第25章  次の時代へ

 この世界に小さな、だが深刻な特異点が生まれようとしていた頃、軌道上に浮かぶミレニアムにはようやく待望の戦力補充が行われようとしていた。修理中のミレニアムにプラントからやって来た補給艦がドッキングし、繋がった搬送用ガイドの間をコンテナが移動して次々にミレニアムへと運び込まれていく。そのコンテナに中に交じって1機の新型MS、ゲルググメナースの姿もあった。これは損傷して後送されていたルナマリアのゲルググがようやく修理を終えて戻ってきたものだ。
 格納庫に久々に新型機を迎えることが出来たコンパスのメカニックたちは気合を入れて機体の確認を開始しており、主計兵たちが運び込まれたコンテナのタグから荷物の検品を始めている。
 運び込まれる補給物資をキャットウォークから見下ろしていたコノエ艦長は久々に安堵の溜息を漏らしていた。

「助かったな、これで暫くはやっていける」

 今のコンパスにとって最大の敵は途切れがちな補給だ。コンパスを支援している筈のオーブ、大西洋連邦、プラントからの援助は確実に先細っており、比較的熱心だったはずのオーブも最近は何やら動きが鈍い。
 このままでは生活物資にも困窮すると頭を痛めていたコノエとしては、ようやくプラントが約束を守ってくれたことに一安心していた。
 だが、久々に安堵していたコノエにアスランが水を差した。

「喜んでばかりもいられないだろう、補給が来たとはいえMSは修理が完了したゲルググが1機だけ、補充のパイロットも居ない」
「悪い面ばかりを見ていてもなにも良い事は無いぞアスラン・ザラ。良い面を見ないとな」

 相変わらず悲観的な事ばかり言う男だとコノエはやや気分を害した声でアスランに答えたが、アスランはコノエの感情など気にする風でも無く腕組みをしたまま壁に背を預けて格納庫を眺めている。おおよそ艦長の前でするような態度では無いが、彼はコンパス所属ではなくターミナルからやって来た協力者でコノエの部下ですらない。その為にコノエにもアスランの事は扱い兼ねていた。

「パイロットの補充は何度も依頼しているんだが、うちに回せるだけの凄腕は枯渇しているとザフトに突っぱねられてしまってな」
「先の戦いで反乱側に回った奴がそれだけ多かったという事か」
「それだけじゃない、反乱後に逃亡した者、反乱に加わらなくても混乱の中でザフトを出奔した者も多い。彼らは装備も持ち出していたから、今は何をしているのかと言えば」
「良くてジャンク屋に売り払った、悪ければ新たな宇宙海賊の誕生か」
「そう、厄介な話だ」

 先の戦いでファウンデーションに同調した反乱軍は鎮圧されたが、その残党は各地に散らばって新たな問題となっている。本来ならそれらへの対応もコンパスに回ってくるはずなのだが、現状では対応は不可能なのでザフトや大西洋連邦軍に任せている。ただ大西洋連邦軍はともかく、ザフトには反乱には参加しなかった同調者がまだそれなりに残っていると言われており、彼らが海賊たちに補給などを行っているなどという噂までがある。
 反乱軍の撃破に功績を上げたイザーク・ジュールたちはその手の連中を摘発する憲兵的な働きは苦手であり、かといって信用のおけるラクス派の人材はザフトの要職には居ない。結局コンパスから見ると今のザフトは明白に敵対はしていないが信用のおけない相手となっている。
 まあ、彼らの信頼を勝ち得るような働きを自分たちがしていたかと言えば何も言えないくらいの自覚はコノエにもある。ラクスの主導で動いているコンパスはしばしばザフトから見て敵対しているとしか取れない様な作戦を何度も実施しているのだから。
 
「アスラン・ザラ、君にはうちに来てくれそうなザフト時代の友人などは居ないのかい?」
「友人か。昔は居たと思うんだが、今ではみんな疎遠になっていてね」
「……友人は大切にした方が良いよ」

 艦長というより教師のような態度で忠告をするコノエ。厭世的な男だとは思っていたが、ここまで社会との繋がりを断っていたとは思っていなかった。
 アスランはコノエの忠告など聞く気は無いのか、いつもの何処か機嫌の悪そうな顔で体を壁から離すと艦内へと戻る扉へと向かっていった。

「悪いが、一度オーブに戻らせてもらう。向こうで何か問題が起きたようでトーヤから戻れと言われていてな」
「マシマ氏から? アスハ代表ではなく?」
「ああ、どうもカガリが姿を消しているらしい。まあそれだけなら稀にある事なんだが、俺を呼び出すというのが気になってな」

 何時もと様子が違うというアスランにコノエはしばらく考え込んだ。もしカガリが行方不明になったというのであればここ最近のオーブの動きが妙に鈍い事にも説明が付く。だが仮にも一国のTOPが行方を晦ますなどという事があるのだろうかと思うのだが、アスランの先ほどの言葉だと稀にあるようなので何とも言えない気持ちにさせられてしまう。
 往還機を貸してもらうと言い残してアスランは艦内通路へと入っていき、それを見送ったコノエは厄介な事にならなければ良いがと思いながら視線を格納庫へと戻した。そこでは主計兵たちが忙しそうにコンテナの間を動き回っている中で、ゲルググへと飛んでいくルナマリアとアグネスの姿を見つけた。

「あの2人、最近はよく一緒に行動しているな。喧嘩は収まったのかな?」

 余計な揉め事が減って結構な事だとコノエは思い、そして自分も艦橋へ戻るべく踵を返した。



 ルナマリアとアグネスはようやく戻って来たゲルググメナースを見て全く異なる顔をしていた。ルナマリアはようやく返って来た自分のMSに喜び、アグネスは何とも面白くなさそうな顔をしている。

「ああ、やっと私の機体が返って来たわ」
「たく、何であんたばっかり。私にも回せっての」
「ギャンをぶっ壊したくせに何言ってんだか」
「壊したのはあんたでしょうが」
「敵対したのは誤魔化してあげたんだから感謝しなさいよね」

 ルナマリアに言われて悔しそうに歯噛みするアグネス。なお彼女のその辺を誤魔化すための報告書をでっち上げてあれこれ捏造して頑張ったのはシンである。実のところこの3人の中で一番事務処理能力があるのはアグネスなのだがシンには彼女を自分の補佐役に付けようという考えは無かった。彼女を使えば事務仕事は劇的に楽になるのだが、シンには現場からパイロットを引き抜くという考えは無かったのだ。
 この辺り、シンに優れた指導者が居ればもう少し柔軟に考えられたのかもしれないが不幸な事に彼は先輩には恵まれなかった。アスランとは終始対立していたし、キラは誰かに物を教えるような性格ではない。コーディネイター社会では15歳で成人とされるので周囲に彼を助けてくれる大人も居なかった。
 だからシンもキラと同じく現場目線で物事を考えて部隊を運営しようとしてしまうので、非常に効率が悪くなってしまっている。現場上りがそのまま上に立ってしまった組織にありがちな弊害が出ていた。
 現場と運営では頭を切り替えないといけないのだが、不幸にしてザフトにはその手の教育機関は無かった。ナチュラルの国では士官学校を出た後にもそれぞれの分野ごとに専門の上級教育機関が存在していて教育を受けることが出来るのだが、歴史が無いザフトにはその手の機関の必要性が認識されていなかったのだ。優秀な下士官であってもそのままでは優秀な士官になれる訳では無いのだ。

 ゲルググのコクピットに入ってセッティングを開始するルナマリア。真っ新になったシステムを自分用に調整する作業だが、これは少々時間がかかる。端末を引き出して設定を始めたルナマリアをハッチの上に座りながら見ていたアグネスは視線を自分が使っているザクへと向けた。

「ギャンが無理だって言うなら、せめてグフくらい回せばいいのに」
「それは確かにね、ザクじゃ対処しきれない相手も出て来てるし」

 敵がグフやウィンダムを持ち出して来たらザクでは対抗は難しくなる。あるいはどこかの組織が作り出したより強力な新型機が出てくればゲルググですらどうなるか分からない。現にルドラというライジングフリーダムやイモータルジャスティスより強力なMSが出てきているのだ。
 あるいは機体が同等でもとんでもない凄腕が使って来るかだ。ナチュラルにもフラガのような凄腕は存在しているので、あのような凄腕が出てくれば同様に厄介な事になってしまう。キラやアスラン、シンはともかく、自分たちは絶対的な強者ではないのだ。
 そんな事を考えていると、ふとルナマリアは少し前に一緒に戦ったナチュラルのパイロット達を思い出してしまった。茶色の髪の人が良さそうな笑顔の青年と、赤い髪が印象的な美しい女性を。

「トールさんとフレイさんが来てくれてたら、オーブにムラサメの支給を申請したのになあ」
「あんたが地上で組んで戦ったっていうナチュラルの事?」
「ええ、技量も凄かったけど、それ以上にチームプレイが凄すぎたわ。今まであんなに楽に戦えたことは無かったもの。うちに来て教官をやって欲しかったくらいよ」
「チームプレイが得意なナチュラルの凄腕パイロットねえ、私はそんなの聞いた事無いんだけど、本当に居るの?」
「居るわよ、シンも必死に勧誘してたもの」
「でもさあ、MS戦は個人技量が全ての筈よ、チームで戦うなんて弱い奴に合わせないといけなくなるじゃない。わざわざ弱くしてどうするのよ」

 MS戦は個人技が全ての世界だ、部隊を組んでもいてもそれが戦闘時に機能する訳では無く、ただ戦場に付くまでの頭数に過ぎない。それがこの時代の常識であり、少数の凄腕が戦場を支配するのが常識となっている。
 10倍の数を揃えてもキラやアスランには一蹴されてしまう。一握りの英雄が勝敗を決める重要な要素であり、ナチュラルが多少数を揃えても大した脅威とはならない。それよりは大分落ちるが自分たちだって数倍のナチュラルのMSを相手にしても問題なく撃破出来てしまう。チーム戦などというのは弱者の考えであり、弱い者が群れて必死に足掻いているだけに過ぎない。
 少なくとも、それがこれまでの戦場の常識だった。だからアグネスはルナマリアの話に懐疑的だったのだが、ルナマリアは端末を操作する手を止めるとあの日の事を思い出しながらアグネスに答えた。

「私にもどうしてああなったのか理解出来ないんだけど、あの2人は連携の上手さとか戦い方とか、何から何までおかしかったのよ。あれは即席の連携じゃなくて、明らかに長い訓練をして豊富な実戦経験もある熟練の動きだったわ」
「でも、ザフトは当然として大西洋連邦にもユーラシアにもそんな戦い方をする部隊は居なかったでしょ」
「あんたの言いたい事は分かるわ。だから本当に分からないのよ。あの2人が何処でそんな訓練を受けて、何処で戦ってきたのか。1対1で戦っても勝てるか自信が持てないくらいの凄腕だけど、2人同時に来られたらあんたと私で相手にしても対抗出来る気がしない」

 昔の戦争では仲間同士で連携をしてより強い力を発揮するなどという戦い方をしていたらしいが、NJの影響からの通信妨害とMSという兵器の性格が連携をとることを難しくし、戦場は個人技の時代へと変わってしまった。
 だが、何処かでMSを用いた集団戦術を研究している変わり者が居て、それが実戦で使えるレベルにまで仕上がってそれを身に付けた軍が何処かに居たというのだろうか。
 もしそんな敵部隊が確認されれば大損害を出していただろうし、当然報告も上がっている筈だ。だがそのような報告が上がって来た事は無く、そのような敵の存在は今も確認されてはいない。ならあの2人はどこであのような戦い方を身に付けたのだろうか。
 ルナマリアが悩んでいると、アグネスはハッチの上で起き上がって軽く背を伸ばした。

「まあ、勧誘に失敗したんだからその辺の秘密も解明できないまま迷宮入りね。私もちょっと興味あったんだけど」
「あんたに手を組めるような仲間が居るの?」

 本気で驚いて意外そうにルナマリアに、アグネスは悔しそうに歯を噛みしめて体を翻して他の場所へと飛んで行ってしまった。それを見送ったルナマリアはどうしたのかとアグネスが去っていった後のハッチを見ていたが、少し考えて何かに思い至ったのかハッとした顔になった。

「あれ、ひょっとしてあいつ、私とチームを組む気だったの?」

 ひょっとして自分はちょっと歩み寄ろうとしてたアグネスの気持ちを思いっきりへし折ったのではないかと気づいてしまったルナマリアは慌てて端末を元の場所に戻すとコクピットの外に出てアグネスの姿を探しだしたが、すでに彼女の姿は無かった。

「ああもう、不味ったなあ」

 月面で膝を抱えて泣いていたアグネスの姿を思い出して、ひょっとしたら彼女にも何かしらの変化が起きたのだろうかと思ったルナマリアは周囲に者に声を掛けてアグネスの所在を探すことにした。





 補給物資が運び込まれてミレニアムの艦内が活気づいていた頃、ミレニアム艦内でこの騒ぎに加わらず1人自室で黙々と端末に向かっている男が居た。だがその顔には何処か空しいというか、退屈そうな色が浮かんでいて、仕事にも身が入っているようには思えない。
 アルバート・ハインライン。コンパスの技術責任者でありキラやラクスに協力していた天才である。だがその性格から興味の無い仕事には全く手を出そうとしないところがあり、今も彼は全くやる気がなさそうだ。
 理由はシンプルで、キラとラクスが姿を消したからである。ハインラインにしてみればコンパスでよりすごい何かを作る、それを使える天才がここには居るというのがコンパスに加わっている動機であり、それを無くした今コンパスに居る理由が彼には無かったのだ。
 かと言ってプラントに戻っても今更何がある訳でもない、最高の環境を求めてそれを手にしていた彼が、それを失ってしまったのだから落胆するのも当然だった。そして他に移籍してももうキラ・ヤマトは居ないのだ。自分の用意した最高の機体を扱える天才が居ない今、彼はその才能を大いに持て余してしまっていた。

「やる事もなく、目標も無く、さりとて他に行く場所があるでもない。まさかこうも状況が変わるとはな」

 キラとラクスが居る時は楽しかった。最高のパイロットを前提に最高のMSを作ることが出来た。キラが使う事を前提にすれば多少無茶をしても問題は無かった。そしてラクスが居れば幾らでも予算を使い込んで新技術の開発に打ち込むことが出来た。キラとラクスにとっては必ずしも本意では無かったのかもしれないが、ハインラインにとってはここは最高の環境だった。
 それがファウンデーション事件で全てを失ってしまった。キラとラクスが去ったコンパスは急速に色褪せ、それまで支援をしていたプラントと大西洋連邦は背を向けて距離を取った。当然予算も削減され開発環境も無くし、彼に回ってくる仕事は既存兵器の改良などとなってしまっている。
 せめてファウンデーションの機体の解析でも出来ればまだやりがいを感じられたかもしれないが、ファウンデーションの兵器は根こそぎ破壊されてしまった。アコードが開発したという兵器群は興味を引かれるものだったのだが、それを研究する機会は永久に失われてしまった。
 戦っていた時はその場の勢いもあって徹底的にやってしまったが、落ち着いて考えてみればその後の事も少しは考えておけば良かった。

「貴重な研究対象を全て葬ってしまうとは、天才が聞いて呆れるな」

 アコードが使っていた機体はすべて破壊され、母艦は完全破壊、そして資料はファウンデーション本国ごと核の炎の中に消えた。

「やる事が無い。シン・アスカ用の新型機の設計で暇を潰しても良いが……」

 もうコンパスに居る理由も無いのかもしれない、ハインラインはそう考えるようになってしまっていた。彼が自分の脳を焼くような運命と巡り合うのはもう少し先の話となる。





 地球のカスピ海沿岸、バクーと呼ばれる都市を1人の女性カメラマンが訪れていた。まだ若いその女性は男性のような服を着込み、大きなリュックサックを背負って大きなカメラを首から下げている。ただどれも結構くたびれていたり年季が入っていたいたりして、昔に買ったものを大事に使い続けていたり中古品であること伺わせている。若さも相まってまだ売れない貧乏カメラマンなのだろう。
 彼女の名はミリアリア・ハウ。かつてアークエンジェルに乗艦してキラ・ヤマトと共に戦った少女の成長した姿である。先のファウンデーション戦にも参加していたりするのだが、これが明るみになると民間人が参加していたという事で面倒な話になるので記録は一切残されていない。
 彼女がこの都市を訪れた理由は簡単で、ここ最近妙に紛争が多発している中央アジアから南ヨーロッパにかけての一帯に戦場カメラマンとして仕事の匂いを嗅ぎつけて訪れていたのだ。
 女性として最低限身を守れる程度のセキュリティはあるホテルに宿をとった彼女は早速ここ最近の近隣の動きを調べる為に街に出て図書館を目指した。どんな国でもある程度の図書館ならまとまった数の新聞が保管されているのだ。
 通信ネットワークが崩壊しているこの時代では気軽にネットに繋いでデータベースにアクセスするという訳にもいかず、大昔のようなアナログな手段が最も確実な情報収集の手段となっている。
 図書館への道を歩くミリアリアは周囲に視線を走らせて様子を伺っていたが、そこは世相を反映するように陰鬱な空気が漂い、道行く人の顔にも暗い影がある。

「ファウンデーション事件の直後だから、無理も無いんだけどね」

 モスクワを含む都市が焼かれ、ファウンデーション王国も核に焼かれ、近隣には膨大な数の難民が押し寄せている。最も今の世の中には難民など珍しい存在ではない。たった数年で大きな戦争が何度も起きて世界中が戦火に包まれたのだ、難民は増える事はあっても減る事は無い。自分たちもファウンデーション事件で戦ったがあの戦いの勝利がここの人たちの生活を改善してくれるわけではないのだ。
 このバクーにしてもユーラシア連邦の統制が崩壊しかけているおかげで独立の機運が高まっているが、もし本当に独立を宣言したら認めないユーラシアとの間で戦争が起きるだろう。

 図書館についたミリアリアは早速ここ一か月分程度の新聞を読み漁りだした。ここ最近はどこでどんな騒動が起きているのかを把握しなくてはいけない。それが次の仕事に繋がるのだ。

「はあ、出資者でも見つかればこの貧乏暮らしからおさらば出来るんだけどなあ」

 トールとフレイが死んだあの戦争が終わった後、それまでの全てを投げ捨てて彼女はカメラマンへと転身して世界中を飛び回った。ある意味逃避ではあったのだが、それでも彼女はこの仕事を続けて今では独り立ちも出来ている。ただ資金不足はどうする事も出来ず、年中金欠に喘いでいるのだ。
 もし彼女が異世界の自分を見たらさぞかしうらやましがるに違いない。異世界のミリアリアはフレイという出資者を得て資金面では余り困っていなかったから。最も向こうは向こうで出資者のフレイにあれこれ報告をしないといけないので別方向の苦労があり、気楽さという点では根無し草のこちらのミリアリアの方が気楽である。
 幾つかの会社の新聞に目を通しているミリアリア。同じ案件を扱った記事でも会社ごとに思想や注意点が変わるので、複数の新聞を見比べるのは必要な努力だ。ミリアリアはここ最近の記事を追っていきながら、気になる記事に視線を落としていた。

「この近くの町を巡って最近衝突が起きてたのね。でも一度目はユーラシア軍が数で優る敵を圧倒して、2度目はコンパスの協力を受けて撃退してるか」

 結構大きな戦いだったようで何処の新聞にもその記事が出ている。それ自体は今のご時世ではそう珍しいというものでは無かったが、ユーラシア軍にしては珍しく勝利を収めているのがミリアリアの注意を引いていた。

「数で劣るユーラシア軍が勝利したねえ、こんな田舎にそんな有力部隊が居たなんて知らなかったなあ」

 汎イスラム共同体と揉めているという話だから、それへの対応で進出してきた部隊かもしれないとミリアリアは考えながら記事をめくっていく。何処にでも予想外の凄腕は居たりするものだから、たまたまそういう部隊がそこに居たのだろう。


 ここ最近の近辺のニュースを仕入れたミリアリアは暗くなる前に宿に戻ろうと図書館を後にした。余程治安が良くなければ女性が1人で夜をうろつくものでは無い、という事が理解できるくらいには彼女も色々な経験を積んできている。
 付いてきている奴が居ないかを注意しながら宿への道を戻るミリアリア。実のところ警戒する理由は治安関係だけではない。元アークエンジェルの関係者という経歴が既に彼女の身を危険にしている。世界を守るために戦ったと言えば聞こえは良いが、それは膨大な数の敗者からの恨みを買う結果を招く。キラやラクス、カガリであれば相応の護衛も付いているし、マリューたちも警護対象だ。だが彼女は違う、ただの兵士でしかなく戦後は彼らの庇護下から離れた身だ。復讐を目論む者たちからすれば非常に狙い易い相手だと言える。だからミリアリアは身を守るために常に警戒をするようになっていた。
 宿に戻る途中で食事を購入し、宿に戻って簡単な食事をとる事にする。幸いに今日も何事もなく部屋に戻る事がでてきて、部屋のテーブルに買ってきた食事を置いて備え付けのTVを起動させる。有線放送が使えるので映る映像には問題は無かったが、番組数が少なくて面白いと感じるようなものでもない。
 少しは退屈がまぎれるかと思っていたミリアリアは重苦しい溜息を付くとTVを消し、買ってきた良く分からないパンに具材を挟んだ料理を掴むとそれにかぶりついた。そして空いた手で端末を立ち上げるとメールをチェックし、気落ちした表情になる。

「キラからの返信は今日も無し、か。まあそれは良いんだけど、サイからも無いってどういう事よ?」

 キラはファウンデーション事件を最後に行方を晦ませ、連絡を取ることが出来ないでいる。メールを出しても一度も帰って来た事は無い。キラは完全にこれまでの人生と縁を切りつもりなのだろうかと思ってミリアリアも半ば諦めているのだが、オーブで働いている筈のサイからも何も連絡が無いのは気にかかる。

「……そろそろ墓参りもしたいし、一度オーブに戻ってみるかな」

 ファウンデーション事件の時はそんな余裕も無かったが、両親の顔も見たいし、トールとフレイの墓参りにも行っておきたい。ついでに連絡を寄越さないサイの近況も確認したい。そう考えたミリアリアは今回の仕事が終わったら一度帰国しようと考えて頭の中で予定を組み立てだした。
 まさか、サイがオーブを離れてカガリと一緒に異世界の軍艦に乗っているなどとは想像の埒外にあった。





 ミリアリアがバクーで次の仕事の品定めをしていた頃、バクーには脅威が迫りつつあった。この辺りで活動しているブルーコスモス系の武装勢力がコーディネイター勢力に分類されるバクーを狙って動き出していたのだ。
 元ユーラシア軍の軍人であるヤコフ少将を中心に集まっているこの集団は部隊の移動の秘匿に注意を払っており、コンパスの監視の目を掻い潜って近隣の森の中にかなりの規模のMSや戦闘車両を集めることに成功していた。彼が入っている天幕からでも数機のMSが確認出来ていて、十分な戦力を用意出来ていることを伺わせている。

「幸い戦力は期待以上に集まった。それに切り札もどうにか間に合った、バクーのコーディネイターどもを焼き払うには十分な戦力だ」

 ヤコフは集まった部下たちにそう切り出して机上に広げられた地図の一点を指で叩く。そこは目標としているバクー市が書かれていた。
 このバクー市の前面、カスピ海と反対側にペンで軽く線を引く。

「奴らにも多少は防衛隊が居る、当然市街地が戦火に巻き込まれないような所で迎撃に出てくるだろうから、戦場はこの辺りになるだろうな」
「バクー市の防衛隊の主力は旧型のジンです、大した抵抗は出来ないでしょう」
「ああ。だがそれでも粘られてコンパスに出てこられたら面倒になる。だからできる限り早く片付けて戦場を離脱する必要がある」
「それを可能にするのが、あれという訳ですか」

 参謀が天幕の入り口から視線を外へと向ける。そこには厳重に偽装を施された、1機の巨大なMAが身を低くして鎮座していた。デストロイ。かつてブルーコスモス系部隊が切り札として投入した巨大な可変MAであり、圧倒的な火力と防御力を持ち対抗手段はごく限られるという、文字通りの決戦兵器である。
 今回の作戦に合わせて用意したものでは無い。過去の戦いで損傷した機体を回収して、何時か使う日が来ることを夢見た軍人たちが密かに修復していたものだ。ただ扱うためには特別に調整された生体CPUが必要であり、機体よりもそちらの確保が問題となる。あるいは操作系に改造を施して複数の兵士で運用するようにしてしまうかだが、こちらは本来の性能を発揮できる訳では無い。
 こんな使い難い兵器を必死に修復し、どうにか本来の性能を取り戻して見せた努力は称賛に値するが、その運用目的が特に意味の無い、ただの都市の破壊だというのが彼らの状況を物語っていた。もはや戦争に勝利するのではなく、ただテロを成功させるのが目標となっている。

「しかし、パイロットはどうするのです。生体CPUが必要な筈ですが?」
「そちらも解決している、ジブリールの遺産を手に入れることが出来たのでな」
「ジブリールの遺産、ですか?」
「世の中には何でも商売にする連中が居るという事だ」

 大戦でロード・ジブリールが倒された際に流出した生体CPUとその技術を利用している連中が居るという事だろう。新規に作られたのか逃げてきた生き残りなのかは分からないが、気分の良い話ではない。
 だが、これでデストロイの運用が可能になるとなれば作戦の成功率は跳ね上がる。どうせコンパスは戦いがある程度進んでからでなければ介入してこないし、奴らが出て来る前にデストロイを残して撤退すれば自分たちの完全勝利となる。

「デストロイは勝手に暴れて貰えばいい、ついでに最近増えてきている厄介な考えの連中も始末できれば上々だ」

 ヤコフは忌々しそうに言う。彼の言う厄介な考えの連中とはここ最近になって将兵の中に広がり始めている戦意の低い連中の事で、コーディネイターに対する敵愾心は持っているが、同時に周囲への被害を気にしたり無差別な攻撃を嫌うなどの、真っ当な軍人のような態度を見せるようになった者たちである。なぜそのような考えが広がりだしたのかは分からないのだが、このままではブルーコスモスとしてのこれまでのやり方が維持できなくなり、最悪内部分裂による自壊を起こしかねない。
 ただ、厳密にはブルーコスモス系の軍人がここまで極端に過激化したのはロード・ジブリールが盟主に納まってからであり、ムルタ・アズラエルが盟主をやっていた頃はまだ表向きを取り繕って一般部隊との間に揉め事を起こさないようにする配慮はしていたし、ブルーコスモス系の軍人も復讐心と軍務の区別は付けていた。そういう意味では異端扱いされている彼らは狂気が薄れて数年前の姿に戻っただけだとも言える。
 ただ、それでは困るのだ。戦いを続けるには狂気と狂信が何よりも求められる。ファウンデーション事件のおかげで再びブルーコスモスへの支持が増えて来て協力者も現れだしたときになって、今更正気に戻って普通人のように振舞いだされても扱いに困ってしまう。まして今はアズラエルは居ないのだ、彼らのような人間が増えてきても昔のように地球連合を取りまとめてプラントに決戦を挑めるような剛腕を示せるような人材はもう居ない。
 だからヤコフたちはそのような危険分子をデストロイの護衛としてデストロイと共にバクーに突っ込ませ、バクーの守備隊やコンパスに始末してもらおうと考えていた。自分たちで粛清しても良いのだがそれはそれで身内からの悪評が高まって厄介な状況に追い込まれかねない。



 ただ一つ問題があるとすれば、作戦を主導する者たちがどのような陰謀を巡らせていても、現場が黙って潰されてくれるかは分からないという事だ。彼らにもそれぞれの信条があり、テロ組織に属していてもその理由は上層部と同じとは限らない。その辺りを極端に先鋭化させた組織も存在するが、寄せ集めであるこの部隊はそこまで先鋭化した狂気に支配されている訳では無かった。
 将兵の多くはつい1年前にベルリンを含む中央の都市を幾つも焼き払ったデストロイに敵対的な、あるいは恐れるような目を向けている。彼らの多くはユーラシアの将兵なので、当然この機体を敵として戦った者なども居るのだ。
 そんな中に、他とはいささか違う目を向ける者もいた。ダガーLの傍に集まっている3人のパイロットが偽装されているデストロイを複雑そうな顔で見上げている。

「こんな化け物と一緒に戦う日が来るとはな」
「化け物を連れて宇宙の化け物と戦おうってんだ、ある意味正しいんじゃないか?」
「化け物だらけだな、人間の居場所は何処だよ?」

 仲間の皮肉な言葉の応酬に3人目が苦笑いを浮かべる。そして視線を司令部の天幕の方に移して、そこにこの場にそぐわない物を見て目を疑った。

「なんだありゃ、ガキが何でこんな所に?」

 数人の高級将校に連れられて10歳かそこらのパイロットスーツを着た女の子が歩いている。顔色は悪く、痩せていておおよそパイロットが出来るとは思えないが、スーツを着ている以上パイロットなのだろう。
 あれは一体なんだと思っていると、仲間が忌々しそうな声で教えてくれた。

「あれが多分デストロイのパイロットだよ、デストロイには強化改造した子供を乗せるって前に聞いた事がある。確か生体CPUとかいったか」
「強化改造って、何だそりゃ?」
「俺も知らねえよ、だけど碌なもんじゃないんだろうさ」

 人間を改造などと聞かされれば内容は分からなくても碌な事ではないことくらい予想が付く。しかもそれがあんな子供に行われたと聞かされれば誰もが良い気はしなくて当然だ。
 自然とその苛立ちは自分たちの上官へと向かい、司令部の天幕がどうしようもなく邪悪なものに見えてくる。子供を戦争に利用するななどという理想論を今更口にするつもりは無いが、子供を強化改造して戦争に利用するとまで来ると流石に理性が拒否してくるのだ。

「あんなガキをどうするつもりなんだろうな、上の連中は?」
「知るかよ、俺たちは言われたことをするだけさ」

 それ以外に兵士に何が出来るんだと肩を竦めて言う。所詮自分たちはただの駒だと割り切っているのだろう。だが割り切れない物も居るものなのだろう。その様子を見ていた同僚が釘を刺すように忠告してくる。

「おいマチェイ、変な気を起こすなよ。仲間を追撃なんてしたくないからな」
「……分かってるよダニーロ、それにダガーL1機じゃな」
「分かってるなら良いけどよ。ジョージも……おい、お前も大丈夫だよな?」

 マチェイよりももっと厳しい目で天幕を見ている同僚にダニーロは不安そうに声を掛けたが、ジョージと呼ばれた男はそれに頷きもしない。それを見てダニーロは右手で頭を掻きながら勘弁してくれと声に出した。

「おいおい、俺たちにはもう行き場所なんて無いんだぞ、余計な揉め事は勘弁してくれよ」
「こんな胡散臭い事に関わるんだったら、中佐の所に居りゃ良かったな」
「……ウォロシーロフ中佐たちなら、少なくともガキを戦場に連れ出したりはしないだろうな」

 自分たちの過去の行動を悔やむジョージ。彼らは元々ウォロシーロフ中佐の部隊に居たが、中佐が部隊からの離脱を許可した際に部隊を抜け、他のブルーコスモス系部隊に合流したのだが、まさかその先でこんな作戦に関わることになるとは思っていなかった。
 そして同時に、この戦いに関わってしまったことで自分たちが想像もしていなかった地獄に叩き込まれる事になるのである。


ジム改 今回はこちら側の小さな動きでした。
カガリ いや、かなりピンチな気がするんだが。
ジム改 大丈夫だ、今のところ酷い目に合いそうなのは……結構多いかも。
カガリ 私もその中に入ってるのか!?
ジム改 いや、多分カガリたち基準だと酷い目って認識にならないかと。
カガリ え?
ジム改 お前らが精神的にタフ過ぎるだけで、今の状況って無茶苦茶に悪いからな。
カガリ ま、まあ、訳も分からず異世界に放り出されて孤立無援のまま身を隠そうとしてたら戦争に巻き込まれて……こうして並べると洒落にならんな。
ジム改 この状況で気楽に明日の事を考えられる自分たちって結構異常だと思わんか?
カガリ いや、でもそこまで追い込まれているとは思ってなかったんだが。
ジム改 お前ら4人揃って前作で修羅場に慣れ過ぎてるからな、多少の事じゃ動じなくなってるんだ。
カガリ おかしい、私はそこまで図太くない筈?
ジム改 向こうの世界の連中が聞いたらみんなで笑い転げそうなジョークは止めような。
カガリ ジョークじゃねえよ!
ジム改 少なくともキラたちはAAにか弱い女性は居ないと認識してたぞ。
カガリ じゃあか弱い女性は誰だよ?
ジム改 …………
カガリ おい?
ジム改 ま、まだイングリッドは大丈夫ではないかと。
カガリ いや、大分擦れてきてないか?
ジム改 彼女のパワーアップイベントもそろそろ来るしな。
カガリ まだ強くなるんだ。
ジム改 一応ポテンシャルはこの世界最強の筈なんで、叩けば伸びる余地は沢山ある。

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