第10章  一時の休息

 軌道上に配置されているコンパスの母艦ミレニアムは何時もとは大分異なる姿になっていた。本格的な修理を受けられないまま放置されていたミレニアムであったが、ようやく大西洋連邦が浮きドックを使わせてくれる事になり、ミレニアムの船体を囲むように幾つものフレームが艦を包み、損傷個所の補修を始めている。本当はプラントのドックに入れたかったのだが、遂にプラントからは良い返事は貰えなかった。
 浮きドックでは修理に時間がかかるし、余りに重大な損傷は修理できないのだがこれはもう我慢するしかない。この修理のために艦長のコノエ大佐は忙しそうにミレニアムと浮きドックの間を往復し続けていて、シンたちとは別の意味で死にそうな顔になっていたりする。



 地上で使えそうな人材の情報を得たシンはその人物の捜索を行ったが、結局分かったのはその2人の姿はすでに町には居ないという事だけであった。念のためとルナマリアがアコードたちの写真を提示してこの中にその2人は居たかを尋ねたが、含まれていないと言われたので対象が捜索中のアコードの生き残りの線は消えた。
 おそらく何処かの元軍人で赤い髪の若い女性とブラウンの髪の若い男性としか分からないので、これ以上探せと言われても難しいだろう。母艦に戻ったシンは自分のデスクに突っ伏してシクシクと鬱陶しい涙を流して残念がり、ヒルダは何があったのかとルナマリアに尋ねる。

「一体どうしたってんだいルナマリア、戻って来るなりずっとこの調子じゃないかうちの隊長は?」
「それが、私たちが紛争に介入するために降下したんだけど、着いたら戦いは防衛側が犠牲者ゼロの大勝利で終わってたんです」
「良い事じゃない、それが何でこうなる理由になるんだい?」

 防衛側の被害ゼロで自分たちも戦う事無く終わったのなら大喜びするような案件ではないのかとヒルダは思ったのだが、そこで自分たちは凄く大きな魚を逃したのだとルナマリアは答えた。

「町を守ったのはユーラシア軍じゃなくて偶然町に居て志願してくれた流れ者のパイロットだったらしいの。現地部隊の話じゃ何処かの軍人っぽく見えたらしいけど、たった2人がストライクダガーを使ってコーディネイターが使う5機のMSを相手に完勝して町の被害もゼロに抑えて、しかも相手のパイロットは1人も殺さずに終わらせたって」
「……それが本当なら相当な腕だね。私でもそこまで上手く出来るかどうか」

 一体何処のどいつなんだとヒルダは首を捻る。自分もこの業界には長く居るし、ルナマリアと違って傭兵などの裏側で活躍する連中などへの知識もあるが、無名でそれだけ凄腕の2人組などというのは心当たりが無い。そもそもこのご時世に相手を殺さないよう配慮するようなパイロットが珍しい。
 その強さから元ザフトのパイロットかねえとヒルダが呟くと、ルナマリアは違うと思うと言った。

「その2人はダガーに慣れてたそうだから、ザフト上がりって事は無いと思うわ。多分ナチュラルですよ」
「冗談は止めなよ、ナチュラルでそれだけの腕前って、フラガ大佐クラスだよ」
「私もそう思います。だから在野でそんな凄腕で色々配慮出来るようなパイロットを見つけたって事でシンが狂喜して探し回ったんだけど……」
「見つからなくてこの有様って事かい」

 聞かされたヒルダはそれが本当なら惜しい事をしたとシンがこうなっている理由に納得したが、何時までもこうしていては困る。今現在アスランがオーブから送られた増員4人のうち2人を連れて出撃しているのだから。
 そんな事をしているとミレニアムの艦内に帰還機を告げるブザーが鳴り、1機のM1が甲板に着艦して格納庫へと機体を乗り入れてくる。それを見て不審に思ったヒルダとルナマリアは格納庫へと行ったが、そこには先に見た通りアスランのM1しか姿が無かった。
 コクピットから降りてきたアスランがヘルメットを脱いで苛立たしげに放ると、いつもの不機嫌そうな顔で待機所へと向かっていく。そのアスランにヒルダが声をかけた。

「アスラン、他の2機はどうしたんだい!?」
「……死んだよ」

 ヒルダに呼びかけられたアスランはキャットウォーク上の2人を見上げると、抑揚のない声でそれだけを告げて待機所へと消えていった。





 コンパスからの報告に目を賭していたカガリは相変わらず続く戦いに溜息をもらしていた。どこまで行っても世界は変わらないようだ。もうキラたちを担ぎ出したくないカガリはシンに頑張ってもらいたかったが、シンたちももう限界のように思える。
 そんな中で昨日の報告の1つにカガリは目を引かれた。自分たちが駆けつける前に事態を迅速に解決して姿を消した2人のパイロットが居たというのだ。その戦い方から是非ともコンパスに欲しいとシンからの要望が添えらえていて、今時珍しい奴らだなとカガリも感心してしまった。

「現場で人員を補充できるなら悪くは無いな。コンパスはラクスが身内で固めてて風通しが悪かったし」

 幾ら何でも前線メンバーと主要メンバーの大半が昔からの関係者ばかりというのは流石にどうかとはカガリも思っていたのだが、コンパスの運営はラクスに一任されていたので特に指摘することも無かった。ただその弊害が最悪の形で露呈してしまったのが今の状況であり、せめてもう2個小隊程度を編成できるくらいに規模を拡張してあればこうはなっていなかっただろう。
 拡張したくてもコンパスに来るようなもの好きは少なく、したくても出来なかったという事情もあったが、それでももう少し何とかならなかったのかと思うのだ。


 愚痴っていても仕方がないかと頭を切り替えてカガリは別の報告に目を通した。こちらはサイからの報告で、カガリが独自に実施している調査の報告だ。先のトールによく似た男の画像をサイに見せたところ、彼も凍り付いたようになってしまった。死んだはずの人間が車を運転していたなどと知ればそうもなるだろう。
 そしてカガリは極秘にこの画像の調査をサイに命じていた。幸いどこで撮影されたのかは分かっている。そこにサイを送り込むことにしたのだ。
 調査のために現地入りしたサイはそこで現地の住民や報告を送ってきたコンパスの捜索隊にも話を聞いて回って、それらしき人物の目撃情報にまでは辿り着いていた。ただその目撃情報に更に奇妙なものが混じっていることにカガリは眉を顰めていた。

「私やアスランに似た人間が目撃されているだと。それに赤髪の女性と青髪の女性の姿か、どうなってるんだよ?」

 1人だけなら他人の空似と思える、だが他人の空似が僅かなエリアに3人も目撃されているとなれば薄ら寒いものを感じずにはいられない。自分たちは一体何に気付いてしまったのか、残りの赤髪と青髪の女というのもこうなってくると誰かに似ているのではないのか。

「直接行って確かめてみるか」

 昔の悪い癖が出てきたのか、カガリは自分が直接見に行くことにしてしまった。カガリがこうと決めれば止められる者はオーブ首長国には居ない。事態が面倒な方向に動こうとしていた。





 先の戦いを最後に、彼らが戦いに巻き込まれるようなことは起きていなかった。5機ものMSを失ったことで侵略してきた組織も動くことができなくなったのだろう。
 町で必要な物資を購入出来たことで暫くはここで隠れ住む出来そうで、5人はそれぞれに自分の時間を過ごしていた。アスランは何故か丸太を前に木工を始めていて、トールとフレイは午前中は日課のトレーニングに励んで、午後からはトールは他の村の男たちと交流を図ろうと話に行き、そしてカガリとイングリッドはトレーニングを終えたフレイに誘われて花壇で土弄りをしていた。

「園芸に手を出すなんて初めてだけど、なかなか楽しいわね」
「私はちょっとやった事があるぞ、お父様に頼んで庭の一角を使ってな」
「私もこういう事は初めてです」

 ブロックで囲んだ中に園芸用土を入れてスコップで整えながら、3人は何をどこに植えるかで相談をしている。丸太に鑿を入れていたアスランはそんな3人の姿を横目に見ながら、少しだけ笑みを浮かべた。

「イングリッドさんも大分表情に余裕が出てきたようだな、出会った頃からずっと張り詰めた表情を見せていたから心配していたが、2人に任せて正解だった」

 最初の頃のイングリッドは全く笑おうとはしなかった。それを自分たちへの警戒だと最初は思っていたのだが、そうではない事はすぐに分かった。あれは何か大切な物を失ったばかりの人間の反応だとアスランは察していた。戦争の頃はあんな顔をする者が大勢いたから。
 だが自分は誰かを慰めたりするのは苦手だという自覚があったので、底抜けに前向きなカガリと相手に寄り添ってやれるフレイに任せていたのだ。それは上手くいったようで、最近のイングリッドは時折屈託のない笑顔を見せることがある。アスランはそれを彼女が立ち直ってきたからだと思っていたが、それはイングリッド自身にも気付けていない、異常とも言える変化だった。彼女が笑うことなどずっと無かった事なのだから。
 言い方は悪いが暗くて辛気臭いというイメージを持っていた彼女だが、カガリとフレイと一緒に笑う様子は随分と幼い印象を受ける。彼女の過去に何があったのかは知らないが、笑えるようになったのは良いことだとアスランは思っていた。

 それぞれの日中の日課を終えて少し早めの夕食を摂る5人。今日はカガリの作った串焼きで、フレイとトールにとうとう諦めたかと突っ込まれていた。

「カガリ、これはバーベキューよ?」
「遂に諦めたのか」
「失敗するより良いいだろうが!」

 2人の反応にカガリは大声で文句を言ったが、口は出さないがアスランもイングリッドも同意見であった。まあ食べられる味なので文句は言わなかったのだが。
 串に刺した玉ねぎを齧っていたアスランは串に刺さった肉をどうやって食べれば良いのだろうと考えこんでいる様子のイングリッドを見て、彼女も良い所の育ちのようだなと思いながら声を掛けた。

「そういえば、イングリッドさんは料理は出来るのか?」
「いえ、その、昔に一度だけやったことがあって母上や仲間たちに振舞ったことがあったのですが」
「意外だな、そんな事はアコードの仕事ではない、とか言われてやったことは無いかと思っていたんだがな」

 アスランは意外にアコードもそういう事をするんだなと思ったが、イングリッドは首を横に振った。

「その通りです、母上も仲間たちも一口食べてくれただけで全員が食卓を去ってしまいました。翌日に全員から料理などアコードの仕事ではないと言われて二度と厨房に立ってはならないときつく言われて、それが最初で最後の料理です。一口食べてくれたのはせめてもの仲間意識だったのかもしれませんね」

 自嘲気味に笑うイングリッドにカガリとフレイとトールは酷い話だなと同情の眼差しを向けていたが、アスランだけは何故か言葉に出来ない恐怖のような物を感じてしまっていた。何と言うか、死神の鎌が首筋を掠めていったかのような、明確な死のイメージを感じたのだ。
 この言い知れぬ恐怖をアスランは過去に幾度も感じたことがある。だがあれは極めて特殊な例であり、同じ事が出来る者が2人も居る筈が無い。というか居て欲しくない。

「うん、どうしたアスラン、そんな引き攣った顔して?」

 真っ青な顔で脂汗を流しているアスランを見てカガリが吃驚している。もしかして生焼けでもあったかと自分のミスの心配をするが、アスランは怖い事を思い出しただけだよと言って額の汗を拭った。
 だがこの時、アスランの脳裏にはあの日の事が、ラクスが満面の笑顔でシチューを振舞ってくれたあの日のシーゲルと共に囲んだ食卓が思い出されていた。




 食事を終えてフレイが洗い物をしていると、テーブルでコーヒーを飲んでいたイングリッドが彼女にしては珍しく自分から声をかけてきた。

「あ、あの、皆さん、実は1つお願いがあるのですが」
「お願い?」

 イングリッドが自分の願いを言ってくるなど珍しいのでカガリは興味津々という顔で聞き返してくる。

「実は、壁紙が欲しいと思いまして」
「壁紙か、確かに殺風景だしな」
「はい、出来れば次に買い物に行く時に同行させて頂きたいのです」

 買い出しに行くのは特に用が無ければトールとアスランが行くことが多い。女性たちは安全を考えて家に残していることが多いのだが、今回はイングリッドが珍しく欲しいものがあると言ってきたのだ。トールも二つ返事で頷いた。

「良いんじゃない、アスランも良いだろ?」
「そうだな、俺も構わない」

 特に問題もなくイングリッドの参加が決まり、それにイングリッドが礼を言おうとしたがそれに被せるようにカガリが大きな声で言った。

「ならみんなで行くか、私もたまには買い物に行きたいし」
「良いんじゃない、気分転換にもなるし」

 タオルで手を拭きながら洗い物を終えたフレイがテーブルに戻って来る。フレイもイングリッドが自分の意見を出してきたのが嬉しいのか、イングリッドの隣りに腰掛けて微笑んでいる。
 ただ不安があるとすれば、また襲撃に巻き込まれないかだ。前の戦い以降はMSを持ち出した戦闘は起きていないようだが、歩兵レベルによる小競り合いは頻発していると聞く。相手が歩兵なら自分たちが手を貸す必要はないだろうが、車で移動中に巻き込まれたら堪ったものではない。
 だがイングリッドがせっかく自分の意見を言ってくれたのだ。これを蹴るという選択はカガリたちにはなかった。




 その夜、イングリッドは不思議なものを見た。それが何なんか最初は分からなかったが、明らかに若いフレイの姿があった。

「これは、フレイさんの夢?」

 意識しないと相手の思考は読み取れないはずなのだが、まるでアコード内の思考リンクのように頭の中にそれが流れ込んでくる。フレイは不思議な力を持っているという話は聞いていたが、もしかしたら自然にアコードのような能力を発言させているナチュラルなのだろうか。理屈的にはアコードの力も遺伝子操作の産物であり、突然変異的に同じような力を持つことは有り得ないとは言えない。
 夢のせいか、フレイの視点で見た光景ではない。彼女の思い描いているイメージのようだ。流れ込んでくる夢は、時系列は分からなかったがフレイが誰かを責めているシーンが見える。

「あんた、自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんでしょう!?」

 鬼気迫る形相だ、一体何があったのだろうと思うが、すぐにそのシーンは流れて違う場所に移る。

「そうよ、キラはコーディネイターを殺して、殺して、そして最後には自分も死ぬのよ。そうでなくちゃ、許さない……そうじゃないと、いけないんだから」

 完全に正気を失っている目をしている、今の穏やかな彼女と同一人物とは思えない、狂気に憑かれた人間の顔をしている。そしてまた場面が切り替わり、今度は燃え盛る都市の中で燃える車両を前に泣き叫んでいるフレイが居る。

「なんでよ! 何であの子達が死ななくちゃあいけないのよ、あの子たちが何をしたっていうのよ!?」

 何処かの戦場なのだろう。フレイの体験した戦いなのだろうか。これは自分の知らない戦場だ、こんな経験をする必要は無かったから。
 そしてまた景色が変わり、パイロットスーツを着たフレイが見える。

「ご免ね、キラ。私が間違ってた」

 物凄い後悔を感じさせる声で彼女は謝っている。その様子はこれまでとは異なり、その目には狂気の色はない。正気に戻れるだけの時間が経ったのだろうか。
 また場面が切り替わり、今度は自分の知っているキラ・ヤマトより少し若い頃の彼が現れる。

「わたしは、あなたを道具にする為に近付いたのよ」
「あなたが優しくて……友達思いなのを利用して、私、あなたを無理やり戦わせたの。好きな振りして利用して……コーディネイターだからって!」
「さようなら、キラ」

 ああ、これが以前に聞いたフレイの過去のトラウマなのだとイングリッドは察した。一時的な狂気が治ってしまえば生来の善良な部分が出てきて、自分の行為に耐えられなくなったのだろう。
 その後も場面は幾つか切り替わり、戦いの日々が映っては消えていく。何故かアスラン・ザラと洞窟のような所で一晩過ごすシーンもあった。
 そして驚いたことに、フレイのデュエルがキラ・ヤマトのストライクと戦う場面が出てきた。信じられなかった、ナチュラルの彼女があのキラ・ヤマトと互角にやり合っている。ストライクからは自分でも感じられるほどの殺気が溢れ、明らかにフレイを殺そうとしているのにだ。自分とオルフェが戦っていた時でさえこんな事は無かった。もしあのキラ・ヤマトがこれほどの殺意を持って戦っていたら自分たちはあそこまで戦えただろうか。
 そして、イングリッドには理解できないがフレイは泣きそうな顔で戦っている。彼女はあのキラ・ヤマトに恐怖ではなく後悔を感じている。どうして戦闘中にそんな顔をするのだろうか。
 そしてデュエルが体当たりをしてストライクを押し倒し、両機ともにフェイズシフトダウンする。そしてデュエルからはフレイが、ストライクからはキラ・ヤマトが出てくる。フレイはキラへとゆっくり歩いていき、キラはフレイの拳銃を突き付けていた。

「キラ……もう良いの、もう戦わなくて良いのよ」

 危ないと思う間もなく拳銃が放たれ、フレイの体に掠った傷がついていく。キラ・ヤマトは泣きながら銃を撃っているがまともに当たることは無く、フレイはキラの傍に来て彼の頬を撫でて彼の涙を拭っていた。

「嘘よ、私が好きになったのは、強いあなたじゃないわ。泣き虫で憶病で、迷ってばかりで、なんだか心配で放っておけないキラよ」

 フレイの告白シーンを見てイングリッドは恥ずかしさと興奮で胸が高鳴るのを感じてしまった。他人の告白シーンなんて妄想したことくらいしかない。だがこれは流石にムズ痒すぎる。
 あのキラ・ヤマトがフレイに抱きしめられて泣きじゃくっている。こちらの世界で見た彼とはまるで別人のようだ。

「ええ、そして、今度は時間をかけて、お互いをもっと理解していきましょう。それで、まだお互いへの気持ちが続くようなら、その時は改めて告白するわ」

 これがカガリの言っていたフレイとキラの馴れ初めなのだろう。あの時見たキラとラクスの愛が絵画のような美しさなら、こちらは普通の少年少女のムズ痒い恋物語に思える。どちらも尊いものに思えてイングリッドはベッドの上で悶えていたが、何故かフレイの夢はこれで終わらず次のシーンが出てきた。オーブの軍服に近い服を着たカガリと、見た事も無い大西洋連邦軍の制服を着た少女が吃驚した顔をしている。

「ちょっと待ったフレイ、あんた一度コクッってた訳?」
「う、うん……一度だけど」
「それって、確か3月か4月頃の話よね、半年以上も前の事なの?」

 見知らぬ少女とカガリが怒りを見せてキラ・ヤマトの方を見て何やってたんだお前はと詰っている。それを聞いたキラ・ヤマトはぎこちない動作でこちらを見て、こう言った。

「そ、そんな事、言ってたっけ?」
「まさか、忘れてたとか?」

 カガリたちが殺気を撒き散らせてキラに早くフレイにコクれと言い、遂にキラは勘弁してよと叫んでその場から逃げ出してしまった。その後を怒ったカガリたちが追いかけていく。
 それを見たイングリッドは目を開けると、ゆっくりと体を起こした。その顔はそれまでのロマンスに焦がれる女性ではなく、呆れ果てて反応に困ったという顔になっている。

「え、なんなのこれ。どうしてあの流れからこういう事に?」

 先ほどまでの感動を返してくれとイングリッドは思っていた。だが同時に、あれがキラ・ヤマトだというのなら自分の見てきたキラ・ヤマトとは確かに別人だとも思った。彼には自分が見たキラにあったような淀みのようなものが見られない。まるでごく普通の年相応の少年のようなキラだ。少なくとも自分の知る限り過去の映像などの記録に見たキラ・ヤマトには最初からそのような負の面が見受けられていたのに、フレイの夢の最後に出てきたキラにはそれが無かった。
 平行世界というならば僅かにボタンを掛け違えた、何かが少し違う世界のはずだが、それがここまでの変化を生むのだろうか。いや人間1人の性格の差など誤差というほど大きなものではないかもしれないが。
 そしてイングリッドは、フレイは前半のトラウマ的な記憶とは別にキラが最後まで告白してくれなかったことをずっと引きずっているのではないと思っていた。オルフェに気持ちを伝えられなかった自分であったが、相手からの愛の言葉を何年も待ち続ける彼女も自分と同じような苦しみを抱えていたのかもしれない。
 自分も彼女のように勇気を持てていたら、あるいは違う未来があったのだろうか。オルフェが答えてくれたのだろうか。隠していた想いが知られれば不良品として処分されていたと思う、処分されずともオルフェが自分の思いに答えてくれるとは思えない。彼の目にはラクス・クラインしか映っていなかったし、その使命を全てに優先させていたから。
 それでもとイングリッドは思ってしまう。平行世界が実在するのならば、フレイの夢で見たキラ・ヤマトのようにこちらとは全く異なる誰かになれる可能性があるのなら、何処かに私が幸せを掴めた世界があるのだろうか、と。

「オルフェ……貴方はどうして私を脱出させたの?」

 あの時の事は今でも脳裏に焼き付いている。彼が何を思って自分だけ逃がしたのかは今でも分からない。最後までアコードを残してディスティニープランを完遂させる可能性を残そうとしたのか、ただ破壊寸前の機体からまだ無事だった自分を咄嗟に逃がしただけなのか。
 ディスティニープランの完遂などもう不可能だ。世界はアコードの存在を知り、敗北者となった自分たちは世界からただの脅威として追われるだけになる。何処の誰が洗脳されたり心を読まれたいなどと思うだろうか。コーディネイタト技術の行き着く先が自分たちだと分かってナチュラルとコーディネイターの関係もさらに悪化するだろう。世界の争いは更に激化するに違いない。
 もう一度再起など出来るはずが無い、自分の運命もコンパスに見つかって処刑されるだけだろう。ただ自分の運命は決まっているとしても、自分を助けてくれたこの優しい人たちを巻き込みたくは無かった。無事に元の世界に戻って欲しい、それだけが今のイングリッドの願いであった。
 自分はそう思っていても多分素直には帰ってくれないんだろうという予想も出来てしまう。あのカガリたちは自分の見る限りではこちらの彼女たちよりも無鉄砲で、そして信じられないほどにお人好しだ。
 ただ自分の知るカガリたちとは違って、世界の為とか正義の為のような理由では動かないようにも思える。その代わりに自分たちが許せないと思うような事柄には損得無しに介入してきて助けに入ろうとする。多分自分が助けて欲しいと頼めば、彼女たちは迷わず応じてくれてコンパス相手だろうと立ち向かってくれるだろう。
 ただ、だからこそ困ってしまうのだが。

「助けて欲しいなんて頼まなくても、助けなんていらないと拒絶しても、笑って助けに来ちゃいそうなのよね」

 だから確信を持って言えてしまう。カガリたちは自分を見捨てて帰ってはくれないだろうと。相手があのキラ・ヤマトたちでも迷わず乗り込んできて自分を奪還して一緒に逃亡生活を始めてしまう気がするのだ。
 そしてその生活はきっと楽しいのだろうなと思ってしまって、イングリッドはどうしたら良いんだろうとまた悩んでしまうのだった。


ジム改 だんだんと包囲が狭まってきました。
カガリ 追跡者はサイと私かあ。
ジム改 手が届いたら面倒な事になるだろうな。
カガリ コンパスの方はオーブが送った増援がいきなり磨り減らされてるし。
ジム改 そりゃコ-ディ基準でエース級でないと駄目な職場にナチュラルの普通のパイロットが入ってもねえ。
カガリ 冗談抜きでアグネス出さないと駄目なんじゃないか?
ジム改 過労死する前には出すだろうな。
カガリ シンがフレイとトールを欲しがるわけだ。
ジム改 アークエンジェルも沈んで地上部隊を失ってるしな。
カガリ んでイングリッドもなんか少し変わってきたのか。
ジム改 ファウンデーション時代と違って自分を殺す必要が無いから、反応が年齢より幼くなっているけどな。
カガリ アコードもやらかしは酷かったけど、境遇は可哀想だったからな。
ジム改 もしアコードがもっと冷静に殺しに来てれば勝てたんだろうな。
カガリ アコードって流離う翼だとユーレクみたいな強さか?
ジム改 戦闘経験の塊で強化改造受けてて戦闘用コーディネイトされててフラガ父クローンだから、アコード相手でも十分やれそうだけどな。
カガリ いやそれキラでも勝てないだろ。
ジム改 作中だとシグー改修機相手に自由の性能差+種割れ+主人公補正でやっと勝てた相手だぞ。
カガリ 互角の条件だとそもそも勝ち目が見えない相手だったか。





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