第18章  ブルーコスモスの襲撃

 町に戻ったサイは、暫くの逗留の後に極秘に町に足を運んできたカガリと合流していた。だが1人で現れたカガリを見てサイは頭痛を堪えるように苛立ちを見せてしまう。

「カガリ様、供の者はどちらに?」
「お忍びだ、途中まではいたが、ここからはお前がその役だ」
「そういう事はお止めくださいと何度も申し上げている筈ですが」
「今回は人に話せるような内容じゃないからな。それより、見つけたんだろそのトールや私に似た奴らを」

 興味深そうに問いかけてくるカガリに、サイはどうしてカガリがその事を知っているのかと疑問に思ったが、あらかじめ用意していた答えを返した。

「会うには会えましたが、やはり他人の空似でした」
「……本当か?」
「はい、死者が蘇るなんてなかったんですよ」

 嘘は言っていない。異世界からの来訪者などと説明できるはずが無く、他人の空似で通した方が余程マシだ。約束を抜きにしてもサイは今回の件は胸の内にしまうつもりであった。
 だが、カガリは言い切るサイに小さく溜め息をつくと、サイにもう一度問いかけた。

「アーガイル、もう一度聞くぞ。本当に他人の空似だったのか?」
「カガリ様?」
「私を見縊るなよ。嘘をついているかどうかくらいある程度は分かるし、お前がこの町で私やアスランと一緒に町の外に向かったのは他の奴から聞かされている」

 そう言って、カガリは一枚の写真をサイに見せた。そこには確かに自分がカガリやアスラン、そしてトールやフレイ、青い髪の女性と一緒に何処かに向かっている場面が映っている。カガリもこれを見て他人の空似というには似すぎていると察したのだろう。
 だが、流石に異世界からの来訪者だ等とは思ってはいない。カガリはこの自分たちに似た者たちをクローンか何かではないかと疑っていた。この世界にはそういう技術があることを彼女も知っているのだ。

「…………」
「どうなんだ、本当に他人の空似だったのか?」

 なるほど、この町には自分以外にもカガリの手の者がいた訳だ。フレイたちの調査の為に居た訳では無いのだろうが、厄介な事になった。
 誤魔化しが通用しないというのならある程度真実を話すしかないが、どう言い繕っても事態を誤魔化すのは難しいということにサイは途方に暮れてしまった。カガリとアスランとトールとフレイのそっくりさんが居ましたなどという話にどうやって真実味を持たせればいいのだ。いっそ本当の事を言った方がマシではないのか。

「……ああ、何と言いますか、これから言う事は決して誰にも漏らさない事、記録にも残さない事を約束していただけないでしょうか」
「どういうことだ?」
「それくらいに非常識な話になりますので」

 サイの言葉にカガリは怪訝な顔になったが、仕方がないと頷いた。カガリは約束は守る筈なので仕方なくサイもトールたちに聞いた話をカガリに話して聞かせる。それを聞かされたカガリは嘘吐きを見る目でサイを見ていたが、彼が真面目に話しているのを見て頭痛のしてきた頭を右手で押さえていた。

「お前、それ本気で言ってるのか?」
「はい、信じ難い話ですが、亡くなっている筈のフレイとトールが居たのは確かです。そしてもう1人のカガリ様に、アスラン・ザラも」
「ああ~、冗談だと思いたいんだが、本当なんだな?」
「はい。あれは間違いなくフレイとトールでした」

 断言するサイにカガリはいよいよ頭痛のしてきた頭を抱えて唸ってしまう。サイは人を騙すのに向いているような男ではない、そんな奴だから自分も調査に送り込んだのだ。しかしこの世界では死んだはずの人間と自分とアスランが揃って異世界からやってきて、この世界で暮らしていますと言われて信じろという方が無茶だ。だが自分たち4人としか思えない写真をサイに突き付けて真偽を問うたのは自分だ。コンパスから送られてきた資料を見てまさかと疑ってサイを調査に送ったのだが、まさかこんな結果が出てくるとは。
 しばらく頭を抱えて唸っていたカガリは、ようやく何かを決めたのか顔を上げてサイを見た。

「アーガイル、すぐに車を用意しろ。そいつらの住処に行ってみるぞ」
「待ってください、私は彼らの家の場所を知りません。それに彼らはこちらとの接触を望んでいません。彼らは元の世界に戻りたがっていました、このまま干渉せずに戻ってもらえばそれで済むんです」
「良いから、行ける場所まで案内しろ。直接自分で確認しないと納得できん」
「ですが、カガリ様」
「命令だアーガイル」

 命令、と言われてサイは言い返す言葉に詰まり、そして諦めたように項垂れてしまった。こう言われてはもう逆らうことが出来ない。自分はカガリに仕える官僚でしかないのだから
 すまん、フレイ、トールと心の中で詫びて、サイはカガリを車に乗せてあの家に戻ることになった。だがそれは、2人を数奇な運命へと巻き込んでいくことになる。





 マリューとの合流の為にこの村を出ていくことにしたカガリたちであったが、この時すでに不穏な事態が村に迫っていた。先のファウンデーションの戦いで大きなダメージを負ったブルーコスモスであったが、未だに壊滅したわけではなく各地に残る諸勢力はそれぞれに活動を継続している。
 この村にもそういったブルーコスモスの手が伸びてきていた。
 装甲車から降りたユーラシア軍の野戦服を着た黒人の士官が双眼鏡で村を見る。それは一見すると何処にでもある小さな村に見えたが、ここには彼らにとって非常に重要な人物の姿が確認されている。

「あそこか、カガリ・ユラ・アスハの姿が確認されたという村は?」
「はい、クリスピー大尉。送られた画像からカガリ・ユラ・アスハに間違いないという解析結果が出ています」
「だが分からんな、なぜこんな所にオーブの代表が居るんだ。確かに彼女の所在は掴めているわけではないが」
「その辺りは何とも。ただ、これが千載一遇の好機なのは確かです」
「アスハを人質として使えば、確かにオーブやコンパスには効果的だろうが」

 ユーラシアには珍しい黒人系のクリスピー大尉は短く刈った髪を右手で掻き回すと、どうにも腑に落ちんという顔で車内に戻った。

「まあ、命令は命令だ。見たところ防衛力も無いようだし、さっさと済ませるとするか」
「はい、それではMSを呼び寄せますか」
「いや、MSは目立つ。下手にコンパスに出て来られても困るし、ここは歩兵と装甲車だけで片付けよう」
「戦車も無しですか」
「ここはコーディネイターの勢力圏ではないんだ、無駄な犠牲は避けるとしようじゃないか軍曹」

 部下の肩を軽く叩いて大尉は集結ポイントに戻るように指示を出した。装甲車が向きを変えてこの場を離れ、味方のいる場所まで戻っていく。カガリたちの存在は大きな勘違いを交えて新たな脅威を呼び込んでしまっていた。





 村から出ていくことをリーダーに告げたカガリたちは持っていきたい荷物を車に急いで積み込んでいた。とはいっても家具などは置いていき、食料などが中心だ。マリューとの合流ポイントはそう遠くはないが、それでも多少の旅にはなりそうであったので食料は多めに欲しい。
 それでも持っていけないからと残していく物も多く、それらは村の皆に全て譲る事にしていた。子供たちには最後だからとフレイが沢山の焼き菓子を作ってみんなに配り、別れを惜しんでいた。
 カガリは住み慣れてきていた家を見上げると、少し寂しそうにした。

「ここの暮らしも悪くなかったな、出てくのは少し残念な気がするよ」
「そうですね、皆さんとの生活は楽しかったです」

 同じく名残惜しそうなイングリッドの様子にカガリは少し意外そうな顔をして、そして嬉しそうに頷いた。

「そうか、イングリッドも楽しんでくれたんだな」
「はい、小さな家で皆さんと毎日その日暮らしをするというのは、新鮮な体験でした」
「なら良かったよ。ところでさ、イングリッドはこれからどうするんだ?」
「これから、ですか?」
「ああ、お前が私たちの事情を知ってるってのは分かってる。それで私たちは同じ世界から来ちまったらしい知り合いのところへ向かう訳だけど、イングリッドはどうする?」
「…………」
「お前さえ良ければ、このままずっと一緒に行かないか。これまでの話だとお前も帰る場所も無いんだろ?」
「それは、そうなのですが……」
「だったら一緒に行こうぜ、向こうの艦長は話の分かる人だから安心していい」
「カガリさん……」

 カガリの誘いは嬉しいが、迷いを見せるイングリッド。だがカガリは迷うイングリッドに細かいことは気にするなといった。

「世界が違うとか自分が追われる身だからとか色々考えてるんだろうけど、そんなの気にすんなって。時には逃げるのも必要だぞ」
「貴女から逃げるという言葉を聞くとは思いませんでした」
「そうか、私も結構逃げ回ってるぞ。何しろ国を焼かれて国を捨てて逃げだしたからな」

 先の大戦を思い出して、カガリは苦笑してしまった。オーブの新たな獅子などと言われることもあったが、体感的には負け戦やギリギリの辛勝の方が多かった気がする。負けて逃げ出しても被害を抑えられれば良いんだなどと考えるようになったのは何時からだったろうか。
 だからイングリッドも深く悩む必要は無いとカガリは言ってやった。

「良いじゃないか、負けて逃げ出して蹲って泣いても。誰もそれを悪いなんて言わないさ」
「ですが、私たちは」
「ファウンデーションだったか。お前の国が酷い事をしたってのはこれまでの話で予想が付いてるが、やらせたのはイングリッドじゃないんだろ。悪いのは命令した奴らさ」
「…………」
「まあ、一度よく考えてくれよ。友達を見殺しにするってのは私の趣味じゃないしな」

 そう言ってカガリは荷物の搬入を再開した。残されたイングリッドはカガリの誘いを真剣に考えていたが、答えは出そうになかった。この人たちと一緒に行くのはおそらく最善の道だとは思うのだが、どうしてもそれで良いのだろうかという迷いが過る。それにオルフェが生きたこの世界を去るというのは辛い。
 この時カガリもイングリッドも知る由もない事であったが、もしこの時にイングリッドが考え込んでいなかったら、直後に起きた災厄を回避できていたかもしれない。頭の中が一杯になっていたイングリッドは村に近付く複数の襲撃者を察知することが出来なかったから。



 最初にそれに気付いたのは、フレイだった。自分に向けられたもので無かったから察知が遅れていたが、ある程度近付かれたことで自分たちへ向けられた悪意のようなものに感づいた。ただそれが村の人間なのか、他所者なのかが分からない。
 念のためにフレイはアスランに相談することにした。

「ねえアスラン、ちょっと良いかしら?」
「どうしたフレイ?」
「何だか、妙な感じがするの。私たちへの悪意を持ってる人達が近付いてきてるっていうか」
「また例の悪い予感か?」
「その類だけど、もっとはっきり近付いてきてるって分かるのよ。それも1人じゃない」
「……カガリが止めてくれと言うのも分かるな、確かに君の悪い予感は碌なことが無い気がする」

 本当に当たる悪い予言など迷惑千万でしかない。だがこれまでの経験からフレイの悪い予感は当たるとアスランも理解していたので、車からナイフと自動小銃を取り出して安全装置を外した。フレイも拳銃を手に取り弾を確認する。

「来てるのは、森の方か?」
「そうね、数は分からないけど。狙われてるのは私じゃないみたい」
「自分以外への悪意には気付けないのか?」
「全くじゃないけど、気付かないわね」
「便利なようで制限も多いんだな。だが俺たちの中で狙われそうな奴というと……」

 そこまで考えて、アスランはしまったと叫んで家の方に居るカガリとイングリッドを振り返った。カガリは荷物を抱えて家から出てこようとしていて、イングリッドは何か考え込んでいる。この中でもし狙われる可能性があるとすればあの2人だ。

「不味い、カガリ、イングリッド、すぐにこっち来るんだ!」

 突然大声で呼ばれたカガリは驚いた顔をしていたが、考え込んでいたイングリッドがそれで正気に返って、すぐに鋭い視線で森の方を見た。

「いけない、こんなに近付かれるまで気付かないなんて!」

 イングリッドが荷物を捨ててカガリの方に寄ろうとした時にはすでに遅く、何が起きているのか分からなくて混乱しているカガリに向けて森から飛び出してきたユーラシア軍らしき武装した兵士が襲い掛かって体を拘束していた。

「な、なんだお前ら!?」
「悪いな、静かにしてもらう」

 組み付いてきた兵士がライフルの銃床でカガリの腹を殴りつけ、衝撃に一瞬目を剥いた後カガリは意識を手放した。気絶したのを確かめた兵士はカガリを担ぎ上げて逃げようとしたが、逃げ出そうとした時に付いてきた仲間が2人宙に舞ったのを見て唖然としていた。
 ほとんど一瞬で距離を詰めてきたイングリッドが近くに居る兵士を1人体当たりで弾き飛ばし、間を置かずにその隣の兵士を肘うちで吹き飛ばしてしまう。この細腕のどこにそんな力がと思う威力で、見てしまった兵士がカガリを担いで逃げていこうとする。
 イングリッドはカガリを追おうとしたが、向けられたライフルを見て慌てて後ろに退いた。銃弾が近くを掠め、焦りを見せるイングリッド。

「油断でした、すいませんカガリさん」
「そう思うんなら、手を貸してもらうぞ」

 何時の間にか傍に来ていたアスランが声をかけてくる。いつの間にとイングリッドが驚く間も与えずアスランが物陰から身を乗り出してライフルで敵兵に銃撃を加える。そしてまた陰に戻って、弾倉を入れ替えた。

「俺が敵兵の相手をする、カガリを追ってくれ」
「フレイさんとトールさんは?」
「フレイはカガリを追ってる、トールは家に武器を取りに行ったが」

 まだ戻らないかと思っていると、家の方から小銃の連射音が聞こえてきた。トールが隠していた武器を持ち出して反撃を開始したようだ。突入してきた兵士の数は分からないが、向こうでも銃撃戦になるくらいに多いのか。
 アスランは銃を抱え直して3つ数えると物陰から飛び出して銃撃を加えながら走っていく。それを見送ったイングリッドも敵兵の注意がアスランに向いたのを確かめて飛び出した。
 アスランを撃っている兵の懐に入ると蹴り飛ばして昏倒させ、道を作って森の中へと入っていく。ここはアスランに任せればいいのだ。カガリの方向は周囲の気配を探ればある程度見当がつく。アコードのテレパス能力はこういう時には大変便利だ。
 だがカガリに近付いたところで拳銃の発射音が聞こえ、何やら言い合いの声が聞こえてくる。そしてその次に打撃音とフレイの悲鳴が聞こえてきた。

「まさか、フレイさん!?」

 物凄い速さで悲鳴のした方に駆け付けると、殴り飛ばされたらしいフレイが兵士に担ぎ上げられていた。彼らはイングリッドが現れたことに驚き慌てて銃を向けようとしたが、その中の1人がフレイに拳銃を突き付けた。

「そこまでにしてもらおうか、このお嬢さんの命が危ないぞ」
「……女性を人質にとって、恥ずかしくないんですか?」
「悪いが、こっちも任務なんでね」

 兵士がフレイを人質にしながらゆっくりと下がっていく。見ればカガリはもう車に乗せられているようだ。相手が1人ならその場で精神に干渉して操ることも出来なくはないが、複数人いてはそれも簡単には出来ない。
 イングリッドは歯ぎしりして悔しがり、兵士たちが軽装甲車両に乗り込んでいくのを見ていた。フレイとカガリが居なければ突っ込んで皆殺しにするのも簡単なのにと悔しがっていると、家の方からアスランが小銃を手に飛び出してきた。

「イングリッドか、カガリとフレイは!?」
「あの車両の中です!」

 イングリッドが指さす軽装甲車はこちらに背を向けて逃げようとしている。ここからは見えないが周囲からも同じように車両が動き出す音が聞こえるので、指揮官から撤退命令でも出たのだろう。
 アスランは舌打ちするとライフルの先端に腰のポーチから取り出した筒を突けると、軽装甲車両に向けて発射する。それは狙い過たず車両に当たって、それだけだった。

「アスランさん、今のは?」
「発信機だ、後を追わないとな」

 悔しそうな顔でイングリッドに答えて、アスランは近くの木を苛立たし気に殴りつけた。自分が付いていながら何て無様な事にと思っている。ここ最近のゆったりとした空気ですっかり気が緩んでいたのだろう。
 自分を責めるアスランにイングリッドが申し訳なさそうに頭を下げた。

「すいません、私が気付いていればこんな事には」
「いや、俺が警戒を怠っていたからだ。こうならない為に俺が付いてきたっていうのに」
「でも、どうします。2人とも人質にとられました」
「……イングリッド、この近くに君の知っている倉庫は他にあるか?」
「いえ、前に案内した場所だけです。ですが何故?」
「一度そこに行った後で俺は車で2人を追う。悪いがイングリッドとトールはその倉庫で使えるMSを準備して待機していてくれ」
「大丈夫ですか、私が行った方が」
「いや、さっきの動きを見させてもらったがイングリッドは身体能力はともかく、歩兵の訓練は積んでいないのが分かった。ここは俺の方が良いさ」

 アスランに任せろと言われたイングリッドは俯いて唇を噛みしめると、2人を助けに行きたいという気持ちを押さえ込んでアスランに頷いた。それで急いで家に戻ると、トールが周辺を警戒しながら2人を待っていた。

「アスラン、イングリッド、無事だったか!」
「ああ、俺たちはな」
「ですが、カガリさんとフレイさんが攫われました」
「なんで2人が。あいつら一体何なんだ?」

 トールが気絶している何人かの兵士を見る。ユーラシアの兵に見えるが、自分たちがユーラシア兵に襲われる理由は覚えがない。だがそれにはイングリッドが答えをくれた。

「おそらく、この辺りに潜伏しているブルーコスモスだと思います」
「ブルーコスモス?」
「懐かしい名前を聞いたな」
「はい、何のために連れて行ったのかまでは分かりませんが、生かして連れて行ったのですから生きた2人に用があるのでしょうね」
「生きてる必要があるとなると、人質かな。だが何に対して?」

 トールが訳が分からないと首を傾げる。自分たちはこの世界の人間ではないのに、何に使えるのか。

「カガリさんをこの世界のカガリ・ユラ・アスハと勘違いしたのでしょう。フレイさんは私が駆けつけたから咄嗟に人質にされただけではないかと」
「ああ、そっちか。それなら納得できるけど」

 ますます厄介な事になったなとトールが呟く。そしてアスランが2人を助けるためにここからすぐに移動することを伝えて、トールがリーダーに挨拶していかないとなと言う。3人は残りの荷物を諦めると車に乗り込み、リーダーに挨拶をして村を後にした。前に使った地下倉庫へと向かうのだ。

 丘に埋め込まれるように隠された入り口もこれが3度目となればすぐに見つけることが出来た。イングリッドの操作で開いた扉から中へと入っていく。相変わらずの格納庫の中で車を止めると、イングリッドは2人を伴って奥へと進んで1機のMSの元へと向かった。
 
「イングリッド、どうするんだ?」
「戦闘になることを想定しなくてはいけません、私も今出せる切り札を使おうかと」 
「切り札?」

 アスランとトールが怪訝そうな顔になるが、イングリッドはそれには答えず奥へと歩いていく。2人は顔を見合わせてイングリッドの後についていくと、奥にはトールが知らない黒を基調としたMSがハンガーに固定されていた。

「これは、確かルドラだったか」

 前に見た事があるアスランがこれがあったかと納得している。トールは事情を知らないのでどういうことかとイングリッドに問いかけ、彼女は少し複雑そうな顔でそれに答えてくれた。

「ブラックナイトスコード専用機、ルドラです。私たちアコード専用として開発されたMSですね」
「イングリッドたちの専用機だって?」

 トールが驚いた顔をする。コーディネイター用MSというのはあるが、まさか特定の専用機が存在しているとは。それほどにアコードは強いのか、そのファウンデーションにとってアコードはそれほどの価値がある存在だったのか。
 だが、イングリッドはそれには答えず機体ハンガーのコンソールに取り付き、操作して情報を読みだした。

「やはり、多少調整が必要ですね。トールさん、すいませんが機体の整備の手伝いをお願いします。アスランさんは2人の追跡を」
「了解、アスランから連絡が来るまでに仕上げないとな」

 助力を求められてトールが腕まくりをして機体に近付いていき、アスランは頷いて使える車両を尋ねた。

「ここに使える車は?」
「ホバークラフトユニット付きの軽装甲車両があります。発信機の動きが止まったら急行してください。個人用装備は奥の部屋にあるはずです」
「了解した、使わせてもらう」

 アスランはイングリッドに頷いて個人装備を取りに行った。アスランを見送ってイングリッドは端末での確認作業に戻り、トールがその隣に立つ。

「でもルドラだっけ。本当に動くのかい?」
「使われなかった予備機です。いえ、厳密には本来私が使うはずだった機体ですが」
「イングリッドが使う予定だった機体?」
「はい、私は結局これに乗らず、カルラの補助に回りましたので。機体だけここに残されていたんです」

 結局機体は宇宙にも持っていくことなく、ここに放置されてしまっていた。それが巡り巡ってこうして役に立とうとしているのは皮肉な話であったが、おかげで助かった。これなら何が相手でも対抗できる。最悪、コンパスの介入を受けても。

「さて、始めましょうか。トールさんは私の指示で動いてください」
「了解、指示宜しく」

 工具を出しながらイングリッドの笑いかけたトール。イングリッドも頷いて操作を続けようとしたとき、いきなり警報が響き渡った。

「なんだ?」
「入り口に何者かが現れたようです。私が立ちあげていたセキュリティに反応しました」
「入り口って、偽装してたんじゃ?」
「その筈なんですが」

 トールの問いに困惑した顔で返すイングリッド。奥の部屋からも何事かとアスランがやってきて、イングリッドがモニターに入り口の映像を出した。そこには車が止まっていて、前に別れたはずのサイと、髪の短いカガリが居た。
 それを見たアスランとトールはあんぐりと口を開け、イングリッドを見る。イングリッドも信じられないという顔でモニターを見ている。

「間違いありません、彼女はこの世界のカガリ・ユラ・アスハです!」
「な、なんでここに?」
「どうやら行動力のおかしさはこっちのカガリも同じみたいだなあ」

 呆然とするアスランの隣りで、昔を思い出したトールが遠い目で小さく笑いだす。初めて会った時は砂漠で携帯ミサイル担いでたよなあと呟きながら。

 向こうは明らかにこちらがここに入ったのを確認していたようで、偽装した入り口を前に開けろとカガリが叫んでいる。それを見てイングリッドがどうしようかとアスランを見て、アスランが頭を左右に振って小さく頷いた。あの手のタイプは放っておいても延々とあそこで騒ぐだけだろう。もしかしたら武装して強行突破してくるかもしれない。
 アスランが頷いたのを見てイングリッドはパネルを操作し、入り口のロックを解放する。実は入り口は歩兵用の装備で破壊されるほど柔ではないのだが、ここは素直に通してやった。
 中へと通されたカガリとサイは車を止めて建物の中に出て、周囲を見回す。見た感じは放棄された格納庫だがなんであいつらはここに入っていったのだ。

「おいアーガイル、あいつらはどこに居ると思う?」
「分かりません。ですが、入れてくれたのですから向こうから接触してくるのでは?」

 サイの答えになるほどと頷き、しばし2人は待った。そして闇の向こうから足音が近づいてくるのが聞こえ、2人の前に小銃を構えたアスランが現れた。アスランはまずサイを見やり、そしてカガリに視線を移す。

「サイ・アーガイル。確か俺たちのことは適当に誤魔化してくれるという話だと思ったんだが、どういう事かな?」
「すまない、俺がそっちと一緒に動いてたのが別ルートで露見してて、嘘を見抜かれて」
「……努力はしたという事か」

 アスランは仕方が無いという顔でサイを見て、そして今度はカガリを見てそちらに銃口を向ける。アスランに銃を向けられたカガリは目に見えて動揺していたが、アスランは気にせず続けた。

「さて、アスハ代表でよろしいですか?」
「……ああ、それでいい」
「ではアスハ代表、どのようなご用件でここに。サイ・アーガイルを伴っているということはこちらの事情はご存じだと思うのですが?」
「…………」

 銃口を向けたまま警戒を解かずに質問を続けるアスランだったが、目の前のカガリがいきなり目から涙をこぼしだしたのを見て戸惑ってしまった。

「ア、アスラン、なんで私に銃を向けてそんな事を言うんだ?」
「いや、なんでって、警戒するのは当然だと……」

 思うんだが、と続けたいのだが泣き出してしまったカガリを前になんだか虐めているような感覚にとらわれてしまったアスランは銃口を下げてどうしたものかと背後を振り返った。アスランが振り返ると、彼が来た闇の向こうからトールとイングリッドもやってきた。
 イングリッドが教えていなくてすいませんとアスランに謝罪する。

「じつは、こちらの世界ではアスラン・ザラとカガリ・ユラ・アスハは恋仲ではないかと言われていまして」
「ああ、そういう事か」

 恋人そっくりの男から銃を向けられて詰問されればそれは感情的にもなるよなあとアスランは納得したが、さてこの状況はどうすれば良いのだろうか。目の前には泣いているカガリが居て、その隣でサイがオロオロとしている。背後ではイングリッドとトールがここは任せると言うかのように一歩後ろに下がっている。アスランは本当にどうしてこうなったと天井を見上げてしまった。


ジム改 カガリが攫われて違うカガリが来た。
カガリ ややこしいわ!
ジム改 人間関係の前提が違う2人が遭遇するとこうなりますということだな。
カガリ うちのアスランはラクス一筋……ミーアは浮気にカウントするのか?
ジム改 そもそもこっちと向こうで性格が大分違う。
カガリ うちのアスランはぶっちゃけキラと仲悪いけど、戦友は大事にしてるからな。
ジム改 逆にこっちのラクスとうちのアスランが出会ったら面倒そうだ。
カガリ つくづく平行世界なんかに来るもんじゃないと思うな。
ジム改 実はこの後の展開で一つ悩んでいることがある。
カガリ なんだ?
ジム改 カガリが同じ場所に2人になりそうなんだが、どうやって書き分けよう。
カガリ あ~、そっちか。私の方に異世界とか付けるか?
ジム改 それはそれで見辛そうだ。


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