19章  戦争の傷跡

 シンは自分が居る隊長用の部屋で神を呪っていた。俺が何をしたというのだ、なんで俺はこんな目にあっている、もう嫌だ、逃げ出したい、何処か人の居ないところで暫く静かに暮らしたい。
 俺がこんな目に合っているのもキラ隊長が急に居なくなったからだと呪詛交じりの言葉を漏らしながら必死に慣れない書類の整理をしていく。今日はルナも助けに来てくれず、何故か朝からずっと処理している筈なのに書類の山は標高を高くしている。どうしてこんなに仕事が多いのだ、キラ隊長はこんなのやって無かった筈なのに。
 そんな事を考えながら遂に力尽きて自分のデスクに突っ伏していると、もはや聞き慣れたエマージェンシーコールが聞こえてくる。シンは体を起こすと、不機嫌さを隠そうともせず内線受信のボタンを押した。

「今度はどこでどいつがやらかしたんだ?」
「シン隊長、今度は中東で民族衝突です。地元勢力の独立派が武装蜂起して現地のユーラシア軍と衝突しようとしています!」
「……誰か動ける奴は?」
「もう隊長だけです、ルナマリア中尉は現在就寝中で何があっても絶対に起こすなと」
「アスランは?」」
「機体が整備中で出れません。あとお前がやれシンと言っています」
「……ルナのザクは使える?」
「それは、機体は問題ありませんが」
「分かった」

 もうユーラシア軍に任せておけと言いたかったが、そうもいかないと自分を奮い立たせて椅子から立ち上がる。そして上着を着こむと決意を胸にシンは扉を開ける開錠端末を手に部屋から出て、格納庫ではなく同じ居住区の一室へと向かった。
 そしてすぐに目的の部屋の前まで来ると、徐に端末を扉に取り付けて解除コードを打ち込んだ。
 解除コードを打ち込まれたことで部屋の扉のロックが解除され、スライドして開いた。シンは意を決すると部屋の中へと踏み込んでいく。

「アグネス、頼むから出撃してくれ。もう本当にお前しか残ってないんだ!」

 一気に中へと飛び込んだシンは、ベッドに居ると思ってそちらを見たがなぜか誰もおらず、首を傾げてしまう。その時別方向から物音がしてそちらを見ると、鏡の前で椅子に座って降ろした髪にバスタオルを当てて水気を取っている下着姿のアグネスが居た。メイクも落ちていていつものキツイ印象を与える顔も和らいで少し幼く見える。
 こっちの方が可愛くないかなどと場違いな感想が一瞬シンの頭を過ったがそれは現実逃避だったろう。彼女は吃驚した顔でこちらを振り返って硬直している。
 予想外過ぎてシンも頭が回らなくなり、その場で硬直してしまっていたが、我に返ると慌てて後ろに下がりだした。

「わ、悪い、少し後でまた来るから!」

 流石にこれは不味いと思ってシンは急いで部屋から逃げ出したが、開いたままの扉からアグネスの物凄い悲鳴が艦内へと響き渡った。
 背後から聞こえる物凄い悲鳴にシンはここに居たら殺されると確信し、大急ぎで格納庫に行ってパイロットスーツを着込むとディスティニーに向かった。
 整備兵たちはザクじゃないのかと聞いてくるが、こっちで良いと言ってディスティニーに乗り込み、色々手順を省略して緊急発進の準備に入る。
 急いで機体を発進ゲートに移動させてエアロックを閉鎖しようとしたとき、ふと横を見ていよいよ顔面蒼白になってしまった。髪を降ろしたアグネスが真っ赤な顔で激怒して自分を追ってきていたのだ。流石にローブのようなものを羽織って下着姿では無かったが、少し涙目になっているのがシンの罪悪感を煽ってしまう。

「逃げるんじゃないわよシン、今すぐ戻ってきなさい!」

 アグネスの怒りの声に格納庫の者が一斉にそちらを見て、そしてディスティニーを見る。誰もが何があったという顔をする中で、シンはエアロックを閉じさせると大急ぎでカタパルトから飛び出していった。

 この後、艦内は騒動に包まれた。バスローブを羽織っただけのアグネスが髪もセットせずすっぴんの状態で涙目で激怒しながらシンを追ってきたのは様々な憶測を呼び、シンがアグネスに手を出したとかなどの話が尾ひれを付けて流れることになる。なおメイク無しのアグネスは以外に可愛かったという話も併せて広がり、これはこれで別の問題を巻き起こしてしまうことになった。



 2日後、流石にほとぼりも冷めただろうと思ってシンのディスティニーがミレニアムに帰還する。着艦したディスティニーはすぐにMSベッドに固定され、ハッチが解放されてヴィーノが中を覗き込んでくる。

「お帰りシン、ご苦労さん」
「ああ、整備宜しく。ところでヴィーノ、その……」
「ああ、それはだな……」

 ヴィーノが右手の親指で後ろを指し、そちらを見たシンはそこに2人の鬼を見てしまった。怒髪天を突く勢いのルナマリアと、殺気を撒き散らしているアグネスが腕組みしてこちらを見上げている。さっさと出て来いと視線だけで命令してきているようだ

「ヴィーノ?」
「ああ、お前が出て行ってから色々噂が広がって、アグネスがお前に押し倒されたって話になってな。それでそれがルナの耳にも入った」
「……なんで?」
「お前があの時逃げたからじゃないかなあ。俺はお前にそんな度胸は無いって言ったんだけど」

 ヴィーノはポンとシンの肩を叩くと、そのまま肩を掴んでグイっとシンをコクピットから引きずり出して後ろへと押し出した。コクピットから引っ張り出されて放り出されたシンは空中を流されながら裏切り者を見る目でヴィーノを見る。

「ヴィ、ヴィーノ、お前!?」
「悪いシン、お前を引き渡さないと俺が殺される」
「俺は良いのかよ!?」
「いや、今回の責任は全部お前にあるしな」

 笑顔で手を振るヴィーノにシンはこの裏切り者と叫んだが、背中から感じる殺気に背筋を震わせて振り返ると、いつの間にか自分が飛んでいく先のキャットウォーク上に移動したルナマリアとアグネスが微笑みながらいらっしゃいと言わんばかりに両手を広げて待ってくれていた。シンは真っ青になって必死に逃げようとするが無重力空間ではどうすることも出来ず、流れて行ったシンは2人の美女に抱きしめられることになった。

「うふふふふ、お帰りシン、待ってたわ」
「ええ、2人で貴方の帰還を待ち焦がれてたのよシン」

 端から見ると羨ましい光景であるが、シンは青くなるのを通り越して白くなった顔でアウアウと声にならぬ声を漏らして2人の顔を交互に見ている。そしてルナマリアとアグネスは笑顔を消して急に真顔になると、左右からガシッとシンの両腕を固めてシンを連行し始めた。

「さあ、行きましょうかこの浮気者」
「楽に死ねると思うんじゃないわよこの屑」
「ま、待って、誤解なんだって。俺はアグネスに出撃してもらいたかっただけでそんなつもりは無かったんだって!」

 2人の鬼に連れて行かれながらシンは悲鳴を上げて助命を乞うていたが、2人ともそれを一考だにせず格納庫ブロックから去っていった。それを見送った整備兵たちは全員でシンの冥福を祈るという事は無く、アグネスの下着姿見れたんだからそのくらいの罰は受けろやと思われていた。





 目を覚ましたカガリは、自分が剥き出しのコンクリートの部屋でソファーベッドに寝かされているのに気づいた。見れば隣にはフレイが横たえられている。何があったのかを思い出そうとしていたカガリは、自分たちがユーラシア軍の部隊と思われる連中に襲われて逃げ出そうとしたところまでは覚えていたが、そこで記憶が途切れていることが分かり、誘拐されたと理解した。

「こいつは、参ったなあ。とりあえずフレイを起こすか」

 こっちの世界でなんで自分が誘拐されるのかと思いながらカガリはフレイの肩を揺さぶった。するとフレイは目を覚ましてゆっくりと上半身を起こし、まだ眠そうに欠伸をする。

「ふあああ、おはようカガリ」
「ああ、おはよう。だがそろそろ目を覚ませ、かなり不味い状況だ」
「不味い状況だって?」

 言われてフレイは周囲を見回して、見た事もない無骨なだけのコンクリ剥き出しのビルの一室に居るのを見て驚いていた。

「ええと、これは?」
「忘れたか、私たちユーラシア軍らしい連中に襲われたんだぞ。多分誘拐されたんだな」
「……思い出したわ」

 そうだった、ユーラシアの兵士に襲われて捕虜にされた、いやカガリを狙ってきた襲撃に巻き込まれたのだ。アスランとイングリッドが頑張ってくれたがあの2人でも私たちの方まで手が回らなかったのだ。

「カガリに巻き込まれたなあ」
「まあ今回は多分そうだから言い返さないけど、でもなんで私が?」
「それは、オーブ代表だからでしょ。まさか他所の世界のカガリだなんて向こうには分からないでしょうし」
「だよなあ、となると狙いは身代金か政治的な脅迫か」
「こっちのカガリはオーブに居るだろうし、この場合ただのそっくりさん扱いになるのかしらね?」

 まさかこっちのカガリも自分たちの存在を確かめるためにこっちに来ているとは想像も出来ず、誘拐したのがそっくりさんだと分かったときの彼らの反応を想像して2人は笑いだしてしまった。笑っていられる状況ではないはずなのだが、この辺りは2人も戦中の経験でどこか壊れているのだろう。
 そして笑いを収めると、カガリは真剣な表情になってフレイに問いかけた。

「ところでフレイ、お前は気付いたか、ユーラシア軍の指揮を執ってた黒人の士官に。あれって…‥」
「ええ、忘れる訳が無いわ。クリスピー大尉よね」

 先のプラント大戦で、中央アジア辺りを突破している頃にドゥシャンベの街でフレイの願いを聞いてカガリを助けに行ってくれて、カガリを助けて戦死したユーラシア軍の士官だ。彼の死はカガリにもフレイにも心の傷となり、忘れられない人となっている。彼の死はカガリに立場への自覚を促すきっかけになっている。

「なあ、クリスピー大尉って、ブルーコスモスだったのかな?」
「それは分からない。こちらではそうなのかもね」

 フレイは先の襲撃で青き清浄なる世界の為に、という有名なフレーズを聞いている。だからあの襲撃者たちがブルーコスモスであるのは間違いないのだが、自分たちの世界ではとっくに衰退して見る影も無かったブルーコスモス強硬派がこちらではまだ元気というか、かなり形振り構わぬ暴れ方をしているようだ。まさかナチュラルの住む村を襲撃するとは。
 元の世界ではアズラエルや、会ったことは無いがジブリールという強硬派のトップが居て全体を統制していたのだが、こちらではその辺が居なくなって逆に収拾が付かなくなったのだろうか。

「それで、どうするのカガリ?」
「逃げ出したいところだが、ここが何処かも分からないんじゃあな。それにこちらは丸腰で周りは敵だらけ」
「逃げるのは無理だよね」
「ああ、残念だが助けを待つしかないな」
「大人しくしてるしかないか」

 あの時村で無茶苦茶に暴れていたアスランとイングリッドならここを突き止めて助けに来てくれる気がする。それまで殺されないように大人しくしているしかない。怖いのはオーブに連絡されて人質としての価値が無いとバレた時や、突然気が変わられたときだろう。あの優しかったクリスピー大尉がそんな事をするとは思いたくなかったが、この世界に来てからそれは甘すぎる考えだと何度も思い知らされてきているので、楽観はできない。
 だが、もしクリスピー大尉がアスランたちの攻撃で戦死したり、コンパスとの戦いで戦死するかもと思うと、自分たちの安全を差し置いてでも助けたいという気持ちもあるのだ。自己満足だと分かってはいるが、あの時自分たちのために犠牲になってくれた人をまた目の前で失うのは耐えられない。



 そんな事を話し合っていると、近づいてくる複数の足音が聞こえてきたので2人は話を止めて扉を見た。ノブが回されてユーラシアの佐官とクリスピー大尉に、10人ほどの武装した兵士が室内に入ってきた。何か決まったのかと警戒する2人にユーラシアの佐官はそう警戒しなくても良いと言ってきた。
 ただ、この壮年のユーラシア士官に見覚えがある気がしてフレイは首を捻っている。

「そう警戒しなくてもいい、別に射殺が決まったとかではないのだから」
「射殺でないなら、人質か? オーブが金を出すとは思えないんだが」
「オーブにではないよ、コンパスへの人質だ」
「コンパス?」
「自分たちのスポンサーが居る場所に襲撃はかけられないだろう?」

 カガリに薄く笑うユーラシアの士官はそう言うと踵を返してカガリに背を向け、部屋を出ていこうとする。するとクリスピー大尉が兵士に目配せしてカガリとフレイに立ち上がるように言った。

「では、付いてきてもらおうかカガリ・ユラ・アスハ代表。それにフレイ・アルスターさん」
「私を知っているんですか?」
「大西洋連邦軍が広告塔に使っていたのは私も見ていたからな。その後は全く出て来なくなったが、オーブでカガリ・ユラ・アスハに仕えていたのかな?」

 懐かしい声に、フレイは危うく込み上げてくる感情に押し流されそうになってしまう。あの人じゃないと分かっている筈なのに、どうしても生きていてくれて嬉しいと思ってしまう。それを見せてはいけないと分かっているので必死に涙が出てくるのを堪えて俯き、カガリがフレイの様子に仕方が無いなと背中をさすってやる。
 様子がおかしくなったフレイにクリスピーは怪訝な顔になったが、すぐに付いてきてくれと言ってこちらに背を向けてくる。それでカガリとフレイも立ち上がり、周囲を兵士に囲まれて部屋を出て行った。

 部屋を出て外に出たカガリとフレイは、何処かの基地施設と思われる建物に少数のMSと戦車、動き回る兵士の姿を見ることになった。そこまで大きな部隊ではないが、明らかに何処かと戦おうとしている様子だ。

「あの、何をしようとしているんですか?」
「迎撃の準備だよ、この辺りでも最近になってコンパスの偵察機が確認されるようになっていてね。ここに来るつもりなんだろう」

 フレイの問いかけにクリスピーが答えてくれた。それでカガリとフレイはカガリがコンパスへの牽制になるという言葉の意味を理解できた。自分たちが狙われたから対抗するためにカガリの身柄を必要としたのだろう。フレイも攫われたのは本当にただ巻き込まれただけのようだ。
 見れば傷ついている者も多いようで、十分な手当てが受けられていないことが分かる。すでに何度か負けているのだろう。

「どうして、こんなになってまで戦いを続けているんです。戦争は終わっているのに」
「……私の故郷はブレイク・オブザワールドの際に降ってきた破片で吹き飛ばされてね。他の者も似たような理由が多い」

 辛そうに答えるクリスピー、周囲の兵たちも表情を曇らせていることから、誰もが色々な物を失ってきたことが分かる。大切な人を奪われただろう彼らの気持ちは自分の事のように理解できるだけに、フレイもカガリも彼らがブルーコスモスとして戦う理由は否定できなかった。



 2人が連れてこられたのは閉じ込めておくための部屋のようだった。簡易なベッドやトイレもあり、ここで暫く暮らせそうではある。

「カガリ・ユラ・アスハ代表、君はこの部屋で大人しくしていてもらおうか」
「私だけか?」
「ああ、用があるのは君だけなんでね」
「待て、フレイはどうするつもりだ?」
「心配しなくても殺したりはしない、貴女と少し離れた部屋に居てもらう予定だ。それとも身の回りの世話役が必要かな?」

 クリスピーにフレイを世話役と言われてカガリは危うくブチ切れかけたが、渾身の力でそれを押さえ込むと無用だと告げた。

「別に要らん、自分のことくらい自分で出来る」
「なら結構、ここで大人しくしていて欲しいな」
「私はそれでいいが、フレイは軟禁とかしないでくれないか?」

 カガリの要求にクリスピーは少し悩んだが、こんな娘1人に何ができるわけでもないかと思いそれを受け入れた。これが後に彼らにとって致命的な事態を引き起こすのだが、この時はまだ知る由も無かった。

「良いだろう、フレイ・アルスターさんは身柄の拘束まではしない。ただし基地施設から出ていこうとすれば」
「それは分かっている。良いなフレイ」

 カガリに問われたフレイは不安そうに頷いた。武装した兵士に囲まれていては不安になるのも仕方がないのだが、カガリは心配するなと言って笑って部屋へと入っていった。それを見送ったフレイに向けて軍曹は一つ部屋を挟んだ隣の部屋にフレイを案内し、ここを使うように告げる。フレイは見覚えのある軍曹に頭を下げて部屋に入った。カガリと違って部屋に外から鍵をかけられることは無かったが、フレイは不安そうに室内を見回した。

「監視カメラくらいは当然あるよね、カガリも言ってたけど下手に逃げようとしない方が良いか」

 攫われてきたから荷物も無く、着替えも無い。せめて下着の替えくらいは欲しいがそれを要求するのは気が引ける。フレイは早くアスランたちが助けに来てくれることを切に願うしかなかった。
 このままここに居ても仕方が無いと思ったフレイは、ブルーコスモスの兵士たちに話を聞いてみたいと思って部屋を出て外を確認することにした。基地から出なければ良いと言われていたから出歩くのは問題ないはずだ。部屋を出ると入り口には2人の歩哨が居て、出てきたフレイを見て何処に行くのかを聞いてくる。フレイはそれに基地を見てみたいと答えると、歩哨の1人が付いてきた。見張りなのだということはすぐに察することが出来たので付いてくる事には何も言わない。
 建物から出て兵士たちが居る正面の開けた場所に出る。彼らはコンパスの襲撃に備えて戦う準備を進めていたが、こちらに向かって歩いてきたフレイに気付いて手を止めた。

「なんだ、見慣れない女だな?」
「あ、すいません」
「邪魔だけはしないでくれよ、こっちも忙しいんだ」

  兵士はフレイに訝し気な視線を向け、そしてまた自分の仕事へ戻っていった。邪魔をしては不味いと思いフレイもその場を離れようとしたが、休憩中らしい兵士の一団を見つけてそちらへと歩いて行った。

「ねえ、ちょっと良いかしら?」
「あん……ええと、誰だあんた?」
「クリスピー大尉に連れてこられた女性の、まあ付き人みたいなものよ」
「そ、そうか」

 若い兵士が顔を赤くして動揺している。その様子にフレイはどうしたのかと首を傾げたが、そのしぐさに様子がおかしくなった兵は増えてしまった。
 そこでフレイはどうしてこんな戦いを続けているのかを尋ねた。戦争はもう終わっているのだから、故郷に戻って復興に当たれば良いのではないのかと聞くと、誰もが後ろめたそうに視線をそらせてしまった。

「あんたには分からないさ、俺たちは家族を無くしたり帰る場所が無いって奴が多いんだ」
「……私にも分かるわ、私も家族を戦争で無くして、肉親は1人もいないもの」
「なら、なんでそんな事を?」

 俺たちと同じ境遇ならコーディネイターを憎む気持ちも分かるだろうと言った兵士は、フレイの目を見てそれ以上言えなくなってしまった。

「私も、最初は復讐に走ったわ。コーディネイターを殺してやりたいって暴走してて、大勢を傷付けてきた」
「恨みを、忘れられたのか?」
「復讐なんてやっても何も得られないって、教えてくれた復讐者の先輩がいたからかな。ザフトの攻撃で故郷ごと家族を皆殺しにされたその人は狂ったように戦場を求めて、何時しか正気に戻って、その経験で私を引き戻してくれたの」

 キースさんがここにいてくれたら、私なんかよりずっと良いアドバイスをしてくれるのにとフレイは思う。私だけでなく、キラも正気でいれたのはキースさんとトールが支えてくれたからだ。思えば本当に色々な人に支えられてきたと思う。
 ならば、今度は自分が誰かを支える番なのだろう。そう思って、フレイは問いかけてきた兵士を見た。

「だから、私も今すぐ考え直せなんて言わない。私は他の人に支えて貰っても立ち直るのに何か月もかかったし、今でもあの頃のトラウマを夢に見ることもあるから」
「でも……」
「亡くした人を忘れるなんて出来ない、無かった事になんか出来ない。でも、他の人が支えてくれれば時間が辛さを癒してくれる。何時か泣きながらでもお墓に花を供えられるようになる。私がそうだったから」

 今でもパパの乗った艦が破壊される瞬間は忘れることが出来ない。でも、墓に花を手向けることは出来るようになった。一緒に訓練してきたジュリさんやマユラさんのお墓参りには一昨年にアサギさんと一緒にやっと行けるようになった。生きて別れれば思い出に出来るが、死に別れは一生の傷になる。
 だから、この人たちも何時か前に歩くことが出来るはずなのだ。こんな戦いから身を引いて、戦いから離れればきっと。

「何時かで良いから、復讐の為じゃなくて幸せになるための努力をするようになって」

 世の中には恨みだけで戦い続ける人はどうしても居なくならない。自分たちが最後に戦ったザルクのメンバーは復讐者として長年活動を続けていたという。あの人たちに世界が滅ぼされかけたのは確かだが、あの怒りを否定できない者も決して少なくはない。奪われた苦しみを抱いて生きる者は私たちの世界にも多いのだから。
 ただ、同時にこうも思う。復讐者として世界を滅ぼそうとした彼らが居たから、自分たちの世界は引き返せたのではないかと。彼らを見て自分を見つめ直せた人も多かったのではないかと。

 引き返すのに遅いなんてことは無い、何時か、何処かで切っ掛けがあれば人は変われるのだから。だから貴方たちもいつかきっと違う何かが見つかると笑顔でフレイは言う。復讐者から戻ってきたフレイの言葉は兵士たちを沈黙させ、そして誰もが俯いて黙り込んでしまった。どうしたのかと思ったフレイは付いてきた見張りを振り返ったが、彼も辛そうな顔をしている。
 フレイが首を傾げたが、彼らは結局それ以上何も言おうとせず、フレイは見張りの兵士に促されてその場を後にした。
 このフレイの話は彼女のただの体験談であったが、その影響はゆっくりと、静かにブルーコスモス将兵の中に広がっていくことになる。それが及ぼした影響が表面化した時には、もう手が付けられない状況となってしまうのだが、それを予想出来た者はこの世界には居なかった。





 2人が捕らわれの身となっていた頃、アスランとイングリッドとトールはどうしたものかと招かれざる客人を見ていた。カガリに押し切られたらしいサイには勤め人として同情する気持ちもあるが、裏切られたという気持ちもある。そしてカガリの方はイングリッドに刺すような視線を向けていた。

 少し前、アスランが出立する前に泣き止んだカガリはどういうことかと改めて事情を尋ねようとしたのだが、その視線がイングリッドに向けられて暫く止まって何かを考えるような表情になり、そして思い出したのかそれは驚愕に変わった。

「お前、確かファウンデーションのアコードの1人!?」
「…………」

 カガリの指摘にイングリッドは何も答えない。ただカガリの出方を警戒してわずかに腰を沈めている。もし暴れるようならこの場で制圧するつもりだろう。
 だがそれはアスランに制された。

「彼女がアコードというコーディネイターの上位存在なのは俺たちも聞いている。彼らの国が大虐殺を実行したのもな」
「ならなんでこいつを放置してるんだ、戦争犯罪人だぞ!」
「彼女がそれを命じた訳じゃないだろう。俺たちもこれまでの付き合いで彼女が無用に危害を加えるような人間じゃないのは分かっている」
「それで各国が納得できるか、何百万人が死んだと思っている!?」
「ならファウンデーションの指導者を裁けば良いだろう。逮捕してあるんだろう?」

 なんでそこまでという顔をするアスランにカガリが勢いを無くして顔を反らす。どうしたのかと訝しんだアスランにサイが代わりに答えた。

「ファウンデーションの指導部は全員が戦死したよ。この戦いは裁判に引き出せる相手が不在で終わったんだ」
「つまり、スケープゴートが欲しいという事か」

 怒りを滲ませてアスランはカガリとサイを見た。確かに責任者が戦死したのならその下の者が責任を追及されるものであるが、それでも良い気がするものではない。まして友人を差し出せと言われて黙っていられるアスランではない。
 怒りに任せて罵声を放とうとしたアスランの右手を、イングリットが掴んだ。どうしたのかとアスランがイングリッドを見ると、彼女は頭を左右に振っている。

「良いんです、確かに私は意思決定に関われるような立場ではありませんでしたが、だからといってああなるのを承知で止めようとしなかったのも確かなんです」
「イングリッド……」
「私の為に怒ってくれたのは嬉しかったです。ですが、カガリ・ユラ・アスハの言葉は間違っていません。誰かがファウンデーションの責任を取らないといけないのです」

 自分から死にに行くと言ってるイングリッドにアスランは彼女の予想とは逆に怒りを見せた。イングリッドの胸ぐらを掴み上げ、軽く揺さぶる。 

「ふざけるな、死んで責任を取るだと、そんな事は俺が許さん!」
「ア、アスラン?」
「責任を取りたいなら生きてやれることを探せ。お前が命じてやらせたならそれも仕方が無いが、ただの部下が上が全滅したから代わりに処刑台に登れなんて、そんな事は俺は決して認めない!」

 言いたい事を言ってアスランはイングリッドを解放する。後ろに転びそうになったイングリッドを慌ててトールが後ろから支えた。アスランはまだ憤懣収まらない様子であったが、それ以上イングリッドに何か言う事は無かった。
 代わりにカガリとサイを振り返り、彼女をどうにかしたいなら俺が相手になると伝えた。

「とにかく、俺たちは彼女を引き渡すつもりはない。どうしてもというなら俺が実力で止めさせてもらう」
「それは、私たちと戦うってことか?」
「戦いなんて望んでないが、降りかかる火の粉を払うことに躊躇いは無いぞ」

 アスランから殺気を向けられたカガリとサイは明らかに怯みを見せた。カガリは別に憶病という訳ではないが、それほどに今のアスランからの殺気は恐ろしいものだった。これ以上何か言えば本当に殺されると確認させるような殺気を放っている。
 その殺気にサイは何も言えなくなっていたが、カガリは肩の力を抜いて項垂れると、アスランに何とも言い難い悲しそうな声で話しかけてきた。

「お前は、本当に私の知ってるアスランじゃないんだな」
「何故そう思う?」
「アスランは私にこんな殺気を向けたりしないさ。それに……」
「それに?」

 カガリの次の言葉に警戒感を持ったアスランだったが、次の言葉はアスランの意表を突くものだった。

「あいつ、こんなに他人に優しくしないし、そもそも友達とか居ないし」
「…………え?」

 なんだか酷い事を言われた気がしてアスランはそれまでの剣呑とした空気を霧散させて間抜けな声を出してしまった。この世界の俺ってそうなのとサイを見ると、サイは横を向いてこちらに視線を合わせようとしなかった。


 この後カガリは必死な様子で何時も仏頂面だから誤解され易いけど気に入った相手の面倒見は良いんだとか何とか言って必死にこっちの世界のアスランのフォローをしていたが、なんだか落ち込んだ様子でアスランはホバー車両に乗って倉庫を後にし、残されたイングリッドとトールは微妙な空気を漂わせてそれをも見送っていた。

「なあイングリッド、この世界のアスランって、一体どういう性格なの?」
「私も詳しい事は知りませんが、かなり気難しい人間のようですよ。ザフトでフェイスという議長直属部隊に居た時は周囲とトラブルを起こしてかなり揉めていたとか」
「こっちのアスランは俺様タイプなのかな?」

 世界が変わるとここまで人は変わるのか、とトールは疲れた頭で考えてしまった。見ればこの世界のカガリはサイを完全に部下として扱っていて、サイはカガリに対して仕える上司として対応している。いや女王と官僚と考えれば当然の姿でむしろこちらの方が正常な関係の筈なのだが、自分たちに敬語を使われたら怖気に震えるカガリを見慣れている身としては違和感が凄い。

「これ、アスランが無事に2人を連れて戻ってきたら色々大変そうだな」
「そうですね、そもそも同一人物が2人居るという状況がすでにおかしいんですけど」
「異世界云々は物語だから楽しめるんであって、実際に体験するとこうも面倒事だらけなんだな」
「普通は体験できない筈なんですけどね」

 何と言うか余りにも異質な内容の話をしているトールとイングリッド。もはやイングリッドにとっても4人が異世界からやって来たというのは秘密でもなんでもなく、当たり前のことになっている。そしてだからこそ、目の前で女王としての立ち振る舞いを感じさせるカガリには違和感を覚えていた。
 本来ならイングリッドにとってはこのカガリが普通のカガリであり、実際に彼女が把握していたオーブの現代表はこのカガリだった筈なのだ。なのに、何時の間にか自分の中でカガリという女性は仲間想いで飾らない、フレイと一緒に歩む気風の良い女性になっていた。
 ただ1つ不思議なのは、どう見てもこの世界のカガリの方が一国の指導者っぽく振舞っていて威厳も感じさせるのに、何故か彼女に付いていきたいとは思わない。イングリッドにはあのフレイやトールやアスランたちと楽しそうにしているカガリの方が付いていきたいと思えていた。
 カリスマ性とでも言うのだろうか、理由は彼女にも説明が出来なかったが、何故かイングリッドは自分たちの世界のカガリを見てそんな事を思ってしまっていた。


ジム改 カガリとフレイはブルーコスモスの基地に連れていかれました。
カガリ なんかシンが可哀想に見えてきたんだが?
ジム改 シンが可哀想な事になるのは最初に出てたじゃないか。
カガリ こっちのシンはステラとデートしながら学生生活送ってるのに。
ジム改 何故か主人公の中でシンだけ幸せな境遇なんだよな。
カガリ 妹には蛇蝎の如く嫌われてるが。
ジム改 日頃の行いのせいだ。
カガリ そんで、私が2人で本当に面倒な状態なんだが。
ジム改 片やユウナの気を引こうと密かに努力してて、片やアスランと恋人だから書いてて間違えないように気を付けないといかん。
カガリ うちのアスランは私とはこっちに来てから友達になったって関係だからなあ。
ジム改 前作中だとむしろ敵扱いだったからな。
カガリ 逆にフレイが親友だから、多分会っても話が合わないよな。
ジム改 まあ、合わないよな。うちだとオーブは地球連合の構成国で中立じゃないし。
カガリ 周りが全部連合国だから中立する必要が無いからな。

次へ  前へ  一覧へ