第21章 カガリとカガリ
カガリたちがブルーコスモスの基地から無事に帰還した直後からそれは始まっていた。ルドラが隠されていた格納庫の中の一室に閉じ込められていたカガリとサイを見て、どうしたものかと5人で話し合っている。
「まさか、この世界のカガリが出てくるとはなあ」
「考え無しに動くのはカガリの本質って事かしらね」
うちのカガリも勝手に動き回るが、まさか他所の世界のカガリも同じだったとは。オーブ関係者としてトールとフレイは呆れればいいのか笑えばいいのか分からないと言った様子であった。一方アスランはこちらは2人のように考え込んではいない。彼にしてみれば友人に似ているだけのこっちの世界の赤の他人であり、別にその辺りはどうでも良いのだ。イングリッドは何を言えば良いのか分からないという様子である。
そして一番の問題は、自分たちの世界のカガリだった。彼女はこちらの世界のカガリを見るなり露骨に拒否反応を見せ、逃げるように別室に移動してしまっている。見た瞬間に寒気が走ったというのだ。ドッペルゲンガーを見たようなものだろう。
「サイに会った時にあれだけ違和感があったんだから覚悟はしてたが、ここまでとはなあ」
「カガリ、その、そんなに拒否感が凄いの?」
「ああ、違和感というより、ただ怖いって感じだな。我慢できないほどじゃないし、覚悟してれば耐えれるとは思うけど、なんていうかお化けとか怪物を見たみたいな感じだ」
「それはキツイわね。まあ同じ人間が同時に存在するんだからそういう事があるのかもしれないけど」
カガリの感想にフレイはなるほどと頷いたが、それにアスランが真剣な顔で自分の考えを口にした。
「その拒否感や恐怖心だが、もしかしたら不味い事の前兆かもしれないぞ」
「不味い事って?」
アスランの言葉にトールが聞き返してくる。
「正直前例なんてものが無い事態だからオカルトめいた話になるが、同じ世界に2人の人間は同時に存在出来ないって話があるんだ」
「つまり、俺たちの感じてる違和感はこの世界が俺たちを排除しようとしているのかもしれないと?」
「その可能性がある。カガリの感じた恐怖心はその力がより強く働いたとかかもしれない。こちらのサイ・アーガイルは俺たちを見ても何の違和感も感じないと言ってたのを覚えているか?」
「ああ、そういえば言ってたな。あの時は俺たちだけなんだと思っただけだったけど」
「それだ。つまりこちらの世界のサイ・アーガイルは何の影響も受けていない。影響があるのは俺たち、こちらに来てしまった人間だけだ」
「俺たちが異物だから世界に排除されそうになってるってことか?」
トールの確認にアスランは頷いたが、確証はない。異世界に行ってしまうなど記録上では前例が無いからだ。仮にそうなったとして排除されるというのがどういう結果を意味するのかも分からない。このまま消えてしまうのか、何らかの作用が働いて殺されてしまうのか、この世界から弾き出されて元の世界に戻されるのか。人間の存在もエネルギーと考えれば元の世界に戻してバランスを回復させようとしていると考えられるが、あくまでも仮説だ。
どうしたものかと悩む4人に向けてイングリッドが問題提起をした。
「あの、皆さん。不快感やSF話はとりあえず置いておいて、これからどうするかを話し合いませんか?」
「……このままここに置いていけばいいのでは?」
カガリが捨ててけば良いと言うが、それは流石にとトールとフレイがやんわりと止める。どうもカガリはこの世界のカガリが本当に嫌いらしい。だがじゃあどうするかとなると困ってしまう。
「俺たちの目的は単純だ、ラミアス艦長の誘いを受け入れて彼女の艦に合流することだ。それを最優先に考えて、あの2人をどうするかだな」
「車に拘束して詰め込んで、何処かで降ろして自分でオーブ関係者に迎えに来させればいいんじゃないか?」
「それがベストと思うんだが、俺たちの存在を知っている人間を簡単に開放するのは危険が大きいと思ってな」
アスランが解放するのも危険だと言う。現にサイを返したらとんでもない厄介ごとを連れて戻ってきてしまった。これでカガリを解放したら今度は何が起きるか。例のコンパスとかが出てきたら目も当てられないことになる。
アスランは万が一を考えてイングリッドに質問をした。
「イングリッド、仮にだが、コンパスの襲撃を受けたとしてあの黒いMSで戦えるか?」
「何とも言えません。ルドラは性能だけならコンパスの運用するMSよりも高性能だと言えますが、それでも私たちはコンパスの使う旧型機に敗北していますから」
「対抗は出来なくはないが勝てるかは分からない、という事か」
「そうなります」
イングリッドの答えにアスランは腕を組んで考え込んだ。性能では勝る機体にコーディネイターより上位の存在だというアコードが乗っていて何故負けるのかと思ったのだ。それでふと顔を上げてトールとフレイを見て、そこに答えを見た。
「そうか、トールやフレイと同じか」
「え、どういうことだ?」
「私たちと同じって?」
「お前たちはナチュラルなのにコーディネイターのエース級と渡り合える強さを身に付けてる。フレイはちょっと特殊な力があるみたいだがトールにはそんな力は無い。でもそのレベルに至ったのはなんでは?」
「そりゃまあ、ひたすら積み重ねた訓練と実戦経験の賜物だろうな」
「ええ、そうね。もう無茶苦茶に特訓され続けたし」
昔にキースやアルフレットに散々鍛えられた過去を思い出して2人が遠い目をする。何というか、今でも思い出すと吐き気がしてきそうな記憶だ。
だがアスランは、それがアコードが負けた理由だと言った。
「それだ、お前たちは積み重ねた経験と戦術を武器に俺たちと互角に渡り合える強さを身に付けて、能力で優るはずのコーディネイターを打ち破ったんだ。同じことがアコードとコンパスの間でも起きたんだろう」
「つまり、アコードは訓練や経験が足りてなかった?」
「俺はそう思う、どうなんだイングリッド?」
アスランンに問われたイングリッドは思案顔になってしばらく考え、そして小さく息を吐いて答えた。
「個人差はありますが、訓練はそれなりにしていたはずですし、実戦経験も多少はありました」
「だが、自分たちと互角、あるいはより強い者との戦いも訓練も経験はしていない?」
「それはそうです、アコードより強い者などいませんから」
イングリッドの無理を言うなという答えに、アスランとトールとフレイはなるほどと頷いていた。
「なるほど、ぶっ叩かれた経験が無いのか」
「何度も負かされたことが無いんだな、それじゃ確かに厳しいな」
「そうね、勝ったことしかないんじゃ、一度崩れたらどうすれば良いのか分からなくなるもの」
3人が納得しているのを見て、イングリッドはどういうことかと聞いてくる。
「あの、フレイさん。どういう事なんです?」
「……イングリッドさん、私たちの経験からの話になるんだけど、負ける経験は必要なのよ。私たちの世界じゃキラだって何度も負けてやり方を変えていったわ」
「キラ・ヤマトが何度も負けるなんてことが?」
「あったのよ。そもそも1対1ならともかく、何しても良いなら私たちでもキラ1人なら落とすのは可能よ」
「やっぱり絶対におかしいです貴女たちの世界は」
キラ・ヤマトを落とせると言い切るナチュラルが居るとは思わなかったが、アスランもトールもフレイの言葉を否定していない。それを見たイングリッドはいよいよ困惑の度合いを深くしてしまっている。あの化け物でも勝てない状況を作り出せるとかかどうなっているのだ。
なお、この時フレイが言っている何をしてもというのは文字通りの意味で、1人では対処不可能な規模の飽和攻撃を叩き込むとか、反応弾などの発射されたら危害範囲から逃げるしかない兵器の使用などを考えている。用意可能ならキラに対抗できるほどの超エースを複数同時にぶつけて圧倒するなどの手もある。
これは対アスランにも言える事だが、一定以上の実力を持つコーディネイター相手には1対1でまともに戦おうと思ってはいけないとフレイは考えている。キラ級のパイロットをまともに相手に出来るナチュラルは一部のブーステッドマンを除けばアルフレットくらいだ。自分やトールでも暫く粘るのが精一杯で、勝つのはまず不可能だと分かっている。
だから、自分たちで勝とうと思うのなら卑怯と言われようが過剰な攻撃力によって正面から叩き潰すのが一番確実な方法となる。下手な小細工はかえって付け込まれる隙を生むだけであり、余計な犠牲を増やすから単純な力圧しで押し切るのが一番確実な手段となる。
だが、これはフレイのような化け物級の敵と戦い続けてきた戦術家が他の仲間と知恵を絞って辿り着いた対抗手段だ。イングリッドたちのファウンデーションはそこまでネジの外れた手段には至らなかったようで、イングリッドは頭を抱えて頭痛を堪えて自分たちがキラ・ヤマトを仕留める為にあれこれ策を弄したのは何だったのかとブツブツ言っている。
イングリッドが帰ってこないのでアスランはトールとフレイに意見を求めた。
「それで、どうする2人とも。あの2人を始末するのは止めるとして、このまま連れていくのか何処かで開放するのか」
「そもそも開放するにも、そんな場所があるのかじゃないか。イングリッドの話だとこの辺りにはまともな街は無いって話だろ」
「……そうだったな」
そもそもまともな街が残っていないんだったという前提に立つと、開放するような場所が無さそうだった。かといって流石に何もない所に放り出すと言ったらこの2人は絶対に反対するだろう。
そうなると選択肢は強制的に1つに絞られてしまう。
「オニールに連れて行って軟禁してもらうしかないのか?」
「そうなるかなあ、通信が繋がって戻れる時が来たら車と物資渡して開放するってことで」
「でもさあ、カガリはこっちでもオーブの代表なんでしょ。拘束が長引くとオーブ軍が探しに来るんじゃないの。イングリッドさんの話だとこっちのオーブ軍って狂犬みたいだって話だし」
そこまで攻撃的で他国に介入してくるオーブ軍というのがどうにも想像できないが、もし出て来られたら面倒な事になる。異世界にあまり介入したくないという4人の前提を考えると殺すのは極力避けたいのだが、もし軍に出て来られたらそんな事も言ってられなくなるだろう。
今後を考えればあのルドラは持っていきたいが、目立つのは避けたい。アスランはルドラには何らかの偽装機能は無いのかと尋ねた。
「イングリッド、ルドラにはミラージュコロイドのような偽装機能は無いのか?」
「残念ですがそういう機能はありません」
「では、極力周囲に見つからないようについてくることは?」
「森の中を極力低空で飛ぶなどの工夫をするしか。急ぐ必要が無ければ歩いていくのが一番安全です」
効率を優先して高空を飛べば見つかる危険が大きい。危険を減らすなら極力地上を進む方が良い。
イングリッドの返答にトールが俺たちもMSで移動するのはどうだと言った。
「ここにはルドラ以外にもMSがあるし、いっそ全員MSで移動するのはどうだ?」
「流石に目立ちすぎるだろう。もし見つかって本気で襲われたら俺とトール、フレイを入れても4機じゃあな」
「それ以前に、ここにあるのは全てルドラの支援用の無人機です。パイロットは乗れませんよ」
「無人MSだってのか、また凄い物を使ってるんだな」
自分たちの世界ではMAを自動化した無人MAのファントムやこれをさらに小型化したフライヤーを運用していたが、こちらではMSを無人化しているのか。
「流石に有人機ほど便利なMSではありませんよ。あくまでもルドラの火力支援用で、消耗品です」
「私たちの世界だと無人MAや空間認識能力者が使うMA形の攻撃端末が似たような運用で使われてたな。流石にMSは無理だったが」
カガリはMSの無人化は凄いなと言い、アスランとトールとフレイも流石異世界と頷いているが、カガリの話を聞いたイングリッドは唖然としていた。
「あ、あの、そちらでプラント大戦が終わったのは3年前ですよね?」
「ああ、そうだぞ?」
「その頃にもう無人機が使われていたと?」
「ああ、地球連合軍がMSのパイロットが揃うまでの繋ぎとして開発したんだがな。その後は使い勝手が良くてMSの配備が進んだ後も改良され続けて艦の防空用とか特攻機みたいな運用で多数が投入されてた。対G能力が人間の限界を超えられるから対MS戦でも陳腐化はしなかったな」
「……それで、フライヤーというのは?」
「ああ、それは空間認識能力で使われるMAサイズの攻撃端末だ。ザフトはドラグーンっていう小型の移動砲台になっていったが、連合は半自立型の小型MAに発展したんだ。フレイが良く使ってたから細かい事はフレイに聞いてくれ」
カガリが説明役をフレイに譲る。投げられたフレイは少し悩むと、どういう物かを説明してくれた。
「量子通信を使って脳波で操る小型MAと言うのが正しいかしら。こちらから攻撃目標なんかを指示してやれば後はフライヤーが勝手に判断して目標を攻撃してくれたし、こちらから細かい指示を出して戦わせることも出来たわ。細かい動きじゃドラグーンには及ばなかったけど火力と防御力では圧倒してたわね。戦後は自立行動できるから母艦の防空用なんかで使ったり、MSに随伴させるオプション装備に発展していったわ」
「ジグラートと同じコンセプトの兵器を、大量投入してるんですか」
呆れたという顔でイングリッドはフレイを見ている。平和な世界だと聞いていたが、向こうのプラント大戦とはどれだけの激戦だったのだ。
「ジグラートって?」
「ああ、私がカルラというMSのサブパイロットをしていた時に運用していた、艦艇サイズの大型ドラグーンです」
「艦艇サイズのドラグーン、それはまた贅沢な装備ね」
「はい、攻撃力は素晴らしかったのですが、正直効率が良かったかと言われると」
「まあ、艦船サイズは流石にねえ。そこまで大型化するなら普通に艦船として使った方が良さそう」
自分たちが使っていたような機動力を生かした対MS戦用ではなく、対艦隊仕様なのだろうかと思う。おそらく少数のアコードで可能な限り戦力を運用しようというコンセプトで生まれた兵器なのだろうが、兵器としては疑問が残る。余りにも特定のパイロットに依存し過ぎていてすぐに破綻しそうな兵器体系に思える。
なんでそんな無茶な兵器を使ってたんだと思うフレイに代わって、今度はアスランが聞いてきた。
「艦船サイズのドラグーンというのも凄いが、そんな物をどこでどうやって建造したんだ。確かファウンデーションというのは小国の筈だろう?」
「プラント内の現体制への不満を抱く反乱勢力の協力を受けて極秘裏に建造していたんです。他にも色々協力を受けていました」
イングリッドの答えを聞いてアスランは机の上に突っ伏してしまった。
「地球が内戦だらけというのは聞いていたが、プラントもなのか。もうちょっと仲良くしようとか団結しようとか思わないのかこの世界の連中は?」
「……もう、止まれないのです。お互いに積み重ねた恨みと怒りは消すことが出来ないほどに大きく、そして子供達にまで受け継がれています」
「俺たちにもそれはあるんだが、それでも戦争を再開しようとまでは思わなかったんだがな」
良くそこまで憎しみ続けられるとアスランは呆れてしまう。地球のブルーコスモスもそうだが、いい加減に厭戦感情とかは出てこないのだろうか。
アスランが呆れてカガリとフレイも顔を見合わせて何とも言えない顔をしている。そこまで殺し合うという感情が理解できなかったのだ。前に会ったブルーコスモスの人たちも憎悪に支配されていたが、話し合ったら分かってくれたのに。
そこに、トールが口を突っ込んできた。
「おい、話が逸れてきてるぞ。今話してるのはどうやってラミアス艦長と合流するかだろ?」
「あ、そうだったな」
「ご免トール」
言われて我に返ったカガリとフレイがトールに謝り、アスランとイングリッドも脱線が過ぎたと恥ずかしそうに咳払いをして誤魔化している。
「そ、それでは、私がルドラで付いていくとして皆さんは車で移動という事でどうでしょう」
「そうだな、それしかなさそうだ。もしもを考えるとMS無しも怖いからな」
「来ると思うか、例のコンパスとかいう連中」
「さあな、俺としてはこの世界のルナマリアになんて会いたいとは思わないが」
トールの問いにアスランは少しずれた回答を返す。これまでのカガリやトール、フレイの反応を見れば自分もどうなるのか想像は付く。あんな思いを味わうくらいなら誰も見ずに元の世界に戻りたいと思っていたのだ。
それにサイから聞いた話ではこの世界ではフレイは戦死していてキラはラクスと結ばれているという。もし2人に会ってしまったらフレイだけではなく、自分もどういう反応を見せるか想像が付かない。会わないならその方が良いのだ。
話が纏まったことで5人はカガリとサイを迎えに行くことにした。別室に閉じ込められていたカガリは露骨に不機嫌そうであったが、サイは少しホッとした顔をしている。この不機嫌なカガリと2人きりというのは色々と負担が大きかったのだろう。
入ってきた5人を見てカガリはジロリと視線で5人の顔を睨むが、それで動じるような5人でもなかった。アスランとイングリッドはこの程度は慣れているし、カガリは気持ち悪いとしか思わない。トールとフレイは昔の短絡的だった頃のカガリに似てるなあと生暖かく見ていた。
自分が睨みつけても何の効果も無いのを見たカガリは悔しそうに舌打ちして胸の前で腕組みをした。
「それで、私たちの処遇は決まったのか?」
「ああ、俺たちに付いてきてもらう。悪いが暴れないように拘束はさせてもらうぞ」
「嫌だと言ったら?」
「その時は悪いがその辺に放り出していく。俺たちの安全が最優先なんでな」
5人を代表してアスランがカガリの質問に答える。放り出していくという脅しにはカガリもサイも焦りを見せたが、隣にいるトールとフレイも冷や汗をかいていた。ただの駆け引きだとは思うが、もし本当にこのカガリが暴れたらアスランは本気で放り出しかねない。
アスランの脅しにカガリが何か言い返そうとしたとき、イングリッドが前に出た。
「その時は私が手を下します、貴方が手を汚す必要はありません」
「イングリッド?」
「他所の世界への干渉は問題になるかもしれない、そう言っていたでしょう?」
他所の世界の人間がこの世界に大きく干渉すれば世界から排除されかねない、と言ったのは貴方でしょうとイングリッドに言われて、アスランは渋々身を引いた。アスランが身を引いたのを見てイングリッドはカガリを見やり、酷薄な笑みを浮かべる。
「まあ、手を下すまでも無いけれど。必要なら精神に干渉して黙ってもらうだけだから」
「精神に干渉だと?」
「ええ、私たちアコードの力で貴女1人くらいどうとでも出来るのよ。私はこちらの4人ほど優しくは無いわ」
今までと様子が違う、口調まで変わって必要なら幾らでも手を汚せそうな怖さを見せるイングリッドにカガリは息を飲み、サイは露骨に怯んでいる。だがその恐ろしいイングリッドを見て、背後の4人も吃驚してしまっていた。
「イ、イングリッド?」
「なんか怖いんだけど……」
「こっちが地、という訳じゃないわよね?」
「最初に会った時はこんな感じの喋り方だったが、地ではないだろう。幾つかのキャラを使い分けているのか?」
4人に口々に戸惑った声をかけられたイングリッドはびくっと肩を震わせ、気恥ずかしそうな顔で振り返った。
「あの、ファウンデーションでは何時もこんな感じでやっていまして」
「なんでまたそんな事を?」
「いえその、前にお話しした通りアコードは思考共有をしていますから、考えていることが周囲に伝わってしまうのです。それを防ぐ為に幾重に心に壁を作ってキャラを作るようになっていって、それが自然に出来るようになったんです」
「……ああ、ひょっとしてオルフェっていう人への気持ちが周囲に知られると不味かったてことか?」
アスランが何かに思い至って声を上げる。前にイングリッドの慟哭を受け止めてやったときに彼女が漏らしていた言葉からおおよその当たりを付けてはいたのだが、まさかそれを周囲に知られないように別の自分を演じるようにすらなっていたとは。
アスランに言われたイングリッドはたちまち顔を真っ赤にしてその場でもじもじとし始めてしまい、そういえば最初に会った時にもオルフェがどうとか言ってた事を思い出したカガリとフレイが続きを聞きたがったが、トールは2人の頭に拳骨を降らせてそれを止めさせた。
「そこまで、それ以上は止めておけ2人とも」
「いったああい、なんなのよトール?」
「代表の頭をどつくか普通~!?」
「亡くした相手の事を興味本位で掘り返すなって言ってるんだ、お前らにも分かるだろう?」
トールに窘められた2人ははっとした顔でイングリッドを見て、そして意気消沈して彼女に謝罪した。
「ご免なさい、イングリッドさん」
「ああ、悪かったよ」
「いえ、気にしないでください」
謝らるような事ではないと言い、イングリッドは少しだけオルフェの事を話してくれた。
「私たちアコードは、子供の頃はずっと教育施設で育てられてきました、施設に閉じ込められて、ずっと必要な役割を与えられ続けたられてきた私には、前に立って引っ張ってくれるオルフェは太陽のように見えていました。最初は調整された遺伝子によって惹かれるように作られた影響だったのかもしれませんが、何時の頃からかその想いは私の中を埋めていきました」
過去を思い出すように語るイングリッドに、カガリとフレイは神妙な顔をして聞いている。遺伝子調整で惹かれるように作られたというのは気になったが、黙って聞いている。
「でも、そんな感情はアコードには不要な物でした。もし周囲に知られれば私は不良品として処分されかねません。だから私は、この想いをずっと隠して生きてきました。ひたすら心に壁を作って、誰にも知られないように仲間からの共有も遮断して」
「だから、違う自分を演じられるようになったと?」
カガリの問いに、イングリッドは頷いた。人を好きになったら処分されるとか物騒な話になってきてフレイは戸惑いを浮かべ、この世界のカガリとサイも驚いている。アコードはコーディネイターの上位種とは聞いていたが、まさかそこまで悲惨な境遇だったとは。
そこまで聞いて、アスランは両手を2度叩いて話を切りあげさせた。
「イングリッドの身の上話はまた今度な、そろそろ出発しないと」
「あ、そうだったな」
アスランに言われてカガリが本来の目的を思い出し、トールやイングリッドと一緒に荷物を車の後部へと押し込んでいく。この世界に来てから何度もやった事なのですっかり慣れてしまった作業だ。そしてフレイがこの世界のカガリとサイの両手首を結束バンドで縛って固定していく。
「こんな事したくないけど、お互いの為だから我慢してね」
「……なあ、お前本当にフレイなのか?」
「え、違う人に見える?」
この世界のカガリに問われたフレイは不思議そうな顔で聞き返す。それにカガリは頭を左右に振り、何とも言い難そうに話しかけてくる。
「その、なんて言うか、私の知ってるフレイはもっとトゲトゲして感じが悪いと言うか、余裕が無いって感じだったから」
「こっちの私は戦死してるとは聞いてるし、戦争中なら余裕を持てってのも難しいでしょ?」
「いや、そういう感じじゃなくてだな、もっと危なっかしいと言うか、焦ってたと言うか」
なんだかどういえば良いのか分からない様子のカガリの言葉に困ったフレイはサイを見たが、サイはとても辛そうな顔で視線を逸らせている。明らかに知ってはいるが言いたくないという態度で、自分の過去と照らし合わせてなんとなく何があったのかをフレイは察することが出来た。多分、自分がキラを騙して戦わせていた頃の事だろう。この世界でも同じことをしていたのかもしれない。
辛い過去を思い出して胸の痛みに一瞬顔を顰めるが、すぐにそれを押さえ込むと両手を縛った2人に車に乗るように言った。
「まあ、この世界の私の事は良いわ。何となく察しはつくし、もう死んでいるんでしょう?」
「ああ、そうなんだが」
「じゃあ良いわよ。生きてるなら今何してるのか興味もあるけど、流石に自分の最後なんて知りたくないわ。私だけじゃなく、多分トールもね」
だから、その話はしないでと念を押してフレイは2人を置いて車の方へと歩いていく。その後ろ姿を見ながらカガリはサイに問いかけた。
「なあアーガイル。フレイって、ヘリオポリスに居た頃はあんな感じだったのか?」
「いえ、あそこまで落ち着いてはいませんでしたね。3年経って大人になったんでしょう。俺の知ってるフレイは元気なお嬢様って感じでしたよ。アークエンジェルでカガリ様が見たフレイの方が何時ものフレイじゃ無かったんです」
「……もっと嫌な奴かと思ってたんだがな」
あのフレイと向こうの私は、とても仲が良さそうだ。トールやアスランも仲良くやっているようで、その輪にアコードの女が普通に混ざっている。どういう繋がりがあるのかが全く理解できないが、あの4人はアコードの力を聞いても全く怖がる様子がないどころか、仲間だからと守ろうとしてもいた。
彼女たちがあんなふうになった向こうの世界の事を、カガリは知りたいと思ってしまった。そして何より、物凄く気になる問題がカガリにはあったのだ。
「どうしてここのアスランは普通に笑えて他の奴と話せてるんだ?」
「カガリ様、それ以上はいけません」
「だって気になるだろ、あいつ基本顰めっ面でほとんど笑わないし口悪いし、仕事無しだと私やキラ、メイリンくらいとしかまともに話さないんだぞ」
あんな風に笑顔で友達と冗談を言い合えるアスランなんてどうやったら生まれるんだ、それがカガリには気になって仕方が無かった。
準備が整って6人を乗せた車が遂に格納庫を離れる時が来た。運転席と助手席にはトールとアスランが座り、後部は座席が外されて荷台スペースと一体化して沢山の荷物が入るようになっていて、左右には長椅子が新規に増設されて4人はそこに腰かけている。荷物を沢山積むために車に手を加えていたのだ。
こちらの世界のカガリとサイは引き離され、サイはカガリの座り、こちらのカガリの隣りにはフレイが座っている。もし2人が暴れても制圧できるようにという配慮だったが、カガリにもサイにも暴れるつもりはなかった。
「それじゃあ、出発しますか」
運転席からトールが6人に声を掛け、アスランが安全運転で頼むと注文を付ける。
「オフロードを行くんだ、オニール号に合流するまで慎重に頼むぞ」
「ああ、アスランこそナビゲートしくじらないでくれよ」
「ナビゲートと言っても、一日に一回拾える誘導電波の方向を確認するだけだがな」
一日一回受信できるだけの誘導電波が入ったら方向修正をするだけなのをナビゲートと言って良いのかは分からないが、現状ではこれだけが唯一の頼れる藁なのだ。もしアスランが計算をしくじれば自分たちは迷子になってしまうかもしれない。
動き出した地上車と位置を合わせながらイングリッドもルドラを移動させる。推進剤を節約するためにに地上を歩いて移動することになっていて、背負わせているコンテナには補修部品や装備などが詰め込まれている。
ルドラが付いてくるのを車の窓から見上げながら、何とも困惑した様子でカガリが呟く。
「まさか、ルドラと一緒に移動する日が来るとはな」
「そういう事もあるわよ。私だって戦後は敵だった人たちと交流してるわ」
大戦後はプラントのイザークたちと疎遠気味ではあっても交流を続けていたフレイは時々ザフトの顔見知り達と顔を合わせていると言い、カガリを驚かせていた。
「お前がザフトの人間と交流を!?」
「オーブがザフトに占領された時に色々あってね。その時の縁が今も続いてるのよ」
「オーブがザフトに占領されたあ!?」
いきなりとんでもなことを聞かされてカガリが驚愕の声を上げて立ち上がり、直後に車が大きく揺れてその場で倒れて尻もちをついてしまった。それを見たフレイが急に立つんじゃないわよと窘めて起き上がるのに手を貸し、向かい側の席では自分たちのカガリが大笑いしてサイがあたふたしている。
顔を後ろに向けてその様子を見ていたアスランは、困った顔になって顔を正面へと戻した。
「頼むから大人しくしていてくれよ」
「アスラン、そんなに心配ばかりしてると益々禿げるぞ」
「俺はまだ 禿げてない!」
心労が減らないアスランの生え際は大分怪しくなっていてトールたちから見てもヤバいのではと思わされるくらいであったが、未だにアスランはまだそれを受け入れてはいなかった。ただ唯一救いがあるとすれば、この世界に来てからアスランは仕事から離れられたおかげか大分心身ともに回復していたので、最近は抜け毛も減って来ていたりする。
彼の生え際が回復する日は来るのだろうか。
後書き
ジム改 さて、次からはマリューとの合流目指して移動だ。
カガリ アスランって一体……
ジム改 まさかあそこまで偏屈なキャラになるとはなあ。
カガリ それはキラも同じでは?
ジム改 多少キラの方がマシだろう。
カガリ イングリッドは怖くなろうと思えばできるんだな。
ジム改 彼女はこっちの世界の住人だし、宰相秘書官なんてお仕事してたからね。
カガリ 怒らせたら怖そうだなあ。
ジム改 本気で来られたら精神干渉で廃人とかにされるかも。
カガリ 止めてくれ!
ジム改 まあ大丈夫だ、イングリッドも旅を楽しんでるし。
カガリ 襲撃を受ける不安が無ければ楽しいんだがな。
ジム改 大丈夫だ、コンパスが来てもこっちのカガリのこめかみに銃口を突き付ければ。
カガリ いきなり悪者に!?