第89章  アスラン

 消滅したアラスカ基地に戻ってきたアークエンジェル。アラスカ基地の後にはぽっかりと大穴が開いており、動く物は見当たらない。逃げ遅れたザフト部隊の惨状が拡大されたスクリーン上に映し出されており、見ていたマリューたちに不快感を与えている。

「酷いものね。こんな物まで使わなくちゃいけないなんて」

 それがマリューの感想だった。これまでにも大勢殺してきた自分達が今更何を言うのかという自嘲も含まれていたが、それでも一撃でこれほどの破壊を行う兵器を使うのは気分の良いものではない。何より、これではもう戦争ではなく、ただの殺戮ではないか。
 あの状況下でサザーランドが基地の放棄を決定し、サイクロプスで無人の基地諸共ザフトを吹き飛ばそうとしたのが戦術的に間違っていたとはマリューも思っていない。あそこまで追い込まれていた以上、この作戦以外にザフトに打撃を与える手段は無かったに違いないのから。それにアラスカの情報と基地施設をザフトに渡すわけにもいかなかった。
 海上艦隊をハワイに退避させた後も暫くそこに留まっていたアークエンジェルであったが、そのレーダーが上空から降下してくる大型物体を捉えた。敵の新手かとマリューが戦闘配置を命じようとしたとき、通信席のサイが味方である事を伝えてきた。

「IFFを確認、味方です」
「味方?」
「識別照合、第8艦隊所属艦、ドミニオンです」
「ドミニオンって、まさかナタル?」

 ナタルが月でドミニオンというアークエンジェルの同型艦の艦長に就任したのは聞かされていたので、マリューはそれがナタルの艦だと直ぐに理解する事が出来た。多分アラスカ救援の為に降りてきたのだろうが、もう少し早く来てくれればとどうしても思ってしまう。
 そして降下してきたドミニオンはアークエンジェルの隣に来ると、アークエンジェルに通信を入れてきた。

「お久しぶりです、ラミアス艦長」
「ナタル、元気そうで良かったわ。それに、キース大尉も」

 ナタルの隣で疲れた顔をしているキースを見てマリューが苦笑する。ここに来るまで余程無茶を重ねていたのだろう。
 そしてマリューはナタルに状況を説明し、一緒にカリフォルニアに来るように薦めた。ナタルをそれを聞いて少し考えた後、マリューの指揮に従うと言ってそれを受け入れた。

「まあ、宇宙に上がればラミアス艦長の指揮下に入るのですし、今からでも遅いか早いかの違いですね」
「どういう事、ナタル?」
「おや、何も聞いていないのですか。アークエンジェルを旗艦とする任務部隊の編成が決まっているのです。その際には艦長が司令官をする事になっている筈なのですが」

 ナタルの話しにマリューは聞いた事無いと首をぶんぶんと横に振っている。それを見たナタルがおかしいなあと腕組みして首を捻り、どこかで情報が切れているのだろうかと疑ってしまった。
 後に判明する事だが、これはたんにハルバートンがナタルに内示していただけで、まだ事務手続きが終わっていない事だったりする。だからナタルは知っていたが、マリューたちには伝達されていなかったのだ。アラスカ本部のお役所体質の起こした手続きの遅れが原因だったのである。
 艦長2人が久しぶりに話しをしている横ではキースが艦橋クルー達に声をかけていた。だが、何故か元気が無いミリアリアを見てどうかしたのかを問うと、ノイマンが少し困った顔で教えてくれた。

「うちに配属されていたMS隊、トールを除いて全滅したんですよ。それで管制していたミリアリアの奴、しょげてまして」
「そうだったのか。それでトールは?」
「部屋に篭もったままです。あいつ等が死んだのは隊長の自分の責任だって言い残したまま、ずっと」
「そう、か」

 初めて部下を持ったのだ。そしてその部下が最初の戦いで全滅したというのでは、それはショックを受けるだろう。その気持ちはキースにも良く分かった。キースもこれまでにどれだけの戦友を失ってきたか知れないから。このプラント奇襲作戦でも自分の教えたパイロットの半数以上が未帰還となっているのだ。
 これは軍人なら、指揮官なら誰だって乗り越えなくてはいけない壁だ。それを理解しているだけに、キースはこの件に関してはトールに自力で立ち直ってもらうしかないと考えていた。ただ、ミリアリアにはフォローを入れておく必要があるだろう。

「ミリアリア、管制官がパイロットの戦死を背負い込む必要は無いぞ。お前にはどうする事も出来ない事だ」
「キースさん」
「俺やフラガ少佐みたいなベテランだってお前の管制には文句を言ってなかったんだ。お前の管制の腕は確かだよ。死んだ奴らには悪いが、運と腕が無かったのさ」

 もっとも、キースやフラガが文句を言わなかったのはたんに素人の管制を頼りにせず、常に自分で状況把握に努めていたという事情もあったのだが。2人がミリアリアの管制を信頼するようになったのは割と最近の事だったりする。まあそれを言う気は無いのだが。
 この後2隻はカリフォルニアへと進路を取った。そこで補給と修理を受けた後、サザーランドから新たな命令でも渡されるだろう。一番可能性が高いのはパナマから宇宙へ上がる事だろうか。




 実はこの時、まだアラスカの傍には動く者が居た。キラのフリーダムである。彼はサイクロプスの効果範囲外でザフトの輸送部隊の残骸を見つけ、そこから食料を漁っていたのだ。彼は知らなかったが、この部隊はサザーランドの地上部隊と交戦して撃破された部隊の残骸だったりする。
 遺棄されていた車両にレーションを見つけたキラは喜んでそれをフリーダムに移していた。そしてコクピットに入ったキラはこの辺りの地図を表示させると、とりあえず海岸線沿いに南に向おうと決めて、手近な場所に置いてある水筒の水を口にし、携帯食料の栄養スティックを頬張り、しんみりと情けなさげに呟いた。

「うう、たまにはまともな食事がしたい」

 アスランに撃墜されて以来、キラは碌なものを食べられなかったのだ。プラントではラクスの手料理を振舞われて死線を彷徨い、ユーレクのシャトルには一日分の携帯食しかなく、地球に降りてみればこれだ。
 自分は本当に生きてオーブに辿り着けるのだろうか。キラはだんだん不安になってしまっていた。そもそもどうやって海を渡れば良いのだろうか。

「オーブとの連絡手段をラクスに聞いておくんだった。これじゃ遭難したようなものじゃないか」

 ザフトの最新鋭MSを持って地球で遭難する。これで野垂れ死んだら笑い話にもならない。だが連合に助けを求めずにオーブに行く手段となるとまるで心当たりが無い。キラはフリーダムをその場に座らせて、これからどうしたものかと頭を悩ませていた。

 その時、フリーダムのレーダーが妨害で見難いレーダーパネル上に海上から接近してくる大型物体を表示させた。





 スピットブレイクの一応の成功を見てパトリックはとりあえず安堵した。受けた被害は当初の見積もりを下回り、メテオがアラスカに大きな被害を与えていた事が伺える。ただ地球上の中立国、スカンジナビア王国、オーブ首長国、赤道連合、極東連合といった主要国は今回のメテオに対して猛烈な抗議をプラントに送ってきており、特に極東連合は参戦の準備に入っているという情報もある。
 だが、その一方で大西洋連邦がサイクロプスを地球で使い、アラスカを荒野に変えてしまったことも中立国に暗い影を落としていた。サイクロプスもメテオほどではないが危険な兵器である事に変わりは無い。
 この件に関してはプラントと連合が互いの作戦を非難しあうという泥仕合が繰り広げられている。まあそれは外交部の仕事なので当面パトリックは無視する事にしている。それよりも今のパトリックには急務があるのだ。そう、身内の裏切り者の処分である。
 パトリックは司法局とザフトの報告書を見た後、何とも言えない溜息をついて自分の前に立つ男、シーゲルを見た。

「……貴様の娘もとんでもない事をしでかしてくれたものだな、シーゲル」
「済まない」

 パトリックの責めるような目にシーゲルはそれ以外に言いようが無かった。ラクスのフリーダム強奪と、その後の失踪。そしてそのフリーダムがアラスカに出現し、スピットブレイク参加部隊に大打撃を与えて行方を眩ましたというのだ。ラクスがフリーダムを連合に渡した可能性は極めて高いと言うほかあるまい。
 そしてシーゲルはラクスの親という事で司法局に拘束された。事態を考えればシーゲルも協力者ではないかと疑われても仕方が無いのだが、パトリックはシーゲルはこの件には関わっていないだろうと考えていた。連合との講和に関して大筋で合意していたシーゲルが、今の時点で全てをお釈迦にするような暴挙に出るはずが無い。

「……1つ聞きたいのだが、何故ラクス嬢はこんな事をしでかしたのだ。何か心当たりは無いのか?」
「恐らく、マルキオ導師が一枚噛んでいるのだろう。あの御仁は連合とプラントがこのまま際限の無い殲滅戦に突入すると考えていた。そしてラクスはマルキオ導師の考えに同調していたからな」
「つまり、ラクス嬢は我々とナチュラルが殲滅戦に突入するのを防ごうとして今回の暴挙に出たと言うのか?」
「そうとしか考えられん。マルキオ導師も我が家に滞在していたしな。それに、あの少年も一枚噛んでいたのだろう」
「あの少年?」
「ああ、キラ・ヤマトという、ラクスと同い年くらいの少年だ。マルキオ導師が怪我の治療をしたいと言って我が家に連れてきたのだが……どうしたパトリック?」

 自分の話を聞いて明らかに様子が変わったパトリックにシーゲルが驚く。今の話に何かあったのだろうか。だが、パトリックには全てが繋がっていたのだ。何故フリーダムが強奪できたのか。あれを操縦できるのはコーディネイターでもかなり能力が優れた者だけで、そんな人間がそうそう居る筈が無い。だが、ラクスはそのパイロットを確保していたのだ。そう、あの最高のコーディネイターを、キラ・ヒビキを。

「生きて、いたという訳か」
「何の事だ、パトリック?」
「いや、なんでもない」

 シーゲルの訝しげな問い掛けを遮ると、パトリックは重苦しい溜息をついた。そして責めるような目でもう一度シーゲルを見る。

「シーゲル、悪いが、お前は暫く司法局で身柄を拘束させてもらうぞ。そうでないと内外に示しが付かん」
「分かっているつもりだ。娘のしでかした事だからな」
「そう長くはならないだろう。こちらの計画が進めば理由を作って釈放するから、それまで我慢してくれ」

 そう言ってパトリックは扉の方で待機していた司法局の人間に目配せをし、司法局員はシーゲルの両脇に付いて一緒に執務室を後にした。
 シーゲルたちが出て行ったあと、パトリックは憂鬱な気持ちでデスクの上にある作戦計画に目を落とした。それはザフトからの作戦計画書で、スピットブレイク参加部隊を使ってパナマを攻略し、ウロボロスを完遂するというものである。これが成功すれば地球連合の反撃力は完全に途絶える事になり、補給ラインの寸断で月基地も弱体化するに違いない。そうなれば堂々と講和を表に出せるだけの下地を整える事が出来る。ラクスの不祥事で失墜した権威を取り戻さないといけないパトリックは、この作戦に賭けてみようと考えていた。
 しかし、もしこの作戦が成功すればプラントの国民が戦勝に浮かれ、傲慢になって無条件降伏を言い出す可能性も無いわけではない。何しろ先のスピットブレイクでは曲がりなりにもアラスカを陥落させたのだから。
 これからの舵取りの困難さに軽い眩暈を感じながらパトリックは天井を見上げた。そして暫し天上の模様を見続けていると、扉を開けてユウキが入ってきた。

「閣下、妙なタレコミが司法局に届きました」
「タレコミだと?」
「はあ、それが、アスラン・ザラとラクス・クラインが接触しようとしていると」
「何だと。それで、その相手は?」
「名前は名乗っていなかったようです。それと、ラクスは廃棄予定のコンサート会場に居ると」
「……アスランが、ラクス・クラインとな」
「どうなさいますか。司法局を動かしますか?」
「いや、ザフトのコマンドを使う。彼女をなんとしても生け捕るのだ。今、彼女の反逆が表沙汰になれば市民の士気に関わる」

 パトリックはユウキに幾つか指示を出して下がらせると、疲れた声でラクスを非難する呟きを漏らした。

「これだから理想主義者というのは始末に負えん。こんな方法で戦争を終わらせられるとでも本気で思っているのか?」

 理想を求めるのが悪いとはパトリックも思わない。平和を求めるのは当然の事だ。だが、現実を無視して理想だけで動く輩は害悪にしかならない。自分達が長い時間と膨大な犠牲を払って積み上げてきた階段を、ラクスはただの一撃で崩壊寸前にしてしまった。
 苦虫を纏めて噛み潰しながら、パトリックはラクスの行為を呪っていた。そして、その失態を埋める為に生じる新たな犠牲に彼はただ悔やむ事しか出来ない。それが彼の限界であった。





 パトリックに情報がもたらされる少し前、アスランはクライン邸に来ていた。クライン邸は司法局に徹底的に捜索されており、滅茶苦茶に荒らされている。そこにはあの優美だったクライン邸の面影は無かった。

「ラクス、君はどうしてこんな事を……?」

 自分が見てきた限り、彼女は平和なプラントで安穏とした生活をしているように見えた。何時も笑顔で、こんなとんでもない事件を起こすような様子は何処にも見られなかったのに、何故こんな事になってしまったのだろうか。自分の見る目が無かったのだろうか。
 そんな事を考えていると、植え込みの中からピンク色の丸い物体が飛び出してきた。それが自分の作ったハロであることに気付いたアスランだったが、そのハロがどこかに飛んでいくのを見て慌ててその後を追っていく。
 この時、アスランが周囲に気をつけていれば、自分の後を追う人物の存在に気付いたかもしれない。彼は誰かにつけられていたのだ。

 ハロがやって来たのは取り壊しが決まっているコンサート会場であった。それを見たアスランは何となくハロがここに自分を誘導した事情を察し、腰から拳銃を抜いて安全装置を外した。
 そして扉を開けて中に入ると、そこには聞き慣れた歌声が聞こえてきた。その歌声をアスランが聴き間違える筈が無い。一歩一歩確かめるようにホールを歩き、会場に入る扉に手をかけてゆっくりと開く。すると下に向けて観客席が広がっており、ステージではスポットライトを浴びながらラクスが舞台衣装を着て歌っていた。
 アスランは拳銃を握る右手に力を込めると、ゆっくりとステージへと続く階段を降り始めた。近付いてくるラクスの姿に、アスランは愛しく感じる感情と、フリーダム脱出という反逆行為に対する怒りがせめぎあうのをはっきりと感じていた。自分の中でも彼女にどう話せばいいのか答えが出ていない。そんな心理状態で彼はラクスの前に立った。

 アスランがステージに上がってきたのを見てラクスはようやく歌うのを止め、アスランを見て微笑んだ。その微笑にアスランが僅かに気圧されたように身を引く。

「お久しぶりです、アスラン」
「ラクス、どうしてあんな事を!?」
「はい?」

 アスランはフリーダム奪取の事を問い詰めようとしたが、ラクスは首を傾げてアスランが何を言いたいのか分からないような仕種をしている。その態度にアスランは戸惑ってしまった。
 アスランが迷っているのを見てか、今度はラクスが口を開く。

「アスラン、私はキラに新たな剣を託しました」
「何を言っているのです。キラは、私が……!」
「殺した、ですか?」

 ラクスの問いに、アスランは顔を顰めて逸らせてしまった。それを見たラクスは優しげな笑みを浮かべ、アスランにキラは生きている事を告げる。

「キラは生きていますわ。マルキオ様がお救いして、私の元へ連れて来て下さいました」
「……なんですって?」
「このまま戦争が推移すれば、ナチュラルとコーディネイターは際限ない憎しみの果てにお互いを滅ぼしあってしまうでしょう。私はそれを防ぎたいと考えています。そして、その為にキラに剣を、フリーダムを託しました」
「……あ、貴女という人は!」

 アスランは怒りの感情のままに銃をラクスに突きつけた。だがその手は震え、まともに銃口が定まっていない。そして銃口を向けられたラクスはそれまでの優しげな表情を消し、アスランが見た事も無い凛とした顔を作った。

「私が許せないですか、ザフトのアスラン・ザラ?」
「何を、言って……」
「アスラン、貴方が信じるものは何ですか。勲章ですか。ザフト内での地位や名誉ですか。それともお父様の命令ですか?」
「…………」
「もしそうならば、キラは再び貴方の敵として貴方の前に現れるでしょう。そして私も」
「ラ、ラクス……」

 アスランには信じられなかった。これがあの優しく、何時も微笑んでいたラクスだというのか。これが本当のラクスだというのか。なら、今まで自分が見てきたラクスは、これまでの時間はなんだったというのだ。
 自分の信じてきたラクスを否定されたアスランは衝撃を隠せず、拳銃を降ろしてしまった。それを見たラクスはじっとアスランの目を見ている。アスランがどういう答えを返すのか、それを見極めているのだ。

「アスラン、出来るなら、私は貴方に共に来て欲しい。貴方もSEEDを持つ者、私たちと共に同じ未来を見据える事が出来る筈です」
「同じ、未来?」
「はい。ナチュラルとコーディネイターが、共に生きられる平和な未来を。その為には、今この世界を包んでいる闇を、憎しみの連鎖を断たなくてはいけないのです。その為に私は戦う事を決意しました」
「平和な未来……憎しみの連鎖を……」
「誰かがやらなくてはいけません。人々を憎しみから解放し、戦いを終わらせる。それが出来るのはもう私たちだけです」

 アスランの呟きに、ラクスは何時もの優しげな笑みを浮かべて頷き、アスランにそっと右手を差し出した。

「共に行きましょう。私たちには貴方の力が必要なのです。さあ、アスラン」

 ラクスの言う事はアスランにも理解できた。母の敵を討とうと軍に入った自分、ニコルを殺された怒りでキラを倒した自分、父を殺された復讐心で軍に入ったフレイ、お互いに憎しみで動いているザフトと連合軍。確かにラクスの言う通り、この流れは誰かが変えなくてはいけないのかもしれない。
 そこまで考えたアスランであったが、ふとアスランの耳にここに居る筈の無い人の声が聞こえてきたような気がした。

「僕は友達を、仲間を守る為に戦ってるんだ」
「私の仲間はこの街の人と基地のみんなよ」

 その声に、アスランはハッとした。

「キラ、セランさん?」

 ここには居ない筈の人の声が聞こえた。いや、更に別の声も聞こえてくる。

「レノアの墓参りに勝る仕事など、ありはせんよ」
「隊長、早く書類を片付けてください」
「ふん、次は俺がお前を部下にしてやるからな」
「グゥレイト!」
「やれやれだな、アスラン」
「アスラン、戦争が終わったら一緒にこのゲームやりましょうよ」

 墓地での父の言葉が、エルフィやイザークたちが、これまでに会った人たちが脳裏に浮かんでは消えていく。彼らは憎しみで戦っていたのだろうか。それぞれに違いはあるが、みんな何かを守りたくて、戦争を早く終わらせたくて戦っていた筈ではなかったか。

「アスラン」

 最後に浮かんだ赤い髪の少女の姿に、アスランは自然に口元を緩めていた。そうだ、考える切っ掛けをくれたのは彼女だった。そして憎しみで戦場に来たフレイは、マドラスで再会した時にはもう憎しみで動いてはいなかったのではないのか。オーブではキラの敵の筈の自分に生きろとまで言っていた。
 自分がこれまでに見てきた人たちは、敵が憎いから戦場に出ていたというのか。自分の力で前に進む事は出来ないのか?

「違う」

 憎しみという要素は確かにあるだろう。だが、それだけでは戦う事は出来ない。自分達はプラントを守りたくてザフトに入ったのだ。誰もが背負うべき大切な何かを持っている。それを否定する事は誰にも出来はしない。

「違う。俺たちは、憎しみだけで戦ってるわけじゃない」
「アスラン?」

 瞳に力強い光が戻り、自分を見返してきたアスランにラクスが戸惑った声を上げる。それは、ラクスがこれまで見てきたアスランとはまるで違うアスランだった。そう、今ラクスの前に居るのは自分の婚約者である甲斐性無しのアスランではなく、多くの部下に責任を持ち、指揮官の重圧に耐えてきたザフトの赤い死神、アスラン・ザラであった。

「ラクス、貴女の言う事は私にも理解できる。でも、それは余りにも傲慢すぎる考えだ。貴女は自分の考えが絶対に正しいとでも信じているのか?」
「どういう事ですか?」
「確かに貴女の言う事には真実が含まれているでしょう。ですが、貴女は戦場で戦う兵士たちの事を何も分かっていない。ただ高みから見下ろすだけで、全てが分かったつもりにならないで欲しい!」

 初めてアスランはラクスに強く出た。その強い非難の言葉にラクスの顔色が僅かに代わる。そしてアスランはラクスに背を向けると、ステージを降りる階段に向って歩き出した。

「何処に行くのです、アスラン!?」
「部隊に、戦場に戻ります。私は……いや、俺はザフトのアスラン・ザラだ!」

 それまで敬語で話していたアスランであったが、この時それをまるで対等の相手と話すような口調に意識して変えた。この時、アスランはラクスに感じていた精神的な劣等感から自分を解放したと言えるのかもしれない。
 そしてアスランが自分をザフトのアスラン・ザラと明言したのを聞いたラクスは、彼が自分と異なる道を行くことを決めた事を悟り、初めて焦りを見せて落ち着きを無くした声を出した。彼女はアスランがここでは決断できないと考えていたのだ。

「アスラン、いけません!」
「間違っているのは貴女だ、ラクス。貴女が今回やったことは、貴女を信じてきた大勢のザフト将兵を裏切る行為だと何故分からない!」

 引き止めようとするラクスにアスランは叩きつけるように言い、そのまま客席へと飛んだ。そして着地して歩き出そうとした所で、アスランはようやく自分が囲まれている事に気付いた。

「これは……?」

 拳銃を持って自分を包囲するザフト兵士たち。それはラクスの護衛部隊なのだという事は容易に察しが付く。その中にバルドフェルドの副官だった男を見つけ、少し驚いた。どうやらその男が指揮官らしい。ダコスタが銃を突きつけてアスランに近付く。

「アスラン・ザラ。悪いが、帰るのはもう少し先になる」
「ダコスタさん!」
「ラクス様、今彼を帰せば、必ず我々の脅威になります」

 アスランを包囲するダコスタにラクスが咎める声を上げるが、ダコスタは退こうとはしなかった。アスランの実力を良く知るだけに、彼を自由にすればどうなるかが良く分かっていたのだ。
 ラクスの意思を無視してでもアスランを拘束しようとするダコスタ。例え協力しないとしても、議長の息子には人質としての価値がある。ラクスとは違い現実主義者のダコスタはアスランを今後の為に役立てようと考えていたのだ。

 しかし、その時会場内に轟音が鳴り響き、ダコスタの近くにあった座席が一列まとめて吹き飛ばされ、ステージに大穴が開いた。

「何、これは対物ライフルか!?」

 その威力から即座に使用武器が何かを察したダコスタ。そしてその顔色が青褪める。相手が対物ライフルでは、自分達に逃げ場は無い。ここにある物では遮蔽物にはならない。
 そして誰もが動きを止める中で、あちこちのスピーカーからフィリスの声が聞こえてきた。

「ザラ隊長、外に車が用意してあります。それで帰って下さい」
「フィ、フィリス、何故ここに!?」
「すいません、後を付けさせてもらいました」

 詫びれる様子も無く答えてくれるフィリスに、アスランはとんでもない部下を持ったと呟いて苦笑いしていた。そしてフィリスの援護を確信してゆっくりと歩き出す。それを見てダコスタが何か言いかけるが、それをフィリスが制した。

「ダコスタさん、今動きますと、ラクスがどうなるかは分かっていますよね?」
「……くっ」

 フィリスの脅しにダコスタは悔しげに呻いて拳銃を降ろした。相手が対物ライフルではこちらに対抗する術は無い。そもそも何処から撃ってきているのかが分からない。声は四方八方から聞こえるので特定する助けにはならないのだ。
 そしてラクスがフィリスの裏切り行為に、落ち着いた声でどういうつもりなのかを問い質した。

「フィリス、これは何の真似ですか?」
「ザラ隊長が言っていたでしょうラクス。貴女のやったことは、全てのザフト将兵を裏切る行為だと。私も全く同感なんです」
「だから、私を裏切ったというのですか?」
「今回のフリーダムの件、私は何も聞かされていませんでしたよ。いえ、ここ最近の貴女の動きは何1つ私には知らされていなかった。これではこちらとしても、貴女に不信感を抱かずにはいられません」
「それは……」

 フィリスの非難にラクスは何も言い返せなかった。確かに自分はフィリスから情報を求めはしたが、彼女には何も送ってはいなかった。それは彼女から情報がアスランたちへ流出するのを恐れた為だったのだが、それはフィリスの不信感を煽ってしまったらしい。

「それに、私自身些か考えが変わりました。残念ですが、今の私には貴女よりもザラ隊長の方が正しく思えるのです」
「ただ命令に従うままに戦火を拡大するのが正しいと言うのですか!?」
「それは極論です。ザフトはむやみやたらと戦火を拡大はしていませんよ。軍は貴女が思うほど愚かでも狂人の集団でもないのです。これは私がザフトに入って実感した事ですが」

 フィリスはかつてラクスとマルキオを信じ、2人と同じものを見ていた。だがラクスの為に情報収集を目的としてザフトに入った彼女は、実際のザフトはラクスが考えているほど暴走している訳でもなければ、悪戯に戦いを求めているわけでもなかったのだ。ビクトリアに見るように馬鹿な奴も確かにいるが、軍人はただ命令に従って動いているだけで、ナチュラルを殺したいから軍にいるなどという兵は滅多にいない。大半は早く戦争が終わってプラントに帰りたいと願っている。
 そして自分が配属された隊は変な人間ばかりだった。アスラン経由でパトリック・ザラの戦争指導の方針も知る事が出来たのだが、これもラクスが思っているようなナチュラル根絶を目指すような物ではないらしい。これがフィリスには一番の驚きだった。
 これらの事を知ったフィリスは、ラクスの理想を信じるよりも、アスランたちと共に目の前の現実に立ち向かう事こそが正しいのではないのかと思うようになったのだが、ラクスはそう思わなかったらしい。プラント指導部が終戦への道を模索しているらしいという事はラクスに伝えてあった筈なのだが、彼女はその情報を信じなかったのだろうか。

「ラクス、私は隊長と、今の仲間たちと共に行く事にしました。今の私が信じているものは、貴女とは違うのです」
「それが、貴女の選択した道なのですか、フィリス?」

 ラクスの問い掛けに沈黙を保つフィリス。だが、その態度が雄弁にラクスに答えを突きつけていた。アスランだけでなく、フィリスも自分から離れていったらしいと悟ったラクスは小さく溜息をつき、そして静かに頷いた。

「分かりました。フィリス、貴女は貴女の選んだ道を行くのですね。ですが、力だけでは何も解決する事は出来ない。その事だけは忘れないで下さい。アスランも」

 そう言って、ラクスは踵を返した。それを見てダコスタたちもそれに続く。ここから去ろうとしているのだと悟ったフィリスは、ラクスに一つ助言をした。

「ラクス、ここに貴女が居ることは当局に通報してあります。早くしないと包囲されますよ」
「……相変わらず、手回しの良い事ですね。フィリス」
「保険はかけておくものですから」

 ラクスの皮肉に余裕を持って返すフィリス。それを聞いたラクスは一度だけ楽しげな笑みを見せると、ここから立ち去ろうと足を速めた。その背中に向けて、アスランが声をかけた。

「ラクス、もし貴女が自分の間違いを認めて出頭すると言うのならば、その時は何時でも連絡を入れてくれ。その時は、俺は俺の力の及ぶ限り貴女を全力で守る」

 アスランの唐突な約束に、ラクスは驚いて振り返った。自分を見ているアスランの眼差しは力強さと優しさを同時に宿した、ラクスがこれまで見た事の無い落ち着きと信頼を感じさせる目をしている。これが本当のアスランなのだろうか。

「それが、今の俺が元婚約者である貴女に向けられる、精一杯の気持ちだ」
「アスラン……」

 元婚約者、その言葉が示す意味は間違えようも無い。既にラクスとアスランの婚約は解消され、2人は無関係となったという事だ。
 だが、それでもアスランはラクスを守ると言う。その言葉にラクスはありがとうとは言えなかった。こういう形で袂を別った以上、それを言う事は許されない。だからラクスは何も言わず、ただ小さく頷いてステージから立ち去っていった。

 ラクスたちを見送ったアスランは何も言う事なくコンサート会場を出て、フィリスの言う通り会場前に駐車してある車に乗り込んだ。すると助手席には既にフィリスがおり、入ってきたアスランにご苦労様でしたと労いの言葉をかけてくる。それを聞いたアスランは苦笑してキーを捻り、エンジンをかけて車を走らせ出した。

「フィリス、今日は助かった」
「いえ、私にも責任があることですから」
「君がラクスの協力者だという話か?」

 アスランの問いに、フィリスはコクリと頷いた。それを見たアスランはこれをどうしたものかと暫し考えている。フィリスの行為はスパイ容疑がかけられても文句は言えないほど大きな問題を孕んでいる。勿論自分も情報漏洩の罪を問われるだろう。
 考えた末に、アスランはこの件をパトリックに報告する事にした。これはもうフィリスも含めて進退伺いをするしかないだろう。
 だが、アスランはこの件でフィリスを責める気は特に無かった。色々あったようだが、彼女はこちら側に残ったのだから。やってしまった事は清算しなくてはいけないだろうが、それは上が決める事だ。



 この件をアスラン自身から聞かされたパトリックの決断は速かった。現実問題としてこの戦局でアスランを罰する事など出来ないし、フィリスも同様に戦線から外す事は難しい。2人とも今のザフトにとっては宝石よりも貴重な熟練パイロットであり、牢獄に繋いでおくよりも前線で活躍させ、功績で罪を償却させた方が良い。これまでもザフトはこの方法で軍規違反を犯した者を免責してきたのだ。
 罪状の一時凍結を伝えられたアスランとフィリスはパトリックの温情に感謝したが、同時に複雑な気持ちにさせられている。本来ならば軍法会議に送られるべき失態をしていたのだから、それを凍結するというのはどういう事なのだろうか。
 この人事の裏には信頼できる人材であるアスランを前線に留めたいというパトリックの思惑がある。強行派の勢力もザフト内に根を張っており、確実に信頼できると断言できる人材はパトリックにも少ないのだ。
そして2人はなるべく早く地球に向かい、カーペンタリアで再編成中のパナマ攻略部隊と合流しろと言われたのだ。その際にアスランは特務隊隊長に任命され、現在のジュール隊を吸収する形で戦力を整えるという事になった。また、アスランには完成したばかりのジャスティスが、フィリスにはゲイツが支給されている。


 ラクスの暴挙はパトリックの威信の低下とシーゲルの失脚という事態を招き、パトリックはこの失態を補う為にやるつもりの無かったパナマ攻略作戦を発動してしまう。そしてパトリックの威信の低下は、ナンバー2であるエザリア・ジュールの力の増大を意味していた。
 そしてシーゲルの失脚とラクスの反逆は2重の意味で穏健派の立場を悪くしてしまった。カナーバらの穏健派議員はクライン派としての組織力を事実上喪失してしまい、議会内での力を失う事になる。穏健派が何を言っても強行派に冷笑されるだけになってしまったのだ。
 ただ、最初の頃から裏方として密かにパトリックに協力していたパール・ジュセックだけはまだ講和に向けて工作を続けていた。彼は議会内では影の薄い人物であるが、それだけに誰の注意も引いておらず、かなり自由に動けているのが大きかった。あのクルーゼでさえこの凡庸という言葉が良く似合う議員の動きには関心が無いようで、彼が密かなパトリックの協力者であるという事には気付いていない有様である。





 一方、地球ではボロボロになったアークエンジェルとドミニオンがカリフォルニア基地に入港して修理を受けていた。2隻はここで傷を癒した後、パナマ基地からマスドライバーで宇宙に上がり、月に行く事になっている。
 そしてカリフォルニア基地に来た際にアークエンジェルには補充クルーが新たに配属される事にもなっていた。あのフラガと彼の教え子3人という事で、フラガが来ると知ったマリューは早速歓迎パーティーの準備と言って厨房に篭もって何かを作り出し、それを知ったアークエンジェルのクルーは血相を変えて何か用事を探し出していた。だが入渠中の戦艦のクルーに仕事などあるはずも無く、多くは絶望をまざまざと浮かべてパーティー会場となっている食堂に顔を出していた。そしてドミニオンからはナタルやキースといった幹部クルーに、オルガたち3人も来ていた。オルガは久しぶりなのでアークエンジェルクルーから気軽に声をかけられていて、シャニやクロトを驚かせている。
 そして今日の主賓であるフラガが新人3人を連れて遂に会場へとやってきた。軍帽を被ったフラガが右手を軽く上げながら食堂に入ってくると、サイとミリアリアが持っていたクラッカーを鳴らし、マリューがフラガの前に進み出る。

「お帰りなさい、フラガ少佐」
「ははは、ただいま、ラミアス艦長」

 お帰りなさい、こんな言葉をかけられるほどフラガはこの艦で戦っていたのだ。自分の乗った母艦は大抵戦場で沈んでいるフラガにしてみれば、帰って来たというのはひょっとしたら初めてのことかもしれなかった。
 マリューに代わって今度はキースとトールが前に出てくる。フラガは生きていた戦友の顔を見てにやりと笑うと、大きく右手を大振りに叩き付けるような勢いでキースに向けて振り、キースもそれを同じように大振りに右手を振って、大きな音を立ててフラガの手を取った。

「よお、やっぱり生きてたな、キース!」
「ははは、少佐より先に死んだりしませんよ!」

 何とも嬉しそうなフラガとキース。お互いに相棒と言えるまでに幾多の戦場を駆け抜けてきた2人には、余人の入ることの出来ない繋がりがあるらしい。そしてフラガは手を離すと、キースの隣で元気の無いトールの頭にポンと手を乗せ、その髪を噛みまわしてやった。

「よく、アークエンジェルを守ってくれたな。トール」
「フラガ少佐、俺は……」
「話は聞いてる。悔しいのも分かるよ」

 トールの気持ちを察してフラガは、一度だけトールの頭をグッと押すと、その手を離して何時もの明るい態度に戻った。

「まっ、悔しいならもっと強くなるんだな。また俺とキースが訓練に付き合ってやるからさ」

 フラガの言葉にトールはキースを見た。キースもフラガに同感だと頷いており、また2人が自分を鍛えてくれるのだと理解したトールは2人に深々と頭を下げた。

 そしてフラガはノイマンたちに一通り挨拶をした後、ぐるっと一堂を見回した。

「新顔も何人か居るみたいだな」
「ああ、ドミニオンの人ですよ。オルガさんのお友達だそうです」

 クロトやシャニに気付いたフラガに、ミリアリアが説明してあげる。だが、友達と紹介されたシャニとクロトは何か酷く不味いものでも食べたかのように顔を顰めており、そういう関係ではないという事を態度で示していた。オルガの方はアークエンジェルの空気に慣れているせいか、そんな不本意な紹介をされても苦笑いを浮かべるだけで済ませているが。
 そしてフラガは新しく連れてきた自分の教え子を紹介した。

「こいつらがカリフォルニアで俺が教えてた奴らだ。腕はなかなかのもんだぞ。女の子がステラ・ルーシェ、そっちの背の高いオールバックがスティング・オークレー、そっちで突っ張ってるのがアウル・ニーダ。エクステンデッドとかいうオルガとは別の系統の強化人間らしいんだが、オルガたちよりゃ話が通じるから安心してくれ」

 フラガの訳の分からない紹介になるほどと頷くアークエンジェルクルーとナタルとキース。引き合いに出されたオルガはこめかみを引くつかせていたが、心当たりもあるので文句は言わなかった。
 そして紹介が終わったと判断したのか、フラガの脇に始終くっついていたステラがフラガの腕を引っ張った。

「ねえムウ、ご飯まだなの?」
「ああ、そうだなあ……」

 子供っぽいステラの言葉にフラガはみんなを見たが、何故か誰もフラガの顔を見ようとせず、とても深刻な表情で顔を背けている。それを見てどうしたのかと思ったフラガに、そっとキースが耳打ちした。

「この料理、艦長が何品か作ったんですよ」
「……それでか」
「どれか分からないもんで、みんな手を出すのを怖がってるんです」

 一見おいしそうなパーティー料理だが、この中に致死性の猛毒が混じっている。そんな悪夢があって良いのだろうか。でも相手が艦長なのでストレートに不味いというのも気が引けるというか、とにかく誰もこれまでマリューの料理をはっきりと不味いとは伝えていないのだ。食べた人間はフラガを除いて全員医務室送りなのでそもそも不味いとかそういうレベルではないのだが。
 この何とも言えない沈黙の中で、シャニとクロトはどうしたのかと周りの人間を見回し、そしてアークエンジェルに来る前にオルガが言っていた事を思い出した。

「いいか、あの船に行く前に言っておく事がある。あの船の食い物には注意しろ。下手に食うと命に関わるからな。それと、あの船に居る女には逆らわない方が身の為だ」

 これがその事なのだろうかと2人が考えていると、我慢できなくなったのかステラが目の前のテーブルに置かれている料理をひょいっとつまみ食いして、そのままそこでパタリと崩れ落ちるように倒れてしまった。

「おい、どうしたステラ!?」
「なんかステラ、痙攣してねえか?」

 倒れたステラをスティングが急いで抱き起こし、顔を覗き込んだアウルがピクピクしているステラを見て不味いんじゃないかと呟く。それを見たフラガは顔を押さえてステラの運の悪さを嘆き、トールがコップに水を入れてスティングに差し出す。それを見てスティングは礼を言って受け取ると、コップの水をステラの口にゆっくりと流し込んでやった。
 そのままじっと様子を見ていると、ようやく落ち着いたのかステラはぼんやりとした眼で自分の背中を支えているスティングを見た。

「ス、スティング……」
「どうしたステラ、大丈夫か?」
「ステラ……」
「無理に喋らなくていい。今医務室に連れてってやる」

 もしかしたら体の異常でも起きたのかと心配しているスティングであったが、次にステラが言った一言は、彼の脳みそを石化させるものであった。

「ステラ……不味いの、嫌い……」
「…………」

 ステラの言葉に、スティングの脳は完全にフリーズしてしまった。硬直しているスティングに代わってアウルが恐る恐るフラガに問い掛ける。

「なあ、何食ったんだ、こいつ?」

 だが、フラガはアウルの問い掛けなど聞いてはいなかった。彼は何とも爽やかな笑顔を浮かべてステラにグッジョブと右手の親指を立てていたのだから。見れば他のクルーもステラに感謝の眼差しを向けていたりしている。それを見てアウルはますます混乱してしまっていた。
 この時ステラに不味いとはっきり言われたマリューはガックリと肩を落としていたという。

 この後、自分達にあてがわれた部屋でUNOをしていたアウルとスティングの元に、両手一杯にお菓子の袋を抱えたステラが入ってきた。

「アウル、スティング、一緒に食べよ!」
「何だその菓子の山は、どこから持って来たんだ?」

 菓子の山を目にしてスティングがどっから持って来たのか不思議そうに聞いたが、返ってきたのは何とも要領を得ない答えであった。

「そこで会った軍人のお姉さんがくれたの。感謝の気持ちとか言ってたよ」
「感謝の気持ちだあ?」

 何だそりゃという感じでスティングが首を捻るが、ステラはスティングなどお構い無しに抱えてきたお菓子の山をベッドに放り出して気に入った袋を開けている。それを見たアウルも手近に転がってきたうまい棒を手に取った。

「まあ良いんじゃないの、くれたんだし」

 そう言ってアウルはパクッとうまい棒を齧り、そして何とも言えない微妙な表情になってその袋を見た。そこに書かれていたのは「なつかしの納豆味」。

 お菓子に囲まれて嬉しそうなステラ、そんな彼女を見てスティングは右手でぼりぼりと頭を掻いて少し真面目な声で呟いた。

「どうやら、ここの連中はこれまでの連中より信じられそうだな」




 大海原に浮かぶ1隻の中型船。複数のデリックが特徴的なその船にははっきりとジャンク屋ギルドのマークが描かれている。この船は先のアラスカ戦の戦場跡にジャンク漁りにやってきたのだ。
 その船の甲板上で、1人作業着姿でモップを手にぼんやりと夕焼けに染まる空を見上げるキラの姿があった。

「早くオーブに行かないと。そして、フレイとカガリに謝ってアークエンジェルに帰るんだ」

 ぐっとモップを握る手に力が篭もる。だが、次の瞬間背後からやたらと野太い、大声でもないのにやたらと大きく聞こえる声が聞こえてきた。

「小僧、何サボってやがる?」
「せ、船長!?」

 自分の背後に立つ小山のような筋肉の塊の初老の男に、キラは文字通り震え上がって慌てて甲板掃除を再開した。その目は一睨みでキラを金縛りにするほどの迫力がある。

「海岸で途方に暮れてた訳ありの手前を事情も聞かずにMSごと乗せてやってるんだ。客じゃねえんだ、今度サボってたら飯抜きだぞ」
「そ、それだけは勘弁してください~!」

 キラ・ヤマト、彼は生きて無事にオーブに辿り着けるのだろうか。


後書き

ジム改 アスランは再び戦場に戻る事に。
カガリ アークエンジェルは賑やかだな~。
ジム改 遂にアークエンジェルにも天然系が加わってしまった。
カガリ ザフトに較べるとこっちは平和だ。
ジム改 ザフトはもう必死だからな。まだ仕切りなおせる連合とは余裕が違う。
カガリ で、オーブはどう動くんだ?
ジム改 何が?
カガリ メテオが落ちたんだから、オーブも当然動きがあるだろ。
ジム改 オーブの獅子は如何なる事態になっても中立を保つんだよ。
カガリ …………。
ジム改 さて、次はいよいよパナマへ向けて動き出すぞ。
カガリ では次回、ザフトはスピットブレイク残存部隊を再編してパナマを目指す。アスランたちも新兵器グングニールを搭載した艦隊と共にジャスティスを持ってパナマを目指す。そしてアークエンジェルとドミニオンもカリフォルニアを出発した。戦いの影で事態の推移に歓喜したクルーゼがいよいよ動き出す。そしてオーブに現れるラッキースケベ。次回「誰も望まなかった戦いへ」でお会いしましょう。


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