第31章  優しい風

 シンは久しぶりに会ったメイリンと話しながらディスティニーの傍から宿営地の方に歩いてきていた。先ほどの謎の武装集団の調査を行うというメイリンにシンは可能な限りの協力を約束をしたが、自分が伝えられるのはせいぜい先の戦いの報告と映像記録くらいだぞというと、メイリンはそれも貴重な情報だよと笑っていた。

「シンは難しく考えすぎだよ、そりゃ遺留物があれば一番だけど、情報の大半は目撃と記録映像だよ」
「そんな曖昧なもので良いのか?」
「情報収集なんてそんなものだよ、シンはスパイ物の見過ぎだって」

 意外そうなシンにメイリンは苦笑していた。撃墜された敵機や捕虜があれば一番だが、そんな物は得られない事の方が遥かに多い。メイリンの仕事は残された証拠や証言、映像記録を纏めて交戦勢力の情報を纏めて上に報告する事であった。
 ただ、彼女はコンパスに協力してはいるが所属はターミナルなので、今の状況下ではシンたちの味方とは言い難い立ち位置にある。彼女が個人的にコンパスに肩入れをすることはあるかもしれないが、何時まで味方と振舞ってくれるかは分からない。
 かつての戦友を相手にこんな事を考えなくてはいけないことにシンは嫌な気持ちになっていたが、これが偉くなるという事なので仕方が無い。

 そんな事を話しながら2人がコンパスの天幕にやってくると、なにやら聞き慣れた2人の言い合う声が聞こえてきた。その声を聴いた2人が顔を見合わせ、そしてうんざりした顔になる。

「またルナとアグネスか……」
「昔はあそこまでじゃなかったんだけど、今はもう犬猿の仲だよねえ」

 あれでも一応お姉ちゃんは仲間意識は持ってるんだよとメイリンが言うと、知ってるよとシンは真面目な顔で返した。撃墜したアグネスを助けて連れ戻て来たのもルナマリアだし、その後もアグネスの部屋に行って声をかけていたのも知っている。一部の男どもを別とすれば一番彼女を案じていたのはルナマリアだ。
 2人に捕まって死にそうな目に合わされた時はもう勘弁してほしいと思ったが、自分の犠牲のおかげでアグネスが現場に復帰してくれたのでシンとしてはまあ良いかと思っている。でもあんな目に合うのは二度と御免というか、思い出すと今でも死の恐怖が蘇ってくるので勘弁してほしい。
 2人はルナマリアとアグネスが言い合っている天幕、そこは食堂に使っている天幕だったが、そこで2人がこちらに背を向けて椅子に座っている金髪の女の子を挟んで左右から彼女の手を取って何やら言い合っていた。

「私は気付いたのよルナマリア、男が駄目なら女の子でも良いんじゃって!」
「何馬鹿言ってるの、あんたに私の可愛い妹を渡す訳無いでしょ!」

 左右から腕を掴まれて言い争われている女の子からは凄く迷惑そうな空気が漂っているが、振り解くような素振りは無くされるがままになっていた。2人の話を聞いていたシンは何を言ってるんだあいつらはと思ったが、その時いきなりメイリンが焦った顔で姉に声をかけた。

「ちょっとお姉ちゃん、貴女の妹は私でしょ!?」

 見ず知らずの女の子を妹認定してる姉の姿に、実妹が何を言ってるんだこの姉はという顔で大声をかける。するとルナマリアは振り返って大声を上げたメイリンをじっと見ると、それを鼻で笑った。

「私にメイリンなんて妹はいないわ」
「お姉ちゃんしっかりしてよ!?」

 正気じゃない人を見る目でメイリンは慌てふためいている。メイリンはこの姉が過労でとうとう壊れたかと思ったのだ。少女を奪い合うアグネスとルナマリアの戦いに私が妹だよと姉に縋りつくメイリンも加わってなんだか収拾が付かなくなったこの場にあって、シンはどうすれば良いのだろうと途方に暮れてしまっていた。

「俺はもう報告書作りに戻って良いかな?」

 多分聞こえてないと思ったが一応声はかけておこうと騒いでいるメイリンに話しかけたシンだったが、その声に反応したのはメイリンではなく、こちらに背を向けている金髪の少女だった。

「その声は、シン?」

 声に反応してシンを振り返った少女。金髪をボブカットにしたその顔を見たシンはその場に立ち竦み、信じられないという顔で絞り出すような声でその名を呼んだ。

「ステラ?」
「うん、シン!」
 
 シンの方はまるで幽霊でも見たかのような顔をしているが、呼ばれたステラという少女は振り返ったまま満面の笑顔でシンに頷いて見せた。2人の反応は余りに違い過ぎて事情が分からないメイリンでさえ何があったのとシンとステラと呼ばれた少女を交互に見ている。
 そしてようやく自分を取り戻したシンがステラに何かを言おうとした時、何時の間に左右に回り込んでいたアグネスとルナマリアに両腕をがっしりと掴まれて固められてしまっていた。

「ちょっと山猿、あんたこの娘とどういう関係。何で名前とか知ってるの?」
「シン、何で私の妹の名前を知ってるの。向こうで色々聞かせてもらうわよ」
「離してくれ、俺はステラと話があるんだ!」

 離せと叫んで必死に暴れるシンだったが、殺気すら感じさせる2人に完全に固められた腕は振り解くことが出来ず、アグネスとルナマリアは頷き合うと離せと叫ぶシンを引きずって尋問をする為に近くの建物の部屋へと消えていった。
 それを不思議そうに見送ったステラはどうしようという顔でまだ状況の変化に付いていけずに間抜けな顔で固まっているメイリンを見て、駄目そうと思ってシンが連れて行かれた建物を見た。

「シン居たけど、なんか少し違ったかな?」

 目の前の女性とご飯作ってくれた人は知らないが、ルナマリアはザフトで会った事がある。何時もレイと一緒に居たのに、彼はどうしたのだろうか。
 とりあえず話し相手が目の前でまだ固まってる女性しかいないので、ステラは彼女の服の裾を掴んで軽く揺さぶってやった。その衝撃でようやく我に返った赤い髪の女性ははっとした顔で周囲をきょろきょろと見回し、そしてステラを見て申し訳なさそうに頭を下げた。

「ご免ね、うちの馬鹿姉が迷惑かけたみたいで」
「ううん、気にしなくていい、慣れてるから」

 姉として迫ってくる人は初めてだったが、妹扱いしてくる不審者や婚約を求めてくる変な下級氏族はたまに居るのでステラは気にしていなかった。度を越せば過保護な姉の親友が動いてくれたので酷い目に合うような事も無かった。ただステラとしては自分の姉はフレイだけと思っていたので、ああいう迫られ方は困ってしまっていた。ちなみにソアラはメイドとしての上司という認識になっている。
 そしてメイリンはステラと向かい合うように椅子に座ると、手帳を出してページを開いてステラを見る。

「貴女がコンテナに入ってたっていう女の子だよね、少し話を聞きたいんだけど」
「……なんか、刑事ドラマの取り調べみたい」
「ああ、そんな堅苦しい話じゃないんだけど、そう見えちゃうかなあ」

 あはははと右手で頭を掻きながら笑うメイリンにステラは首を傾げて何を言えば良いのと聞いてくる。その仕草にメイリンは言葉に詰まり、そして大きく深呼吸して自分を落ち着かせた。

「ヤバいわこの娘、本当に可愛い。お姉ちゃんが壊れるのもちょっと分かるかも」

 庇護欲を誘うというか、とにかく守ってあげたくなる愛らしさがある。メイリンは姉がああなった理由に少しだけ合点がいって、でもだからって自分を居ないものにするのはどうなんだとブツブツ文句を言ってから気持ちを切り替えてステラに質問をすることにした。

「私はメイリン・ホークよ。それじゃあ、まず貴女の名前と何処の国の人かを教えてくれるかな」
「ステラ・ルーシェ、オーブに住んでるよ」
「ステラちゃんで、オーブ人と。今は学生さん?」
「うん、来年受験予定」

 受験と聞いてメイリンは学生か良いなあと自分の今の境遇との差に少し気落ちしてしまった。自分もまだ17歳なんだから遊びたい盛りなのに、プラントでは成人扱いとされて社会に放り込まれてザフトに入隊したのだ。プラントではなくオーブに生まれてれば自分もこんな学生生活をエンジョイしてたのかなあと、羨ましそうな顔でステラを見てしまう。
 なんだか雰囲気が変わったメイリンにステラがどうしたのかと思った時、いきなりシンが連れ込まれた部屋の扉が開いてシンの上半身が出てきた。その顔には恐怖と焦りが浮かんでいる

「た、助けてくれメイリン、殺される!」

 必死の形相でこちらを見て助けを求めたシンだったが、部屋の中から伸びてきた2本の手に両肩をガシッと掴まれると無理やり部屋の中へと引き戻されてしまい、シンの絶望の悲鳴を残してパタンと扉が閉じられた。
 黙ってそれを見ていたステラはあれは不味いのではとメイリンを見るが、メイリンはステラの視線を受けて首を横に振った。

「あそこに入ったら私たちも危ないから、今はシンを信じよう」
「見捨てるの?」
「シンなら大丈夫、凄く頑丈だから」

 自分に言い聞かせるようにうんうんと頷きながら言うメイリンに、ステラはジトっとした目でそれで良いのかなあと呟いた。





 その日の夜、メイリンは作成した報告書を手に重い溜息を吐いた。シンたちの交戦記録と姉から聞き出した、謎の武装勢力に加わっていると思われる2人の話、そしてステラから色々聞きだした話をまとめた報告書を作成したのだが、それは作った自分が言うのもなんだがただの妄想の箇条書きであった。
 ステラの話はどうにも要領を得ず、何を言っているのか良く分からない事があったが、頭が悪い訳ではないようでこちらの質問に対してその都度キチンと回答をしてきてはいた。ただその内容が独特というか、誰か解読して欲しいと思うような表現が時折混じるので話を理解するのに非常に時間がかかってしまった。まるで物凄く頭が良い舌足らずの子供と話しているような気分だった。
 
「どうしよう、ステラちゃんは自分を異世界からやって来たって思い込んでたし、お姉ちゃんの話だと敵は困ってる人を助けたいから手を出してきただけって話だし、こんなの出しても絶対信じてくれないよ」

 一応前回の事件に係る情報をまとめ上げた物なのだが、書いている自分でも眉唾物としか思えない内容なので提出しても呆れられるとしか思えない。だがこれが本当に集まった情報をまとめた物なので上げない訳にもいかない。メイリンは重い足取りでどうしようと思いながら遅くにやってきたアスランが居る部屋の扉をノックした。

 アスランの入れという返事を聞いて入室したメイリンは、極力表情を殺して彼の机の上に報告書を置いた。それを取ったアスランは黙ってメイリンの報告に目を通し、端末からメイリンが提出した映像記録を再生させる。それを見ていたアスランの表情がどんどん苛立っていくのが分かった。メイリンは表面的には無表情のまま内心で冷や汗をかいていたが、やがて全てに目を通したアスランは報告書を机の上に放ると、両手を机の上で組んで顎を乗せるてメイリンを睨みつけた。

「メイリン、一応聞いておくが、これは真面目に作った物なんだな?」
「はい、残念ですけど」
「…………これを信じろと?」

 異世界からやってきた女の子の話とかコンパスを撃退する様な武力を持った集団がただ助けたいと思ったからか戦場に介入してきたとかいう話を信じろと言うのか、と言ってくるアスランにメイリンは頷いてみせた。
 アスランはメイリンの事は信頼していたので彼女が嘘をつくとは思っていなかったのだが、それでもこの内容は流石に素直に信じられるものではなかった。ステラという少女の話とルナマリアの話を置いておいても、コンパスが交戦したという謎の武装勢力の戦力が異常過ぎる。

「ディスティニーに正面から対抗出来る謎の新型MSに、ルドラ、ヒルダたちが使うザク2機を寄せ付けない槍持ちの新型MSに、ルナマリアのゲルググメナースと互角にやり合えるウィンダムに似た新型MS、そしてこれらを運用する母艦、こんな物が実在すると?」
「映像記録はアスランも見た筈でしょ?」
「そうなんだが、流石に信じ難いぞ。特に最後のディスティニーの記録だと例の分身を見破られて小型機の体当たりを食らった後にミサイル攻撃で撃破されてる。分身をどうやって見破ったのかも分からないしディスティニーが何でミサイル3発で落とされる?」
「それについては調査中だけど、ディスティニーの破損状況と合わせると敵のミサイルはディスティニーのABシールドを完全に破砕して左腕部にも損傷を与えていたって」
「それこそあり得ないだろ、シールドやVPS装甲をMSが使うサイズのミサイルで破砕するなんて事がどうやったら可能なんだ!?」

 ルドラがニードルガンのような兵装でVPS装甲を無力化した事例はあるが、あれとは全く状況が異なる。どうやったかは分からないがこの武装勢力はVPS装甲を過去の物としてしまうような画期的な新技術でも持っているというのか。
 そのアスランの激昂に、メイリンは困った顔で一枚の写真をアスランの前に提示する。それはディスティニーの上半身の写真だった。

「これは?」
「ディスティニーの上半身に弾痕が見えるでしょ、これシンの報告だと新型の胸部から発射された機関砲弾に貫通された痕だって」
「VPS装甲をマシンガンで貫通したとシンが言ったのか?」
「正直私も信じられなかったけど、ディスティニーの機体からは貫通したと思われる砲弾も見つかってるから、本当みたい。砲弾は今分析中」
「本当にフェイズシフト技術を過去の物にしてるのか?」

 かつてヘリオポリスから始まったフェイズシフト装甲は実弾に対して無敵ともいえる防御力を提供してきた。だがそれを貫通してくるマシンガンや破砕してくるミサイルが登場してくるのならば時代は次の局面に入ったことになる。これまでに延々と繰り替えされてきた武器と防具の歴史における交代劇がまた起きたのだろうか。フェイズシフト装甲を破壊する武器が登場したのならば、防具もまた新たな技術革新を必要とする段階に入ったことになる。

 アスランは椅子に腰を降ろすと、疲れた顔で右手で眉間を揉み、そしてメイリンを見た。

「ディスティニーでも撃墜できる誘導ミサイルが登場したとなると、MSの時代の終焉が来たのかもしれないな」
「その可能性はあるよね。これまで誘導兵器が使えなかったからMSに価値があったのに、VPS装甲を破壊できる弾頭付けた誘導ミサイルなんて出てきたら昔の長距離砲戦時代に戻っちゃう」

 MSはNJによる妨害環境の中で初めて価値が生まれる、これが無ければジンは艦砲による長距離射撃に手も足も出なかっただろうし、ザフトは数で圧倒する地球艦隊の長距離ミサイル攻撃で何も出来ずに殲滅されただろう。ミーティアやヴェルヌもレーダーが使用できる環境でならちょっと速いだけの巨大な的でしかない。
 この武装勢力が使っている兵器は現在のMSを基幹とする兵器体系を崩壊させかねない危険な代物なのだ。



 この後、メイリンを下がらせたアスランはどうしたものかと改めて彼女の残した報告書にもう一度目を通している。異世界から来たとかいう話は眉唾だと思いたいのだが、別ルートから得ている情報と幾つかの箇所で奇妙な類似が出てきている。そしてそれは、アスランにとっても全く無関係なものでは無かった。

「トール・ケーニッヒにフレイ・アルスターか……」

 その名をアスランも知っている。直接知っている訳ではないが、4年前に自分が殺害したキラの親友と、キラが必死に守ろうとしていた女性である事の名だと。そしてフレイは守り切れずに目の前で殺害されたことも聞かされている。それが原因でキラは精神に異常をきたしまともな生活が送れなくなったことも。
 シンとルナマリアがユーラシアの町で出会って勧誘しようとした2人のパイロットがトール・ケーニッヒとフレイ・アルスターという人の良さそうな青年と赤い髪が印象的な女性であったと以前の報告にはある。そしてフレイという女性が先の戦いでウィンダムのようなMSに乗っていた事をルナマリアが確認している。そしてメイリンの調書ではステラという異世界からやってきたという少女はフレイお姉ちゃんを助けに来たと言っていたらしい。
 本当に馬鹿馬鹿しい話だが、この全ての情報を繋ぎ合わせると1つの可能性が出てきてしまう。この世界では亡くなっている筈の彼女とは別の、異世界のフレイ・アルスターがこの世界にやってきていて、彼女はルナマリアと同等かそれ以上の実力のパイロットでとんでもないお人好しであり、ただ守りたいからと他所の世界の戦いに介入してきてブルーコスモスと戦い、デストロイのパイロットの生体CPUを可哀想だから助けようとして、アコードの確保と生体CPUの始末に出向いたシンたちと戦闘になってコンパスを撃破して行方を晦ませたということになる。


 もし本当に彼女が異世界からやってきたというのならば、トール・ケーニッヒという青年も同じ可能性が出てくる。いや、その武装勢力がそもそも異世界からやってきた集団という可能性すら出てくる。別世界からやって来たというのなら、自分たちの全く知らない装備を使っている理由も説明が付く。
 そしてシンたちが追っていた最後のアコードはイングリッドという名のアコードで、ルナマリアの話ではフレイ・アルスターの助けたいという願いに2つ返事で手を貸すような人物だったらしい。だがそれは有り得ない。ファウンデーション王国の宰相付き秘書のイングリッド・トラドールの事はアスランも調査済みであり、彼女はアコードの中ではまともな方だがそんなお人好しなタイプではなく、与えられた役割を忠実にこなすだけの組織の歯車として動くタイプであり、自分の意見を持っていない人物という評価を下している。
 もしそのイングリッドが自分の知る人物と同じなら、この短期間で彼女の性格に大きな変化が起きたことになる。
 だがそこまで考えて、余りに馬鹿馬鹿しい妄想にアスランは失笑してしまった。

「この短期間でアコードを改心させた、か。その異世界とやらには非常に高度な洗脳技術でもあるのかな?」

 異世界などある訳が無いのに、何を馬鹿な事を考えているんだ俺はとアスランは頭を振って気を取り直すと、メイリンの報告書をデスクに仕舞い込んだ。流石にこんな馬鹿げた話をターミナル上層部に送る訳にはいかないので、もう少し情報が集まって改めて作り直すべきだと考えたのだ。
 それに、アスランは目下もっと大きな問題を抱えてもいた。

「カガリの奴は勝手に何処に行ったんだ?」

 何とも不機嫌そうに言う。半月ほど前からカガリがオーブから姿を消している。そのことを知ったアスランはオーブに戻って事情を確認したのだが、カガリは僅かな護衛を連れただけで急に旧ファウンデーション領の近くへと行ってしまい、そこで連れて行った供の者も置いて何処かに行って、そのまま帰ってこなかったというのだ。
 カガリは突然何処かに行くことがあるので最初は誰も疑問に思わなかったらしいが、それが長引いて流石に放っておくことが出来なくなり現地に連れ戻しに行った連中は、そこで待機を命じられたままどうする事も出来ずにいた護衛と合流することになったという。
 僅かに得られた情報ではカガリは出奔する前に現地に部下を派遣して何かを調べさせていたらしいのだが、彼女が個人的にやっていた事のようで何を調べさせていたのかなどは誰にも分からないでいる。
 結局アスランがオーブに戻って手に入れられたのはカガリが行方不明になって何処に行ったのかも分からないという、何の役にもたたない情報だけであった。自分をコンパスに派遣している間に勝手に何処かに行って行方不明になったカガリにアスランは怒っていたが、現状では打てる手が無いという事もあって仕方なくコンパスに戻ってきてみたら、コンパスは壊滅状態にさせられていた。無事といえるのはルナマリアのゲルググメナースくらいしかない。最初はまたシンが下手を打ったのかと思ったのだが、メイリンから上げられた報告で敵がそれだけの戦力を有していた事も分かり、怒りの持って行き場が無い状況だ。シンたちはルドラを確認して全力出撃したのに、そのルドラはコンパスとの戦いに参加することは無く、目的外の謎の敵と交戦して敗北を喫している。

「シンが乗ったディスティニーを撃破出来る戦力を持った武装勢力、か。そんな物が俺たちの敵として出てくるとはな」

 アスランとしては笑うしかない事態だ。それは1年前の自分たちであり、だからこそそんな勢力の出現をおかしいと切り捨てることが出来ない。自分たちが実際にやっていたのだ、他の誰かに同じ事が出来ないと誰が言えるのか。
 もしその武装勢力が自分たちと同じような大義を掲げて自分たちに向かってきたら、どうすれば良いのだろうか。あるいは自分たちが打倒されてオーブも炎の中に消え、次の時代が来るのだろうか。
 だが、そこまで考えてアスランは空虚な笑いを苦笑いへと変えた。これではまるで自分が悪者になったかのようだと思えたのだ。

「物語の悪役側になった時というのは、こういう気分なのかな?」

 ただ否定され、敗北していくだけの役割を与えられるとしたら、何とも面白くない話だ。もし負ける時が来たとしても精一杯に抗ってやりたい。
 とは言っても、問題は敵の戦力が侮れない事だ。シンのディスティニーを含むコンパスの4機を相手取って大きな被害を出さずに勝利を収めている相手だ。しかも向こうは作戦目的を達成したから撤退していっただけで、やろうと思えばこちらの4機を全滅させる事は十分に可能だったという。これにまだルドラが1機残っているのだから、仮に自分が加わってもこのルドラが出てくれば戦力差は覆せなくなる。しかもこちらは既に全力なのに、向こうにはまだ他の戦力がある可能性を否定できないのだ。
 この戦力差を覆すにはこちらにも相当の増援が必要になるが、それが何処から出てくるのかというと全く当てはない。先の戦いで大西洋連邦は大損害を受けているし、オーブもこちらにそこまで戦力を出せるわけではない。ザフトからは敵視されている恐れがある。

 面倒な事が増えすぎて、アスランは謎の武装勢力の調査はコンパスに任せようと決めると眠るために自室に戻る事にした。コンパスに手を貸して以来余り眠れていないので、いい加減に疲れが溜まっていたのだ。





 朝日が昇り、バクーの街を照らし出す。戦いが終わり、街が破壊される事を避けられたバクーの街では安堵と同時に聊か危険な空気も漂っていた。ブルーコスモスの襲撃を受けた事と役立たずだったコンパスへの苛立ちが相乗効果を発揮していたのだ。
 そんな何処か荒れた空気の漂う街を出ていくように1人の女性が荷物を手に早朝から街道を歩いていた。何処かでバスでも見つけたいところだが先の戦いの混乱でそれが望めるような状況では無く、仕方なく地図を頼りに隣の町まで移動する事にしたその女性は、ミリアリアだった。
 何時もの溌溂とした彼女とは異なり、その顔には焦りと憔悴が浮かび、疲れ切った酷い顔になっている。理由は簡単だ、あのウィンダムから聞こえてきたトールの声が彼女の心を搔き乱しているのだ。

「何処に行ったのよトール……私を置いていかないでよ……」

 過去の思い出にしていた筈の最愛の男性の声を聞いてしまった彼女は、乗り越えたと思っていた絶望の反動も相まって情緒不安定になっていた。せめて誰かに相談出来ればまだ良かったのだろうが、旧友のキラとサイはどちらも連絡が取れない。アークエンジェルのクルーはそのような相談を持ち掛けるような対象ではない。
 1人で世界中を飛び回るという彼女の職業も彼女に相談する相手が居ないという状況を作り出してしまい、1人で苦しみ続けたミリアリアはあの謎の部隊を探そうと動き出すことにしたのだが、不安定な精神状態と持ち前の行動力が合わさって暴走とも言える危うさを見せている。
 思い詰めた顔でバクーを後にして街道を歩いていたミリアリアは、ふと何処からともなく聞こえてくる歌声を耳にして足を止め、訝しげに視線を周囲に向けた。

「歌、こんな所で?」

 こんな戦場跡で一体誰がと思うミリアリアだったが、その歌声は不思議とささくれだった自分の心に染み込んでくるようで、彼女は足を止めて遠くから風に乗って聞こえてくるその歌声に耳を傾けてしまっていた。





 翌朝、アスランに命じられてメイリンは再調査を行うためにもう一度ステラの話を聞こうと彼女に与えられた仮設宿舎へと歩いていた。折角まとめた報告書をいとも簡単に駄目だしされて聊か落ち込んでいた彼女はオールバックにした髪を雑に整えただけで少し眠そうな目で歩いている。
 今の仕事をするようになって以来段々と女として不味い事になってきている自覚はあるのだが、こんな仕事をしているとそういう方面を気にする余裕が無くなるというか、気にする必要が無くなってしまうというか、すっかりその辺りの感性が摩耗してしまっていたのだ。
 
「ミネルバに乗ってた頃はもっと女の子してたんだけどなあ」
 
 なんでこんな事になってしまったんだろうとメイリンは我が身の不幸を呪ってしまった。そして視線を朝日に照らされる広場へと向けた。幾つかのコンテナが無造作に転がされたその広場はごく普通の野戦陣地の光景であったが、そこにロープで縛りあげられてミノムシのようになった、見覚えがある気がする男性が吊るされているのを見た時は少し悩み、そしてそのミノムシから視線を外した。
 
 「朝から変な幻覚が見えちゃったなあ、きっと寝不足で疲れてるんだね」
 
 広場の方からシンの助けを呼ぶ声が聞こえている気もするが、きっと幻聴に違いない。コンパスの現隊長があんな事になっている訳が無いのだ。
 
 
 
 ステラに与えられた部屋に行ってみたが、何故か彼女は居なかった。一体何処に行ったのかと部屋の前から離れて周辺の捜索を始めるが、この近くには居ないように思える。もしかして逃げられたのかと思い、焦りの色が表情に出る。アスランは最初から相手にしていなかったが、メイリンは彼女の持っている情報がこの良く分からない事態の解決の糸口になると思っていたのだ。
 メイリンが仮設基地を出てバクー市の方へと少し歩くと、風に乗って奇麗な歌声が聞こえてきた。この辺りは先のブルーコスモスの攻撃で被害が出た辺りで、破壊された家屋などがあちこちに見える。住民の犠牲は聞いていないのが救いで、地元住民が瓦礫を片付けて復旧に当たっている筈だったが、何故かそれらの作業をしている人が見られない。協力している筈のコンパスの人間も見えない。
 どうしたのかと思って歌声の聞こえる方へと歩いていくと、開けた所で箱を集めて作ったステージの上で歌っているステラが見えた。その周囲に大勢の人が集まっていて、誰もが楽しそうに彼女の歌を聞いている。メイリンもその輪の近くに歩み寄って、瓦礫に凭れかかってじっと聞き入っている。あのマイクとスピーカーは誰が用意したのだろうという場違いな疑問も浮かんだが、すぐにそれはどうでも良くなった。
 プロの歌手のような上手さは無い、でも不思議と惹き付けられるような歌声だ。誰かに教わったことでもあるのか、素人と揶揄するほど下手な訳でもない。
 この歌は何なのだろう、何故誰もが楽しそうに聞き入っているのだろうと思いながら。メイリンもその場を離れる気にはなれずに聞き入っていた。

「とても楽しそうに歌う娘だなあ」

 こんな時代に、どうしてあんなに楽しそうに歌えるのだろうか。そんな疑問を抱いていると、今度は聞き慣れたラクスの水の証を歌いだした。何処か物悲しさと覚悟を感じさせる歌の筈なのに、これも何故か聴いていて不思議と前を向こうと思わせてくれる気がしてしまう。あの娘は、一体どんな気持ちで歌っているのだろうか。





 風に乗って遠くへと流れる歌声は、コンパスの兵士が集まる基地や、周辺へと広がっていた。バクーの近くにある丘を走る道路脇に車が止まり、助手席から1人の女性が降りてくる。長いピンクの髪を押さえながら丘から歌声のする方を見下ろしているのは、行方不明になっている筈のラクス・クラインであった。運転席からはコンパスの元司令官のキラ・ヤマトが降りて車を挟んでラクスを見ている。

「どうしたんだいラクス?」

 キラは突然車を止めて欲しいと言い出した恋人に疑問をぶつけるが、ラクスはそれに答えずに目を閉じて風に乗って流れてくる歌声にじっと耳を傾けている。その様子にどうしたのかと思うキラだったが、彼もラクスに倣って歌声に耳を傾けると、それは歌声こそ違ったが何処かラクスの歌い方に似ていることに気付いた。

「これは、ラクスの歌に似てる?」
「……ええ、私の歌によく似ています。ですが、私の歌とは全く違う歌です」

 ラクスは誰かに歌の手解きをした覚えはない。彼女には教え子と言える者は居ない。だから自分を感じさせる歌声が聞こえてきてラクスは興味を抱いて車を止めて貰ったのだ。そしてじっと流れてくる歌声に耳を傾けていた彼女は、自分とは全く違う歌だと気付かされていた。

「何方に教わったのかは分かりませんけど、とても良い方に教わったのでしょうね。この歌はとても優しい歌です」
「優しい歌?」
「はい、とても優しくて、心から楽しんで歌っています」

 ラクスの言葉にキラは首を傾げた。ラクスの歌も優しい歌じゃないのかと思ったのだ。だがキラの疑問にラクスは少し悲しそうに答える。

「いいえ、私の歌はこの時代への悲しさや平和への祈り、鎮魂の歌です。そこにあるのは悲しさや決意なのです」
「……僕には良く分からないな」
「それは仕方ありませんわね、キラは歌手ではありませんもの」

 歌い手だから分かる違いなのですと言うラクスに、キラはそういう物かと思ってもう一度歌に耳を傾ける。改めて聞いていると不思議と心が軽くなるような気がしてくる。胸の奥が温かくなってくるようで、これがラクスの言う優しい歌という事なのだろうかとキラが思っていると、ラクスの戸惑ったような声がかけられてきた。

「どうしたのですキラ?」
「え、なにが?」
「キラ、自分が泣いている事に気付いていないのですか?」

 ラクスに言われてキラは頬に手をやり、涙が流れている事に気付いて少し驚き、右腕で目を擦って涙を拭った。

「はははは、何で泣いてたんだろ僕、全然気付いてなかったよ」

 自分でも全く気付かないままに泣いていた事にキラは戸惑いながらも誤魔化すように笑い、そして気恥ずかしそうに運転席へと戻ってラクスに声を掛けた。

「そろそろ行こうか、今日の宿を探さないとね」
「そうですわね」

 本当はバクーに泊まろうかと思っていたのだが、ここは最近戦場になったようでコンパスも近くに展開しているのが見えたので、2人はここを離れることにしていた。遠目にではあったがディスティニーが損傷しているのが見えてキラは何があったのかと思っていたが、彼はその疑念を押し殺している。もう関わるのは止めようと決めてラクスと一緒に逃げ出したのだ。そう決めたのだから、今のコンパスがどうであれ関わる訳にはいかない。
 戦いから離れて2人で生きていくと決めて、友人たちにも何も告げずに姿を晦ましたのだから。これからは新しい場所でゼロから新しい生活を始めるのだとキラは自分に言い聞かせていた。


ジム改 色々出てきた回になりました。
カガリ シン、強く生きろ。
ジム改 大丈夫だ、流離う翼のキラやアスランに比べればまだマシだ。
カガリ スコップでフルスイングで殴られても痛いで済む化け物と比較すんな。
ジム改 向こうのキラとアスランは人間辞めてるからな。
カガリ そして遂にキラとラクスが出てきたな。
ジム改 2人は愛の逃避行中です。
カガリ うちのキラとは別人のようにシリアスキャラやってるな。
ジム改 辿ってきた人生が別物だからな。うちのキラは割と初期から周りに頼ってるし、ホワイトベースに居たアムロくらいには恵まれてたから。
カガリ アムロってそんなに周りに恵まれてたのか?
ジム改 あの艦の乗員、みんな凄く良い奴らだぞ。アムロが最後まで人を信じたのもあの仲間たちのおかげだろう。
カガリ ラクスは自分の歌とステラの歌を違うと感じるんだな。
ジム改 実はこの辺は世界の違いに関わってくる問題でもあるんだけどな。
カガリ 世界の違い?
ジム改 ラクスの違いとも言える。
カガリ また面倒な事やろうとしてるな。そしてアスランはある意味常識的なのか?
ジム改 証拠突き付けられても異世界なんて受け入れられんわな。
カガリ メイリンは受け入れてるっぽいのに。
ジム改 ところで、あいつは何やってるんだ?
カガリ ああ、ちょっと深刻な問題がな。

キラ  先生、揚げ物を腹一杯食べ続けても健康を保てる方法を教えてください。
医者  貴方は何を言っているんです?
キラ  お願いします、このままだと命に係わるんです。
医者  まず揚げ物を止めましょう。
キラ  それが出来ないから聞いてるんです。

ジム改 …………
カガリ な、深刻な問題だろ。

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