第2章 平行世界への旅路
閉ざされた瞼の向こうから入ってくる光にゆっくりと目を開けたカガリは、目に飛び込んできた光景にしばし考え込んだ。周囲には木々が生い茂り、その先には青い空が見える。自分は宇宙ステーションの室内に居たはずなのに、なぜ青空が見えるのだ。
そしてだんだん意識が覚醒してきたカガリは飛び上がるように身を起こすと、何がどうなっているのかと周囲を見回した。
「どういうことだ、なんで私は地球に居るんだ!?」
空に広がる青空、周囲に広がる樹木、吹き抜けていく風、どう考えてもこれは人口のものではなく地球の自然の産物だ。だが自分は宇宙ステーションの中で馬鹿どもを締め上げていたはずなのに、なんでこんなところに居るのか。
「確かフレイと一緒に白い光に飲み込まれて……その先の記憶が無いな、どうなってんだこりゃ?」
さすがに理解できない状況にカガリはうんうんと唸っていたが、周囲を見ていたら倒れているフレイが目に入り慌てて彼女に駆け寄って抱き起した。幸い息はしており、ただ気絶しているだけの様なのでカガリは安堵の息を吐くとフレイの頬を平手で軽くはたいて彼女を起こそうとする。
「おいフレイ、起きろ、目を覚ませって」
「……うん……何よカガリ……なんか頭重い」
「目を覚ましたな、良かった。頭重いのは目を覚ませば消えるだろ。それより起きろ、なんかおかしな事になってる」
「おかしな事ぉ?」
気だろうそうな雰囲気で上半身を起こしたフレイが周囲を見回し、しばしの間何も言わずに周りを見続けている。そしてカガリの顔を見たフレイの表情はこれ以上無いほどに動揺していた。
「カ、カガリ、これどういうこと。私たち確か宇宙ステーションに居たわよね?」
「ああ、私の記憶でもそうなってるから大丈夫だぞ、お前がおかしくなった訳じゃない」
「そうよね、良かった……のかしら?」
カガリの答えに安堵した直後にフレイは疑問の言葉を呟いた。
「私がおかしくなった訳じゃないとすると、なんでこの状況なのよ。いつの間に地球に来たっていうの、まさかオーブの総力を挙げたドッキリとかじゃないわよね?」
「そんなバカなことに使う労力がある訳無いだろ、第一私も巻き込まれてる」
「そうよね、ミナ様やユウナさんがそんな事でこんな大掛かりな悪戯を許すわけないし」
「お前は私ならやると思ってるのか?」
フレイの言葉に呆れた顔で文句を言うカガリだったが、これまでに幾度かその悪戯で騒動を起こした前科があるのでいまいち説得力がない。そして改めて顔を見合わせた2人はようやく状況を飲み込むと、不安そうな顔で周囲を見回した。
「悪戯とかでないとするなら、私たちに一体何が起こったんだ?」
「原因として考えられるとしたら、あの変な光くらいだけど」
流石に異常事態過ぎて状況が把握できない。まずここが何処なのかも分からない。オーブだったら良いのだが周囲には森や平原が広がっていて明らかに大陸の景色だ。加えて遠くに戦闘の痕跡と思われるMSの残骸も見える。ユーラシアかどこかの内戦地域なのかもしれない。
「不味すぎるな、あれはそんなに昔の戦闘の跡じゃないぞ」
「ここ最近でMSまで持ち出した戦闘が行われたなんて聞かないけど?」
「ああ、私も聞いていない。ユーラシアでそんな戦闘が発生すればすぐに報告が上がるはずなんだが」
終戦直後ならともかく、今はその辺の大型装備が投入された戦闘が発生したなどという話は聞かない。宇宙でならあるかもしれないが少なくとも地球では起きていないはずなのだ。頻発している暴動なども警察力で対処できるレベルに留まっている。
「とにかく情報が欲しいな、ここが何処なのかでもいい。どこか街でも見つかればそこからオーブの大使館に繋げることもできる」
「そうね、もし紛争地帯なら地域ゲリラがうろついてるかもしれないし」
「そうだな、丸腰でこんな格好でそんなに遭遇したら碌な目に合わないだろうし」
自分の格好を見てカガリが言う。彼女はオーブ首長の上着にタイトスカートという格好で、明らかに屋外で活動する格好ではない。フレイは予備役士官としての定期訓練の帰りだったのでオーブ士官服を着こんでいる。軍服なだけフレイの方がマシであったが、どちらにせよこんなところで着ていていい服ではない。加えてどちらも靴はヒールだ。とてもではないが野山をうろつける格好ではない。
どうしたものかと2人で悩んでいると、いきなり近くの藪が音をたてた。それを聞いた2人は驚き、そして警戒を露にしてそちらを睨んでいる。野生動物でもゲリラでも状況は最悪だ。
そして藪から出てきた人物を見て、2人は驚いた声を上げた。
「トール!?」
「お前、なんでこんなところに!?」
「ああ良かった、2人とも無事だったか」
フレイと同じオーブの軍服を着たトールが藪から出てきた。あちこち服が傷んでいるのは結構周辺を動き回ったのだろうか。
「あの装置の傍にいた2人が変な光に包まれて消えだしたからさ、引き戻そうと思って突っ込んだんだよ。そしたら2人が消えて、気が付いたら俺もここに居たって訳。俺に分かるのはそれくらいかな」
「私とフレイが光って先に消えた、か。冗談で言ってるわけじゃないだろうし、何がどうなってるんだか」
「あの装置の暴走なのかしらね?」
「それはそれで大問題だが、今は追及してる場合じゃないな。まずここを離れて本国に連絡を取らないと」
不安そうなフレイにカガリはとりあえずの目標を示して勇気づけようとする。フレイは歴戦のエースパイロットだが基本的に憶病なところがあるのでこういう事態には滅法弱い。ついでにホラー関係は大嫌いであったりする。
フレイを落ち着かせようと努めて気楽そうに言うカガリだったが、それを聞いたトールがポケットから携帯通信機を取り出した。
「そうだ、俺通信機を持ってきてたんだ。これで連絡取れないかな」
「ナイスだトール、さっそくどこかにかけてみろ!」
オーブ軍用の通信機だが民間の回線に繋ぐこともできる。カガリに言われてトールは登録されている相手に手当たり次第にかけてみたが、何故かどこにも通じなかった。
「おかしいな、動いてはいるようだけどどこも通じないぞ。どうなってんだ?」
「周囲の電波を拾うのはどうだ?」
「それはここに来る前にやったけど、どうも妙なんだよな。明らかに戦闘中って感じの内容が入ってくるんだ」
どこかでそんな大規模な戦闘が起きてるなんて聞いてないのでトールが困惑している。それを聞いたカガリとフレイは顔を見合わせてトールに最近の物と思われるMSの残骸が転がっていることを教えた。それを聞いたトールはますます首を捻り、ここは一体どこなんだと呟いている。
そしてカガリはトールから通信機を奪い取ると、やけくそ気味に宇宙ステーションを呼び出そうとした。
「こうなりゃさっきのステーションにかけてやる」
「いや、さすがに携帯通信機で宇宙ステーションは無理だろ」
出力考えてくれというトールだったが、少し待ったら繋がったので吃驚してしまった。そんなトールを放ってカガリは早口で相手にミナを呼べと話している。
「私はカガリだ、そっちに居るミナをすぐに呼んでくれ!」
「カ、カガリ様? どうされたのですか、ミナ様と一緒に開発ブロックに居られたのでは?」
「それは今は良いんだ、とにかくミナを呼べ、大至急だ!」
カガリに大声で命じられた為か通信機の向こうから焦ったような声で何かのやり取りをしているのが聞こえる。そしてようやく通信が繋がったという回答を貰ったカガリは開口一番に叫んだ。
「ミナ、これは一体どういうことだ!?」
余りの大声にフレイとトールは顔をしかめたが、通信機からはミナの彼女らしくない狼狽したような声が聞こえてきた。
「カ、カ、カガリ、お前は今どこにいる、無事なのか、全員揃っているのか!?」
「分からん、周囲の風景から地球の何処かだと思うが、なんで軌道ステーションから気が付いたら地球に居るんだよ」
ミナの問いにカガリは落ち着いて答えたが、それを聞いて安心したのか通信機からミナのため息のようなものが聞こえてきた。
「つまり、そこは生存可能な環境なんだな。問題は無いんだな?」
「あ、ああ、それは大丈夫だ。今はフレイとトールと一緒にいる、トールが軍用通信機を持ってくれていて助かった」
カガリの回答を聞いて何かあったのか、通信機の向こうから何やら話している声が聞こえる。それが結構長く続いていると思っていたら、ようやくミナがこちらに話しかけてきた。
「カガリ、落ち着いて聞いてくれ。どうにも常識的ではない話になるが、そこは我々の世界ではないようだ」
「はぁ、我々の世界では無いって?」
いきなり何を言うのだとカガリは眉を顰めたが、ミナの声や雰囲気からからかっているわけではなさそうだった。
「冗談で言っているのではない。科学者どもの判断ではそちら側の世界で巨大なエネルギーが発生してこちら側の例のワームホール装置とやらに干渉してそちらとの通路が出来てしまったらしいというのだ」
「なんだそりゃ、それじゃ私たちはその穴に落ちたとでも言うのか?」
流石にそんな話を信じろというのは無茶だと思ったが、周囲の状況は確かに自分たちの常識とは外れている。異世界だか平行世界だかは知らないがここは戦乱の真っ最中だと思える。
「……本当にその他所の世界だとして、私たちはどうなるんだ?」
「科学者どもの話では今開いているのはそちらへの一方通行のような通路のようでな、こちらに戻すことは出来んらしい。こちらに戻すにはそれ用の装置を完成させて改めてこちらに引き戻す必要があるようだ」
「つまり、その装置が完成するまでこちらで頑張れと?」
「悪いがそれ以外の方法が無い、こちらからもう1人送るから彼と協力して何とか頑張ってくれ。彼にこちらに戻すのに必要な装置を持たせるから、絶対に守り切れ」
「無茶苦茶言ってくれるな」
無理無茶無策にも程があるようなミナの話にカガリも流石に鼻白んだが、頭の中の冷静な部分はミナの話を冷静に受け入れてもいた。本当にここが他の世界だというなら残念だが自分たちにできることは何もない。諦めて救助を待つしかないのだろう。
「分かった、お前に任せるよミナ。私たちはこっちで何とかしてみる」
「すまんな」
「別にお前のせいってわけじゃないさ。それより救助の方は頼むぜ、私はこんなところで死にたくないぞ」
「ああ、任せておけ。手段を問わずに方法を見つけて見せる」
力強く約束するミナ。それを聞いたカガリは宜しく頼むと言って通信を終了し、フレイとトールの方を見てミナから聞いた話を伝えた。それを聞かされたフレイは今度こそ顔面蒼白になってショックで倒れてしまい、トールはどうしたもんかと空を見上げてブツブツ呟き続けている。流石に自分たちが異世界だか平行世界だかに飛ばされてそこで生き残れなどという、映画みたいな話を実体験することになるとは思わな方。
「ああ、本国で昔話で聞いた神隠しとかって、ひょっとしてこういう事なのかな?」
「実際にそんな事例を経験しちまったら、笑えないな」
これが神隠しってやつなんじゃというトールにカガリは笑えない話だと言い返す。だが神隠しと聞いてカガリは気絶したフレイを抱き起して自分の膝に頭を置いて目を覚ますのを待ちながら、トールを見上げた。
「神隠しというなら、あれはたまに迷い込んだ異界から戻ってくる話もあったよな?」
「ああ、そりゃあったけど……そうか、戻ることもあるのか?」
「昔話の時にワームホールがどうとかなんて機械は無かったわけだから、何かの理由で戻ってこれたんだよな。自然に発生するワームホールにまた落ちるとか、何かの理由で元の世界に強制的に戻されるとかで」
「最悪の場合、それを期待するしかないのかな」
本当にいよいよ神頼みかと苦笑してトールもその場にどさりと腰を降ろした。
そのまま黙り込んで時間だけが過ぎていく。これでは何か出ることが無く、かといってこれからどうするかというとそれも思い浮かばない。これからの事を考えると流石のトールやカガリも落ち込んでしまい、口に出す言葉も浮かばないのだ。
その沈黙がどれだけ続いたか、自分たちの傍で一瞬強い光が生じ次いで割れるような音がして何かが着地する音が聞こえた。今度は何がと警戒する2人だったが、その耳に聞いたことのある声が入ってきた。
「おーい、アスハ代表、何処にいるんだ!?」
その声に2人は顔を見合わせた。あれは間違いなくアスラン・ザラの声だ。なんであいつがここにと思いながらカガリは返事を返し、それを聞いたアスランがこっちに歩いてきた。彼はザフトの白服を着ながら背に背負い袋を背負い、両手でライフルを持った姿で現れた。肩にはまた別のボックスが下げられており、明らかに過剰装備だ。アスランは自分たちを見ると安堵した様子で重い息を吐きだしている。
「よかった3人とも無事だな。フレイはまだ寝てるのか?」
「いや、こっちで暫く頑張れって話をしたらショックで気を失ったんだ」
「ああ、そういう事か。仕方が無いな」
流石にそれは責めれないとアスランも頷き、持ってきた荷物を置いて自分もその場に腰を降ろした。
「この箱がこちらの位置を向こうに伝えるビーコンらしい。装置が完成したらもう一度回廊を作ってその装置でビーコン周辺を向こうに引き寄せるんだそうだ」
「本当に使えるのか?」
「無線の電波が届いたから、受信自体は問題ないらしい。本当に装置が完成するのかは俺にも保証は出来ないんだが」
「そこは保証して欲しかったなあ」
ガクリと項垂れてトールが重苦しい呟きを漏らす。自分たちではどうにも出来ない、ただ救いを待つだけという状況は流石に堪え難いのだろう。
だが何時までもここに座って落ち込んでいるわけにはいかないと言ってアスランは何かの装置を取り出した。
「とにかく、まずは現在位置の特定だ。こちら側で俺たちの機械が使えるか分からなかったから、手元で完結する機器だけ持ってきたぞ」
「それで位置がわかるのか?」
「ある程度はですが」
興味深そうなカガリの問いにアスランは答えて装置を動かし、太陽の方を見ながらその装置の向きを調整して出てきた数字を地図と照らし合わせた。
「どうやらここはヨーロッパ、それも中欧か南欧辺りのようだな。凍える冬のシベリアとかでなくて助かった」
「そいつは確かにな。それで、これからどうする?」
「とりあえず街を探そう。ここがどんな所か情報が欲しいし、消耗品の補充も必要だ。もっとも、こちらでこっちの金が使えるかは分からないんだがな」
「あ、それもあったか、どうしよっか」
「心配するな、その可能性も考慮して貴金属も持たされてる。換金すればそれなりの額になるはずだ」
ミナから渡されたという宝石の類を見せてアスランが悪い笑みを浮かべる。それを見たカガリとトールはよくミナが渡したと思ったが、それだけ不味い事態なのだという事だろう。
そんなことを話していると、ようやく気絶していたフレイが目を覚ました。カガリの膝から頭を上げて上半身を起こし、頭をはっきりさせようと軽く左右に振る。
そして改めて周囲を見回してそこにアスランを見たフレイは、なぜ彼がここにいるのかとカガリに問い、アスランがミナの言っていた応援だったらしいとの回答を得て改めてアスランを見た。
「こんな所に来ちゃって、本当に大丈夫なのアスラン?」
「気にするな、今回の件はプラントにも責任があるからな」
笑ってフレイの心配を受け流して背嚢から飲み物を出してフレイに差し出した。それを受け取ったフレイは礼を言ってそれを口にし、ようやく落ち着いたのか軽く肩を落とした。
「それで、これからどうするの?」
「さっきアスハ代表と……」
トールの名前が分からなかったアスランがトールの顔を見る。それで意味を察したトールが自己紹介をして右手を差し出し、アスランもそれを握り返してよろしくと挨拶をする。
「2人に話したが街に出る予定だ。そこで情報を集めて日用品とかも買わないといけないからな。とにかく安全な場所に移動して救助が来るまで待つのがベストだろう」
「安全な場所かあ」
なるほどと頷いてフレイは立ち上がり、次いで3人も立ち上がった。やることが決まったのだからさっそく移動することにしたのだ。
とはいえ周囲に居住地のようなものは無く、アスランは持ってきた双眼鏡で周囲を見回しながら障害物の多い地形を移動していく。平原に出た方が安全だろうが視界が開けすぎて何かに狙われたら対処できなくなるのを恐れて移動し辛いが遮蔽の多い場所を選んでいる。つい最近に大規模な戦闘が起きた場所の様なので警戒してし過ぎということは無いはずだ。
物陰から戦闘の跡を双眼鏡で確認したアスランは周辺を確認して、何とも言い難い表情を浮かべて3人の元に戻る。
「どうも、ここは俺たちの世界とさほど違いはなさそうだぞ。擱座してるMSは見覚えがある機体ばかりだ」
「見覚えがあるって?」
「ジンやダガーがあちこちに転がってる。見た事もない機体もある」
「つまり、この世界にはプラントや大西洋連邦があって現在も戦闘中だと。まさか未だに大戦真っただ中なのか?」
復興で手が回らなくて軍備再建なんて後回しにしてる自分の国とは大違いだなと呟くカガリ、2度も本土決戦をやった傷はなかなかに深く、主戦場となったオノゴロ島は現在も直っていない。人員や機材は民間エリアの再建やマスドライバーに回されていて軍事施設の復旧は必要最小限に留められている。これは軍事を統括するユウナは不満に思っていたが現実問題として人も金も物も出せる上限は決まっている以上、まず国民の生活の立て直しをする必要があったのだ。そのために外交を担当するミナはプライドを曲げてまで大西洋連邦に支援を求め、周辺国と何度も協議して関係が悪化しないように努めていた。幸いにもあの大戦争の直後で何処の国も余裕が無かったのと、余りに凄惨な戦いとなったことで戦争への忌避感が高まったことが各国に軍事力行使への高いハードルを設ける結果を生んでいるので、多少の小競り合いはあっても国家間の大規模な対立は姿を消してしまっている。
このおかげでオーブに限らず各国は自国の復興に力を注げているのだが、この世界はそういう状況ではないようだ。
「ジンとダガーの残骸ってことは、この世界はプラントと地球の戦争が続いてるのか?」
「どうなんだろうな、俺たちの場合は文字通りの国家総力戦を繰り広げて疲弊しきってしまったから今の情勢になっているが、こちらではずっと小競り合いを続けているのかもしれん」
「地球でザフトと連合軍の戦闘ねえ」
地球でザフトのMSが使われていたのが随分と昔の事に思えてカガリが昔を思い出しているような顔をする。アスランも同じようで地球で戦っていたのが遠い昔のように思える。
「あの頃は平和になった地球をゆっくり観光してみたいなんて夢を持ったこともあったな。忙し過ぎてとてもそんな余裕は無くなったが」
「ああ、私もそんな生活がしてみたいよ……」
お互いに仕事が忙し過ぎて人生楽しむ暇も無いせいか、2人揃って遠くを見てぼうっとしてしまっている。その様子にフレイとトールはかける言葉も見つからなかった。カガリに比べればお互いそこまで忙しいわけではなく、余暇を楽しむ余裕はあるからだ。
「そういえば、トールはミリィと会えてるの。あの娘、私に資金援助頼んで世界を飛び回ってるわよ」
「ああ、まあそれはな。帰ってきたときは極力会えるように調整はしているんだけどね」
恋人がカメラマン志望で世界中を飛び回っているせいで、2人は遠距離恋愛の真っ最中なのだ。時折手紙が届いて何処にいるのだとか今はこんな写真を撮っているのだとかが近況報告として送られてくるのだが、直接会えないのはやはり寂しい。電話で連絡を取ろうにもいまだに世界にはNJが多数残っていて民間の電波はインフラが整っている都市部から離れると通じ難く、有線での通信の方がずっと安定しているという昔に戻ったかのような状況が続いている。
このためトールはオーブでミリアリアの帰りをずっと待っている。
だが、そこでトールはフレイにそっと身を寄せると、アスランに聞こえないようにフレイに話しかけた。
「俺の事より、そっちはどうなのさ。キラはあれから何の音沙汰も無しなのか?」
「ええ、一度も。生きてるんだか死んでるんだか」
トールの確認にフレイは投げやり気味に答える。あの戦争の最終局面でキラはアルカナム残党を追うための今後の事を考えて姿を消し、公式に戦場行方不明となる道を選んでいる。そのまま姿を消したキラはあれから3年もの間一度も連絡を寄越していない。待つと言ったのは自分だから待っているのだが、これだけ放置されればもう色々と複雑な心情にもなろうという物だ。
キラの生存そのものはラクス紛争の後にカガリやトールたち、ヤマト夫妻にフレイから直接伝えており、伝えたときは全員が怒るやら泣き出すやらで大変な事になった。あの時のことを思い出すと今でもフレイは話さない方が良かったかなと思ってしまうのだが、辛そうなヤマト夫妻の姿を見ていられなくなったというのが大きかった。その流れでカガリやトールたちにも話したのだが、その時はカガリやミリアリアは怒り狂いサイもトールも怒りの感情も露にし、唯一カズィだけはキラの決断に少し理解を示していた。だが連れ戻すと気勢を上げたカガリやミリアリアもフレイから一度も連絡を寄越して来ないから何処に居て何してるのか全く分からないと聞かされて怒りの持って行き先を失ってしまった。そして2人してどさりとソファーに腰を降ろすと延々とキラの悪口を立て並べだしている。
それを聞きながらフレイは誰にも話していないことが一つだけあることを胸の中で詫びていた。あのラクス紛争の際にフレイも非公式に参戦してラクスの救出に手を貸していたのだが、その際にキラの気配を道中の艦艇や戦場の中で感じていた。自分と鉢合わせないように逃げ回っていたんだろうが、たぶん彼はラクス救出のためにあの戦い介入していたのだろう。あの戦いにはロゴスの私兵部隊らしいファントムペイン隊も加わっていたので、多分アズラエルがキラの活動に関わっているのだ。一度そのことをアズラエルに探ったこともあったが彼はのらりくらりと躱すだけで結局明確な回答はしなかった。
キラの事を思い出して胸の中のとろ火のような感情にしばし苦しんだフレイであったが、それを振り切るように軽く頭を振って気を持ち直した。
「今はキラの事は良いのよ、どうせ待ってあげても来年までだしね」
「その辺は本当に一途というか、我慢強いというか。言い寄る男には困らないだろうにもったいないよなあ」
フレイがその美貌で周囲の男どもの羨望の的になってることはトールでも知っているくらいだ。正直ミリアリアの事や友人でなければ自分でもアタックしていたと思う。彼女がその男どもの誘いを全く受けないことから身持ちが硬すぎるとかお高く留まっているなどの悪評も流れているが、トールたちからすればずっと1人の男を待ってるただの女の子である。
2人がキラの事を話していると、話が纏まったのかアスランとカガリがこちらに声をかけてきた。
「おい2人とも、移動するぞ」
「向こうに湖が見える。ちょうど良いから寄って水の補給をしよう」
周囲を確認して湖を見つけたというアスランに、フレイもトールも直に頷いた。そして4人は湖へと移動し、そこで変な物を見つけることになる。
湖の湖畔に斜めに突き刺さっているそれは何かのポッドのようであった。シャッターらしき部分は開いているが下からでは中を見ることができない。一体何だと思ったアスランはトールにライフルを預けると荷物を降ろし、拳銃を手にそのポッドによじ登って中を覗き込んだ。中はジェル状の物質が大量に入っていたが、それに埋もれるようにしてパイロットスーツ姿の人間が見える。胸が上下しているから生きてはいるようだ。
「……これは、女か?」
「女? どういうことアスラン?」
「パイロットスーツを着た女が中で気を失ってる。となるとこれは脱出ポッドか何かか」
下からのフレイの問いかけに答えてアスランは見慣れないパイロットスーツだなと思いながらその女性の背中に手を入れて抱き起し、ヘルメットを外してやり首周りを緩めて呼吸しやすくしてやる。ヘルメットからは長い青髪が零れて胸は上下しているのが確認できるので本当にただ気を失っているだけのようだ。戦闘で撃墜された際に脱出ポッドが作動して着地の衝撃で意識を失ったのだろうか。だが顔には流血の跡があり怪我を負っているのが一目で分かる。
「これは負傷しているな。フレイ、今から引っ張り出して降ろすから手当の準備を頼む。荷物の中に応急処置キットがあるはずだ」
「分かったわ!」
アスランの求めに応じてフレイはトールに荷物から応急処置キットを出して用意するように伝え、それを受けてトールとカガリがアスランの背負い袋の中を漁りだす。
体を外に引き出す。大柄な女性ではなかったのでアスランは簡単に中から連れ出し、彼女を抱えて立ち上がった。
そのまま下に降りようとしたのだが、そこでうっかり足を滑らせてしまった。フレイたちの前で女性を抱えたままアスランは盛大に湖畔に落下し大きな水飛沫を上げてしまい、飛沫を浴びたフレイが慌てて後ろに飛びのいている。
「痛たたた、腰打ったぞ……」
「何やってるのよもう、大丈夫アスラ……」
落ちたアスランに心配そうに駆け寄ろうとしたフレイはその途中で足を止めた。そして腰を打って唸っていたアスランはいきなり自分に向けられた殺気と間違えそうな強烈な怒気に晒され、恐る恐る顔を上げた。そこには胸の前で腕を組んでにこやかな笑顔のフレイがいたが、アスランはそこに鬼を見ていた。
「アスラン、あなた自分が何してるか分かる?」
「な、何って、滑って湖に落ちて……」
「ええ、それはさっきの事ね。今はどう、具体的には右手は何掴んでる?」
「何って……」
言われて自分の右手を見ると、それは何故か彼女のパイロットスーツの上から胸を掴んでいる。落ちた時に咄嗟に離すまいと抱き寄せたせいだろうが、スーツの上からだと分かり難い豊かな膨らみを掴んでいたりする。
状況の不味さに頭が真っ白になるアスラン。そのアスランに向けてフレイは更なる怒りを込めた声をかけた。
「ねえアスラン、気のせいかしら。私何年か前に同じような事があった気がするんだけど?」
「い、いや、待て、これはわざとじゃない、事故なんだ、俺は無実なんだ」
「未だに握ってて無実とかどの口がほざいてるのよ!」
フレイに突っ込まれて慌てて右手を離して立ち上がるアスラン。待て、誤解だ、落ち着いて話し合おうと訴える彼の声は怒り心頭の彼女の耳には届いていなかった。
「毎回毎回、いい加減にしなさいこのセクハラコーディネイター!」
「だから違うと言ってる!」
最後の言い訳も聞いてもらえずアスランはフレイの平手打ちを食らってを受けて脱出ポッドに叩きつけられてしまい、昏倒して湖に倒れこんで水面に浮いて漂っていく。彼のナチュラルセクハラ体質は未だに直っていなかったらしい。
アスランを湖面を漂うゴミへと変えたフレイはアスランが引っ張り出した女性を抱き上げると、カガリとトールが待つ岸へと運んでいく。このことが自分たちを困った状況に追い込むことになろうとは、この時は誰も想像もしなかったのである。
ジム改 異世界珍道中の観光案内人をGETしました。
カガリ いきなり平和から遠そうな出だしなんだが。
ジム改 原作がなあ。てっきり映画はもう少しマシな世界でナチュラルとコーディの問題も少しは改善すると思ってたのに、まさかその辺放り投げて愛だよで終わるとは。
カガリ 最初からテーマじゃなかった可能性も。
ジム改 SEEDではまだやろうとしてたと思うんだがなあ。
カガリ でも、イングリッド助かってどうするんだ。生き残ってもアコードに居場所なんて無いだろ。
ジム改 居場所どころか、コンパスの激しい追撃を受けるだろうね。
カガリ 私たち自分から地雷拾ってるじゃねえか!
ジム改 とはいえお前ら、目の前で倒れてる人見つけたら放置して先に行けるってタイプじゃないだろ。
カガリ うぐっ
ジム改 まあ彼女が危険物なのが分かるのは先の事だし、気にしてもしょうがないさ。
カガリ ところで、私たちの世界とこちらのMSの性能差とかあるの。
ジム改 かなり違う前提、向こうじゃまだディスティニーすら作られていない。
カガリ なんでそんなに遅い?
ジム改 自国の復興が最優先なんで新型機の開発など後回しなのよ。レクイエムとかニュートロンスタンピーダーとかの大型兵器も無いぞ。ブルーコスモス強硬派も力を失ってるし。
カガリ あ~、戦乱が遠ざかったからか。
ジム改 治安維持だったら超高級機はいらんからな。コンパスみたいな組織が必要な世界情勢でもないし。
カガリ MSを使った戦闘が極めて稀って言ってるしな。
ジム改 現実だってちょっとした小競り合いで戦闘機や自走砲は使わんだろ。
カガリ 映画だと地方勢力の衝突でMS投入してたけどな。
ジム改 あれ見ると、この世界のMSって実は安いのだろうかと思ってしまう。
カガリ もうテクニカルみたいな感覚で使ってるからな。