第18章 ザラ隊結成

 地球に降下したアスラン達は、そこでイザークと合流した。久しぶりにクルーゼ隊が揃った事になる。イザークは久しぶりに会う戦友達に挨拶をし、砂漠戦の酷さを語った。

「あそこは酷い所だった。ビームは直進しないし、まともに歩くのも大変ときてる」
「確か、砂漠の虎、バルトフェルド隊長が足付きに倒されたと聞きましたけど?」

 ニコルの問いに、イザークは小さく頷いた。

「ああ、あのストライクのパイロット、実戦慣れしてきている。それに足付きもな」
「それで、足付きは今どこに居るんだ?」

 ディアッカは1番の重要事項を問い質した。彼らは足付きを沈める為にここに来たのだ。だが、イザークは彼らしくも無く重くるしい声でそれに答えた。

「奴は、ギリシアを突破して連合の勢力圏に入ったようだ。ギリシアに展開してた友軍がかなりの被害を出したらしい」
「かなりって言うと?」
「MSだけで30機以上を喪失、地上車両や戦闘機はその数倍だ」

 イザークの答えにニコルとディアッカは驚愕した。たった1隻の戦艦にそれほどの戦闘力があるなどと誰が思うだろう。だが、イザークの話はまだ終わっていなかった。

「それだけじゃない。ナチュラルどもはいよいよMSの実戦配備を進めてるらしい。ついこの間攻撃に向った部隊がデュエルの迎撃を受けたそうだ」
「デュエルですって。敵はついに量産を始めたんですか!」

 ニコルは厄介な事になったと思い、顔を顰めた。自分たちが連合から奪った4機のG。その性能は他ならぬ自分たちが1番良く知っている。もしあれが10機も出てきたら大変な事になるだろう。ジンやザウートでは対処できないのだから。

「だがまあ、そのデュエルはパイロットが新米だったのかOSがゴミなのか、とにかく動きが悪かったらしい。攻撃隊の損害の大半は後から来た地上部隊の反撃による物らしいからな」
「敵はまだMSに慣れていないという事ですか」
「そうらしい。まあ、所詮はナチュラルが使う機体だ。俺達ほどの強さは出せないだろうがな」

 イザークはナチュラルへの侮蔑を隠そうともしない、これがイザークのイザークたる所だ。ディアッカが面白そうに笑っている。ニコルは同意しかねるのか、複雑そうだ。

 3人からすこし離れた所でアスランはミゲルと今後の事を話していた。

「隊長も間もなく宇宙から降りてくるらしい。そうすればクルーゼ隊も本格的に動き出せる訳だな」
「ああ。だが、どうして俺達が地上に降ろされたのか」
「宇宙にはもう月にしか敵が居ないからな。有効な戦力を遊ばせておく余裕は無いって事じゃないのか?」

 ミゲルの答えにアスランは頷きつつも、何処か釈然としないものを感じていた。なんでこの時期に自分たちが地球になど。ここで何か起きるのだろうか。
 アスラン達はまだ知らされていなかったが、ザフトはヨーロッパの連合勢力を駆逐するべく、総攻撃に出ようとしていたのである。言うなれば、アスラン達はその応援なのだ。赤服4人と、これにほぼ匹敵するパイロット1人の増援は確かに意味があるだろう。だが、彼らは地上戦の経験が無い。どれだけ役に立つか。

 それから暫くして、次の便が降下してきた。そのシャトルから降りてきたクルーゼに一斉に敬礼する。クルーゼは片手を上げて彼らに答えると、付いて来る様に言って自ら歩き出した。5人もその後に付いて行く。そのなんだか異様な一団はクルーゼにあてがわれている部屋に入ると、それぞれに好きな席に付いた。クルーゼも荷物を置くと肩をほぐしている。

「やれやれ、地球の重力には体が馴染まないな」
「まったくです。ナチュラルどもはどうしてこんな所に住みたがるんだか?」

 ディアッカが茶化して言う。イザークとミゲルが同意だと言いたげにクスクス笑い出した。
 クルーゼは手持ちの資料を取り出すと、5人にそれを配った。それを手にした5人の顔色が変わる。

「隊長、これは!?」
「見ての通りだ。君達はヨーロッパ方面軍に一時的に編入される。ヨーロッパ方面での攻勢を支援する為だ」
「ですが、我々は足付きを追うのではないのですか!?」

 イザークが椅子を蹴って立ちあがり、クルーゼに食って掛かる。クルーゼはイザークの怒りなど何処吹く風とばかりに平然としていた。それどころか、イザークを激怒させかねない話を始めたのだから。

「ああそうだ、1つ言い忘れていた。私はこれから地上軍で正式に一軍を任されることになった。そこで、君達は私直属の独立小隊として動いてもらう事になる。アスラン・ザラ。君が小隊長を勤めるんだ」
「わ、私がですか?」

 アスランが驚いて聞き返す。イザークがもの凄い目でアスランを睨んでいるが気付かないほどだ。クルーゼはアスランの問いに、まるでわざとイザークを煽っているとしか思えないような言い方で答えた。

「君以外にいないと思うがね。この中で1番優れているのは君だと私は考えている」

 余りと言えば余りの言葉にディアッカとニコルとミゲルはどうしたものかという顔でイザークを見た。案の定イザークは激怒に顔を赤くしている。
 なにかを言おうと口を開いたイザークだったが、クルーゼがいきなり自分のほうを見たので文句を言うタイミングを失ってしまい、変な恰好で固まってしまった。

「そうそう、イザークにも1個小隊を纏めてもらうぞ。アスランの指揮下には入るがな。アスランにはニコルとミゲル。イザークにはディアッカが付けられる。それぞれの隊には後で新人が配属されるから、頼むぞ」

 クルーゼの付け足したような言葉にイザークは渋々納得した。アスランの下という立場には変わり無いが、正式に部隊1つを任されることになったのだから。

「とにかく、君達の最初の任務はヨーロッパ方面軍の支援だ。遊撃の位置に置かれるから、司令部の指示で動いてくれ」

 これでクルーゼの話は終わった。クルーゼが退室した後、残された5人はそれぞれにクルーゼの命令を考えている。戸惑うアスランの肩をミゲルが叩いた。

「よう、やったな。大出世じゃないか」
「ミゲル……俺なんかで良いのかな。まだお前の方が」
「なに言ってんだよ、自信持てって」

 ミゲルに励まされたアスランだが、その顔色は冴えなかった。だが、そんなアスランが強烈な視線を感じて顔を上げると、そこには嫉妬と憎悪に顔を歪めるイザークの姿があった。

「イ、 イザーク」
「よかったな、ザラ隊長」

 強烈な皮肉を残してイザークは部屋を後にした。それを追ってディアッカが出て行く。ニコルはアスランにすまなそうに頭を下げて2人を追っていった。イザークが自分にライバル意識をもっている事は知っていたが、まさか憎悪の視線まで向けられるとは思っていなかったアスランは流石に落ちこんでしまった。ミゲルも励ます言葉を見つけられず、傍らに立っているだけだ。



 翌日、アスランとニコル、ミゲルは2人の新人パイロットを出迎えた。緑色の制服を着た、自分たちと同い年くらいの少年と少女である。2人は3人の姿を見ると新兵らしい堅苦しい敬礼をしてきた。

「ザラ隊に配属されました、ジャック・ライアンであります」
「同じく、エルフィ・バートンです」

 2人の敬礼に、アスランも答礼を返して自己紹介した。

「アスラン・ザラだ、着任を歓迎するよ。後ろの2人がニコル・アルマフィとミゲル・アイマンだ。2人とも腕は確かだから、分からない事は教えてもらうと良い」
「「はい!」」

 良い返事を返してくる2人に、ニコルとミゲルは楽しそうに笑いながら2人の前に出てきた。

「固くならなくても良いですよ。うちの隊長は良い人ですから」
「たんなるお人好しとも言うけどな」

 ミゲルの突っ込みにニコルが苦笑し、アスランがむっとした顔になった。そんなアスランを見てニコルとミゲルが笑い出してしまい、新兵2人は困った顔でオロオロと隊長と先輩2人を見ているしかなかったのである。
 3人が笑い終わるのを待って、ジャックがアスランに問い掛けた。

「隊長、我々はヨーロッパの攻勢に投入されるという噂は、本当なのでしょうか?」
「本当だ。君達の実力もそこで見させてもらう事になるだろう」
「大丈夫ですよ、ジュール隊の連中なんかに負けたりしません」
「おいおい、これから一緒にやっていく仲間にもうライバル意識か?」

 ミゲルが呆れ顔でジャックを窘める。新人が来た事で彼の兄貴分としての役割はますます重要性を増したかもしれない。ニコルとエルフィは困った顔をしているアスランを見てまた面白そうに笑っている。
 これが、ザラ隊の出発であった。





 ブカレスト基地ではフレイがデュエルの操縦訓練をしていた。トールの実戦データを元にキラが改良したOSはフレイでもそこそこ動かせるほどに優れたものとなってきている。だが、まだまだ実戦で使えるレベルとは言えなかった。
 下で見ているキースがフラガに話し掛ける。

「やはり、まだまだですねえ。次の作戦で使えるかどうか」
「だが、デュエルが戦力になるかどうかは大きいぞ。あれが直援に付けば随分安心できる」
「でも、あれじゃ的になるだけですよ。トールの時よりはマシなんでしょうがね」

 キースは苦々しそうに答える。デュエルほどの機体がありながら有効に使えないというのはかなり腹立たしいものがある。もちろんトールやフレイが悪いのではない。2人はキースやフラガから見ても良くやっている。ただ、訓練期間が短すぎたのだ。それでも走るなどの基本動作は出来ているのだから大したものとは言える。

「お嬢ちゃん、次の戦いじゃ出るつもりかな?」
「かも知れませんね。出来れば出撃して欲しくはないですが、そうも言ってられないかもしれません」

 次の戦いは間違い無くアークエンジェルにとっても最大の戦いとなるだろう。それを考えれば訓練が不足しているから出撃させないというのは難しいだろう。戦車隊はフレイよりも悪い条件で戦場に向うのだから。

「アークエンジェルから離れないようにするしかないですね。攻撃はキラと俺、少佐で頑張るしかないでしょう」
「結局何時もこうなんだよな、頑張るしかない」

 やれやれと肩を竦める2人。だが、デュエルに乗って頑張っているフレイは肩を竦めるどころではない。シミュレーターよりも遥かに多い情報と体を襲うアクションフィードバック。キラが改良したOSの助けがあってやっとこれなのだから、

「ああもう、もう少し素直になりなさいって!」

 フレイは懸命にコントロールスティックを操作し、フットペダルを踏み込む。デュエルはフレイの操作によく答えていたが、フレイの実力では移動と攻撃を同時に行うのは難しいのだ。照準サイトに捕らえられた目標は簡単に消え去り、それをまたサイト内に捕らえる為に大きな機動を行う。その無駄の多い動きにキースとフラガは揃ってため息を付いていた。
 だが、彼らは知らない。作戦に参加する連合軍のデュエル2機とバスター1機も似たようなものであるという事を。
 2人の所にキラがやってきた。なにやら複雑そうな顔をしている。

「フラガ少佐、キースさん」
「お、来たのかキラ」

 フラガとキースがキラを見る。

「本気でフレイを戦場に立たせるつもりですか。死にますよ!?」
「……あの娘が決める事だ。出撃するかどうかはな」

 フラガは突き放したように言う。キラはフラガに反感を覚え、食っててかかった。

「僕はフレイを、友達を守りたくて戦ってるんです。そのフレイが戦場に出るんじゃ、僕のしてる事ってなんなんですか!?」
「なら、お前の力だけでアークエンジェルを守り切れるって言うのか。次の戦いはこれまでとは違う。大軍同士の総力戦なんだぞ」

 フラガはキラの鋭い視線を真っ向から受け止めて見せた。キラは怯んだように一瞬身を引いたが、すぐにまた勢いを取り戻す。

「守り切って見せますよ。今度こそ、守らないといけないんだから!」
「……なら、お前が彼女を止めて見せろ」
「えっ?」
「あの娘、フレイの目は、何かを見つけたんだろうな。何かやりたい事が出来たのかもしれん。少なくとも、今のフレイは戦うつもりらしい」

 フラガは胸の前で腕を組み、デュエルを見上げる。彼女は実戦までに何処まで腕を上げるだろうか。

「訓練の成績だが、フレイの成長は妙に早かった。それなりの才能があるんだろう。お前が鍛えてやれば更に伸びるかもしれないぞ」
「フレイがですか?」
「ああ、コツを掴むのが上手いんだろうな。天賦の才という奴かもしれん。もっとも、それが伸びるかどうかは次の戦いを生き残ってからのことだろうが」

 キラはゆっくりとデュエルを見た。彼女がどうして戦うつもりになったのか、何となく分かる。あの2人の子供が死んでしまった事に責任を感じているのだろう。自分があのシャトルを、幼女を守れなかった事に負い目を感じてしまっているように、フレイも負い目となっているのだろう。
 彼女も自分と同じ十字架を背負ってしまったのかもしれない。自分よりも遥かに弱い存在を、自分の選択の間違いで死なせてしまったという十字架を。



 その日から、キラはフレイがデュエルに乗る事を必要以上に反対はしなくなった。ただ、その変わりにとばかりにフレイにMS戦のコツを教え、模擬戦の相手をしてやり、OSの改良に努めるようになったのだ。今もキラは夜遅くまで格納庫でデュエルのOSを改良し続けている。
 疲れを感じて背筋を伸ばしたキラに、背中から声がかけられた。

「キラ、大丈夫なの?」
「え?」

 振り返ると、簡単な夜食の載せられたトレイを手にするミリアリアがいた。キラのコンソールにそれを置く。

「余り根を詰めると身体に毒よ」
「分かってるけど、後で後悔したく無いからね」

 トレイからコーヒーの入ったカップを取り、口に運ぶ。ミリアリアは少し不思議そうに聞いて見た。

「ねえキラ。あなた、フレイの事となると無茶しすぎるわね。あなたがあの娘の事好きなのは知ってたけど」
「……僕が傷付けたからね。だから、僕が守ってあげないといけないんだ」

 キラは両手でカップを握り締めながら、辛そうに答える。あの時の、フレイの父を守り切れなかった事が今もキラの心を蝕んでいるのだろう。だからせめてフレイだけは守り切ろうとしているのだ。だが、それはキラにとって良いことなのだろうか。

「キラ、フレイなんだけど、正直どうなの?」
「正直言って、かなりの成長を見せてるよ。僕も驚いてる」
「そうなの、意外ね」

 ミリアリアは驚いた。フレイは運動神経は悪くなかったが、あんなMSの操縦に適正があるとは思わなかったからだ。キラも微笑している。

「意外だよ。とにかく飲み込みが早いんだ。反応速度もかなり速いしね」
「じゃあ、フレイは出撃出来るの?」

 ミリアリアの問いに、キラは沈痛な顔で頭を左右に振った。

「あの程度じゃ自殺行為だよ。確かに上手くはなってるけど、実戦にでたら良い的になるに決まってる」
「でも、フレイは出る気なのよね?」
「うん、何度も止めたんだけど、戦うつもりみたいなんだ」

 キラはその事が辛くて仕方なかった。守りたくて戦ってるのに、何で分かってくれないんだろう。フレイはアークエンジェルという安全な場所にいてくれれば良いのに。
 ミリアリアはフレイを心配するキラを見て、フレイはキラをどう思っているのかが気になって仕方なかった。キラはこんなに苦しんでるのに、彼女は何を考えてMSに乗ろうとしているのだろう。

「フレイは、キラの事をどう思ってるのかな?」

 ミリアリアの言葉に、キラは夜食のサンドイッチを口に運ぶ手を止めた。僅かに体が震えているように見える。そんなキラに、ミリアリアがすまなそうに言う。

「……トールから聞いたわ。あなた、フレイが同情で付き合ってくれてると思ってるんでしょ?」
「……うん」

 キラは悲しそうな顔で頷いた。同情が欲しかった訳じゃない。ただ、普通の恋人という関係になりたかっただけなのに、どうしてこんな事になってしまたのだろう。
 だが、ミリアリアは少し違う気がしていた。上手く言えないが、キラに近づいたフレイには、何か邪なものを感じるのだ。好きだとか、同情だとか、そういう理由では無い気がする。
 ミリアリアがじっと考えこんでしまったので、キラはもくもくと夜食を平らげた。空になったトレーを脇に置くと、ミリアリアを見る。

「ありがとう、美味しかったよ」
「え、あ、そう。良かった」
「少し気も楽になったしね」

 キラはまたコンソールに向うと、キーボードを叩き出した。ミリアリアはトレーを下げると、そっとキラから離れていく。そして、格納庫の入口でそっとキラを振り返った。キラは相変わらずコンソールに向っている。このぶんだと今日も遅くまでやっているのだろう。

『フレイ、あんたは馬鹿よ。サイを傷付けて、キラを追い込んで、あんたは何をしたいのよ?』

 もう我慢できなくなったミリアリアは、その足でフレイに会いに行くことにした。居る場所は分かっている。キラの部屋だ。
 キラの部屋の前まで来たミリアリアは、ノックも無くいきなり部屋を空けて中に押し入った。中の明かりは落とされ、窓からさしこむ月明かりだけが部屋の中を照らし出している。その中に、ベッドに腰掛けているフレイがいた。
 ミリアリアは手探りで明りのスイッチを探すと、押した。天井の照明が点灯し、室内が明るくなる。ミリアリアはフレイに声をかけようとして、思わず息を飲んだ。そこにいたフレイは、まるで生気が無かったからだ。その目には何も映してはおらず、自分が入って来た事にも気付いている様子が無い。

「フ、フレイ?」

 ミリアリアは心配になって声をかける。だが、フレイはこちらを見ない。仕方なくミリアリアは肩を掴んで無理にこちらを見させ、頬を張った。

「フレイ、しっかりしなさいよ!」

 そこまでやってようやくフレイはミリアリアを見た。目の焦点が合ってくる。

「ミリィ、どうしてここに?」
「あなたこそ、何をぼうっとしてんのよ。訓練で疲れてるんじゃないの?」
「……そんな事無いわ、大丈夫よ」

 フレイはそう言うが、まったく説得力が無かった。だが、今はそれよりも別の用事がある。ミリアリアはフレイに問い掛けた。

「フレイ、あなた、キラをどう思ってるわけ?」
「……キラを?」
「ええそうよ。サイを振ってキラに乗り換えたのかと思ったけど、そうじゃないみたいだし。本当に同情でキラと付き合ってるの!?」

 ミリアリアの問い掛けに、フレイは俯いたまま答えない。ミリアリアは無理にフレイの肩を掴んで顔を上げさせた。

「フレイ、あんた一体何を考えてるのよ。キラをどう考えてるの?」

 ミリアリアの勢いに、ようやくフレイは口を開いた。

「分からないのよ、私にも」
「分からないって、自分のことでしょ?」
「そうよ、自分の事なのよ。なのに、分からないのよ、私にもっ」

 フレイが自分の顔を見上げてきた。その顔を見てミリアリアは言葉に詰まってしまう。その顔は、迷子の子供の様に弱々しく、今にも崩れてしまいそうなほどに危うかった。何があったのかは自分には分からない。ただ、フレイが酷く傷付いている事は分かった。もしかしたらキラやサイ以上に。
 ミリアリアは悲しくなってきた。何でこんな事になったんだろう。キラも、サイも、フレイも友達なのに、気が付いたらバラバラになってしまってる。しかもキラとフレイは酷く傷付いて、互いに慰める人さえいない状態だ。
 これ以上フレイを追い詰めてはいけないと考えたミリアリアは、仕方なく部屋を後にした。残されているフレイはまた俯いてしまっている。その姿を見て、ミリアリアは堪らなくなって逃げる様に駆け出していった。
 トールに会いたい。今のミリアリアにはトールにこの事を相談しようという考えしか浮かばなかった。トールの寝床がある部屋に真っ直ぐに向う。トールはまだ起きていた。サイとカズィは当直なのか今はいないから、暇そうに本などを読んでいる。どうやらデュエルの解説書らしい。訓練が出来ないから、操作法を頭に叩き込んでおこうというのだろう。
 ミリアリアが入って来たのに気付いたトールは、解説書から顔を上げて恋人を見た。

「どうしたのミリィ、そんなに焦った顔して?」
「ト、トール……わたし、どうしたら良いの?」
「ミリィ?」

 トールは恋人の様子がおかしい事に気付いた。なんでかは分からないが、追い詰められている様だ。不安に顔を曇らせている。トールは解説書を置くと立ち上がってミリィの肩に手を置いた。

「どうしたのミリィ、何かあったの?」
「トール、フレイが、フレイがおかしいの」
「フレイが、おかしい?」

 トールは聞き返した。確かにフレイの事はキラとの関係で気にはしていたが、フレイ本人がおかしいとまでは感じていなかったからだ。なにか企んでるのでは、と疑ってはいたが。
 ミリアミアはキラの部屋で見たフレイの様子を語った。あの生気の感じられない、酷く傷付いたフレイを。あんなにも崩れてしまいそうなほどに弱々しく、悲しそうなフレイを見たのは同じ倶楽部にいた自分でさえ見た事が無いからだ。
 トールはミリアミアの見たというフレイを考えてみた。これまでの考えを総合すると、フレイの変化はあの宇宙で、父親を失った頃から始まっているとトールは結論付けていた。そこからキラに近づきだしたのだ。たぶんキラを使って父親の敵を討とうとでもしているのだろうと考えていたのだが。

「傷付いている、か」

 なにかを企んでいたのではないのだろうか。それとも、利用しようとして近づいたが、良心の呵責に苛まれているとでもいうのだろうか。もしかしたら、フレイの中で何か変化が起きているのかもしれない。

「もう少し、様子を見た方が良いのかもな」
「トール?」

 ボソリと呟いた恋人の顔を、ミリアリアは不思議そうに見た。トールはミリアミアを見ると、頼むように言う。

「ミリィ、暫くの間は2人に手を出さないでおいてくれないか。黙って見守るだけにして欲しいんだ」
「何でよ。あれじゃ2人とも壊れちゃうわよ?」
「多分だけど、キラかフレイか、どっちかが行動を起すと思うんだ。フレイがMSに乗る気になったのも、なにか考えが変わったからだと思うしね」

 理由は分からないが、フレイに何かがあったのだ。自分の考えに迷いを生むような何かが。それが何なのかは今は分からないが、いつか分かるという気がする。その結果が破局へと向うのか、それともより良い方向へと向うのかは分からないが、あの2人の決着は近いうちに付く気がするのだ。
 早ければ、これからの戦いが終わった後にでも。


後書き

ジム改 さて、何やら話が暗いです
キラ  なんでフレイが戦うのさ!?
ジム改 うお、キラ、遂にお前まで来たのか?
キラ  そんな事はどうでも良いだろ。それより、何でフレイが!?
ジム改 うむ、それには衛星軌道に届くほど高く、海溝よりも深い理由がだな
キラ  あるの?
ジム改 無い……い、いや、冗談だ。だからその拳を下げろって!
キラ  で、理由は。今度ボケたら死あるのみだよ?
ジム改 くそう、コーディだからって調子に乗りやがって
キラ  ほら、早く
ジム改 と言ってもな、ここで出せる訳が無い(ごそごそと資料を取り出す)
ジム改 ほれ、これを見ろ
キラ  な、なんだって―――っ!?(資料読んで驚愕)
ジム改 ふっ、やはり後悔したか

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