第32章  思い出の彼方

 観衆に惜しまれながらも歌を終えたステラにメイリンが声を掛け、朝食を一緒に食べようと誘った。ステラも別に嫌がる様子もなくそれに応じたが、片付けるから待って欲しいと言ってスピーカーなどを片付けだしている。どうやらコンパスの技術者が貸し出していたようで、自分と同じ制服を着た兵士がステラと一緒にアンプなどを片付けている。
 音響機器を片付けたステラはメイリンと一緒に駐屯地へと戻っていく。肩から下げた鞄には私物が入っているようで鞄からハンカチを取り出して額の汗を拭いている。
 だが駐屯地まで戻ってきた2人は、そこで情けない声で助けを呼んでいるミノムシを見つけて顔を見合わせてしまった。メイリンがまだ誰も降ろしてなかったのねと呟いて仕方なく吊るされているシンの元へと歩いていくが、それに付いてきたステラが別に驚く様子もなく、むしろ困り顔で首を傾げてシンを見ていた。
 シンは近付いてきたステラを見てそれまでの情けない顔を一変させた。顔からは血の気が引き、幽霊でも見たかのような引き攣った顔になっていて、それを見たメイリンは本当に何があったのだろうと思っている。 
 一方、ステラは困った人を見る顔で吊るされているシンを見ていた。

「シン、また吊るされてるの?」
「……ステラ、どうして君がここに?」
「フレイお姉ちゃんを助けに来た。シンは今度は何してミノムシやってるの?」

 ロープで縛られて吊るされながら青白い顔でステラに話しかけるシンであったが、問われたステラの方は相変わらずポヤヤンとした感じで何かおかしい返事を返している。シンが蒼褪めているのはずっと縛られているせいかもしれないが。

「シン、そろそろ反省しないと本当に愛想尽かされちゃうよ。前も男の子を闇討ちしてカガリさんに叩きのめされて怒られてたでしょ」
「身に覚えが無いんだけど?」
「あ、こっちのシンじゃなかった」

 シンとステラが話し出したのでメイリンも見て見ぬ振りが出来なくなり、仕方なく面倒くさそうな顔で吊るされているシンの元へと歩み寄った。

「シン、よく眠れた?」
「眠れたように見えるか?」
「あははは、災難だったね。それで、お姉ちゃんたちが来る前に2人の関係を聞いておきたいんだけど」

 一体どういう関係な訳、実は元カノとかと興味津々に聞いてくるメイリンにシンは辛そうに俯き、ステラはポケっとして首を傾げている。その様子にメイリンはそういう関係じゃ無かったかと自分の勘が外れたことを理解したが、じゃあ一体どういう関係なのだろうか。首を傾げて悩んでいるメイリンに、シンは何とも情けない声でお願い事をしてきた。

「メイリン、質問の前にそろそろ助けてくれない?」
「助けても良いんだけど、お姉ちゃんとアグネスに一言断ってからでも良い?」
「お願いします、何も言わずに助けて下さい」

 もうプライドも何もかもかなぐり捨ててお願いするシン。昨日一体どんな目にあわされたのだろうか。お願いされてメイリンはロープを解こうとするが、解けないようにしっかりと結ばれたロープはメイリンにも解くことは出来なかった。

「これは、お姉ちゃんたちどれだけ本気出してるのよ」
「昨日は死ぬかと思いました」
「恐るべしステラちゃん効果」

 あの2人があそこまで壊れるとか、本当に何があったんだかとメイリンは呟き、さてどうするかと考え込む。するとステラが縛り上げられたシンに近付き、体から下げていた鞄から取り出したナイフでロープを切り始めた。
 ロープが切断されてシンが地面に落ち、頭を打ち付けて両手で頭を抱えて暫く悶絶している。ステラはナイフを鞄にしまうと地面に横になって悶えているシンに声をかけた。

「シン、大丈夫?」
「大丈夫じゃな……」

 答えようとして、シンは急に体を起こしてステラを見た。突然の事にステラも吃驚して身を引いている。だがシンは驚くステラの様子など気にする余裕も無いのか、自分の動揺を隠そうともせずステラの両肩を掴んで彼女に質問をぶつけてきた。

「俺の事は良いんだ、それより何でステラがここに居る、君はデストロイ戦で死んだはずだろ!」
「え、死んだって……」

 シンの叫びにメイリンがどういう事かとステラを見るが、ステラは何を言われているのか分からないのかシンに体を揺さぶられるままになっている。
 メイリンの疑問にはシンが答えてくれた。

「1年以上前に、ベルリンでデストロイと戦った事があっただろ」
「う、うん、そんな事もあったけど、それがどう関係するの?」
「……あの時のデストロイのパイロットが、ステラだったんだ。俺は戦死したステラを自分で湖に水葬にしたんだ」
「ちょっと待ってよ、それじゃあこの娘は何なのよ!?」

 メイリンは何がどうなっているのか分からなくてステラを見て、そこで勢いを失ってしまった。

「ちょっと待ったシン、貴方も落ち着いて」
「これが落ち着けるか!」
「ステラちゃん揺さぶられて目を回してるんだけど……」

 メイリンに言われてシンはようやくステラを揺さぶるのを止めて彼女を見ると、ステラはすっかり目を回して乗り物酔いでもしたかのようにフラフラになっていた。それを見たシンが慌てて手を放し、メイリンが体を支えてコンテナを背にその場に座らせる。
 ステラはまだふらふらしていたが、それを見たシンはその場に膝をついて改めてステラの顔を見て、体や顔に触れて彼女が生きてそこに居ることを何度も確認していた。

「何で、何でステラが生きてここに居るのさ。俺は間違いなくステラを湖に葬ったのに、どうしてだよ?」
「シン、私は昨日ステラちゃんに話を聞いたんだけど、信じ難い話をされてるんだ」
「信じ難い話?」
「うん、ステラちゃん、フレイお姉ちゃんって人を助けに自分の世界からこの世界に来たって言ってたの。私も正気とは思えなかったんだけど、シンの話が本当なら……」

 シンの話が本当なら、目の前のステラちゃんは彼女が死ななかった世界からやって来たということになる。異世界などという物が本当にあるということを前提としなくてはいけないが、目の前に死んだはずの少女が生きて話しているというあり得ない筈の事が起きているのだ。
 もっとも、メイリンはこの世界の狂気についてシンよりもずっと深いところまで知っている。この世界ではクローンやカーボンヒューマンといった、死んだ筈の人間を再現する技術が実用化されているのだ。ステラがそれらの技術で蘇らせられるような人物なのかは置いておいて、技術的には彼女のそっくりさんを用意するのは不可能ではない。
 そしてそんなメイリンの内心など知る由もないシンは、まだ信じられないようでステラの手を取り、どうやって助かったのかを尋ねていた。

「ステラ、君はエクステンデッドだった筈だろ。治療法は無くて、死ぬのを待つしかないって体だった筈じゃ?」
「う、うん、でもプラント大戦の後でみんな治療してもらえたから」
「ち、治療してもらえた?」
「アズラエルさんが言ってた、フレイお姉ちゃんとカガリさんがお金を出してくれて治療法を完成させる事が出来たって。それで強化人間はみんな治療を受けたの」
「…………」
「だから、ステラはもうエクステンデッドじゃないよ」

 嬉しそうに笑うステラに、メイリンは有り得ないという顔をして一歩後ずさっている。ステラが言ったアズラエルという名はメイリンも知っている。かつてブルーコスモスの率いた男でプラントを滅ぼそうとした男の筈だ。それが生体CPUの治療法を完成させて治療を施したとか、フレイお姉ちゃんとカガリさんが資金を出したとか、どう考えてもあり得ない話をしている。カガリがアズラエルと協力する筈が無く、また時期的にも不可能だ。
 それに何より、生体CPUの治療方法は彼女の知る限り研究などされてはいない。プラントは勿論、開発国である大西洋連邦やユーラシア連邦でもだ。ターミナルの情報網にもそんな技術が存在するなどという記録は無い筈だ。だが目の前にシンがエクステンデッドだったという少女が居て彼女は治療を受けて今はエクステンデッドでは無いと言っている。つまりその技術は存在するが、この世界では如何なる組織にも知られていないという事になる。

 だがメイリンの考えているような疑問はシンには浮かんでいないようで、彼は混乱から立ち直れないまま急に涙を流してステラを両手で抱きしめてしまった。抱きしめられたステラはちょっと吃驚していたが、自分に抱き着いて泣いているシンの姿を見て少し戸惑って、そして頭に右手を乗せて慰めるように彼の頭を撫でている。

 そんなシンの姿を見て、メイリンは今の姿を姉に見られたらまた不味い事になるなあと思いながらも、2人に声を掛けることは無かった。こんな子供のようなシンを見るのは随分久しぶりで、今は泣かせておいてあげようと思ったのだ。
 そしてメイリンは、この事を報告するべきかどうか悩んでいた。自分の立場を考えれば当然報告するべきなのだろうが、ステラの事を考えるとこの場だけに留めておいた方が良い気がしてしまう。それに、ステラが本当に異世界から来たというのならば、この世界には彼女が助けに来たというフレイお姉ちゃんが居る事になる。

「……あの謎の部隊に居るのかな、そのフレイお姉ちゃんっていう人は」

 姉は少し前にフレイ・アルスターという人と出会ったと言っていた。物凄く強いMSパイロットで信じられないようなお人好しで、街を守るためとデストロイのパイロットを助ける為にブルーコスモスやコンパスと戦っていた。その人物像はさっきのステラの言っていた強化人間を助ける為に資金を出してくれたフレイお姉ちゃんと一致してしまう。
 目の前のステラちゃんがかつて生体CPUだったが、治療を受けて普通の人間に戻ったというのならば、彼女たちには本当に助けたデストロイのパイロットを救う術があるのかもしれない。

「この世界には無い技術がある世界、かあ。本当にそんなものが存在するの?」

 状況証拠に近い物は幾つも出てきているし、困った事に様々な証言が全て1つに繋がってしまっている。だが、それを本当に信じるには何か確かな証拠が欲しかった。

「ねえステラちゃん、貴女の世界に関する何かを持ってたりしないかな?」
「私たちの世界の?」
「うん、流石に異世界なんて言われても、ちょっと信じられなくってさ」

 メイリンに言われてステラはシンに抱き着かれたまま肩から下げていた鞄の中を探して、一本の棒のようなものを出してきた。メイリンはそれを見て何かと思ったが、ステラはその棒を伸ばして途中で曲げて口字を作らせると、棒の何処かを押した。すると棒で囲まれた空間に長方形のモニターのような表示が現れ、ステラがその中に現れた投影空間を指で押して操作をし始めた。それを見たメイリンが吃驚している。

「な、何それ、空間投影型のコンソール!?」
「え、ステラの携帯だけど?」

 突然吃驚して大声を掛けられたステラは少し驚いていたが、すぐに何を驚いているのか分からないという顔で当然の事を話すように答えてくれる。
 だが、それはメイリンには有り得ないガジェットであった。この世界にも携帯電話は存在するが、シンが持っているような受話器型の小型端末で、NJの影響で事実上使い物に為らなくなっている。時代は有線通信によるネットワークへと戻っていたのだ。
 だが、ステラが持っているのは明らかに無線端末だ。しかも1本のフレームで枠を作って空間投影でタッチパネルを作り出すという見た事も無い技術が使われている。これがもし民生品なのだとしたら、彼女の世界の技術水準はこちらを超えている。
 興奮しているメイリンにようやく落ち着いたシンが戸惑っていると、ステラが2人に投影モニターを向けてきた。

「はいこれ、去年のステラ達の退院お祝いの写真だよ」

 CE74年4月という日付と共に大勢が集まった集合写真を2人は見た。そしてそこに映っている人を見て、もう一度日付を確認する。それを見て2人は蒼褪め、小さく震えていた。

「シン、この頃って、私たちがメサイアで戦ってた頃だよね?」
「ああ、そうだけど、そうだけどさ……」

 その写真の中にはステラ・スティング退院記念パーティーという横断幕が掲げられ、満面の笑顔のステラと気恥ずかしそうなスティングを中央にして大勢が嬉しそうに笑っていた。見知った顔だけでもシンはステラの隣に居るし、レイやルナマリアも居る。プラントに居るはずのイザーク・ジュールやディアッカ・エルスマンも居る。カガリや前に見たフレイとトールも映っている。アスランも居てその両隣には2人のラクスが居た。
 他にも大勢の見知らぬ人間が映っていて、誰もが2人の回復を喜んでいるように見えた。だが、シンにはこんな幸せそうな時がメサイア攻防戦の頃にあったような記憶は無い。何より、そこに映っている人々がみんな私服で集まっている。戦時下の筈なのにここに映っている軍人たちはまるで平時のように過ごしている。

「まるで、戦争なんて起きていないみたいみたいじゃないか」

 呆然と呟くシンに、ステラは不思議そうな顔をしていた。

「うん、戦争は3年前に終わってるもん」
「……3年、前に?」
「うん、プラント大戦は3年前に終わって、後は東アジアでの戦いくらいでもう戦争なんて起きて……あ、半年くらい前にラクス紛争って事件が起きてた」

 ステラが聞いた事もない事件を口にするが、今の2人はそれどころではなかった。戦争は3年前に終わった。それが3年前の世界大戦なのは分かるが、ステラの話が本当なら彼女の世界では第二次地球プラント大戦は、ディスティニー戦争は起きていない事になる。あの戦争が起きておらず、世界は平時だというのならこんな一時もあるのかもしれないが、それでも信じられるような話では無かった。
 そして何より、この写真にはメサイア戦で死んだはずのレイ・ザ・バレルが映っている。彼はこのようなイベントに参加する様な人物では無かった筈なのだが、何故参加しているのだろうか。

「ステラは、レイを知ってるのか?」
「レイって、長い金髪の人? うん、無口だけど良い人だったよ。ルナマリアと一緒に居ることが多くて、何時も面倒掛けられてた」

 懐かしそうに言うステラ。ザフト時代に幾度か一緒に居た程度の関係だったが、自分に対しても特に邪険にするでなく真面目な顔で面倒を見てくれていた。あとルナマリアの起こす騒動の後始末に追われていた。
 その程度の関係だったのに、戦後にイザークたちと一緒に退院祝いのパーティーにプラントからオーブまで渡航して顔を出してくれるのだから、本当に良い人なのだとステラは思っている。
 ステラの昔を思い出しながらの話を聞いて、シンとメイリンは涙を浮かべていた。向こうではレイは生きていて、こっちよりも面倒見が良い男のようだ。ただ何故ステラがザフトに居てレイと顔を合わせているのかが良く分からないのだが。


 ステラは端末を操作して写真を切り替えて、そのパーティーの写真を切り替えていく。そこに映っているのはシンやメイリンには不思議なものであった。イザークやディアッカがナチュラルのフレイやトールと楽しそうに話していたり、2人のラクスが演台の上でデュエットしていたり、アスランが腹を抱えて大笑いしていたり、シンが少女にぶん殴られていたり、カガリが酔っぱらって服を脱ごうとしてユウナに慌てて止められていたり、レイが嫌な酔っ払いと化したルナマリアに絡まれて凄く迷惑そうな顔をしていたりと、物凄く異常な筈なのにその写真の中ではそれが当たり前のような空気を感じさせてくれる。
 シンは自分をぶん殴っている娘に見覚えがある気がして、この娘は誰かをステラに問いかけた。

「なあステラ、この俺をぶん殴ってる娘って、誰なの?」

 シンの問いに、ステラは何を言われてるのか分からないという顔になって、そしてすぐにそれは怒りに変わったのかムッとした顔になる。突然不機嫌そうになったステラにシンは戸惑ったが、ステラはシンに不機嫌そうな態度を隠そうともせず逆に疑問をぶつけてくる。

「シン、本当に分からないの?」
「な、何、どうしたのさステラ?」
「……流石にどうかと思う」

 ステラは呆れ顔で端末を操作し、一枚の写真をシンに向けた。それはステラと先ほどの少女がケーキを食べながら一緒に笑っている写真だったが、その笑顔を見てシンはあっと声を漏らした。頭の中で、その少女の笑顔と記憶の中の妹が重なったからだ。

「まさか、マユなのか?」

 自分の知る姿とは違う、ずっと成長しているその少女をようやく妹だと理解したシンは、その画像を見ながら膝から崩れ落ちた。大きなショックを受けたその姿にステラはどうしたのかとメイリンを見たが、彼女も口元を右手で押さえて涙を見せている。

「どうしたの?」
「マユちゃんは、昔の戦争でシンが亡くした妹さんの名前だよ。シンはその時に家族を全員亡くしてるの」
「え……」

 ステラは驚いてその場に膝を付いて食い入るように写真を見つめているシンを見た。その姿は今にも壊れそうで、自分の知っているシンが決して見せないような表情、全てを無くしてしまった絶望を浮かべている。
 こんな顔をしている人を、ステラは大戦中に見ていた事を思い出した。オーブから脱出した時にフレイを奪われたキラもフレイの写真を手にこんな顔をしたまま全てを拒絶していた。
 この世界のシンがどんな目に遭ってきたのかを知ったステラは激しい後悔を感じ、シンの隣に屈むと、彼の体を後ろから抱きしめた。

「ご免、シン。ステラ言い過ぎた」
「…………」

 シンはそれに何も答えず、ただじっと写真を見ている。ステラもそんなシンにそれ以上何も言わず、ただじっと彼の体を抱いていた。壊れそうな彼をただ支えようとするかのように。





 妹の写真を抱いたまま離さないシンと、そんなシンを抱きしめているステラを残してメイリンはそっとその場から離れた。姉には悪いが、今は2人だけにしてあげようと思ったのだ。あの写真の中にはシンとステラが一緒に楽しそうに映っている物が何枚もあり、きっと彼女の世界では2人はそういう関係なんだろうと思えたからだ。
 だが、あんなものを見せられるとは思わなかった。レイが生きていて笑っていて、オーブで死んだはずのユウナ・ロマ・セイランが居て、ブルーコスモス総帥のムルタ・アズラエルも映っていた。2人のラクスは恐らく片方はミーア・キャンベルなのだろう。ラクスとミーアに左右から同時に腕を抱かれて困っているアスランは見ていて面白かったが、それでもあんなに楽しそうに笑うアスランをメイリンは知らなかった。

「アスランって、あんな風に笑えるんだ。こっちのアスランもあんな感じに笑えば女性受けするんだろうなあ」

 最近はもう極一部の知人以外には興味が無いような顔で対応しているので、彼と付き合いの浅い人間だと怖くて近づけない。まあ昔を知っていても嫌っているシンのような人間も居るのだが、基本的にアスランを好いているという人間は僅かだ。コンパスのメンバーでも彼に好意的なのはキラくらいだろう。そのキラも今は居ないので、ミレニアムに居てもアスランは浮いた存在となっている。
 他人に優しく微笑む彼は、一体どんな人生を送ってきたのだろうか。とても幸せな人生を過ごしてあんな感じに育ったのか、それとも信じられない様な苦難の果てに誰にも優しくなれるような人になったのか、いずれにしても自分の知るアスランとはきっと違う人生を歩んできたのだ。そうでなければ、彼がカガリ様の居る場所で堂々とラクス様と腕を組んでいる筈が無いのだから。

「……報告は、まだ待った方が良さそうかな」

 さっきの画像を添付して貴方の浮気の証拠ですとアスランに出してやったらどんな顔をするかなとちょっと意地悪な考えも浮かんでいたが、それ以上に今はこの件にアスランを関わらせない方が良い気がするのだ。彼は良くも悪くも常識的な人間で、今回のような謎の多い案件は一番嫌っている筈だ。ステラの話を纏めて上げてもきっとまた捨てられてしまうだろう。
 それよりも、こちらでステラからもっと話を聞きだしたいとメイリンは思っていた。可能であれば謎の武装勢力と接触してみたいとさえも。ステラとルナマリアの話を考えれば、彼女たちは各地で暴れている連中のような危険人物では無いようなので、歓迎はされないかもしれないが話を聞ける気はするのだ。ステラを連れて行けばそれをネタに聞き出せる話も増える気がする。
 ただ、問題はあの謎の軍艦が次にどこに出てくるのかがさっぱり分からない事だが。

「とりあえず、コンパスの監視網に照会してあの艦が何処に行ったのかを調べようかなあ。まず会わなくちゃ話にもならないし」

 まずは見つけるところからかなあと呟いてメイリンはそろそろ良いかなと2人の所へと戻っていった。そこではシンもやっと落ち着いたのか我に返って何かを言っていて、ステラがアホの子を見るような呆れ顔でシンを見ていた。

「マユとステラのメイドだろ、そりゃ抱き付くって、俺だってそうする!」
「シン、何で違う世界なのに駄目な所だけそんなに一緒なの?」

 亡くした妹相手にそれで良いのかとステラはジト目で突っ込みを入れていたが、シンはそんな苦言など耳に入っていないようでステラの端末を手に興奮していた。そこにはメイド服を着たマユとステラが映っていて、何処かの屋敷で給仕のような仕事をしているようだった。その画像を見てシンが興奮しているようだが、その傍で呆れ顔をしているステラにメイリンはこの短時間で何があったと突込みを入れてしまった。


 この後、興奮していたシンはやって来たルナマリアとアグネスによって回収されていき、シンは悲鳴を上げて手を伸ばして助けを求めたがステラとメイリンは顔を見合わせて重苦しい溜息を吐いて彼を見送っていた。

「ステラちゃんの所のシンもあんな感じなの?」
「ちょっと違うけど、駄目な所は一緒かも」
「人の本質って駄目な所に出るのかなあ」

 引き摺られていく哀れな男を見送りながら、メイリンはこれからどうすれば良いのかを考えてしまった。
 この後、ステラはシンたちに預けると色々問題が起きそうという事でメイリンが身柄を預かることになり、メイリンと一緒に一度軌道上のミレニアムへと上がることになった。そしてそれは、誰も予想しない方向でミレニアムに新たな騒動を巻き起こすことになってしまう。





 シンが2人の美女から責められていた頃、地中海の海底では傷付いたトールが病室でベッドに横になっていて、彼を見舞いに仲間たちが集まっていた。ベッドサイドには椅子に腰を降ろしたフレイが居て、その隣にはカガリが立っている。反対側にはアスランとイングリッドが立っていて、4人は艦で支給された大西洋連邦の士官制服に着替えていた。
 4人は安堵した様子でベッドに横たわるトールを見ていて、トールは失敗したと苦笑いをしている。

「戦争に出て怪我したのは久しぶりだな」
「心配させないでよね。貴方に何かあったらミリィに何て言えば良いのよ」
「全くだ、お前が負傷して担ぎ込まれたって聞いた時は血の気が引いたぞ」

 フレイとカガリが少し怒った顔でトールに文句を言う。この艦内では一番トールと付き合いが長い2人だ、それだけに誰よりも彼の身を案じていた。2人に怒られたトールは少し嬉しそうに頭を掻いて誤魔化し笑いを浮かべている。重症では無いとはいえ軽い傷でもなく、破片を抜いた傷が治るまではベッドで安静にしていなくてはいけない身だ。

「しかし、トールが抜けたのは痛いな。コンパスのパイロットはどいつも相当な凄腕だった、あれがもっと大部隊で出てきたら対抗するのは難しいぞ」

 アスランがこれからの事を口にする。コンパスと戦う気は無かったが結果的に激突し、コンパスに甚大な被害を与えている。あのまま引き下がったりはしないだろうとアスランは考えていたが、それにはイングリッドは大丈夫だと思うと伝えた。

「コンパスは暫くは動けないと思うわ。元々大規模な部隊を持っているわけでは無いし、現在使えるMSの中では切り札と言えるディスティニーも大きなダメージを受けてるから、修理が済むまでは何も出来ないと思う」
「そうなのか。世界平和維持機構なんて大層な名前だから、それなりの部隊を持っているとばかり」
「いえ、元々少数精鋭を突き詰めたような部隊だったから、一度大きなダメージを受けたら立ち直るのは容易では無い筈よ」
「地球連合軍の縮小版みたいなのを想像していたが、そんな組織だったのか」

 もっと大部隊かと思っていたのに、あれでほぼ全力だったのだろうか。だとすれば貧乏所帯というレベルでは無く、むしろ同情したくなるような酷い環境に置かれているのかもしれない。
 イングリッドの言葉にフレイがそう言えばと何かを思い出したように話し出した。

「前にコンパスに誘われた時もそんな事をシンとルナマリアが言ってたわね」
「ああ、あの時か。確かシンがこのままじゃ過労死する奴が出るとか必死に訴えてたな」
「そうそう、あの時は断ったけど、今思うと手伝ってあげるべきだったかもって気もしちゃうわね」

 そういえばルナマリアも疲れ果てた顔でうちに来て欲しいって何度も言ってたなとフレイは思い出し、本当に大変なんだろうなと同情してしまった。
 だが、そこでフレイはルナマリアが言っていた事を思い出した。

「そういえば、ルナマリアが言ってたわ。キラ隊長はラクス総裁と行方を晦ませて行方不明だって」
「ああ、そんな事を言ってたな。となると前のコンパスの隊長はキラだったのか」

 ルナマリアと戦った時の事を思い出してトールも頷く。罷り間違えば自分たちは先ほどの戦いでこの世界のキラとぶつかっていた可能性もあったのだ。もしキラが出てくるなら機体もザクという事は無いだろうから、あのディスティニーとかいうMSクラスの強力なMSで出てきていたはずだ。
 それを聞かされたアスランは神妙な顔になり、イングリッドを見た。

「イングリッド、君は前にコンパスと戦って敗北したと言っていたな。もしかしてその相手というのは……」

 アスランの問いにイングリッドは辛そうな顔になり、両手を握りしめた。

「ええ、相手はキラ・ヤマトとアスラン・ザラだったわ。それとラクス・クラインも」
「ラクスだと、この世界では彼女もパイロットなのか?」
「いえ、パイロットではないわ。彼女はキラ・ヤマトの乗るストライクフリーダムの強化ユニットに乗ってやって来たのよ。そのユニットと合体したフリーダムに私とオルフェの使っていたカルラは敗北したわ」

 その時の戦いを思い出しているのか、イングリッドの顔が辛そうになり、必死に何かを押し殺そうとしている。愛する者を奪われた気持ちを理解できるフレイとカガリは彼女の気持ちを察して気遣うような目を向け、トールとアスランも彼女が落ち着くまでじっと待っている。
 やがて落ち着いたのか、小さな息を吐いてイングリッドが顔を上げた。

「ご免なさい、やっぱりまだ割り切れないみたい」
「大事な人を奪われたんだ、そんな簡単に割り切れたりしないさ」

 カガリが謝る必要は無いと言い、フレイも頷いている。それを見てイングリッドは意外そうな顔になった。

「良いの、貴女達にとっては大切な人なのに」
「私も国を焼かれてお父様も殺されてる。その辺りの心情は理解できるよ」
「私は何も言えないわ、色々やかしてるし」

 過去に大勢に迷惑をかけた頃を思い出してフレイが反応に困り、カガリがお前ほどやらかす奴は滅多に居ないだろと少し呆れ顔になっている。もっともあれはたまたま近くにキラという都合の良い存在が居たからで、キラが居なければ精神が落ち着くまで泣き喚いて周囲に当たり散らす以外に出来る事は無く、それで終わっていただろう。

「思い出させて悪いが、仮にこの世界のキラと俺がその時のMSに乗って出てきたとしたら、この艦の戦力でどうにか出来ると思うか?」
「……勝てない、という事は無いと思うわ。貴方達はディスティニーも撃破しているから、あの2機だけで来るなら何とかなると思う。でも、無傷で済むとは思えない」
「何人か犠牲になるか」

 まあそうだろうなと頷いたアスランはそういう面倒なのは避けるべきだなと呟いた。別に戦争をしている訳では無いのだ、キラや自分と真正面から戦う必要は無く、むしろそんな危険は避けるべきだ。この前の戦闘では勝利したとはいえ、あのディスティニーは恐ろしい相手だった。もしフレイが居なければ自分は間違いなく負けていたと良く分かっている。この世界のキラや自分があのレベルの相手だというのなら、戦わない方が良い。
 4人が相手にしたくないなと思っていると、病室の扉が開いてマリューとシンが入ってきた。2人は元気そうなトールを見て笑顔を見せ、トールのベッドへとやってくる。

「無事で良かったわトール君」
「全くっすよ。オーブ奪還戦の時を思い出しちゃいました」

 マリューが安心したように言い、シンがプラント大戦の頃にトールが大怪我をした戦いを引き合いに出して文句を言っている。2人ともかなり心配していたようだ。
 そしてマリューは病室の5人を見回すと、保護した生体CPUの事を話した。

「イングリッドさんが連れてきた女の子だけど、検査の結果が出たわ。とは言ってもこの艦で出来る程度だけど」

 そう前置きしてマリューは分かったことを伝えた。それによるとあの少女からは身体改造を受けたと思われる形跡があること、薬物反応があること、精神的にかなり不安定になっている事などを伝えられる。
 
「まあ、この艦で分かるのはその程度よ。薬物反応は過去の例を考えると多分γグリフェプタンでしょうね」
「洗脳は、メンテナンスベッドか」

 カガリが忌々しそうな顔をする。オルガやステラ達を苦しめたあの悍ましい技術をまた見ることになるとは思わなかった。

「それで、何とかなりそうなのか艦長?」
「正直、この艦の設備じゃお手上げね。時間を稼ぎながらオーブに頼んでいる治療装置の到着を待つしかないわ」
「分かっちゃいたけど、ユウナに期待するしかないか」

 自分ではどうする事も出来ないというのは何とももどかしいが、今は待つ事しかできなかった。
 悔しそうなカガリにフレイは仕方が無いと宥め、助けた女の子に会いに行ってみないかと誘った。検査が終わったというのなら会えるのでしょうとマリューに聞くと、マリューは頷いた。

「ええ、今はまだ大丈夫よ。でも何時禁断症状が出るか分からないから気を付けて」
「はい、その時は頼むわねアスラン」
「俺は用心棒か」

 頼られたアスランは苦笑したが、それでも適任だと思ったのか頷いた。生体CPUの戦闘能力は馬鹿に出来ず、平均的なコーディネイターくらいなら殴り殺してしまうくらいの戦闘力がある。コーディネイター基準でも最高レベルの戦闘能力があるアスランがいざという時に対応するのは確かに妥当だった。
 残念ながらシンはこの世界に来た直後という事もあり少女とは別に彼も幾つか検査を受けているというので同行出来ず、トールを残して4人が検査を終えた少女の元へと移動する。彼女は検査用の服を着せられていて退屈そうに長椅子に腰かけていたが、やって来た4人の中からイングリッドの姿を見つけると嬉しそうな顔になった。

「あ、青髪のお姉さん」

 女の子は短い栗色の髪で痩せ細った不健康そうな肌をしている。カガリとフレイは昔のスティングがこんな感じだったと思い出したが、それ以上に顔色が悪い。一体どういう環境に置かれていたのだろうか。
 イングリッドは屈んで女の子と目線を合わせてもう大丈夫よと安心させるように言い、彼女の頭を撫でてやっている。それを見ながらカガリは軍医に気になったことを問いかけた。

「この娘の容体はどうなんだ?」
「余り良いとは言えないな、無理な精神操作の影響なのか自分の名前も覚えていないようだ。だがまあ、暫くは大丈夫だろう。幸いγグリフェプタンはこの艦にも多少在庫があるからな」
「あんな物騒な薬があるのか?」

 人間の反応速度を飛躍的に引き上げる代わりに強い常習性を持ち何れは廃人にしてしまうような薬があるのかとカガリは驚いたが、軍医は昔のそれとは別だと言った。

「大戦時のそれとは別物だよ。この薬の持つ強壮薬としての効能は確かだから、治療用として常習性や身体を蝕むような部分を改善した薬剤が軍用に作られたんだ」
「アズラエルの奴、投資を取り戻したかったんだな」

 話を聞いたカガリは強化人間用に作った新薬の投資を回収したくて一般にも使える改良型を作って売り出したんだなと察したが、それで助かったのも確かなので彼の商魂の逞しさに今は感謝していた。
 そこでカガリは幾つか軍医に確認をして病室から連れ出しても大丈夫なのを確認するとアスランたちを見た。

「とりあえず、連れ出しても大丈夫そうだし飯にでもするか」

 カガリの提案にアスランが頷き、イングリッドとフレイが少女に食事に行こうかと誘うが、何故か少女は緊張して怯えるような表情を見せた。それに不思議そうな顔でどうしたのかと尋ねると、少女は食べたくないと言ってきた。

「いらない、食べたくない」
「でも、一昨日から何も食べてないでしょう?」
「……あんな不味いの、嫌だから」

 どういう事かとイングリッドが問い詰めると、少女はぽつぽつと事情を語ってくれたが、それを聞いたイングリッドはカガリやフレイ、トールやマリューがどうして生体CPUを救うのに拘ったのかを理解出来てきた。
 どうやら少女にとって食事とは薬剤の補給を意味していたようで、生体機能の維持とより強い強化の為に薬漬けにされていたらしい。記憶も消されて過去を持たない少女には、食事とはただの薬物投与でしかなかった。
 それはカガリとフレイが知る強化人間たちよりも酷い扱いで、完全に使い捨てるつもりで無理やり強化していたとしか思えない行いだった。こちらに寝返った3人のダガーLのパイロットたちが上層部のやり方に怒りを見せていたのも頷ける。

 事情を理解したイングリッドはフレイと頷き合うと、少女の手を2人で掴んで引っ張って椅子から立ち上がらせた。

「大丈夫、美味しいご飯が食べられるわ」
「そうね、色々食べてみて、好きな物と嫌いな物を探しましょうか」

 2人の女性に優しく言われた少女はどうしたら良いのか分からずにオロオロとしていたが、それを見て笑いながら頷いたアスランとカガリも引っ張られていく少女の後に続いて食堂へと歩いていった。
 この後、食堂では机に並べられた色々な食事を口にして興奮している少女の声と、4人の楽しそうな笑い声が暫く聞こえ続けていた。


ジム改 だんだんと厄介な状況になってきました。
カガリ シンが曇ったり喜んだりと忙しいな。
ジム改 シンにとってはステラの端末の画像はキャラが崩壊する様な情報だからな。
カガリ 死んだ妹の4年後の姿だからなあ。
ジム改 目の前には生きてる1年後のステラも居るし。
カガリ だからまあ激しいショックを受けるのは分かるが、その後にシスコンになるのはなんでだよ。
ジム改 それがシンの根幹だから。
カガリ こっちのシンもギャグキャラなのか。
ジム改 そしてコンパスはステラという爆弾を抱え込んでしまった。
カガリ 既に2人壊したしな。
ジム改 実はステラは割と超人寄りなキャラなのだ。
カガリ アスランとかはともかく、ステラにそんな要素あったか?
ジム改 ステラはマユと共にソアラの弟子だからな。
カガリ あの広い屋敷を1人で維持出来る化け物メイドか。
ジム改 そしてカガリたちは別の場所に移動中と、何処に行こうかね。
カガリ たまにはバカンスがしたい。
ジム改 そうなると観光地かね。

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