第30章 大混乱
見た事の無い速い新型を相手にしていたヒルダは、落ち着きを取り戻して冷えてきた頭でこの謎のMSを観察していた。この新型と思っていたMSだが、改めて見てみれば最新鋭と言えるようなMSではない。確かに恐ろしいほどの性能だが個々の装備などは過去に使用実績が有る物ばかりだ。
かつて地球連合で実用化された技術が多く使われているようで、恐ろしく速い事と何をしても傷が付かない防御力を持っているが、確認できる範囲では謎の技術などは使われている様子が無い。信じ難い話だが、このMSは古い実績のある技術を組み合わせて恐ろしく高性能なMSに仕上げている。
武器は今のところ高周波系統の槍だけで、射撃武器のような物は使っていない。切り札として隠している可能性もあるが、牽制にも使ってこないのは変だ。まるで格闘戦以外何も考えていないかのような割り切りを感じさせるが、それだけに距離を詰められたら対抗が出来ない。自分が使っているハルバードも同じ高周波ブレード系の装備なのだが、斬り結べばこちらが削られてしまっている。装甲はPS装甲のようで実弾を跳ね返し、ビームはゲシュマイディッヒパンツァーで悉く反らせている。艦砲の直撃でもなければこの防御は破れないのではないかとヒルダは思っていた。
「一体誰が何処でこんなMSを作ったって言うんだい、アルバートみたいな天才が他にも居るとでも言うの?」
アルバート・ハインラインは能力だけなら誰もが認める天才だが、その扱い難さから何とかと紙一重扱いを受けてもいる。コンパスで使われている兵器の多くにも関わっていて、その能力だけは尊敬を受けている。
だが目の前のMSはザフトが関わっているとは思えない。むしろ大西洋連邦が独自開発していたと言われた方がしっくりくるMSだ。ただ枯れた技術の寄せ集めでこれだけの高性能機に仕立てているのだから、これの開発者はコンパスの技術者たちとは方向性が大きく異なる発想をしているようだ。そしてそれがヒルダに拭いようのない違和感を与え続けてもいる。
「地球連合系の技術で作られてる、そいつは分かるんだ。問題なのはこの異常な防御力だよ」
あの謎のウィンダムもそうだが、この武装勢力が使っているMSはとにかく防御力が高い。ヒルダの知る限りここまで防御力を重視した設計思想を持った勢力は過去に無かった。これまで存在を知られていなかった全く新しい勢力だとしても、ここまで設計思想が異なるのはおかしい。これまで存在した如何なる勢力とも繋がりが無い、完全に独立した国家規模の勢力が出現したとでも思わないと説明が付かない部分がある。
「撃破して持ち帰って調査できれば何か分かりそうだけど、流石に厳しいか……」
速く動き回ってこれまで見た事も無いほどに防御力が高い、そしてその機動力と防御力に物を言わせて距離を詰めて来て槍を振るってくる。やっている事はただそれだけだが、単純であるだけに崩す方法が無い。それと同時に、射撃戦を完全に捨てるという割り切った設計をしている事に驚きも覚えている。接近戦特化型のインフィニットジャスティスでもここまで割り切った作りはしていない。
ただ、相手をして見て分かった事がある。先のウィンダムもそうだったが、この新型は全てを対MS戦に全振りしているのだ。対艦などの他の要素を全て削ぎ落とし、ただMSを仕留める事に特化している。攻撃力はMSを仕留められれば良いという程度に抑えられ、リソースを他に回している。
「純粋な対MS戦の専用機ね、まるで大昔にあったっていう制空戦闘機じゃないか」
MSに限らず、兵器に対して人は汎用性を求めたがる。有事ならともかく、平時には専用機は扱いに困るからだ。MSには特にその傾向が強く、一部の局地戦専用機を別とすれば何かに特化させた機体を作ることは求められない。だが目の前のMSは本当に対MS戦しか考えていない。それも接近して槍で突き刺したり薙ぎ払う事しか攻撃手段を持っていない。これではMAや戦闘機の相手も難しいし、地上車両の相手も向いていない。対艦戦闘など論外だ。
だがそれだけに対MS戦では驚異的な強さを見せている。自分のザクファントムどころかルナマリアのゲルググメナースでも動きにはついていけないし、あの槍を防ぐ方法も無い。ビームサーベルで切りつけてもあの槍はビームの刃を受け止めてしまう。残念だが、あれの相手はシンのディスティニーでないと無理だとヒルダは理解できてしまった。だが、今そのディスティニーは他の新型を相手にやり合っていてこちらには来れそうにない。
「これでまだルドラが居るって言うんだ、本当になんなんだいこいつらは!?」
何処からこの新型は湧いて出てきたのだと、ヒルダは苛立ちを込めてその敵機を睨み付けたが、その時いきなりその新型がそれまで相手をしていたゲルググメナースを無視して他の場所へと向かってしまった。あまりに唐突な動きにゲルググメナースの放ったレールガンは何も無い場所を貫いていってしまう。
何処に、という疑問はアグネスの悲鳴によって答えが得られた。それまでアグネスは3機のダガーLと何故か残っている2機の戦闘機の相手を押し付けられていたのだが、どうにかダガーLの1機を切り離して仕留めようと動いた途端に突然こちらに向かってきた槍持ちに襲われ、大きく横薙ぎに振るわれた槍の柄で機体を吹き飛ばされていたのだ。
アグネス機を叩き落とされたのを見たルナマリアが激高して追撃に入るが、ヒルダはあの新型の動きの意味が理解出来ないでいた。何故あいつは目の前のルナマリアを放置して急にブルーコスモスの援護に回ったのかと。
ヒルダの疑問はダガーLの3人にも共通していたようで、突然助けに入ってきた新型に戸惑いを見せている。だがヴァンガードを駆って助けに入ったシンは周囲の困惑に気付く様子も無く3人に文句をぶつけていた。
「ちょっと、そんなボロボロのダガーLで無理しないでくれよ。後ろから牽制でもしてくれてれば良いんだって」
「だ、だが、それではお前が1機で3機を相手取ることに」
「それは気にしなくて良いから。もしあんたらが撃墜されたりしたら僕が後で大変な目に合うから!」
自分を信じてここを任せてくれたフレイだったが、それはこの場で戦う彼らの事も任せたという事だ。シンは自分が師と仰ぐあの赤毛の女性から叩き込まれた、彼女なりのエースの心得を思い出している。
「シン、本当に凄いパイロットっていうのはね、沢山敵機を落とした人じゃなくて、仲間を無事に連れ帰った人の事なのよ」
これはアルフレットに鍛えられたキースからトールとフレイに伝えられた、彼なりのエースパイロットの心得のような物だ。敵機を落とすことに夢中にならず1人でも多くの仲間を無事に連れ帰れ、それがエースの仕事だと教えられてきた2人はそれを実践するように努め、そして後継にもそれを伝えてきた。シンもそんな1人で、フレイの自慢の弟子なのだ。
だが、だからこそ分かってしまう。ここを任された以上、3機のダガーLを守る事も自分の仕事の内なのだと。もし彼らに何かあれば後でフレイにどんな目に合わされるか分からないのだという事も。
シンが見ている限り、彼らはナチュラルのパイロットとしてはそこそこ良い動きをしている。それなりに場数を積んだパイロットだという事が伺えるのだが、使っているMSがお世辞にも良い状態とは言えない。碌な整備もされずに使い続けていたようで素人のシンから見ても不安になるような代物だ。
そして相手のパイロットは間違いなくザフトのエース級だ。使っているのは大戦時にも見慣れたザクウォーリアだが、1機でダガーL3機とフライヤー2機を相手取って渡り合えるのだから、生半可な腕では無いだろう。それは先ほどまで相手をしていた新型やザクも同じで、ヴァンガードを使っているから戦えているがこれがウィンダムだったら厳しい戦いだっただろう。相手が常識外れの化け物級で無かったのは救いだった。
ただ、シンには1つだけ不満があった。それはHALがヴァンガードの性能をフルに使わせてくれない事だ。
「なあHAL、何で戦闘モードにならないんだよ?」
「シン、今の貴方では戦闘モードの機動には耐えられません。まず体を鍛え直してください」
シンにとっては甚だ不本意だったが、HALは今のシンをスキャンして戦闘モードを起動できる状態には無いと判定していた。戦争が終わって軍を抜けて学生に戻ったシンは、フレイと違って予備役として訓練を続けていたわけでもないので、成長して体は大きくなったのだが引退したスポーツ選手の如く体はすっかり衰えていたりする。
それでもコーディネイターとしての能力と過去の遺産でこれだけやれているのだから大したもので、戦闘モードではなくとも暴れ馬の代名詞のようなヴァンガードを使える時点で十分に凄かった。元々はキラでも使えなかった実用性ゼロの怪物をクローカーが強引にリミッターを組み込んでどうにか人間でも動かせるようにした機体だ。そこに世界で初めて制御AIのHALを導入して化け物級のパイロットでなくても動かせるようにしたのが現在のヴァンガードである。この状態でも使えるのはシン以外だとアスランやイングリッドくらいで、トールやフレイでは扱い切れない。
そして動かせるパイロットをHALが判定して問題無いと判断したらリミッターを外してヴァンガード本来の性能を解放する、これが戦闘モードとなる。こうなったヴァンガードの戦闘力は凄まじく、その強さは戦後にも伝説のように残って影響を残し、連合系の高級MSにはHALの廉価版のような制御AIが使われるようになった。
ただこの戦闘モード、アズラエルから改修の協力を求められたクローカーをして人間には扱い切れないと言わせるような代物で、それを発動させたシンに対しても当初は懐疑的だったほどだ。要するに大戦中のシンは人間を止めていたと言える。
そしてヒルダを困惑させていたこのヴァンガードの動きは、トールたちの援護に向かっていたフレイからは逆の評価を受けていた。大戦中のヴァンガードを良く知っているフレイは後方監視モニターでザクや新型の相手をしているヴァンガードの動きを見て、聊か不満そうであった。
「シンったら、ちょっと相手を舐めてない。 動きが妙に悪いわよね?」
大戦時のヴァンガードの動きはあんなものでは無かった。何と言うか、かなり動きを制限しているというか無理をしないようにしているように見える。手を抜いているのでなければ、MSから離れて時間が経ったから体が鈍っているのだろうか。
「鈍ってるのはありそうかも、私たちもだいぶ鈍ってたし」
私たちもまだ昔ほどは動けてないのだから、シンの動きが悪いのも仕方が無いのかもしれない。そう思ったフレイはシンも特訓かなと考えていたが、何かが接近してくる警告音に我に返った。見れば新しい2機のディフェンダーがこちらに飛んできてフライヤーに合流しようとしている。どうやらオニールに戻した2機の損傷機の代わりを送ってくれたらしい。
新品を送ってくれたのは有難いと思いながら注意をアスランとトールの方に向けたフレイは、不意に過った悪寒に悲鳴のような声でトールの名を叫んでいた。
シンは自分が追い込まれていることを理解していた。だが何でこうなっているのかが納得いかないでいる。アコードの使うルドラが相手ならまだ分かる。でもそのルドラを圧倒したディスティニーを使っていて自分が追い込まれているというのは納得できなかった。
「何でディスティニーに付いてこれるんだ、この新型?」
この新型はとにかく戦い方が鬱陶しい。ビームは全て逸らされるし、かといって格闘戦を仕掛けたら逆にこっちが翻弄されている。切り札のアロンダイトも失ってしまったし、ビームサーベルで切り合う事しかできないでいる。
認めたくは無かったが、技量に関しては向こうのが上だと受け入れるしかないところまでシンは追い詰められていた。機体性能ではこちらが僅かに勝っていると思うが、その差を技量で引っ繰り返されている。
加えてあのウィンダムのようなMSの援護もかなり厄介だ。あのマシンガンはVPS装甲すら抜いてくるし、接近戦でもまともにやり合おうとはしないが簡単に仕留められないだけの腕がある。その僅かな時間を稼がれることであの新型がこちらの死角から攻撃してくるので被害が積みあがるばかりだ。
こいつらのせいでアコードは仕留められないし、折角直したディスティニーはまた傷だらけになったし、また直すのにどれだけ時間がかかるかと思うと今から頭痛がしてくる。
「いい加減に、邪魔なんだよお前ら!」
シンが切り札を使用する決断をし、ディスティニーをリベレイターへと突貫させる。それを見たアスランは決着をつけに来たかと思ってビームサーベルを構え直したが、その眼前でいきなりディスティニーの姿が複数に分裂したように見えて目を見張った。
「なに、分裂した!?」
「こっちにもそう見えるぞアスラン、何だこれ!?」
分身などという現象は初めて見たトールが困惑した声を上げてガウスライフルを放つが、悉くが虚像を捕らえたかのように擦り抜けていく。これではどれが実体か分からない。アスランもこんな物は見た事が無いようでかなり戸惑っている。放った粒子砲のビームも敵機を捕らえる事無く空を貫いていく。
その分身がトール機の傍まで来た時、いきなりフレイの声がトール機のコクピットに響いた。
「トール、コクピットを守って逃げて!」
フレイの声に咄嗟にリアクターシールドをコクピットの前にかざして大きく後ろに機体を飛ばす。そこに実体化したディスティニーが現れて右手を突き込んできて、シールドが展開したバリアと触れて物凄いスパークを起こした。
盾の中の原子炉が爆発したのかと思うような衝撃を受けてウィンダムが吹き飛ばされたが、幸いにしてそれ以上の事は起きなかった。ただリアクターシールドからは原子炉停止とNJCの停止を知らせる警報が届き、シールドに異常が起きてNJCが停止し、シールド内の原子炉がNJの影響下に入って停止した事が示されている。盾の中に原子炉を仕込むなど大丈夫なのかという一抹の不安もあったのだが、NJCが停止すれば普段は邪魔なNJが勝手に原子炉を止めてくれるのだと分かって、場違いながらもなるほどと頷いてしまっていた。
そこでほっとした途端、体の複数個所から痛みが襲ってきた。見ればコクピットの中でも小規模な爆発が起きたようで破片がパイロットスーツに突き刺さっていて、幾つかはスーツを貫いて体にも食い込んでいるようだった。
一方の攻撃してきたディスティニーは突き込んだ右手を失ってしまっていた。デストロイの高エネルギー砲さえ防ぎきるエネルギーシールドを恐らく右手でぶち抜こうとしたのだろう。だがそれだけなら右手が蒸発するだけであんなスパークが起きるはずが無い。何かは分からないがリアクターシールドのエネルギーシールドに干渉する様なエネルギーが放出されたのだ。
ダメージを受けたらしいトールのウィンダムを背中に庇うようにアスランのリベレイターがディスティニーの前に現れて粒子砲を発射する。これは防ぎようが無いのでシンも慌てて退避して距離を取り、畳み込むタイミングを逃した。
それで一度仕切り直して再度勝負を挑もうとしたが、そこに横合からあの鬱陶しいマシンガンの銃撃が襲ってきて舌打ちしてディスティニーを下がらせるが、引いた先に銃弾の雨が襲ってきて慌てて左手のビームシールドを張りながら距離を取ろうとするが、まるで移動先が分かるかのように銃弾が襲ってくる。何時の間にかルナマリアから離れたフレイが近くまで来ていたのだ。
そしてフレイは機体をリベレイターの傍まで持ってくると、トールに無事なのかを尋ねた。
「トール、大丈夫、怪我してない!?」
「大丈夫だが、少し怪我したかな。怪我は大したことないけど、でもシールドが壊された。あと左腕も駄目だな」
「そう、良かった」
フレイが安堵の声を漏らし、アスランもこれで退こうかと考えたとき、いきなり傍に現れた強烈な殺気に背筋を震わせてそちらを見た。
「……許さない」
「フ、フレイ、どうした?」
「……許さない。トールを殺そうとして、幾らシンでも許さない!」
「ま、待てフレイ、ここは撤退を……」
珍しくブチ切れているフレイを止めようとアスランが声をかけるが、それが間に合わずフレイの傍にいたフライヤー2機とオニールから管制を回してもらったディフェンダー2機をディスティニーへと振り向ける。
襲われたシンの方も攻撃されたからにはとばかりに再度突撃してきて、もう一度多重分身を発動させる。どれが実体だとアスランが粒子砲を向けるが、それをフレイが制した。
「待ってアスラン、どうも変よ!」
「変?」
「全部に気配があるけど、全部に実感が無い。こんなのは初めてだけど、どれに撃っても当たる気がしないの!」
「な、何だそれは?」
どういう機能なんだとアスランは思ったが、そうなるとこの状態のあのMSは撃墜出来ないことになってしまう。このままではさっきのトールみたいに気が付いたら懐に入られていたなんてことになりかねない。
「まあ、何時までもやれる芸当じゃないだろうな。近付かれるのを警戒しながら待つか?」
「それも良いわね。踊るのに疲れたら止まるでしょうし」
こちらから干渉出来ないなら向こうからも干渉は出来ない、ならば向こうが躍るのを止めて実体に戻るのを待てばいい。2人はそう判断すると近くにディスティニーが出現するのを待った。あんな芸を見せているのだから距離を置いて砲撃戦を仕掛けて来る訳が無いからだ。
トールを庇いながら警戒を続ける2機の周囲を4機の小型機が旋回しながら回っている。何処から来るかと周囲の気配を探っていると、真っ先に何かに勘付いたフレイが咄嗟にアスランの傍の空間に向けてディフェンダーを突っ込ませた。
実体化した途端にエネルギーシールドを展開して突っ込んできたディフェンダーの体当たりを受けてディスティニーがリベレイターの傍から弾き飛ばされた。実体化を読まれたことにシンは驚いたが、その直後にウィンダムから6発のミサイルが発射されて放物線を描きながらこちらへ向かってくるのが見えた。シンはそれを頭部の機関砲で落とそうとするが、驚いたことにその銃撃をミサイルがスラスターを吹かせて横滑りして回避し、まるで意思があるかのように軌道を変えて襲い掛かってくる。
「なんだ、ミサイルじゃなくてドラグーンなのか!?」
あるいはディスティニーのフラッシュエッジのようなドラグーン型の物理攻撃兵器かだ。どちらにしろ厄介だと思ってさらに銃撃を加えて3発を撃墜したが、残る3発が左側から襲い掛かってきて左腕のABシールドで受け止めた。シールド表面で爆発するのを覚悟したが、3発のミサイルは爆発するのではなくシールドに突き刺さってきた。何がと思う間もなくワンテンポ遅れて大爆発が起こり、受け止めたシールドを粉々に破砕してその向こうに居たディスティニーの左腕前腕も損壊させて爆発の余波で吹き飛ばしてしまう。
それでもまだシンはディスティニーを立て直して仕切り直そうとしたが、素早く距離を詰めたアスランがそれを許さなかった。姿勢を立て直そうとするディスティニーの背中の翼の左側をビームサーベルで切り落とし、蹴りを入れて地上に向けて蹴り落してしまう。
推進器まで破壊されそのまま落ちていくディスティニーにルナマリアのゲルググメナースが全力で近寄って機体を掴み、戦場から離脱していく。それを見たフレイは気が晴れたのか、やっと殺気を消した。
「まあ、ルナマリアさんに免じてこれで勘弁してあげるわ」
「お前、今どうやって実体化に気付いたんだ?」
「え、気配が普通になったと思ったからここに来るって感じた所にぶつけただけだけど?」
「……何で俺たち、こんな化け物みたいな奴らと戦ってたんだろうな?」
聞いた話ではアークエンジェル隊にはこのフレイ以上の空間認識能力者が居たという。味方としての視点で見てしまうとどう見ても超能力の類としか思えず、知らずにこんなのと戦っていたのかと思ってしまったのだ。
だがフレイはアスランのボヤキに不機嫌そうな声を返した。
「ちょっと、誰が化け物よ。私これ使ってもキラやアスランには勝てないんですけど」
「頼むからナチュラルが俺やキラ相手に届いてる時点でおかしいと思ってくれ」
イングリッドの話ではこちらの世界の空間認識能力は本当にドラグーンなどが使えるようになる程度で、フレイたちのような超能力じみた力は持っていないらしい。そんな力を持たないのにフレイと同格に居るトールは何なのかと思うが、所謂天才という奴なのかもしれない。しかも質が悪い事にどちらも努力型であり、前闘った時よりも強くなって現れてくるのだ。
これで撤退できると思ったアスランだったが、その時視界にディスティニーが捨てたアロンダイトが入ってしまい、しばし考えたアスランはリベレイターを地上へと向けた。それを見たフレイがどうしたのかを問う。
「アスラン、何してるの?」
「いや、ちょっとお土産を持って帰ろうと思ってな」
そう答えてアスランは地上に落ちているディスティニーのアロンダイトと、切り落とした推進器の翼を抱えてフレイたちの元へと戻っていった。そんな物を持ち帰ってどうするのかとフレイが問うと、アスランはカガリが金策に困っていたからこの世界の技術資料を持ち帰れば代金代わりになるのではと答えた。それを聞いたフレイは呆れると同時にアスランの機転にちょっと納得してしまった。
「手癖悪いわねえ。でも、確かにカガリは喜ぶかも。アズラエルさんだったら喜んで買ってくれそうだし」
「だろう、だから片方持ってくれないか」
「……はいはい、分かったわよ」
仕方なくフレイのウィンダムが手を差し出し、リベレイターからエクスカリバーを受け取る。それを改めて見たフレイはよくこんな大きな対艦刀を振り回せるなとディスティニーのパワーに驚きを覚えていた。
ディスティニーを完全に戦闘不能に追い込んだことでアスランとフレイはトールを守りながらオニールへと戻っていき、それを見たシンもザク相手の手加減した戦いを切り上げて逃げにかかった。
「おっし、お仕事完了っと。そっちのダガーLも付いてくるんだよな?」
「本当に良いのか?」
「さあ、僕は事情は知らないから。あの人たちが良いって言ってるんなら良いんじゃないの?」
考えるのはフレイさんの仕事だし、と言い切るシンにダガーLのパイロットは本当に大丈夫なのかと不安になったが、もはや戻ることも出来ないと諦めて付いていくことにした。
撤退していく槍持ちとダガー3機を見送ったヒルダとアグネスは屈辱に顔を歪めていた。あの槍持ちが理由は分からないがこちらに致命傷を与えないように気を使いながら、手加減して戦っていたことに気付いていたからだ。
だがその手加減された状態で自分たちは圧倒されていた。あの槍持ちが何なのかは分からないが、ザクを遥かに上回る高性能機なのは間違いなく、パイロットの技量も恐ろしい物だったことは分かる。
「何なのよあいつらは、何処にあんな化け物じみた連中が居たのよ!」
「まさか、シンのディスティニーまで撃破されるなんてね」
あのルドラさえ圧倒したディスティニーが目の前で袋叩きにされて撃破されたのは共に戦ったヒルダには実際に目の当たりにしても信じ難い光景だった。特に分身を解除した瞬間に小型機が突っ込んでいったのは意味が分からない。まるでそこに実体化すると分かっていたかのようなタイミングで突っ込んでいたように見えた。
だが、シンが敗れた以上に訳が分からないのは連中が使っていたMSだ。どれも異常なほどに防御力が高い。MSは全て何らかのソフトキル防御スクリーンを展開させていてビームを曲げてくるし、ビームシールドも装備している。ウィンダムは固定装備としては持っていないようだったが片方が非常に強力なビームシールドを使っていた。更に装甲自体も頑丈で上手くビームが命中しても効いていなかった。極端に対ビーム防御が充実しているように見えるが、対弾防御も高い可能性がある。
設計思想がこれまで見てきたザフト、地球連合、オーブの何れにも属さない、全く別の勢力のそれに思える。何処かに自分たちの知らない国家規模の勢力が存在するのか、ターミナルのような連中が他にも存在するのかは分からないが、パイロットもMSもとにかく異常としか言えない連中だった。
「とりあえず、一度私たちもシンとルナマリアに合流するよ、付いてきなアグネス」
「……くそっ、了解!」
不承不承という態度を露骨に出してアグネスもヒルダに従った。悔しいがこちらのザクももうボロボロだ。あの槍持ちの新型は器用にこちらに致命傷を与えないように機体を刻んでいたのだ。プライドの高いアグネスといえどもここまで一方的に、それも手加減された上での大敗とあっては流石に折れてしまったのだろう。
オニールに戻ったアスランたちは駆けつけてきた救護班にすぐにトールを預けた。コクピットから出されたトールの体には幾つもの破片が刺さっていたがトール本人は元気そうであり、出血も少ないようだったから2人は安堵していた。
ストレッチャーに乗せられて運ばれていったトールを見送った2人がイングリッドたちはどうしたのかを確認しようとしたとき、格納庫内に警告音が鳴り響いてエレベーターが動き出した。上部甲板からヴァンガードが降りてくるのが見えて、どうやら遅れていたシンが戻ってきたのだと察した。エレベーターはその後3度上下し、ダガーL3機も艦内に降ろしてくる。
全機の収容を完了したオニールは推進器を吹かして加速を開始し、この場からの離脱を開始する。どうやらマリューかカガリかは分からないがカスピ海に潜むのを止めて移動することにしたらしい。
フレイは降りてきたシンを見ると、困った顔で駆け寄ってくる彼を迎えた。
「全く、こんな所にまで来ちゃってこの子は」
まるで親戚の子供にかけるような感じで話しかけるフレイに、シンは得意げに笑って返した。
「でも助かったでしょ。結構苦戦してたじゃないっすか」
「それは有難かったんだけど、お母さんたちにはちゃんと話してきたの?」
「そこはちゃんと話してきましたよ。母さんもマユも納得してくれました」
2人も納得してますと言われたフレイはもう何も言えなくなり、諦めた顔で肩を落としてしまった。フレイとしては17歳の学生を戦いに巻き込むことに強い罪悪感を抱いているのだが、シンは全く気にしていないようでフレイの無駄な気遣いとなってしまっている。
そしてフレイはしょうがないかという顔でもう一度シンを見て、アスランに彼を紹介した。
「アスラン、彼はシン・アスカ。貴方にはヴァンガード、槍持ちのパイロットと言えば分かるかしら?」
「ああ、俺には天敵みたいな相手だったからな。俺はアスラン・ザラだ。大戦時は敵同士だったが、今回は仲間になるな。よろしく頼む」
アスランが差し出した手に、シンは躊躇を見せる。彼もアスランの名前は知っていたし、アークエンジェルに来た時に顔を見ている。オーブに侵攻してきた部隊の主力を務めていて、脱出時にフレイを撃墜した事も知っているので、素直に握り返すことが出来ない。
シンの顔を見たフレイがどうしようとアスランを見るが、アスランは小さく首を横に振った。誰もがトールやフレイのように振舞える訳ではないと分かっているのでアスランも仕方なく手を引こうとしたが、その手をシンが掴んで強く握ってきた。
「色々言いたい事はあるけど、あんたがザフトに捕まってたステラに良くしてくれたり母さんや妹を引き取る時に力を貸してくれたのは聞いてるんだ。だから、その……よろしく」
「ステラか。治療は成功してフレイに引き取られたのは知ってるしパーティーで再会もしたが、元気にやっているのか?」
「今は一緒に学校に通ってるよ」
「そうか、なら良かった」
フレイやカガリが生体CPUを助けるのにあれだけ拘ったのもステラの事があったからだ。あの不思議な少女もまた2人には大きな存在となっていて、今は元気に学生生活をおくっている。それは素直に喜べる話だった。特に、この世界では彼女は亡くなっていると聞かされた今では余計にそう思えてしまう。
蟠りはあっても歩み寄ることを選んだシンをフレイは頼もしげに見ている。昔だったら食って掛かっていただろうに、今はこうして自制してくれている。自慢の教え子の成長を見れたフレイはそれがとても嬉しかった。
そしてアスランとフレイはダガーLから降りてきた3人のブルーコスモスのパイロットへと歩み寄った。彼らはシンとは異なりこちら側の世界の人間なので、整備兵たちも警戒していて警備兵が銃を手に囲んでいる。
居心地悪そうに周囲を見ている彼らに、アスランは無事に来れたようだなと声をかけた。
「生きてここに来れたようだな」
「ああ、言われた通りにな。なあ、この艦は一体何なんだ。大西洋連邦の紀章があるけど、あんたらが大西洋連邦軍には見えないんだが?」
「悪いが、その辺りは話せないんだ。俺たちはこれから艦長にお前たちの事を話してくるから、処遇が決まるまで何処かの部屋に居てもらうぞ」
言われて3人が頷くのも見て、アスランは警備兵に適当な空き部屋に入れておくように頼んだ。ついでに食事でも出してやってくれと付け加え、警備兵たちが頷いて3人を別室へと連れて行く。それを見送ると、アスランとフレイはシンを連れて艦橋へと向かった。
この戦いは大勢の目の前でコンパスが敗北した戦いとなると同時に、コンパスとは別に理由は分からないが戦いを止めようとする謎の第三者的な勢力が存在することを人々に見せ付ける結果となってしまった。
戦いが終わった後、地上に降りたコンパスの4人は事情を尋ねにアゼル自治州の自治政府を尋ねたが、彼らはそこで周囲からあからさまな敵意を向けられる事になった。今回のコンパスの来援は全く間に合っておらず、あのタイミングではバクーはデストロイの砲撃で完全に破壊されていただろうことは想像に難くない。
それを理由は分からないが防いでくれて、ブルーコスモスの部隊も撤退させてくれた謎の武装勢力にコンパスは襲い掛かった挙句に敗退したのだ。彼らの目には役立たずどころか余計な事をしてくれた邪魔者にしか見えていないだろう。
勿論コンパス側にも言い分はある。ルドラと行動している武装勢力など放置しておけるはずが無いし、そうでなくともあれだけの戦力を保有する武装組織を放置できる訳が無い。あの良く分からないウィンダムは大西洋連邦に照会したがそのようなMSは存在しないとの回答が来ていて、本当かどうかは分からないが謎の新型機や艦艇も含めて大西洋連邦は一切与り知らぬものだと言ってきている。
現在はコンパスの指揮下にある地上部隊が被害者の救助や周辺の捜索を行っているが、自治政府がこの様子では彼らの方も協力は得られていないだろう。パイロットスーツのままでシンは中破したディスティニーの足元で座り込むと、右手でディスティニーの足を殴りつけた。
「何なんだよあいつらは。ルドラが居たってことはアコードが居たんだぞ。それが人助け? 生体CPUを助けたかった? 何がどうなってるんだよ?」
ルナマリアはあのウィンダムみたいなMSはトールさんとフレイさんが使っていたと言っていた。あの戦いの最中にフレイさんと話して事情を尋ねて、信じられないけど本当にただの善意で街を守って生体CPUを助けようとしていて、ただ善意でアコードを脱出ポッドから助けてそのまま旅の仲間として迎え入れていたと言っていたらしい。
困ったことにシンもあの2人には会って話しており、良い人たちだとは感じていた。それがここで敵に回って戦うことになったのは運命の皮肉だったが、どうしてアコードがと思ってしまう。あんな奴らと手を組めるはずが無いと思うのに、そのアコードは、青い髪の女で確かイングリッドと名乗っていた女はその善意の行動に快く協力してくれたらしいが、信じられる話では無かった。
だが、そのイングリッドが生体CPUの少女を体を張って守ろうとする姿をルナマリアは見たと言っていた。信じ難い話しだったが、ルナマリアが嘘をつく理由も無い。ルナマリアの言葉ではないが、本当に何かがおかしい気がする。何か、何処かで何かが狂ってしまったような、そんな違和感をシンは感じていた。
何がどうなってるんだかとディスティニーの足元で頭を掻いていると、いきなり聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「あ、居た居た、シンーーー!」
「この声は、メイリン?」
声のした方を見るとメイリンがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。何故かコンパスの制服を着ている。
「メイリン、どうしたんだその恰好?」
「えへへ、今回はコンパスの肩書で調査に参加ってことでね。それより、なんだか面倒な事になってるんだって?」
「ああ、ちょっと訳が分からないことにね」
「ふうん、それで私に調べてこいって話が来たのか」
「でも調査って言っても、連中の痕跡なんて残ってないぞ?」
「それを探すのが私の仕事なの。でも、本当に何があったのよ」
メイリンは信じられないという顔で中破したディスティニーを見上げる。強固な筈のVPS装甲にはあちこちに貫通した弾痕があり、右手は溶解したような状態で左腕は二の腕から吹き飛ばされている。両腕を集中的に傷付けられたようだが、シンが乗っているディスティニーがここまで痛めつけられるとはどういう敵だったのだ。
シンを見ると、こちらは悔しそうではあるがそれ以上に納得出来ないという顔をしている。あのシンがここまで真面目に考えるとは珍しい事もあるものだとメイリンは少し驚き、本当に何があったのかと思ってしまった。
コンパスの地上部隊は周辺の捜索で妙な物を発見して回収していた。それはオーブの国籍マークが入っているコンテナであったが、コンパス側の知る限りではこのようなコンテナはオーブでは運用されていない。
短時間の飛行能力と水上での浮遊を考慮された装備がされているのになぜか地上に落ちていたそうで、2つのコンテナが発見されてどちらもコンパスの宿営地に運び込まれている。この謎のコンテナを前に面倒くさそうな顔でアグネスは爆発物処理班の仕事を見ていた。
「たく、何で私がこんなことしなくちゃいけないのよ」
ファウンデーション戦以来、何もかも上手くいかないことばっかりだと愚痴るアグネス。それでもこうして現場に復帰してからは文句を言いながらも役割は果たしている。今もこうして正体不明の謎のコンテナを解放しても大丈夫か調べる作業の監督をしているのだ。
調査を行った結果コンテナに爆発物は仕掛けられていないことが分かったので開けてみることになり、作業員たちがコンテナのロックを解除していく。そして解放されたコンテナの中にはなぜか大西洋連邦軍の制服が詰め込まれていた。
大量の制服を見たコンパスのメンバーは暫し二の句が告げず固まっていて、アグネスも何これと呟いて硬直してしまっている。てっきり何かの軍事兵器でも入っているかと思っていたのに、入っていたのはただの着替えだ。まるで軍の普通の補給物資のような中身が逆に予想外過ぎて誰もが反応に困っている。
そしてもう片方を開けてみたら、こちらはオイルなどの整備に必要な油脂類が入ったコンテナであった。これも必要な物なのだろうが、別に珍しい訳ではない。
一体なぜこんな謎のコンテナにありふれた軍の補給物資が入っていたのか、それが分からないアグネスはコンテナから崩れてきた軍服の上に腰を降ろしてなんて報告すれば良いのかと考えていると、この服の山の中から声が聞こえた気がして服の山を振り返った。
「え、誰かいるの?」
軍服の山を見ていると、微かに動く場所がある。一体何がと思ったアグネスがその辺りの軍服の山を引っ張って崩すと、中から白のワンピースを着て印象的な金色の髪をボブカットにした少女が出てきた。
「な、何、この娘?」
なんで軍服の山から女の子が出てくるのだと思ったが、流石に放置するのもどうかと思ったアグネスは軍服の山からその少女を引っ張り出した。周囲の者もアグネスが引っ張り出した少女に気が付いたのか何事かと集まってきたが、その時いきなりアグネスの方から大きな腹の虫が鳴る音が響き渡った。
「わ、私じゃないわよ!?」
周囲の視線が集まるのを感じたアグネスは顔を赤くして否定したが、その時また腹の虫が鳴る音が響き渡った。その音の出所を見ると、先ほど引っ張り出した女の子が気絶しているのではなく目を回しているのに気づいた。
「ふにゃあああああ~」
「えっと…………この娘、もしかしてお腹が空いて目を回してるとか?」
どうしたら良いのよという顔でアグネスは周囲を見回したが、誰もが露骨に顔を背けて関わろうとしてこない。もしかして自分がこの娘を連れて行かなくてはいけないのかと思ったアグネスは物凄く面倒くさそうな顔になったが、遂にがっくりと肩を落としてその女の子を背負い、何で私がこんな事をとブツブツ言いながら天幕の方へと歩いていった。
宿営地の椅子に腰かけて天幕を見上げていたルナマリアは、どうしたら良いんだろうとじっと考えていた。フレイたちの存在が本当に何なのかが理解できない。何処からあんな艦艇を持ち出して高性能なMSを何機も用意できたのだろうか。ディスティニーと張り合える性能のMSがその辺で作れるはずは無いと思いたいが、困ったことにそういった問題をあり得ないと言い切れない実例がこの世界にはある。ラクスたちだ。
ラクスたちはかつて各国から盗用したデータをもとに独自にストライクフリーダムやインフィニットジャスティス、ドムトルーパーなどを秘密裏に建造していたことがあり、一部の傭兵の中にもおかしな装備を所有している者が居るという。謎の軍事組織が独自に艦艇や超高性能機を所有して好き勝手に暴れているというのは前例があるのだ。
結果的に彼女らは勝者となって世界を救ったということになったから問題にはなっていないが、いざそれが敵対組織として出てきたらただ厄介なだけでしかない。しかも戦いに出てくる理由がラクスたちとは異なり、平和とか正しさみたいな分かり易いお題目ではなく、ただ誰かを守りたいからという個人的な物で動いている。
でも、どんなに厄介でも、また出会ったら戦わないといけないとしても、ルナマリアには彼女たちが眩しく見えてしまっていた。
「世界平和の為にじゃなくて、誰かの為にかあ。不謹慎なんだろうけど、ちょっと憧れちゃうよね」
一度くらいそんな理由で戦ってみたいし、誰かにそんな理由で守られてみたいと思う。そこでシンの顔を思い浮かべたが、すぐにあいつに期待しても無駄ねと諦め顔で妄想を振り払った。そしてそろそろ動くかと思って椅子から立ち上がると、何処からか良い匂いがするのに気づいた。
誰か料理でもしているのかと思って天幕の外を見ると、持ち込まれたフィールドキッチンでアグネスが何かしているのが見えた。
「あれ、何してんのアグネス?」
「はあ、見りゃ分かるでしょ。料理よ」
「……あんた、料理なんて出来たの?」
訝しげな顔でルナマリアはアグネスの手元を見たが、彼女は見事な手捌きで包丁を扱い具材を刻んでいる。どう見ても素人のそれではない技術にルナマリアが呆然としてアグネスを見ると、アグネスは勝ち誇った顔で教えてくれた。
「ルナマリア、私は男を落とす為なら努力は惜しまないってこと忘れた?」
「……あんたのそういう所だけは尊敬するわ」
その努力をもうちょっと人間関係とか他人への配慮とかに向けてくれないかねと思うのだが、こいつにそんな事を期待するだけ無駄だというのは分かっているので今更何も言う気は無かった。
だが、何で料理をしているのかと思って食堂を見ると、近くに席に座って目の前に置かれた大皿に盛られたパスタに美味しそうにがっついている金髪をボブカットにした可愛い少女が居た。いや、年の頃は自分と同じくらいだろうか。でも少し年下に思える。
「誰よ、この娘?」
「私にも分かんないのよ。例の発見されたコンテナを開けたら軍服が詰まってて、その軍服の中に埋まってたのよね」
「どんな状況よそれ?」
変なコンテナが見つかったのは聞いていたが、何でそれから女の子が出てくるのだ。また妙な事が起きたと思ったルナマリアは溜息を吐いてその少女と向かい合うように席に付き、肩肘を付いて右手に顎を乗せて少女を見る。本当に美味しそうに食べる少女だ。あの大皿の料理がみるみると消えていく。一体何処に入っているのだと思うペースだがそれだけお腹が空いていたのだろうか。
「……こうやって見ると、かなり可愛いわねこの娘」
美味しそうにもぐもぐと食べている姿を見ていると何と言うか和む気がして、ルナマリアは楽しそうにその少女を眺めていた。何となく昔にどこかで見た気もするが、気のせいだろう。
ルナマリアが楽しそうに少女を見ていると、そこにどんと音を立てて別の鉄鍋が木の板の上に置かれた。先ほどアグネスが作っていた料理だ。
「はい、キノコと野菜とベーコンのアヒージョね。パンはこれ使って頂戴」
アグネスが切った黒パンを軽く焙ったものが入ったバスケットを置き、自分も少女の隣りに腰掛ける。そして小皿にアヒージョを掬って入れるとオリーブオイルにパンを浸して口にした。
「うん、我ながら良く出来てる」
「へえ、美味しそうね。私にも頂戴」
「……あんたはもう昼飯食べたんじゃなかった?」
「良いのよ、お腹空いたんだもの」
肩を竦めるルナマリアの前に器を置いてやり、ルナマリアが嬉しそうに自分もアヒージョを掬って入れてパンを漬けて口に運んだ。口の中に広がる具材とニンニクの香りにルナマリアが目を見開く。
「嘘、本当に美味しい!」
「どういう意味よ?」
「あんた本当に性格以外は凄いわね」
まあその性格というか素行の悪さで色々台無しなんだけどねと呟いてルナマリアはパンを口に運ぶ。本当に誰かこいつを一途にさせるような男でも出てきてくれないかと思いながら、久々の美味しい食事にルナマリアは頬を緩めていた。
アグネスはルナマリアの言葉に不機嫌そうな顔になったが、それに何か言い返すことはせず自分もパンを口に運ぶ。そして少女もパスタを食べ終えたようで自分もアヒージョを取って美味しそうに食べ始めた。+
そしてアヒージョも食べ尽くしてようやく満足したのか、背凭れに体を預けて隣のアグネスに礼を言った。
「ああ、美味しかった。ありがとうお姉さん」
満面の笑顔で礼を言われたアグネスは最初呆けたような顔をしていたが、すぐに我に返ると少し顔を赤くしてこれくらい気にしなくていいと早口に捲し立ててパンを頬張った。それを見たルナマリアが意外そうな顔になり、そして面白そうな顔で少女に私もお姉さんて言ってと頼んだ。
「ねえ、私にもお姉さんて言ってみてくれない?
「何言ってんのルナマリア、あんたには妹がちゃんと居るでしょうが?」
「良いのよ、減るもんじゃないんだから」
呆れた声で言ってくるアグネスにお遊びよという感じで返すルナマリア。だが頼まれた少女は、昔にユウナに教えてもらった一部の特殊な人たちに対するやり方で良いのかと考えていた、昔にシン相手にやったら暫く帰ってこなくなったので極一部の問題が無い知人以外には使わないでいたのだが。
「ありがとう、ルナお姉ちゃん」
ユウナがお遊びで、庇護欲を誘う容姿を生かして少し上目使いに甘える感じで言ってみると良いよと指導したそれは、ルナマリアとアグネスの中の大切な何かを壊してしまった。
ジム改 コンパスは敗北しました。
カガリ ガチにフルボッコにされてるじゃないか。
ジム改 流石に1対1だとアスランでも勝てないし。
カガリ そういや分身には全く対処出来てなかったな。
ジム改 単純な技量はアスランのが上だから、あの手の特殊攻撃と奇襲技を使われなければ勝てるんだが、使われるとアスランだけだと詰むんだ。
カガリ なのにフレイがシンをぼこぼこにしてるし。
ジム改 NT相手にこの手の能力は鬼門なんだ、あいつら気配と殺気と予知で戦ってるから。
カガリ 逆にNTの弱点ってなんなんだ?
ジム改 無人機と流れ弾。NTは殺気とか気配を感じて動くんだが、そういう物が無いと何も感じないから。小説版アムロもこれで撃墜されたし。
カガリ 弱点になる物を自分で使ってるじゃんか。
ジム改 まあ平行世界が公式化されたから、これでこれまで扱いに困った話は全部別世界で済むようになったな。実はカミーユも小説だと壊れて死亡、TVは壊れて生存、劇場は壊れずに生存と媒体ごとに運命がバラバラだったんだが、これからは全部平行世界で済む。
カガリ いよいよ何でもありか。
ジム改 でも過去作の再利用が劇的に楽になるぞ。アクシズ落としが成功する逆シャアリメイクとか、デビルガンダム抜きの純粋な格闘大会のGガンとか。
カガリ 見たいような見たくないような。
ジム改 個人的にはグレミーじゃなくてシャアが反乱起こしてネオジオンの実権握るZZ初期案展開を見たい気はする。多分劇場版Z世界の未来はこのルートを辿ってジオンVS連邦の最終決戦的な逆シャアに繋がると思うから。
カガリ ZZの前半OPにクワトロが居るのはその名残なんだっけ。