第6章  迷子に気付いた者たち

 カガリたちが別世界で逃亡者のような生活をしている頃、元の世界ではオーブのオロファト首長府でミナ、ユウナ、ホムラが顔を突き合わせていた。とはいえその表情は困惑に埋まっており、深刻というより悩んでいるように見える。

「それでミナ様、アスポート装置とやらの進展の方はどうなってるんです?」
「……対策チームの回答だと、現在鋭意開発中だそうだ」
「もう少し希望の持てそうな話になりません?」
「無理だな、私も奴らの頭を吹き飛ばさないよう必死に堪えているのだ」

 頭を抱えるユウナの懇願に何時もなら情けないと詰るくらいはするミナが申し訳なさそうに答える。自国の代表が他の世界に飛ばされたなどという夢なら覚めて欲しい状況に流石のミナも途方に暮れているのだ。
 そして2人の話を聞いていたホムラが困り顔で2人に厄介な事が起きていることを伝えた。

「実は、アルスター家の方からフレイさんの事で確認が来ている。今のところはカガリが何処かに連れ出して行ったと思っているようだが、これ以上不在が長引くと殴り込んで来かねんぞ」
「連れ出したのは事実だから反論も出来んな」

 カガリが宇宙港から拉致してきたのは本当なので向こうの勘違いとも言えない。宇宙港から更に何処かへ行ってしまったのが問題になっているが、まだそこはバレていない。
 だが、アルスター家が疑いを持ち出したとすると他の厄介者に話が流れかねない。あそこのメイドのソアラが他に協力者を求めたら動き出しそうな奴には事欠かない。もし彼女からアズラエルやヘンリー、イタラといった面々に相談がいけば、問題は国内の有力者から一気に国家規模へと拡大してしまうだろう。
 そうなったらどう弁解すれば良いのかとミナが表情を蒼褪めさせていると、ホムラが神妙な顔でミナに声をかけた。

「いっそのこと、他にも話を通してしまうか」

 悩むミナにホムラがとんでもない事を言い出した。驚いた顔でミナがホムラを見る。

「正気で言っているのか、アズラエルやヘンリーに話を通せと?」
「黙っていて殴り込まれるより、いっそ巻き込んで資金と技術者を回してもらう方が良いのではないかな。カガリとフレイ嬢が絡んでいるなら協力は得られるだろう」

 カガリとフレイの友人は多い、あの2人が危ないとなれば手を出してくる連中は多いはずだ。それを言われたミナは何とも嫌そうな顔になったが、ホムラの答えが状況をよりマシにするのは間違いないだろう。ただ問題は今回の件がオーブの恥を晒す事ということだ。
 だが確かに他所の協力を得られればカガリたちの救出の可能性は高まる。ミナの中で恥に堪える苦悩とカガリを助けないといけないという使命感が鬩ぎ合いを始めていた。




 結果的に言うと、ホムラたちの危惧は遅すぎた。既にこの時、カガリとフレイに係るオーブ国内の友人たちはカガリ、フレイ、トールの3人が姿を消した事に不信感を抱きだしており、ソアラに協力して3人の行方を探し始めていた。
 アルスター邸に集まってくれたサイ、カズィ、シン。彼らの知る限りの3人が訪れそうな場所の捜索をすでに終えていて、国内には3人は居ないという結論を出している。3人の報告に事情を伝えて協力を願ったアルスター家のメイド、ソアラ・アルバレスは頭を下げて感謝した。

「皆様、このような無茶な願いを聞き届けていただき、ありがとうございます」
「いや、3人が行方不明になったなんて聞かされたら、放っておけませんよ」

 サイが礼は無用ですと笑って伝え、カズィとシンも頷く。そしてカズィが少し深刻そうな顔で3人を見た。

「僕が調べた限りだと、最後に3人の姿を確認出来たのは宇宙港みたいだね。カガリが何でそこに居たのかは分からないけど、トールとフレイは訓練の帰りだったみたいだよ」
「じゃあ、3人は宇宙に出たって事すか?」
「宇宙港から何処に行ったのか分からないって事を考えると、その可能性が一番高いかな」

 シンの問いにカズィが頷く。オーブ本土内を探し回っても見つからなかったのも宇宙に出たからだと考えれば説明が付く。ただ、そこから何処に行ったのか、何故戻ってこないのかがさっぱり分からない。もし誘拐などが起きたのならばもっと首長府が大騒ぎになっている筈なのだが、現在の所そのような様子もない。まるでカガリが居なくなった事を気にしていないかのようだ。

「ソアラさん、実はカガリは何か重要な仕事で国外に出ていて、トールとフレイはその護衛って事は無いですか?」
「サイ様、それでしたらお嬢様は私に連絡をするなり誰かに伝言を頼むなりすると思います。それに、MS戦を想定しているならともかく通常の護衛ならばオーブ政府がSPを付ければ十分でしょう」
「確かにそうですね。トールも一緒に行っているし、2人で話してたら見つかって連れて行かれたって方がありそうかな」
「カガリだしね」

 サイの予想にカズィが昔のカガリを思い出して笑ってしまう。昔からカガリはその場の思い付きで動く傾向があり、理由は分からないが宇宙に行く急な用事が入って移動中に偶然2人を見かけたとすれば、カガリは久しぶりとか言って声をかけてそのまま同行させるだろう。傍にユウナたちが居たとしても別に咎めはしないと思う。
 だが、そうなるといよいよ分からない。3人が姿を消したのにオーブに動きは無く、世界にも騒乱の可能性を伺わせるようなニュースは無い。本当に3人が姿を消す理由が無いのだ。
 一体何がどうなっているのかと悩んでいると、シンが軽く右手を上げて3人に他に助けを求めるべきじゃないかと言った。

「ソアラさん、サイさん、カズィさん、もう僕たちだけじゃ限界じゃないですか?」
「そう言っても、他に誰に話を持っていくんだい?」
「自分たちだけじゃこれ以上調べようが無いんなら、もっと偉い人を巻き込むってのはどうすかね?」

 もっと偉い人を巻き込むと言われて、ソアラはなるほどと頷いた。オーブ国内にはユウナたちより偉い人間は居ないが、国外になら彼らに圧力をかけられる知人が幾人もいる。その中から候補を頭に浮かべたソアラは、まだ穏健な老人の顔を浮かべて頷いた。

「いきなりアズラエル様やヘンリー様に依頼すると事が大きくなりそうですし、アルビム連合のイタラ様にお願いしてみましょうか」
「あの変態爺さんにですか……」

 サイが何とも言えない顔になり、カズィとシンもあの人かあと困った顔になる。決して悪い人ではないのだが、あの老人が顔を出す度に何かしら騒動が起きるのだ。
 だが助力を乞い易い相手ではあり、フットワークの軽さもあって頼めばすぐに来てくれる気がする。あの老人はカガリとフレイをとても気に入っているから、2人に何かあったと聞かされればきっと力を貸してくれるとも思う。ただその結果何が起きるのかが不安になるだけだ。

 4人でそんな事を話していると、いきなりヴィジフォンが着信を告げる音を発した。ソアラが3人に一声かけて席を離れてヴィジフォンのモニターの前に言って受信ボタンを押すと、モニターにソアラにとって懐かしい顔が現れた。

「貴方は、イザーク・ジュール様」

 現れたのはかつてオーブがザフトに占領されていた頃にこの屋敷に拠点を置いて逗留していた特務隊の副隊長を務めていたイザーク・ジュールだった。現在ではプラントで部隊1つを任されるほどに出世したと聞いていたが、その彼がなぜ急に連絡を寄越してきたのかがソアラには分からず、首を傾げている。
 モニターに現れたイザークは聊か焦りを見せる様子でソアラに尋ね事をしてきた。

「突然の連絡申し訳ない。ソアラさん、オーブに駐在している筈のアスラン・ザラをご存じだろうか?」
「ザラ駐在武官ですか。はい、時折こちらにも訪ねていらっしゃるので、よく存じておりますが」

 アスランはオーブ駐在武官となって以来、幾度かこのアルスター邸を訪れている。友人のフレイを尋ねて来ているだけではなく、ここで静かに庭木の世話などをする時間を単純に楽しんでいるようだった。
 戦争が終わっても気苦労の絶えない人生を送っているようだとソアラは思っていたのだが、そのアスランがどうしたというのだろうか。
 
「あの、ザラ駐在武官に何かあったのでしょうか?」
「実は、アスランと連絡が取れなくなりまして。どうも評議会外務委員会で騒動があったようなのですが、詳細が分からずこちらに連絡を取らせてもらいました」

 たまたま用事があってディアッカがアスランに連絡を取ろうとしたのだが、何故かアスランと連絡が取れなかった。それどころかオーブ領事館にもアスランは居ないようだと分かり、どうしたのかと調べていったら本国で妙な動きが起きているが詳細が分からないという状況であることが分かった。
 何か妙な事が起きていると察したイザークは副官のフィリスに命じて調査を行わせ、外務委員会と軍事委員会が混乱している事、オーブに対して本国が密かに何かをしている事が分かり、何かは分からないがまたアスランが面倒な事に巻き込まれていると察した旧特務隊の仲間たちはかつての伝手を頼ってオーブに連絡をってきた。
 つまりイザークはフレイを頼ってきたという事だが、それに対してソアラは深刻な顔でこちらの事情を伝えた。

「おそらく偶然ではないのでしょうが、こちらでもお嬢様が行方不明になっております。ご友人のトール様も一緒にです」
「フレイに、トールもですか?」
「はい、同時に2人が姿を消して、アスラン・ザラ様も同じとなりますと、偶然とは思えません」

 流石にカガリも行方不明という情報は出せなかったが、ソアラはフレイとトールも同じ状況にあることを伝えた。それを聞かされたイザークは驚愕していて、一体何が起きているのかと真剣な顔で考え込みだしている。
 アスランやフレイ、トールの事でここまで真剣になってくれるイザークにソアラはお嬢様は良い友人を持ったと場違いな安心感を抱いて、そして彼にこちらの動きを伝えることにした。

「ジュール様、こちらでは正直これ以上調査を継続する事も難しい状況となっております。ですので、他所から力を借りようと考えております」
「他所から力を、ですか?」
「はい、アルビム連合のイタラ様にご助力をお願いしようかと」

 アルビム連合は地球在住コーディネイターが集まって建国された地球上で唯一のコーディネイターの国家だ。決して大きいとは言えない複数の島が集まって出来た島国ではあるが、彼らはこれらの島を改造したり海底に都市を築いたりして居住地を拡張していて、多くのコーディネイターを受け入れている。人口という面で見ればプラントよりアルビム連合の方がコーディネイターの代表だとすら言えるほどに規模を拡大させているのだ。
 そしてアルビム連合は地球連合に所属していて地球連合軍にも部隊を派遣しており、そしてオーブとも友好国として今日に至っている。イタラはそこで相談役のような事をしている人物で、意思決定に直接関わっている立場ではないが非常に大きな影響力がある人物だ。彼がその気になって口を挟んで来たらアルビム連合を動かすことが出来る。そして国家からの追及をなればオーブも動かない訳にはいかないだろう。


 ソアラに計画を伝えられたイザークは一国を巻き込んで事を成そうとする無茶苦茶さに驚いていたが、すぐにそれを笑いへと変えた。

「はははははっ、それはまた、我々には考え付かないような奥の手ですね」
「お嬢様のご友人を利用するようで胸が痛みます」
「全く、無茶苦茶する人だ。それでは何か分かりましたらこちらにも一報を頂けませんか。こちらにも心配している者が多いので」
「承知致しました、情報提供ありがとうございますジュール様」

 ソアラが頭を下げると通信が切れ、モニターから光が消える。頭を上げたソアラは3人を振り返ると、表情を聊か厳しい物へと変えた。

「どうやら、思っていた以上に面倒な状況のようですね」
「プラントからもですか、一体何が起きてるんだか」

 オーブだけの問題は無いと分かり、サイが深刻そうな顔で言う。オーブとプラントが何を隠しているかは分からないが、かなり面倒な事が起きているのは間違いなさそうだ。カズィとシンも自分たちの想像を超えて事態が動き出したことに戸惑った顔を向けあい、そしてカズィがぼそりと呟いた。

「なんか、また厄介な事に巻き込まれるような気がする」

 4年前にヘリオポリスで戦争に巻き込まれて1年以上も戦争に巻き込まれてしまった。何となく今回もあの時のように厄介事に巻き込まれそうな気がして、カズィは天井を仰ぎ見た。カガリとフレイが同時に絡んでいるんだから、何か起きるよなあと呟きながら。





 キラとラクスが姿を消して以降、ファウンデーション紛争後の混乱から世界は未だ立ち直ってはいなかった。ユーラシア連邦は崩壊状態に陥り、全域が混沌として情勢が把握できない。
 ラクスが消えたことで平和維持を担ってきたコンパスの命運が断たれるのは確実視されていて、遠からず参加国が手を引いて消滅してしまうだろう。一度は凍結されたコンパスが活動を再開したのも単に面倒を押し付ける丁度いい相手というだけの理由で、各国がコンパスにそこまで意義を見出している訳ではない。
 各国が出している人員や装備を引き上げればコンパスは形だけの存在となる。仮に新しい総裁が出てきたとしてもラクスの代わりにはならない。ラクスは唯一無二の存在だったからだ。
 ラクスが姿を消したことでオーブが当面はコンパスの面倒を見ることになった。これはカガリがシンの要請を受けて決定したことで、資金や装備、人材を融通することを決めている。だがオーブにも余裕がある訳はなく今すぐに出せるという訳ではなかった。
 カガリは自分の執務室でこの問題をアスランにぶつけていた。

「なあ、コンパスの新しい隊長の人選なんだけど」
「悪いが俺はパスだ、俺はコンパスに入るつもりはない」
「だよなあ、でもそうなるとフラガにやってもらうしかないんだけど」
「彼は退役を願い出ていただろう?」

 先の戦いで機体を大破させたムウ・ラ・フラガもコンパスからの引退を願い出ていた。恋人のマリュー・ラミアスと一緒にこのまま軍から身を引くつもりなのだろう。その気持ちは分からないではなかったが、こうなるといよいよコンパスからは人材が払底してしまっていた。せめて後継となる人材が育つまでは居て欲しいのだが、そんな人材への目途が立っている訳ではないし、彼られに預ける艦船やMSがある訳ではない。アークエンジェルは撃沈され、アカツキも大破していて修復にどれだけかかるか分からない。このまま解体して別のMSを回すべきという声もあるほどだ。
 そもそも、コンパス自体が人員や装備の喪失に対応出来る体制にはなっていない組織だ。本気で取り組むつもりであればコンパス独自の教育機関を用意し、参加国からの将兵の志願を募ってコンパスの将兵の育成を進めてるべきだった。装備は他国からの供与に頼る面があるのは仕方が無いだろうが、ラクスの関係者で作った初期段階からの脱却を考えるべきだったのに、カガリはそれを実行に移せなかった。
 現実問題として各国との調整の問題もあるし、国際的な紛争への武力介入を行う組織による独自の運営システムの構築などを提案すれば当然反発を受けるだろう。だがそれをやるのがカガリやラクスの仕事だった筈で、キラたちに任せておけば大丈夫という甘えと忙しさのせいと後回しにしたツケを今現場のシンたちに払わせる形になってしまっている。
 
 カガリが自分たちのせいでシンたちに大変な責任を負わせてしまった事に忸怩たる思いでいると、アスランがやや投げやり気味に現状のままで良いのではと言い出した。

「いっそ、このままシンにやらせたらどうだ。あいつも独り立ちして良い時期だろ」
「下がルナマリアとヒルダしかいないんだが」

 たった3人でどうしろと言うのだろうか。だがコンパスの性格上普通の人材では意味がないのだ。少数で多数を圧倒できるようなパイロットをそれなりの数配属していないと目的を果たせない。
 どうしたもんかと頭を悩ませていると、扉がノックされた。カガリが入室を許可すると秘書官が入ってきてカガリにミレニアムから報告が来ているという。それを受けてカガリは秘書官を下がらせると、改めてアスランを見た。

「まあコンパスに所属しろとは言わないけど、陣容が整うまで手を貸してやってくれないか。アスランの名前も今は必要だろうからな」
「俺が居るとシンがさぼると思うんだがな」

 気が進まない様子で答えると、アスランも執務室から出て行った。それを見送ったカガリは端末を操作して送られてきた報告書に目を通して、眉を顰めた。

「キラたちと戦っていた機体から脱出ポッドが地上に降りたのが確認されただと、アコードに生き残りがいるのか?」

 引き続き捜索が行われているそうだが、未だ発見はされていないらしい。森の中に隠れているのかもしれないが、そうなると今のコンパスでは発見は困難だろう。幾つか走行中の車両も発見されたようだが現地民の物と判断されている。
 その送られてきた偵察機が撮影したらしい写真に目を通していたカガリは、一枚の写真に目を止めた。暫く見ていて違和感を拭えなかったカガリは画像を拡大してじっとそれ確かめる。
 その写真には顔はよく見えないが赤い髪の女性と金色の髪の女性らしき人物が窓から見える。助手席の人物も良く分からなかったが運転席の人物はかろうじて確認できた。とはいえ画像解析をかけてやっと確認出来るという程度の曖昧な画像であったが。
 どこかで見た事があるような気がしてカガリは過去の記憶を振り返り、ようやくその人物に思い当って、ありえないと頭をぶんぶんと振ってもう一度それを見詰めた。そこに映っているのは自分の記憶より大きくなって精悍さを増していたが、そこに映っていた男には確かに会った事があった。

「……トール?」

 4年前の戦争で亡くなったはずのトール・ケーニッヒの面影をカガリはその写人の男に見てしまった。そんなに長い事一緒だった訳ではないから絶対とは言えないが、この男はトールだと思ってしまったのだ。
 死んだ人間が生きている筈はないと思うのだが、そのあり得ない筈の確信に突き動かされたカガリは内線を押して秘書室を呼び出した。

「私だ、サイ・アーガイルを呼んでくれるか」


 


 地下格納庫で5日ほど過ごしたのち、5人はここで車両を乗り換えて村落を探すために移動を開始した。アスランの読み通り探し回っていた連中はこの辺りから去っていったようだ。

「どうやら捜索範囲を広げたようだな、俺たちをただの地元民だと勘違いしてくれたか」
「なら、さっさと移動するぞ。また見つかりたく無いからな」

 高い所から周囲を見回すアスランンにカガリが声をかける。新しい車にはすでにトールとフレイとイングリッドが荷物を運びこんでいる。アスランが持ってきた装備に当面の食料、着替えなどだ。ここで服も着替えていくのだ。

「でも近くの村かあ、買い物とか出来るかなあ。化粧水とか欲しいんだけど」
「この状況でその発想が出てくるのが凄いというか何というか」

 フレイの呟きにトールが呆れた声をかけるが、そんな事はフレイは聞いていなかった。そうだとばかりにイングリッドに弾んだ声をかける。

「そうだ、イングリッドさんも一緒にどこかに行きましょう。カガリも一緒に3人でさ」
「私が……一緒にですか?」
「うん、女には気晴らしが必要なのよ。イングリッドさんは何か好きな食べ物とかある?」
「いえ、その好きな食べ物とかそういうのは特に……」

 急に積極的にあれこれ聞いてくるフレイにイングリッドがどうしたら良いのか分からないという顔で目を白黒させている。それを見たトールは大人しいイングリッドがフレイのテンションに付いていけないのだと思っていたが、実はそういう事を考えたことが無くて答えを持っていないだけだ。これまでの彼女の人生には一切必要の無いものだったのだから。
 最初はノリノリで誘っていたフレイも、イングリッドの様子がおかしいのに気づいて首を傾げた。

「あれ、どうしたの。何か好物くらいあるでしょ?」
「いえ、食事を楽しいと思ったことはありません」
「そ、そうなの。じゃあ服を見に行くとかはどう」
「いえ、服にも特にそういう好みはありません。何時も制服でしたし」
「え、あ、そうなんだ、あははは……」

 まさかそこまでとは思わなくてフレイも返しに困って誤魔化し笑いをしている。そんなフレイを見てまたイングリッドが落ちこんでしまい、フレイが慌ててしまった。
 落ち込むイングリッドと慌てているフレイの様子を見ながらトールは変な違和感を感じていた。幾ら何でも好きな食べ物もお気に入りの服も無いような人間が居るのだろうか、どんな人間でも何かしらの好みや趣味があると思うのだが。
 コーディネイターの更なる上位種とか言っていたが、彼女はこれまで一体どういう人生を送ってきたのだろうとトールは不思議に思ってしまった。

 そんな事を話していると、入口の方からカガリの怒ったような声が飛び込んできた。

「お前ら何遊んでんだ、早く荷物を車に乗せろよ!」
「ああ、悪い。すぐ終わらせるよ!」

 カガリの怒鳴り声に返してトールが荷物を荷台へと乗せる。それを見たフレイとイングリッドも自分の荷物を荷台へと乗せて次の荷物を取りに行く。何度かそれを繰り返して3人は予定した荷物を全て車に積み込み、アスランとカガリが周囲を警戒しに入り口へと先に行って、トールの運転で入口の近くへと車を移動させる。

「どうだ、何か見えるか?」
「いや、視界には何も居ない。フレイ、お前は何か感じるか?」
「う~ん、特にそういうのは無いけど」
「なら周辺に敵は居ない、と思って動くしかないかな」

 フレイに妙な質問をするカガリ、それを聞いたアスランは不審げな顔をしていた。

「フレイの悪い予感は当たると言っていたが、本当にアテにして良いのか」
「おお、信じて良いぞ。こいつはミラージュコロイドで隠れてる奴にも気付くからな」
「反則だろうそれは……」

 そんな能力を持たれてはどうやって対抗すればいいのだ。そこまで考えてアスランはそういえば昔にフレイが使ってたらしいデュエルが奇襲を狙って樹木等で隠蔽を取っていたのにまるで見えてるかのように撃ち込んでくるって報告が何度も上がってたなあ、と昔の事を思い出してしまった。運が悪かったのだろうと思っていたがまさかこの能力でその辺に何かいると見破っていたのだろうか。
 そういえば自分が交戦している時もフレイに対して不意打ちなどが成功した試しは無かった事を思い出し、アスランは憮然とした顔になってしまっていた。

「それは流石に卑怯すぎるだろう」
「ん、何がだアスラン?」
「いや、昔に足付きと戦っていた頃にこっちが不意打ち奇襲を狙ってたのに何故か見破ってくるデュエルが居たんだが、まさかフレイの勘の良さで見破られていたなんて、と思ってな」
「ははははは、そりゃ理不尽に感じるよな」

 助手席に座るアスランの愚痴にトールが笑い出した。フレイに限らず空間認識能力者は総じて勘が良く、見えない何かに良く気付く。フラガやアルフレットもそんな能力があったが、こと勘の良さではフレイがずば抜けていたように思う。そのヤバさから何かを受信しているなどと揶揄されたものだ。そのくせ余りにホラー系を嫌うから心霊現象が見えてたりするんじゃなどという噂まであった。
 フレイが基本ビビりなのはトールたちには常識だったのでホラー系に怯えるフレイの姿は笑い話の種でしかなかったが。

 とはいえ味方なら頼もしい能力だが、敵から見れば厄介どころではない能力だ。相手をさせられたアスランが愚痴を言うのも無理はないだろう。




 ミレニアムに帰還したヒルダとルナマリアは憔悴し切っていた。ファウンデーション事件後に頻発するようになった小規模な紛争への介入で数日おきに出撃して地球に降下して戦闘をして引き上げるということを繰り返していて機体共々消耗しきってしまったのだ。
 ルナとヒルダを使い潰しそうになっている事にシンも心を痛めていたが、ファウンデーション紛争後の大混乱で各地で衝突が頻発していて、介入しない訳にはいかなかった。せめて各地の軍が敵を鎮圧してくれれば良いのだが、何処の国も面倒事はコンパスに投げれば良いとばかりに積極的な対応を見せようとしていない。各国から見ればコンパスは金で雇った厄介事請負人でしかないのだろう。
 幸いオーブからは支援が送られてくる事が決まったので一息付けそうなのだが、増援として送られてくるのはオーブ正規軍のM1が4機だという。加えて地上部隊の再建として地上のコンパス基地にムラサメが送られることになり、移動拠点としてのアークエンジェルは失われたが当面は各地の基地からの支援を受けられる事になる。
 ただ、無いより余程マシだが実際に戦力になるかは微妙なところだろう。

「ルナとヒルダさんに2機ずつ付けて2個小隊になれば片方は休ませられるかなあ。でもうちの仕事だと下手すりゃ初戦で全滅とかなりかねないし」

 一流のパイロットを集めて最新鋭機で武装させているから成り立つのがコンパスだ。ムラサメは悪い機体ではないがコンパスで使うには性能的には不足している。ゲルググかギャンを何機か回してもらえればまだやりようもあるのだが。
 最初は自分は出撃禁止と決めていたがこうなったら自分も出た方が良いかもしれないとシンが考えていると、オーブから通信が入ってきた。それを受けるとモニターにアスランが出てきてシンは嫌そうな顔をする。

「アスランか、何の用だよ今忙しいんだけど。あと暫く姿消すって言ってなかったか?」
「その予定だったが、カガリからお前らを手伝えと言われてな。暫くそちらに居候させてもらうことになった」
「こっちに来るって言っても、うちにはMSは1機も残ってないんだ。アスランのジャスティスも再利用出来る状態じゃないんだろ」
「ああ、だからジャスティスは使わない。オーブからM1を持っていくことにする」
「……何時来れる、いや今すぐ来てくれ。今日中に来てくれると凄く助かる!」

 それまで嫌そうだったシンが急に表情を輝かせてモニターに掴みかかってアスランに来て欲しいと言っている。シンに来て欲しいと言われたアスランは居心地が悪そうに身動ぎした。

「どうしたんだお前、そんなに必死になって?」
「人手が足り無さ過ぎるんだ、俺はアコード対策で待機してないといけないから現場に出れるのがヒルダさんとルナだけで、2人とももう潰れそうなんだ!」
「……そこまで状況が悪いのか」

 悪いだろうとは思っていたが、そこまでだったとは。行ったら自分も使い潰されるんじゃないかと思い、シンの必死の勧誘の声を聞き流してアスランは行くのを止めようかと真剣に考えていた。


ジム改 カガリに気付かれました。
カガリ 原作的には一応私にとっては昔の知り合いか。
ジム改 ほんの数か月の関係だけどな。
カガリ でも死んだはずの奴が見つかるなんてどうすりゃ良いんだ。
ジム改 普通は他人の空似と思うな。まあやろうと思えばクローンを急成長させたりカーボンコピーで同じ人間を用意するのは可能なんだけど。その気になればキラのコピーだって出せるぞ。
カガリ 嫌な話だなあ。
ジム改 昔にはストライク撃墜時にオリジナルのキラは行方不明になってプラントにはカーボンコピーが居て、戦後に目を覚ましたオリジナルが自分がもう1人居るのを知って居場所を無くす話を考えたこともある。
カガリ 悲惨レベルが原作キラを超えてるじゃねえか!
ジム改 でもコピーが世界の為に戦ってくれるから自分は戦争から離れられて、ある意味本人の希望が叶ってないか。フレイの死もニュース的な感じで知るだろうから酷く落ち込んでもPTSDは原作ほど酷くないだろう。
カガリ ……いやでもそれは。
ジム改 最初は1人でユーラシアの何処かでアパートでも借りて暮らすキラの物語だった。
カガリ やっぱ悲惨過ぎるから止めような。
ジム改 ディスティニー視聴後にブルコスに広告塔として再利用されてるフレイのクローン助けたりベルリン戦に巻き込まれて遂に怒って乗り手が居ないMS乗ってデストロイ迎撃する展開だった。
カガリ いや、フリーダム無しでデストロイ挑むのかよ。
ジム改 頑張れ主人公だな。


 


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