第17章 動き出す故郷
オーブ首長国のオロファトでは極秘でプラントと大西洋連邦から使者が訪れていた。理由は当然のように消えたカガリたちの事と大西洋連邦の技術試験艦の問題だ。プラントとオーブの駄目な科学者たちが力を合わせてとんでもないことをやらかしたという話で、だが聞いたことの無い事態に誰もが困惑している。
更にはとうとう諦めたオーブ政府から直接連絡を受けて急行してきたムルタ・アズラエルとイタラ老の姿もある。どちらも自分たちが個人的に友誼を結んでいる少女たちが消息不明になったと聞かされて穏やかではない。
アズラエルは頭痛を堪えるような顔でユウナに問いかけた。
「もう一度確認しますが、カガリさんたちはそのワームホール装置とやらで平行世界に飛ばされたと?」
「はい、冗談としか思えない話ですが、実際にその場に居た者たちの目の前で4人は姿を消しています。またステーション管制室でもオニールが一瞬光ったと思ったら目の前から掻き消えていたと」
「そういうのはSF小説の中だけにして欲しかったんですが」
「しかしエネルギーが足りず結局実験は失敗したのじゃろう。それがその、向こうの世界で発生したエネルギーとやらで穴が繋がってこちらから向こうに吸い込まれたと?」
「科学者の説明ではそういう話らしいです」
「何とも滅茶苦茶な話じゃのう」
イタラはどうすりゃ良いんじゃという目をプラントからやってきたアイリーン・カナーバへと向ける。デュランダル議長から事態解決のために送られてきた使者であったが、今回の事件の大本がプラントから出て行った科学者だったと聞かされて小さくなっている。
大西洋連邦から来たロバート特使はカナーバの顔を見て一瞬軽蔑を浮かべた後、ユウナを見た。
「事情は分かりましたが、こちらとしましては問題なのは試験艦の安否です。流石に軍艦1隻が消失したなどと言われてはこちらとしては冗談では済まされない」
「分かっております。幸い向こうとは穴さえ開けられれば通信は出来ることが分かっておりますので、問題を起こした科学者たちに救出手段の制作と同時に向こうに再度穴を開ける作業もやらせております」
「連絡が取れなければ何も分からないですか」
平行世界に行ってしまったという話自体が冗談にしか聞こえないが、自国の代表を使ってそんな冗談を言うはずもなく、ロバート特使の追及にもどこか力がない。余りにも非現実的な話過ぎてどうすれば良いのか分からなくて戸惑っているのだ。
だが、この問題に対してはアズラエルが方針を示してくれた。
「とにかく、まずはカガリさんとオニールに連絡を取ることですね。必要な資金と技術者は各国から融通するということでどうでしょう?」
「こんな話に資金を出せと?」
「今は仕方がないでしょう、私も協力しますしね」
ロバートの問いに答えてアズラエルはカナーバを見た。
「プラントもそれでよろしいですか?」
「はい、こちらからもすぐに科学者を送って協力をさせます」
「結構、うちからはもちろん、アルビム連合も手を貸して頂けるのですよね?」
「もちろんじゃ、早く嬢ちゃんたちを助けてやらんとな」
アズラエルの求めにイタラも応じる。こうしてオーブ、大西洋連邦、プラント、アルビム連合、ロゴスの協力によるカガリ救出作戦が開始されることになる。だが、そのための戦力をどこから出すのかという点に関してはまた厄介な問題となってくる。国として動くのはなるべく回避したいが、かといって万が一を考えると中途半端な戦力を送りたくもない。
この問題に対してはアズラエルが自分が進めている計画を伝えてそれへの協力を打診してきた。
「実は、大西洋連邦ではアガメムノン級を代替する次世代型空母の試作艦建造に着手しておりまして、それがこの間完成しまして現在はテストを行っています。この艦はテスト終了後にロゴスが引き受ける予定になっているのですが、これに信用のおける人間を集めた最精鋭部隊を乗せて救援に送り込もうかと考えています」
「最精鋭部隊、ですか。ロゴスという事は例のファントムペイン隊?」
ロバート特使が確認するようにその部隊の名を口にする。ファントムペインとはロゴスの私兵部隊であり、地球連合軍の軍籍を与えられてはいるが地球連合軍の命令系統には属していない。元々アズラエルが使い易い実働部隊が欲しいと言って編成させた部隊であり、その実態は軍隊というより傭兵に近い。かつては強化人間を運用していた部隊としても知られていて、ラクス紛争にも投入された実績がある。
そのような部隊であるから当然正規軍からは良い顔をされず、ロゴスの暗部として後ろ指をさされる事の多い部隊だ。そんな物に他所から人を集めようとするアズラエルの提案にロバートとカナーバは難色を示したが、ユウナは肩を竦めて断れないと言った。
「仕方が無いですね、オーブとしては断るのは難しい」
「では、オーブは人員を出してくれると?」
「ホムラ様とミナ様と協議してからとなりますが、完全に拒否することは無いと思います。ですが、好ましい手段では無いですね。私としては軍事力に頼るような事態にはなって欲しくないんですが」
軍事力を送り込むという事は向こうの世界と戦う事を辞さない状況になったという事で、それはすなわちカガリたちが命に危険にさらされている事を意味する。それにまだ向こうに行く方法も完成しておらず、仮に完成してもどの程度の物を運べるのかも分からない。確かにオニール号が転送されたのは事実だが、同じ事を自分たちが狙って再現できるとは限らないのだ。
軍艦を送り込めるとは限らないと言われてアズラエルも渋々それを受け入れてこの話はまた後日にと引き下がる。それを見てクロードとカナーバは安堵したが、イタラは面白そうなものを見る顔でアズラエルを見ていた。
結局アズラエルの提案は大西洋連邦とプラントが賛成しなかったことで見送られる事となったが、後にこの案が重大な意味を持つことになってしまう事にはまだ誰も気付いてはいなかった。
会議が終わった後、アズラエルはイタラと共にユウナの案内で首長府を後にし、アスハ家が管理する厳重に警備された区画へと赴いた。そこは一見するとただの森の中であったが、一本の道が続いていることで奥に何かがあることを教えている。そして3人が行き付いた先には然程大きくない住居があった。別におかしなところは無い、何処にでもありそうな家だ。立地を考えると権力者が一時を過ごす為の隠れ家に思える。
その家の庭のテラスでテーブルに紅茶セットを置き、椅子に座っているドレスを着た女性にアズラエルは声をかけた。
「やあ、元気そうですねラクスさん」
「……アズラエル様?」
アズラエルたちが訪ねた先で待っていたのは、公式には死んだはずのラクス・クラインであった。ラクスは訪ねてきた人物を見て不思議そうな顔をしている。何故アズラエルが自分の元を訪れたのかが分からないのだろう。
アズラエルはラクスの勧めも待たずに向かい合うように椅子に腰を降ろす。それを見て後から付いてきたユウナとイタラも顔を見合わせ、そしてラクスに一言断って2人も椅子に腰かけた。
ラクスは戸惑った表情であったが、すぐにそれを隠すと予備のカップも使って3人に紅茶を淹れて勧めていた。そのカップを取ったアズラエルが茶を口に含み、香りを楽しんでいる。
「アスラン・ザラに頼まれて折角助けたのです、顔くらい見に来ても良いでしょう?」
「助けられたですか」
「彼も損な性分ですね。貴女がここに居るかもと勘づく奴が出ないようスカンジナビアに赴任先を変えるそうです」
ラクスが表情を曇らせる。あのラクス紛争でアスランはラクスを助け出すために参戦し、そこでフレイやアズラエルの派遣したファントムペインの協力を得てザフトがラクス派残党と激しく交戦したのだが、ここで世間的にはアスラン・ザラがラクスを射殺したことになっており、実際にアスランがラクスを撃つ場面はラクス派の兵士に目撃されていた。
この時にアズラエルの申し出でラクスを仮死状態にする薬剤を銃で撃ち込んでラクスを仮死状態にし、ファントムペインに身柄を委ねてアズラエルの元で保護する案が提示され、アスランはこれを受け入れてラクスを撃ち、仮死状態のままファントムペインへと引き渡した。実際には狙いどころが少しずれたらラクスの命を奪いかねない危険な賭けであったが、他に打つ手も無かったアスランはこれを実行して勝ちを拾っていた。
その後アズラエルの元で蘇生されたラクスは仮死状態になった後遺症の治療後にアズラエルの手でオーブへと渡り、カガリの協力を得て改めて匿われる事になった。今度は前回とは違い亡命ではなく、オーブに匿われていることも公表されていない。フレイらのラクスの友人関係にも彼女の生存は知らされておらず、徹底した情報管理のおかげで彼女の死は世界に受け入れられていった。
このおかげでラクスを狙う者が現れることは無く、彼女は平穏の日々を生きていくことが出来ていた。
ラクスは自分を助けてくれるアスランに感謝していたが、彼の想いに答えることは出来ないことに苦しんでもいた。表舞台に出れない以上アスランと共に歩むことは出来ないし、またその資格も無いと思っていた。自分は彼を苦しめる事しかできな方から。せめてラクス紛争が無ければ違った答えもあったのだろうが。
ラクスは胸を過った痛みを振り払うと、どういう事なのかとユウナを見た。
「ユウナさん、こちらに来られると伺っていて準備をしておりましたが、どうしてここにアズラエル様とイタラ様を?」
「アズラエルさんが顔を見たいとおっしゃってね。事情を知っているから問題無いと思ったんだ」
「儂もラクス・クラインの生存を聞かされた時は驚いたぞ。アズラエルがその為に動いたこともな」
「まあ、キラ君にも懇願されましたからね、ラクスを助けて欲しいと」
キラはアルカナム残党を追うためにアズラエルの力を借りて活動していたのだが、ラクスの窮地を知って彼女の救出に行かせてくれと自分に懇願してきた。あれが無ければファントムペインを動かすまではしていなかっただろう。
ファントムペインは形式上はアズラエルの部下ではなくロゴスの私兵部隊だ。動かすとなればロゴスに話を通す必要があり、そのために少々無理をしている。
アズラエルがそんな無理をしたのはキラがそれなりの成果を上げていたからで、アルカナムがターミナルと関わっていた事、更にターミナルは以前に別の組織から分離した連中だという事をアズラエルの元に報告してきている。
この辺りの事をキラだけで上手く立ち回って調べる事が出来る訳が無く、そこまで届いたのは一緒に行動しているラウ・ル・クルーゼであったが、彼を捕まえて協力させているのはキラの功績だ。十分な成果をもたらしてくれている以上、有能な手駒の願いを叶えてやる気になったアズラエルは彼にしか出来ない仕事をしてやったのだ。
イタラが事情を知っているのは、最初はラクスの潜伏先としてアルビム連合に協力を求めようとした際に事情を話した為だ。だがこの件に関してはコーディネイターを関わらせるのは危険が大きいとイタラが判断し、要請を断っている。残念だが、ラクスに関する問題においてコーディネイターは信用してはいけないとイタラは言い、アズラエルも確かにと頷いて潜伏先をオーブへと変え、内密にカガリに協力を求めたのだ。
カガリはラクスの生存をフレイにも伏せなくてはいけないという点に難色を示したが、ラクス紛争という事件が起きた直後という事もあって機密保持が全てに優先されるというアズラエルやイタラの説得を受け入れ、外界から完全に隔離された場所をラクスに提供したのだ。
おかげでラクスの生存を知っているのはアズラエルたちと直下のラクスの蘇生と治療に関わった医療チームとアスラン、そして彼女を運んだクルーゼやキラたちとオーブのトップ4人、そしてオーブで彼女の世話をする者だけに限られている。周辺を固める護衛ですら自分たちが何を守っているのかを知らないくらいだ。
この戦いが終わった後、結局キラは裏方に徹してラクス救出の表舞台はアスランに任せてまた姿を消した。ラクスもキラが助けに来てくれた事を知ったときは嬉しそうにしていたが、彼は結局ラクスの前にも顔を出すことは無かった。それどころか一緒に戦っていたフレイの前にも顔を出さなかった。アルカナムを追うとは言ったが別に一度も会わないと誓ったわけではあるまいに、馬鹿な男だとアズラエルはキラを詰る。
この件に関してはラクスもイタラもユウナも同感なのか大きく頷いていた。ラクスは彼女らしくもなく頬を膨らませて背凭れに体を預けてキラに文句を言っている。
「助けてくれたことには感謝していますが、流石にフレイさんが可哀想です」
「全くです、私も最初彼から姿を消すと打ち明けられたときは耳を疑いました」
「理由はまあ理解できるんじゃが、たまには連絡を寄越すくらいしてもよかろうになあ」
「オーブとしては昔は彼が生きてると後々面倒かとも思っていましたから、何とも言えません」
3人がキラに不満をぶつける中でユウナだけは苦笑いをしている。カガリを代表として盛り立ててオーブの再建を進めようというときに双子の弟が現れては下級氏族が面倒な動きを起こしかねないと懸念されていたのだ。だからキラの選択はオーブにはありがたいものであったのだが、知人としてキラの帰りを待つフレイの寂しそうな姿を見てきたという事情もあり、嬉しい誤算だとは言えなくなってしまっている。
ユウナの素直な言葉に3人は声に出して笑ってしまった。政治の裏側にも関わってきた3人だ、ユウナの心情も理解できるのだろう。
笑いを収めた後で、ラクスは真剣な眼差しでアズラエルを見た。
「アズラエル様、それで私に何の御用です。まさか本当にお茶飲み話をしにいらしたわけではないのでしょう?」
「……実は、カガリさんとフレイさんとアスラン・ザラの身が危険な状態になりました」
アズラエルの言葉にラクスの表情に動揺が走る。
「アスランと、カガリさんとフレイさんに?」
「ええ、実は……」
アズラエルはカガリたち4人がプラントとオーブの科学者の実験に巻き込まれてこの世界から他の世界に落ちてしまったことを話す。それを聞かされたラクスは椅子を蹴って立ち上がり、3人を見る。
「皆さんは無事なのですか!?」
彼女らしくない余裕を無くして激昂する姿にアズラエルとイタラは少し驚き、気圧されたユウナが落ち着いてくれと身振りで示しながら説明をした。
「落ち着いてくれラクスさん、最後の通信が繋がった時にはまだ大丈夫だった。現在はこちらから再度連絡を取ろうとしているよ」
「皆さんの安全は?」
「……正直、決して楽観は出来ない。最後の通信で聞かされた話だけの推測になるんだけど、向こうは戦乱が起きている可能性が高くてね。アスラン・ザラが居るから多少の事は何とかしてくれると思うんだが」
冷静さを欠いているラクスにユウナが自分たちも全力で当たっていると告げる。それを聞いてラクスは椅子に腰を降ろしたが、動揺は隠せていなかった。アスランは最後まで自分に手を差し伸べてくれた、カガリとフレイは自分をもう一度立ち上がらせてくれた友達だ、その3人がこの世界から掻き消えてしまったなどと聞かされては冷静を保てという方が難しいだろう。
動揺を隠せないラクスに、アズラエルが安心させるように言った。
「もちろん、我々も救出に全力を上げますよ。カガリさんたちがこれから何をしていくか、それを見たいですしね」
「アズラエル様……」
「向こうに救出隊を送り込めるようになったら、すぐに助け出しますよ。もし状況が切迫しているなら、相応の戦力を送ってでもね」
「あいかわらず、お前はあの2人には甘いのう」
アズラエルにイタラが茶化すようなことを言うが、アズラエルはそれに笑って返した。
「しょうがないでしょう、あの2人は私が気軽に付き合える貴重な友人なんですから」
「ま、世界広しといえどもお前さんに気軽に接する奴は多くないじゃろうな」
現在でこそロゴスの理事から引退して構成メンバーの1人に戻ってはいるが、かつては世界に恐れられた男だ。結果的にこの男とラクスを繋いでもう一度再起させたことにもカガリとフレイは関わっていたという。
そこまで考えて、イタラはとんでもない可能性に思い至ってしまった。この世界で多くの人を変えてしまった2人が行ってしまったのだ。もしかしたら向こう側にも何らかの影響を残してしまうのではないのか。
「いや、それは不味いのじゃないかの?」
「何がです、イタラ老?」
変な事を呟いたイタラにユウナが問いかける。
「いやなに、カガリ嬢ちゃんとフレイ嬢ちゃんが揃って行ってしまったとなると、ひょっとして向こうでも誰かに何か影響を与えてしまうのではないかと思ってな」
「いやそれはさすがに杞憂でしょう」
ユウナはカガリとフレイが世界の流れを変えた話を信じていなかったのでありえないと思ったが、まさに変わってしまったアズラエルなどは深刻そうな顔になってしまった。それがどういう影響を及ぼすのか、全く分からないからだ。だが、2人の不安をラクスは無用だと笑っていった。
「大丈夫ですわイタラ様、アズラエル様、あの2人なら悪いことにはならないと思います」
「じゃがな、変化とは必ずしも良い方向を向くとは限らぬぞ?」
「それは分かります。ですが、フレイさんが紡いでくれた絆がカガリさんの元に集って世界を救う力となったのです。きっとあちらの世界でも2人は絆を紡いでくれていますよ」
「それだけなら良いんじゃがのう、あの2人はお人好しじゃからなあ」
「そうなんですよねえ、苦しんでる人が居たら助けに行ったりしそうなんですよね」
「カガリもフレイさんも、黙っていられる性格じゃないですからねえ」
お願いだから大人しくしていて欲しいと思う3人だったが、ラクスだけはくすくすと笑い続けていた。彼女は2人がきっと向こうでも誰かを助けていると、またお節介を焼いているのだろうと思っていたから。
だからきっと大丈夫だと思って、ラクスは空を見上げた。
「カガリさん、フレイさん、どうかご無事で。アスラン、皆さんの事を頼みますよ」
きっと無事に戻って来る。そのことをラクスは疑っていなかった。
向こう側では飛ばされた技術試験艦オニールの中でマリューたちが収集した情報を手に頭を抱えていた。分かる事実だけを並べるとここ最近で地球と宇宙で大規模な戦闘が起き、モスクワを含む複数の都市が消滅し、大規模な艦隊戦までが生起したようだ。その影響で各地で軍事衝突が頻発し、混沌とした情勢になっている。
だがそのような戦闘が起きる兆候など何処にも無かった筈だ。自分たちも平和な航海に出る予定だったのに、一体何が起こったのかと誰もが混乱している。
この状況でマリューは疲れを見せながら通信長に問いかけた。
「未だに、こちらの通信に答える友軍は居ないの?」
「はい、恐らく我々の暗号を理解出来ないのではないかと」
「未知の暗号を傍受して急いで解析している、という処かしらね」
「そう簡単に解析されるとは思いませんが、本当に何が起きているのか」
「異常現象の原因は、あの謎の光なんでしょうけど」
一体何が起きているのか、あの光が何だったのかは本当に分からない。とにかく今世界は戦乱の時代に突入しているのだということが分かるだけだ。ただ大西洋連邦軍らしき部隊を見かけたことはあるのだが、友軍コードも出していないし通信も繋がらなかった。本当にどうなっているのか。
「こちらからの信号への応答は?」
「未だに何処からも」
「本当にどうなっているの、この世界で私たちだけが異物にでもなったとでもいうの?」
どことも通信ができず、味方と思える部隊も見当たらず、下手に接触をしたら戦闘に巻き込まれそうな連中しか見えないような状況では、貧弱な武装しか持たない技術試験艦で接触するのは危険すぎる。
そんな事を話し合っていると通信長の元に連絡が届き、幾つか言葉を交わした後で驚愕の表情でマリューを見た。
「艦長、呼びかけへの返答がありました!」
「どこからなの!?」
「それが、通信そのものは我々の知るオーブ軍のもののようです。相手はアスラン・ザラと名乗っているそうです」
「アスラン……ザフトの赤い死神ね。前に会ったことがあるわ」
「繋ぎますか?」
「ええ、お願い」
たとえ自国でなくとも、初めての知っている相手からの連絡だ。マリューは緊張しながら自分に通信が回されるのを待った。
オニールからの通信を受け取ったアスランは自室の通信機を弄りながら驚愕していた。初めて通信機が理解できるコードの通信が入り込み、解読された内容が通信機から出てくる。それを聞いたアスランは急いでカガリとトール、フレイを部屋に呼んで通信を続けた。
「こちらプラントのオーブ領事館付武官のアスラン・ザラ。そちらの所属を回答されたし」
暗号化された通信が相手に送られ、しばらく待つ。部屋に集まった3人も緊張した趣で回答を待っていると、通信機からカガリとフレイ、トールには聞き慣れた声が出てきた。
「こちら大西洋連邦軍技術試験艦オニール、私は艦長のマリュー・ラミアス中佐です」
「え、ラミアス艦長!?」
「なんで艦長がここに!?」
通信機から出てきた声と名前にフレイとトールが驚く。マリューも2人の声に気付いたのだろう、驚いた声を返してきた。
「その声は、フレイさんとトール君!?」
「はい、そうですラミアス艦長、お久しぶりです!」
「声が聞けて嬉しいです。でも、なんでこの世界に!?」
「え、この世界って、どういうことなの2人とも?」
マリューが何を言われているのか分からないという声で問い返してくる。それにフレイとトールは現在分かっている情報を全てマリューに伝えた。それを聞かされたマリューからはしばし返答が無かったが、やがて通信機の向こうで何人かが大声で話しているのが聞こえてくる。向こうでも相当に揉めているようだ。まあ当然の事だろう。
やがて意見が纏まったのか、それでもマリューはまだ信じられないという声で話しかけてきた。
「その、まだ受け入れ難いのだけど、本当にここは異世界だと?」
「そのようだ。向こうの世界からの連絡でミナがそう言っていたからな。私たちもこの世界を旅してそれを信じるしかなくなったよ」
マリューの問いかけにカガリが少し残念そうに答える。カガリとしてもこれが夢だったらどんなにありがたいかと思うが、残念ながら夢ではない。
ようやく状況が理解できたのか、マリューは深い溜息をついた。そして、4人にこちらへの合流を促してくる。
「とりあえず、一度直接話し合いたいわ。こちらに合流できるかしら?」
「詳しい座標を教えてもらえれば」
「分かったわ、今のこちらの座標を送ります。それと、毎日この時間にだけ誘導電波を出すから、それを追って頂戴」
「……頑張ってみるよ」
そう言ってカガリは通信機を置いた。それをアスランが取って向こうから送られてきた座標をメモしていく。相手の座標が分かったところでアスランが通信機を切り、3人を見た。
「ここからそう遠くはなさそうだが、どうする。車で行くか?」
「大丈夫かな、もし襲撃されたりしたら」
流石に車で行くのは不安に感じてしまうフレイに、アスランは他に方法が無いという。まさか何処かでMSを調達するわけにもいくまい。どちらにせよ行かないという選択肢は無いのだ。
ただ、彼らには1つだけ問題があった。イングリッドをどうするかだ。
「ねえカガリ、イングリッドさんはどうするの?」
「ああ、それはだな……」
イングリッドの事となると流石のカガリも返す言葉に屈した。彼女はこの世界では追われる身だというから、このまま置いていけばいずれ捕まって殺されてしまうかもしれないのだ。だが、自分たちの世界に連れて行くというのも違う気がする。
どうすればと悩んだカガリはアスランとトールを見た。
「お前らはどうすれば良いと思う?」
「……いっその事、俺たちと一緒に元の世界に連れて行くというのはどうだ?」
「おいアスラン、それは」
「分かっている、色々面倒な事になるのはな。だがこの世界に残していっても殺されるだけだろう。それくらいならいっその事、こちらの世界で静かに暮らしてもらえばいいと思う」
「確かに、殺されると分かっていて1人残すよりは良いのかもしれないけど、でもなあ」
「連れて帰って、オーブで預かるかな。ユウナにはまた愚痴られそうだけど」
「アコードがどうこうとかを明かさなければコーディネイターで通せるだろうしね」
アスランの提案にトールは本気かという顔をしているが、カガリとフレイはそれも手かと考えだしている。嫌がったら4人で捕まえて誘拐してしまえばいいのだ等と物騒な事を考えていたりもする。
そして、この話を離れた所から感知していたイングリッドは涙を流しながら苦しんでいた。この人たちが元の世界に帰れるのは嬉しいという感情と、もう少し一緒に居たいという気持ちと、自分の問題に巻き込んでコンパスに追われるようなことがあってはいけないという決意が彼女を苦しめている。
ただ、イングリッドは分かっていなかった。カガリは必要と判断すれば割と勢いで動いてしまうという事を。そうやって細い一本の糸を掴んできたということを。
登場人物紹介
ラクス・クライン 20才
<解説>
プラント大戦において戦争を終わらせようと東奔西走していたプラントの歌姫。彼女の世界を救いたいという思想には多くの賛同者が集まり、更に各地から支援者を募って独自の軍事力まで整えて見せた。プラント市民からの支持も受けていて実績を見ればクルーゼと並ぶ稀代の革命家である。ただ思考がかなりテロリスト寄りでパトリックらの暗殺を試みた事も1度や2度ではない。
キラやアスラン、カガリにも協力を求めたのだが既に自分のやる事を見つけていた彼らは協力してくれず、それどころかフィリスの様な協力者までが離反する事態を招いたために戦力的な不足が起き、クルーゼの攻撃を受けた際に敗北して軍を喪失して敗走している。その後はアズラエルやフレイ、カガリの協力を得て再起してプラントに渡り、終戦への道を繋いでみせた。
終戦後はオーブに政治亡命していたがラクス派残党により身柄を奪取され、ラクス紛争を引き起こされてしまう。その戦いで戦死したと思われていたがアスランに助けられて再びオーブに匿われている。
アスランの事を好いているがキラにもちょっと惹かれている。アスランがミーアにも惚れているのには気付いていてその関係でミーアを警戒している。
ムルタ・アズラエル
<解説>
かつてロゴスの理事を務めてブルーコスモスの総帥もやっていた地球連合内に大きな影響力を持つ人物。悪人であるが損得勘定で話が出来るタイプで、一度約束した事は自分から違える事は無いので嫌われてはいるが信用もされている。マドラスでキラとカガリ、フレイと出会ってから変化が起き、何時の間にか世界を救うためにカガリに手を貸してくれる極悪人になってしまった男でもある。
カガリとフレイとは個人的な友人として付き合いが続いていて、その縁もあってオーブ政府の要人とも顔見知りになっている。フレイに勘付かれているがキラの雇い主でもある。
イタラ
<解説>
アルビム連合の妖怪爺、その出自は極めて特殊で、ジョージ・グレンを生み出した研究室でジョージ・グレンの後に作られた別タイプの遺伝子改造人間。その為ジョージ・グレンの同世代のコーディネイターというコーディネイター世界における異端児である。出自故に正確にはジョージに由来するコーディネイターには分類されない。
存在自体は秘匿されている訳では無く、パトリックやシーゲルにも知られている。地球在住コーディネイターの取り纏め役でナチュラルから逃げる為に各地にスフィアと呼ばれる居住区を建設して隠れ住んでいたが、カガリやフレイと関わって世界に出ていく事を決めて地球在住コーディネイターを結集してアルビム連合を作り、アズラエルを通じて地球連合へ加盟してプラント大戦に参加した。このアルビム連合の参加がプラントの敗北を決定付けたと言われている。何故かアズラエルとウマが合うようで、良く一緒に悪巧みをしている。
ジム改 元の世界ではカガリたちの救出準備が進行中。
カガリ ラクス生きてるじゃねえか!
ジム改 うちのアスランがラクス殺せるわけないじゃない。
カガリ ラクスが生きてるの知られたらデュランダルが動きそうだなあ。
ジム改 ラクスって洗脳能力持ってるんじゃってアニメの頃に思ってたんだが、まさか遺伝子操作で本当にそんな力があるとはなあ。
カガリ キラにもそういうの無かったから超能力系は省いてSEEDの力って設定したんだよな。
ジム改 まあねえ、まさかここまで遺伝子操作で何でもありにしてくるとは思わなかった。
カガリ やり過ぎて超人ロックとかの方向になったな。
ジム改 ちなみにカガリのは単純に不思議なカリスマ性だ。
カガリ 私は超能力はいらんなあ。
ジム改 もう次は無いと思うけどもしあったらサイコキネシスとか使いそうだ。
カガリ でもイングリッドは本当にどうするんだ?
ジム改 この世界だと大量虐殺した戦犯の1人だから、助けてくれる人がいなけりゃ処刑だろうな。
カガリ やっぱり簀巻きにして誘拐が正解か。
ジム改 それで本当に良いのだろうか。