第24章 イングリッドの受難の始まり
艦内のMSの解説を受け終えたカガリたちは艦内に個室を与えられ、ゆっくりと休むと良いとマリューに労われた。この世界のカガリとサイは監視装置付きの部屋で入り口に歩哨を立てられていたが、イングリッドはフレイたちの信頼もあってフレイたちと同じ待遇を受けていた。
食堂に集まった5人はこのままこの艦で過ごして助けを待つという方針で一致していたが、問題はイングリッドの事だった。
4人から一緒に行こうと言われても何故か彼女はこの世界に残るという。残ればいつか捕まって殺されてしまうは目に見えているのに何故とカガリは怒った様子でイングリッドを問い詰めている。
「何でだよ、この世界に残る理由はもうお前には無いんだろ!?」
「……確かに、私にはもう何も残ってはいません。ですが、この世界には共に居た仲間が、愛した人が居たんです。ここを捨てて行くことは出来ません」
「でも、残ってたら殺されるんだぞ!」
「覚悟の上です、もちろんそれなりに抗って見せますが」
愛した人が居た世界を捨てられないというイングリッドにカガリは怒り、アスランも苛立ちを見せていたが、フレイは彼女の言葉を否定できずに俯いていた。もし自分が彼女と同じ立場だったら、キラが死んだ世界を捨てて逃げるという道は選べないだろうと思うから。
ただ、トールだけは他の3人とは違って怒りも同情も見せていなかった。ただじっとイングリッドを見ている。その様子に気が付いたのか、アスランがどうしたのかと問いかけた。
「どうしたトール、お前は何も言わないのか?」
「いや、俺も縛ってでも連れて行くべきじゃないかって思うんだけど、それで良いのかって気もしてさ」
「どういうことだ?」
「死んだ人を忘れて新しい人生を生きろってのも正しいと思うんだけどさ。もしミリィが死んだと考えたら、俺は他の世界に逃げるのを納得できるのかと思うと」
彼女の立場に自分を合わせて考えてしまうと、それを受け入れられない気持ちも理解できてしまうとトールは言う。ただ彼女に逃げて欲しいと思う自分もいるので、何も言えないんだとトールは答えた。
トールに言われてアスランもラクス紛争でラクスを自分で撃った時を思い出してしまい、葛藤に顔を歪めて黙ってしまった。アスランが落ち込んだことで仲間を無くしたカガリも勢いを失い、椅子に腰を降ろしてまだ納得できないという顔をしている。
自分に生きろと言ってくれるカガリに、イングリッドは嬉しそうに微笑んだ。
「そう言ってくれるのは嬉しいです。私にも誘いに乗ってそちらの世界に行くのが最善であるのは理解できていますが、申し訳ありません」
「この世界でオルフェって奴に殉じたいのかよ?」
カガリの言葉に、イングリッドは胸に手を当てて泣き笑いを浮かべた。
「それが、私の幸せなんです」
「……私は諦めないぞ、友達を死なせたら私が引きずるじゃないか!」
まだ諦めないカガリにイングリッドは困ったような嬉しいような複雑な笑顔を浮かべる。彼女の気持ちは嬉しいし、カガリはこういう人だとも理解できているのだろう。
怒って席を立ち食堂を後にするカガリ。アスランも思うところがあるのか席を立って歩き去っていった。そして残されたトールとフレイは、イングリッドに理解を示してはいたがどうすれば良いのか分からないという様子だった。
ただ、フレイは一つだけイングリッドに言いたい事があった。
「イングリッドさん、私は貴女の気持ちを理解できるから、無理に連れて行こうってカガリには賛成しない」
「ありがとうございます、フレイさん」
「でも、1つだけ聞きたいの。そのオルフェさんは、貴女に残って欲しいと思っているの?」
フレイの問いに、イングリッドは辛そうに顔を伏せた。その様子にフレイはオルフェという人はそれを望んでいない、いや、気にしてもくれないのだと察することが出来た。
もし自分が死んだらキラは泣いて悲しんでくれると思う。それを嬉しいとは思うけど、何時か思い出にして前に進んで欲しいと思う。でもイングリッドはそうではない、彼女は後を追いたがっている。自分の事を何とも思っていないのなら、せめて自己満足に殉じたいのだ。
自分にもそんな部分がある事が分かっているから、フレイはイングリッドを否定できない。だから彼女に付いてきて欲しいと思っていても、フレイにはそれは言えなかった。
黙り込んでしまったフレイに代わり、今度はトールが口を開いた。
「俺はフレイじゃないからイングリッドの気持ちを理解は出来ても納得は出来ないよ。俺はカガリの味方をするつもりさ」
「……そうですか」
残念そうなイングリッドを見てトールも食堂から出て行こうとしたが、足を止めて振り返るとイングリッドを見た。
「そうそう、実は前から気になってたことがあるんだけどさ」
「なんでしょうか?」
「何でイングリッドは何時までも敬語でさん付けで話すのさ。俺たちは友達だと思ってたけど、イングリッドにはそう思われてなかった?」
「いえ、そういう訳では……」
言われてイングリッドも驚いた顔をしていた。自分でもこの4人を信頼して友人だと思っているつもりだったのに、言われてみればずっと敬語で話していた。まるでずっと一定の距離を置こうとしていたかのように。
どうして、と自問しても理由は分からない。相手が異邦人だから無意識に警戒していた、いつかこの世界を去っていくから必要以上に踏み込みたくなかった、様々な可能性を思い浮かべては違うと否定していって、最後に残った答えにイングリッドは戸惑ってしまった。そうだ、友達という相手に対してどう接すれば良いのか分からなかったのだ。
「私は…………」
「もし別れることになっても、最後までこの調子は俺は少し寂しいかな」
そう言ってトールは食堂を出ていく。それを見送ったフレイはまだ戸惑っているイングリッドを見て、クスリと笑うと手を伸ばしてイングリッドの手を取った。
「トールの言う通りね。私ももうイングリッドさんは止めるわ」
「フレイさん」
「フレイって呼んで。私もイングリッドを見てると自分を見ているみたいで、無意識に一歩引いてたのかもね」
「……いいえ、私はフレイほど重くないつもりよ」
そう言い返して、イングリッドはクスクスと笑いだしてしまった。言い返されたフレイは虚を突かれて呆けた顔をしていたが、すぐに我に返ると楽しそうな顔で口とがらせた。
「なによそれ、私はそこまで酷い女じゃないつもりなんだけど」
「そうかしら、カガリもトールも貴女を重い女だって言ってたわ」
イングリッドに言われてフレイはあの2人は後で叩くと呟き、そして椅子から立ち上がった。
「久しぶりにMSに乗ってみたくなっちゃった、シミュレーターに付き合ってくれないイングリッド」
「ええ、私もアスランが認めるナチュラルと手合わせしてみたいと思ってた」
少し好戦的な笑みを浮かべて、イングリッドはフレイの挑戦を受けた。これまでのイングリッドらしくない表情にフレイは嬉しそうに頷き、2人で格納庫へと向かっていった。
それは艦内に騒動を巻き起こしていた。フレイとイングリッドはマリューに願い出てウィンダムに乗り込み、機体をリンクさせてシミュレーターモードを使って演習をすることになった。これはMSのコクピットで操縦はするが結果はコンピューター上で処理されて実機が動くわけではない。この2機がシミュレーション上で対戦をすることが出来るシステムだ。
利点は実機を壊さないことで、欠点はシステムに登録されていない装備や機能は使えないことだろう。
自分たちの世界でも名を知られた深紅の戦乙女と、この世界のパイロットの模擬戦が行われるという事で整備兵たちが興味を持ってモニターの前に集まっている。セランやボーマンもやってきて、噂を聞き付けたアスランたちやこの世界のサイやカガリも見物に来ていた。娯楽が無くて暇だった彼らにはこれは久々に訪れた面白そうな見世物だったのだ。
セランは愛用のレンチを手に持ちながらシミュレーターの中の戦闘を映像として映し出すモニターの前に立って面白そうに隣に立つ兄にどっちが勝つと思うかを尋ねる。
「兄さんはどっちが勝つと思う?」
「向こうの腕を知らないから何とも言えないな。フレイも予備役になって3年だから昔より腕も落ちてるだろうし」
「まあ現役の腕を維持するのは無理だろうけど、私はフレイに一票入れるわね」
「じゃあ俺は相手に一票かな」
面白そうに言うボーマンに続いて賭ける声が次々に上がり、場は一気に盛り上がっていく。それを見ていたアスランも苦笑しながらカガリとトールを見た。
「こいつは、俺たちも賭けとくか?」
「そうだな、じゃあ私はフレイに賭ける」
「俺もフレイに入れとこうかな」
「それなら、俺はイングリッドにだな。コーディネイターの上位種のアコードっていう話には興味がある」
ここにいる人たちの何割かはフレイの強さを知っている。だから彼女に賭ける者は多かったが、戦いが開始された彼らが見せられた戦闘は彼らの予想を超えたものとなった。
開始の合図と同時に迷わず前に突進してきたイングリッド機を見てフレイ機が後退して距離を取ろうとしながらガウスライフルの連射を放つ。牽制のつもりだったのだろうが、イングリッド機は突撃しながら命中しそうな銃撃を小さな動きだけで回避して突進するペースを落とさない。
なんだあの回避はと驚く視聴者たちの前でフレイ機がガウスライフルをイングリッド機に投げつけてビームサーベルを抜いて接近戦の覚悟を見せる。だがフレイの強みは射撃戦で、接近戦は苦手としている。彼女がビームサーベルを抜いている時点で追い詰められている証拠なのだ。
突っ込んできたイングリッド機が突然姿勢を下げてフレイ機の足を狙ってビームサーベルを一閃するが、その時にはフレイ機はそこにはおらず、ビームサーベルは何もない所を薙ぎ払っている。そして少し下がっていたフレイ機はシールドを横薙ぎにイングリッド機に叩きつけようとして、イングリッド機はそれを機体を捻って無理やり左腕で受け止めてしまった。そんな事をすれば左腕は使い物にならなくなってしまうが、それで十分だった、シールドを叩きつけてしまったフレイ機の姿勢は崩れていてすぐに退避に移ることが出来ず、イングリッド機が袈裟懸けに振るったビームサーベルに胴体を切り裂かれてしまっていた。
フレイの敗北が表示された画面を見て悲鳴と歓声が同時に上がり、勝者と敗者がそれぞれの立場で感想を言い合っている。ただ全員に共通しているのは凄い物を見せて貰ったという喜びであった。
それは離れてところから見ていたこの世界のサイとカガリも同様だったようで、強いとは聞かされていたが実感が持てないでいたフレイの実際の操縦を目の当たりにして何をしていたのか理解できないほどの動きを見せられて呆然としてしまっている。
そんなこの世界の自分の顔が心底おかしいのか、カガリは愉快そうに笑っていた。
「あいつら、鳩が豆鉄砲食らったような顔してるなあ」
「そりゃ、この世界のフレイはパイロットじゃなかったみたいだし、そうなるでしょ」
愉快そうなカガリにそこまで笑わなくてもと窘めながらも自分も笑みを浮かべているトール。だがすぐにその笑みを消すと、先ほどの戦いをアスランに聞いた。
「それで、どう思うアスラン。さっきのイングリッドの動きを見て」
「動きそのものは確かに凄かった。あの射撃に対する回避能力はコーディネイターでもそうそう出来ることじゃない。だが……」
「ああ、俺の知るザフトの上澄み連中なら出来た芸当だよな。キラやアスランは勿論、ザルクの戦闘用コーディネイター達もあの動きは出来てた」
もっと言うならあれはアルフレットたちでもやれる。やろうとしないがフレイでも似たような事は出来る。アコードの身体能力だけでやってるなら確かに凄いのだが、才能に恵まれたコーディネイターが訓練を重ねれば似たようなことは出来るはずだ。
多分それはフレイも思ったはずだ。射撃を回避されても焦る様子は無く接近戦の態勢をとって応戦していたのだから。1対1だから踏み込まれていたが、実戦ならあれを止めるのは自分の仕事だ。
むしろ怖いのはその後に見せたフレイのシールドアタックを無理やり機体を捻って左腕を犠牲にして受け止めて見せた事だろう。あの動きはアスランでも体に負担が来るほどに無茶な動きだった。それを平然とやってビームサーベルを間髪入れずに振るえるのだから、イングリッドの体はアスランよりも凄いのかもしれない。
シミュレーターだから実戦のような負荷が体に来るわけではないが、それを咄嗟にやろうと思えるという事は実際にやれるという事だから。
勝負が終わって機体から出てきたフレイは負けたーと言いながらハッチに足をかけて背を伸ばしていて、同じく出てきたイングリッドはなんだか不満そうな顔をしている。何というか悔しそうだ。
「まさか、左腕を潰されるとは思わなかった」
「なによ、負けたのは私なんだけど?」
「勝った気がしないわ、同じ機体を使ってナチュラルを相手に機体を中破されての辛勝なんて」
左手を握りしめて悔しそうにするイングリッド。それを見たフレイはこの娘は意外に負けず嫌いな面があったのねと思っていたが、そういう面が見れて嬉しく思ってしまった。
「ねえ、もう一回やる?」
「……そうね、次は完勝させてもらうから」
「う~ん、それはどうかなあ。多分次はそうはいかないと思うけど」
「はあ、どうして?」
「まあ、やってみれば分かると思う。もし完敗したら何か1つお願いを聞いてあげよっか?」
「余裕ね。なら私が苦戦したら私が何か聞くとしましょう」
「じゃあ、それで」
イングリッドと頷き合って2人はまたコクピットへと戻っていく。2戦目が始まるのだと知って観客たちはまた歓声を上げだし、アスランたちは興味深そうにモニターを見た。
「さて、どうなると思うアスラン?」
「フレイが勝つ、というのは難しいだろうな。だが1戦目ほど楽にイングリッドが勝たせてもらえるかというと、それも無いだろう」
「だろうな。さっきの戦いでフレイはイングリッドの動きを見たから、次は対応してくる」
初めて相手をしたからフレイはイングリッドの動きを予想しきれなかったが、やり合ったことがある相手ならキラやアスランが相手でも簡単に負けてくれるような女ではない。それを味方として知るトールと、敵として知るアスランは少しイングリッドに同情してしまっていた。多分プライドがズタズタになるだろうなあと。
5戦目は廃墟化した地方都市を舞台としたシミュレーションとなっていたが、イングリッドは飛行能力を持つウィンダムを縦横に動かしてビルの隙間を小刻みに移動しているフレイの機体へと迫っていた。
これまでに4度フレイと戦った結果は彼女にとって非常に不本意なもので、全てに勝利しているのだが段々戦いが長引くようになり、こちらのダメージも多くなっている。フレイはこちらの動きに間違いなく付いてこれるようになっている。
最初はウィンダムが自分の操縦に付いてこれていないのではとも思ったが、ルドラには及ばなくともこのMSの性能は文句を言えるようなものでは無い。ジャスティスやフリーダムとも渡り合えるという謳い文句通りアコードの自分の操縦にも付いてこれている。むしろ操作に対する追従性能は勝っているかもしれない。ナチュラルでもコーディネイターに対抗できるMSというだけあってパイロットの補助機能の充実ぶりは物凄い。防御性能の充実ぶりも素晴らしく、何故メインの火器が実弾砲なのかと思ったがここまで対ビーム性能が充実していれば実弾の方がむしろ有利だ。
ただ機体に大きな問題が無いのなら、ナチュラルのフレイは自分の動きに対応できているということになる。その認識は甚く彼女のプライドを傷つけていた。イングリッドはオルフェ達ほどにナチュラルへの蔑視思想を持っていたわけではないが、それでもアコードという生まれに誇りは持っていたので、その自分にナチュラルが付いてこれているというのは面白くない。
「どういうことなのこれは、アスランが自分たちが恐れた相手と言っていたけれど、こんなことが」
逃げていくフレイに対してイングリッドは彼女を遥かに上回る速度で追撃をかけている。もうすでに彼女の姿は捕らえており、あと2度も曲がれば追いつけるという計算もある。今度こそ仕留めると決めて更に距離を詰めていき、曲がり角でビルの壁に着地させて無理やり向きを変え、崩れるビルを蹴ってフレイを追いかけようとしたが、フレイは次の曲がり角で逃げようとせずガウスライフルを放ってきた。
無理な軌道変更で動きが鈍ったイングリッドを狙ったのだろうが、この攻撃はイングリッドの予想の範囲内だった、3度目の戦いで同じような事をフレイは仕掛けてきたからだ。
「私に同じ手が効くと思わないで!」
ガウスライフルから放たれる高速弾は確かに恐ろしい。PS装甲に連続してぶち当てて局所的にPSダウンを狙うというコンセプトはルドラと同じ考えだが、それを主力火器で採用するというのが狂っている。向こうの地球連合はどれだけPS装甲に苦労させられたのだ。
フレイの放った一撃を機体を上昇させて回避し、追撃に戻ろうとしたイングリッドは目を見開いた。回避した位置に向けて間を置かず次の射撃が襲い掛かり、咄嗟に正面にシールドを向けて防御態勢をとるが次々に受ける直撃にシールドのダメージが急激に増えていき、貫通した弾が胴体を、肩を、脚を抉っていく。
弾着の衝撃が止んだ所でイングリッドは初めてフレイとの戦いで後退を選んだ。建物の陰に機体を隠し、コンディションモニターを見て機体のダメージを確認する。
「私を狙って撃ったわけじゃない。最初の射撃で飛ばされた? いえ、飛ぶ方向を読み切られていた? 逃げる方向にこちらが動く前に迷わず次を撃ち込んでいた?」
あのタイミングはこちらが回避に入る前に撃っていなければ間に合わない。端から見れば自分からフレイの放った砲火の中に飛び込んだように見えただろう。どうやったらそんな事が出来るのだ。逃げる方向を限定させるように攻撃するのは不可能ではないが、それは有利な方が行う狩りのような戦術の筈だ。逃げている側がとる戦術ではない。やれるとしたら、それはフレイは最初からこれを計算に入れて自分を誘導していたということだ。
自分が嵌められたことを自覚してイングリッドは屈辱感に奥歯を噛みしめる。動きは間違いなくこちらが速い、反応速度もナチュラルにしては異常に優れてるが自分ほどじゃない、向こうが上回っているのは実戦経験くらいの筈だ。
このまま良いようにやらせては堪ったものでは無い、距離さえ詰めればこちらの戦い方に引きずり込めると考えてイングリッドは建物から機体を飛び出させたが、すぐに機体を思い切り沈み込ませた。飛び出した先を狙うように何時の間にか詰めてきていたフレイのウィンダムの銃口が見えたのだ。
なんで、と思う間も与えられず咄嗟に機体を屈ませて銃撃を回避するが、モニターに推進器の損傷が表示される。避け切れなかったことに舌打ちしたが、それでもイングリッドは機体を前に出した。ダメージは受けたが、それでも距離は詰まってくれたのだ。
このまま仕留めると決めると損壊したシールドを捨てて左手にビームサーベルを持ち、フレイ機との距離を一気に詰める。この損傷では小細工をする余裕は無い。だがフレイはまだ無傷なので距離を取って射撃戦に持ち込むつもりのようだ。多分先ほどの射撃で勝負を決めるつもりだったのだろう。
体当たりする勢いで距離を詰めるイングリッド機に再度ガウスライフルを向けたフレイ機だったが、イングリッド機を撃墜するには余りにも距離が近すぎた。放たれた高速弾がイングリッド機を抉るものの勢いは止まらず、突き出されたビームサーベルはフレイ機の胴体を貫いていた。
艦橋で2機の5度目の演習を見ていたマリューは非常に機嫌が良かった。ニコニコ笑顔で艦長シートに腰を降ろしている。
「久しぶりにこういう戦いを見たわね。観戦するならこういう戦いでないと」
「か、艦長、何を言っているんですか。あの動きはどう考えても異常でしょう?」
艦橋で同じくモニターを見ていた航海長が信じられないという顔をしている。リベレイターのテストパイロットをしているボーマンでも相当な凄腕だと思っていたのに、それが霞むというか何をしているのか分からないような戦いを見せられたのだ。それをニコニコ顔で観戦しているこの艦長はどういう神経をしているのだ。
おかしいだろうと言われたマリューは航海長に落ち着きなさいと言い、モニターを見る。
「私がアークエンジェルの艦長をやっていた頃は、あんな戦いをずっと見てきたからかしらね。これが当たり前になっているのよ」
「艦長は基準がおかしいです」
「試験隊に来ればこういうのが見れるとちょっと期待していたんだけどね」
テストパイロットでもトール君やフレイさん以下なのよねえと残念がる上官に、航海長は呆れていた。アークエンジェル隊が地球連合最強部隊だとは聞いていたが、こんな化け物が揃っているような部隊だったとは。先ほどの言い方だとあのフレイ・アルスターでも弱い方になるという事だろう。
自分たちの美人の艦長が本当に伝説の部隊の指揮官だったのだという事を、航海長はようやく納得することが出来た。こんな何かおかしい人たちが集まった部隊だったのだと。
イングリッドとフレイの演習は延べ5回に及び、イングリッドの4勝1分けという結果に終わった。結果を見ればイングリッドの圧勝の筈なのだが、何故か彼女は食堂のテーブルに両腕を枕にして突っ伏してしまって鬱々とした空気を漂わせている。その向かい側では疲れた様子のフレイが冷たいドリンクを口に含んでいた。
少しだらしないフレイの隣にアスランが腰掛け、シミュレーターの結果をフレイに語ってくる。
「お疲れさま、流石だなフレイ」
「なによ、負けた私への嫌味?」
「いや、称賛してるよ。イングリッドの強さは俺やキラ並みだった、それで最後は引き分けに持って行ったんだからな」
「それはありがとう。でも5回目よ、流石に動きに慣れてくるわよ」
「ナチュラルにそれを言われると流石に凹むんだが、お前たちアークエンジェル隊が言うと洒落にならないな」
アークエンジェルにはフレイ以外にもフラガやアルフレットと言った更に格上の化け物もいた。特にアルフレットとはアスランも交戦経験があるが明らかに押されていた。ナチュラルだからと舐めていたら死ぬというのは地球で戦いを重ねたアスランたちザラ隊の共通認識である。
とはいえ、そういう例外を除けば普通はナチュラルはコーディネイターには勝てない。なので突っ伏して鬱々としているイングリッドの気持ちもアスランには良く分かった。かつて自分もイザークもミゲルもフィリスも、要するにザラ隊の主力級のほぼ全員が辿った道だったから。
「イングリッド、そのなんだ、同じ経験者として言わせてもらうとだな、気にしない方が良いぞ」
「……貴方もフレイに手を焼いたことが?」
「ああ、フレイとは何度か戦ったことがあるが、ジャスティスを使っても容易には勝たせてくれない相手だった」
ジャスティスで仕掛けてM1に止められた事は後で結構ショックだったんだぞとアスランは言う。それを聞いたイングリッドはようやく顔を上げたが、なんだか少しいじけている様な顔をしていた。
「私、アコードであることをそれなりに誇りにしてたのよ。それが同じ機体でナチュラル相手に引き分けに持ち込まれるって、こんなの無いわよ」
「だって、イングリッドって攻め方に工夫が無いんだもの。とにかく接近戦に持ち込みたがって、昔のキラを相手にしてるみたいだったわ」
「それ、私が馬鹿って言ってる?」
「う~ん、馬鹿とかそういうのじゃなくて、そういう訓練を受けてないって言うか、もしかしてイングリッドってずっと我流でやってきてたりする?」
「我流というか、戦い方は教育施設で受けた物とあとは同じアコード同士での演習だけよ。周辺の武装勢力との小競り合いくらいは実戦も経験してるけど、それでもこんな思いをしたのは初めての経験よ」
「…………うん?」
イングリッドの話を聞いてフレイは何かが引っかかった。教育施設で受けた教育。それは軍事組織などで教えられる戦闘訓練のようなものだとは思うのだが、この世界ではどういう訓練をしているのだろうか。
「ねえアスラン、ちょっと聞きたいんだけど、ザフトってどんな教育しているの?」
「いきなりなんだ。だが、そうだな」
フレイに聞かれてアスランは簡単にアカデミーの教育内容を話して聞かせ、それを聞いたフレイはイングリッドが受けた教育も同じような物かを尋ねて、似たようなものだと答えられた。
「つまり、アコードはザフトのアカデミー卒業生くらいの教育は受けているのよね」
「ええ、そうだと思うけど」
「なのに戦い方に幅が無い、ザフトには訓練校を出た後に教育をしてくれる上級士官とかベテランの教官とかが居ないの?」
自分やトールならフラガやキース、アルフレットが該当する。特にキースは頑張って教えてくれていた。他にナタルから簡単な戦術教育も受けてフレイは今のスタイルを作り上げた。だがコーディネイターにはそういたシステムが無いのだろうか。
このフレイの疑問に、アスランは情けなさそうな顔をして答えてくれた。
「本土に教導隊というものは一応あるんだが、実はザフトというかコーディネイターは個人主義が強くてな。上官に教えを乞うとか部下を鍛えるとかって考えが余り無いんだ。アカデミー卒業後はパイロットは教導隊で少し専門的な訓練を受けただけで前線に送られて、多くが何もできずに戦死していったよ。ザラ隊じゃ長い実戦の中でベテランが新人を教えないと生き残れないって考えが出来て現地で手空きが他の部隊の新人の面倒を見たりとかしてたんだが」
「ザフトがプラント大戦の後半戦で人材枯渇したのって、そのせいじゃないの?」
「一応本国に戻ってその辺りの改善とか戦術ドクトリンの見直しを提言もしたんだが、ナチュラル蔑視の思想は最後まで覆せなくてな」
アカデミーの校長としてやれる事はやったんだが、学生を守れなかったのは俺の責任だよとアスランは無念そうな顔で言う。卒業もしていない在校生まで前線に送り込むという決定にアスランは当然反対していたが、それが決定を覆すことは無かった。
同じ頃に本土防衛隊で教導パイロットをしていたディアッカも送り込まれてきた学生を鍛えていたが、彼らに経験を伝える前に前線に持っていかれて大半を失ってしまっている。.
アカデミーの校長としての仕事にやりがいは感じていたが、大勢の子供を守ってやれなかったことはアスランにとって辛すぎる記憶となっている。
俯くアスランを見てフレイは不味い事を聞いてしまったと後悔し、これ以上この話をするのは止める事にした。
「とにかくイングリッドに足りないのは優秀な教官に付いて学ぶことよ」
「優秀な教官って言われても」
「父さんが居てくれたら任せるんだけど、私が教官役じゃイングリッドも嫌だろうし、アスランに任せるかな」
コーディネイターがナチュラルに教わるのは嫌だろうと思うフレイだったが、イングリッドは首を横に振っていた。フレイでも構わないらしい。
「私はフレイに教えて欲しいかな、ナチュラルなのに私と引き分けれる理由も知りたいし」
「え、でも、アスランの方がずっと強いわよ?」
「アスランが強いのは知っているけど、私と多分方向性は変わらないと思うから」
ナチュラルのフレイがアコードの自分と渡り合えるほどの訓練とはどういったものなのか、それにはとても興味があった。フレイはイングリッドが良いなら良いのかなと呟いてイングリッドへの教導を承諾し、とりあえず明日からトールとアスランを相手に模擬戦してみてと言った。
それに頷いたイングリッドは、戦闘中に1つだけ気になったことをフレイに問いかけた。
「そういえば、貴女と戦ってる時に気になったことがあるんだけど」
「どんな事?」
「私が攻撃しようとする前に回避運動に入っていたように見えたし、何度か私の回避先に向けて私が動く前に撃ってきてたわよね?」
「ああ、あれは私にも良く分からないのよ。私は必死に動かしてるだけなんだけど、後から映像で確認してもらうと相手が動く前に対応した動作に入ってるとか言われるのよね。射撃の方は何となく次はそこに行くって分かるというか、そんな感じ」
自分には言われても不思議な事をしているつもりは無いんだけど、教育していたキースなどに言わせるとかなり異常な動きをしていたらしい。最もこれは空間認識能力者なら多少の差異はあれど出来ることで、フレイはそれが他の人よりも上手く出来ていただけで映像上でおかしなことになって見えるらしい。
こっちでも空間認識能力を持ってる人はいるんでしょうとフレイが問いかけたが、何故かイングリッドは胡散臭いというか、詐欺師でも見るかのような目でフレイを見ていた。
「あれ、どうしたの?」
「……空間認識能力者がそんな力持ってるなんて聞いたことが無いんだけど。私もドラグーンは使えるけどそんな事出来ないわ」
「程度の差じゃないの、父さんもフラガ少佐も出来てたし」
出来る人には出来てたわよというフレイに、イングリッドは今度こそ反則だと叫んでしまった。
「それもう未来視の領域じゃない、アコードでもそんな事出来ないから!?」
「未来視なんてそんな超能力みたいな便利な物じゃないわよ、ほんの一瞬先が予測できるってだけだし」
イングリッドの剣幕に押されながら未来が見えるならもっと色々楽できてたというフレイだったが、イングリッドはその一瞬が大事なんでしょうと突っ込みを入れている。それを隣で聞いていたアスランは過去の戦いを思い出してそういえばフレイって回避も射撃も何かおかしかったけど、そんな反則していたのかと思っていた。
ジム改 フレイの戦闘勘が現役時代のレベルに戻ってきました。
カガリ マリューが地味にヤバい人に。
ジム改 プロスポーツ観戦が趣味の人がずっとマイナーの観戦しかできなくて不満溜めてた状態だね。
カガリ しかし5度目とはいえ、アコードと引き分けるのか。
ジム改 元々機体が同等ならキラ相手に相打ちに持ち込むくらいの強さだぞ。
カガリ これ、フレイじゃなくてアスランが相手だとどうなるんだ?
ジム改 アスランでも楽に勝てる相手じゃないぞ。
カガリ つまりアスランだと勝てると?
ジム改 元々アスランはキラが勝てないくらいくらい強いし。
カガリ でもサシだと原作アスランほど強くないような。
ジム改 それは多分キラも同じ。1対1だと流離うキャラは原作キャラに不利だと思う。
カガリ うちは集団戦がメインだからなあ、キラや強化組でも支援体形組むし。
ジム改 勝てないと思ったらキラVSアスランみたいな事情が無ければ仲間呼ぶからな。
カガリ シンがルドラ見つけて襲い掛かったら他の3人が助けに来てフルボッコにされる未来が見えた気が。
ジム改 そして今回はイングリッドさんも怒っていたNTの強さの理由を説明しよう。
カガリ なんか未来視とか言ってたな。
ジム改 通常、人は攻撃されそうになるのを確認して咄嗟に逃げようと動くわけだ。この際にどれだけ早く気付くかが極めて重要と言われる理由がここにある。早く気付けばそれだけ対処にかける時間が増えるからな。
カガリ まあそうだな。
ジム改 この点はナチュラルもコーディネイターも同じだ。気付く→考える→動作という点は誰もが同じで、訓練はこの中の考えるという部分をもう反射的に動いてしまうようにしてしまうための物だ。気付く→反射的に動く、にしてしまうんだな。この辺はスポーツとかでも同じだ。
カガリ 考えてたら死ぬからか。
ジム改 考えるのは安全を確保してからで良いからな。気付いて咄嗟に体に覚えさせた回避運動に入る訳だが、俺はこの気付いて反射的に動くところでナチュラルとコーディネイターの差が生まれてると考えてる。そして動作以降は努力では変えようがない、機械的な動作や命令伝達の差になって来るからな。つまり機体の性能差だ。
カガリ だからどれだけ早く気付くかが重要になるのか。
ジム改 だからキラだろうがアコードだろうが一般兵だろうが、この僅か数秒以下の世界でどれだけ早く動くかを競ってるわけだ。とはいえ伝達物質の速度限界があるから上限は存在するけど。この辺を解決するのが体の強化改造とか機械化だな。
カガリ 何と言うか、一瞬を刻むような僅かな差が実力差になってるんだな。
ジム改 NTが卑怯と言われるのはその一瞬を刻む戦場で予知的な能力で余分に何秒か貰える点にある。
カガリ おい?
ジム改 あいつら攻撃される前に気付いて回避や反撃に動き出すから、時間軸的におかしくなるが他より数秒早く気付いて動き出すんだよ。だから相手から見ると照準付けてトリガーを引く前にもう回避動作されててこっちの射撃は何もない空間に放たれることになる。
カガリ 割とガチで卑怯じゃねえか!
ジム改 しかも何となくで状況への対処法とかに気付いたりするのも居るしな。この辺の謎サポートを機械で実現させたのがF91のバイオコンピューターになる。
カガリ うちだとHALがやりだしそうだな。
ジム改 いや、あいつは近い事は前作時代でやってるぞ。
カガリ そんなに高性能なの!?