第90章 誰も望まなかった戦いへ
そこはどこかの病室だろうか。ベッドには清潔なシーツがかけられ、窓からは柔らかな風が吹き込んで白いカーテンを揺らしている。差し込む日差しは暖かで、室内を適度に照らし出してくれている。
その病室の中で、ベッドの上で上半身を起こしている少年と、オーブ軍の軍服を着た中年の男が何か話していた。
「それでは、君はあの時何があったのかを全く覚えていないと言うのかね?」
「はい、何でこんな所にいるのかも、さっぱりで」
少年は男の問い掛けに首を横に振っている。その頭には包帯が巻かれており、怪我でもしているらしい。
その質問をした男、キサカ一佐は少年の答えに疑わしげな目を向けていたが、少年の目に怯えが走るのを見てその目を閉じた。
「そうか、覚えていない、か」
「は、はい」
少年はどうして自分がこんな所にいるのか、どうして軍人にこんな質問をされるのかがさっぱり分からなかった。一体、自分は何をしたというのだろう。
「済まないが、もう一度覚えている所まで話してくれないか?」
「いいですけど、基地祭に行った辺りからで良いですか?」
「ああ、構わない」
キサカが頷いたのを見て、少年はその日の事を話し出した。
「そう、僕は妹と一緒に基地祭に遊びにいったんです……」
「お兄ちゃん、1人で行かないでよ~!
「マユが遅いんだよ。第一、見る物なんて多くないだろ」
「そんな事無いよ。今日はMSも展示してあるんだって。ほら、パンフレットに書いてあるよ」
マユが見せてくれたパンフレットにはオーブが開発した主力MS、M1が大きく書かれていた。それを見たシンはそのMSを見て、何て趣味丸出しな機体だと思ったが、まあそれは口にしない。
「へえ、M1か。何処で展示してあるんだ?」
「港の方らしいよ。早く行ってみようよ」
「分かった分かったって」
腕を引っ張る妹に苦笑いしながらシンはトコトコと小走りに港の方に駆けて行った。途中ではオーブ自慢の様々な新兵器が展示されており、マニアを喜ばせているのが見える。でもシンはそんな物より売店の売り物の方に目が行ってしまっていたりする。
「なあマユ、なんか食べない。僕もう腹減ってきたよ」
「え~、さっき食べたばっかりじゃない」
「さっきって言っても、フランクフルト一本だろ」
「お兄ちゃんお小遣いまだあるの?」
「ぐっ」
妹の的確な指摘にシンは反論に詰ってしまった。確かにマユの言うとおり自分の財布は風が吹いたら飛んで行きそうなくらいに軽い。だが腹が減るのも事実で、周囲からは様々な屋台が軒を並べて自分を誘惑してきている。
この後結局誘惑に負けたシンは焼きそばを購入してマユにジト目で見られていたりする。
この後2人は港でM1の勇士を見る事が出来た。赤い巨人を見上げたマユは大喜びしており、シンもその圧倒感には流石に声も無い。
「凄いねえ、お兄ちゃん」
「あ、ああ、こんなにでかいとはなあ」
もっと近くで見ようとM1の足元に歩いていった2人は、そこがちょっとしたイベント広場になっている事を知った。何でもM1のパイロット達が様々なイベントをしているらしく、色んな兵隊が怪しげな芸を披露していたりする。
そして2人が付いた時に丁度次の公演となったのだが、次に壇上に出てきたのはなんと全員が女性であった。そのうちの2人は自分と変わらない年に見える。そして司会役らしい男が出てきて、マイクを手に紹介を始めた。
「え~、次はM1隊の華、女性だけで編成された特殊部隊、ガーディアンエンジェル小隊とその上司です。メンバーはアサギ、ジュリ、マユラ、そして歌うのは若干15歳の小隊長にしてアグレッサーも掛け持ちしているM1隊全員から恐れられる鬼教官、フレイ・アルスター二尉です!」
どうやら一番先頭でマイクを前にしている赤い髪の女の子がフレイとかいう隊長らしい。あんな自分と変わらないような女の子がよく軍人などやってられるものだと思っていると、その女の子がマイクを手に笑顔で語りだした。
「紹介ありがとうマードラット三尉、明後日の訓練は楽しみにしててね」
「や、やですねニ尉、これはお祭りじゃないですか。無礼講ですよ」
「ええ、分かってるわ」
マードラットと呼ばれた三尉は額に滝のような汗を流しつつ弁解したが、フレイはニッコリと魅力的な笑顔を崩さなかった。それを見たマードラットがごくりと喉を鳴らしている。どうやら彼は明後日地獄を見るようだ。
そして彼らは4人の演奏を受けてフレイが歌うというコンサートを開始したが、シンはおかしいなと首を捻っていた。紹介されたのは4人なのに、何で壇上には5人いるのだ。後ろで楽器をひている3人はモルゲンレーテの制服を着ている、歌っているのは軍服を着ている。でもその隣にいる金色の髪の女の子は何処の服だか分からない変なのを着ている。いや、もしかしたら男なのかもしれない。
そのコンサートを聴いていたシンはその事が気になっていたのだが、そのとなりで聞いていたマユは目を輝かせていたりする。どうやら気に入ったようだ。
そしてコンサートが終わった後、マユが自分の服を掴んでとんでもないお願いをしてきた。
「お兄ちゃん、サイン貰ってきて!」
「サ、サイン?」
「そうサイン、お願いだから、ねえ!」
「わ、分かった。分かったから服を引っ張るなって」
服を引っ張って駄々をこねる妹に、仕方なくシンは書く物と手帳を手にさっきのメンバー、特にマユが欲しがっていた赤い髪の娘と金色の髪の娘を探す為に楽屋裏へと入っていく。
「ええと、さっきの人たちは、と……」
探し回っていると、さっきの歌で聞いた声が聞こえてきた。こっちかと思って仮設の事務所のような建物に辿り着き、扉を開けたのだ。
「と、ここまでは覚えてるんですけど、この後の記憶が無くて」
「……そう、か」
「なんかあやふやでして。なんか、甲高い声がしたような気もするんですけど」
「ああ、無理はしなくてもいい」
思い出そうとするシンを気遣うようにキサカは言い、席を立って帽子を手に取った。
「ああ、今回の件は口外しないでくれたまえ。治療費は全て軍が持つから、心配しなくてもいい」
「あ、あの、本当に僕、何したんです?」
さっぱり分からない事だらけの状況にシンは酷く悩んでいた。もしかしてとんでもない事をしたのではないだろうかと不安になってしまう。
キサカはそのシンの問いかけに対して、首を横に振って見せた。
「いや、君が心配するような事ではない。御家族の方には連絡を入れておいたから、直ぐに車で家に送ろう」
「は、はあ」
まだ釈然としない様子のシンを残してキサカは部屋を後にした。そして階段を降りて喫煙室に入り、長椅子に腰を降ろしてタバコを手に取った。そして一服していると、部下が入ってきてキサカと向かい合うように腰を降ろした。
「彼は、元気なようですな」
「ああ、何も覚えていないようだし、大丈夫だろう」
「ですが、医者の話では記憶の混乱は一時的なものだという事です。いずれ思い出すでしょう」
「……だが、まさか拘束するわけにもいくまい」
灰を灰皿に落とし、キサカは困った顔になった。その時携帯が鳴り、胸ポケから取り出して繋ぐ。
「私だ、どうした?」
「た、大変です。警戒線を突破されました。今病室に向っています!」
「何だと、何故阻止できなかった!?」
「それが、物凄い勢いで手が出せませんでした」
「馬鹿者!」
部下を怒鳴りつけて携帯を切ると、キサカは休憩室を飛び出してシンの病室に急いだ。手遅れになれば彼の身が危うい。だが、キサカは僅かに間に合わなかった。彼が病室に前に来たとき、既に中では戦いが起きていたのだ。
「見つけたぞ、このエロガキ!」
「あ……ああ、思い出した、さっきのライダーキック女!」
「てめえ、更衣室に入って来ておいて何言ってやがる!」
「し、知らなかったんだって!」
「しかも私を見て小さいとか言っただろう!」
「いや、だって隣の娘より小さかったし……」
「てめええええ!」
中から激しい戦いの音が聞こえてくる。そう、シンが入ったのは更衣室だったのだ。まあシンは知らなかったのだが、見られたフレイとカガリは当然ながら悲鳴を上げ、フレイの投げたカップがシンの頭を直撃して包帯を巻く傷を作り、更にカガリのライダーキックがシンを吹き飛ばし、病院送りにしてしまったのだ。
コーディネイターをボコボコに出来るあの2人は本当にナチュラルなのかとキサカは時々疑問に思う事がある。じつは両者の差はそんなに凄くは無いのではないだろうか。キサカはタバコを手に取ると、火をつけて煙を大きく吸い込み、窓際でゆっくりと吐き出した。
「ふう、美味いな」
「一佐、現実から逃げてないで、止めましょうよ」
部下に言われてキサカは、とても嫌そうに扉を見た。
「今のカガリ様を止められる自信は、私には無いぞ」
あの喧嘩に巻き込まれたら自分などたちまちサンドバックだ。それが分かるだけに、キサカは中から戦いの音が聞こえなくなるまで入る気にはなれなかった。だって怖いし。
カリフォルニア基地ではアークエンジェルとドミニオンの修理と補給が行われると共に、クルーは丁度大作戦を終えたばかりという事で休暇を楽しんでもいた。ある者は街に出かけ、ある者は水着を手に海岸に向い、あるいは釣竿を手に岸壁に腰を降ろす。
何時もなら釣竿を手に岸壁に腰を降ろしているのはキースなのだが、今日は少し違った。彼はなんと女性を連れて街に出てきていたのだ。
「流石に本土は平和だな。他の国とは大違いだ」
街を見回しながらキースは言った。大西洋連邦本土は流石にザフトの攻撃を殆ど受けておらず、直接的な戦争被害と呼べるものは少ない。エネルギー問題も原子力こそ使えなくなったが、かつての環境汚染が深刻になった時代に必死で開発した自然エネルギー利用技術の蓄積が物を言い、どうにかエネルギー不足を我慢できるレベルにまで解消している。
この背景には中立国である極東連合の協力も大きかった。あの島国も原子力エネルギーへの依存度が大きい国であったが、同時に豊富な火山を利用した地熱発電システムと海洋発電システムの先進国でもある。この国から技術供与を受けて大西洋連邦はどうにか崖っぷちで踏み止まれたのだ。
「まあ、後方まで戦火に晒されている様では、この戦争も終わりですから」
キースの隣を歩くのはナタルだった。一応2人の関係はドミニオンでは誰もが認める当り前のものと化しているので、アークエンジェルのように大騒ぎして偵察隊が組織されるなどという事は無い。実はそんな事をするとナタルが怒るので、みんな怖くてそういう動きを見せないだけなのだが。
「ですが大尉、その、よろしいのですか。私などに付き合っていても? 今日はケーニッヒの訓練が合ったのでは?」
「なあに、今日はフラガ少佐が代わってくれたんだ。あの人、また浮気がばれたみたいで、ラミアス艦長から外出禁止を言い渡されてるんだとさ」
「またですか、フラガ少佐も懲りないですね」
またフラガの女性問題かとナタルは呆れた顔で言った。フラガの女性関係の多彩さは今に始まった事ではないのだが、マリューに本気になってからは控えていた筈なのだ。それがどうもアークエンジェルから離れていた間にまた悪い癖が出てしまったらしい。
事が発覚したのはステラがマリューの誘導に引っ掛かったせいらしく、トールに聞いた話では自分とミリアリアがステラと食事をしながらこっちでのフラガの話を聞いていた所にマリューが現れ、面白そうだと言って加わってきたそうだ。そしてマリューはステラの話にウンウンと頷きながら、ステラにこっちでフラガは女性と付き合っていたかどうかを聞いたのだ。
これを聞いたトールとミリアリアがステラを止めようとしたが間に合わず、ステラは無邪気にこっちでフラガが5人の女性と付き合ってた事を教えてくれた。勿論マリューはこの時はニコニコ笑顔のまま、全く気にしている風も無く、ステラに礼を言ってこの後も暫く話しに付き合ったで仕事に戻っていった。
この後、フラガはマリューに呼び出されて散々に詰問を受けた挙句、どうやらフラガに女性関係の清算と暫くの外出禁止が言い渡されたらしいのだ。女性関係はどうだか知らないが外出禁止は素直に守っている所を見ると、どうやら相当にフラガはマリューに責められたようだ。
「まったく、フラガ少佐にも困ったものです。だからラミアス艦長も気が休まらないのですよ」
「ははははは、まあ、フラガ少佐もこれまでそうしていたものを、いきなり止めろってのも難しいだろうな。あっさり浮気されても怒るだけで別れるとは言わないラミアス艦長も凄いけど」
「そうですね、私だったら許しませんよ。病院送りにして2度と会わないでしょう」
「なるほど、艦長らしいや」
はっはっはと笑っているキースを見て、ナタルはまた内心で溜息をついてしまった。そこでビクッと肩を震わせるとか、声がどもるとかの反応があればナタルはむしろ嬉しいのである。この人の場合は自分の気持ちに気付いているのかいないのかさえ分からないのだ、もしかしたらこうして自分に付き合ってくれるのは友達感覚なのかもしれないし。
この事を恥を承知でミリアリアやトールなどに相談してみたら、2人はお茶を吹いて驚きを表していた。
「ちょ、ちょっと待ってください、バジルール大尉ってキースさんと付き合ってるんじゃなかったんですか!?」
「ミリィ、今は少佐だって」
「あ、そうだったっけ。って、今はそんな事はどうでもいいのよ!」
まさか未だにそんな関係だったとは知らなかったミリアリアはキースの不甲斐なさをダース単位の言葉で貶すと共に、未だにそんな関係で留まっていたナタルも糾弾した。
「大体バジルール少佐も悪いんです。少佐のほうからキースさんに積極的に出れば、きっとキースさんだって転びますよ!」
「いや、それは……」
「ほら、こんな風に!」
といってミリアリアはがしっとトールの肩を掴んで引き寄せた。やられたトールがそれは男の仕事だと抗議したがミリアリアは聞いてくれなかった。だが、それを見ていたナタルが何だか羨ましそうな顔をしているのに気付いたトールがどうしたのか問うと、ナタルは今度は少し寂しげな顔になった。
「いや、2人は仲が良いのだなと思ってな」
「え、そうですか? 俺なんていっつもミリィに苛められてますよ?」
「ちょっとトール、誰が苛めてるって!?」
「ほら、こんな風に直ぐ怒る」
「ぐっ」
トールの反撃にミリアリアが詰る。そんな2人を見てナタルは微笑み、紙コップを両手で持ってコーヒーを口に含んだ。
と、こんな感じでアークエンジェルでは既に2人は付き合っているものと思われていたりするのだが、現実はそうでもないらしい。まあキースが態度をはっきりさせていないのが悪いのだが。根気良く付き合っているナタルは大したものだ。
そんな2人は、ふと小売店が立ち並ぶショッピングモールで変な集団を目撃する事になった。
「おや、あれはオルガたちじゃないか?」
「は?」
キースが珍しい物でも見たように足を止め、ナタルもそれを聞いて周囲を見回すと、確かに自分と相対するようにオルガたちが来ていた。
「シャニ、フラフラどっか行くんじゃねえ。クロトもいい加減ゲーセンから離れろ。アウルも1人で先に行くんじゃねえ。ステラは踊るな。スティング、ステラ捕まえておけ!」
「いや、捕まえとけって言われても、俺荷物が一杯なんだけど」
何でこいつらがこんな所に居るのだろうか。シャニはあっちにフラフラこっちにフラフラと目移りしながら歩いており、クロトはゲーセンの新作ポスターの前から動こうとしていない。ステラは路上でくるくると踊っている。アウルはそんな連中に興味無さそうに、いや、もしかしたら仲間と思われたくないだけかもしれないが、1人でさっさと歩いている。そんなまとまりの無い一団をオルガが声を上げて必死に纏めようとしている。その隣では両手でどこかで買い込んだらしい包装紙に包まれた箱を沢山抱えたスティングがゲンナリしながら歩いている。
「何してるんでしょうね、彼らは」
「う~ん、オルガに子供たちの世話を任せてみたんだが、苦労してるなあ」
「キース大尉の差し金ですか?」
「うん。子供の相手は情操教育に良いと思って任せてみたんだが、ありゃ大変そうだなあ」
それでも投げ出さずに頑張っているのだからオルガは偉い。その頑張りっぷりにキースは頼もしそうに頷いていた。
だがその時、それまでオルガの後ろでくるくる回っていたステラが突然こけた。それを見てオルガが仕方なく助け起こしたが、ステラは何故か青い顔をして苦しそうにしている。
「あん、どうしたんだお前は?」
「目、目が回った」
「なあ、捨ててって良いか?」
「……だ、駄目」
自分でくるくる回ってて自分で目を回してれば世話は無い。だがこんな所に本当に捨てていくわけにも行かず、オルガはステラを背負って歩く羽目になった。
と、そんなオルガにキースたちが労いの言葉をかけてきた。
「よお、頑張ってるなオルガ!」
「あ、手前キース、丁度良い所に来た!」
キースを見たオルガは背負おうとしたステラを歩道に捨ててキースに掴みかかってきた。捨てられたステラは歩道の上でぐったりしている。
「ステラ、捨てられちゃった」
「いや、自業自得だろ」
「スティング、意地悪」
路上に転がるステラにはよ起きろと言うスティングだったが、ステラはまだぐったりしていたりする。そしてオルガは何だか縋るような目でキースに助けを求めてきていた。
「キース、もう何とかしてくれ。こいつら全然言う事聞きやがらねえ!」
「言う事聞かないのはお前も昔はそうだったわけだが、まあ良く頑張ったと言っておくか」
オルガの頑張りを評価したキースは、路上に転がったまま動こうとしないステラを見下ろした。
「んで、ステラは何時まで寝てる気だ?」
「う~ん、頭がくらくらする。気持ち悪い」
「……まったく、何で俺の後輩はどいつもこいつも変なのばかりなんだ?」
キースは自分を棚に上げてやれやれとその場に膝を付き、ステラに背中を向けた。
「ほら、こんな所に転がってると迷惑だから、背負ってってやる。早く乗れ」
「うん、ありがと」
キースの背中に這い上がったステラ。キースはそれを背負って立ち上がると、まだフラフラしているシャニとゲーセンの前から離れようとしないクロトに声をかけた。
「シャニ、クロト、そろそろ帰るぞ!」
キースに声をかけられた2人はビクッと肩を震わせ、そろりそろりと振り返ってそこに居る筈の無い人間を見てしまった。
「何でお前がいんだよ!?」
「見つけたのは偶然だ。しかしこんな所で恥晒してるんじゃないよ」
キースはステラを背負い直し、全員帰るぞと言って歩き出す。キースに言われてシャニとクロトは渋々という感じで軍港に向けて歩き出している。最初から距離を置いていたアウルは何故かナタルの近くにいて最後まで騒動に加わろうとはしていない。結構賢い奴だ。
そして苦労していたオルガは荷物持ちと化しているスティングと肩を並べてとぼとぼと歩いていた。
「オルガ、あんたも大変な仲間と上司を持ってんな」
「言うんじゃねえよ。余計辛くなる」
スティングに同情されたオルガは慰められた事でますます肩を落としてしまった。
「それに、そっちも似たようなもんだろ。あの娘なんざ手がかかってしょうがねえんじゃねえか?」
「まあな。だが、あれでも仲間だからな。しょうがない」
オルガの問いにまんざらでも無さそうに答えるスティング。どうやらこっちはオルガたちと違って仲間意識が普通にあるようだ。オルガはそれを聞いて「そうか」とだけ答え、それ以上は何も言わずに黙々と歩いて行く。
こうしてカリフォルニアのアークエンジェルとドミニオンの休暇は消化されていった。この後ドミニオンには謎のダンボールが沢山搬送されてきてナタルが自室に運び込んだり、キースが何故か空軍基地でレイダー制式型に搭乗していたり、アークエンジェルでサイとノイマンとパルがナンパをして豪快に負けて落ち込んでいたりと色々とあったようだが、とにかく2隻の戦艦は補給と修理を終えてパナマ基地を目指して出発する事になる。
このアークエンジェルの出航を遠くから目撃した人物が居た。そう、ジャンク屋に拾われたキラである。
「あれは、アークエンジェルと宇宙に居た新型。どうしてカリフォルニアに!?」
キラは既に日焼けで肌が浅黒くなってきていた。着ているのも安物のTシャツ一枚に短パンという軽装で、もう周囲の船員と区別が付かなくなっている。キラは甲板で拾ってきたジャンクの中から使える部品を選別する仕事をしていて、その確かな腕から船員達にこき使われるようになっていた。
「あん、どうした坊主、軍港なんか見て?」
一緒に仕事をしていた船員が突然立ち上がって驚きの声を上げたキラに訝しげな声をかける。キラは仲間に声をかけられて言い難そうに口篭ったが、それを見た船員はそれ以上聞いては来なかった。
「さっさと仕事にもどれよ。遅れると船長にどやされるぜ」
「そうですね」
言われてキラも腰を降ろし、また部品選別を始める。そんな作業を暫し黙々と続けていると、相手の船員がキラに話しかけてきた。
「坊主、ジャンク屋なんてヤクザな仕事をしてる奴は、人には言えねえ様な過去を持ってる奴が多い。この船の奴だって、経歴を洗えば犯罪者がゴロゴロ出てくるぜ」
「そうなんですか?」
「俺だって船長に拾われなけりゃ、今頃宇宙海賊でもしてたかもな。だからよ、お前が昔何をしてたのかなんてのは、ここじゃ気にする奴はいねえよ」
「……でも、僕は、人殺しですよ」
仲間の気遣いに、キラは自嘲混じりに答えた。これまでに殺した数は1000を越すのは確実で、今更言い訳をする事も出来ない。最初は人殺しに忌避感を覚えていたが、今ではそれも感じなくなってしまった。先のアラスカでは何十機落としたか分からないが、それが悪い事だと感じなくなっている。
キラが自分を人殺しだと言うのを聞いた船員は、それに対して何も答えず、仕事をする手を休めようとはしなかった。キラも答えなど期待してはいない。ただ、誰かに自分は人殺しだと言いたかったのだ。
船は離れていくアークエンジェルとドミニオンを追う様に南に向けて航行している。向こうの方が少し速いようだが、それ程離される事はあるまい。船はこのままパナマ基地にある軍の取引所に横付けし、拾ったガラクタを引き渡すのだ。これは軍が行っている武器不拡散の為の制度である。
プラントからは再び艦隊が出撃しようとしていた。先のスピットブレイクの無理で戦闘力を維持している艦は少なく、ザフトは投入する艦艇を選ぶのに苦労させられている。このパナマ攻略部隊の支援艦隊には最新鋭艦であるエターナルも参戦し、新鋭MSのジャスティスが参加するという。更に戦力不足を補う為に地球には降ろさないが、練習機のドレッドノートも参加する。
この攻撃部隊に参加する事になったアスランはジャスティスの最終点検の様子を見ながらハイネと話していた。
「すまないが、こっちでMS部隊の編成は任せるぞ、ハイネ」
「ああ、任されよう。そっちこそ、地球でジャスティスを落とされるようなヘマをするなよ。もし鹵獲されたら洒落にもならん」
「ああ、分かっている」
もしジャスティスが連合に鹵獲されればNJCが連合に渡る事になる。そうなれば再び核兵器が使用される事になり、プラントに勝ち目はなくなってしまう。ウランは宇宙では手に入らないので、プラントに残された僅かな核では勝負にならないのだ。
そして遂に整備兵がアスランを呼んだ。それを聞いてアスランはハイネと別れ、ジャスティスのコクピットへと向う。コクピット周りでは整備兵たちが最後の調整を終えたようで、アスランに右手親指を立てて見せている。
「調整は終わったよ。ただ、テストが終わったわけじゃないから気をつけて使ってくれよ」
「MSを気を付けて使えってのは無茶な要求だな」
整備兵の言葉に笑顔で返して、アスランはジャスティスに乗り込んだ。そして機体を起動させ、最終チェックを表示させていく。
「全システム問題なし。駆動部に異常見られず、原子炉も良好。出撃できるぞ」
「分かった。今整備員が退避してるから、もう少し待ってくれ」
アスランから出撃準備完了と言われた管制官は急いで宇宙服を着ていない整備兵を退避させ、格納庫の状況を確かめた上で減圧し、ハッチを開放した。宇宙との隔壁がなくなり、死の世界が眼前に広がる。アスランは大きく息を吸い込むと、気合を入れて声を上げた。
「アスラン・ザラ、ジャスティス出る!」
そう言ってスロットルを開いた瞬間、ボスっという音と共にジャスティスは停止した。さっぱり前に出ないジャスティスにアスランはあれっと思い、周囲で見ていた宇宙服を着た整備兵たちがどうしたのかと心配そうに見ている。
管制室からも何があったのか問い合わせがあったのだが、アスランはそれに困惑した声を返す事しか出来なかった。
「いや、スロットルを開いたら急に停止したんだが」
「分かった。今整備兵に見させる」
アスランがコクピットから出るとすぐに整備兵がやってきて中を確認する。アスランは解放されているコクピットハッチからコクピットを覗き込み、中で点検をしている整備兵に問い掛けた。
「どうだ、分かるか?」
「ああ、まあ何とか。原因は分かりましたから、ちょっと離れててくれますか。絶対に中を見ちゃ駄目ですよ」
「なんで?」
「良いから、出ててください」
整備兵に言われて仕方なくアスランはコクピットを除けない所まで移動したが、その直後に何かを殴りつけるようなガンッという金属音が接触回線で響いてきた。それと同時に機体が再起動したようで、機械的な振動が伝わってくる。
それを聞いたアスランは何事かと大急ぎでコクピットに戻ってみると、整備兵が爽やかな笑顔でコクピットから出てきた。
「これで大丈夫、直りましたよ」
「い、いや、それより今の音は一体?」
「はっはっは、細かい事気にしちゃいけませんよ。さあ、早く乗り込んでください」
「いや、だから」
だが整備兵はアスランの疑問には答えてくれず、アスランは渋々コクピットに戻る事になる。そしてそこでアスランは見る、コクピット内に置かれていたバールの位置が少し変わっているのを。そしてコンソール周りにぶん殴られたような跡が複数あるのを。
「ま、まさか……このバールで……」
本当にこの機体は使っても大丈夫なのかという不安がアスランの中でたちまち膨れ上がった。そして抗議しようとアスランがコクピットから出ようと思ったとき、サブモニターにパトリックが現れた。
「どうしたアスラン、艦隊はもう出撃しているぞ。お前も早く出撃して合流しないか」
「ち、父上、このジャスティスは本当に大丈夫なのですか。なんか壊れそうなんですけど!?」
「アスラン、試作機が不安なのは分かるが、今は1機でも多くのMSが必要なのだ。プラントの為に、行って来てくれ」
「ち、父上……」
貴方はこのMSがどういう状態なのかを把握しているのですか、とアスランは聞きたかったが、プラントの為と言われては断わりきれない。少し迷った後、アスランは泣きたい気持ちを抱えて管制室に悲痛な声で言った。
「アスラン・ザラ、ジャスティス出る!」
遂に宇宙に飛び出したジャスティス。ジャスティスはマイウスの中央ブロックを一周してジャスティスの雄姿を見せた後、艦隊と合流する為に飛び去って行った。
そして、このパナマ攻略部隊の出撃を楽しげに見送る男が同じマイウスに居た。ラウ・ル・クルーゼだ。部下であるゼム・グランパーゼクと共にジャスティスが飛び去っていくのを見送り、楽しげに笑っている。
「とうとうジャスティスも出たな。これでパナマは落ちるだろう」
「はい、グングニルも使用されます。これで連合は全てのマスドライバーを失い、イニシアティブはこちらが握ることになります」
「そうだな。このまま推移すればプラント優位の講和を結んで戦争を終わらせるというパトリック・ザラの思惑は成就するだろう。世界はあの男の思惑通りに動こうとしている」
「ですが、そうはなりますまい?」
ゼムが顔を歪ませる。その楽しげな笑みを見て、クルーゼも口元に酷薄な笑みを浮かべた。
「ああ、状況はもう一度こちらの手に戻ってきた。そろそろパトリック・ザラには退場してもらい、舞台を次の主演女優に譲ってもらうとしよう」
「エザリア・ジュール議長代行の誕生ですな」
「ああ、彼女はナチュラル打倒を目指して戦ってくれるだろう。パナマを落とせば戦局は一時的にでもこちらが有利に戻る。大西洋連邦に城下の盟を誓わせる事も不可能ではない、ように見えるだろう」
パトリックは既に自分たちの考えどおりには動いてくれない。ならば次の駒を用意するまで。連合とプラントの熾烈な戦いの裏で、ラクスとは全く別の目的による陰謀もいよいよ動き出そうとしている。そしてこの動きには、まだ誰も気付いていなかった。
後書き
シン ふ、ふふふふ、ふははは、あーはっはっはっはっはっはっは!
ジム改 な、何だ、妙にテンションの高い男が!?
シン 遂にSEEDの真の主役である僕が登場したぞ。
ジム改 ……これまでになく出番に拘る奴だな。
シン 僕が出た以上、もう先代はお払い箱だな。これからは僕に任せてもらおうか!
キラ ……ふっ(余裕の笑い)
アスラン ……身の程知らずが(嘲りの笑み)
シン な、何だと!
キラ たかがあの程度の攻撃で病院送りなんて情けない。
アスラン ああ、あれくらいならディアッカたちでも直ぐに復活するのにな。
キラ 全くだよ。この話でメイン張るには君は体が弱すぎるのさ。
アスラン この話で必要なのはヒロインの暴力にへこたれない不屈の肉体と精神だぞ、シン!
キラ 今の君にはまだメインは早いという事さ。大人しく脇キャラになってるんだね。
シン だが、あんた達には「お兄ちゃん」と呼んでくれる素直で可愛い妹キャラは居ないだろう?
キラ そ、それは……
アスラン くっ、確かにそれは俺たちには無い絶対のアドバンテージだ。
シン くくく、あんたらがギャグキャラでメインなら、僕はお兄ちゃんキャラで目立つぜ。
キラ ア、アスラン、どうしよう!?
アスラン シン、まさかお前、本気でメインに食い込む気なのか!?
シン 当り前だ。僕はステラも手に入れて、真の主役に伸し上がってみせる!
カガリ ……なんつうか、不毛な議論だな。
ジム改 でもステラも妹系だからな。キラやアスランには真似は出来ん。
カガリ 誰が最終的なヒーローになるのやら。
ジム改 ……トールやオルガだったりして。
カガリ 笑えないぞ、それ。
ジム改 では次回、燃え上がるパナマ。ザフトはスピットブレイクの残存部隊を再編成してパナマに投入したが、アラスカと同じく要塞化されているパナマの防御力は圧倒的だった。そして宇宙では月から出てきた連合艦隊と交戦しながらザフト艦隊が降下軌道に侵入していく。次回、「パナマは血に染まった」でお会いしましょう。