第17章 最前線の街・後編
戦車隊がやってきたのは街の外側に位置する広場であった。ここにはまだジンの攻撃も及んではいない。だが、いずれここにも戦火は及ぶだろう。頼みの連合軍は戦車が24両に輸送車やトラックが40台ほど。この輸送車やトラックに負傷者や小さな子供を乗せ、歩ける者は歩いて街を脱出しようというのだ。
民間人を誘導している兵士が大声で叫んで走りまわり、絶望に支配され、項垂れる人々がその誘導に従って歩いていく。キラとフレイは抱いていた子供達をトラックに誘導している兵士に任せる事にした。
「すいません、この子達も頼みます」
「この子は?」
「街で、母親を無くしていて……」
言い難そうに答えるフレイ。兵士は小さく頷くと、子供達をトラックに載せた。2人が荷台からこちらを見て、小さく手を振っている。女の子が大きな声で礼を言ってきた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがと-!」
礼を言われた2人は気恥ずかしそうにしながらも手を振り返した。
「これからも、頑張ってね。兄妹2人で!」
「なるべく東へ行くんだよ。敵が来ない所までね!」
2人の言葉に兄妹は何度も頷きながらトラックの奥へと入って行った。2人が見えなくなった所でキラとフレイは市街の方を見る。
「こんな、壊された街を見ると、ヘリオポリスを思い出すわね」
「うん」
クルーゼ隊の攻撃を受けて破壊されたヘリオポリス。あの時もこうだった。破壊される市街。逃げ惑う人々。響き渡る悲鳴と銃声。あの時もこうだったのだ。キラはストライクに乗ってジンと戦い、フレイは非難シェルターに逃げ込んだのだ。まだそんなに経っていないのに、思えば随分昔の様な気がする。
フレイは硝煙の臭いが混じる風に赤い髪をなびかせながら、キラに話し掛けた。
「不思議よね。あの頃は戦争が終わるまでずっとあそこに居ると思ってたのに、今は地球の、それもこんな所にいるんだから」
「……そうだね」
カレッジにいた頃は平和だった。誰も未来を信じて疑わず、戦争など縁遠いものだと考えていたのだ。キラもトール達とからかい合い、フレイの姿に胸をときめかせ、両親と暮らすだけの生活がこの上なく恋しくなる。もし、あの頃に戻れるならどんな手段でも使うだろう。
だが、現実はこうなのだ。すぐそこで戦争をしており、人の命が次々に失われていく。これが今の2人の現実なのだ。
「フレイ、僕たちも行かないと。ここに居ても邪魔になるだけだよ」
「……うん、そうね」
歩き出した2人の背後で爆発音がした。もうジンが直ぐそこまで来ているのだ。戦車隊が急いで迎撃準備を整えていく。ウォロシーロフがキラ達を見た。
「君達は早く逃げろ。ここは我々で食い止める!」
「そんな、戦車なんかでMSに勝てる訳無いでしょう!」
キラはウォロシーロフのやろうとしている事が単なる自殺だとしか思えなかった。絶対に勝てないと分かってるのに戦うのは自殺でしかない。だが、ウォロシーロフは首を横に振った。
「勝てないからと言って、逃げる訳にもいかん。我々の背後には避難民がいるのだからな。我々が逃げたりしたら、彼らはどうなる?」
ウォロシーロフの言葉にキラは返す言葉を持たなかった。守る者の無い難民の運命は悲惨だ。ここまで逃げてくる間にその現実を嫌というほど思い知らされている。ウォロシーロフは難民が逃げる為の時間を己の命で稼ごうと言うのだ。
キラは何も言えなくなり、俯いて悔しそうに拳を握り締めた。ここにストライクがあれば、彼らを死地に追いやることも無かったというのに。フレイは悔しそうなキラに何か言おうとしたが、それは言葉にならなかった。
「さあ、君達も早く行け。彼らを頼む」
「少佐、すいません」
「気にするな、君は君の任務を全うしろ。それと、彼女は大切にしろよ」
ウォロシーロフの言葉に顔を赤くする2人。なんとも初々しい反応をする2人に口元を綻ばせ、ウォロシーロフは敬礼した。
「いいな、君達は生き残れ、青き清浄なる世界の為に!」
そう言い残して、ウォロシーロフは戦車の中に体を沈めた。ハッチが閉じられ、戦車隊が戦場へと向って行く。それを見送りながら、キラはウォロシーロフの最後の言葉に衝撃を受けていた。
「青き清浄なる世界の為に」
これは、ブルーコスモスの有名な台詞だ。これを口にするという事はウォロシーロフもブルーコスモスだという事になる。彼は何も知らないままにキラを、コーディネイターを助けたのだ。コーディネイターを助ける為にブルーコスモスが命を賭けてコーディネイターと戦う。これほどに馬鹿げた話があるだろうか。
キラが動かないので、フレイがその腕を取った。
「キラ、早く行かないと」
「…………」
それでも動かないキラにフレイは溜息息をつくと、無理にその腕を引っ張って歩き出した。手を引かれれば歩くキラだったが、その目はここを見ていないようだ。
輸送車やトラックが発進していく。フレイとキラもその脇を歩いて行くが、その時上空から航空機の爆音が聞えてきた。空を見上げた2人の目に連合軍の戦闘機隊とザフトの戦闘機とディンが戦闘を開始する瞬間が見て取れた。
「戦ってるわね」
「……うん。でも、ディンがいるから、連合は不利だよ」
キラは常識的な判断をしたが、この中にフラガやキースがいると知ったらまた違う判断をしたかもしれない。この時も2人のサンダーセプターだけは異常な強さを発揮していたのだから。
上空の空戦を見上げている暇は2人にはほとんど無かった。背後でも戦車とMSの戦いが始まり、爆発音が連続して響き渡る。2人は急いでその場から逃げようと走り始めた。
だが、2人の少し先にいきなり1機の連合軍戦闘機が墜落した。空戦で撃ち落とされたのだろう。その戦闘機は避難民の乗ったトラックや輸送車数台を巻き込んで地面に激突し、爆発した。その中には、先ほど子供達を乗せてもらったトラックも含まれていたのである。
燃えあがる戦闘機とトラックの残骸を前に、フレイは放心してその場に膝をついてしまった。
「……嘘、なんでよ?」
助けて安全な場所に届けたと思っていたのに、目の前で2人は炎に包まれてしまった。自分たちが一緒に連れて行けば2人は死なずにすんだのに、トラックに預けたばかりに2人は死んでしまった。
礼を言って手を振る2人の姿が思い出されて、フレイは内から込上げてくる激情を堪え切れなくなった。大きな声を上げて泣きだし、自分の無力さを声に出して激しく罵倒する。
「なんでよ! 何であの子達が死ななくちゃいけないのよ。あの子達が何をしたって言うのよっ!?」
こんな所で泣いている時間は無いのに、フレイは泣き続けた。キラも足を止めて空を見上げている。そこでは下の惨劇など目に入らないのだろう。まだ空戦を続けている。
「僕達は、何を守ろうとしてたんだ。どうして武器を取るんだろう?」
キラは、仲間を、友人を守りたくてMSに乗っている。ウォロシーロフは地球に住む人々を、ナチュラルを守りたくて戦車に乗っているのだろう。だが、こうして犠牲になる人々は後を絶たない。守りたくても守り切れない。これが戦争に負けるという事なのだ。
「だったら、負けなければいいんだ。勝っていれば守りたい人達を守れるんだから」
キラの呟きに、フレイが立ちあがった。目に涙を溜め、俯いてはいたが。
「キラ……力があれば、守り切れるの?」
「守れるさ。力が無いからこんな事になるんだ!」
それがキラの結論だった。迷ってはいけない。弱さは罪でしかない。守りたいものがあれば強くなければいけない。それだけの覚悟と決意が無ければ、何もなし得ないのだ。フレイはキラの言葉を頭の中で反芻し、そして考えている。力があれば全てを守れる。力があれば父を救う事が出来たのだろう。
だけど、本当にそうなのだろうか。フレイには分からなくなっていた。全てを力で守れると考えるのは、力を持つ者の傲慢でしかない様な気がする。この目の前で圧倒的な力に踏み躙られる事しかできない人々を見て、フレイにはただ力を求めるキラが正しいとは思えなかった。
復讐の道具として使うなら力だけがあれば良い。なのに、今のフレイにはキラがその様に考えるのが悲しく思えた。自分はキラの弱さを知ってしまったから。
守りたいものがあるから戦う。戦わなければ守れないから、殺されるから戦う。今はそれしかないのだろう。だけど、それが正しいとは、どうしても思えないのだった。
だけど、戦わなければ守れないのも確かなのだ。
「……守るために、戦う、か」
そう言葉に出して呟いて、フレイは頭上を見上げた。そこではまだ連合とザフトが激しく戦い続けている。あの戦いもそうなのだろうかと思い、戦いをじっと目に焼き付けている。自分も強くなれば、あんな悲劇を防げるのだろうか。
空中戦をしている連合のサンダーセプターとザフトのラプターとディンは、連合側の損害過多で進んでいた。数では連合の方が勝っているのだが、損害比率で負けている。そんな中で一際目立っているのがフラガとキースの機体だった。
フラガは2機のラプターに追尾されてるのを確認して僅かに口元を緩めた。
「確かに加速性能はそっちのが上だけどな!」
フラガは敵機をある程度引き付けた所でいきなり全てのフラップを動かしてエアブレーキをかけた。急激なGとともにスピードが激減し、ザフトのラプターが自分の前に飛び出してくる。それを確認するとフラップを戻して追撃に入った。2機のラプターは立場が入れ替わったことで慌てて逃げに入るが、スピードが出る前に1機がミサイルで撃墜された。そしてもう1機の方も射程外に出られる前に照準サイトに捉え、バルカンで始末した。
一瞬で2機を始末したフラガは周囲を素早く確認し、新たな目標を見定めるとそれに機体を向けていく。その目には猛禽の如き光が宿っていた。
そして、戦場を弾丸のような勢いで駆け抜けていくキースのサンダーセプターがある。こちらはフラガのような小細工はしない。目標を見つけると高高度から一直線に落ちてきてバルカンを叩きこんでくるだけだ。自由落下速度まで加えた加速はラプターさえも軽く凌ぎ、一瞬でも気付くのが遅れた敵機は回避する暇さえ与えられずに堕とされてしまう。そして低空まで降りて一気に引き戻し、また急上昇して行く。ナチュラルどころかコーディネイターでも失神しかねない無茶苦茶な機動だが、キースはこの機動に耐えきっていた。どういう体をしているのだろうか。
だが、今回は上昇した先が悪かった。いや、動きを読まれていたと言うべきか。キース機を狙っていたらしいディンが76mm重突撃機銃を撃って来たのだ。慌てふためいて機体を捻ってそれを躱したキースはそのディンに怒りの篭った目を向けた。
「ちぃ、よくも邪魔してくれたな!」
キースはそのディンに狙いを定めると、また上昇して一気に急降下に入った。そのディンもキース機に重突撃機銃を撃ちまくってきたが、投影面積を最少に押さえているキース機にはなかなか命中しない。キースは持ってきたミサイルを一斉に撃ち放った。何発かが撃ち落とされたが、それでも2発がディンの機体を捕らえてこれを撃墜した。だが、キースのサンダーセプターも弾を食らっており、キースは舌打ちして脱出装置を作動させた。座席が射出され、離れた所でパラシュートが開く。乗っていた機体は錐揉みしながら地面に叩き付けられた。
それを見ていたキースはなんだか寂しそうな顔でボソリと呟いた。
「なんか俺、しょっちゅう被弾してないかあ? これじゃ撃墜王じゃなくて墜落王だよ」
ゆらゆらと揺られながら地上へと降りて行くその姿が、なんだか妙に悲しく見えた。
フラガたちに随分遅れてようやくトールのデュエルがやってきた。オートプログラムで走らせていたのだが、まだまだ改善の余地があるためか、動きがかなり悪い。
「もう少しか。かなり派手にやりあってるなあ」
望遠映像で確認した空戦の様子と地上戦の様子を確認したトールは、撃ち落とされていく連合軍戦闘機や破壊される連合軍戦車を見て不味いかなあと思っていた。直に目の当たりにしてきたキラやフレイとは余りにもかけ離れた感想。だが、これが戦争を知らないという事なのだ。MSで戦う限り血を見ることも、悲惨な死を見る事もほとんど無い。
暫くするとトラックや輸送車の群と擦れ違った。最初はこちらを見て明らかに逃げようとしていたが、味方のMSだと分かるとおっかなびっくり脇を通過して行ったのだ。そして、暫く行くとようやく探していた2人を見つけることが出来た。
「いた、キラ、フレイ!」
映像を拡大して2人を確認したトールは安堵した。どうやら無事だったらしい。トールのデュエルを見て驚いている。トールは苦笑すると機体を止め、ハッチを開けて身を乗り出した。
「2人とも、大丈夫か!?」
「「ト、トール!?」」
更に驚く2人。なんでトールがデュエルに乗ってるんだろうという驚きがあるのだ。
「トール、どうして君がデュエルに!?」
「キラ、俺だって戦わないといけないと思ったんだ。お前だけに戦わせるのは気が引けるしな」
「そんな、そんな事、気にしなくても良いんだよ。戦うのは僕に任せてくれれば!」
キラは絶叫した。仲間に死んで欲しく無いから戦うのに、なんで自分から危険な場所に来るんだ。そう思ったのだ。だが、トールはキラの思いなど知らないのだろう。甘い友情、判断で戦場に出てきているのだ。だが、デュエルでトールが出てきているのだから、これは当然フラガやキース、マリュ-達も了承している事なのだろう。彼らはトールを殺すつもりなのだろうか。
トールはキラの内心など気にする事も無く、にこやかに手を振っていた。
フレイはトールを心配そうに見上げ、声をかけた。
「トール、本当に大丈夫。幾らなんでも危険じゃないの?」
「大丈夫だよ。デュエルならジンに破壊されたりしないって」
「でも、戦場じゃ何かあるか分からないわよ」
フレイはトールの余裕が心配だった。戦場では何が起きるか分からない。先の子供たちだって、もう大丈夫と思った途端に死んでしまった。デュエルがフェイズシフト装甲を持っていると言っても、無敵のMSではないのだから。まして、トールも自分も新米パイロットだ。
「じゃあな、2人とも、無事にアークエンジェルまで帰れよ!」
「トールこそ、気をつけてね!」
「ありがとう、フレイ!」
トールはコクピットに戻ると再び走らせ始めた。戦闘に巻き込まれる事を考えてプログラムを戦闘モードに変更する。自動的にシールドが持ち上げられ、ビームライフルを正面に構える。
連合のMSに気付いたのか、ジンが3機こちらに向かってきた。自分に向けられる殺意にトールは恐怖を覚えた。
「な、なんだよ、こっちに来るなっ!」
トールはビームライフルを放ったが、それはまともな照準がされておらず、明後日の方向を貫いていく。ジンのパイロットはデュエルの技量が低いのを一目で見破ると、無造作に距離を詰めてくる。
トールはデュエルのフェイズシフト装甲を信じてはいたが、直撃弾の衝撃は緩和されないので、まともに振動を受ける事になった。
「う、うわあぁあぁああああっ!!」
死の恐怖に震えあがるトール。フェイズシフト装甲は確かに敵弾を弾き返していたが、着弾の音と衝撃がトールの平常心を容易に奪ってしまう。やたらとビームライフルを使ってはバッテリーを無駄に消費していく。
だが、デュエルに迫るジンは上空からの一撃にその行き足を止められた。そして、トールの耳に叱咤する声が飛びこんでくる。
「馬鹿野郎、何を無駄撃ちしてやがる!」
「フ、フラガ少佐!?」
「デュエルの装甲ならジンの攻撃で死ぬ事は無い。落ちついて狙え。無駄撃ちするとバッテリーを消費してフェイズシフトが落ちるぞ!」
確かに、デュエルのバッテリーはすでにかなり消費されている。トールはフラガの言葉で頭を冷やすと、冷静にジンに狙いを定める。オートプログラムが盾を構え、直撃弾を少しでも減らしてくれる。後は、ロックオンしてトリガーを引くだけだ。
「当たれえ!」
トリガーを引き絞り、ビームが放たれる。それはまだ完全じゃないOSの為か、狙いが逸れて左腕を直撃する事になった。だが、それでもジンの戦闘力を奪うのには十分過ぎるものとなった。腕の爆発に巻き込まれて倒れたジンは、そのまま動かなくなったからだ。
どれだけ弾を食らっても平然としている装甲と、圧倒的な火力にジンのパイロットたちはさすがに驚愕を隠せなかった。
「な、なんなんだ、こいつは。こいつの装甲はどうなってる!?」
「重突撃機銃じゃ効かないのかよっ。誰か、バズーカを持ってる奴はいないか!?」
動揺し、慌て出すジンのパイロット達。トールにもう少し経験があればその隙を突く事が出来ただろうが、今のトールにはまだ無理だった。ただ荒い息をついて必死に目の前に対処するだけしか出来ない。
その時、上空から戦闘ヘリ部隊が降下して来た。コクピットに警告が鳴り響き、トールの注意がそちらに向く。
「ヘリだって、くそっ!」
頭部イーゲルシュテルンが自動追尾でそれを狙う。高速で叩き出される75mm砲弾は容易にヘリを撃ち砕き、残骸へと変えた。
3機を落したところでようやく残りのヘリが退いて行った。トールはホッとしたが、まだ気を抜くのは早過ぎる。機体に新たなロックオンの警告が鳴り響いたのだ。視線を転じればバズーカを構えたジンの姿がある。しまったと思うよりも早く、ジンのバズーカから弾が撃ち出され、デュエルを直撃した。機銃弾とは比較にならない衝撃がトールを遅い、次の瞬間にはトールの意識は薄れていってしまった。
ようやくトールが目を覚ました時には、戦闘はすでに終わっていた。自分はコクピットから引き摺り出され、現地にやってきた医療スタッフの手当てを受けて簡易ベッドに寝かされていたのだ。すぐ脇には心配そうに自分を見ているミリアリアがいる。ミリアリアはトールが目を開けたのを見ると声をかけてきた。
「トール、気がついた?」
「……ミリィ、ここは?」
「医療テントよ。あなたは助かったの」
「そうか、助かったんだ」
あのバズーカの衝撃を受けた時はもう駄目だと思ったのだが、自分は運が良かったらしい。ミリアリアの話によると、自分のデュエルが倒れた頃には連合軍の大部隊がすぐそこまでやってきており、ザフト軍はトールに止めを刺すことも無く逃げて行ったらしい。おかげでトールは命を拾ったことになるが、それでも負傷は免れなかった。重症ではないが、暫くMSには乗れないだろう。装甲は耐えられても、中の人間が衝撃に耐えられなかったのだ。
しかし、トールがボロボロになりながらも稼いだ時間は、多くの避難民の命を救っていた。追い掛けようとしたジンを拘束し、その間に避難民は進出してきた連合軍に保護されたのだから。
だが、そんな事情もミリアリアには関係無かった。トールが目を覚ました事でようやく落ちつきを取り戻したのか、キッと睨むといきなりトールの頬を張ったのだ。医療テントに鋭い音が響き、中にいた人達が驚いている。
「馬鹿、トールの馬鹿っ!」
「ミ、ミリィ……」
「あれほど言ったじゃない、無茶しちゃ駄目って。私がどれだけ心配したと思ってるのよ!」
「ごめん、ミリィ」
これには一言も反論できない。自分が死にそうな目にあってミリアリアを心配させたのは事実だから。ミリアリアはトールの体に縋りついてとうとう泣き出してしまった。よほど心配していたのだろう。これだけ自分の身を案じてくれる彼女に、トールは嬉しさと同時に罪悪感を感じていた。
ミリアリアの声を聞いたのか、ヘリオポリスの友人達もテントに入って来た。
「トール、よかった、目を覚ましてる」
「ミリィに感謝しとけよ。ずっと付いててくれたんだから」
カズィとサイに言われてトールは神妙に頷いた。そしてキラとフレイを見る。
「2人とも、怪我は無い?」
「大丈夫だよ、掠り傷くらいだ」
「私も。キラがいなかったら死んでたけどね」
キラとフレイが感謝の眼差しでトールを見ている。トールが頑張ってくれなければ自分たちもジンに殺されていたかもしれないからだ。トールは2人が無事だったことを喜び、何度も頷いた。
そして、キースとナタルがやってきた。
「よう、生きてるな、トール?」
「キースさん、バジルール中尉?」
「ケーニッヒ二等兵。良くやってくれた」
ナタルが1枚の書類をトールに渡す。それを見たトールは驚いた。
「これは?」
「昇進辞令だ。君はMSで実戦を経験したからな。戦時特例を使って曹長に昇進してもらう。正式にパイロットになれば准尉になれるだろう」
「だが、その傷じゃ暫くは大人しくしていてもらわんとな。訓練は暫くの間はフレイに集中だ。場合によっちゃデュエルに乗ってもらわないといかん」
キースはどうしたものかとフレイを見る。だが、キースはフレイの様子が何時もと違うことに気付いた。どういうわけかは知らないが、フレイは真面目に考え込んでいるのだ。彼女になにか心変わりを誘う切っ掛けでもあったのだろうか。
その理由を問い掛けようと思ったが、それを口にするより早くキラが質問をぶつけてきた。
「キースさん、なんでトールの出撃を許可したんです?」
「敵が来たからだ。彼もそれを望んだ」
「トールが前線に出れるほど訓練を積んでいたんですか。おかげで死にかけたんですよ!」
キラはキースに詰め寄った。身長差があるから自然と見上げる形になるが、キラの眼光は鋭かった。このままだと殴り掛かりそうな雰囲気を漂わせるキラに誰もが息を飲んだが、そのキラをトールが止めた。
「よせ、キラ」
「ト、トール」
「俺がキースさんやフラガ少佐に無理を言って出撃させてもらったんだ。戦闘中もフラガ少佐は俺を助けてくれた。感謝してるくらいだよ」
トールにはキースやフラガを恨むような気持ちは欠片も無かった。あそこで自分を落ちつかせてくれなければ確実に死んでいただろうから。戦場に出した上官の務めとして、フラガは自分を守ってくれたのだ。
トールにそう言われてはキラもどうすることも出来ない。勢いを失ったキラは力を感じさせない目でトールを見て、そして項垂れてしまった。
重症ではないトールはすぐにベッドから追い出されることになった。歩けない怪我ではないので仲間達と共に歩いてアークエンジェルに帰っている。そのすぐ傍に付いているミリアミアが健気で見ていて楽しい。
そんな不届きなことを考えているキースに、ナタルが話し掛けてきた。
「キース大尉、カスタフ作戦は、1週間後に開始されるそうです。艦長は参加を決意しました」
「そうか。思ったより時間が無いな。それだけ味方が追いこまれてるって事か」
1週間でアークエンジェルとスカイグラスパー、デュエルの修理を終えなくてはならない。なんという無茶なスケジュールだろうか。だが、やらなくてはならない。幸いデュエルの修理はすぐに終わるだろうから、いささか早いがフレイに実機訓練をさせることになるだろう。
「できれば、出撃させたくはないのだがな」
「フレイ・アルスターですか?」
「ああ、あの娘は、アネットに似てるからな」
何気ない口調で語ったキースだったが、自分の発言に気付いて思わず顔を顰めた。言うべきでない事を言ってしまった。とでも言いたげな顔だ。ナタルもそれに気付いたのか、こちらを見ている。
「キース大尉、アネットとは?」
「いや、気にしないでくれ。たいしたことじゃない」
やんわりと、だがハッキリとした拒絶の意思を示すキースに、ナタルはしぶしぶ自分を押さえた。変わりに別のことを聞く。
「キース大尉は、この作戦、勝てると思うのですか?」
「負ける戦はしたくないなあ」
「それは私も同じです。ですがこの作戦、無謀ではないでしょうか。ヨーロッパ方面軍だけでザフトの大軍を包囲殲滅しようなどと」
「その為のデュエルだろ。聞いた話じゃ、うち以外にもMSがあるってことだし」
「デュエルが2機と、バスターが1機です。確かにXシリーズを量産したこれらの機体は強力ですが、敵の数に較べたら」
「まあ、心配するのは分かるけどね。まずは勝つ方法を考えようよ。負けた後のことはその時にまた考えれば良い」
キースは空を見上げた。すでに星が輝いている空は、砂漠とはまた違った光景を映し出している。一週間後にはこの空が血で赤く染め上げられる事になるのだ。その責任の一端を自分が負うと思うと余り気持ちの良いものではない。だが、自分にそんな感傷を持つ資格があるかどうか。
「結局、俺の一年は血文字で描かれてるのさ。今更拭いようも無いよな」
ボソリと呟いた言葉。特に誰にも聞かれるような大きさではなかったが、辛うじて声を聞き取ったナタルが不思議そうにこっちを見た。
「何か仰いましたか?」
「いや、何でも無い」
キースは慌ててナタルの問い掛けを誤魔化すと、ふと悪戯を思いついたような顔でナタルを見た。
「どうだ中尉、良い酒があるんだけど、付き合わない?」
「わ、私は酒には弱いんです」
「心配要らないって。潰れたらちゃんと部屋まで送ってあげるから」
「……余計心配なんですが?」
疑惑の眼差しで自分を見てくるナタルに、キースは大袈裟にため息をついて見せた。
「そりゃないよ~。俺はこう見えても紳士で通ってるんだぜ」
「日頃の行動が裏切ってますね」
しれっと言い返してくるナタルに、キースは自らの敗北を認めた。
「はい、すいませんでした」
肩を落とすキースの様子にナタルはちょっとした満足感を覚えていた。口でこの男を言い負かすのは悪い気がしない。そう思うと、自然と笑みが零れてしまった。
「ふふふ、分かりました。潰れるまでは呑みませんけど、付き合います」
「え、良いの?」
「上官の誘いを無下に断るのもどうかと思いますし」
キースの誘いに応じたナタル。だが、その深夜、完全に酔って寝てしまったナタルを困った顔でお姫様抱っこ状態で抱えてナタルの部屋に運んで行くキースの姿が数人のクルーに目撃され、艦内で話題となったりした。
後書き
ジム改 ふう、民間人を巻き込む戦いはやっぱり好きじゃない
カガリ でも、この話じゃそういうシーン多いんだろう?
ジム改 そうなんだよねえ
カガリ 大丈夫かよ?
ジム改 プロットは完成してるから、書くのは大丈夫だよ。でもねえ……
カガリ なんだよ、まだ嫌なシーンが続くのか?
ジム改 というか、嫌なシーンはかなり多い
カガリ おいおい……私は大丈夫だよな?
ジム改 ……ふっ、甘いね
カガリ それは私も酷い目にあうと言うことかあ!?
ジム改 当たり前だ!
カガリ 威張って言うようなことか!