第5章 逃亡者

 脱出ポッドが見つかったという知らせにシンはシートから体を起こして地上との通信を繋いでいるサブパネルへと駆け寄った。自室で休めばいいのだが仕事が多くて艦橋の開いた椅子に腰かけてそのまま眠ってしまっていたのだ。

「見つかったって本当か!?」
「はい、湖の湖畔に確認出来ました。中に乗っていたアコードは既に移動したようで、中はもぬけの殻でした」
「あれで怪我もしてないのかよ……」

 アコードの頑丈さに呆れた声を漏らすシン、だが仮に逃げたとしてもそれほど遠くには行けないはずだ。シンは周辺の捜索を始めるように命じた。

「応援は出すから、すぐに周辺の捜索を始めてくれないか」
「了解しました」

 偵察隊の指揮官はそういって敬礼を残して通信を切った。通信の切れたモニターを見てシンは疲れた息を吐いてまた椅子に腰かけシートに背中を預ける。

「逃げられたら不味いなあ」

 多分自分たちがファウンデーションを訪れたときに顔を合わせた奴らの誰かなのだろうが、誰でも厄介な事に変わりはない。キラが姿を消した以上あれに対抗出来るのは自分だけだから、他で何か起きても余程の事態でない限り自分が出撃する訳にはいかない。
 何か起きたらルナとヒルダに出てもらうしかない。もう他にパイロットも残ってないので他に出せる人員もいない。余りにも無いない尽くしの状況にシンは姿を消したキラと早々に何処かに行ってしまったアスランに恨み言を呟いていた。



 シンが恨み言を呟いていたころ、シンに捜索を命じられた指揮官も同じような事を呟いていた。

「探せって言ったって、この辺りを調べるのにどれだけの人では必要だって思ってるんだ。核爆発の影響でまだ電波状態も悪いってのに」
「文句言ってても始まらんでしょ。とにかく周辺を探すとしましょう」

 上司の文句を部下が宥めて索敵機へと戻っていく。それを受けて指揮官もやれやれと肩を竦めて部下の後を追うことにした。命令を受けたのだからやるしかない。
 やがて応援と思われる偵察機や地上部隊が集まってきて、それなりの数であこの辺りを探し回ることが出来るようになった。彼らは夜を通して空を飛び回り、周囲の森の中へと分け入って捜索補範囲を広げていく。その手はゆっくりと隠れているカガリたちの元へと迫ろうとしていた。




 翌朝まで隠れていたカガリたちは、周囲に偵察機が居ないのを確かめて再び車での移動を再開することにした。あそこに何時までも隠れている訳にはいかないので仕方がないのだが、警戒は昨日より大分強めていた。運転をしているトールを除く4人は周囲を監視していて、何か見つかればすぐにまた隠れるようにしている。
 この状況で不安を紛らわせるようにトールは後席のイングリッドに問いかけた。

「そういえば、イングリッドさんは傷の具合は良いのか。結構酷い怪我してたみたいだけど」
「はい、大丈夫です。頭の流血も止まりましたし、体の方はパイロットスーツが守ってくれたようです」
「なら良いんだけどさ、病院で一度見てもらった方が良くないか?」
「いえ、病院は……」

 病院に行った方がと言われたイングリッドは言い辛そうに返答に屈した。表情を曇らせて下を向いてしまう。それを見てカガリが問いかける。

「前に言ってたアコードとかいうのが関わってるのか?」
「…………」
「ああ、言えないなら答えなくていいぞ」

 世の中口に出来ないこともあるということを知っているカガリは無理に聞き出そうとはしなかったが、イングリッドは俯いたまま答えてくれた。

「私たちアコードはコーディネイターの更なる改良種です。下手に病院で検査を受ければ面倒な事になりかねません。まあ余程しっかりとした検査をしなければ大丈夫だとは思うのですが」
「そういう事か、キラでもそこまでじゃなかったんだがな」
「キラとは、まさかキラ・ヤマトの事ですか。あなた方は彼の素性をご存じなのですか?」
「ああ、スーパーコーディネイターとかいうジョージ・グレンの再現体なのは皆知ってるよ」

 カガリの答えにイングリッドは目を丸くした。ラクス・クラインはともかく周囲の者までその辺の事情を知っているとは思っていなかった。

「カガリ代表、貴女はキラ・ヤマトの妹でしたね」
「いや、私は姉だぞ。個人登録データにもそう書いてあるからな」
「え、いやでも……」
「姉だぞ」

 戸惑うイングリッドに押し被せるようにカガリは言い切った。実際にどうなのかは良く分かっていなかったがカガリたちの世界では全ての記録がカガリが姉と記されている。代表権限をそんな事に使ったカガリにユウナは呆れたものだ。
 イングリッドの戸惑いを横目で見たフレイはこっちではカガリは妹になってるようだと察した。本当に色々なところで違いがある世界だ。これだと生き残っている人間も違うのかもしれない。

「昔のキラじゃないけど、自分の死亡を聞かされるのは嫌だよね」

 自分も死んでいるのかもしれないと思ったフレイはまたイングリッドをちらりと見たが、何故か彼女はこちらを見て表情を引き攣らせて凍り付いたように固まってしまっている。彼女の様子のおかしさにフレイは小首を傾げてどうしたのかと問いかけたが、イングリッドは何でもありませんと答えてまた暗い顔で俯いてしまった。
 フレイの思考を読んでしまったイングリッドはフレイの疑問に答えることは出来るが決して言えないと思っていた。彼女はこの世界では確かに死んでいるのだから。そしてイングリッドはこれまでの4人との付き合いから彼らが本当に平行世界から来たのかもしれないと思い始めている。彼らの思考には明らかにこの世界とは異なる内容が余りにも多すぎる。それにギルバート・デュランダルが現在もプラントの議長でディスティニープランと進めていると言っていた。彼は1年前にラクス・クラインたちに殺害されている筈なのにだ。
 そして彼らの話を総合すると、デュランダルはこの世界よりもずっと慎重に計画を進めているらしい。もしかしたら自分たちの知っているデュランダルとは考え方が違っているのかもしれない。ディスティニープランを進めているのなら自分たちに関わっているのは間違いないのだろうが。
 これを口に出すわけにはいかない。余計な情報を与えては自分が不味いことになりかねない。だがそんな警戒と反するような感情も彼女の中に芽生えかけていた。ここに居る4人はこれまでイングリッドが出会ってきた人々に比べると、考えている事が穏健というか優しいものが多い。あのラクス・クラインでもここまでお人好しでは無かったように思う。彼らの世界がどういう物かは分からないが、こんな性格で生きていけるような余裕のある社会なのだろうか。
 もしかしたら、そんな世界だったら自分たちの役割も違ったものになっているのかもしれない。ディスティニープランもこちらとは違う内容なのかもしれない。それならあの徹底した管理社会の中で不要な者を切り捨て続けたような苦しさも無いのだろうか。

「羨ましい……」
「え、何が?」

 イングリッドの呟きを聞いたフレイが聞き返すが、イングリッドはそれには答えずにまた黙り込んでしまった。イングリッドの様子が先ほどまでの辛さだけではなく悲しさまでを見せていることに気付いたフレイは彼女の様子を心配していたが、フレイが心配すればするほどイングリッドは苦しんでいるように見える。
 一体どうしたのかとフレイがオロオロしていたが、その時全員の注意を引くようにアスランが鋭い声を発した。

「左後方に機影、多分偵察機だ!」
「またかよ、どこか隠れる場所は……」
「いや、多分もう見つかってる。まっ直ぐこちらに来てるぞ」

 不味い事になったというようにアスランが背後を振り返る。それを聞いて後席に居るカガリとフレイも窓から顔を出して後ろを振り返り、近づいてくる偵察機を見上げた。
 その偵察機は一度上空を通過し、前方で旋回して戻ってきてまた上空を通過した。その動きを見たアスランが舌打ちする。

「こっちを確認したな、乗っている人間を見られたぞ!」
「誰が見られたと思う?」
「運転してるトールと横の俺は確実だな、顔を出したアスハ代表とフレイも見られたかもしれない」

 トールの問いにアスランが苦々しく答える。偵察機はそのまま飛び去って行ったが、あれがこちらを目標では無いと判断したのか付近の味方を呼び出したのかが分からない。前者ならイングリッドを見られなかったからただの難民と思われたのかもしれないが、後者なら次は地上から追手が来るはずだ。捕まって臨検されればイングリッドの事を誤魔化す事は不可能になる。
 アスランは後席を振り返ると直ぐにここから離れて身を隠さないといけないと告げた。

「確認の為に地上部隊が出てくる危険が大きい、どこかに身を隠してやり過ごしましょう」
「来ると思うか?」
「イングリッドさんの自分を探しているという話が本当ならば。それに、多分私やアスハ代表も見つかれば面倒な事になるかと」

 イングリッドは自分とカガリを知っていた。つまりこの世界には自分たちが居て顔が知られているという事だ。そんな人間がこんな所に固まって動いていたら方々を巻き込んで収拾が付かなくなるに違いない。
 アスランの言葉に頷いてカガリはトールに何処かに車を隠せと指示し、自分も周囲の捜索を始める。
 その時、イングリッドがトールに声をかけた。

「もう少し先に進んだ所に小さな丘があります。そこに小さな入り口がありますから、そこから中に入ってください」
「丘に入り口って、何それ?」
「ファウンデーション軍の地下隠蔽施設です。そこに入れば身を隠せるかと」
「なるほど、そいつは丁度良いや」

 頷いてトールはアクセルを踏み込んだ。とにかく急いでそこに逃げ込まなくてはいけない。イングリッドの案内で車を走らせていると1つの丘へと案内され、隠されたシャッターを見つけることが出来た。イングリッドが外に出て何かを操作するとシャッターが動作して中に入れるようになり、トールは車を中へと乗り入れる。通路はすぐにスロープのようになって下へと降りるようになっていて、本当に地下施設となっていることを伺わせている。
 格納庫の中は意外に広く、天井も高い。軍用というだけあってMSの姿もある。ファウンデーション軍の予備機なのだろうか。フレイはそれを見上げてその奇妙さに少し驚いた。

「これはゲイツR。ジンもある。ザフトの機体が多いみたいだけど、なんだか纏まりがないわね」
「ああ、装備が統一されてないな。不要な機材を収納してるだけの倉庫なのか?」

 トールもなんだこれと疑問を口にする。何機かのジンには見慣れない追加装備が付いているがこの世界なりの近代化改修なのだろうか。奥には見た事もない黒いMSも固定されているが、この世界独自の機体だろうか。
 アスランもザフトの余剰装備を放出した感じだなと言い、興味深そうに施設内を見回している。カガリはMSよりも車両の方を見ていた。
 そして暫く中を見ていた4人を何時の間にか奥に行っていたイングリッドが呼んだ。

「皆さん、こちらへどうぞ。簡易ですがこちらに居住区画があります。ベッドもありますよ」
「そいつは助かる、何日も雑魚寝だったから節々が痛くなっててな」
「同感、私も現役を退いてから体が鈍ってるみたい。肩が痛くて痛くて」

 カガリが大きく背を伸ばしフレイも右手を左肩に当てて肩を回している。それを見たトールはアスランに小声で語りかけた。

「いや、フレイの肩こりは胸に付いてるのが重いだけだろ」
「言いたい事は分かるが口に出すな、聞かれたら不味いぞ」

 セクハラで制裁されたくないアスランはトールを窘めたが、何故か2人に怒りを見せたのはフレイではなくカガリであった。

「ああ、誰が肩凝りしないって?」
「え、あ、いやそれは……」
「待ってくれ、俺は止めたんだ」

 昔からフレイより小さいのがコンプレックスになっているカガリは涙目で怒りを露にしていたが、飛び掛かる前にフレイに捕まってギャアギャアと喚くだけで済んでいた。あとイングリッドは何故か顔を赤くして身悶えていたが、それに気づける余裕のある者はいなかった。なおカガリの名誉の為に言っておくと、彼女の胸は年相応に成長していて昔に比べればむしろフレイとの差は縮まっている。
 施設内でシャワーを浴びる事も出来て生き返った気持ちになった5人は改めてテーブルを囲んで今後の事を話し合うことにした。アスランが地図を見ながらこの場所と思われる丘を中心にして指で円を描いた。

「追手が居るという前提でだが、何時までもここに隠れてるってわけにもいかないな。こうなったら街でなくても良い、村落の規模で良いから何処かに身を隠せそうな処は無いかな?」
「村落ですか、その規模でしたらあるかもしれませんが、ただの流れ者が集まっただけの集落が大半だと思います」

 そんな所で大丈夫ですかというイングリッドに、アスランは大きく頷いた。

「むしろそういう所の方が良い。流れ者ばかりなら俺たちが入り込んでも目立たないからな」
「捜索隊が来るかもしれないしね」

 フレイが憂鬱そうに言う。なんだか犯罪者になった気分だ。

「数日ここに潜伏して追手をやり過ごしたら、村を探すために移動しよう。そこで拠点として使える家を手に入れて暫く暮らさないとな」
「でもアスラン、それだったら最初言っていた通りスカンジナビアを目指す方が良くないか?」

 トールが遠くに行った方が良いんじゃないかと言うが、アスランは頭を横に振った。

「いや、俺たちが近場で見つからなければ離れた所に走査線が張られるはずだ。国境を超えるのは危険が大き過ぎるだろう」
「ああ、これが逃亡生活ってやつか……」
「うう、巻き込んだカガリのせいだからね……」

 カガリが机に突っ伏して呻き声を上げ、フレイが恨めしげにカガリを見る。自分とトールは仕事帰りに宇宙港に居ただけなのに通りがかったカガリに拉致されてこんな目に遭っているのだ。
 フレイに文句を言われたカガリは突っ伏したまま顔だけ横を向けてすっとぼけだした。それを見て遂に切れたフレイがカガリのこめかみを締め上げ、カガリの悲鳴が室内に響き渡った。



 その日の夜、イングリッドは格納庫でアスランたちが見かけていた黒いMSの下に立って機体をじっと見上げていた。かつてファウンデーション軍が運用しコンパスに甚大な被害をもたらしたブラックナイトスコード専用機ルドラ、その1機がこんな辺鄙な場所の、放棄されたような地下格納庫に放置されているなどとは誰も思わないだろう。
 同胞の全てを失ったイングリッドにとっては、この機体は彼らとの繋がりを示す最後の遺産だ。自分もこれに乗って仲間の後を追うべきだろうか、そんな事を考えていると、背後から声をかけられた。

「眠れないのか、イングリッドさん?」
「……アスランさんですか?」

 振り返った先にはどうしたんだと言いたそうな顔でアスランが立っていた。彼に初対面の時のトラブルもあってまだ苦手意識があるイングリッドだったが、彼が悪い人では無いとはもう分かっていたので前と違って避けるような素振りは見せなかった。
 ただ、それでも彼に対してイングリッドは忸怩たる思いを抱えている。他の3人とは異なり、彼だけは自分と直接戦った相手だからだ。例えそれが目の前の彼とは別人だと言われても、同一視してしまうのは避けられなかった。
 アスランはイングリッドの傍まで来ると、彼女が見上げていた黒いMSを見上げる。

「このMSは、ファウンデーションで作られたMSなのか?」
「ええ、そうです。ルドラと言いまして、私たちアコード専用として開発されました」
「アコード専用機か、特定の人物専用でMSを作るってのは俄に信じ難いんだが、ファウンデーションではそこまで防衛をアコードに依存していたのか?」
「防衛だけではありません、社会システムの運営全てをアコードが担っていました。MSで戦うのはあくまでも役割の1つです」

 ディスティニープランに基づいて理想の社会を作るために生み出されたのがアコードだ。少なくともアウラの指導の下で作られたファウンデーション王国ではその為の運営、選定装置として機能し、ラクスたちも驚くような短期間で国内を復興するという驚異的な成果を残している。その過程で多くの犠牲を生み出してはいたが、世界を復興して建て直すという目的に対しては確かな実績を上げていたと言える。
 ただ、私たちは急ぎ過ぎたのだと思う。母上とオルフェの計画の元に折角築き上げた国土を焼き払う事さえ計画に入れての早急な世界支配体制の確立を目指すのは、幾ら何でもやり過ぎだったのだ。オルフェと母上の計画だったから従っていたが、もっと時間をかけてファウンデーションの実績を基に他国に有効性を示して受け入れ国を増やすようなやり方でも良かったと思う。それならばラクスやコンパスと争う事も無く、仮に彼らが不満を抱いても正義を掲げる彼らには何も手は出せなかっただろうに。

 そんな事情など知らぬアスランは物珍しそうな顔でルドラを見ていて、機体を見ながら装甲やコンセプトなどに興味を示すような事を呟いていて、パイロットというよりも技術者のような視点でルドラを見ているようだった。
 自分の知るアスランとは違う、年相応の若者のようなアスランの様子にイングリッドは戸惑いを見せ、そして苦笑すると彼に乗ってみるかと聞いた。

「乗ってみますか?」
「それは興味はあるんだが、アコード専用なんだろう。俺に動かせるのか?」
「実機を動かすのではなくてシミュレーターを使うくらいなら大丈夫ですよ。アコード専用と言っても別にアコード用のプロテクトがある訳ではありません、ただアコードで無いととても使いこなせないというだけです」
「なるほど、ナチュラルがコーディネイター用のMSを使おうとするようなものか」

 まあ、世の中にはコーディネイター用のMSを動かせてしまうナチュラルは実際に居るので、アコード用のMSを使えるコーディネイターが居ても不思議ではない。それに先の戦いで旧型のインフィニットジャスティスでシヴァと渡り合えたアスランならば対応出来るだけの能力があるのではとも思う。

 イングリッドに言われてアスランは興味を持ってルドラへと乗り込み、イングリッドはコクピットを操作してシミュレーターモードを立ち上げて彼に操作を委ねたのだが、結果的にはアスランはルドラを扱い切れなかった。イングリッドにも予想外であったが、ルドラの余りも機敏過ぎる応答速度にアスランの方が付いていけず、新兵の操縦のように転倒を繰り返したりおかしな動作を繰り返すという醜態を晒すことになった。
 操作を諦めたアスランがコクピットから出てきて地上に降りると、これは扱い切れないなとイングリッドに呆れた顔で言った。

「参ったな、流石にここまで過剰反応されると付いていけないみたいだ」
「貴方でも難しいですか?」
「難しいな。動かすだけなら慣れれば何とかなると思うんだが、戦うとなるとな。これなら普通に他のMSを使った方が実力を発揮出来る」

 ここまで扱い辛い機体は初めてだというアスランに、イングリッドはどうやら異世界といえどもコーディネイターの限界は越えられないらしいと分かり、少し安堵してしまっていた。もしかして向こうの世界のコーディネイターは自分たちに届いているのではないか、という不安が少しだけあったので、流石にそれは無かったと知って安心していたのだ。
 イングリッドがちょっと嬉しそうな笑みを浮かべているのを見てアスランは少し驚いた。彼女が笑っているのを見たのは初めてだったからだ。そしてそれが自分が操縦出来なかった事への笑いだと気付いて悔しくなって、同時に悪戯心が湧いてくるのを感じていた。。

「意外に君は意地悪だったんだな、俺が乗れなかったのを見て笑ってるとは」
「あ、そんなつもりは無かったんですけど」
「つまり素の態度が顔に出てたと?」

 アスランの追撃にイングリッドが取り乱した様子でどう言い訳しようかとあれこれ考えて少し呟いては自分で却下することを繰り返しだして、それを見たアスランは小さな声で笑いだした。笑い出したアスランを見て自分が揶揄われていたと理解したイングリッドが怒った顔になる。

「ア、 アスランさん!」
「くくくくく、いやすまん、君が珍しくちょっと嬉しそうな顔をしていたからつい、な」
「せっかくルドラに乗せてあげたのに、なんて仕打ちですか」
「だから悪かったって。しかし本当に驚かされたな、こんな無茶苦茶な機体を君たちは扱えるのか?」
「はい。実際には反応速度以外に多少の空間認識能力も求められますが」
「空間認識能力か、そっち方面は俺たちよりもナチュラルの得意分野だな。フレイなんかはその分野ではトップレベルに居たらしいが」

 昔のフレイとの戦いを思い出してアスランがちょっと表情を引き攣らせている。NJの影響下でも平然と正確無比な誘導弾を飛ばしてくるフレイは実に厄介な相手だった。その後のプラント本土戦では味方としてではあったが、彼女が強力な核動力機を相手にフライヤーという小型MAを脳波で操って爆発物を満載した大質量ミサイル代わりに使う戦術を用いて大きな戦果を上げるのを見て、自分が食らう側でなくて良かったと心底安堵したものだ。
 なおそれを見た装備提供側のムルタ・アズラエル氏は想像もしなかった使い方をされて頭を抱えて悲鳴を上げていたという。

 アスランの体験など知らぬイングリッドはフレイさんが呟いている。彼女としては自分の知識にあるフレイ・アルスターと違って今居る彼女はパイロットをやっていたのかという程度の驚きであった。まさかあの赤毛の女性が目の前に居る世界有数のパイロットを相手に出来るような化け物だなどと、想像出来る筈が無かった。




 軌道上のミレニアムで待機しているシンは、続々と送られてくる報告にすっかり目を回していた。パイロットとしては優秀でも基本アホの子扱いをされているだけあって事務仕事に向いているわけではない。仕事が無ければ1人で読書をしているような物静かな一面もあるのだが、大抵は仲間とつるんで何かしていることが多い。1人で執務机に向かって黙々と書類仕事をしているのは性に合わないのだ。
 だがキラは姿を消し、アスランは早々に去ってしまって隊長代理にされてしまったのでシンは仕方なく嫌いな書類仕事に打ち込んでいた。ただ減るより増えるペースの方が早いのだが。

「もう嫌だ~、目が痛い、肩が痛い、指が痛い」
「ウダウダ言ってないで手を動かしなさいよ、今日こそちゃんと寝るんだからね」
「俺、最近仮眠しかしてないんだけど?」
「あら偶然、私もなのよ。なんでかしらね?」

 シンと向かい合うように執務机を並べて書類仕事をしていたルナマリアはにっこりと微笑む。その笑顔に震え上がってしまったシンは必死に形相で顔を書類に向けて作業を再開させた。
 仕事の遅いシンを手伝ってくれているルナマリアもまた睡眠時間を削っており、さらに地上で何かあれば出撃もしなくてはいけない。負担はシン以上の筈なのだがこうして手伝ってくれているのでシンとしては文句を言う事などとてもできなかった。言ったら本当に殺されかねない怒気をさっきから向けてきているのだから。
 とはいえ流石に限界を感じてきたので、ルナマリアは仕事を切り上げて自分の部屋へと戻っていった。それを見送ってシンも大きく背を伸ばし、一度気持ちを切り替えようかと思って席を立って飲み物を取りに部屋を出た。食堂まで行ってサーバーでコーヒーを選んで出てきたカップを受け取り、椅子に腰かけてストローから一口含んで苦いと顔を顰める。だがそのおかげで少し頭が覚醒し、口に合わないコーヒーをちびちびと飲み続ける。

「どう考えても人手不足が過ぎるよなあ。MSは何とかプラントからザク3機が送られてきたけど、パイロットの増員は無かったからなあ」

 プラントもクーデター軍が壊滅して人も装備も無くしているので、ザクを送ってくれただけでも感謝しないといけないのは分かっているのだが、何とか後3人くらい増員が欲しい。そうすれば2個小隊を編成出来てどちらかを休ませることが出来るのだ。
 無い無い尽くしだが仕事が減ることはないどころか、キラが居た頃よりも世界の混乱は悪化して出撃回数が増えている。おかげでヒルダとルナマリアは完全にオーバーワークで、何処かで休みを取らせないと本当に倒れかねない。
 分かってはいるのだが休ませてやることが出来ない。それが不甲斐なくてシンは肩を落としてしまった。事務仕事が苦手なのは分かっていたが、それがルナマリアに多大な負担をかけてしまっている。

「せめて事務要員の増員を申請してみるかなあ。パイロットじゃなければ送られてくるかもしれないし」

 せめて事務仕事だけでも他に肩代わりさせないとルナマリアが倒れてしまう。それだけは避けたかったシンだったが、その時無情にもエマージェンシーコールが鳴り響いた。

「出撃要請、出撃要請、パイロットは至急MSデッキへ集合せよ!」

 また何かが起きたらしい。シンは空になったカップを握り潰すと苛立ちを露にしてカップを投げ捨て、内線に駆け寄った。先ほど部屋に戻ったばかりのルナマリアに出撃を命じる為に。





ジム改 ようやくMSのある所に辿り着きました。
カガリ これ絶対戦闘発生するだろ。
ジム改 戦えるメンツは揃ってるから余程の相手でなければ安心だぞ。
カガリ でもこれ補給とか無いから余裕がゼロだよな。
ジム改 MS使えても使い捨てになるかな。流離う翼と違って軍の支援がある訳じゃないから修理も出来ないし。
カガリ 弾切れたら逃げるしかないからなあ。
ジム改 だから戦うより逃げるのが正解なんだよね。
カガリ でもシンが追ってるんだろ。
ジム改 1人だけだったら全員で袋叩きにすれば勝てるかも。なおルドラに乗ったイングリッドは必須。
カガリ サシでやると?
ジム改 ディスティニー持ってこられたらゲイツRじゃアスランでも無理だぞ。


 


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