第26章  遂に開かれた扉

 地球軌道上のオーブ宇宙ステーション。ここはサハク家が所有する小さなステーションに過ぎなかった筈だが、今では地球連合諸国とプラントの英知の砦と化した感があるほどの変貌を遂げていた。ナチュラルとコーディネイターを問わず優秀な科学者が集められ、カガリたちが落ちてしまったというワームホールの研究が行われている。
 それだけ各国がこの件を重要視しているという事でもあったが、カガリやフレイを助けたいと動く者がそれだけ多かったのだ。プラントでもデュランダルは余り関わりたくなかったのだがカガリに恩義を感じていたパトリックやシーゲル、ジェセックらが圧力をかけて科学者の出向や資金提供を承諾させていた。

 彼らの必死の努力により、どうにかワームホールを向こう側に繋ぐ方法は目途が立ちそうであり、膨大な電力さえ確保できれば向こう側に物を送ることは可能になりそうであった。今度はこちら側から制御して穴を開けるのでオニールが巻き込まれた時のような事故は起こらないはずであったが、念のため付近の艦船の航行は制限されている。

 ようやく前向きな報告が得られたことで指揮を執っていたロンド・ミナ・サハクは安堵の吐息を漏らし、開発室で組み立てられているワームホール発生器を見ている。

「それで、穴を開ければカガリと連絡が取れるのだな?」
「前回で通信は可能な事が分かっておりますので、連絡はとれるはずです。その、向こう側が……」
「無事であれば、という事だな」

 カガリの最後の通信では向こうは戦乱が起きている可能性が高い。あの4人であれば何とかうまくやっていると信じたいが、最悪の事態も想定する必要がある。もし通信を繋ごうとしても向こうから返答が無ければ、どうすれば良いのだろうか。
 深刻な顔で考え込んだミナに、ユウナがそこは考えないようにしましょうと言う。

「今は無事であると前提で考えましょう、そうでなければ何も始まりません。それにオニール号の事もあります」
「ああ、そちらもあったな。確かあのマリュー・ラミアスが艦長を務めているとか」
「はい、その点は今回の件で数少ない安心材料です。もしかしたら現地で上手く立ち回ってカガリたちがオニールに合流しているかもしれません」
「そうなってくれれば最善だな。そうなるのにどれだけの幸運が必要になるのかは知らんが」
「それを掴み取ってしまいそうなのがうちの代表閣下でしょう?」

 前の大戦からオーブがここに来るまでに、一体何回奇跡を掴み取ってきたと思ってるんですとユウナが良い、昔を思い出したミナが口元を綻ばせて微笑んだ。

「そうだな。あの頃の私はカガリを使えない小娘と思い、お前も役立たずの青二才としか思っていなかったからな。それが今では世界の首脳にも引けを取らぬ代表とそれを支える軍務卿だ。私も見る目が無かったという事だな」
「いえ、あの頃の僕はそう言われても仕方が無かったと思いますよ。こうなったのは本当に何でなのか今でも良く分からない」
「それを言うなら私もだ。お前とこうして気安く話している自分の姿など、数年前なら想像も出来ん」

 カガリと対立したまま独自の道を選んでいる可能性の方が高かったと思うのだがな、と苦笑交じりに言うミナに、ユウナも僕もカガリを排斥して国の実権を狙うくらいはやってたかもしれないですねと笑いながら言う。
 2人ともカガリを支える今の自分の姿が想像できないのに、何故かその立場に収まってしまっていてしかもそれに満足している。カガリのカリスマ性に惹かれたとは思えないのだが、でもなぜか彼女を支える自分に満足しているのだから分からない。

「まあ、誰も未来の事なんて分からないという事でしょう。それで良いんじゃないでしょうか」
「そうだな。とはいえ、流石に今回みたいな未来は勘弁して欲しいものだが」

 今回の発端が自分のミスにあるので文句も言えないのだが、この事態の収拾のためにミナは自分の胃に穴が開きそうなほどに我慢を重ねて各国との調整をしてきた。アズラエルやイタラ、パトリック・ザラなどが積極的に味方をしてくれたので思っていたよりは穏便にまとまったのだが、それでも楽な仕事では無かった。
 フレイを連れたカガリの周辺では何かと不思議な事が起きる、というのは彼女らを知る者たちの間で囁かれる冗談であったが、まさかこんな事まで起きるとは思わなかった。

「本当に、うちの金色の代表は変な神様の寵愛でも受けてるんではなかろうな?」
「もしそうなら、それは余程のお人好しか傍迷惑な神様ですね」

 くっくっくと笑いながら、ユウナはうんざり顔のミナの呟きに答えていた。


 やがて各地から送られたレーザー送電による膨大な電力供給が行われ、ワームホール生成装置が稼働を開始してあの時に見た光が再び表れだし、やがてそれはその場で安定した。ただエネルギー消費は凄まじいもので、長く維持するのは困難だと科学者は言う。
 ミナはすぐにカガリとオニール号に通信を繋ぐよう指示を出し、暫く待って遂に両方と通信が繋がったという朗報を得た。早速ミナが通信機に寄ってカガリに声をかける。

「カガリ、私だ、ミナだ。聞こえているか?」
「ああ、聞こえるぞミナ、そっちと通信が繋がって嬉しいぞ」

 ずいぶん久しぶりに聞くカガリの声にその場にいる全員がざわつき、オーブ関係者が歓呼の声を上げる。ミナもホッとしていたが、カガリは予想外の事を言ってきた。

「ああ、ミナ。悪いが一度この通信切るぞ。オニールとの通信に切り替えてくれ」
「なに、どういうことだ?」
「私たちもオニールに乗艦してるからな。続きは映像付きでモニター越しに話そう」

 そう言って通信が切断される音がする。ミナは呆けた顔をしてユウナを振り返り、ユウナもまさかという顔をしている。そうなってくれたら良いなと冗談のように口にしてはいたが、まさか本当にカガリは奇跡を掴み取っていたのか。
 通信士が急いで回線を切り替え、オニールの艦橋と通信を繋ぐ。程なくして開発室に設置されていた大型モニターに軍艦の艦橋内が表示され、カガリにフレイにトール、アスランといった事件の関係者にマリューたちオニールの幹部クルーの姿がモニターに現れた。

「よおミナ、こうして顔を見るのは本当に久しぶりって気がするな」
「カ、カガリ、お前という奴は本当に……」

 どこまでこちらの予想を超えてくるのだ、とミナは呆れと感心が同時に来てどういう顔をすればいいのか分からなくなってしまっていた。
 黙ってしまったミナに代わってユウナが前に出てカガリに話しかけた。

「そうなっていたら良いとは思っていたけど、まさか本当にそうなっているとはね。そっちの状況はどうだい?」
「良いとは言えないな。こっちで調べた限りだとこの世界は最終戦争に向かっているとしか思えない。私たちの世界でプラント大戦をやってた頃の中でも最悪の時期の状況が延々と続いているような感じだ」 
「それはまた……とんでもない所に飛ばされたものだね」
「ああ、私も頭が痛い。ラミアス艦長には悪いがこっちに居てくれて本当に助かったよ」

 巻き込んでしまって申し訳ないんだけど、というカガリにユウナは引き攣った笑いを漏らす事しか出来なかった。オニールは完全に被害者なので大西洋連邦の特使にも散々嫌味を言われたのだ。

「ま、まあ、その辺は置いておいて、無事合流できているならいいさ。そのまま大人しく波風立てないで居てくれよ」
「ああ、それはちょっと難しいかも。実はこっちで戦争に巻き込まれたり、面倒な奴らと顔を合わせちまっていてな」
「え、面倒な奴らって?」

 どういう事と聞くユウナに、カガリは艦橋の外に繋がる扉の前に立つ兵士に目配せをして、頷いた兵士が扉を開けて向こうから2人の人間を連れてきた。その2人を見てユウナが驚愕の表情を浮かべる。

「カ、カガリに、サイ君?」
「ああ、こっちの世界の2人だ。私たちに接触してきて面倒な事になっちまった」

 どうすりゃ良いかなあというカガリに、ユウナはこちらのカガリと向こうのカガリを何度も見て頭を抱えてしまった。流石にこれは想像の埒外の事態だ。周囲の者も唖然としていて、ミナも想像外の出来事に二の句が次げないでいる。



 モニターの向こうで誰もが固まっているのを見ながら、こちらのカガリは本当なんだなとカガリに語り掛けた。

「本当にユウナとミナがお前に協力してるんだな。ユウナはなんか立派になってるし、ミナはなんだか険が取れてるし、どうなってるんだよ」
「だから言っただろ、ユウナは頼りになるって」
「……こっちでも、そうなってくれてたら良かったのにな」

 こちらのカガリが寂しそうに呟く。あんな奴でも昔馴染だったし別に死んでほしいなんて思ってはいなかった。こんな風に自分を支える閣僚になってくれていたら、どんなに良かっただろうか。
 それに見れば、集められている科学者の所属がばらばらだ。オーブだけではない、世界中の科学者が集められて救出に手を貸している。来たときは信じられなかったが、本当に向こうでは世界が協力し合える関係になっているようだ。

「本当に、そっちは平和になったんだな。お前らを助けようって世界中が力を貸してくれるくらいに」
「それは、まあなんだ、後が怖いけどな」

 絶対に何かしら吹っ掛けられるとカガリは苦笑いをしている。だが遂に通信を繋げるほどに状況を進展させてくれたのだから感謝するしかない。多少の要求は受け入れるしかないだろう。

「いっそ、こっちのMSとか鹵獲して持って帰るかな。ちょうど良い代金代わりになりそう」
「なんだそれ、お前のオーブって貧乏なのか?」
「貧乏というか、とにかく復興資金が足りない。金策になるなら何でも良いってくらいに」

 オーブ首長の仕事はまず金策よ、と自嘲しながら呟くカガリにこの世界のカガリは気圧されて引いてしまった。何と言うか、こいつ凄く苦労してるんだなと理解できたから。



 状況が理解できたことで話は実務的なものに移り、マリューとユウナが不足している物資などを確認してそれを記録してまとめ上げ、数日中にこちらからコンテナで転送すると約束してくれた。補給の問題が解決したことでマリューや幹部クルーたちは目に見えて安堵を見せ、ユウナは悪いが送り込めるのはオニール号の周辺になって細かい指定は出来ないと告げてきた。

「こちらから転送できるのはアスラン・ザラに持たせたビーコンの辺りというだけでね。さっきの話だと海上という事だったから、一応コンテナには短時間の飛行能力と浮遊できるようエアバッグを着けておくけど、回収はそちらで頼むよ。滞空中なら無線で呼び集めることも出来るけど、面倒なのも集まってきそうだから気を付けて」
「了解しました、MSを使って回収させるようにします」
「頼むよ。パイロットは……うん、心配いらないね」

 アスランとトールとフレイが加わっているんだからパイロットは足りるよねと言い、マリューも頷く。

「本艦所属のパイロットもいますが、彼らに任せた方が無難ですからね。大戦時の勇名もありますからうちのパイロットたちも交代を素直に承諾しましたよ」
「そりゃそうだね、大戦でその名を知られるスーパーエースたちだもの」

 あの3人を前に強気で言えるようなパイロットが居たら見てみたいとユウナは笑った。彼もマリューのようにあの化け物たちの戦いを見てきた者の1人なので、その凄さは良く理解している。一騎当千とはああいうのを言うのだというのを目の当たりにしてきた男だ。
 マリューと話が通じているユウナを見てこの人もそっち側かと思ってしまったオニールの艦橋クルーたちであったが、ユウナは気にすることなく2,3日中には物資を送ると約束してくれた。

「あと、MSを1機パイロット付きで送るよ。最悪の状況も想定する必要がありそうだし」
「MS、ですか?」
「ああ、当てにしてもらって大丈夫だよ」

 任せてくれと請け負ってユウナは最後にカガリとフレイ、トール、アスランを見た。

「4人は、誰かに伝えておきたい事はあるかな?」
「いや、私は良いぞ。見た所私が判断しないといけないような事は起きてないんだろ?」

 カガリが緊急事態が起きていないなら良いと言い、ユウナが今以上な緊急事態は思い付かないなと肩を竦めてフレイを見る。フレイは少し考えて答えた。

「では、ソアラとステラ、あとサイたちにも大丈夫だと伝えてもらえますか?」 
「分かった。トール君と、アスラン・ザラはどうする?」
「俺も家族に心配しないでくれとお願いします」
「俺もそれで、まあ父上はそこまで心配していないかもしれませんが。あと……」

 アスランが口には出来ないが何かを頼みそうな顔でユウナを見て、ユウナも何を言いたいのか察したのか頷いた。

「分かった。どちらもご家族に知らせておくよ。アスランの無事もちゃんと彼女たちに伝えておくから安心してくれ」
「え、彼女たち?」

 カガリを除く全員がアスランを見て、アスランが焦った顔でユウナを見る。だがユウナはアスランには何も答えずそれじゃあ電力がもったいないからこれでと伝えて通信を切った。残されたアスランはモニターに手を伸ばした姿で硬直していて、嫌な汗が顔を流れている。こういう時は必ず碌な目に合わないと過去の経験が教えてくれているのだ。
 アスランがチラリとカガリを見るが、カガリは右手で額を押さえてユウナのアホがと呟いていた。また人を揶揄う悪癖が出たのだろう。ユウナは言外にラクスとミーアに伝えると言っていたのだ。
 アスランはトールとフレイとイングリッドにどういう事かと詰め寄られ、でもラクスの事を話すわけにもいかず言い訳作りに四苦八苦することになった。



 アスランを揶揄って少し満足したユウナは急いで必要物資を集めるよう指示して、ミナと一緒にステーションに設置されている応接室へと向かった。ミナが自分の拠点として作っているだけあって客人を迎え入れる為の設備も簡易ではあったが用意されている。
 応接室ではトールの両親にパトリック・ザラ、ミーア・キャンベル、そしてソアラとステラが待っていた。パトリック以外はそれぞれに不安を浮かべていて、身内の心配をしていることが分かる。パトリックだけは感情を全く表に出していないので何を考えているのか分からないが、この場に居るのだから息子の心配くらいはしているのだろう。
 客人たちの前に立ったミナは、表面を余所向けに完璧に取り繕って礼儀正しく彼らに一礼してから事情の説明を始めた。

「皆さんにはもう事情はお伝えしてありますが、先ほど向こう側と短時間ですが通信が繋がりました」
「うちの子は、トールは無事なんですか?」
「ご心配なく。こちらから向こうに行ってしまった4人全員の健在を確認できました。彼らは同じくこちらから向こうに行ってしまった大西洋連邦軍の軍艦と合流しているようです」

 味方の軍艦に居ると言われてトールの両親は目に見えて安堵し、ソアラもホッとした顔をしている。ステラは安堵の余りその場にペタンと座り込んでしまった。

「良かった、フレイお姉ちゃん無事なんだ」
「全くね、もしお嬢様に何かあったらその科学者どもを縊り殺していたわ」

 ステラが泣き笑いの様な顔でソアラを見上げて安堵の声を漏らし、ソアラが物騒な事を言う。ユウナが怖いなあと思っていたらミナがソアラを見てコクリと頷いた。

「その時は私の責任であの馬鹿どもを拘束して突き出してやろう、煮るなり焼くなり好きにしてくれていい」
「ご配慮痛み入ります、ミナ様」

 ユウナは冗談で言っていると思いたかったが、ミナもソアラも完全に真顔で言っていて、この2人は本気だと悟って問題の科学者たちは当面命拾いしたなあと思っていた。
 そしてユウナは未だ何も言わないパトリック・ザラと安堵した様子のミーアを見て、動揺を見せないパトリックにご子息の事は聞かれないのですかと尋ねたのだが彼は無事ならそれで構わないと答えた。

「別に構わない、生きているのでしたらそれで良い」

 鋼鉄の男、などと形容されるだけあって本当に凄い人だなあとユウナは思ったが、こうもはっきりと言われてはそれ以上何かを言う事も出来なかった。そしてパトリックは地球からソアラたちと一緒にステーションに来たミーアの肩に手を置き、小さく頷いた。

「ミーアさんも、息子の為にご足労頂き感謝している」
「いえ、そんな事は。でも無事で本当に良かったです」
「ラクス嬢を無くした時は心配していたが、君が居ればあいつも立ち直れるかもしれないな。よろしく頼むミーアさん」
「パトリック様……」

 感動してパトリックを見上げるミーア。その姿にソアラが楽しそうな顔をしてステラが疑問を浮かべて首を傾げている。そして事情を知るミナとユウナはラクスの生存を秘匿している事がとんでもない所に影響を及ぼしているのを知って、思わず顔を見合わせてしまった。そして顔を近づけて小声で相談を始めている。

「これは……どうしますかね?」
「私はこういうのは専門外だからな、お前に任せよう」
「ミナ様、面倒事だからって僕に押し付けないでくださいよ」
「私は色恋沙汰は苦手なのだ、第一ラクス・クラインとはお前の方が面識があるだろう」
「それはカガリとミナ様とホムラ様が僕に丸投げしたせいです」

 一応友人だが忙しくて顔を出せないカガリは手が出せず、別に顔見知りですらないミナとホムラはラクスの面倒を見ようとはせず、結果として彼女の世話はユウナに押し付けられることになった。彼女の生活環境を整え周囲の警戒をし、情報が漏れないよう気を配っていたのだが、ユウナとしては余計な仕事が増えただけであり、文句の1つも言いたいところだ。せめてもう一人の友人であるフレイに事情を話せれば彼女に負担の一部を引き受けてもらう事も出来るのだろうが、情報を秘匿しているためにフレイにすら事情を明かすことは出来ないでいた。
 その徹底した秘匿体制が予想外の事態を生んでしまっているとは露にも思っていなかったのだが、これは本当にどうしたら良いのだろうか。
 




 3日後、ユウナは約束した通りの物資をステーションに集めてコンテナへの詰め込み作業を行わせていた。更にオニール号への増援として送る予定のMSとパイロットも開発室へと運び込まれている。
 狭い部屋に何とか搬入されたMSを見てユウナは小さく笑っていた。

「流石に、これは無茶だよね。何とか力場を外に形成できるようにならないかな?」
「すでにその方向で開発を進めております。流石にオニール号をここに引き寄せるわけにはいきません」
「確かに、こんな所に戻したら大惨事だね」

 言われて確かにと思い、もっと早く気付くべきだったとユウナは反省していた。どうやって戻そうという事ばかり考えていてその辺りの事は考えていなかったのだ。

「駄目だな、その辺りは全く考えていなかったよ」
「その辺りを考えるのは専門家の仕事です、ユウナ様は方針を示すのが仕事ですよ」

 参ったなという顔をするユウナに部下がその辺りを考えるのは自分たちの仕事ですと言う。それにユウナが礼を言うと、開発室への扉が開いて何やら揉めているような声が聞こえてきた。その可愛い声を聴いたユウナがまさかという顔で扉の方を見る。そこには予想した通りパイロットスーツを着たシンに食って掛かっているステラが居た。

「シン、ステラも連れてって!」
「だから駄目なんだって、僕が行くだけでも危ないってのに」
「ステラもお姉ちゃんを助けに行きたい!」
「ステラ、お願いだからここでソアラさんと待っててって」

 シンが自分も連れて行けと言うステラに困り果てている。強化人間の治療法の完成によって治療を施されたおかげでエクステンデッドで無くなったステラは、未来を生きる事が出来るようになった代償として昔のような強さを失っている。身に付けた技術によってナチュラル用MSを動かす事は出来るだろうが普通のパイロットを超えるとは思えない。連れて行っても足手纏いにしかならないのだ。
 シンとしてはステラの願いを叶えてやりたいという思いはあるが流石にこんな危険な事に好きな女の子を巻き込む訳にはいかなかった。仮に自分が認めてもユウナもミナも絶対に認めないだろう。

 シンとステラの関係は友達以上恋人未満というもどかしい距離感で、よく一緒に居て他から見ると甘々な空気が漂っているのだが、恋人なのかと言われると首を傾げてしまう。両想いなのだがそれ以上に行こうとするとシンが恥ずかしがり、ステラはそもそも恋人関係という物に理解が無い。彼女の周りには奇麗な人が多いのに参考になりそうな人が何故か居ないのだ。
 フレイとカガリは応援しているがお節介の手を出そうとはせず、マユは馬鹿兄貴にステラさんは勿体ないと考え直すことを勧めているので、2人の距離を近付かせようとする人物も居なかった。

 こんな2人だったので未だに仲の良い友達のような状態で、だからこそ周囲は聊か扱いに困ってもいた。今もステラは頬を膨らませてシンに苛立ちをぶつけていて、シンは本当に困った様子で視線を周囲に彷徨わせている。それを見たユウナはあのままだと押し切られそうだなと思ってシンに加勢することにした。

「ステラちゃん、そんなにシンを困らせちゃいけないよ」
「ユウナさん、そうですもっと言ってください」

 ユウナも味方に回ってくれてシンがホッとした顔になる。ユウナに窘められたステラがむくれた顔でユウナを見て、そしてもう一度シンを見る。そしてステラは遂に感情を爆発させた。

「もう良いもん、シンもユウナさんも大っ嫌い、シスコン、変な揉み上げ、マユに殴られちゃえ!」

 泣きながら走って行ってしまったステラに手を伸ばしたシンだったが、これで諦めてくれたらと思うと声をかけることが出来ず俯いて謝ることしかできなかった。一方のユウナは少し自慢だった揉み上げを馬鹿にされてショックを受けていたりする。実は彼以外からは、カガリにさえも少し髪を切れと言われているのだが、独特のセンスをしている彼は頑なに今の髪形を守っていたりする。
 シンはしょいげているユウナを見てしばらく声をかけない方が良さそうだと思って自分が乗るMSの方へと歩いていき、コクピットの前で屈んでいるヴァンガードを見上げた。

「またお前に乗ることになるとはなあ、軍からは抜けたつもりだったんだけど」

 プラント大戦を共に戦い抜いた愛機を見上げて、シンはくすぐったいような懐かしさを覚えていた。戦いを嫌いMSに愛着など抱かないキラとは異なり、シンは戦いが好きな訳ではないが愛機という感情はあった。
 今のオーブに用意できる最高戦力はかつて大戦に投入されたMSの中でも最高の一角と言われるデルタフリーダムとヴァンガードであり、デルタフリーダムを使っていたキラは戦死となっているので、ヴァンガードを使うことになった。ただこれを動かせるパイロットがおらず、仕方なくかつてこれを使っていたシンに出馬を願ったのだ。当然シンの母親にも妹のマユにも激しく反対されたのだが、最終的には恩人のフレイを助けに行くと決めたシンが全てを決めた。
 アスカ家はザフトのプラント侵攻で父親を亡くした後、フレイの手で母親とマユは引き取られて助けられて、そのまま戦争が終わるまで安全な場所で父親を失った傷が癒えるまで住まわせてもらっている。フレイは貸しなどとは思っていないだろうが、シンは家族と自分を助けてくれたフレイに恩義を感じていて、彼女に何時かこの恩義を返したいと思っていた。
 あの時の恩を返す時が来たと言われて母親もマユも何も言うことが出来ず、渋々彼を送り出している。2人もフレイに受けた恩義は忘れておらず、今も家族ぐるみで付き合いがある。シンはフレイを助けたくてユウナの誘いに乗ったのだ。アークエンジェル時代に世話になったトールも助けに行きたいし、カガリとアスランはついでである。

 
 
 シンは久しぶりの愛機に乗り込むと、機体のセッティングを行っていく。そしてかつての相棒を叩き起こした。機体が起動しシステムが次々と立ち上がっていき、遂に懐かしの制御AIが稼働した。

「おはようHAL、僕のこと覚えているか?」
「コンピューターが忘れる訳無いでしょう、シン。あれからどれくらいの時が経ちましたか?」
「3年だよ。3年の間こいつに出番は無かったんだ」
「そうですか。私が再起動したという事は、また戦いが始まったのですか?」

 ただのAIの筈なのに何とも人間臭い反応を返すHALにシンは懐かしさが込み上げてきてしまう。こいつと僕はあの大戦を戦い抜いたんだと。

「いや、戦争は起きてないよ。今回は、ちょっと妙な事になってな。平行世界に救出任務に行くんだってさ」
「平行世界……判断不能です、それは私には登録されていません」
「そりゃそうだ、これから僕たちは何もかも初めての場所で初めての経験をしに行くんだからな、頼りにしてるぜ相棒」
「任せてください。いかなる場所でも、私の仕事は貴方のサポートです」

 HALはシンの言葉に応じる。コンピューターだから抑揚のない機械音声だが、これがシンにとって最高の頼りになる相棒の声であった。
 現在のナチュラル用MSの高級機に採用されているサポートAIシステムはこのHALが原型となっていて、暴れ馬で最高レベルのコーディネイターでも運用困難だったヴァンガードを動かせるレベルにして見せた驚異のシステムだったので戦後にコピーが行われたのだが、高価であることと完全な再現が困難な芸術品のようなシステムであったためにコピーも完璧とはいかず、妥協した汎用品が作られることになった。
 今でもこのHALは世界最高のサポートAIの座を保っている。シンは楽しそうな笑顔を浮かべると、機体を立ち上がらせてワームホール装置の指定の場所へと移動させる。その周辺に送る予定のコンテナを積み上げ、向こう側への転送準備が整えられる。



 この作業を見ながらユウナは向こう側への通路を開く準備を始めるように指示を出し、ふと思い出したように周囲を見た。

「そういえば、ステラちゃんはどこに行ったんだ?」

 誰か見なかったかと周囲に声をかけるが、誰も見ていないと言う。あのまま何処かに走って行ってしまったのかと思いユウナは何人かに命じて探させに行かせ、そして目をワームホール装置へと向ける。

「ユウナ様、送電開始されました。電力供給量問題なし、回廊形成に入ります」
「ああ、やってくれ。しかし、回廊を開くのに毎度各国に協力を願ってこれだけのエネルギーを集めないといけないってのも厄介な話だね」
「それを言うならこれだけの電力を扱えるだけの送受電能力を突貫で組み込んだことも凄いですよ。最初聞いたときは何の冗談かと思いましたが」
「世界が力を貸してくれたからさ。オーブだけじゃとてもこんなことは出来なかった」

 うちのお姫様の人望は本当に凄いよとユウナが言ったとき、回廊が形成されたことを示す光が現れた。それを見たユウナが向こう側に通信を繋ぐように指示した。これでまた通信が繋がって予定通りに物資とヴァンガードを送るだけだと思っていたが、繋がったモニターに表示されたのは明らかに戦闘中と思われるオニール号の艦橋内であった。

「か、艦長、何が起きてるんだ!?」
「現在襲撃を受けている都市の防衛のために襲撃部隊と交戦中です。MS隊は既に敵部隊と交戦に入っています!」

 マリューが焦りを見せて怒鳴り返すように報告してくる。それを聞いてユウナはどういう事なんだと声を上げた。

「何を考えているんだ、オニールは技術試験艦で戦闘艦艇じゃないんだろ。それに極力問題を起こすなと!」
「そちらの代表閣下も含めて黙って見ている訳にはいかなかったんです!」」

 カガリも含めて誰もが黙って見過ごせない事態が起きたのだと言われてユウナは艦橋内の予備シートに座るカガリを見た。カガリは椅子に座ったまま厳しい顔で戦況モニターを見上げていたが、自分に話が来たのを聞いてモニターを見上げる。自分を見返してきたカガリを見てユウナは息を飲んだ。そこに居るのはオーブの再建を頑張る代表閣下ではなく、大戦時に地球連合軍を纏めて叱咤激励したオーブの若き獅子であった。

「ユウナ、今は戦闘中だ、話は手短に頼む」
「……はあ、そのようだね。今すぐ増援のMSと物資の転送を始めるよ。悪いけど収容はそちらで」
「ああ、すまないなユウナ」
「良いさ、今の君を見てしまったんじゃ僕も昔に戻らないとね」
「それと、アズラエルから生体CPUの治療に必要な物を取り寄せてくれ」
「生体CPUって、ステラちゃんみたいな強化人間だよね。何で今更……まさか、そちらでは未だに!?」

 驚愕したユウナが椅子を蹴って立ち上がる。こちらではアズラエルたちでさえ無駄が多すぎると言って捨て去った技術なのに、まさか未だに使われているというのだろうか。こちらでは治療技術の確立と合わせてコーディネイト技術と同様に禁止され、作り出す意味もなくなったことから廃れた技術となっている。
 厳しい顔でカガリが頷くのを見たユウナは、カガリたちが何と戦っているのかを理解して椅子に腰を降ろし、右手で頭を掻きむしった。ステラを妹にしているフレイが生体CPUを見て我慢できるはずが無いし、カガリも見捨てるなんてことが出来る性格ではない。
 
「手配はするが、届くには時間がかかるしどれだけのサイズになるかも分からない。それで良いかい?」
「それで良い、頼んだぞ」

 それで通信を打ち切ると、ユウナは周りを見回して急いで転送に入るように指示を出した。

「すぐに転送作業に入れ、それと本国のホムラ様に通信を繋げ。ミナ様にもだ、状況は一刻を争うぞ!」
「ユ、ユウナ様?」

 突然様子が変わったユウナに周囲が戸惑った様子を見せる、彼はこのような人物では無かった筈なのだが、急にどうしたのだ。だが前の大戦を経験しているミナの部下たちはユウナが昔に戻っているのを見て、急いで動き出した。

「ユウナ様、ミナ様が出られます」
「よし、こちらに回してくれ」

 オペレーターの報告にユウナは椅子に腰かけて自分の端末を見る。少し待つとモニターに迷惑そうな顔のミナが現れた。

「どうしたユウナ、こちらは今厄介な問題に……」

 開口一番で文句を言おうとしたミナだったが、ユウナの顔を見て眉を顰め、そして表情を正した。彼女もユウナの表情が変わっていることに気付いたのだ。

「何があったユウナ、まるで戦争でも起きたようだぞ?」
「ええ、その通りです。先ほど向こうと通信を繋ぎましたが、オニール号は現在交戦中でした」
「……それでその顔か。分かった、以後向こうは交戦中という前提で考えると言うのだな」
「その通りです、カガリも昔の顔に戻っていました」
「そうか、ではアズラエルの話を受け入れるべきだろうな」
「ファントムペインの新造母艦に最精鋭部隊を結集して投入するプラン、ですか?」

 アズラエルが万が一の時の為に、という名目で提案してきた出鱈目な作戦案だった。これに対しては流石に連合諸国もプラントも同意しておらず、白紙になると思っていたのだが向こうが本当に戦いに巻き込まれたとなればあのプランを再考する必要が出てくる。
 ただ、ここまで話を大きくすると情報の秘匿が難しくなるので、事情を知った他所の連中が俺たちも混ぜろと口を出してきかねないのが悩みどころだ。気が付いたら大遠征艦隊が出来ていたなんてことになりかねない怖さがある。
 この後ホムラも交えてアズラエルの提案に乗る方向で話を進め、オーブとして改めて各国に協力を求めることとなった。通信を終えたユウナは背を伸ばして体のコリを取り、ここからは暫く準戦時体制だなと呟く。流石に民間に影響は出せないが、オーブからもMS隊を出さなくてはいけないだろう。その選出も考えないといけない。
 面倒な事になりそうだと考えながら、ユウナは立ち上がってこれからどうするかと考えていたら、部下の1人が駆け寄ってきて報告をしてきた。

「ユウナ様、大変です」
「どうしたんだい?」
「それが、ステラ・ルーシェの姿が何処にもありません」
「……なんでさ、ここ宇宙ステーションだろ?」

 何処に居なくなれる場所があるんだと聞くユウナだったが、部下も当惑した顔をしている。

「分かりません。人数を動員してステーション中を捜索し、全ての監視システムも確認させましたが未だ発見できておりません。まるで、掻き消えてしまったかのようです」
「何を馬鹿な事を言っているんだ、そんな事がある訳が……」

 無いだろう、と言おうとして、ユウナは既に停止しているワームホール装置を見た。そうだ、この場には掻き消えてしまう手段が1つだけあったのだ。

「まさか、ねえ?」

 それだけは勘弁してくれと思いながら、ユウナはもう一度ステーション中の捜索を行わせたが、結果は同じであった。この報告にユウナは愕然としてデスクに両手をついて項垂れ、最悪の想像が現実になったと確信してしまった。ステラは、何らかの方法でこちらの目を誤魔化して向こうに行ってしまったのだ。
 このことを知らせようにもすでにゲートは閉じていて次に開けるのは再度電力供給が可能になる数日後だ。しかもそれは遅れることはあっても早くなることは無い。そしてその間は何も打てる手が無い。ユウナは彼女が無事にオニール号に合流出来ていることを心の底から願うしかなかった。もし万が一のことがあれば、自分の命が危なくなる。


ジム改 ついに大規模MS戦です。
カガリ 大規模と言っても、こっちはボーマン入れても2個小隊じゃん。
ジム改 投入してるMSの性能的には劇場版冒頭に匹敵するんだけどね。
カガリ 1機はルドラだからな。
ジム改 今だったらシンのディスティニーが来てもフルボッコに出来るぞ。
カガリ イングリッドとアスランだけでお釣りが出るだろ。
ジム改 そしてやっと元の世界でも動きが大きくなってくることに。
カガリ 遂にシンまでこっちに来るのか。
ジム改 キラが居ない今だと彼がオーブの切れるカードだから。
カガリ アルフレットは?
ジム改 彼はもうロートルという自覚があるので自重してます。
カガリ 本当の所は?
ジム改 ジョーカーはホイホイ切っちゃいけないのです。
カガリ シンはジョーカーじゃないのか。
ジム改 こちのキラは火星に居るから出てこれないしなあ。
カガリ つまり向こうのキラが出てきたら止められないと?
ジム改 1人だったらイングリッドとアスランとシンで囲めばまあ。
カガリ ぶつけるメンバーが酷いなおい。
ジム改 フレイとトールが通信機で声掛けして動揺しまくったところを倒すという手も。
カガリ 悪の組織が使いそうな手だな。

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