ってしょうがないとぼやくトール。それにアスランが何度か実戦をやってすっかり戦中のパイロットに戻ってしまっている様子のトールに苦笑いを浮かべて、今日も元気に訓練をしているイングリッドたちの方を見た。今日も元気に走り込みをやらされている5人に交じってフレイにボーマンたちオニール号のパイロットたちも加わっている。
 その様子を見てアスランは何とも意外そうな顔でトールに声を掛けた。

「まさか、フレイがあそこまでの鬼教官だとは思わなかったな」
「まあ、俺も似たようなところはあるけどね。戦争の頃はとにかく生き残るのに必死で上官の訓練に疑問も抱かずに食らい付いてたから、それが当たり前になったからな」

 今から思えばあれはシゴキってレベルじゃなかったよと言うトールに、サイは呆れ顔で頭を横に振っていた。

「俺はまだフレイがパイロットっていうのが納得出来ないんだけどな。実際に実力は見たけど、俺の知ってるフレイは武器を取って戦場に出れる娘じゃなかったんだ」
「あそこで走ってるフレイだって、別に戦いたいなんて思ってないさ。ただ俺もフレイも色々な物を見てきて、色々背負うものが出来て、本当に偶然パイロットの才能があったってだけなんだ」

 本当に色々な物を見る羽目になった。最初はパイロットになんかなりたいとは思っていなかったけど、たまたま適性試験に通ってパイロットとしての訓練を受けさせられて、その間に自分の戦う理由みたいなものが出来ていって、気が付けば今のようになっていただけだ。
 色々背負うものが出来たという話にはアスランにも思う所があるのだろう、神妙な顔をしている。

「お前たちが背負い込みだしたのは、俺のせいでもあるからな」
「否定は出来ないな、そもそも俺たちが戦場に出たのはクルーゼ隊のせいだし」

 アスランにも色々言い分はあるのだろうが、この件に関してはトールやフレイは完全に被害者の立場なのでアスランにも何も言うことは出来ないでいる。もっとも、この件に関しては実は当時のオーブ政府も臭い物には蓋をしろとばかりにまともな対応を取らずプラントに開戦覚悟の抗議も行っていなかったので、ヘリオポリスの住民は切り捨てられたような扱いを受けたようなものなので後にカガリが事の顛末を知って激怒する一幕もあった。
 結果的にあの戦いが後にプラントが敗北する切っ掛けとなったのだと察してしまったアスランとしてはもう後悔しかない過去だが、トールにとっても忌々しい思い出ではある。あの戦いに巻き込まれたせいでMSに乗って戦場に出ることになったのだから。

「正直、ザフトを相手にするのは楽じゃなかったよ。俺もフレイも何度も撃墜されてベッド送りになったし、何時もギリギリの戦いを強いられてきた」
「あの強さなのに?」
「違うんだサイ、俺たちでやっと互角以上にやれるってくらいにザフトは強いんだ。アスランはフレイの特訓をやり過ぎだって言ってたし、実際そうなんだけど、あれくらいやらないとナチュラルがコーディネイターに勝てないのも事実だよ」

 自分たちがフラガやキースから受けた特訓は酷い物だったし、アルフレットの特訓は思い出すのも嫌になる物であったが、そこまでやってやっと勝負に持ち込めるというくらいにナチュラルとコーディネイターのパイロット間の能力差は大きい。あのフラガとキースの猛特訓に耐えきって自分なりの戦い方を掴んでアルフレットから更なる指導を受けたから自分たちはアスランたちとも何とか戦えるだけの実力を身に付けるに至ったのだが、ここまでやっても2人の実力はイザークには及んでいない。ここまでやっても埋まらない差が両者の間には横たわっているのだ。
 その差を中距離以上限定で超えたのがフレイだが、これはあの異常なまでの空間認識能力のおかげで、それがあっても距離を詰められたら負けてしまう。これはフラガのような著名な連合エースたちも同じで、基本的にナチュラルは不利なのだ。
 その差を埋める為の猛特訓であり、それでも追いつけない部分を埋める為の集団戦術の研究だった。この必死の努力にコーディネイターは破れたのだ。
 トールのナチュラルの特訓解説にアスランは少し困った顔になった。

「俺としては溜まった物じゃないんだがな。お前たちの特訓法や戦術が地球連合軍に広まって反撃の基盤を作ったって事になるんだから」
「訓練や戦術だけじゃないんだけどね。ナチュラル用のMS用OSはキラがフレイの為に必死に改良し続けた物が都度回収されて改良されながら連合MSに広まったらしいし、俺たちも色んな新型機の実戦テストをやらされていたよ」
「キラがそんな事をしてたのか。じゃあストライクダガーがあれほど早く連合軍に普及したのもそのせいだったんだな」

 忌々しそうに言うアスラン。キラがフレイの生存率を上げる為に頑張るのは理解できるが、それが自分たちに災厄を招いたと思うと文句も言いたくなるだろう。

「でもキラのOSもだけど、フレイのやった事もザフトには災厄だったと思うぜ」
「フレイが何をしたんだ?」
「俺たちの使うウィンダムは特殊な装備が組み込まれててパイロットの反応をコーディネイター並みにしてくれるんだけど、その装備が完成したのはフレイがテストしてた機体で偶然起きた不具合のせいなんだよ。あいつその不具合をそのままにして戦場に出てたんだけど、その蓄積データが回収されて神経反応ヘルメットが完成したんだ」

 あれでナチュラルでもコーディネイターの動きに付いていけるようになったんだよと言うトールに、アスランは勘弁してくれと言うように肩を落とした。

「何処まで疫病神なんだ足付きは?」
「アスランたちがヘリオポリスから追ってきたりしなければそのままアラスカに降りて俺たちはオーブに帰れたはずだったんだがな」
「ああ、もし今の俺が当時のクルーゼ隊に居たら隊長をエアロックから放り出してでもヘリオポリス攻撃を止めさせてるよ」

 その結果どうなるのかは分からない、もしかしたら地球とプラントの戦いはより悲惨なものとなり最終戦争へと転がり落ちていったのかもしれない。歴史のifなど物語の中では面白いかもしれないが、実際にそれを現在進行形で体験している身としては冗談と笑うことは出来ない。
 そんな話をしていると、サイが興味深そうに2人に聞いてきた。

「なあトール、それにアスラン・ザラ、そっちの世界はどうなったのか、良ければ俺にも教えてくれないか?」
「俺たちの世界の事を?」
「まあそれくらいは構わないが。今日は休息にすると艦長も言っていたからな」
「助かるよ、実はカガリ様に色々聞いておけと言われていてね」
「悲しきは宮仕えって奴だな」
「トール、俺たちも宮仕えだろう?」

 他人事のように言うトールにアスランは俺たちは軍人だろうと小さく笑いながら突っ込みを入れる。それにトールが頭を掻いて苦笑いし、サイがトールは軍人になったんだなと意外そうに言う。
 そしてアスランは2人を誘って艦内からテーブルと椅子を引っ張り出して日陰に来ると、冷たい飲み物を持ってきて甲板にちょっとした寛ぎスペースを構築した。アスランは椅子に腰かけてグラスにレモン水を注いで美味そうに口に運ぶ。アフリカ沿岸なのでやはりどうしても暑いのだ。

「さてと、それじゃあここで冷たい物でも飲みながら昔話と行くか」
「シンたちのトレーニングを鑑賞しながらかい?」
「たまには良いだろう?」
「イングリッドが凄く羨ましそうな顔でこっち見てるんだけど」

 フレイに体力が足りないと言われたイングリッドはトレーニングとして走り込みをやらされているのだが、本当に体力的に不足していたようでかなり辛そうな顔をしている。そんな時に冷たいレモン水を美味しそうに飲んでいるアスランが視界に入ってくればそれは自分も欲しくなるだろう。
 シンは羨ましそうというより恨めしそうな顔でこちらを見上げているが、それをフレイに見咎められて怒られている。
 その様を見下ろしながらサイは本気で戸惑ったか声を出した。

「あのフレイが鬼教官かあ、人間変われば変わるもんなんだな」
「俺の知ってるフレイは訓練にも必死に食らい付いてたし、この世界のフレイもやる気になってたら泣き言言いながら頑張ってたんじゃないかな」
「どうなのかな」
「訓練と言えば、キラは訓練が嫌いだったなあ。アスランに負けっ放しは嫌だって言いだすまであいつが訓練してるの見た事無いし」
「キラは俺と遊んでた子供の頃にはもう怠け者だったぞ。明日出来る事は今日やらないタイプで、宿題を俺に押し付けて逃げた事もあるからな」

 アスランが子供の頃を思い出して忌々しそうに言う。あいつは昔から怠け者で楽する事ばかり考える駄目人間だったんだと言い、それにトールが俺の知ってるキラもそんな感じだよと頷いている。だがサイはそれには頷かなかった。

「俺はキラを怠け者と思ったことは無いな、戦争中は何時もずっと必至で、トールとフレイを失った後は良く知らないけどコンパスの司令官をやったり、新兵器の開発をやったりしてたらしいんだ」
「‥‥‥らしくない事やってるんだな、あいつ」

 誰か止めてやる奴は居なかったのかとアスランは思ったが、この世界とキラ周辺の事情が分からないのでそれ以上言うことは出来ない。
 アスランが少し暗い空気を纏い、サイがどうしたのかと戸惑っているのを見てトールは空気を変えようと音を立てて両手を叩き、2人の意識を自分へと向けさせた。

「はいはい、今日はそういう話は無し。サイが聞きたいのはこの世界のキラじゃなくて、俺たちの世界の俺たちの話だろ?」
「あ、ああ、そうだったな」
「悪い、トール」

 アスランとサイが謝り、気を取り直して顔を向けあう。それを見てトールは両手を組んで肘をテーブルに乗せ、手に顎を乗せた。

「そうだな、それじゃあヘリオポリスを脱出した辺りから話そうかな」

 トールの提案にサイは興味深そうに頷き、アスランは少し嫌そうな顔をする。それはサイにとって最初は良く知っている、だが途中から全く知らない物語であった。





 走り込みを終えて休息を言い渡したフレイは、死にそうになってる3人とイングリッドを見ながら嬉しそうな顔をしていた。

「ちゃんと走り切れるようになってきたわね、体の方はこの調子で頑張れば大丈夫よ」
「こ、これで……大丈夫……なの?」

 イングリッドが理不尽な事を言われている顔をするが、それにまだ元気そうなシンが顔の前で右手を振って真に受けちゃ駄目だと言った。

「騙されちゃダメですよ、この人たちの大丈夫ってのは最低限って意味っす、更に地獄を見せるってことですから」
「…………」
「確かに間違いなく強くなれるけど、人間辞める覚悟を要求されるんすよ」

 僕も昔にやらされて地獄を見せられたとげっそりした顔で愚痴るシン。それを聞いたフレイは笑顔のままシンの頭に拳骨を振らせた。

「いってええ、何するんすかフレイさん!」
「嘘教えるんじゃないの、私はシンにそんな特訓してないでしょ」
「「メカカガリのパイロットにするとか言って無茶苦茶に扱いてたでしょ!」

 昔を引き合いに出してシンはフレイに文句を言うが、それにフレイは腰に手を当てて首を左右に振った。

「シン、私の特訓と父さんから受けた特訓がごっちゃになってるわよ。私は死にそうになるまでやったりしてないわ」
「……あれ、僕っておっさんからどういう特訓受けてたっけ?」
「自分で記憶消してるんじゃないわよ」

 余程辛い記憶だったのだろう、シンはアルフレットから受けた特訓を余り覚えていないようだった。まああれはキラも魘されてたし、フラガやキースも二度と受けたくないと言うような代物なので無理もない。
 ただシンも自分が受けた特訓は忘れていてもキラたちがやらされていたのは覚えていたのであれに比べれば今のフレイさんは確かに優しいと頷くが、それでもやっぱり鬼だよと言ってまたフレイに怒られていた。
 2人の話を聞いていたブルーコスモスの3人が信じられないという顔で声を掛けてきた。

「これで優しいって、俺たちも一応正規の訓練を終えたパイロットなんだが?」

 ダニーロが恐る恐る聞いてくる。軍の訓練を終えた俺たちでもキツイ訓練を課されるとはどういう想定なんだと聞くと、シンが気持ちは分かると思いながら答えた。

「この人たちの想定はザフトのエース級ですよ、ナチュラルでもザフトのエース級と戦えるくらい強くするのが目標です」
「……正気で言ってるのか?」
「実際にそのレベルになっちゃった人が何人かいますからね、そのレベルまで行かなくても並のザフトパイロットより強くなれるから、脱落せずに付いていければ実際に強くなれるんすよ」

 シンはフレイを見て、次いでオニールの甲板でアスランたちと談笑しているトールを見る。2人ともこの無茶苦茶な特訓に食らい付いてザフトのトップエースと渡り合えるほどに強くなった化け物ナチュラルだ。
 このレベルまで行かずとも、フレイに鍛えられて今ではカガリの近衛部隊であるガーディアンエンジェル隊を任されているアサギ・コードウェル二尉もザフトのベテランに引けを取らない腕にまで成長した。才能に恵まれずともそのレベルにまで届くのだ。

「まあ、実際かなり無茶させられるんで、その気が無いなら止めとく方が良いですよ。もし今後もパイロットとしてやってく気があるなら受けておいた方が良いですけど」

 お勧めはしないというシンに、3人は顔を見合わせた。フレイとトールの強さは彼らも見ていて、コンパスのMSを相手に互角以上に渡り合っていた。あれがナチュラルの強さだというのは信じられなかったが、実際にそれを自分の目で見ているので否定も出来ない。
 顔を見合わせて考えている3人に代わって、今度はイングリッドがシンに聞いてきた。

「シン君。シン君は、その、貴方もフレイの特訓を受けて強くなったの?」
「そうっすよ。まあ最初は特撮映画に出てくるロボットの操縦をするためにやらされたんですけど」
「ロボット?」
「ええ、メカカガリっていう頭のおかしい特撮ロボットの操縦しろって言われたんすよね。それでフレイさんに操縦教わる時にパイロット教習を受けたって言うか……あれ、どうかしました?」

 シンは様子がおかしくなったイングリッドを訝しげに見た。何と言うか、妙に表情が引き攣っている。

「……え、メカカガリって、実在するの?」
「ええまあ、もう何作も作られてる特撮映画シリーズですよ。次回作はとうとうプラントが舞台でスペースカガリってのが出るらしいっす」
「ス、スペースカガリ?」
「あのシリーズに協力するなんて、プラント評議会とかいうのも相当に狂ってますよねフレイさん」
「シン、お願いだからそれをアスランの前では言わないでね」

 プラントまでアレに手を貸しだしたと知ったらアスランが心労で倒れかねない。ちなみに当のカガリはもう諦めたのか、今では開き直ってむしろ積極的に売り出して外貨獲得に励んでいる。とはいえ、フレイは映画興行が大成功を収めたと聞くたびにカガリの顔から生気が失われていくのを見ているので、内心では複雑なんだろうなと思っている。大失敗してくれればそれを理由に中止にも出来るのだろうが、成功を重ねているので止める事が出来ないでいる。
 フレイがあのシリーズにも困った物よねと思っていると、イングリッドが確認するようにフレイとシンに質問をしてきた。

「ねえ、1つ聞きたいんだけど良いかしら?」
「何かしらイングリッド、次の訓練メニューの確認?」
「いえ、それ聞いたら吐きそうになりそうだから止めて。そうじゃなくて、カガリはこれに何も言ってないの?」

 あのカガリなら怒ってるんじゃとイングリッドは思ったが、フレイとシンは顔を見合わせると頷き合ってイングリッドを見た。

「イングリッドさん、貧乏は人を変えるんです」
「違うでしょシン、カガリは自分まで売り物にしてオーブの資金を稼いでるのよ」
「どんな目にあってきたのよそっちのオーブは?」

 こっちの世界のカガリがメカカガリの事を知ったら怒りのあまり卒倒するのではと思ったが、向こうのカガリはオーブ復興のためにプライドも切り売りするほどに金勘定に拘っているらしい。以前にフレイから少し聞いた限りではオーブ本土は2度戦場になっているらしいので、未だにその傷が癒せないでいるのかもしれない。
 あのカガリにはこちらでは既にいないホムラやユウナ、袂を分かっている筈のサハクまでいるのにこちらのオーブと違って未だに復興に苦しんでいるとは、アスランはこちらで言う一次プラント大戦に相当する戦いがこちらより激戦だったように言っていたが、こちらと違ってオーブ全土が壊滅していたのだろうか。

「そちらでは、オーブはそこまでの被害を受けているの?」

 イングリッドが確認するように聞いてくると、フレイは首を左右に振った。

「被害も小さくは無かったんだけど、戦災そのものの復興は順調よ。お金を食ってるのは戦争難民の帰国事業よ」
「難民の、帰国事業?」
「ええ、世界中で大量の戦争難民が出て、当時はまだ戦火が及んでなかったオーブに沢山流入してたのよ。オーブも難民保護には積極的だったんだけど、それにかかる予算が凄かったらしくて。終戦後に帰国させたくても受け入れ先の国はどこも大戦の被害が凄くてとても帰国させられる状況じゃないから、まず向こうの復興が進むまで難民を預かることになったのよ」

 それが国家予算を圧迫してて、結局オーブも自国の復興を遅らせてまでユーラシアやアフリカの復興事業に金と人を出したりする羽目になり、カガリは余りの理不尽さに彼女らしくもなくアルスター邸に来るたびに難民の存在に呪詛の言葉を漏らしていた。首長府ではなく外に漏れる心配の無いアルスター邸で愚痴るだけまだ正気だったのだろうが、ああいう事を言う時のカガリは本当に辛そうな顔をしている。
 オーブ政府の人間ではないフレイに出来る事は友人として彼女を出迎えて共にお茶を飲みながら彼女の愚痴に付き合うことくらいだ。だがそれはフレイが思っている以上にカガリの心労を軽くしていたようで、ユウナもホムラもカガリがアルスター邸に逃避することについてはあえて見ない振りをしていた。勿論ある程度時間が経ったらユウナが回収に向かうのだが。
 なお、この問題に対しては皮肉な事にユーラシア連邦内にてあのブルーコスモスの最強硬派のロード・ジブリールとカガリは協力関係にあり、お互いに内心に忸怩たる思いを抱えながらも難民を帰国させるための居住地再建事業を共同で進めていたりする。

「だから、今は世界で進められてるのは難民対策が中心なのよ。何時終わるのか分からないけどね」
「……カガリは立派な事をしているのね」
「え?」
「こちらでは難民にそんな時間は与えられなかった。何処の国も自分の事で手一杯で、次の戦争に向けて軍備増強を進めていたわ。国に残ってた国民でも故郷に戻ることも出来ず、粗末なバラック暮らし。難民となった人たちも強制的に送り返されてテントが与えられたらマシな方という暮らしよ」

 これまではそれに疑問を抱く事は無かった。何処もそうだったしそれが当たり前だった。自分たちのファウンデーションでもこの問題は結局解決できず、オルフェ達は不要者だとして彼らを処分して切り捨てていった。自分も自国民に対しての扱いには思う所もあったが、難民に対しては特に何も思っていなかった
 勿論向こうとこちらでは状況が違う、向こうは平和になったから予算をそちらに振り向けることが出来ていたのであって、未だに戦乱が収まらないこちらでは軍事に金を使うのは仕方のない事だ。
 でも、今にして思うと何故誰もそれを言い出さなかったのだろうと思う。何処かの国でも個人でも良い。何処かが音頭を取って世界の復興に目を向けていれば、あるいは回避できた悲劇もあったのではないだろうか。自分たちが推進していたディスティニープランも急速な国土の復興を行ってあのラクス・クラインさえ瞠目させているが全てを効率よく運用する為に用の無い弱者を切り捨てて得た成果だった。私たちのディスティニープランがデュランダルの思い描いた物と同じなのかは分からないが、恐らくあのプランでも世界は救えないのだろう。

「難民を故郷に帰すために世界の復興か。こちらではそんな事を言う人は居なかった」
「あ、いや、そんなに難しく考えなくても、僕たちにどうこう出来るような話じゃないし」

 深刻そうな顔で呟くイングリッドにシンが慌ててそんなに落ち込まないでと必死に声を掛けるが、イングリッドはそれに答えず悩み続けている。それを見たフレイは困ったもんだと息を吐くと、イングリッドに考えても仕方が無いと伝えた。

「悩んだってしょうがないわよ、それを考えるのはこっちのカガリとかの仕事なんだから」
「でも……」
「そんなに気になるなら、後でうちのカガリに聞いてみたら。こっちにカガリには辛辣だけど、イングリッドになら多分相談に乗ってくれるわよ」

 そんなに悩むくらいなら実際にその仕事をやって来た当事者に聞けと言われて、イングリッドは瞠した目でフレイを見た。その手があったかと思ったのだろう。こちらを見たイングリッドにフレイはにっこりと笑い返した。

「でも、訓練が終わった後でね」

 そこは訓練を中止して行かせてくれるところじゃないのかとイングリッドとシンは戦慄しながら思ったが、フレイはニコニコ笑うだけで2人を解放することは無かった。





 バクー戦での事後処理を終えたシンたちは一度ミレニアムに戻ることになった。流石に被害が大きい事もあって今回は宇宙往還船を借り受けてMSと人員を積み込み、宇宙へと戻っている。これにはメイリンとステラも同行していたが、アスランはまだやる事があると言って地上に残っている。
 ミレニアムに横付けした船から両者を繋ぐ通路が伸ばされ、ミレニアムのエアロックへと繋がって固定される。MSは無重力状態で作業用のミストラルでミレニアムに運ばれるが、人員は通路を通ってミレニアムへと移乗していく。
 手空きのクルーが何人か戻ってきたシンたちを出迎えにエアロックへとやって来ていたのだが、開いたエアロックから入って来たのは金髪をボブカットにした少女と手を繋いだシンであった。シンが見慣れぬ美少女を連れてきたのを見て誰もが驚いていたが、シンはそれに構うそぶりも見せなかった。

「ステラ、無重力は大丈夫?」
「うん、宇宙には何度も来てるから」

 少女の心配をするシンとそれに嬉しそうに返事をする少女。それを見たクルーは一体地上で何があったと思ったが、それに続いて憔悴して困り果てた顔のメイリンが入ってきて、それに続いて物凄く羨ましそうな顔でシンを睨んでいるルナマリアとアグネスが入ってきた。2人の放つ瘴気にあてられて集まったクルーたちが怯えたように離れていく。
 そして最後に憂鬱そうな顔のヒルダが入ってきた。あの姉御肌の女傑が見る影も無く落ち込んでいてこちらもまたどうしたのかとクルーを驚かせている。

「あ、あの、ヒルダ隊長、どうかしたんですか?」
「……悪いけど、今日はもう休ませてもらうよ」

 クルーの気遣うような声に酷く落ち込んだ様子で返し、ヒルダは居住区画へと行ってしまった。先ほどのシンといいルナマリアとアグネスといい、一体何が起きたんかと思った彼らは唯一話が聞けそうなメイリンを追いかけて捕まえると何があったのかと尋ねる。
 問われたメイリンは困り顔になったが、仕方が無く自分で考えた色々厄介な問題を全部切り落としてかつ容易に裏取りすることが不可能で、更に追及するのが心情的に著しく難しくなるような設定を話すことにした。勿論シンとステラには事前に伝えて2人にも納得してもらっている。まさかステラの言う異世界からの来訪者などという話をする訳にはいかないのだ

「その、シンが地上で昔に離れ離れになったオーブの知人の女の子に偶然再会できて、驚いて保護したのよ」
「昔の知人って、戦争で生き別れたって事か?」

 オーブが戦場になった時に生き別れた知人の少女に偶然再会できたとなれば、シンも喜んだだろう。保護したという事はそれから随分辛い人生を歩んできたのかもしれないと察せてしまい、興味津々だったクルーもそれ以上この件は聞き辛くなってしまう。
 それを見てメイリンはホッとしたが、彼らは今度は姉とアグネスの事を聞いてきた。

「それで、ルナマリアとアグネスは何があったんだ、あれは普通じゃないだろ?」
「ああ、あれは……関わらない方が良いと思うよ。命に係わるから」
「それは見れば分かる、何でああなったんだ?」
「……お姉ちゃんとアグネスがシンの連れてきた女の子に惚れちゃって奪い合いになって、その娘がシンとあんな感じでとんでもない状況にね」
「なんだそれ、地獄か?」
「巻き込まれたこっちにとっては間違いなく地獄だよ」

 ステラは空気を読む能力が無いのか、あの地獄の瘴気のような空気を全く気にしていなかったが、シンはルナマリアとアグネスからずっと嫉妬交じりのプレッシャーをかけられてて結構消耗していた。ただ、メイリンが考えたステラは戦争で生き別れになったオーブ時代のシンの知人の少女という話で2人を大人しくさせることには成功した。アグネスはともかくルナマリアはシンの過去の悲劇を知らされていたのでそう言われてしまうと文句を言い辛くなり、アグネスも大まかな説明を受けて流石にシンからステラを引き離すのは止めている。
 だが、理解はしても感情は付いていかなかったようで2人はステラへの好意とシンへの嫉妬が混ざってあのような状態になってしまったらしい。

「事情は分かったけど、ヒルダさんは?」
「あれは、お姉ちゃんとアグネスにヒルダさんが怒ってくれたんだけど、それにステラちゃんがお礼を言ったせいで……」
「何でお礼を言われて落ち込むんだ?」
「その……ステラちゃんがヒルダさんにありがとうおばちゃんって」
「…………」

 関わってはいけない案件だと理解したクルーはそれ以上ヒルダの事には触れる事は無かった。



 こうしてステラを連れてミレニアムに戻ってきたシンたちであったが、これが非常に厄介な問題を引き起こした。ステラはシンたちの周辺に色々問題を起こしそうなのでメイリンが責任者として保護しているのだが、彼女はよくシンの元を訪れている。シンもステラが来ると嬉しそうにしているので、メイリンが保護している意味が無くなってしまっていた。
 今日はステラはシンの執務室に来て椅子に腰かけて興味深そうにシンの仕事を見ていたのだが、やがてその視線は執務室の中の状況へと向けられていった。そしてその顔に段々と不満の色が出てきて、シンに不機嫌そうな顔で質問をしてきた。

「シン、この部屋汚くない?」
「え、そうかな。俺は全然気にならなかったけど」

 むしろこの方が落ち着くというシンに、ステラは部屋を掃除しようと言い出した。シンが面倒くさそうな顔で嫌がると、ステラは自分がやるという。

「任せて、ステラはメイド見習いだから」
「……メイドさんて、実在したの?」
「ステラはアルスター家専属だけど、普通の家で雇ったりするお手伝いさんもメイドだよ」
「お手伝いさんを使ってる普通の家をそもそも知らないけど、あんな服着てるものなの?」
「ステラ達は着てるけど、多分シンが想像してるのは給仕服だと思う。あれは主人の前とかお客様の対応で着る服で、普段は汚れても良い作業着だよ」

 給仕用のドレスで掃除は出来ないよと言うステラに、シンはメイド服に種類があること自体初めて聞いたと答えた。そして仕方なくシンは部下にステラ用の作業着と掃除道具を用意するように伝え、更衣室で着替えてくるように伝える。それを受けてステラが部屋を出ていって、シンはステラがどんな風に掃除をしてくれるのかをちょっと楽しみにしてしまった。
 戻ってきたステラは艦内作業で使用するツナギを着て戻ってきた。艦内で作業着と言ったらこれだよなとシンは落胆するが、ステラには動き易いと好評であった。
 掃除道具を手にしたステラはシンが居ると掃除の邪魔になると思ったが、追い出すことはしなかった。多少手間が増えるだけで出来なくは無いと思ったからだ。シンはステラが部屋を掃除してくれるというので興味津々であったのだが、意識してそれを表には出さずに書類仕事に集中している振りをしていた。



 機体の点検を終えたヴィーノは報告書をまとめたボードをもってシンの執務室の前へとやって来ていた。何やらシンが昔の友達を保護して連れてきているとかルナマリアとアグネスがかなりヤバい状態になっているとかの話を聞いていた彼は正直シンに近付きたくなかったのだが、仕事なのでそういう訳にもいかなかった。
 執務室の前で覚悟を決めると、ヴィーノは扉の横の端末を押してシンを呼んだ。

「居るかシン、MSの点検が終わったぞ」
「ああ、入ってくれヴィーノ」

 扉のロックが開く音がし、スライドして扉が開く。そして室内へ足を踏み入れたヴィーノは、一瞬部屋を間違えたかと思い室内を見回してしまった。何時もの見慣れた薄汚れた壁は新造時のような輝きを取り戻し、雑然と資料が積み上げられていた床には塵一つ落ちていない。そして荷物置き場と化していた執務机の上は必要な書類などがあるだけで奇麗になっていて、デスクに向かうシンは澄ました顔で右手でティーカップを持って静かに口に運んでいた。
 シンの隣には見慣れない肩くらいの金髪をボブカットにしたツナギを着た美少女が静かに佇んでいた。

「……悪い、シンの部屋と間違えたみたいだ」
「いやいや、俺の執務室であってるよヴィ―ノ」

 優雅にティーカップをソーサーに戻したシンがヴィーノに爽やかに笑いかける。それを見てヴィーノは我に返るとシンの前に来てデスクに書類ごと両手を叩きつけて問いかけた。

「一体何がどうなったシン、何で部屋が急に綺麗になってるんだ!?」
「はははは、何を言ってるんだヴィーノ、俺の部屋は何時も綺麗だったろ」
「何言ってやがる、どう見ても物置だっただろ!」

 忙しくてその辺に気を回す余裕が無かったのは分かってたからルナマリア達も何も言っていなかったが、この部屋の状況は酷い物であった。最もそれは他の部屋も似たようなもので、ゴミ溜めと化している部屋も珍しくは無いのでシンの執務室はまだマシな方だ。
 急に掃除でもする気になったのかとヴィーノは訝しんだが、シンは何とも言えない、夢を見るような目になって答えてくれた。

「なんて言うかさ、メイドさんって凄いんだって教えられたんだ」
「メ、メイドさん? お前何言ってるんだ?」

 何処にメイドさんなんて居るんだと思ったヴィーノは、ふとシンの隣に佇む少女を見た。

「えっと、この娘は?」
「ああ、俺が保護した女の子でステラだ。メイド見習いをやってるらしくて部屋を掃除してくれるって言うから頼んだんだ」
「それであの汚部屋がこんな輝きを取り戻しただと……」
「汚部屋言うなよ」

 慄くヴィーノにシンが文句を言ったが、確かにあの部屋が短時間でみるみる間に片付いて壁や収納も綺麗になって見違えたのは見ていたシンからしても驚きであった。余りの仕事の速さにステラが2人に増えていたように見えたのはきっと目の錯覚だろう。
 加えてステラが入れてくれた紅茶もまた絶品で、何処にこんな茶葉があったのかとステラに聞いたら片付けていたらティーセットと茶葉が入った缶が出てきたから使ってみたという事であった。多分ルナマリアか誰かが土産か何かで持ち込んだまま忘れ去られてしまったものだろう。
 ステラが言うには茶葉の品質は大したものでは無かったらしいが、先輩に教えられて淹れ方はそれなりになったよと自信ありげに紅茶を淹れてくれたのだ。
 正直紅茶の味など分からないと思っていたシンであったが、ステラが折角淹れてくれたのだからとカップを取って口に運び、鼻を抜けていく芳醇な香りと喉を通り抜ける爽やかな口当たりにしばし固まってしまう。

「……え、何これ?」
「紅茶」
「俺が今まで飲んだ事がある紅茶と違うんだけど……」

 これまでの人生で飲んだ紅茶など缶やペットボトルで買った紅茶飲料か、良くてティーパックで作った紅茶くらいだったシンには同じ飲み物とは思えなかった。ステラに言わせると先輩でハウスキーパーでもあるソアラには足下にも及ばないそうだが、シンにはこれでも格別の味である。
 実はマユも戦争の頃の住み込み時代からアルスター家でメイドの仕事をしている、現在も学業の傍らでアルスター家でバイトをしていてかなりの実力になっていて、将来はこのままうちで働かないかとフレイにも誘われていたりしてマユを悩ませていた。

 そんな訳でエセセレブ気分に浸っていたシンであったが、その様子は何処からか連れてきた美少女を侍らして偉そうにしている嫌な上司そのもので、ヴィーノは額に青筋浮かべてこのアホの頭に報告書の束を叩きつけて部屋を後にした。





 シンが美少女を連れてきて侍らせているという噂はたちまち艦内を駆け抜け、事情を知らぬ者たちはルナマリアに続いてもう1人だとあの野郎とシンへの嫉妬心を滾らせていた。流石に事情を聞いた者たちはシンが色々心配して傍に置いているだけだろうと思っていたのだが、それとは別でやはり嫉妬心というのは溜まっていく物である。
 地上から回収された品、と言っても大西洋連邦軍の制服によく似た軍服の山や油脂類の山を仕分けしていた者たちは面倒くさそうにその作業をしていて指揮しているメイリンに何度も怒られていた。

「ちょっと、真面目にやってよね。大切な遺留品なんだから!」
「とは言ってもよ、これ全部仕分けしてチェックとリストアップするのがどれだけ大変だと」
「それがお仕事でしょ、文句は言っても良いけど真面目にやってよね」

 メイリンに咎められたミレニアムのクルーたちは文句を呟きながら作業へと戻り、それにメイリンが溜息を付く。確かに面倒な作業だが、この中から必要な情報が出てくるかもしれないのだから真面目にやって欲しい。
 だがやらされているクルーにしてみれば突然慣れない仕事を押し付けられている訳であり、不満も溜まるというものだ。加えてシンは今頃美少女とイチャイチャしてるかもと思うと余計にストレスが増えてくる。
 誰もがそんな不満を抱えながら軍服を漁っていた時、1人が妙な物を掴んだのに気づいた。

「なんだこれ?」

 引っ張り出したそれは三角錐型の黒い目出しマスクであった。それは何かと思って広げてみると、何処からともなく囁くような声が聞こえた気がして思わず振り返るが、別に誰も居ない。おかしいなと思いつつ彼は何故かそれを手放す気にはなれず、こっそりとポケットにしまってしまう。

 世界に、少しずつ異変が始まっていた。


ジム改 イングリッドたちは順調に経験値を稼いでいるのでした。
カガリ 私だけ全く出てこなかったんだが。
ジム改 今回は訓練とほのぼの回なので。
カガリ 折角海の傍なんだから泳ぐとかないのか!
ジム改 でもお前ら水着は持ってないだろ。
カガリ 無ければ買えば良いだろ。
ジム改 近くに誰も居ないから隠れられてるんだぞ。
カガリ くそう、なら何処か離れた町に買いに行こう。
ジム改 何でこの世界の治安維持部隊のシンたちが物凄く大変そうなのにお前らはほのぼのしてられるんだろうな。
カガリ 多分、ただ逃げてるだけだからじゃないかな。
ジム改 目標が仲間に助けてもらう事という、自分からは何もする必要が無いという主人公にあるまじき状況だからな。
カガリ ぶっちゃけ向こうが手を出して来なけりゃコンパスと戦う事も無かったのにな。
ジム改 事情を知らないと新手の異常に強い武装勢力だからなお前ら。
カガリ でも問題はシンたちにステラが攫われた事だな。
ジム改 攫われたは酷いような。
カガリ どうにかして助けてやらんと色々な意味でステラが危ないだろ。
ジム改 それは否定出来ないかな?

次へ  前へ  一覧へ