第8章  異世界の戦乱

 シンとルナ、ヒルダ、アスランの4人はシンの隊長室で本気で困り果てた顔を突き合わせていた。ルナとヒルダの顔は疲労でどす黒く、補充で来たアスランは顔の険がより深く刻まれるようになっていよいよ父親を彷彿とさせる人相になっている。

「シン、もう無理だから、私たち本当に死んじゃうから」
「流石にこれはね」
「何処かから凄腕を連れてこいシン、10人くらいで良い」
「誘って来るんならこうなる前にもっと幾つか部隊編成出来てたと思う」

 3人の文句にシンは頭を抱えていた。まだマシだった事件前でさえ数えるほどしか人手が居なかったのだ。ラクスとキラがコンパスを身内で固めてしまったのは信用問題もあっただろうが、こんな仕事に付き合えるような異常者が他には居なかっただけだ。むしろそんな連中だからラクスの元に集まっていたのだろうか。
 オーブは良くしてくれるがナチュラル主体の国なのでパイロットは大したことは無く、コンパスに来ても補助戦力くらいにしかならない。ラクスはどうこう言っているが実際に使う側としてはナチュラルは数に入れられない。フラガのような上澄みの上澄みがゴロゴロしているならともかく、実際には全く居ないのだから。聞いた話では第1次連合・プラント戦争の初期にはフラガのようなパイロットも沢山いたらしいが、戦争で殆どが失われてしまったという。
 役に立たないナチュラルではなくプラントから赤服級のコーディネイターパイロットを回してほしいのだが、そもそもコンパスはザフトに嫌われているので来る者など殆どいない。性格に問題があろうが仕事は出来るアグネスが参加していたのも能力があれば良いという現実的な理由だ。あとあの性格なので当時の上官に半ば厄介払いのようにコンパスに出向に出されてとも言われている。

「こうなったら本当にアグネスを出して仕事に復帰させるかな。色々問題はあるけど腕前は保証済みだし」
「でも反逆の件はどうするの?」
「あ~、それなんだけど誤魔化せるかも。キラ隊長を誤射とかは止める為に仕方が無くとか誤魔化しとけば後は総帥が向こうに居たから護衛に付いてったとか最後に敵対したのは俺たちが反乱起こしたから鎮圧に回っただけだとか言っとけば。向こうの関係者は全員死んでるから俺たちが口裏合わせれば」
「…………」

 言われてルナマリアとヒルダは端から見ればそう見えるかもと思ってしまった。自分たちは反乱を起こしたというつもりはないのだが、公的にはコンパスは命令に背いて戦艦強奪して私的に戦闘行動始めたヤバい連中なのだ。
 裏切り者だがこのさい仕事が出来るなら何でも良いと思えるくらいに追い詰められていた2人はシンの提案を真剣に考えてしまったが、アスランはそれに待ったかけた。

「俺は反対だ。俺はそのアグネスという奴をよく知らないが、裏切った奴は何度でも裏切るぞ」
「…………」
「…………」
「…………」
「なんだその目は?」

 お前がそれを言うのか、と白け切った目を向けてくる3人にアスランはどうしたんだと真面目な顔で問い直した。




 結局アグネスの復帰は保留となり、彼らはそれぞれの仕事に戻っていった。ルナマリアは隊長室を出た後に思うところがあってアグネスが閉じ込められている彼女の個室へと向かう。部屋の扉は外部から開かないように制御されているので中を見ることは出来ないので、ルナマリアは扉の前で中に声をかけた。

「アグネス、そろそろ落ち着いた?」

 中から返事はない。前は中から悔しそうな啜り泣きが聞こえていたので少なくとも生きていることは分かったのだが、今はそれも出来ない。だがあいつが自殺する様な女とも思えず、ルナマリアは暫く声をかけ続けた。すると、ようやく中から返事のようなものが来た。

「どっか行きなさい」
「お、やっと返事したわね」
「うるさいわね、私はこのまま本国に送還されて軍法会議送りでしょ。反乱に失敗した私を笑いに来たわけ?」
「そんなに暇じゃないわよ。いや本当にそんな暇は無いわね、あの戦い以降ベッドで満足に寝れた記憶が無いわ」
「何よそれ、今どうなってんの」

 ルナマリアの弱気な言葉にちょっと興味を引かれたのか扉の向こうからアグネスが訪ねてくる。ルナマリアは簡単に現状を伝えたが、それを聞いたアグネスは呆れかえったような声をかけてきた。

「何それ、山猿が隊長で現場が応援を入れても3人って、部隊として崩壊してるじゃない」
「そうなのよ、正直誰でも良いから増員が欲しいわ」
「へえ、それはご愁傷様。せいぜい頑張ってよね」

 もう自分には関係の無い話だとアグネスはルナマリアを笑い飛ばしたが、ルナマリアはそんな挑発に乗ることは無く、アグネスにとんでもないことを言ってきた。

「そんな訳でさ、あんたも多分そこから出されて働いてもらうことになると思うから今のうちにせいぜい休んでおいてね」
「はぁ、何言ってるのあんた、そんな事できるわけが」
「じゃあねアグネス、またお仕事頑張ろうね」

 楽しそうに帰っていったルナマリア。一方残されたアグネスは座っていたベッドの上で顔面蒼白になっている。さっきのルナマリアの話を考えると今のコンパスは自分を放免してでも人手が欲しいくらいに手が足りていないということだ。これまでだって相当な激務だったのにこれ以上となったら本当に過労死しかねない。
 もう本国召還を待たずにさっさと責任取って辞職願出した方が良いかもと、とアグネスは真剣に考えてしまっていた。





 翌朝、5人はどうにか精神的に立ち直ったフレイとイングリッドを加えて家の掃除を再開していた。アスランとイングリッドがコーディネイターの力を生かして家具を外に運び出して使える物を選び、トールとカガリとフレイは屋内の埃を払い拭き掃除をしていく。
 建物自体は割としっかりしていたが家具は使えなさそうな物もあり、幾つかはアスランが自分で直すと言ったが買い替えなくてはいけない物もあった。

「どちらにせよ工具類は必要か。それに食器や調理器具、シーツとかも必要だな」
「こうやって見ると結構必要だな。電気はどうするか」
「送電はとっくに止まっているようだから、発電機を用意するしかないな。これは金が足りるかどうか」
「優先順位付けて何かを諦めるしかないかな」

 そう言ってアスランとトールは後ろを振り返る。そこでは女性陣が張ったロープに洗濯した衣類を干しているのだが、彼女たちの衣類の替えも必要になるだろう。自分たちは男だからある程度は気にしなければ良いが、女性たちはそうもいくまい。
 服と下着の補充はしないといかんだろうなと考えながら、アスランは換金に使うための貴金属を確かめた。換金出来れば良いのだが、最悪物々交換になるかもしれない。下手したら貨幣が価値を失っているかもしれないから。



 車で教えられた店のあるエリアまで移動すると、そこは栄えているとは言えないが複数の商店が残っていて人の往来も村より大分マシな感じの、ちょっとした町という感じの居住区であった。とはいえ路上には難民らしきボロ着の人間が座り込んでおり、戦災の跡と思われる傷もある。加えて建て物の向こうには警戒中と思われるストライクダガー2機の姿までがある。どうやらここはまだ統治機構の制御下にあるらしかった。
 だがカガリたちにとってはこれは警戒する事態でしかない。軍が機能しているならイングリッドを探している連中も居るかもしれないし、自分たちの顔を知っている奴も居るかもしれない。
 どうするかと考えたカガリはイングリッドを見た。

「どうする、念の為車に残ってるか?」
「……すいません」

 迷惑をかけてしまったイングリッドが申し訳なさそうに頭を下げる。だがそれに対してフレイが困った顔になった。

「でも、それだとイングリッドさんの服はどうするの。下着とかサイズが分からないわよ」
「あ~、それがあったな。本人が来てくれないと不味いのか」

 確かにそれは困ると頷いたカガリ。まさかここでイングリッドを脱がしてサイズを測る訳にもいかないし、どうしたものだろうかと考えているとアスランが余計な事を口にした。

「そんなに悩まなくても、フリーサイズとかあるだろ。服の方は今回は悪いが適当にフレイが見繕って……」

 そこまで言ってアスランはカガリとフレイにジロリと睨まれて言葉に詰まった。隣の運転席ではトールが処置無しという顔でハンドルに顎を乗せて溜息を漏らしている。

「アスラン、お前は本当に女ってものが分かっていないな」
「ラクスって婚約者が居たくせになんでこれなのかしら。彼女持ちのトールはその辺もっとマシよ」
「い、いやラクスの事は今は良いだろ。それよりそれならキラはどうだったんだフレイ?」
「キラは……私があいつに服とか見繕わせると思うの?」
「悪かったよ」

 キラにはそっち系のセンスは無い、というのはフレイ、カガリ、ミリアリアが揃って断言するレベルの欠点だ。アスランもそう言われると言い返すことができず、素直に頭を下げた。なおアスランのセンスもラクスから無言で威圧されるレベルであるので、彼には人の事を言う資格は無い。
 結局顔が見えないようにフードと帽子で顔を隠して特徴的な青髪を上着の中に入れて外からは分かり難くした。カガリも特徴的な背中までの金髪を慣れた手つきで頭の後ろで纏めている。こうするとカガリの印象が大きく変わるから不思議なものだ。

「これでイングリッドさんとカガリは良いとして、あとはアスランね。アスランも有名人みたいだし顔は隠さないと」
「いや、俺はそんなに目立つ顔じゃないから帽子とサングラスでどうにかなる。それよりフレイも自分を何とかしろ」
「私? 私は大丈夫でしょ。髪はポニーに纏めてるから邪魔じゃないし」
「いや、そうじゃなくてだな」
「アスランやカガリと違って有名人の可能性は無いし、大丈夫だって」

 アスランは有名人じゃなくてもこんな治安が怪しい場所で美人が顔出してるなと言いたいのだが、この辺りの自分の価値への無自覚さは親友のカガリに指摘されても直らない彼女の欠点だ。過去にオーブでも男どもに目をつけられた経験があるのに、その辺の改善が無い。
 この辺りは実は顔も隠さずにゲリラ活動してたカガリはもっとヤバいのだが、そっちは関係者が総掛かりで叩きまくった過去があるおかげかフレイよりは自分の価値への自覚は出来ている。


 駄目だこいつと頭を抱えるアスランをトールがまあまあと宥めて、5人は車を降りて商店へと入っていった。店内はご時世を反映してか明らかに傷物、盗品と思われる物品が無造作に並べられていて本当に大丈夫かと思ったが、贅沢は言ってられない。アスランは店員に質屋のようなものは無いかと尋ねていてカガリたちはそれぞれに自分に合いそうな服を探しだし、トールは道具類を見ている。
 一見するとただの流れ者の集団なので特に周りの注意を引くことは無かった。アスランの予想は外れフレイに言い寄って来る連中もおらず、4人は必要な物を駕籠に入れて回っていった。
 アスランは4人から離れて一度店を出て貴金属を現金化することにした。アスランの持ってきた貴金属は幸いにも換金することが出来てかなりの金額になった。ミナが持たせた物は相当に高価な物だったらしく、アスランも吃驚している。ただそれを見らてたのか変な連中に跡をつけられそうになったが、アスランは路地裏に入り込んで持ち前の身体能力を生かして壁を蹴り上がりながら超えて向こう側へと姿を消し、強盗と思われる連中をあっさりと振り切っていた。
 
 こういう所での買い物が初めてらしいイングリッドがどうして良いか分からない様子で服を手に取っていると、カガリとフレイが彼女に似合いそうな服を持ってきては次々に体に当てて似合うかどうかを試し、幾つかの服を見繕って困り顔のイングリッドの背中を押して試着室へと押し込んでいった。
 それを見ていたトールが完全に玩具にしてるなと苦笑していると、アスランがやって来て呆れた声でトールにどうしたのかを問いかけてきた。

「あれ放っておいて良いのか?」
「良いんじゃないか、カガリもフレイも楽しそうだしさ。こっち来て初めての娯楽だろうし好きにさせてやれよ」
「いや、あの2人じゃなくてイングリッドさんの方なんだが」
「そっちも良いんじゃない、こういうの初めてみたいだしさ」

 イングリッドはいつも辛そうだったし、あの2人に巻き込まれていれば気も晴れるだろうとトールは思っていたので、あのまま2人が満足するまでやらせれば良いと思っていた。アスランはそれに時間がかかりすぎるぞと文句を言っていたが、こういう時は待っていてやるのが男の甲斐性だぞとトールはアスランを窘めていた。
 仕方なくアスランはトールと家に置く食器や小物を物色していたが、そこでアスランはトールに気になっていることを尋ねた。

「ところでトール、1つ気になっていることがあるんだが」
「うん、なんだい?」
「昨日のカガリたちの話なんだが、フレイが20になったらキラを探しに行くと言っていただろう。あれはあいつが生きてるって事なのか?」

 アスランの問いに、トールは小物を取る手を止めた。そしてどう答えた物かと必死に考え込みだし、それを見たアスランはそうかと呟いた。

「怒っている訳じゃ無い、確認したかっただけだ。あいつがフレイを置いて行方を晦ましたんだ、何か理由があるんだろう?」
「……正直、俺も詳しい事は知らないんだ。フレイからあいつは生きてるって最近気かれただけだから。ただ、この世界の騒乱の大本を調べたかったらしい。あと、自分は必ず次の戦いを呼ぶからここで戦死する必要があるって言ってたって」
「最高のコーディネイターか」

 アスランは相変わらず馬鹿な奴だと小さく吐き捨てたが、それ以上は何も言わなかった。確かにいずれキラのデータを狙う者が現れないとも限らない。ただ、結果論にはなるがアコードなどというコーディネイターの更なる上位存在が出てきた今となってはキラの心配は杞憂だったとしか言えない。資料的価値としてはキラよりイングリッドの方が遥かに高いに違いないのだから。

「まあ、戻ってきたら教えてくれ。一発ぶん殴ってやらないと」
「それは良いけど、先約が多いから殴る所が残ってるか分からないぞ?」

 あいつが生きてると知った奴は全員同じ事を言ってるんだとトールが笑いながら教えてくれる。特にカガリとミリアリアの怒りは凄まじく、帰ってきたら地獄を見せると息巻いていたという。それを聞かされたアスランはまあそうだろうなと楽しそうに笑い、なら俺は趣向を変えて病院見舞いでも持って行ってやるかと言っていた。


 それから大分経って、カガリとフレイの玩具にされたイングリッドが彼女らしくないアイスブルーのノースリーブブラウスと白いレースのスカートという姿で試着室から出てきた。それを見てアスランとトールがほおっと感心した声を漏らし、カガリとフレイが手を合わせて自分たちの成果を讃えている。
 イングリッドは着慣れない服に恥ずかしそうにモジモジしていて、カガリとフレイを見た。

「あ、あの、私にはやっぱりこういう可愛い服は似合わないかと」
「いや大丈夫だぞ、凄く似合ってるから」
「私は最近こういう服は似合わなくなってきたから、久々に選ばせてもらったわ」
「趣味は可愛い系なのに最近は奇麗系が似合うからなお前は、やっぱり不満だったのか?」
「何時までも女の子って訳にはいかないのは分かってるんだけどね。だから最近はこういうのはステラやマユちゃんの相談に乗るくらいよ」

 少し残念そうなフレイにカガリは私たちも大人になったから仕方ないさと慰める。イングリッドは自分も大人なんだと思っていたが2人は話を聞いてくれそうになかった。




 それぞれの個人用の買い物と終えた3人はアスランとトールが既に車に食料や日用品、調理器具に発電用ソーラーパネルの部品などを積み込み終えていたことを知った。自分たちが色々選んでいる間にすでに買い物を終えていたようだ。
 5人はこれで買い物を終えて帰宅しようと車に乗り込もうとしたが、その時いきなり街に警報が鳴り響いた。何事かと周囲を伺う5人だったが周辺の人間は恐慌状態に陥ったように我先に逃げ出していて、警備に付いていた戦車が迎撃に出撃していく。防衛隊か何かなのかユーラシアの兵士らしい集団が市民を声を枯らして誘導しているが、誘導出来ているとは思えない。

「何が起きたの?」
「良く分からんが、何処かの部隊がここに向かっているとか言っているな。どうやら攻撃を受けようとしているようだ」

 フレイの確認に周囲を見回していたアスランが答える。どうやらここでまた戦闘が始まろうとしているらしい。焦りを浮かべてどうしようかと考えるフレイの肩をカガリが強く叩く。

「おいフレイ、妙だぞ。あのダガーが動いてない!」
「え、どういう事?」

 カガリに言われて先ほど見えたストライクダガーを見ると、確かに迎撃に動こうとしている様子が無い、ただ腰を降ろしているだけだ。どうしたのかと思ってフレイは近くの兵士を捕まえてどういうことか尋ねた。

「ちょっと、敵が来てるんでしょ。あのダガーはなんで出ないのよ!?」
「パイロットが居ないんだ、あれは脅し用の置物だよ!」
「機体だけ余ってるって事か」

 パイロットが確保できなくて機体だけがあそこで死蔵されていたらしい。納得したフレイは仲間の元に戻ると、この状況を話した。それを聞いてトールとカガリがお前まさかという顔をする。

「まさかフレイ、お前迎撃に出ようとか思ってないよな?」
「他に手がある、ストライクダガーなら使ったことがあるわ」
「いやそりゃ動かせるだろうけどさ、何もこんな所で……」
「目の前で殺されそうな人たちが居るのに、見捨てるなんて出来ないわ!」

 フレイの真剣な眼差しにカガリは気圧された。そして改めて周囲を見回し、右手で頭をかく。

「これは、ヨーロッパで戦ったあの頃を思い出すな」
「そういえばそうだな…………そうか、そういやフレイとキラはあの時に」

 あの時に2人はザフトの攻撃を受けた町で逃げ回り、助けようとした子供たちも目の前で殺されるという体験をしている。あれも2人を変えてしまった経験の1つなのは間違いないだろう。
 あの戦いには自分も初めて出撃して死にそうな目にあったことを思い出して、トールは仕方が無いなと呟いた。

「分かったよ、俺も一緒に行く」
「トール、良いの?」
「いや、俺も気持ちは分かるからな。一緒にあの地獄を潜り抜けた仲なのを忘れた?」

 この街を守ることを決めたフレイとトールにアスランは本当に良いのかとカガリを見たが、彼女もすでにその気になっているのを見て説得を諦めた。

「フレイ、俺が行った方が良いんじゃないか?」
「アスランは連合のMSで戦ったことないでしょ?」
「ストライクダガーなら俺も鹵獲機を使ったことはあるが、確かに戦闘で使ったことは無いか」
「そういう事、私とトールはダガーを使った経験も十分にあるから、ダガーで戦うなら私たちの方が良いわ」
「それとも、俺たちじゃ不安かい?」

 揶揄うようなトールの言葉にアスランは一瞬虚を突かれたが、すぐにそれを苦笑に変えて頷いた。

「いや、アークエンジェルのMS隊相手にそれは言えないな。俺たちがどれだけお前らに苦しめられたと思ってるんだ?」
「それはそのまま言い返すよ」

 アスランからすれば地球軍でも最強と言われたアークエンジェル隊の強さは骨身に染みている。そしてトールやフレイからすれば自分たちを延々と追い続けていたザラ隊の厄介さは散々思い知らされているのだ。今でこそこうして笑えているが、戦時はお互いに何度となく殺し合った仲である。
 こいつらの強さを知っていること、ザラ隊以上の者は居ないだろう。アスランは説得を諦めるとカガリを見た。

「流石にカガリは避難してもらうぞ。君が死ぬのが一番困るからな」
「分かってる、MSに乗せろなんて言わないよ。だが避難誘導くらいは手を貸しても良いだろ」
「いや、それは俺が行く。カガリはイングリッドさんと一緒に車で避難してくれ」
「いえ、私も誘導に当たります」

 アスランの求めを拒否してイングリッドは共に避難誘導に協力すると申し出た。それを聞いてアスランは焦りを見せる。イングリッドと一緒に行ってもらうことでカガリを逃がしやすくしようと思っていたので、ここでイングリッドが行ってくれないとカガリも何かをやると言い出しかねない。
 そしてアスランの悪い予感は当たり、カガリもイングリッドが残るなら私もそうするかと言い出してしまった。それを聞いたアスランが勘弁してくれと叫んで頭を抱え、フレイとトールはカガリだなあと笑って頷き合い、踵を返して兵士の方へと駆けていった。
 その兵士は2人と少し話すと直ぐに通信機で何かを話し出し、MSの方からオフロード車がすっ飛んできた。それにフレイとトールが乗り込むと車は急いで来た方へと戻っていく。乗り込んだ後席からフレイはヘルメットを被りながら状況を訪ねた。

「それで、ダガーは動くの?」
「整備だけはしっかりやってある、弾もバッテリーも満タンだ」
「なら良いわ、戦闘中に止まるのは勘弁だから」
「敵の数は何機なんだい?」
「こっちより大分多い、ダガーが2機にジンが3機」
「ダガーとジン? コーディネイターも参加してるのか?」
「参加していると言うより、向こうはコーディネイターの勢力だからな」

 トールの問いかけに運転手は答えた。そして車はすぐにダガーのある駐屯地にやってきて、そこで降りた2人に士官らしき男が駆け寄ってくる。

「君たちか、MS操縦経験があるというのは!?」
「ああ、ダガーも使ったことがある」
「じゃあすぐに出てくれ、もうすぐ奴らが町に来る。もう起動準備は整えてある!」
「了解」
「あいつらを撃退したらボーナス期待してますからね」
「ここが無事だったら何でもやるよ!」

 ユーラシアの士官が怒鳴るように言い返してきて、忘れないでねと言ってフレイはダガーのコクピットに上がるための昇降機に乗ってコクピットに体を潜り込ませた。確かに機体は起動されていてフレイが自分でやる作業は少ない。操縦系は思った通り自分の知っているダガー系と差異は無いようだ。本当にこの世界は自分たちの世界とよく似ている。
 ハッチを閉じさせて状態を素早く確かめ、機体のコンディションに問題がない事を確認する。一通りの作業を終えたフレイは久しぶりに乗ったダガー系のコクピットに懐かしさを覚えていた。

「ダガーは105ダガー以来かあ、なんだか懐かしい」

 あの105ダガーは大破してしまったが、あのダガーにはフレイは感謝している。最後の最後まであのダガーは頑張ってくれたと思っているから。
 機体を立ち上がらせて右手のビームライフル、左腕にマウントされているシールドを確かめてフレイは機体を前に出した。横のカメラを見ればトールの乗ったストライクダガーも歩き出している。向こうもダガーは久しぶりだろうに平然と動かしているのは流石だろう。
 フレイは通信機を操作してトールのダガーに繋いだ。

「トール、そっちは行けそう?」
「ああ、久しぶりだが忘れてないもんだな。昔を思い出す」
「私もよ、まさかこんな日が来るなんてね」

 プラント大戦が終わって以来、二度と大西洋連邦のMSに乗る日は来ないと思っていた。それがまさか異世界で町を守る為に乗る日が来るとは。運命の皮肉とはこのことか。
 あの日、燃える街を逃げ回ったフレイと的になる事しか出来なかったトールは、あの頃より遥かに成長したパイロットとなって町を守る為の戦いに身を投じていった。


ジム改 ついに戦闘勃発。
カガリ パイロットが居ないなんて事があるのか?
ジム改 理想を言うなら機体1機に交代要員を複数確保してローテーションさせるんだが、戦乱でパイロットが枯渇してくると機体が補充されても乗れるパイロットが足りないということは割と起きる。
カガリ もったいないと言うかなんというか。
ジム改 パイロットは養成が難しい特殊技能者だからな。ましてや熟練者は凄く貴重だ。現代でも兵器の中で一番高価で補充が効かないのは搭乗者だぞ。
カガリ この世界は長い戦争でベテランが激減してるんだな。
ジム改 何年も延々と戦争してればそうなるさ。
カガリ じゃあフレイとトールはかなりヤバいパイロットなんだな。
ジム改 ヤバいというか、イザークやフラガ級の怪物だぞ。特にフレイは防戦ならアスランのジャスティス相手に暫く粘れる。
カガリ 改めて考えると化け物だな。それを要求した私も大概だが。
ジム改 お前は指揮官だからしょうがないわな。
カガリ でも結局、ここでも誰かを守るために戦うんだな。
ジム改 誰かを守る為に、この点は2人だけじゃなくてアスランもなんだがな。
カガリ たまには自分の為って理由でも良いと思うけどな。


        


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