15章  異質な他者

 守備隊の司令部の建物を一目見やって、アスランとイングリッドはカガリが入っていった地下への入り口に向かっていた。

「あれは、まさかディスティニータイプか。こちらじゃ完成してるんだな」
「そちらの世界では作られていないのですか?」
「インパルスに続く次世代量産機として計画だけは出ていて、俺も資料を見た事があってね、まだ実機は作られていないはずだな」
「え、インパルスが量産型なんですか?」

 意外そうにイングリッドが聞いてくる。その様子にアスランは何を驚いているのか分からないという顔で頷いていた。

「ああ、こちらじゃプラント大戦の末期に少数だが実戦に投入された核動力MSだ。戦後はバッテリー型に切り替えられたが量産機として精鋭部隊向けに生産されていた」
「‥‥‥核動力機を量産していたんですか?」
「あ、ああ、別に不思議な話じゃないだろ。ジャスティスやフリーダムはそれなりの数が作られて戦線に投入されてたし、ザクの核動力型も量産されてたぞ」

 折角完成させたMSなんだから量産するのは当然だろうと言うアスランに、イングリッドは唖然とした顔をしてしまっている。その様子にアスランは首を傾げて何かおかしかったかと聞くと、イングリッドは信じられないという顔で答えた。

「こちらではフリーダムもジャスティスもほぼ1機のみのワンオフMSです。中には量産予定があった物もありますが、実際には少数量産された例さえ殆どありません」
「なんでまた、せっかく作ったんだろ?」
「私にはジャスティスやフリーダムの量産の方が異常に思えますよ。ですがそれだけの戦力を用意したのなら、貴方の世界ではプラントが勝利したのですね」
「いや、ほとんど完敗で終戦したぞ」

 よくそんな無茶をという顔で言うイングリッドに、アスランは過去のこととはいえ聊か辛そうな顔で答えた。だがそれを聞いたイングリッドは今度こそ呆けた顔をしていた。

「‥‥‥は?」
「いや、だから負けたんだよ俺たちは。数十機のジャスティスとフリーダムを投入したんだが地球連合との戦いで磨り潰されて戦後まで残ってた稼働機は極僅かだった」
「あの、そちらの世界の地球連合軍はどれだけ強かったんです?」
「ナチュラルだからと侮ったら生き残れないほど強かったぞ。向こうも核動力機を投入したりこちらの核動力機に対抗できるウィンダムを量産して出してきたりしてな」
「ウィンダムがジャスティスやフリーダムに対抗できるって‥‥‥」

 そちらの世界はどれだけの地獄なのだとイングリッドは呟いたが、それにはアスランは異論をぶつけた。

「いや、俺たちにはこっちの世界の方が地獄に見えたよ」
「どういうことです?」
「俺たちの世界は戦争中は激しい戦いが続いたが、戦後は多少地域紛争が起きたがそれも徐々に沈静化しててね。今じゃMSを投入する様な衝突はほぼ起きてないよ」
「‥‥‥そうでしたか」

 双方の世界の違いにイングリッドは表情を曇らせた。戦争中はともかく、戦後はおおむね平和で安定しているのなら、確かにこちらよりマシな世界なのかもしれない。平和な時が続いて向こうの人間はカガリたちのような穏やかさを取り戻したのだろうか。

「良いですね、この世界は何処に行っても紛争と難民問題が溢れているのに」
「それが疑問なんだ。この世界の国家は何をしているんだ?」
「大西洋連邦とオーブはどうにか機能していますが、他は微妙ですね。ユーラシアはファウンデーション事件で大幅に弱体化してこの有様ですし、プラント側の介入もあって地球上は火薬庫のようですよ」
「軍事力で暴れる連中を押さえ込むことも出来ないのか」
「はい。それにブルーコスモスとプラント自治区の交戦も頻繁ですし」
「ブルーコスモス? こっちでは強硬派がまだ元気なのか?」
「そちらでは暴れていないのですか?」
「ああ、戦後にロゴスが強硬派を締め付けた上に各国がテロを厳しく取り締まったからな。特に元盟主のムルタ・アズラエル氏の功績は大きかったと聞くよ。おかげでこちらじゃブルーコスモスは環境保護と難民支援の団体になってきている」

 使い道を無くした暴力馬鹿になど用は無いとばかりにブルーコスモスを切り捨てた後のロゴスの動きは早く、彼らに対する攻撃は戦中から始まっていた。ユーラシアの有力者であったロード・ジブリールを中心とする盲目的な強硬派は暫く抵抗を続けていたのだが、ロゴス全体を相手にジブリールだけで抗することが出来る筈もなく、ユーラシア連邦からも見限られそうになって遂にジブリールも屈する事になり、強硬派は消滅こそしなかったもののテロなどは起こせなくなってしまっている。
 アズラエルが生きていると聞かされたイングリッドは目を見開いて驚いてしまっていた。

「い、生きているのですか、そちらではムルタ・アズラエルが。それもブルーコスモス強硬派の壊滅に功績を上げていると?」
「そうだな、こちらでは違うのか?」
「こちらでは第二次ヤキン・ドゥーエ戦で戦死しています」
「なるほど、こちらの世界ではキーになる人物が失われているのか」

 自分たちの世界でもアズラエルが居なければ戦争終結への道が繋がらなかった可能性があったと聞く、それを思うと本当に世界の分岐とは不思議な現象だ。
 そんな事を話しながら地下へと降りていくと、すぐにカガリを見つけることが出来た。ただ何か様子がおかしい。見慣れない男に絡まれているようだ。

「なんだ、何かトラブルか?」
「その様子ですが、喧嘩という感じではないですね」

 カガリが男に言い寄られて嫌がっているように見えるが、何か様子がおかしい。そもそも自分の知っているカガリなら本当に嫌ならぶん殴るくらいはしている筈だ。
 近寄っていくと会話が聞こえてきて、カガリ様とか私に構うなとか聞こえてくる。それを聞いてアスランは不味い事になったと考えた。この世界のオーブ関係者に出くわしてしまったのかもしれない。
 アスランは2人に近付くと、カガリに絡んでいる男の肩を掴んだ。

「おい、何をしているんだ?」
「何って‥‥‥え、アスラン・ザラ?」
「俺を知っているのか?」
「知っているって、何を言っているんだあんたは。いやそれより今はコンパスに行っている筈だろ、なんでこんな所に居るんだ。カガリ様の護衛として同行してるのか?」

 早口に捲し立ててくる男にアスランは顔を顰めた。不味い、こいつはカガリだけでなく俺の事も知っている。そう考えて改めて男を見れば、名前は憶えていなかったが顔は見た覚えがある。確かステラの退院祝いのパーティーに参加した時に会った筈だ。
 それに俺がコンパスに居るというのも気になった。この世界では俺はどういう立ち位置に居るのだ。
 
「‥‥‥とにかく、一度外に出よう。こんな所で騒ぎを起こされたら迷惑だ」
「あ、ああ、分かった」

 アスランに促されて4人は地上へと向かったが、カガリは明らかにこの男に露骨な警戒を見せていてアスランやイングリッドを間に挟んで近付こうとしない。その様子に男は戸惑っているようだったが、アスランはそれを無視して地上に出た。
 地上に出た4人は太陽の眩しさに少し顔を顰めたが、すぐに鳴れると周りを見回す。町には多少の被害が出ているようだが住民は慣れているのか特に気にする様子もなく、犠牲者の救助や瓦礫の片づけを始めている。
 これがここの日常なんだなとアスランは少し悲しい気持ちになったが、すぐに気持ちを切り替えると司令部の方を見る。すると待っていた2人がようやく建物から出てくるのが見えた。出てきたフレイはなんだか納得いかない顔をしているがトールが手を振りながらこちらに向かってくる。それを見てアスランとイングリッドが笑顔で手を振り返したが、そこにカガリが焦った顔で大声を上げた。

「駄目だお前ら、こっちに来るな!」
「な、なんだ、どうしたカガリ?」
「カガリさん!?」

 突然大声を上げたカガリにアスランとイングリッドはどうしたのかと驚いたが、カガリは必死だった。この2人をサイに合わせては不味いと思ったのだが、それは遅かった。そしてサイの反応はカガリの予想とは全く違う物であった。

「‥‥‥フレイに、トール? いや、そんなの有り得ないだろ、なんで生きてるんだ2人とも?」

 まるで幽霊でも見たような顔で立ち尽くしているサイ。それを聞いたアスランとカガリはまさかという顔で近づいてくる2人を見る。サイの反応から出てくる答えは一つしかない。この世界では2人は死んでいるのだ。
 近づいてきた2人もサイを見て吃驚しているのが分かるが、こちらはサイに比べれば冷静なようだ。2人にとってはこちらの世界に居るだろう友人の1人というだけなのだから当然だろう。
 だが、2人とも不味い事になっていることは察したようだ。傍まで寄ってくるとサイへの警戒を見せながらアスランを見る。

「事情は分からないけど、面倒事になってるってのは分かったよ」
「話が早くて助かる、ここじゃなんだから一度離れよう」

 トールの言葉にアスランは頷いて全員を町から離れる方に誘導しようとしたが、いきなりサイに迫られ胸倉を掴まれてしまった。

「話が早くてじゃないだろ、一体どういう事なんだ、なんなんだよこれは!?」
「手を放してくれないか、その辺のことは後で説明するから」
「これが待っていられるか。俺はトールに似た男を調べに来たのに、なんでフレイまでいるんだ、どうして2人とも生きてるんだよ!?」

 鬼気迫る様子のサイに、アスランは困ってしまった。手を振りほどこうと思えば簡単に出来るが、この男が言っていることも最も過ぎて邪険にするのも気が引けてしまう。
 言い返して来ないアスランになおも食って掛かろうとしたサイの腕にフレイが手を置いて声をかけた。

「落ち着いてサイ」
「フレイ、君はヤキン・ドゥーエで死んだはずだろ。なのにどうして?」
「‥‥‥今は、ここを離れましょう。私たちもちょっと不味い状況なの。離れたらきちんと説明するから」
「フレイ、俺は!」
「はいはい、そこまでにしなよサイ」

 まだ騒ごうとするサイの前にトールが立って宥めようとする。フレイに続いてトールまで出てきて流石にサイも言葉に詰まってしまい、そして辛そうな顔で視線を反らした。

「本当に説明してくれるんだな?」
「ああ、大丈夫だよ。ただちょっと信じられない内容になると思うから、その辺は覚悟していてくれよ」

 トールに笑いかけられたサイは動揺していた。目の前の男は確かに自分の知っているトールに見えるのだが、彼は間違いなく死んだはずなのだ。死人が生きているという状況にサイはまだ混乱していたが、トールとフレイの言葉を信じたのかそれ以上騒ごうとはしなかった。
 ようやく大人しくなったサイを伴って5人は移動を開始したが、カガリがトールの横に来ると小声で本当に良いのかと尋ねていた。

「おい、本当に連れてって大丈夫なのか?」
「仕方が無いだろ、ここで騒がれ続けても困るし」
「それはそうだけど、後で面倒になるぞ」
「それは分かるけどね。でも、厄介だから殺して何処かに埋めようとか言わないでくれよ?」
「そんな事言う訳ないだろ」

 私を何だと思っているんだとカガリは怒り、それにトールは悪い悪いと謝って誤魔化し笑いを浮かべた。実のところカガリがそんな事を考えると思っている訳では無い。フレイも無いだろう。だがアスランとイングリッドはサイとは縁が無い人間だ、もしかしたら2人は変な事を考えるかもしれないとトールは少しだけ警戒をしていた。

 アスランはイングリッドに追跡者の気配を探ってもらいながら全員を上手く町の外へと誘導していた。他者の思考が読めるイングリッドの力はとても便利で、シンが送ってきたと思われる追跡者は容易く振り切ることが出来た。
 追跡を振り切ったところで町の外に出て、隠していた車に乗り込んで急いで町から距離を置く。そしてそのまま家には戻らず前にイングリッドに案内された隠蔽倉庫へと車を乗り入れた。追跡者以外に空からの監視を警戒して直接家に戻るのは危険と判断してワンクッション置くことにしたのだ。ここは隠す目的で作られているだけあって周囲の警戒を引き難いし、上空から見てもまず分からない。隠れるだけなら最高の場所なのだ。
 中に入ってようやく一息ついた5人は前に住んでいた経験から素早くテーブルと椅子を用意し、コーヒーを出して口に運ぶ。何時の間にかイングリッドもすっかりこの空気に馴染んでいるが、もしオルフェ達が見たら驚愕していただろうくらいに表情が緩んでいる。
 そしてようやく落ち着いた5人は、さてどうしたものかと苛立ちが限界に達しているサイを見た。机に両腕を置いてアスランが一同を見回す。

「それで、どういうことかを聞きたいんだったな。ええと、まず君の名前と立場を教えて欲しいんだが」
「サイだ、サイ・アーガイル。オーブの官僚で今回はカガリ様の命令でアコード捜索中に撮影された画像に見つかったトールに似た男の調査を命じられてた」
「サイ・アーガイルね。俺はプラントからオーブ領事館に赴任しているアスラン・ザラ駐在武官だ」

 アスランの自己紹介を受けたサイはまず何を言われたのか分からないという戸惑いを浮かべ、そしてなんとも呆れ果てたという顔になってアスランに言葉を返してきた。

「何を言ってるんだあんたは。あんたは何年も前にプラントに反逆して、その後に一度許されて戻ったけどまた反逆してプラントに戻れなくなった身だろ!?」
「‥‥‥何やってるのこの世界の俺?」

 2度も裏切ったってどういう事だと頭を抱えて唸りだすアスラン。この男がプラントを裏切るという状況が想像できなくてカガリとフレイとトールは一体何があったんだろうと顔を見合わせている。アスランは本当に我慢ならなくなったら裏切るより抗議の意味を込めて辞職を選ぶと思うのだが。
 そしてサイはアスランが先ほど口にした言葉にどういうことだと問いかけてきた。

「なんだそれ、この世界の俺って?」
「ああ、信じ難い話だとは思うが、俺たちはこの世界の人間じゃあないんだ。そこのイングリッドさんだけはこの世界の人間なんだが、俺たちは妙な実験とこの世界から届いたらしい謎のエネルギーで産まれたワームホールとかいうのに落ちてこの世界に来てしまったんだ」

 言っててなんだが自分でも信じろって方が無理だろうという話であった。現にサイも何を言われているのか分からないという顔をしている。だが顔をフレイとトールの方に向けてまたありえないという顔をして、そのまましばし考え込んでしまった。
 そのままサイの答えが出るのを待っていると、ようやく飲み込めたのかサイが口を開いた。

「正直、信じる方が難しい話なんだけど、死んだはずの人間が2人もここに居るんだ。確かに異世界から来ましたって方がまだあり得る話だな」
「納得してくれてありがたいが、あんまり本人の前で死んだと言わないでくれないか。流石に良い気はしないだろう」

 この世界では亡くなっているらしいフレイとトールに気を使ってサイに釘を刺すアスラン。カガリとイングリッドも同感という目でサイを睨んでいて、サイも流石に気落ちしている様子のフレイとトールを見て慌てて謝ってきた。

「わ、悪い、気が動転してて‥‥‥」
「いや、まあ仕方ないさ。でもそうか、こっちじゃ俺はミリィを残して逝っちまったんだな」
「私もね。どういう最後だったのかは知りたくないけど」

 この世界でも私とキラには縁はあったのだろうかと思ったが、何故かそれは余りに気にならなかった。このサイと出会った時もそうだったのだが、何故かこちらのサイを見ても友人だとは思えない。ルナマリアを見た時はそんなに長い付き合いじゃなかったせいだと思っていたのだが、サイでこう感じるのは明らかにおかしい。異世界の人間で知り合いに会ってもどうしても顔と声が同じ赤の他人という気がしてならない。時間が経てば解消していくのかもしれないが、少なくとも今は目の前のサイを自分の知るサイと同一人物とは思えないでいる。
 トールを見るとこちらも自分と同じなのか、サイと話していても戸惑っているような、理解出来ないという顔をしている。異なる人生を歩んでいるから別人としか思えないのか、これが世界の壁という奴なのか。カガリが別人としか思えないと言っていたのも頷けてしまう。
 サイの方はかつての友人と元婚約者に戸惑いと疑惑の目を向けられているのが余程堪えるのか、辛そうな顔をしている。このサイの反応からすると、彼は私たちにこのような違和感を感じていないのだろうか。

「ねえサイ、1つ確認をしたいんだけど、良いかしら?」
「ああ、なんだいフレイ?」
「貴方から見て、私たち4人をどう感じる。自分の知っている4人なのか、全く別人なのか」
「‥‥‥意味が分からないけど、俺には同じ人間に思えるな。話すと色々違いがあるし、フレイとトールは俺が知ってる頃とは流石に見た目も少し変わってるから戸惑いはあったけど、フレイとトールだってのは分かったよ」
「そう、私たちだけって事か」

 サイの方からはこちらへの違和感は無いようだ。そうなるとこれは異世界に居る自分たちが異物ということからくる問題なのだろうか。そんな事を考えていると、カガリがサイに質問をしていた。

「ところでサイ、私からも聞きたい事があるんだ」
「はい、なんでしょうかカガリ様」
「‥‥‥なあ、頼むから敬語は止めてくれないか。なんか蕁麻疹が出そうになる」
「いえ、そう言われましても、今の私は貴女の部下ですから。それにそんな失礼な事をしたらオーブに居られなくなります」
「なんだそれ、こっちのオーブはどうなっているんだ。私に逆らったら国を追い出されるのか?」
「オーブでの貴女の人気は、神格化の域に達していますから」

 言い難そうにサイが答える。どうやら彼はその状況に不満を抱いているようだが、言われたカガリはあんぐりと口を開けて二の句が継げないでいた。何も言えないでいるカガリに代わってアスランが深刻そうな声を出す。

「一国の指導者を神格化か、冗談としか思えないような話だが、本当にそんな状況に?」
「ああ、カガリ様の人気は留まるところを知らないよ。誰もが熱狂して我らが代表って叫んでる。特に軍部が凄くてね。俺はそうでもないけど、政府内にも信者はかなり多いんだ」
「俺たちの世界でいうカガリ様親衛隊みたいな連中が更に重症化したみたいなもんなのか?」
「オーブにはそんなのが居るのかトール?」
「ああ、フレイファンクラブもあって軍部を二分する大勢力になってるぞ。ユウナさんの頭痛の種なんだが、大戦中から続いてるせいで今じゃ暗黙の了解で黙認されてるんだよね」

 呆れ顔で聞いてきたアスランに対抗勢力もあるぞとトールは笑顔で教えてくれる。トールはこの争いには関わらず遠くから傍観している立場のだが、実はカガリとフレイの両方と仲が良い彼はどちらからも危険人物と見做されている。だが手を出したら一線を越えたと判断されてユウナの粛清を受けるので、トールの身には今のところ危害は加えられていなかった。

「あああああ、止めてくれ気持ち悪い。私はそんなオーブ絶対受け入れられないぞ!」
「カガリ自身が首長制の廃止を推進してるものね。ユウナさんもカガリの人気が上がり過ぎるのを警戒してたし」

 恐怖の色を浮かべて懊悩の叫びを上げるカガリを見て、うちのカガリは神格化なんてされそうになったら逃げ出すだろうなあとフレイとトールは少し悟った顔で思っていた。
 フレイとトールが悟り顔で懊悩するカガリを見ていると、サイが躊躇いがちにフレイに聞いてきた。

「ユウナってあのユウナ・ロマ・セイランのことかフレイ?」
「ええ、そのユウナさんだけど、どうかした?」
「そっちじゃ生きててしかも要職についてるのか。こっちじゃ国の乗っ取りに失敗した挙句に死亡した国賊扱いなんだけど」
「それ、オーブに人材足りてるの?」

 うちのオーブはユウナ、ミナ、ホムラを中心にした体制になっているが、これでも人手が足りなくて何時も困っている。だがサイはフレイの問いに少し遠い目をして返してきた。

「人材とか、そういう問題じゃないんだよね」
「どういうこと?」
「こう、オーブには人には言えない問題が多くてね。軍事費が足りないから全く違う名目で関係予算が通されてたり、カガリ様も知らない新兵器開発の予算が何故か通過してて追及も出来なかったり‥‥‥」
「本当に大丈夫なの、それ?」

 流石にそれはどうなのかとフレイが突っ込みを入れるが、サイはそれを聞いてはいなかった。これまでに起きた理不尽の数々を思い出しているようだ。
 そしてカガリを見れば、こちらはまだ頭を抱えている。

「チェック通ってない予算で新兵器開発ってなんだ、転用するつもりの名目だけの予算ってなんだ、そんなの叔父貴が通すわけないだろ。ミナとユウナが知ったら申請した馬鹿を見つけて吊し上げてるぞ」
「カガリ、落ち着いて。これは私たちのオーブの話じゃないんだから」

 年中金が無いと嘆いているカガリには色々と許せない内容だったようだ。オーブを取り戻した頃はミナがプライドを捨てて援助を求めて各国を回っていたくらいなのだから。
 深刻に悩むなというフレイだったが、イングリッドがカガリにとどめを刺してしまった。

「オーブが周辺国から脅威となっていることは確かです。あの国は中立を盾に国内で独自に核動力MSの開発をしていますし、自分に手を出した者には一切容赦しない狂犬じみた面がありますから」
「狂犬って‥‥‥」
「先の戦いではファウンデーションもオーブをレクイエムで焼き払おうとしていました。それくらいに他国からは危険視されているんです」
「なんでそんな事に?」
「フレイさん、ここは貴女の世界とは違います。気を抜けばすぐ攻められますし、戦争で大量破壊兵器が気軽に使われてきたんです。オーブを狂犬と表現しましたが、他の国はそうではないという訳ではありません」

 キラたちが居るから異常に見えるが、他の国が同様の兵器を開発していないという訳ではない。私たちは常に弾薬庫の上で生きているのだと言うイングリッドに、フレイは返す言葉が無かった。
 サイとカガリが帰ってこなくなり、フレイが絶句しているのを見てトールはどうするとアスランに問いかけた。

「なあ、これからどうする。まさかサイを連れて家に戻る訳にもいかないし」
「確かに、連れて行くわけにはいかないな。かといって始末すると言ったら全力で止められるんだろう?」
「そりゃまあ、俺たちの知ってるサイとは間違いなく別人だけど、それでも同じ顔に同じ声だからなあ。殺されると知ったら黙っていないさ」
「俺も顔見知りが殺されるとなったら同じ反応をするだろうな。だからその手は無しだ」
「助かるな、アスランと戦っても勝てる気はしないし」
「たった4人の仲間だぞ、仲違いする余裕は無いさ」

 ホッとするトールにアスランは笑顔を見せたが、内心ではいよいよ不味い事態になってきたと感じている。この世界で自分たちを知っている人間が向こうから干渉してきたのだ。今後はこういう事態が起きる可能性が高くなってくるのだろう。これ以上この世界に関わる前に迎えがきて欲しいとアスランは願っていた。




 この後、サイとの話を終えたアスランはこれからどうするのかを尋ねた。流石にこれ以上連れて行くわけにはいかないと言うアスランにトールとカガリとイングリッドが頷き、フレイが少し辛そうに視線を逸らす。別人だと頭で分かっていても、サイにこんな事を言うのは辛いのだろう。
 サイは車を貰えれば1人で町に戻ると言う。自分の仕事はトールらしき人物の確認と、赤色と金色の髪の女性の調査だったから任務は達成されているからと。サイは3人とも他人の空似だったと報告するつもりだと言った。

「流石に異世界から来た3人でしたなんて報告できないからな、他人の空似で押し切るよ」
「助かるが、それで本当に大丈夫なのか?」
「確認する方法なんて無いからね、カガリ様がこちらに来られたらそう報告して誤魔化すさ」

 アスランの問いにサイはこれが一番だろと返す。それにアスランは感謝すると頭を下げ、サイはトールとフレイを見た。

「‥‥‥異世界の2人だとしても、会えて嬉しかったよ。元気でな2人とも」
「俺はこの間会ったばかりだから、感動の対面って感じを出されると困るんだけどな」
「私もね、正直反応に困るわ」

 肩を竦めるトールに笑顔で返すフレイ。そんなフレイを見て、サイは何とも複雑そうな顔になった。

「フレイ、奇麗になったな」
「ちょ、ちょっと、何言ってるのよ」
「本心だよ、こんなに明るく笑うフレイをまた見れるなんて」

 サイの記憶ではこんなフレイはヘリオポリスに住んでいた頃が最後だ。あとは何時も辛い顔をしていた記憶しかない。向こうの世界では何があったのかは分からないが、生きてこんな風に笑えるようになったフレイがサイには嬉しくて、そして苦しかった。こちらのフレイも生きていてくれたらこんな風になっていたのだろうかと思ってしまうから。
 
 別れを告げて貰った車で去っていくサイを見送って、フレイはトールに話しかけた。

「トール、どう思うあのサイを見て?」
「ああ、仕草といい口調といい、俺たちの知っているサイとほぼ同じだったよ。なのにどうしても違和感がある」
「そうよね、多分この感じ、親しい相手ほど強くなるんだと思う。ルナマリアと会っても少し違うかなとしか思わなかったのに」
「でもシンの時はそうでもなかったよなフレイ、寝ぼけてたのはあるだろうけどあいつをシンだと思ってただろ?」
「‥‥‥そういえば、そうね」

 思い出すと羞恥で顔が赤くなってしまうが、あの時私は確かに彼をシンだと思っていた。寝ぼけて気にならなかったのだろうか、それともこちらのシンは私の知っているシンにそこまで近いのだろうか。
 考えても答えが出そうにないこの問題に対しては考えるのを諦めると、フレイは空を見上げた。

「そろそろ、私たちのオーブに帰りたいねトール」
「そうだな、ミリィには連絡は行ってないと思うけど、サイやカズィは心配してるだろうし」
「カガリが居ないから、首長府は大騒ぎでしょうね」
「大騒ぎで済むかなあ、ユウナさんがパニック起こしてそうなんだけど」
「大事になって他の国も巻き込んだりしてないと良いけど」
「いきなり俺たちの頭上に大艦隊が出てきたりしてな」
「それで艦隊から助けに来たぞーって通信が来て、こっちの世界で大決戦するの?」

 フレイは笑いながらトールのジョークに言い返したが、トールは自分が口にしたジョークが実際に頭に浮かんでしまって表情を引き攣らせた。

「……話振っといてなんだけど、本当に大丈夫だよな?」
「ちょっと止めてよ、ただでさえ自重しない人が多いんだから」

 2人の頭にアズラエルたちが嗅ぎ付けて介入してきてる様子が浮かんでしまって、不味いなあと顔を向けあった。もしそうなったらどんな手でも使って助けに来てくれそうであるが、この世界にそんな事をされたら大変な事になりかねない。頼むから何の騒動も無く平穏無事に助けて欲しいなあと2人は願っていた。


ジム改 サイとの接触は終わった。
カガリ 私たちから見ると異世界の知人は完全に別人なんだな。
ジム改 そうでもしないとこっちと向こうで変な関係になっても困るだろ。
カガリ それはまあ確かに。
ジム改 まあ一番ヤバいのは自分に会っちゃった時なんだが。
カガリ そんなに?
ジム改 隣に自分が居ると考えてみろ、恐怖体験ってレベルじゃないぞ。
カガリ それは確かに。
ジム改 そしてそろそろ元の世界でも動きがある予定だ。
カガリ やっと戻れるのか?
ジム改 戻れるというか、騒動が拡大しているかな。
カガリ ‥‥‥まさか。
ジム改 君たちを助けたいと思う人はとても多いんだよ、カガリ。


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