第88章  アラスカ

 隕石の落着と流星群による被害はアラスカ基地の地上を耕してしまった。兵員は地下に逃げていたので被害と言える被害は出ていないのだが、配備されていた対空砲や重砲、陣地などはその大半が破壊されてしまった。特に対空火力の低下は著しく、防空能力は70%もの低下を見せている。
 この被害を見たアラスカ司令部は蒼白となってどうしたら良いかを議論を繰り返したが、その議論も哨戒機が接近するザフトの海中艦隊を捉えたことで結論がでた。アラスカを守りきるのは困難だろうという結論に達したのだ。
 とにかく指揮系統は保全されなくてはならない。これは最優先の課題であり、総司令部の要員は全員潜水艦でアラスカを脱出する事になった。後にはウィリアム・サザーランド大佐が残り、防衛の総指揮をとる事になる。
 全権を委ねられたサザーランドはとにかく迎撃の準備を急がせると共に、基地の事務員などの非戦闘員の脱出を急がせた。敵との戦闘が始まるまでに輸送機でアラスカから脱出させようというのだ。サザーランドはアラスカを守り切るつもりでいたが、もし負けて逃げるという段階になったら彼らは足手纏いになる。それでも残さなくていけない人員も居るので、彼らはいざという時には潜水艦で逃がす事になるだろう。
 そしてサザーランドは地上軍をアラスカを中心に円陣に展開させ、正面ゲートの湾にはマリューのアークエンジェルを旗艦とする海上艦隊を展開させる。アークエンジェルは指揮通信設備を大幅に強化されているので、旗艦としては最適だったのだ。コンピューターも増設されたのでここに展開する海上艦隊全軍を統一指揮する事が出来る。
 アークエンジェルはかろうじて改装が間に合っていた。艦橋左右には計10基のイーゲルシュテルンがあり、船体各所には22基の連装レーザー機銃が設置されている。艦首上部には連装ビーム砲、ゴッドフリートが2基、更に船体中央の下部、丁度艦橋の真下にもゴッドフリート1基が増設された。これはアークエンジェル級が下方からの攻撃に対処できないという戦訓から増設されたものだ。勿論使用時には艦首のMSデッキよりも下に張り出すようになっている。
 これにこれまで通り両舷合わせて24基のミサイルランチャーがある。もう完全な移動要塞と言える重武装だった。

サザーランドからこちら側の指揮を任されたマリューは艦隊を対潜警戒の形に展開させながら、艦載機部隊に出撃準備を命じた。

「トール君、貴方のストライクが頼りよ、頑張って頂戴!」
「分かってますよ。俺は105ダガー3機を連れて空中戦をします。バスターダガー2機は甲板上で使って下さい」
「分かったわ。貴方も頑張って」
「大丈夫ですよ。ミリィが居る限り、俺は帰ってきます」

 そう惚気を言ってトールは通信を切った。それを聞かされた艦橋一堂は何だか酷く苦いものでも食べたかのような顔になり、CICに居るミリアリアを見る。みんなの視線が集中したミリアリアは恥ずかしいやら嬉しいやらで顔を真っ赤にして縮こまってしまっていた。
 ただ、その視線の中には50%以上の嫉妬と殺意が混じっていたりするのだが。



 そして遂にザフトの総攻撃が開始された。海中から次々にカプセルのようなものが飛び出し、それが2つに割れて中から巡航ミサイルが飛び出してくる。200を超える巡航ミサイルの雨がアラスカ基地に降り注ぎ、迎撃配置に付いていたMSや対空砲の盛大な迎撃を受けて次々に撃墜されていく。中には巡航ミサイルを狙うサンダーセプターやスカイグラスパーの姿もあった。これをやっているのはかなりのベテランパイロットだろう。
 そしてミサイルの発射された海域に対潜哨戒機のオスプレイが抱えている対潜魚雷を次々に海中に叩き込んでいく。だがこのオスプレイは海上に姿を見せたゾノのフォノンメーザーを受けて何機かが撃墜されてしまい、残りは慌てて上空へと逃れる。メーザーは音波なので、空気中では距離が開くと威力が激減する。そして海面に姿を見せたグーンやゾノを狙って今度はスティングレイ攻撃機が緩降下で迫りながら90mmガンランチャーや対MSミサイルを叩き込んでくる。
 グーンやゾノが対空戦闘を行っている隙に浮上した潜水母艦から次々にディンが出撃し、連合の戦闘機部隊と空戦を開始した。中には浮上した途端にオスプレイに魚雷を叩き込まれ、あるいはスティングレイやスカイグラスパーに砲弾やミサイルを叩き込まれて撃沈される艦もあったが、それでもディンの数が増えるにしたがって潜水母艦部隊の安全は確保されるようになった。

 ディン部隊の援護の元に潜水母艦は次々に浮上し、格納庫からグゥルに乗ったジンやシグー、ゲイツを発進させだした。この潜水艦隊めがけてマリュー指揮下のアークエンジェルと海上艦隊が一斉に対艦ミサイルを発射して飽和攻撃を仕掛けるが、その多くが敵に達する前にMSやインフェストスに撃破されてしまう。それでも何発かは敵艦隊に到達し、潜水母艦を一撃で破壊していく。
 潜水母艦を飛び立ったMS隊はザフトの放った第1波だった。120機のディンを含む、220機の大部隊である。この部隊の仕事はアラスカを守る防衛部隊を叩き、橋頭堡を作る事である。その為にもっとも防御力の高い正面ゲートにはあえて向わず、上陸用舟艇が乗り付け易い海岸のビーチを目指している。
 これに対して連合は航空部隊と高射砲部隊で迎え撃った。アラスカの防空隊には従来のサンダーセプターも沢山あるが、新型のスカイグラスパーも多く配備されている。この機体はパイロットの腕が確かならばディンと互角以上に戦える事がフラガやキースで実証されている機体だ。
 この雲霞のように出撃してきた戦闘機部隊を見たザフトのパイロット達は声を無くしてしまった。自分達とナチュラルの物量差は理解しているつもりだったが、アラスカの物量は桁が違うとしか言いようが無い。向こうはこちらの3倍近くいるのではないだろうか。
 しかし、ザフトはこの大軍に立ち向かっていった。もとより敵が大軍で迎え撃ってくるのは覚悟の上であり、第1波はそれを考慮して精鋭を集めている。双方の集団はアラスカの海上でぶつかり合い、直ぐに統制の取れない泥沼の乱戦になってしまった。何処を見ても敵と味方の機体が入り乱れ、さながら巨大な魔女の大釜が空中に出現したかのような惨状を呈している。
 ディンは戦闘機に勝る運動性に物を言わせて戦闘機の死角に回り込もうとしたが、相手の数が多すぎてその何時もなら有効な戦術も意味を成さなかった。ディンがこちらに死角を向けている戦闘機に狙いをつけようと動きを止めた途端、別の戦闘機から攻撃されて撃ち落されてしまうのだ。あるいは戦闘機を撃ち落して一瞬気が抜けた所を落とされてしまう機体が続出している。ディンでこの有様だ。下駄履きのジンやシグー、ゲイツではどうしようもなかった。何処に行っても敵が居るという状況では有利な位置を占めるというメリットが意味を成さなくなる。
 
 だが、それでもザフトは制空権を握ろうとしていた。この膨大な消耗戦はキルレシオの差でザフト側が競り勝とうとしていたのだ。ザフト側も半数以上の機体を失っていたが、その損失に見合うだけの敵機を落としていた。
 戦闘機部隊を追い払って海岸上空を押さえたザフトは次の作戦に移った。ディンが上空を押さえつつ、下駄履きのMSがグゥルを捨てて次々に大地に降りていく。ここからは地上部隊が上陸してくる為の橋頭堡の確保をするのだ。これに対しては連合は戦車隊とMSを繰り出して対抗してきた。

「来たぞ、ナチュラルのMSだ!」
「怯むなよ。MSはナチュラルじゃ使いこなせないって事を教えてやれ!」

 ザフトのパイロット達の多くは実戦経験を積み重ねてきた精鋭だ。それゆえにもっとも危険な橋頭堡の確保という任務を与えられたのだから。だが連合もまた必死だった。ここで橋頭堡を築かせれば敵を食い止めるのが難しくなるというのは分かってる。双方とも必死さを漂わせて激突している。
 しかし、この戦いでザフト部隊は予想以上の大苦戦を強いられる事になる。それは連合の戦車が改良されていたせいだった。出てきたのは連合諸国全域で使用されていたヴァデッド戦車だったので、ザフトは何も気にせずに何時ものように撃破しようと重突撃機銃を叩き込んでいったのだが、なんとこのヴァデッド戦車は正面と上面装甲に火花を散らしただけで何事も無かったかのように攻撃を続けていたのだ。

「何だとぉ!?」

 ザフトパイロット達が驚愕の声を上げる。そう、連合はヴァデッド戦車をこれまでとはまるで違う発想で改良していたのだ。従来の戦車は正面から自分の砲で撃たれても弾き返せる、というコンセプトで防御装甲を正面装甲に集中させてきた。当然ヴァデッド戦車も自身の90mmリニアガンを正面装甲で受け止める事が出来る。だがMSとの戦闘では正面装甲はさほど重要ではなかったのだ。MSは戦車を撃ち降ろしてくるので、正面防御よりもトップアタック防御、つまり上面装甲への被弾を重視した形へと切り替えたのだ。
 ザフトは76mm重突撃機銃を主力火器とする。ならばこれに持ち堪えられればそれで十分だと頭を切り替えた開発チームは正面と側面、上面に砲戦距離で76mm弾を確実に防げる装甲を張り巡らせたのだ。流石に背面は切り捨てられているが。1kmも近付けば光学射撃でも必中距離なので、この距離で76mmに確実に耐えられるなら状況は激変する事になる。落ち着いて狙えるならヴァデッドの90mmリニアガンは如何なるザフトMSも撃破する事が可能なのだから。
 この改良型ヴァデッド戦車の登場にザフトは焦った。長距離からの重突撃機銃が効かないとなると、更に距離を詰める必要がある。だが連合戦車隊は余り距離を詰めようとせず、稜線の陰からリニアガンを放ってくる。ここにきてザフトは初めてMSが戦車に追い詰められるという恐怖を味わう事になった。
 上空から援護してくるディンも同様で、重突撃機銃が通用しないのでは打つ手が無い。危険を冒して600メートル辺りまで降下して距離を詰めたディンが放った76mmは戦車の後部上面装甲を貫いてこれを撃破出来たので、撃破が不可能というわけではないようなのだが。

 ただ、ゲイツだけはビームライフルを持っていたのでこれを一撃で破壊する事が出来る。この為にザフトはゲイツが戦車の相手をし、ジンとシグーはストライクダガーの相手をするという奇妙な役割分担が起きる事態となった。もっとも、ヴァデッドの90mmリニアガンはゲイツのシールドをぶち抜く威力があったため、ゲイツも盾を頼りに出来ず、ジンやシグーと同じように海岸の稜線に身を隠していたのだが。
 シールドを構えながらビームを放ってくるストライクダガーを重突撃機銃で撃破し、あるいはバズーカで吹き飛ばす。距離を詰める事が出来たシグーが重斬刀でダガーを真っ二つにしてしまう。MS同士の戦闘ではやはり経験に勝るザフトに分があるようだ。
 そして海岸で頑張っている第1波は艦隊に増援を求めた。とにかく援軍を、特に曲射が出来るザウートを揚陸してくれと頼んだ。ザウートの砲ならあの戦車を一撃でしとめることが出来る筈なのだ。また、数は少ないが海岸防御線に生き残っていたトーチカや戦車隊の後方に布陣したらしい重砲部隊やロケット砲部隊も厄介な相手となっている。これらの地上部隊を潰すには砲力に優れるザウートが最も有効な戦力となる。
 


 この援軍の要請を受けて、潜水艦隊は第2波を送り込む事を決意した。これは主力部隊と呼べるもので、下駄履きのMSが多数を占めている。そして海岸めがけて上陸用舟艇を積んだ潜水艦が迫る。あわせて正面メインゲートにもMSの大部隊が押し寄せた。
 このメインゲートを守るのは連合最高の殊勲艦であるアークエンジェルを旗艦とする海上艦隊だ。ここを落とされればアラスカの命運は尽きる。だからこそ連合も強力な部隊を置いていたのだが、ここにザフトはアークエンジェルとの戦いに最も慣れた部隊を含む大軍を投入したのだ。
 この攻勢を見たマリューは全艦に防空戦闘の用意を命じると共に、艦載機に出撃を命じた。

「トール君、頼むわね!」
「キラやフレイほどってのは無理ですが、やって見せますよ!」

 マリューの頼みにトールは当たり障り無く答え、ストライクを起動させた。バックパックは空戦パックを装着している。

「トール・ケーニッヒ、ストライク、行きます!」

 アークエンジェルのリニアカタパルトからストライクが射出され、外にでたストライクは直ぐに空高く舞い上がった。それに続くように左右のカタパルトから105ダガーがやはり空戦パックを装備して飛び出してきてトールに続く。その周囲には近くの空軍基地から上がってきた戦闘機部隊が取り巻いている。
 そしてこの大軍にザフトのMS部隊が挑んだ。下駄履きのジンやシグーが重突撃機銃を撃ちながら突撃してくる。それに対して連合の戦闘機は散開して思い思いの方向から襲い掛かった。

「キラが居ないからって、そう簡単に殺られるかよ!」

 重突撃機銃の弾幕を回避しながらストライクがジンとの距離を詰め、ビームライフルの一撃で撃ち落す。仲間が落とされたのを見てディン部隊がストライクを落としにかかるが、重突撃機銃の効かないストライクに対してディンは無力に過ぎた。集中される火線の中で火花を散らしながら回避運動を取るストライクから反撃のビームが放たれ、逆にディン部隊が1機、また1機と数を減らしていく。
 味方が次々に落とされているのを見たイザークは周囲の味方に下がるように怒鳴った。

「全機退けえ。そいつの相手は俺がする!」
「デュエル? またあいつらかよ!」

 グゥルに乗ったデュエルがビームライフルを放ちながらストライクに迫る。トールは必死に機体を操ってこれを避けながら反撃のビームを放つが、イザークはこれを回避して見せた。この戦いを見ていたディアッカが信じられない思いで苛立ちを吐き出してしまう。

「ちょっと待てよ、足付きのストライクはアスランが仕留めたんだから、あれは別のストライクだろ。なのに、何でイザークとタメ張れるんだよ!?」

 空戦パックをつけて自由に動けるストライクとグゥルに乗って不自由な動きしか出来ないデュエルというハンデはあるが、それを差し引いてもあのストライクは強かった。操っているパイロットも実戦に慣れたベテランなのだろう。しかし、今ではザフトでも指折りの実力を誇るイザークがまさか苦戦するとは。
 ディアッカは知らない事ではあったが、イザークが相手にしているG型ストライクはカラミティなどと同世代機であり、TP装甲を装備し、全ての性能が底上げされている。バッテリーも新型で長時間戦えるのだ。むしろ型落ちのX型デュエルで張り合っているイザークの技量が凄まじく、トールは機体性能差で技量差を埋めているに過ぎない。
 しかし、それでもイザークが手を焼いているという現実は変わらない。イザークはストライクと一進一退の攻防を繰り返しながら、ミゲルに先に行くように言った。

「ミゲル、お前が指揮してメインゲートを落とせ。こいつが居なければ後は雑魚だ!」
「イザーク、1機で大丈夫か!?」
「俺を誰だと思ってる。良いから行け、時間が無い!」

 イザークが距離を詰めてストライクにレールガンを叩き込み、回避した所へビームライフルを撃ちこむ。トールはこれを機動性にものを言わせて飛び回る事で回避したが、いきなり背後から銃撃を受け、直撃の衝撃に顔を顰めた。
 後方監視モニターを見れば1機のディンが重突撃機銃を撃ちながら近付いてくる。それを確かめたトールはタイミングを計って大きく後ろに下がり、近付いてきたディン頭部をシールドを横薙ぎに振って切り飛ばす。それでバランスを失って崩れかけたディンの背後に回りこみ、デュエルに向って蹴り飛ばす。
 これの泥居たイザークは慌てて回避したが、その直後にそのディンはビームに貫かれて爆発した。破片がデュエルにも降り注ぎ、たまりかねてイザークが退く。





 アラスカに敵の大軍が来襲した頃には降下軌道をザフトの大軍が埋め尽くそうとしていた。降下船母艦が大気圏突入カプセルを切り離し、降下軌道に展開させていく。その真上をザフトの艦隊が護衛しており、敵を近付かせまいと守りを敷く。そして少し離れた場所では迎撃部隊が連合の艦隊を迎え撃っていた。
 連合は月から現在動く事の出来るシャンロン准将の第6艦隊32隻を出撃させてザフトの降下作戦を阻止しようとしていたのだが、20隻を超えるザフト艦隊を前に攻めあぐねてしまっていた。連合もストライクダガーを投入できるようになって以前のような一方的な苦戦は強いられていないのだが、やはりこれだけ数の面で同等となるとザフトの方が強い。まあ、これまでは5倍の兵力が必要と言われていたのを考えれば随分差が縮まったものだが。
 シャンロンは旗艦グリゴールからザフトの防衛ラインを崩せないかと必死に指示を出し続けていた。指揮下の部隊もアラスカ本部が危ないという現状は分かっているので提督の無茶な命令にも文句も言わずに従っている。ザフトもこれまでに無い頑強さで連合の猛攻を跳ね除け続けている。連合が必死なように、ザフトも必死なのだろう。
 そして、シャンロンたちの見ている前で遂にザフトの降下が開始された。

「シャンロン提督、ザフトの降下ポッドが突入を開始しました!」
「くそっ、間に合わなかったか!」

 無念のうめきを上げながらシャンロンが拡大された映像を睨み付ける。そこでは耐熱カプセルが次々に大気圏に落ちて摩擦熱の光を発しているのが映し出されていた。
 しかし、まだこれは降下第1波のはずだ。降下軌道の狭さを考えれば、一度に全てを降ろす事は出来ない。

「あれ以上降ろさせるな。何が何でも降下船母艦を撃沈するんだ!」

 敵の降下を見た連合艦隊の将兵が更なる勇気、いや、もう狂気とさえ言えるような無謀さを持って再度攻勢に出る。まるで退く事を知らないかのように攻撃に次ぐ攻撃を加えてくる第6艦隊を相手にしたザフトにも流石に綻びが出始めている。

「何だこいつ等は、死ぬのが怖くないのか!?」
「駄目だ、押さえ切れないぞ。突破される!」

 被弾を無視して攻撃に出てきたダガーを仕留めたゲイツのパイロットが理解できないように叫び、その隣のジンが悲鳴を上げる。この場、この瞬間においては連合の勢いがザフトを完全に飲み込んでしまっていた。


 そして、地球圏にギリギリのタイミングで2隻の戦艦が到着した。ドミニオンとヴァーチャーだ。ハルバートンの指示を受けたナタルはデブリに衝突する危険を冒して最短コースを選択し、無理に無理を重ねて間に合わせて見せたのだ。ただ、2隻とも無理を重ねたせいか、あちこちがかなり傷付いていたりするのだが。ドミニオンに至っては艦橋の傍にあるレーダーが片方根元から無くなっている。

「間に合ったか。まだ戦闘は終わっていない!」
「艦長、バゥアー大尉が出撃許可を求めていますが」
「ここから届くのか?」
「コスモグラスパーなら増槽を付ければ問題は無いですが、MSは無理です」
「よし、ならアコスモグラスパーだけでも出す。それと、ローエングリン用意だ。目標はザフト降下船母艦。全艦第1戦速5分、以降最大戦速!」

 ナタルの許可を受けてキースが飛び出して行った。それに続いて2機のコスモグラスパーが出る。だが、ノーマルの2機に対して加速性能を馬鹿みたいに上げているキース機の直線速力は凄まじく、2機はたちまち後方に置いていかれてしまった。それに続くようにドミニオンとヴァーチャーもここで機関が壊れても構わないとばかりに全速を出す。
 だが、この時の加速はかなり無茶なものだ。乗っているキースが速度を安定させるまでの間、強烈なGに顔を顰めていたくらいなのだから。
 そのキース機の脇を強力なビームが通過していく。放たれたローエングリンがこちらに気づいて迎撃に来たゲイツ部隊を薙ぎ払って敵艦隊を襲う。残念ながら距離が有り過ぎて4本のローエングリンは敵艦を捕らえる事は無かったが、降下準備中の降下殻2つが消滅してしまった。

「何だ、この砲撃は!?」

 初めてローエングリンの洗礼を受けたザフト艦隊が焦りの声を上げる。そして接近してきた新手があの地上で友軍を蹴散らして回っていた足付きの同型艦、アークエンジェル級戦艦だと知って焦りは恐怖に変わった。アークエンジェル級の強さは尾鰭をつけてザフト内に知れ渡っている。曰く、あの戦艦1隻は1個師団に勝る、あの戦艦を見ると死神が来る、あの戦艦に手を出すと女難になる、などなど。
 そしてローエングリンに続いてエメラルドのコスモグラスパーが戦場に突入してきて、迎撃のジンやゲイツの盛大な歓迎を受けて慌てふためいて退避していく。その見事な逃げっぷりに、迎撃に出たMSが慌てて後を追いかけようとして、直ぐにそれに続いて2機のコスモグラスパーが突入して来たのを見て慌てて迎撃に入る。
 このドミニオンとヴァーチャーはその戦闘力に物を言わせてジリジリとザフトの防衛線に錐の様に食い込み続けるのだが、ザフトも全力でこれに対抗し続け、ナタルの猛攻を支え続けている。とにかく全ての降下ポッドを降ろすまでは退くつもりは無い。その意思をはっきりと感じさせるしぶとさであった。





 宇宙からの降下部隊も加わった事でアラスカの防衛隊は追い詰められていた。これに対抗するべき防空陣地は隕石で壊滅状態であり、大半の機体が降下に成功してしまっている。
 敵MSが沿岸防衛線の内側に降下してきたとの報告を受け取ったサザーランドはいよいよ最後の時が来た事を悟った。せめて宇宙艦隊が降下を阻止してくれれば守り切れたのかもしれないが、こうなってはもう負けはもう確定しただろう。サザーランドは遂に最終作戦の発動を決意し、全軍にアラスカ基地の放棄を伝えた。

「作戦遂行中の全部隊に伝えろ。アラスカ基地を放棄すると」
「大佐、それは!?」
「もう守りきれん。地上部隊はカナダへ脱出する。海上艦隊はラミアス中佐に任せ、ハワイに脱出させる。基地内の全ての潜水艦と輸送機、輸送車を使って非戦闘員を脱出させるのだ、急げ。撤退後、アラスカ基地はサイクロプスで破壊する!」

 サザーランドの決定を受けて空軍基地にある輸送機全てに兵員が乗せられ、戦闘機の護衛付きでこれらは敵の攻撃がほとんど無い北部経由でカナダを目指すのだ。潜水艦では怪我人と女性兵士を優先して乗せる事になっており、地上車両にはあぶれた不幸な男性事務員たちが乗せられている。歩兵よりは待遇が良いように見えるが、軍人と言っても後方要員は大した戦闘能力を持たないので、前線に出てくるよりもこうして引っ込んでくれていたほうがありがたいのだ。
 そして司令部の撤収作業を進めさせていたサザーランドはアークエンジェルのマリューに通信を入れ、撤退を伝えている。

「撤退、ここを放棄すると仰るのですか!?」
「そうだ。もうアラスカは守りきれない。負けると分かっている戦いでこれ以上犠牲を出すわけにもいくまい」
「ですが、もうすぐ第3洋上艦隊も来ますし、宇宙の方も第6艦隊がザフトを叩いてくれる可能性だってあります。カナダ方面からも援軍は来ているでしょうし」
「間に合うまい。アラスカはもう何時間も持たないだろうからな。私は既に基地の地下にあるサイクロプスの起爆タイマーを起動させた。あと2時間でこの基地は消滅する」
「サ、サイクロプス。まさか、あのグリマルディで使ったアレですか!?」
「そうだ。だからこれ以上守る意味は無い、もう解除は不可能だからな。君達はそこであと1時間時間を稼いだらカリフォルニアに脱出してくれ。私もカリフォルニアに向う」
「わ、分かりました。御無事で」
「君達もな。カリフォルニアで会おう!」

 そう言ってサザーランドは通信を切り、司令部を後にしてアラスカに残されていた地上戦艦に向った。あと2時間でアラスカ基地を放棄して逃げ出さなくてはいけないのだ。無駄に出来る時間は全く無いと言って良いだろう。


 アラスカを守る防衛隊が退き始めた。これを見たザフトの侵攻軍は最初罠かと疑ったが、それが連合の海岸線全域で起きている事を知った侵攻軍司令官は前線部隊に前に出るように命令した。
 それまで海岸線に釘付けにされていたザフトの上陸部隊が内陸へと進出していく。これに対して連合はストライクダガーと戦車で応戦していたが、彼らの戦い方はこれまでのこちらを一歩も通すまいとする攻撃ではなく、まるでこちらの動きを邪魔するかのような攻撃に変わっていた。

「どういう事だ。奴ら、もう戦力が尽きたのか?」
「さあな。だが、これくらいなら突破できる。行くぞ!」

 連合の抵抗が急に弱くなった事に戸惑いを隠せないパイロットも多かったが、ナチュラルへの蔑視思想に染まったパイロットはそれ以上に多かった。この作戦に参加したパイロットの大半は連合軍に苦戦した事など無い、開戦期の快進撃の酔いから未だに覚めていない者たちだったのだ。アジアや南アメリカで連合軍に苦戦した経験があるパイロット達が警戒していたのとはかなり違いがある。
 そして意気揚々と前進していき、途中での連合軍の微弱な抵抗を排して進み続けた彼らは、まさにアラスカ基地を放棄しようとしている部隊まであと少しという所で、これまで以上の激しい抵抗を受ける羽目になった。彼らの前方に地上を砂塵を吹き上げながら異常な速さで疾走するMS部隊が現れたのだ。まるでホバー車両のような速さに流石のザフトパイロット達も目を点にして驚いている。

「な、何だあの速さは。あれがMSなのか?」
「気をつけろ、来るぞ!」

 誰かが警告を発し、慌ててジンやゲイツが散開していく。そして、そんな彼らに対していきなり横殴りのシャワーのようなビームが襲い掛かってきた。

「何だよおい、この火力は!?」

 稜線の陰に身を隠したゲイツのパイロットが、周囲の味方機が次々に撃破されるのを見て悲鳴を上げる。だがそれも無理は無いだろう。この敵機はPS装甲を装備しているようで、重突撃機銃など平然と弾きながら距離を詰めてきたのだから。
 この新手は連合がアークエンジェルから送られてきたカラミティのデータを元に、カラミティをナチュラルパイロットでも扱えるように再設計した強襲MS、マローダーだった。カラミティのようにTP装甲とシールドを持ち、右手には巨大なビームガトリング砲を1門装備している。カラミティというよりバスターダガーの改良型と言った方が正しい気もする機体で、頭部はゴーグル型だ。
 この機体はカラミティほど火力があるわけではないが、面制圧能力ではカラミティを超える性能を達成している。このビームガトリング砲がそれで、絶え間ない弾幕を形成して今のように多数の敵をその場に縛り付けてしまう事が出来る。この火力を生かすためにマローダーにはカラミティと同タイプの新型バッテリーが搭載され、さらに機動力確保の為に脚部とバックパックの推力で短時間のホバー移動さえ可能としている。
 現在暴れまわっている4機は全てビームガトリング砲を装備しているが、設計上では超高インパルス砲やカラミティの追加オプションなども運用することが出来る。

 これ以外にも空にはレイダー正式採用型が、海ではフォビドゥン・ブルーやディープ・フォビドゥンが暴れまわっている。これらはアラスカで開発されていた機体群で、本来なら敵の動きが止まった後で海に追い落とす為に投入される筈だったのだが、遂にその時はくる事が無く、脱出のために敵を支える任務を与えられたのだ。
 連合が纏めて投入してきた新型MSの群れを見てザフトは流石に焦りを見せた。これらの新型MSはふざけた性能を持っており、こちらのMSを複数同時に相手取って獅子奮迅の活躍をしている。まるでメビウスを1機のジンが纏めて相手にしていた頃の戦いがそっくり逆の立場で再現されているようなものである。
 これは数で負けているザフトにとっては極めつけの悪夢だった。数で絶対に及ばない以上、ザフトは質で量を圧倒する選択しか出来ない。だが、敵がこちらを質で上回りだしたら、一体どうやって戦えば良いと言うのだ。
 もっとも、これらの新型機も無事で済んだわけではない。3機のディンを高空に駆け上がって振り切ったレイダーが、それを追う様に放たれたビームに貫かれて爆発し、海面に多数の残骸を撒き散らしてしまう。それをやったのはグゥルに乗ったミゲルのゲイツだった。

「何て抵抗だ。これだけの数のMSで攻めてもまだ落ちないとは。これがアラスカかよ」

 このメインゲート周辺の戦いもまだ激しさが衰えない。連合の水上艦隊は頑強にここを守り続けているし、空中要塞のようなアークエンジェルはザフトMSをもうどれだけ叩き落したか分からないほどの火力を見せ付けている。その周辺ではストライクが直衛に付いて縦横無尽に駆け回っているのが見える。最初は他にもMSが居た筈なのだが、今ではあれ1機しか見当たらなくなっていた。

「しかし、これまでだな。メインゲートは貰う!」

 ミゲルはそう呟いて近くの岸壁を見た。そこにはゲイツ2機が居て、赤い方の機体がとんでもなく巨大な大砲を両手で抱え、機体に固定具で固定して保持しているのが見えた。背中から伸びるアームは地面に機体を固定する為のアンカーだ。これこそかつてルナマリアが宇宙でぶっ放したザフトの秘密兵器、アーバレストだった。
 メインゲートの装甲は厚いが、この砲ならば一撃でぶち抜ける筈とザフト上層部は考え、この砲の投入を決意したのである。これ以外にも砲を持ったゲイツは何機かが戦場に投入されているらしい。
 勿論こんなゲイツ部隊を連合がほうっておくわけも無く、直ぐにストライクダガーがやってきて撃破しようとするが、これは護衛に付いていた白いゲイツに阻まれた。このゲイツは自分が高所に居るという利点を生かし、敵を近付かせない事に目的を絞った戦い方を見せている。

「ルナ、早くしろ。長くは持たない」
「分かってるけど、これ重いのよ。地球で使うもんじゃないわ」

 重力のせいで砲身を保持するだけでも一苦労しているルナマリア。まあ重力下でこんな代物を振り回せというほうが無茶ではある。だがそれでも砲をメインゲートに向け、トリガーを引いた。その直後にとてつもない衝撃が機体を襲い、アンカーを打ち込んだ支持アームが悲鳴を上げる。このレールガンはMSで使うような代物ではないのだ。
 だが発射された砲弾はプラズマを纏ってメインゲートに向い、衝撃波で射線上周辺の全てを薙ぎ払いながら着弾、メインゲートの装甲を紙の様にぶち抜いて内部で炸裂した。まあ砲弾自体の爆発力は大したものではないのであるが、問題なのは着弾するまでの無茶苦茶な影響だ。質量弾が超音速で駆け抜けたとき、周囲に衝撃波を発生させるのだが、その凄まじい衝撃波をまともに食らった戦闘機やグゥルたちはバランスを失って、あるいは翼を破壊されて墜落していく。ディンでさえ衝撃波を受けて何機かが墜落していった位だ。
 敵だけでなく味方も纏めて吹き飛ばしてしまった。この破壊力は確かに凄まじいが、これでは使い物にならないではないか。

「レ、レイ、これ撃つの不味いんじゃないの?」
「そのようだな。ルナは先に母艦に帰れ。メインゲートは破れた」
「そうさせてもらうわ。さっきので駆動系もイカレタみたいだし。もう、最低!」

 ルナマリアは文句を言いつつ味方の確保した地点まで下がっていく。その穴を埋めるように直ぐにジン2機が前進してきた。それを確かめてレイは更に敵陣へと前進していく。これが2度目の実戦なのだが、彼の落ち着きぶりは新兵とは思えない程で、その後に続くベテランのパイロット達を戸惑わせていた。


 メインゲートが突破された。この報せを受けたマリューはもはやこれまでだと判断した。サザーランドは1時間持たせてくれといっていたが、メインゲートが破られた以上、後方も敵に落ちた事になる。

「稼いだ時間は50分ほど。ちょっと早いけど、戦線を離脱するわよ。サイ君、全艦に通信、これよりアラスカを脱出する。僚艦は我に続かれたし!」

 マリューの命令を受けてこれまでメインゲート周辺で弾幕を形成していた駆逐艦や巡洋艦が一斉に外洋めがけて移動を開始した。アークエンジェルがその先頭に立ち、圧倒的な火力で敵機を寄せ付けないで居る。
 その弾幕を突破して迫るディンが何機かいたが、それらは直衛のストライクに次々に落とされていった。既にアークエンジェルを守るMSもトールのストライクだけになってしまっている。

「まだだ、俺1人でもやってやる!」

 この一ヶ月必死に訓練してきた新人5人は戦闘が始まって直ぐに落とされてしまった。全員自分とさほど年が変わらないパイロットであった。確かに実戦に出すのに躊躇うような実力だったが、何とかなるかと楽観的に考えていた。その結果がこの惨状だ。一ヶ月の付け焼刃の訓練では身を守る事さえ出来ないのだという当り前の現実を、トールは初めて実感したのである。
 トール自身もパイロットに選ばれてからまだ4ヶ月しか経っていないが、トールの場合は超エースの教師3人がマンツーマンで拷問のように指導してくれたので成長が著しく速く、余り参考には出来ない。
 そして脱出を図る艦隊を阻止しようとザフトも攻撃を艦隊に集中し始める。この作戦では少しでも大きな被害を連合に与える必要があり、それだけに戦果拡大の機会を逃す気は無い。
 海上艦隊にはゾノやグーンが襲い掛かり、少数のフォビドゥン・ブルーや生産が始まったばかりのディープ・フォビドゥンと激しい戦いを演じている。こちらは数の差に押されて艦隊に被害が続出する始末だった。アークエンジェルは目立つせいで集中攻撃を受けており、トールのストライクもディンに囲まれて四方八方から銃撃を受け、必死に逃げ回っている。
 このストライクの危機を見たミリアリアがヒステリックな声でトールを呼び続けるが、トールからは返事が帰ってこない。それ所ではないのだろう。
 そしてストライクの動きを追っていたサブスクリーンの映像中では、ストライクを攻撃している敵機の中にまたデュエルの姿が加わっていた。更にアークエンジェルにもバスターとゲイツが向ってきている。

「おら、いい加減に落ちろよ!」

 ディアッカが見慣れたアークエンジェルめがけて対装甲榴弾砲をぶっ放す。その直撃を受けたアークエンジェルは衝撃に身悶えしたが、まだ落ちはしなかった。艦内のダメージコントロール能力も向上しており、浮沈艦ぶりに更に磨きがかかっているのだ。
 ディアッカに続いてシホのゲイツも突入してくる。アークエンジェルはこの2機にレーザー機銃を向けて応戦したが、他の雑魚とは違い、この2機は弾幕を掻い潜ってアークエンジェルに直撃を加えてくる。その周囲のMSとは違う動きを見て、マリューたちはこいつらがそういえば凄腕の部隊だった事をようやく思い出した。

 この戦いで自分が管制していたパイロットを立て続けに5人も殺されているミリアリアは情緒不安定気味になっており、マリューにトールの援護を訴えてきた。

「艦長、このままじゃトールも殺されます!」
「分かってるわ。でも、敵の数が多すぎる!」

 アークエンジェルにも無数とも言えるほどの数のMSが群がっており、アークエンジェルは全ての対空火器を使ってこれに必死に戦っている状態だ。トールを助けたくても、そちらに砲を向ければそこに穴が空く事にある。ミリアリアの気持ちは理解できるが、できない相談だ。
 だがミリアリアは納得できなかったようで、頭に付けていたインカムを取って床に叩きつけ、異常に殺気立った目で生の感情をマリューに叩き付けようと席から立ち上がった。その瞬間、トールのストライクに斬りかかっていたデュエルのビームサーベルを握っていた右腕が、真上から飛来したビームに打ち抜かれ、肩の辺りから溶け千切れてしまった。





 アラスカを脱出した連合軍地上部隊はザフトの地上部隊を前に大苦戦を強いられていた。敵はかなりの数のバクゥとゲイツを持っているようで、味方のストライクダガーが対応しきれないでいる。更に海岸側からは潜水母艦が現れてロケット攻撃を加えてきて、これの被害が無視できないレベルに達している。
 指揮を取っているサザーランドは良くやっていると言えたが、それでも不利は否めなかった。どうやら自分達はザフトの地上部隊主力をぶつかっているらしいとサザーランドはようやく理解していたのだ。

「くっ、突破できんか」
「MSが多すぎます。大佐、このままでは!」

 部下が絶望的な声を上げている。何しろこちらは非戦闘員や負傷者を大量に抱えた半身不随の身で、しかも航空機は全て味方の飛行場に送ってしまったので上空援護も無い。僅かにレイダー正式使用型が飛んでいるくらいだが、数が少なすぎてディンを押さえきれないでいる。
 そして見張り員が新手の出現を報告してきた。

「あ、新たな敵MSを確認、ディン40機以上、地上にジンも多数確認!」
「……ここまでか?」

 拡大された映像には緑系の色に塗られたディンやジンがこちらに向ってきているのが映し出されている。この状況で更に援軍に来られれば、守りが突破されてしまうだろう。そうなれば無力な装甲車や輸送車が襲われ、戦う力の無い負傷者や非戦闘員が虐殺される事になる。だがそれを食い止める戦力はもう何処にも無い。頼みのMSもすり減らされ、あるいはバッテリー切れで補給に戻っている有様だ。

「神よ、どうかご加護を」

 万策尽きたサザーランドが両手を組んで神に縋っている。その姿は司令部要員の士気を挫く威力があったが、次の瞬間、ウィングの見張り員が興奮しながらサザーランドに大声で報告して来た。

「た、大佐、新たに出現したMS隊が、ザフトを攻撃しています!」
「……何だと?」

 どういう事かと思い、自らウィングに出て双眼鏡を戦場に向ける。すると、そこでは緑のディンが灰色のディンに襲い掛かっていた。地上の様子は分からないが、敵部隊の動きが乱れているのがはっきりと分かる。敵陣に見える閃光は戦闘の光だろう。
 そしてサザーランドの艦の傍に1機の緑色のディンが近付いてきた。それに向けて対空砲が向けられたが、発砲をサザーランドが止める。
 そして、そのディンがレーザー通信でサザーランドに話しかけてきた。

「こちらはアルビム同盟軍だ。今から地球軍の脱出を援護する。早く駆け抜けてくれ!」
「ア、 アルビムだと。コーディネイターが、どうして我々を助ける?」
「そいつは偉い人に聞いてくれ。俺たちは言われたからやってるだけなんでね」

 驚きを隠せないサザーランドに相手の男はぶっきらぼうに答えると、重突撃機銃で前方を指した。

「俺たちが突破口を切り開く。遅れるなよ!」

 そう言って、そのディンは戦場に戻って行った。それを見送ったサザーランドはどうしたものかと迷っていた、いや、混乱していたが、部下に肩を叩かれて我に返った。

「大佐、今は脱出を優先しましょう。コーディネイターが我々を助けてくれる理由は分かりませんが、そんな事は後で考えれば良いのです!」
「そ、そうだな。その通りだ」

 部下に言われて我に返ったサザーランドは帽子を被り直すと、全軍に正面突破を命令した。アルビムの参戦で流れが変わっており、この機を逃せば脱出する機は失われると判断したのだ。





 宇宙ではザフトの防衛線をドミニオンとヴァーチャーが食い破ろうとしていた。護衛のMS部隊もすり減らされていたが、それでも新型3機を含む6機のGの威力は凄く、ザフトMSの執拗な攻撃を耐え切って地球降下軌道に辿り付いたのである。ドミニオンとヴァーチャーの突撃で防御ラインが崩された事で、第6艦隊も何とか地球軌道に到達しつつある。しかし、ザフトは既に降下を完了させていた。

「このまま終わらせる訳にはいかない。ドミニオンは地球に降下し、アラスカを救援する。カラミティ、フォビドゥン、レイダー、コスモグラスパーに帰艦命令を出せ。ヴァーチャーは上空で援護!」

 ナタルはまだ諦めていなかった。ドミニオンの全戦力を持ってアラスカの救援に行こうとしている。それを援護する為にイアン・リー少佐のヴァーチャーがドミニオン上空にあって敵機を近付かせまいと弾幕を張り巡らせている。そのヴァーチャーを援護するかのようにここに辿りついた第6艦隊の駆逐艦やMSがヴァーチャーの近くにやってきたが、その駆逐艦は今にも沈みそうなほどボロボロになっていた。
 それを見たリー少佐が退くように言ったが、駆逐艦艦長は首を縦には振らなかった。

「どうせ、逃げ切れんさ。ならばここで血路を開く」

 それが艦長の答えだった。それを聞いてリー少佐は説得を諦め、共にドミニオンの降下を守る事を決意する。こうなれば第6艦隊主力が来てくれる事に期待するしかない。


 この時、地球圏にとんでもない速さで迫るシャトルがあった。キラがユーレクから貰ったシャトルで、なんと最大加速15Gという、殺す気かとキラが悲鳴を上げた無茶苦茶なシャトルである。実はキラはこの悲鳴を上げたあと気絶していた。まあ生きていただけ大したものであるが。
 目が覚めたころには等速巡航に移っていたので苦しむ事は無かったが、キラは今更ながらにこのシャトルに乗った事を後悔した。そして格納庫に行き、フリーダムの調整をマニュアルを手にやれるだけやっていたのだ。まだ試作機だったおかげか、フリーダムにはコクピットに整備マニュアルが整備兵用に用意されていたのである。これを使ってキラは砲の照準調整を行い、OSの設定を変更してユーレクとの戦いよりはだいぶマシな状態に持ってきている。ただ、やはり不安定さは隠せない。
 キラはパイロットスーツを着てコクピットに入ると、最後の調整をコクピットから行い、そしてメインモニターに戦場となっている地球を映し出す。

「まず、あそこを突破してアラスカに行かないと。この加速ならもうすぐ到着できるか。まだ持ち堪えてくれていれば良いけど」

 マニュアルにもラクスの言う通り大気圏投入能力の記述があり、突入はまあ大丈夫そうだと思えるのだが、キらにはどうしても1つだけ気にかかる事があった。それは、フリーダムのコクピットで見つけた金属製の長い棒である。

「何で、コクピットにバールがあるんだろうなあ?」 

 それはバールであった。片手で振り回せるサイズであったが、一体何に使うのだろうか。キラはそれが気になって仕方が無かったのだが、とりあえずは目的を果す事だ。シャトルの貨物ハッチが解放され、フリーダムがシャトルの中で立ち上がる。そして、戦場へ向けて飛び出していった。

 フリーダムの来襲に最初に気付いたのは周囲を固めていたジン部隊であった。迫る見慣れない機体、機体識別上では不明機と表示されるそれを彼らは敵機と判断して攻撃う加えようとしたのだが、その謎のMSは異常な速さで接近し、正確無比な砲撃で次々に仲間を撃ち落していったのだ。恐慌に駆られたジンのパイロットは闇雲に重突撃機銃を撃ちまくったがそんなものが当たる筈も無く、そのジン部隊は直ぐに全滅する事になる。
 これが始まりであった。突然プラント方向から現れた未確認機が味方の部隊を次々に壊滅させながら地球に迫っているとの報せを受けたウィリアムス提督は何が起きたのかと状況把握に努めたが、その結果前線部隊から送られてきた映像を確認し、驚愕する事になる。

「こ、これはフリーダム。プラントで開発中の機体が、どうしてここに!?」
「提督、フリーダムとは一体?」
「マイウスで試作されていた新型MSだ。あれ1機で1部隊に相当する戦力になるというが、これの何処が1部隊相当の戦力だというのだ!?」

 椅子の肘掛を殴りつけてウィリアムスが激昂する。今フリーダムは迎撃に出てきた部隊を片端から壊滅させながら、勢いを殺す事無く地球に向ってきていたのである。その強さは何と比較すればいいのか、ウィリアムスにも分からなかった。
 だが、キラもまた顔色を悪くしながら戦闘をしていた。砲弾の残弾がどんどん減っているのだ。このままではアラスカに付く頃には弾薬庫が空になっているのではないだろうか。

「せ、節約しないとね。なるべく1発で1機を仕留めないと」

 レールガンを撃てば弾が無くなる。ビームを撃てばビームエネルギーが無くなる。プラズマ砲を撃てばプラズマを生成する為の金属ペレットが無くなっていく。レーザーではないので電気エネルギーだけでは戦闘を継続できない。そして砲身は消耗していくのだ。
 ザフトの守りを実力で突破したキラがアラスカへの降下ポイントにたどり着いてみると、驚いた事にそこには色違いのアークエンジェルが2隻も居た。更に見慣れないMSやMAまで居る。うち1機は見覚えのあるカラミティだ。この部隊は何なのかと思っていると、通信機が何だかとっても聞き慣れた声を拾ってしまった。

「未確認機が来るぞ。MSとMAの回収を急げ。ゴッドフリート照準!」
「バ、バジルール大尉、何で!?」

 まさかナタルがこんな所でこんな船に乗ってるとは思わなかったキラであったが、そのナタルの船と思われる黒いアークエンジェルが主砲をぶっ放してきたので2度驚いた。何でナタルは自分を攻撃してくるのだ。更に見慣れないMAが物凄い速さで突っ込んできてレールガンを叩き込んでくる。その直撃を受けたキラが小さく悲鳴を上げてそのMAの動きを追うと、なんとそのMAはとんでもない加速のまま無茶苦茶な旋回をして戻ってこようとしている。この戦い方とエメラルドの機体に、キラはとっても心当たりがあった。

「キースさんまで。何で僕を攻撃するんです!?」

 そう叫んだ後で、ふとキラはあることに思い当たった。そういえばこの機体、ザフトのMSだったなあ、と。だから攻撃されるのだとようやく気付いたキラは急いで通信を繋ごうとして、今度は別の事に思い当たった。この機体はオーブに届けなくちゃいけないんだから、今連合に自分がこの機体に乗ってる事を知られると色々と不味いという事に。もし知られたら、この機体を持ってあの船に来いと言われてしまうだろう。
 キースの攻撃を必死に回避しながらどうしたら良いかをキラは考えた。ナタルが相手だから多分言い訳は聞いて貰えないだろう。マリューは融通が聞くだろうが、やはり何も知らせない方が面倒が無くていい。アークエンジェルへ戻るのはオーブに付いた後、実は生きてましたとか言って戻れば良いのだから。

「こ、ここは、このままアラスカに行って、大昔の漫画に出てくるピンチになると現れる正体不明の助っ人をやるのが一番穏便に済みそうだよね」

 ようやく決めたキラは、そのままシールドを構えて大気圏に突入していった。それを見たキースが驚き、慌てて追撃を止める。

「あいつ、大気圏突入能力があるのかよ!?」

 ザフトもとんでもないMSを作ったなあと思いつつ、キースは機体をドミニオンへと向けた。自分達も急いで地球に降下しなくてはならないのだ。

「でもあのMS、俺たちには一発も撃ってこなかったな。敵じゃなかったのか。それにあの動きは、なんか覚えがあるんだよなあ」

 何だか胸の中にわだかまる妙な引っ掛かりに、キースは首を傾げてしまっていた。





 そしてアラスカに降下したキラが見たものは、既に陥落したと思われるアラスカ基地と、脱出を図っている水上艦隊とアークエンジェルの姿であった。アークエンジェルを必死に守っているストライクがザフトのMSに集られて苦戦しているのまでが見える。そしてデュエルがストライクに斬りかかろうとしているのを見て、キラは迷う事無くビームライフルでデュエルを撃った。
 そのビームはデュエルの右腕を直撃し、デュエルは慌てて退避していく。そして、何が起きたのかと周囲が驚く中で、上空から次々に砲火が飛来してアークエンジェル周辺のザフトMSを叩き落しだした。この攻撃を受けたザフトMSはパニックを起こして回避運動を取り、もはや連合軍などに構っている余裕がなくなってしまった。一体何が攻撃しているのだろうか。
 その疑問に答えるように、アラスカの空に掛かる雲の間から、1機のMSが翼を広げながら降下して来る。その姿は連合のGに似ていたが、その機体が何かを言い当てられる者は誰も居なかった。

 この突然現れた謎のMSは連合艦隊の進路を妨害しているザフトMSに対して攻撃を開始し、圧倒的な火力で次々に撃ち落している。アークエンジェルに迫っていたジン2機も横合いから飛来したレールガンに撃ちぬかれ、真っ二つに引き裂かれて海へと落ちていく。その攻撃力にマリューは唖然としていたが、チャンドラの警告を受けて我に返った。

「艦長、サイクロプス起動まで、後10分です!」
「もうそんな時間なの。安全圏までの距離は!?」
「このまま進めば、後5分で安全圏です!」
「全艦最大戦速。あのMSにも伝えなさい。急がないとサイクロプスに飲まれると!」

 あのMSが何かは分からないが、敵でない事だけは確からしいと考えてマリューはフリーダムにも警告を送らせた。幸いにして前方の敵はフリーダムの攻撃で壊滅状態になっており、戦力的に著しく弱体化している。これならば突破できるだろう。また、何故かザフトの方も急に動きが慌しくなり、艦隊に構ってはいられなくなったように見える。
 アークエンジェルと水上艦隊がザフトの封鎖を突破していくのを見たキラは安堵すると、急いで自分もアラスカから離れだした。何時までも飛んではいられないので、途中で降りてオーブに連絡を取った方が良いだろうかと考えながら、キラはフリーダムを北米大陸沿いに南下させていった。流石に太平洋に出たら遭難しかねない。


 この時になってザフトもようやくサイクロプスの存在を確認したのだ。基地に突入した歩兵部隊がもぬけの殻の基地を見て不信に思い、司令部にあるメインコンピューターにアクセスして調べた所、サイクロプスの存在が確認されたのだ。この報せを受けた司令官は停止させるように言ったのだが、もうロックされていて解除は不可能、起動まであと10分という返事を受けて全軍にスピットブレイクの中止と即時撤退を指示した。危険範囲は半径10キロにも及ぶというのだから、どれだけ逃げられるか。
 これで恐慌状態に陥ったのが地上の歩兵や車両の搭乗員達だ。彼らには逃げる術が無いのだから。これはディンやグゥルに乗っていたMSが降りてきて人だけでも回収に努めたのだが、基地内部に入っていた部隊はどうにもならない。更に怪我をして取り残された者たちは見捨てるしかないだろう。
 空を飛べるものは最短コースの海上に出て、地上部隊は陸続きに安全地帯へと脱出を図る。もはや連合軍を追う事など誰も考えなかった。とにかく一刻も早く安全地帯に逃げなければ、自分達が吹き飛ばされてしまうのだから。
 そして遂にサイクロプスが発動した。強力な電磁波を受けて範囲内の全てのMSが誘導電流で破壊されていく。人間は次々に爆ぜ飛んだ。基地内部に侵攻したザフト部隊はこれで全滅し、地上で取り残されていた負傷者や情報から取り残されていた者も1人も助からない。そして逃げ遅れていた部隊も同様の運命を辿った。
 アラスカ基地はこうして消滅した。ザフトは参加兵力の2割を喪失してカーペンタリアに引き上げる事になる。地球連合軍は膨大な犠牲を支払った挙句にアラスカ基地を喪失しており、戦略的には大敗した事になる。
 しかし、連合とザフト、双方の作戦が終わった後の情勢は全く予想外の状況を作り上げてしまっていた。プラントはスピットブレイクが予想以上に被害少なく終わったというのに、開始前よりも状況が悪くなってしまったのだ。そう、ラクス・クラインの反逆によって。



機体解説


GAT-135 マローダー

兵装 ビームガトリング砲
   ABシールド
   ビームサーベル×2
   頭部40mmバルカン×2
<解説>
 カラミティの量産モデル。追加でカラミティのバズーカやビームキャノンを使うことも可能。TP装甲を持つなど、量産機としてはかなりの高性能機となっている。砲戦型のカラミティに対してこちらは主戦機と呼べる機体と化しているが、これは実戦データを元に変更されたせいである。地上では両足で動くしかないが、ホバーユニットを搭載し、バックパックのメインスラスターの推力と合わせることで短時間のホバー移動さえ可能としている。
 カラミティの火力は対MS戦では明らかに過剰なので、一撃の威力よりも弾数で圧倒する事を選択した結果この使用となった。




ヴァデッドH型戦車

兵装 90mmリニアガン
    12.7ミリ機銃×2
<解説>
 ヴァデッド戦車を対MS用に改良した車両。開発コンセプトはジンに勝てる戦車で、重突撃機銃に耐えられる装甲を張り巡らせている。これの登場で戦車はMSに対してやられるだけの存在ではなくなった。しかし、戦車の弱点である足回りや背面などを撃たれるとどうしようもない。


後書き

ジム改 アラスカ消滅~。
カガリ 連合側に新型がうじゃうじゃ出てきたな。
ジム改 以降のザフトは苦しくなるだろうな。
カガリ ところで、キラはこれからどうするんだ?
ジム改 とりあえず、オーブと連絡取りたいなあと思ってる。
カガリ 思ってる?
ジム改 具体的な手段が無いのだよ。
カガリ 待てこら。
ジム改 まさかアラスカから直接オーブまで飛べるわけもないしねえ。
カガリ 飛行機じゃないから燃費悪そうだしな。
ジム改 次回はプラントがメインだ。アスランが主役になれるか否かが次で決まる。
カガリ 失敗すると?
ジム改 余生をヘタレの女難野郎として過ごして貰う事に。
カガリ 悲惨だな。
ジム改 ドミニオンも地球に降りてきてアークエンジェルと合流するし、カリフォルニアでフラガも戻ってくるし、アークエンジェル組は久々に大所帯だ。
カガリ あれ、じゃああの新編成3馬鹿は?
ジム改 お祭り軍団に御招待。誰が一番貧乏くじなのやら。
カガリ ……副長が倒れそうだな。
ジム改 それでは次回、ラクス反逆に傷付くアスラン。何故彼女は裏切ったのか、その答えを彼は求める。そしてフィリスは決意を秘めて愛銃MHA-102を握り締めた。カリフォルニアでは新たな仲間達がアークエンジェルに加わる。オーブではアズラエルが慈善事業を……、次回「アスラン」でお会いしましょう。
カガリ どう転んでもアスランの女難は終わらないんじゃないか?
ジム改 それは言ってはいけない事です。

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