第48章  アキレウス出撃

 地球軌道にあるオーブの宇宙ステーション。ここでは人類の歴史上はじめての快挙となる実験が行われている。平行世界なのか異世界なのかは分からないが、このステーションでは史上初めて科学技術で世界間を繋ぐ回廊の形成に成功し、実際に向こう側に人間を生きたまま送り込んだりすることに成功している。例えそれが不幸な事故であったとしても。
 問題はこの事故に巻き込まれた不幸な犠牲者がオーブの現代表や国内有力者だったりザフトの高官だったり、大西洋連邦の軍艦丸ごとだった事だ。見捨てる事も誤魔化す事も不可能なこの事態にオーブ関係者は最初パニックに陥ったが、やがて彼らは他国にも助けを求め、とにかく事態の解決へと動くことになる。そしてその動きは広がりを見せ、今では世界中を巻き込んだ巨大な動きとなっていた。

 月面で準備を整えていたファントムペイン隊の新造空母アキレウスはいよいよ出撃間近という段階になって予想外の来客を受けていた。その来客に関わりたくなくてパルやサイ、カズィ、ミリアリアは自分の仕事に集中していて、1人逃げる事も出来ず付き合わされているノイマンが恨めし気なオーラを出している。
 ナタルはアキレウスの艦橋を訪れたオーブの外務卿ロンド・ミナ・サハクを驚きの顔で迎えていたが、その口元は少々引き攣っている。彼女に対してではなく、彼女が持ってきた物に対してだ。

「久しぶりだな、バジル―ル艦長」
「先の大戦以来となりますか。それで、どのようなご用件でしょう?」
「くっくっく、分かっていながらそれを言わせるのか?」

 可笑しそうに笑いながらロンドは艦橋の窓から宇宙港を見る。そこにはオーブからわざわざ運んできたM1改修機と、MSよりはるかに巨大な金色の巨人の姿があった。
 M1はユウナがマリューに伝えていた武装強化型で、バックパックに見慣れないランチャーが2基取り付けられている。これまでに見た事の無い兵装にナタルは物珍しそうな顔をしていたが、その後ろにいる巨人からは目を逸らせたかった。それこそ先の大戦終盤の地上で投入され、オーブ奪還戦やカーペンタリア攻略戦で猛威を振るったスーパーメカカガリの改良型だった。今では宇宙での活動用にブースターユニットを背負い、一見するとバックパッグを背中に背負っているようにも見える。だがこの間抜け面の巨大カガリロボが恐ろしい存在であることはこの艦のクルーなら誰もが知っている事だ。
 メカカガリと一緒にやって来た専属パイロットのイレブン・ソキウスは死んだ目をして憔悴し切っており、元第8任務部隊のメンバーが多い整備チームの面々からとても気を使われていた。
 
「あの、M1はともかくあのメカカガリは?」
「うむ、スペースメカカガリだ。オーブは代表救出のために自国の最高戦力を貴官に預けることを決めたのだ」
「…………はあ」

 そんな物預けられても困るから持ち帰ってくれとは言えず、ナタルは気の抜けた返事を返してしまった。確かに性能だけならば現在においても比較しうるものが無い化け物であるが、使う方にも精神的にダメージが入るような代物なので色々な意味で使いたくない。
 そしてナタルは不満そうな顔のミナから視線を逸らすと、その後ろにいるお歴々に目を向けた。

「それで、出港準備中の艦にどのような御用ですか、アズラエルさん、イタラ老、アーシャさん?」

 何と言うかもう諦めた顔でナタルが3人に問いかける。いや、申し訳なさそうに頭を下げているアーシャには同情の眼差しを向けているが、アズラエルとイタラには露骨に冷たい目を向けている。その視線を受けたアズラエルとイタラは顔を引き攣らせてしまっている。

「僕、一応世界の要人なんですけどねえ」
「老人は大切にしないといかんと思うんじゃが」
「なら大切にしたくなるように日頃の行いを考えていただきたい。全く、どうせこうなると思っていましたが」

  頭痛を堪えるように右手で額を押さえて苦虫を噛み潰したような顔をしているナタル。周囲の艦橋クルーはそんなやり取りを見てくすくす笑っていたり苦笑を浮かべている。彼らにとってこれはもう慣れたやり取りなのだ。
 そしてナタルはアーシャを見ると、荷物の搬入しておくように伝えた。

「アーシャさん、3人の部屋は用意してあるから申し訳ないが荷物を運び入れてくれないか」
「宜しいんですか?」
「異世界への旅路だぞ、この2人ならどうせまた付いて来ようとすると思っていたよ」

 面白い事と見ればすぐに首を突っ込んでくるトラブルメーカーの2人だ、首を突っ込んでくるのは間違いないと思っていた。ヘンリーが付いてこないだけまだマシだとジト目でアズラエルとイタラを見ると、2人は居心地悪そうに顔を逸らせている。迷惑かけている自覚はあったのだろう。
 諦めたように溜息を吐くナタルだったが、そこに従兵が駆け寄って来て新たな来客を告げてきた。その客の名前にナタルは怪訝な顔をする。

「パトリック・ザラ氏が来ているだと?」
「はい、艦長に面会を求めておられます。あと、アズラエル氏とイタラ老に誘われたとも仰っております」

 その報告にナタルがジロリとアズラエルとイタラを見る。

「今度は一体何をしたんですか、お二人とも?」
「い、いえ、お子さんの事が心配でしょうと思いまして」
「異世界に行くからお前も来んかと誘っただけじゃよ」

 イタラが正直に言ってくれてアズラエルが慌てている。それを見たナタルがザラ氏をここに案内してくれと命じ、従兵が退室していく。それを見送ったナタルはさてどうしたものかとノイマンを見る。

「どうしたものかな、ノイマン大尉?」
「こういう時だと、キース大尉が居てくれたら頼りになるんですけどね」

 ここには居ない何でも屋の事を思い出して懐かしそうに言うノイマン。ナタルもそうだなと頷くが、その顔に一抹の寂しさが過ったのをミリアリアは見逃さなかった。口元に悪い笑みを浮かべてナタルに声を掛ける。

「キースさんが合流してこなくて残念でしたね艦長」

 ミリアリアの揶揄うような声にサイとカズィが顔色を変えるが、ナタルは怒ったりも慌てたりもせずに素直にそれを認見た。

「ああ、火星航路に派遣されて随分会っていないよ。間に合って欲しいとは思っていたんだが、上手くいかない物だ」
「……強くなりましたね、ナタルさん」

 ご馳走様ですと言って負けを認めるミリアリア。昔だったら真っ赤になって動揺していたのにとミリアリアはナタルの成長を実感しているようだ。だがナタルの惚気に艦橋内の男たちは暗い表情で俯いてしまっていた。ここに妻子持ちは1人居るが彼女持ちの男は居ない。
 そして従兵に案内されてパトリック・ザラが艦橋に姿を現した。かつて鋼鉄の男と称された敵国の代表者の姿に艦橋内の空気が張り詰めた感じになり、ナタルの表情も緊張したようになっている。あの戦争で戦った者たちとすればやむを得ないだろう。
 パトリックは艦橋内の空気に気付いていない事は無いだろうが、それに心動かされた様子は微塵も見せずにナタルに一礼してきた。

「突然の同行となり、申し訳ないバジル―ル大佐」
「……1つお聞きしたいのですが、何故この旅に同行を?」
「同行する事は良いのかな?」
「そちらのお二方と比べれば、悪いと思っていただいているだけまだ……」

 当然のようにやって来て部屋をよろしくと言ってきた非常識人どもに比べれば、というナタルにパトリックはなるほどと頷いた。

「異世界に行った息子の事が心配でしてな。政治家をやっていた頃は酷い父親をやっていましたので、一度くらいはあいつの為に動いてやりたいのです」
「……異世界行きなんてイベントを見逃せる訳がない、なんて理由で軍艦に乗り込んでくるよりは遥かにまともな理由ですね」

 辛辣なナタルの言葉にアズラエルとイタラが狼狽えているが、ナタルは彼らを無視して乗艦は許可するが生きて戻れる保証はありませんがその覚悟はあるかと問いかけ、パトリックは分かっていると頷いた。それを受けてナタルは従兵に部屋をもう一つ用意するように伝え、パトリックに艦の運行には口を出さないことを条件にパトリックの乗艦を許可した。
 ナタルの態度の違いにアズラエルがブツブツと文句を言っているがもちろん誰も聞いていない。イタラはこの雑な扱いは懐かしいのうと笑っている。アークエンジェル乗艦中の頃はこんな扱いだったので、その頃を思い出してイタラは昔を懐かしんでいるようだ。

 4人の事が片付いたのを見て、ナタルは改めてミナを見た。

「それで、サハク殿はどうされるのです?」
「ふっ、そんな事、聞かずとも分かるだろう?」

 この人も付いてくるつもりか、と理解して頭痛のしてきた額を押さえるナタル。さてどうするかと考えていると、カズィが音も立てずに近寄って来てナタルの前に何かメモが書かれた紙を差し出した。それに目を通したナタルは一瞬大きく目を見開き、そしてカズィに小さく頷いて見せる。
 それを受けて自分のシートに戻っていったカズィを見送ると、ナタルは少し余裕を取り戻してミナを見た。

「ところで、今回の事はホムラ様はご存じなのでしょうね?」
「……私の行動は私が決めるよ、艦長」
「つまり、オーブの外務卿がご自分の職務を放り出して遊びに行きたいと?」
「ふふふ、言い方が直球過ぎないかな艦長」

 ナタルの追及を否定しなかったミナ。その開き直りにナタルが呆れていると、艦橋エレベーターが到着の音を響かせた。それを聞いたナタルがミナを見る。

「さてと、お迎えが到着しましたよ、サハク殿」
「なに、迎えだと?」

 ミナが怪訝な顔をした時、エレベーターの扉が開くと同時に艦橋内にオーブ軍人が飛び込んできた。先頭に立つアマギ二佐が部下にミナの確保を命じ、屈強な兵士たちが皆に飛び掛かってくる。

「お前はアマギ二佐!?」
「ユウナ様とホムラ様の命令です、ステーションにお戻りいただきますぞミナ様!」
「ユウナとホムラの命だと、貴様ら私を一体誰だと思っている!?」
「文句はオロファトの執務室で聞く、とのことです。どうか抵抗されませぬよう!」

 屈強な兵士たちに完全に体を拘束されてしまった漆黒の美女は悔しそうな顔で自分を捕まえに来た部隊の指揮官のアマギ二佐を睨んでいるが、アマギは気にもしなかった。多分この手の騒動を何度も経験して慣れてしまっているのだろう。
 なお、連行されていく常連は勿論逃亡したカガリである。
 ミナを連行していってくれたアマギにナタルは感謝して敬礼をしていた。

「ご協力感謝いたしますアマギ二佐」
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけして申し訳ないです艦長」

 抵抗するミナを部下が連れて行くのを見ながらアマギが申し訳なさそうに頭を下げ、ナタルは同じ苦労人同士の共感のような物を覚えて護送をよろしくお願いして彼を送り出した。
 連行されていくミナやブツブツ言っているアズラエルを見たパトリックは困り顔になっていたが、軽く背中を叩かれて我に返った。

「ふぉっふぉっふぉ、ここの連中の中ではこれくらいは日常茶飯事よ、いちいち驚いていては体が持たんぞパトリックよ」
「いや、どちらか1つでも普通は結構な事件では?」
「まあ他所に見られたらのう。お前もこの艦の中だけに留めておくんじゃぞ」
「……アスランから話には聞いておりましたが、ここまで常識外れだとは思いませんでしたよ」
「儂には居心地が良いんじゃがな」

 楽しげに笑うイタラの横で頭を抱えているパトリック。常識人側である彼にとってこの艦内は理解し難い世界であるようだった。



 抗議の声を上げるミナがオーブ軍人たちに連行されていくのを見送った格納庫の整備スタッフとパイロットたちは、身内の恥を晒して肩身の狭い思いをしているオーブのパイロットたちに同情の眼差しを向けていた。
 流石に気の毒に思ったのか、整備クルーを代表するようにマードックが気にするなと声を掛けてやった。

「別にあんたらの責任じゃねえんだ、気にすることはねえよアサギ一尉」
「ありがとうございますマードックさん。ですが、……」

 自国のトップのあんな姿を見せられては気にするなというのも難しいのだろう。マードックにしてみればミナより上のカガリがアークエンジェルでもっと醜態を晒しているのを見てきているので、あれくらいは気にしないのだが。
 いや、もしかしたらミナだけは他と違うのだと希望を持っていたのかもしれない。

 マードックは気落ちしているオーブのパイロットたちを暫くそっとしておこうと思い、部下たちを解散させてそれぞれの仕事に戻らせた。そしてマードック自身は今一番重要な仕事の方に行くことにした。それはオーブから持ちこまれたM1の試作装備のテストデータの収集で、オーブ軍人のアルフレットがM1に乗り込んでテスト宙域に向かっている。
 マードックは端末に向かっているスティングの隣に立つと、今の状況を尋ねた。

「おう、今どうなってる?」
「おお、来たのか。まだ移動中だな。ミリアリア、あとどれくらいだ?」

 隣に来たマードックを横目に見たスティングは、艦橋でMS管制をしているミリアリアに尋ねる。こちらのモニターには映像しか出ておらず、計測機器には様々なデータが表示されているが管制機能は無いのでそちらは管制オペレーターのミリアリアに任せている。

「もうちょっとで着くわよ、そっちこそ観測準備は出来てるのよね。あとでデータ取り失敗したって言っても聞かないからね」
「おお、心配されなくてもちゃんと観測してるよ。到着したら教えてくれよ」
「ええ、任せておいて」

 ミリアリアとの通信を終えてスティングがマードックを見る。マードックは満足そうな顔で自分を見ていて、スティングは居心地悪そうに身動ぎした。

「なんだよ、気持ち悪いな」
「いや、お前も仕事に慣れてきたなと思ってな」
「当たり前だろ、あんたに拾ってもらって結構経つんだぜ」

 ブスっとしながらもスティングは機器を操作している。この男が元はエクステンデッドだったと知っている者はこの艦には多いが、世間的には隠されている過去である。そして通信機からミリアリアの指示が飛んで来た。

「こちらミリアリア、スティング、聞こえてる?」
「おお、聞こえてるぞ。モニターにもM1が映ってるし、到着したんだな?」
「ええ、少佐じゃ無かった二佐がこれからテストするって」

 モニターの中で背中に胴体以上に長いユニットを背中に背負ったM1がテスト宙域へと移動している。万が一に備えてオーブのガーディアンエンジェル隊の4機のM17が随伴している。月面周辺は地球連合の基地が複数あるので治安も概ね保たれているのだが、ここから地球までの宙域には未だに大量の戦争デブリが漂っていて、海賊が頻繁に出没しているのだ。
 決められた通常航路は地球連合軍が哨戒を絶やさないので比較的安全であるが、航路を外れた船の危険は一気に激増する。海賊に襲われて消息を絶った船は珍しい話しでは無い。
 これらの海賊の多くは先の大戦後に発生した難民が武装化した連中で軍からすれば脅威というほどの相手では無かったが、問題なのはジャンク屋残党や仕事が無くなった傭兵、ザフトから脱走したコーディネイター至上主義者などの、ちゃんとした装備を持った連中だった。この手の海賊は軍にとっても脅威となっており、救援要請を受けた哨戒中の駆逐艦が返り討ちに会った事例もある。
 月面周辺で襲われる危険は無いと思うが、一応警戒しての護衛であった。最も、アルフレットがジャンク屋崩れの海賊に襲われて負けるとは誰も思っていないのであるが。



 テスト宙域に到着したアルフレットは早速環境に通信を入れた。

「こちらリンクス、予定宙域に到着した。ミリアリア、標的はどこにあるんだ?」
「到着了解しました。標的は二佐から見て3時の方向にある正方形の板です」
「あん、正方形の板だと?」

 ミリアリアの回答を受けてそちらを探していると、突然そちらにエネルギー反応と共に青色に染まった板が現れた。モニター上に確認されたそれを拡大すると、スラスターの付いた板が不規則に位置を変えながらこちらに迫って来ていた。

「おいおい、また随分と豪華な的だな。PS装甲製の標的かよ」
「正確にはVPS装甲製ですね、MS相手を想定してランダムに位置を変えていますから、上手く当てて下さいね」
「ただの射撃試験なのにそこまでしなくても良いだろ?」

 何で試射で的が動く必要があるんだよとアルフレットは文句を言ったが、奥さんが送ってきたテスト項目に基づいていますのでと言われて黙り込んでしまった。そして小さく溜息を付くと、スティックのボタンを操作して背中に背負っていたユニットを動かした。2基付いているランサーダートの発展型という砲の左側の砲が時計回りに動いて肩の上に背負い式に出てきて、砲撃姿勢になった。射撃姿勢になったところで砲身が伸びて延長され、その先端にはランサーダートの先端と思われる円錐状の穂先が見えている。
 このユニットを見たアルフレットはデカくて邪魔だなと思ってしまったが、それは口に出さずモニター上に現れた砲撃用のターゲットサイトを見る。暫くそれを見ていたアルフレットは、ここと思ったタイミングでトリガーを引いた。その瞬間ユニットの先端から細長いパイクが超高速で射出され、射出直後に噴射炎を吹き出して向かっていく。反動を打ち消すためにユニット後方に付いていたスラスターユニットから噴射が起きる。無反動砲になっているんだなとアルフレットが思っていると、放たれたパイクが標的の中央に見事に直撃し、的をぶち抜いてしまった。
 VPS装甲をいとも簡単に貫通して突き刺さったパイクを見てアルフレットは声を無くしてしまう。そしてそれはアルフレットだけではなく、艦橋でテストの様子を見ていたスタッフにも同様であった。まさかVPS装甲板を容易く貫通して深く突き刺さるとは思っていなかったのだ。

「これは、とんでもない貫通力だな」

 メインモニターに表示された映像を見ていたナタルが呆然とした声を漏らし、まだ艦橋に残っていたアズラエルが興味深そうな顔をしてモニターを凝視しながら答えた。

「ランチャーが大型なので取り回しが悪そうですが、実弾であの威力ですか。オーブも恐ろしい物を開発しましたね」
「ランチャーはレールガンでしょうか?」
「どうでしょうね、射出直後に小型ブースターに点火していたように見えましたし、リニアレールで撃ち出して、更にブースターで加速したという所でしょうか」

 オーブの新兵器だから詳しい事は分からないが、威力を考えれば試験装備としては十分な成功を収めたと言えるだろう。とはいえ、何とも力業の兵器を生み出したものだ。うちにも技術供与して欲しいですねえなどと呟いたアズラエルが視線を横に転じると、パトリックが深刻そうな顔をしていた。

「おや、どうしましたザラさん?」
「いえ、VPS装甲もとうとう過去の物かと思ってしまいましてな」

 VPS装甲は先の大戦でプラントが開発し、インパルスに採用した防御力の高い装甲だ。地球軍の投入した対PS装甲用兵器のガウスライフルもVPS装甲には効果が薄く、インパルスの撃破は困難を極めていた。
 戦後にザフトの技術は地球連合諸国に持っていかれ、VPS装甲に関する技術も含まれていたが地球軍では今現在に至ってもこれを採用した量産機は登場していない。ザフトでは軍備制限もあって少数精鋭になるしかなかったこともあってVPS装甲を採用した機体の生産も行われていたが、広範な領域の治安維持もしなくてはいけない地球諸国や地球連合軍ではこんな高価な装甲の採用には踏み切れなかったのだ。
 もっとも、大西洋連邦は次世代量産機用の試作機として作られたリベレイターシリーズに採用しているので、金持ちは強い。

 その威力に誰もが驚いている中で、アルフレットと通信を繋いでいたミリアリアが何度か話を続けて、シートごとナタルの方に向いた。

「艦長、リンクス二佐が帰還許可を求めていますが、どうしましょうか?」
「あ、ああ、そうだな、戻ってもらってくれ」

 我に返ったナタルが許可を出し、ミリアリアがアルフレットに帰還許可を伝えている。ミリアリアとナタルのやり取りで艦橋内の空気も元に戻り、それぞれの仕事へと戻っていく。その様子を見ていたイタラは切り替えが早いと感心していた。

「相変わらず、ボケた時と真面目な時の間の行き来が早い連中じゃの」
「イタラ老、それはどういう意味でしょうか?

 ナタルがチラリとイタラを見て問いかけてくる。それにイタラは悪戯爺の顔になって答えてやった。

「大戦中のおぬしらの事に決まっとるじゃろ。ボケとシリアスの反復横跳びしながら道中遭遇したザフト部隊を壊滅させていくんじゃ、実態を知ったら向こうは激怒するじゃろうな」
「勝手に我々をボケにしないでください。それにそれを言ったら馴染んでいたあなたとアズラエルさんもボケ側になりますよ?」
「儂らは自覚があるから大丈夫じゃよ」
「ちょっと、僕を巻き込まないでくださいよ!?」

 勝手にボケ側にされたアズラエルが抗議の声を上げるが、それを聞いた艦橋の面々がアズラエルに今更何言ってるんだと目を向けてくる。それにアズラエルが抗議の声を上げる姿を後ろで見ていたパトリックは、かつて自分たちが悪魔か何かのように思っていた男が周囲に揶揄われて文句を言っている姿に戸惑いを浮かべてしまっていた。
 その戸惑っているパトリックに、イタラの後ろに控えていたアーシャが声を掛ける。

「やっぱり、こういうのは馴染めませんか?」
「……いや、何と言うか、ずっと思っていたイメージが壊れていくようでね」
「そのイメージは間違っていませんよ。アズラエルさんは外では怖い人ですが、ここではあんな風になってしまうんです。まあ私が会った時には話に聞いていたような人では無かったんですが」
「私の知る彼はコーディネイター排斥思想の強い合理主義の悪徳商人だったのだが、こんな一面もあったのだな」

 まだ困り顔のパトリックを見てアーシャはお仕事モードの怖い面が出てますよと思っていたが、それは言わなかった。ただ、代わりに恐ろしい事を教えてあげた。

「でも、きっとザラさんもこの空気にすぐに慣れますよ。皆さんそうでしたし」
「待ちたまえ、それはどういう意味かね?」
「目の前にその答えがありますよ」

 艦橋クルーと騒いでいるアズラエルと大笑いしているイタラを見て楽しそうに言うアーシャ。それを聞いてパトリックもそちらを見て、自分もああなる姿を想像出来なくて右手で額を押さえて考え込んでしまった。





 アキレウスに大量の物資が搬入されたりメカカガリが船体下部にワイヤーで固定されるのを横目に見ながら、何処か居場所の無いザフトパイロット達が暇そうに待機所でお茶会をしていた。
 集まった面子の中ではルナマリアとアグネスとエルフィ、シホがテーブル席に腰かけてお茶を飲んでいるが、もっぱらルナマリアとアグネスが騒いでいてエルフィとシホは我関せずと2人で談笑しながらお茶を飲んでいる。そしてちょっと離れた所でジャックとレイが困ったもんだという顔でルナマリアとアグネスを見ていた。

「絶対に納得いかないわ、何で私が何も出来ずに撃墜判定食らうのよ!」
「私も瞬殺されたから気持ちは分かるけど、あれは相手が悪いわよ」
「突っ込んできた2機の片方はコーディネイターだっていうからまだ我慢しても良いけど、もう一方はナチュラルの爺だっていうじゃない。ありえないでしょ!?」
「そうか、あんたは月面への牽制に回ってた部隊に配属されてたから、足付きと交戦した経験は無かったわね」

 文句を言うアグネスにルナマリアが昔を思い出すような顔をして、辛い記憶が沢山出てきたのか少し辛そうな顔をする。

「あの人は例外よ、諦めなさいって」
「何よそれ、足付きが凄かったって話は聞いてたけど、ナチュラルでしょ」

 なおも気勢を上げるアグネスに、ルナマリアは言いたい事は分からないでもないけどとりあえず落ち着けとアグネスをなだめている。とはいえアグネスの不満は分からないでもない。普通は「コーディネイターが同数ならばナチュラルより優位というのは常識なのだ。だが極稀な例外というものもあり、アルフレット・リンクスはその例外の代名詞のような存在となっている。何しろ大戦時には高級機のクライシスを使っていたといはいえアスランのジャスティスを1対1の対決で撃退した実績が有るくらいだ。
 アグネスの不満はかつてルナマリア達も通った道だ。だから怒るアグネスに対してルナマリアは宥める側に回っているし、周囲も仕方が無いよねと特にアグネスを咎める様子はない。彼らの中には実際にアルフレットとの交戦経験がある者もおり、クライシスに圧倒された過去が恐怖と共に蘇ってきてしまう。
 なおも愚痴を言い続けるアグネスにルナマリアがいい加減切れそうになっていると、いきなりアグネスの首に背後から伸びてきた腕が締めるように絡んできた。

「はいそこまで、文句言うなとは言わねえが、いい加減ルナマリアが怒るぞ」
「ディ、ディアッカ隊長?」

 アグネスが驚いた声を出す。ディアッカは派遣されたザフト部隊の総指揮を任されていて、特別に隊長に任じられている。その為に6人よりも手続きの関係で到着が遅れていて、正式に着任したのは最近だった。
 彼は隊長として出撃前のブリーフィングに参加していて、それが終わって戻ってきたらアグネスが騒いでいるのを見て仕方なく止めに入ったのだ。流石のアグネスも上官で技量も明確に上の相手に出てこられると静かになるしかないのか、口を噤んだ。
 ディアッカが入って来たのを知ってジャックたちが姿勢を正して敬礼をするが、ディアッカは硬くなるなとそれを制してアグネスを解放すると、自分で椅子を引っ張って来てテーブルに向かって腰掛けると、アグネスに現実を突き付けてきた。

「アグネスは初めて自分より強いナチュラルを相手にしたのかもしれないが、俺たちには珍しい事じゃなかったぞ。確かに多い訳じゃ無いが、ナチュラルの上澄みは俺たちと互角かそれ以上に達しちまうんだ」
「そんなの受け入れられませんよ」
「受け入れられなくても実際に居るんだから仕方ない。そもそも、あのラウ・ル・クルーゼ隊長だってザフトのトップエースだったのに実はナチュラルだって言うんだぜ」
「そ、それは……」

 クルーゼを出されるとアグネスも口を噤んでしまう。クルーゼが実はナチュラルだったと知らされた時のザフトの衝撃は凄まじく、コーディネイター社会全体にも激震が走った事件だった。クルーゼはザフトのトップエースにして極めて優秀な前線指揮官として知られており、非常に優れたコーディネイターの筈だったのだ。それが実はナチュラルだったと言われてはコーディネイターの優位性が否定されてしまう事になる。優れたナチュラルはコーディネイター用のMSを扱うことが出来るばかりか、最強級のパイロットになれることが証明されてしまったからだ。
 しかも彼は先の大戦終盤でのユニウス7の戦いにおいて最高のコーディネイターだと公開されたキラ・ヤマトをMS戦で倒してしまっている。ナチュラルが最高のコーディネイターを上回ったという現実が突き付けられたことは、世界に大きな影響を及ぼした事件であった。

 クルーゼを出されて言い淀むアグネスに、ディアッカは話を続けた。

「あのリンクスっておっさんはクルーゼ隊長と互角か、下手すりゃそれ以上って化け物だぞ。俺だって戦場で遭遇したら迷わず逃げてるぜ」

 そう言った後でかつての仲間たちを見回して、まあ状況的に逃げたくても暫く頑張るしかないって状況ばっかりだったよなあとお道化た態度で言い、仲間たちが口々に同意して笑い出している。今でこそ笑い話に出来るが、当時の彼らに求められた仕事は非常に厳しいものが多く、敗退する味方を援護するための殿を任される事も多かった。だから逃げたくても逃げる訳にはいかず、後どれだけ持たせれば良いんだと泣き言を叫びながら戦ってきたのだ。
 戦場の便利屋扱いされてきた彼らにとって足付きは恐るべきライバルであると同時に、便利屋扱いされている事から出てこられたら厄介過ぎるので頼むから出てこないでくれと祈ってしまうくらいに厄介な連中でもあった。
 昔を思い出してなんとも重苦しい沈黙が支配するようになってしまった待機室の空気に1人アグネスだけが戸惑っていたが、少ししてディアッカが軽く頭を振って気持ちを切り替え、全員にブリーフィングで伝えられた話を伝えた。

「アキレウスは物資の搬入が完了次第、出航して地球軌道に向かう。オーブのステーション近くに到着次第、異世界へのゲートが生成されてそれを潜ることになる。全員そのつもりでいるように」
「ディアッカさん、そのゲートというのは、無事に通過できるものなんでしょうか?

 不安そうな顔で確認してくるシホに、ディアッカは肩を竦めて見せた。

「残念だが、その辺の話は無かったな。まあこれまでに転移失敗は無いって話だけどな。怖いのは俺たちが通るゲートは新方式だって事かな」
「全く安心できないじゃないですか」

 新方式とかその手の話には酷い目に合った覚えしかないシホは心底嫌そうな文句を言い、エルフィたちも勘弁して欲しいと表情で言っている。とはいえ彼らがどれだけ不満に思っても予定が変えられる訳では無く、それぞれに諦め顔で待機室を出ていくのだった。



 補給を完了したアキレウスは遂に出航の時を迎えた。搬入作業を行っていた人員も車両も全て退避し、艦のハッチが全て閉塞される。準備が完了したことを確認したチャンドラがナタルに報告する。

「艦長、全ハッチの閉鎖を確認、出港準備整いました」
「よし、ノイマン、艦をゲートに移動させろ」
「了解、艦長」

 ノイマンが気持ち良さそうに返答を返し、コンソールを操作する。それで船体下部のスラスターが点火されて感を浮上させ、着陸脚が艦内に格納される。そして浮上状態を維持した艦がゆっくりと宇宙港のゲートへと移動していき、ゲートに入ったところで艦を停止させる。そして背後の扉が閉塞され、ゲート内の空気が抜かれて真空にされる。そして真空になると、正面のゲートが開いて向こう側に月面基地の外部の様子が現れる。それを見てノイマンはアキレウスを基地外へと出していく。そして基地外に出たことを確認したナタルはノイマンに浮上を命じた。

「よしノイマン、月重力圏を離脱する」
「了解しました艦長、補助推進器点火、月重力圏を離脱します」

 艦がゆっくりと月面を離れていく。ゆっくりと月重力圏から離れていくアキレウスを建造に携わっていた工廠の職員たちが見送っている。訓練では幾度も港を離れていたが、いよいよ地球連合軍に引き渡されて出撃するとなれば見送りもしなくてはいけない。しかも今後大西洋連邦軍の主力空母としてアガメムノン級を更新していくことになる期待の新型空母の1番艦なのだ、むしろ見送りは少ないというくらいだ。
 ただ、アキレウスの巨大な船体の下部にワイヤーで固定された50mはありそうな金色の怪物については多くが見て見ぬ振りをしていたが、一部の者は熱い視線を送っていたりする。あれに惚れこんでしまった残念な技術者が増えているようだ。
 もっとも、この1番艦は大西洋連邦軍ではなく地球連合軍の特殊部隊ファントムペインに配備されることを知っているのは極一部であり、それが軍高官などの姿が無い理由である。また、この艦の最初の任務も余り公に出来るものでも無かった。
 月の重力を振り切ったアキレウスが地球へ向かう航路に向かおうとすると、その先に4隻の駆逐艦が居るのを確認した。パルがレーダーの反応を見ながらナタルに報告する。

「艦長、前方に駆逐艦4隻を確認しました」
「ああ、月基地で聞いている。地球まで護衛してくれるそうだ」

 ナタルがパルに答える。それを聞いてパルが首を傾げて疑問を返した。

「護衛、ですか。通常航路ですし、必要ですかね?」
「この艦の戦闘能力なら海賊程度に負ける事は無いだろうが、今回はお偉方が乗っているからな」
「ああ、そういう事ですか」

 アズラエルたちの顔を思い浮かべてパルは納得して頷く。そんな要人をこんな任務に乗せるのもどうなんだという疑問は抱かない。彼らにとっては今更の事なのだ。とはいえそれを今更で済ますことが出来ない人たちも居る訳で、偉い人たちの無茶ぶりに泣く人々は何時の時代にも沢山居るのである。
 アキレウスは地球への軌道に入ると周囲に駆逐艦が展開して護衛に付く。この艦隊に手を出すような命知らずの海賊など居るはずも無く、アキレウスは無事に地球軌道に無事到達する事になる。


ジム改 いよいよアキレウスが動き出しました。
カガリ おい、何であれを積んでいるんだよ?
ジム改 オーブの出せる最高戦力ですから。
カガリ そこはあの新型のランサーダート装備機にしとけよ!
ジム改 あれはM1の性能不足を補うための苦肉の策だから。
カガリ M1って原作だと未だに一線級の性能だった筈じゃ。
ジム改 流離う世界だと主人公機の性能は負けてるけど一般向けは勝ってるので。
カガリ ウィンダムが強すぎるんだよ!
ジム改 一応プラントもザクとインパルスを改良しながら条約の範囲内で量産してるんで。
カガリ どの国も復興に悲鳴上げて軍事費を出せない筈じゃ。
ジム改 だから新型が出ないで大戦時の機体を改良しながら使ってるのよ。
カガリ そういやこの話で完全な新型ってリベレイターしか出ていないな。
ジム改 一応ムラサメの開発は続いているけど、やっと試作品が出来てるレベルだからね。
カガリ あれ、こっちでムラサメの残骸拾って帰れば開発加速できるか?
ジム改 こっちのムラサメと同じ機体かは分からんけどな。
カガリ ところでこっちだとアグネスってどれくらいの強さなんだ?
ジム改 基本的に大規模戦闘の経験は無い。特務隊みたいな修羅場も潜って無いから、参加メンバーでも弱い方かな。
カガリ ジャックやエルフィよりも弱いのか?
ジム改 あいつらルナマリアより強いからな。

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