第3章 異世界の迷い子

 軌道上に浮かぶコンパスの拠点、ミレニアムではシン・アスカが事実上壊滅した世界平和監視維持機構コンパスの残存戦力の再編成に四苦八苦していた。先の戦いで総帥のラクスと司令官のキラ、アスランがMIA扱いで姿を消してしまい、指揮系統を失ってしまったコンパスは事実上瓦解したと言えるが、シンは残った戦力を集結させてとにかく実働部隊を作り出そうとしていた。
 とはいえ彼がこの手の仕事が得意な訳はなく、苦手な仕事を彼なりに必死に頑張っているのだ。せめてマリューたちがいればよかったのだろうが、彼女たちもこの激戦で疲れ果てて動ける状態ではない。仮に動ける者もまともな状態ではなく、装備も消耗しきって使える機体が無い。ディスティニーもインパルスもゲルググメナースもギャンシュトロームも使えるようになるのにどれだけかかるか見当もつかない。
 加えて母艦のミレニアムも応急修理を施しただけで軌道上に置かれている。本当ならプラントの母港で修理を受けなくてはいけないのだが、プラントからは代艦を出せないと言われてドック入りを拒否され、工作艦による応急修理を受けただけで任務に復帰させられている。冷遇もここまで来るといっそ清々しいほどだ。

「とにかく、俺とルナとヒルダさんで暫く頑張るしかないな。問題はMSだけど……」

 シンはルナを見る。彼女は持っていたボードをそっと伸の前に突き出し、それに視線を走らせたシンは右手で顔を押さえて天井を仰ぎ見た。

「コンパス所属機は稼働機ゼロって……」
「残念だけど、動くゲルググもギャンも1機も無いわね。プラントにザクやグフで良いから送って欲しいとは伝えたけど」
「えっと、ディスティニーとルナのゲルググメナースは。確か大した傷は無かったよな?」
「どっちも損傷は少ないけど重整備しなきゃ使えない状態よ。今はディスティニーを最優先でやらせているけど、あんた無茶させすぎ」
「し、仕方ないだろ。あの時は手を抜ける余裕無かったんだから」
「だから文句は言ってないでしょ、でもどうするのこれから?」
「ラクス総裁が居ない今のコンパスにプラントがMSを回してくれるかどうかだね」

 ヒルダが悩ましげに言う。元々ラクスに協力していた組織や個人が集まって出来ていただけの組織だ、そこからラクスが抜けた以上存在意義は大きく損なわれている。オーブはまだしも協力関係にあったターミナルは多分手を引くだろうし、プラントや大西洋連邦もどう出るか分からない。仮にオーブ以外が手を引けばオーブ単独ではこの組織を維持するのは不可能だろう。
 個人の影響力に頼り切った組織の脆さと言ってしまえばそれまでだが、シンは本当にどうしたものかと頭を抱えたくなってしまった。

「とにかく、俺はオーブに支援を頼んでみるよ。この際M1でも良いから使える機体を送ってもらわないと」
「ムラサメを予備機として残しておけばよかったわね」

 今更言ってもしょうがないことであるが、昔使っていたMSをそのまま保持しておかば良かったとルナが言う。まさかこんな事になるとは誰も思わなかったのだから仕方のないことであるが、コンパスの脆さを改めて思い知らされた。

「ところで、例のフリーダムとの戦闘で地上に落ちた何かの捜索は出来そう?」
「そっちはそっちで地上部隊に動いてもらってるけど、まだ報告は上がってないわね。シンはあれが脱出ポッドだと思ってるの?」
「そうじゃなければそれでいいさ。でももしアコードが脱出してたら、大変な事になるだろ」

 アコードたちはあの傲慢さと経験の無さでどうにかできたが、あれがもし経験を積んだり挫折から立ち上がってきたりしたら手が付けられない。それを思い知らされているシンはアコードが残っているという可能性を潰したかったのだ。月軌道上で敵の2機を相手取ったキラとアスランも押されてていたというし、能力だけなら本当に誰も対抗できないのだから。
 シンはスクリーンに映っている欧州南部、ファウンデーション王国の近くの湖に落下したと思われる何かの予想地点を見つめた。予想が予想で終わって欲しいと思いながら、シンはモニターを見続けている。
 そんなシンに、ルナマリアは気になっていることを問いかけた。

「ところでシン、アグネスの事なんだけど」
「ああ、分かってるよ。俺も死なせたくなんてないし」

 反旗を翻したアグネスはルナマリアに撃墜された後、彼女に救出されて現在は自室に閉じ込められている。ルナマリアの手で救出されたことがよほどのショックだったのか現在は自室で大人しくしているようだ。
 反逆者ではあるのだが、もはや数少なくなった知人でありアカデミー同期の彼女を死なせたくないという思いは2人に共通しており、何とか罪を軽くできないかとあれこれ考えていたのだ。いざとなればターミナルに出向しているアスランに頼み込んでカガリ・ユラ・アスハに手を回してもらえないかとも考えている。お人好しが過ぎると言ってしまえばそうなのだが、これがシン・アスカという青年だった。




 湖で補給を済ませたカガリたちは、急いでこの場を離れることにした。何かの戦闘で出てきた脱出カプセルがある以上、どちらの勢力かは分からないが回収に来た連中に遭遇する危険がある。そいつらが話の分かる相手であればいいのだが、そんな幸運に期待できるほど4人は幸せな人生を歩んではいなかった。
 湖から距離を取った洞窟の中でトールとフレイが野営の準備を始める。軍事訓練のおかげで多少の知識はあったのだがまさか本当に役に立つ日が来るとは思っていなかったと笑い合う2人に、自分たちの道中の痕跡を消してきたアスランが戻ってきてきたのでフレイが声をかける。

「お帰りなさい」
「湖の方にはまだ誰も来ていないようだな。迎えが来るかと思っていたが、部隊が全滅でもしたのか?」
「あるいはMSとかじゃなくて、宇宙戦艦からの脱出ポッドだったのかもな。あのポッド結構焦げてたし」

 アスランの答えを聞いてトールが自分の考えを言う。宇宙で脱出したポッドが地球に落ちて生きていたのなら相当な幸運だが、そうなるとこの世界では地上だけでなく宇宙でも艦隊戦をやっているような状況だということになる。
 考えていたよりも遥かに大規模な戦争の真っ最中ではないのかと思ったアスランは頭を抱えたくなったが、その時急にこみあげてきた衝動に思いっきりくしゃみをして身を震わせた。

「いかん、流石に風邪をひきそうだ。服を乾かさないと」
「あんな事するからよ、いい加減反省してよね」
「故意にやったわけじゃないんだよ」

 フレイの不機嫌そうな返しにアスランはトホホ顔で肩を落としてしまい、同情したトールが肩をポンポンと叩いている。そんなことをやっていると洞窟の中からカガリの呼ぶ声が聞こえた。

「おい、火を起こしたぞ。洞窟に戻って来いよ」
「ああ、今行くよ。ほらフレイもアスランも喧嘩してないで行くよ」
「別に喧嘩なんてしてないわよ」
「俺はむしろ被害者だと言いたいんだがな」

 トールに促されたフレイはツンとした態度で返し、アスランは未だに肩を落としている。だがそこに険悪な感じはなく、ツンとしてはいるが怒っている訳でも無いフレイの様子にトールはアスランもフレイにとって大事な人物なのだと察することができた。昔に比べれば大分大人しくなったフレイであったが、感情的な変化は未だに分かり易いからだ。怒ってもなく嫌がっているのでもないのなら、本当にさっきのセクハラ行為が許せなかっただけなのだろう。

 洞窟の中で制服を乾かしながらアスランは下着姿で毛布を巻いて火に当たりながら暖を取り、他の3人が横にした女性を見ながらどうしたものかと話し合っていた。彼女はカガリとフレイの手でパイロットスーツを脱がされ、中のインナーだけの姿になって毛布に包まれて寝かされている。

「こいつ、本当にどうするか」
「折角助けたのに捨てていくわけにもいかないでしょ、私は嫌よそんなの」
「俺も反対だけど、まずは目を覚ましてもらわないとなあ。聞きたい事も沢山あるし」
「ああ、この世界で初めて会った人間だから。私たちの世界とどれだけ違うのか把握しとかないと」

 折角助けたのだからいずれどこかで開放するにしても、聞きたい事は全て聞いておきたい。特に戦火を避けられそうな地域とそこへの移動手段は絶対条件だ。自分たちは助けが来るまで何処かで大人しくしている必要があるのだから。

「何処かの平和な田舎町で暫くの間住む場所を確保しないとなあ」
「俺たちの格好でうろつくのも限界だしなあ。特にカガリとフレイはその靴じゃもう歩けないんじゃないか。ヒール折った方がいいんじゃないか?」
「正直辛いんだけど、ヒール折ったからって歩きやすいわけじゃないのよねえ」
「ああ、そういう靴じゃないからなあ」

 トールの提案にどうしたものかと悩んでしまう2人。登山用のブーツがあれば理想だがそんな物があるはずもなく、かといってヒールを捨てて素足で歩くわけにもいかない。そんなことをしたらすぐに足裏はズタズタになって歩けなくなってしまう。
 どうしたものかと悩んでいると、毛布に身を包んだアスランが一つ提案をしてきた。

「それなら、気分は良くないが1つ方法があるぞ」
「お、何か持ってきてるのか?」

 アスランの提案にカガリが興味深そうに食いついたが、その答えは彼女の想像を超えたものであった。

「あの戦闘跡になら戦死者が確実にいるから、その死体から衣服をはぎ取るって方法がある。サイズが合えばそれを履けば何とかなるぞ」
「死体漁りしろってのかよ!」

 とんでもない提案にカガリが激高しフレイも気乗りしない顔になる、トールも良い顔はしていない。だがアスランはいたって真面目な顔でそれが一番確実だと言った。

「他に靴の調達手段が無いからな。食い物は頑張れば山で集まるかもしれんが、衣類は無理だ。それに上手くすればまだ動く車とかが調達できるかもしれない」
「それは、確かにありがたいんだけど……」

 アスランの正しさは認めつつもカガリは気乗りがしなかった。死体漁りなどしたくはないし、死者を冒涜しているようでどうも気が進まない。だが他に方法も思いつかず、遂にトールが分かったと頷いた。

「しょうがない、明日はあっちに行くとするか」
「本当にやらなくちゃ駄目、トールゥ?」
「他に手がなさそうだからしょうがないだろ、あとその縋るような目は止めてくれ」

 どうしてもやりたくないフレイに上目遣いで見上げられたトールは顔を赤くして横を見る。それを見てカガリはこの無自覚誑しがと呟きアスランは俺も昔やられたなあと過去を思い返している。
 そんな馬鹿なことを言い合っていると、青髪の女性がようやく覚醒したのか少し身を動かしてゆっくりと目を開いた。

「……う……ここは、私はどうして」
「あ、気が付いたか」

 目を開けた女性にカガリが声をかける。それを聞いた女性がカガリを見て、しばし考え込むような表情になった。どうにも考えが纏まらないような、居るはずが無い人物が目の前に居るというか、そんな顔をしている。

「カガリ・ユラ・アスハ?」
「ああ、そうだぞ。私の事を知ってるのか?」

 元の世界でなら先の大戦で活躍したことで軍関係者や政治関係者には知られているが、世界的にはそこまで有名でもないはずだ。その自分を知っているという事はこちらでは自分は有名人なのかとカガリは驚いたが、向こうはそれどころではなかった。慌ててその場で飛び起きて腰に手をやるが何もないのに気づき、悔しそうな顔をする。

「どうしてオーブの代表が私を、私は捕虜になったということですか?」
「いや、捕虜って……」
「尋問などされても私は何も答えませんよ、さっさと殺しなさい!」

 困惑するカガリに女性はただ黙って殺されるものかとばかりにカガリに飛び掛かろうとしたが、それは背後に回り込んだアスランに食い止められた。背後から襲われて腕の関節を決め、その場に押し倒してしまう。

「そこまでだ、これ以上暴れるならこちらもそれなりの対応をするぞ」
「ぐ、あなたはアスラン・ザラ。そういう事か、あなたがアスハの護衛として……」

 アスランに押し倒された女性は苦しさと屈辱に顔を歪めてアスランを振り返って怒鳴りつけようとしたが、その声は急に小さくなりその表情が赤くなっていった。急に抵抗が弱まったことをどうしたのかと訝しんだアスランだったが、いきなり組み敷いた女性が泣き声で助けを懇願してきた。

「や、止めて、お願いそれだけは。そんなことされるくらいなら一思いに殺して!」
「待て、急になんだ、何を言ってる?」
「私は、私はオルフェ以外には……」
「だから本当に待ってくれ、何を言ってるんだ君は!?」

 逃げるための方便でもなさそうな、本気の懇願を受けてアスランは物凄い罪悪感を感じていた。自分がとんでもない悪者になった気がしたのだ。そしてどうしたものかとカガリを見ると、何故かカガリは右手で顔を押さえて深い溜息をついている。

「ああ、落ち着けフレイ、これはセクハラでも痴漢行為でも無いからな」
「分かってるわよカガリ、だから何も言ってないじゃない」

 カガリにやんわりと止められたフレイだったが、引き攣った表情は何かを堪えるように今もピクピと痙攣している。本当にどうしたのかと困惑しているアスランに、トールがそっと近づいた。

「アスラン、お前自分の格好忘れてるだろ?」
「なに、格好だと?」

 急に何を言ってるとアスランは自分の格好を見て、全てを悟った。自分はボクサーパンツだけの姿でパイロットスーツの下に着るインナーだけの女性を背中から羽交い絞めにして押し倒して馬乗りになっていたのだ。端から見るとただの変態だ。
 ああ、そういう事か。そりゃ勘違いされることもあるかもなあとちょっとショートしそうな頭の中で思いながら、アスランはこの状況をどうしたらいいだろうと考えた。下手に開放してまたカガリに襲い掛かられても困るし、かといってこのままというのも体裁が悪い。あとフレイにぶっ飛ばされそうで怖い。
 いや、この状況でなんでそういう発想に行くんだと組み敷いた女性に頭の中で文句を言いながら、アスランは少しだけ拘束する力を緩めた。

「あー、もう抵抗しないというのなら」
「しません、大人しくします、だからお願い!」

 俺は何も悪い事はしてないはずなのになんでこんなに悪者になってる気分なのだろうと思いながら、アスランは彼女を解放した。ボケた頭でも警戒は解いていないのは彼の積み上げた訓練の賜物だろうか。そして泣いている彼女をフレイが抱き合えて慰めてやり、フレイはアスランを見て右手を振ってしっしと追い払う仕草をした。

 焚火の傍で毛布を纏った姿で座り込みながらアスランは何やらブツブツと呟いている。アスランが悪いわけではないのだがフレイに縋りついて嗚咽の声を漏らしている女性を見るとどうにも彼女に声をかけ辛く、カガリとトールは困り果てていた。

「なあカガリ、色々聞きたいんじゃなかったの?」
「この状況で聞けるか、空気読めないってレベルじゃないだろ」
「だよなあ、抵抗されるかもとは思ってたけど、まさかこうなるとはなあ」

 どうしてこうなったと2人は泣いている女性を見ながら考えてしまった。




 ようやく女性が落ち着いたことで5人は焚火を囲んで向かい合った。女性も落ち着いたのかもう暴れるような様子もなく、しおらしい態度で俯いている。それを見てカガリは一つ咳払いを入れると女性に質問をぶつけた。

「それで聞きたいんだが、まず名前を教えてくれないか。分からないと呼び辛くてな」
「……イングリッド・トラドール」
「イングリッドね。それで聞きたいんだが、この辺りで大規模な戦闘でもあったのか。私たちは何か脱出ポッドみたいなのからお前を引っ張り出したんだが」

 カガリの質問を受けたイングリッドは困惑した表情を浮かべた。彼女が何を言っているのか分からないという顔だ。

「何を言っているんです、あの戦いを知らないって……え、本心で言っている?」

 自分で言った言葉に更に混乱をしたようでイングリッドの表情が激しく動いている。その変化に4人も困惑を浮かべていたが、イングリッドはさらに驚いた顔で4人を見た。

「どういうことですか、なんで誰もあの戦いを知らないんです。特にアスラン・ザラは私たちと直接戦っていたのに!?」
「え、戦っていた? いや、それ以前に何を言っている、話が全く見えないぞ?」

 突然苛立ちをぶつけられたアスランが困った顔で声を荒げる。確かに何を言われているのか分からなかった、本当に最近戦闘を行った覚えはないのだから。
 イングリッドはまだ納得していないようだったが時折何かに集中したように真面目な顔になってはまた混乱するというのを繰り返している。それは見ていてなんだか面白かったが、やがてそれも収まり自分を納得させるようにイングリッドが言った。

「と、とりあえず皆さんが嘘を言っていないことは分かりました。どういうことなのか理解は出来ませんが本心で言っているようですね」
「あ、ああ、分かってくれたようでありがたい」

 彼女が何に納得したのかは分からなかったが、とりあえず落ち着いてくれたようなので良かったともう思う事にした。そしてカガリは改めてここで何があったのかを訪ねた。それを受けてイングリッドはここで自分たちファウンデーション王国とコンパスとの戦いが起きたこと、その戦いの中でファウンデーションは壊滅し自分たちも敗北したこと。自分はフリーダムやジャスティスと交戦になったが敗北したことなどを答えた。
 それを聞いたカガリは頷き、そしてこの近辺で安全な場所はあるかと尋ねた。それを聞いたイングリッドはまた困惑した声を出す。

「安全な場所、ですか。何故そんな事を。貴女ならオーブに命令を送って迎えを寄越させればいいでしょう?」
「いや、それはちょっと事情があってな……」

 まさか平行世界からこちらに引きずり込まれたなどと言えるわけがないよなあなどと考えていると、イングリットは驚愕の表情を浮かべてカガリを見た。

「それは一体どういう事で……」
「うん、何がだ?」
「いえ、何でもありません」

 カガリの問いにイングリッドは言葉を濁して押し黙った。そして少し間を開けてイングリッドはこの辺りはどこかを訪ねた。それを受けてアスランは南欧の何処かだと答えると、イングリッドは厄介なことになったと呟いた。

「それでしたら、この近辺に安全な場所はありません。大陸はもうどこも安全とは言えない状況です」
「おいおい、大陸のどこも安全じゃないってそんな……」

 イングリッドの言葉は流石に大袈裟すぎるだろとカガリは思ったが、アスランとフレイとトールはイングリッドの言葉に真剣な顔になっていた。

「いやアスハ代表、彼女の言葉は本当かもしれない」
「ええ、戦いが大陸規模で起きてるとしたら、これだけ人気が無いのも頷けるわ」
「プラント大戦の頃みたいだからな、住民はみんな何処かに逃げて行ったのかも」

 3年前まで続いた大戦争の頃を思い出して辛い顔をする3人。あの頃の記憶は楽しいものもあったが、辛い記憶はそれ以上に多い。いろんな物を失ったし、大切な人も奪われてしまった。ここに居る3人とて奪い奪われた仲なのだ。ただそれを戦争は終わったからと飲み込んで、受け入れようと努力して今がある。
 それ以外にもあれこれと4人はイングリッドに質問をぶつけ、ある程度の回答を得ることができた。不十分だったが聞きたい事を聞けた4人は続きはまた明日にすることにし、交代で見張りをしながら今日は休むことにした。
 怪我をしているイングリッドを奥の方に眠らせてやり、警戒に当たる4人は前の方で眠ることにする。その夜の中でイングリッドは眠ったふりをしながら、自身の読心能力で自分を助けてくれた4人の思考を呼んでいた。彼らが考えている内容が信じられず、4人の考えを個々に読むことにしたのだが、全員が同じことを考えている。平行世界に来てしまったという恐怖、助けが何時来るのかという焦り、これからどうすれば良いのかという不安が彼らの心を占めている。信じられなかったが、あの4人は本気で自分たちはこの世界の住人ではないと思っているのだ。そして困ったことに、その妄想を妄想と切り捨てられない問題が現実に存在している。軌道上で自分たちと戦ったアスラン・ザラがここに居て、オーブに居るはずのカガリ・ユラ・アスハがこんなところに居る。どちらもあり得ないはずだ。そして過去の記録上でしか見た事は無いが自分を慰めてくれたフレイと呼ばれていた女性は4年前の戦争でヤキン・ドゥーエ戦で戦死したとされているフレイ・アルスターによく似ている。大西洋連邦が宣伝に使ったことがあったので記録で見る機会があったのだ。
 アスラン・ザラは行方不明になっていたはずなのに生きていたから彼女もその類かもしれないが、それにしても色々とおかしい。

「本当に平行世界からの旅人だというの。そんな馬鹿げたことがあるはずが」

 ある訳が無いと思うのだが、じゃあここに居る4人は何なのかと考えてしまうと答えが出せない。同じ人間が同時に2カ所に存在しているなどというふざけた妄想でもしなければありえないのだ。ありえないのだがそれが目の前で実際に起きている。相手の思考を読む能力を使って逆にここまで混乱させられたのは初めての経験だった。
 そしてどう考えても納得できない問題にとうとうそれを考えることを放り投げたイングリッドは、あの戦いの事を思い出してしまった。自分たちが負けたのは納得しているし、今更どうこう言うつもりはない。だがどうして自分だけ生き残ったのかという苦しさが胸の中を埋めていく。私はオルフェと一緒に死にたかったのに、なんで自分だけ生き残ったのだ。

「オルフェ……オルフェ……」

 洞窟の奥に彼女のすすり泣きの音が響き続ける。それは残されてしまった女の悲しみの声だった。




 そのイングリッドの鳴き声を聞かされていたアスランは浮かない顔で火に薪を投げ入れた。なんで自分はこんな役回りなのだろうと自分の星巡りの悪さに恨み言を呟く。

「全く、俺は洞窟に入ると女の泣き言を聞かされるなんて運命でも与えられてるのか。こんなのはフレイの時だけで十分だっていうのに」

 思えばあれから自分の巡り合わせも色々変わった気がするとアスランは思い返して考えてしまう。あれで色々考えるようになって色々父上に相談するようになって、ひょっとしたらプラントの方針にも多少の影響を与えていたのかもしれないと思い至り、この世界の姿を考えて背筋に冷たいものが流れるのを感じてしまった。何かボタンの掛け違いがあったら、ひょっとして自分たちの世界もこうなっていたのではないのかと。

「アズラエル理事とイタラ様はフレイが本当のコーディネイターで色々な人をちょっとだけ動かして、そんな人たちがカガリ・ユラ・アスハの周りに集まって大きな力になったとか言っていたな。馬鹿げた救世主願望だと思っていたが、本当にそんな事が起きたのか?」

 イングリッドの話はこの世界が大量破壊兵器の応酬が続く地獄のような世界だという事を教えてくれた。地上では幾つもの都市が消え去り、宇宙ではプラントも何基も破壊されているという。そんな戦いが延々と続いていて平和と呼べる時間が殆どない世界だという。 最初に起きたプラントとの戦争はこの世界ではこちらより早く終わったようだが、その後も戦争という形になっていないだけで戦いは延々と続き、そして2度目の大戦が起きてこの間にはファウンデーション王国との戦いでまた幾つもの都市が消えていったという。この世界は最終戦争へと向かっているとしか思えなかった。

「運が良かったのだろうな、俺たちの世界は」

 プラント大戦そのものはこの世界よりも長く続き、この世界よりも激戦となっていたようだが、少なくとも戦後は安定している。何が違ったのだろうか。この世界ではプラント戦争は痛み分けのような結果に終わり、双方とも不満を抱えたまま終戦を迎えたという。こちらの世界ではプラントが完全に敗北した状況で終戦し、余りの被害に復讐戦を挑むなど考えられるような状況ではない。もしかしたら完全に白黒付いたことが決め手だったのだったのかもしれない。
 世界の運命ってのは本当になんて脆いものなんだと思い、アスランは何度目かの重苦しい溜息をついた。自分は暢気にやっていければいいのに、こんな事を考えさせられる日が来るとは。改めて世界の運命なんて人間が背負うようなもんじゃないと思いながらも、アスランは考えてしまう。どうしてこうなってしまったのかと。




ジム改 イングリットさん本格登場。
カガリ やっぱどうしても暗いなあ。
ジム改 俺はあの曇り方がSEEDキャラらしいと思ったけどね。他はなんか違う気がした。
カガリ その辺はまあ置いとこう。ところでこっちの世界って本当に地獄になってるな。
ジム改 世界観的には毎年何処かで都市が幾つか吹き飛んでるって感じだからな、宇宙世紀でもここまで酷くないぞ。
カガリ これでSEEDは打ち止めだろうけど、もし次があったらオーブも吹き飛ぶのかなあ。
ジム改 吹き飛ばすネタが無くなったら、そうなるんじゃない。
カガリ そんな理由で吹っ飛ばされたくないなあ。ところで、そろそろ他へ移動するのか。
ジム改 顔合わせは終わったからな、そろそろ移動しないと。
カガリ これ、観光地巡りじゃなくて地獄の戦場跡巡りにならないか?
ジム改 はっはっは、せいぜい君らも曇ってくれたまえ。
カガリ いや、壊滅した町なんて何度も見てるし怒りはしても曇るまではいかないんじゃないか?
ジム改 ……お前ら地獄を見過ぎてるな。
カガリ 私はアストラギウス銀河の住民じゃないんだがなあ。
ジム改 CEでもあそこよりはマシかもな。




 


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