第50章 次の出演者たち
向こう側の世界で構築されたスターゲイトは、確かにこちら側への回廊を形成した。形成したというより掘削してぶち抜いたくらいの強引な方法であったかもしれないが、確かに通路は開かれた。ただそれはお世辞にも安全な方法とは言い難い物であったようで、それまでは世界に影響を及ぼしたりはしなかったのに今回は星が揺れるような空間振動を放出し、傍にあった地球は僅かではあったものの確かに揺れる程の大規模な影響を及ぼしている。
そしてこちら側に出てきたアキレウスは、謎の揺れで世界が騒然としている中で不思議なほど周囲から注目されることは無かった。出現ポイントが周囲から観察されにくい最近できたばかりのデブリが漂う地球近郊の宙域であったことも原因であったが、たかが1隻の見知らぬ船を気にかけているような余裕が無かった事が大きい。
加えて飛び出したアキレウスは最初の混乱から立ち直ると、すぐに当初予定していた身を隠す行動に移った事も大きかった。異世界に出てきたアキレウスは最初何も動きを見せなかった。誰もが呆然とし、外の景色が見慣れた何時もの宇宙に戻っても誰もそれに反応する事が無かった。
だが、だんだんと我に返る者が現れて慌てて周囲の情報を収集し始め、それを艦橋に報告し始める。それを聞いて艦橋の者も正気に戻り、慌てて任務に戻っていく。そして集待った情報を総合したことで分かった事は、周辺の様子は激変しているが星の位置などから割り出した座標は出発点から然程動いていないという事だった。かなり移動していた気がするのに、実際にはほとんど動いていなかったというのだろうか。
報告を受けたナタルは信じられないという顔をしていたが、とりあえず今どこにいるか分かったのでここに来る前から予定していた行動に移ることにした。
「ノイマン、艦を障害物に隠せそうか?」
「周囲にこれだけガスとデブリが漂ってますからね、隠れる場所は十分です。ミラージュコロイドも使えそうです」
「逆に疑われないか?」
「これだけガスが漂っていれば、上手く誤魔化せますよ。ですが、これは最近の戦闘跡のようですね」
「ああ、大規模な艦隊戦が起きていたようだな」
自分たちの世界でも昔はちょくちょく起きていたが、大戦後は地球近郊では艦隊戦などジャンク屋とのトラブルを除けばラクス紛争の時くらいだ。頻発する海賊行為も商船を改造した武装船にMSやMAを無理やり載せているような代物が大半で、本格的な武装船を運用する様な海賊は滅多に居ない。いや、そんな代物を維持するような力を持った海賊などいないと言うべきか。
確認できる範囲だけでも地球、ザフト双方の兵器が破壊された状態で漂っている。こちらからの情報では未だに紛争が各地で起きているらしかったが、本当に艦隊戦をやっているような世界であるらしい。
「よし、少々危ないが熱源が残っているデブリに身を隠すぞ。ミリアリア、ネオ大佐にMSによる周辺警戒と隠蔽工作の作業を指示してくれ」
「了解しました、艦長」
ナタルの命令が艦内に飛び、俄に艦内が騒がしくなる。各所の見張りからの報告がノイマンの元に集められ、それを受けてノイマンが近くの大きな艦艇の残骸の陰にアキレウスの巨体を移動させていく。そして周囲にデブリが多いからMSもカタパルトは使わずハッチから直接外に出ていき、アキレウスの傍の残骸をどかしたり周辺の警戒に移動していったりする。
ジャックとエルフィとシホがザクでアキレウス周辺のデブリを動かしていき、ディアッカが率いる4機のインパルスが地球側の警戒に付き、反対側をムウが率いる4機のウィンダムが警戒に付く。まだ艦内にはウィンダムやM1が残っているが、ネオはこれは予備に置いておくつもりであった。
MSの指揮を執りつつモニターを見ているネオの隣りに、アルフレットが立ってネオを水に声を掛けてきた。
「おい、もし何か出てきたらどうするつもりだ?」
「さあな、それは向こうの出方次第だろう」
「分かってると思うが、あまり派手にやるなよ。俺たちの仕事は救出だ」
「分かっているよリンクス二佐、これでも模範的社畜のつもりなのでね」
「……歴史にその名を残した大悪党の台詞じゃねえな」
自分をアズラエルに仕える社畜だと言い切るネオに、アルフレットはちょっと呆れ顔で見てしまった。だがネオはそんなアルフレットの視線など気にもしないかのように薄く笑って見せた。
「死人というのはお日様の下を歩くのは難しくてね、誰とは言わないが似たような立場の青年も私と同じ社畜だぞ」
「……何やってんだあの馬鹿は」
「彼のやりたい事をするだけの力を得るには悪くない選択ではあったさ。まあ、死んでる期間が長すぎたせいで色々拗らせてしまってるがね」
「そいつはまあ、迷惑かけてすまねえな」
あの拗らせた恋煩いの泣き言に付き合わされるのは凄く大変なのだよと愚痴るネオに、アルフレットは何となく身内の恥を聞かされた気になってしまい、少し申し訳なさそうに謝ってしまっていた。
ディアッカがブラストインパルスを駆ってデブリの間を細かく動いて抜けながら周囲を探っている。彼に必死につていくようにレイのフォースインパルスが後を追っているが、動きにディアかと比べるとまだ無駄が多く推進剤を無駄遣いしていた。
推進剤の噴射の閃光が多い事に気付いたディアッカが不味いと思ってレイに注意を入れる。
「おいレイ、ちょっと吹かし過ぎだぞ。目立つからもっと抑えろ」
「ディアッカさんが上手すぎるんだと思うんだが……」
「お前も今のザフトじゃベテランなんだから、その辺も出来ようにならないとな」
教官仕事が長いせいか、かつての後輩相手に共同しているようなセリフになってしまうディアッカ。もう隊長に抜擢されているレイとしては不満を感じても良かったのかもしれないが、実際に自分より上の操縦技術を見せ付けられているので言い返す事も出来ない。周辺のデブリを蹴ったりして反動で上手く向きを変えたり推力を得ているディアッカの動きはMS操縦の教本の手本のようなものだったが、実際に教科書の動きを上手くやるのは相当な熟練を要するという事の証明のようでもあった。
時折デブリに監視用のセンサーを取り付けながら2機はデブリの中を動き回っていたが、やがて2機はデブリの密集した宙域の端にまで出てきてしまった。急に視界が開けて地球と宇宙がはっきりと見えるようになる。
ディアッカは不味いなと思って機体を止めると、デブリの中へと戻っていった。
「見れるのはここまでかな、これ以上外に行くと目立っちまう」
「ディアッカさん、戻りますか?」
「そうだな、変な送りオオカミを連れ帰っても困るし……」
途中まで言いかけて、ディアッカはいきなりレイのインパルスをデブリの中に押し込むようにして2機纏めてデブリの中へと飛び込ませた。突然の事にレイは驚いて文句を口にしたが、ディアッカがそれに答えずにブラストインパルスにランチャーを構えさせたのですぐに口を閉ざした。
「敵機の姿でも?」
「分からん、何かが視界を過っただけだ。俺の気にし過ぎであってくれりゃ助かるんだが」
訝しげなレイの問いに、ディアッカは警戒を緩めずに周囲を見回す。彼の長い経験はこういう時のダイスは大抵悪い目を出すものだと教えてくれている。そしてディアッカの警戒心は、当たって欲しくない大当たりを引き当ててしまっていた。
「居たな、1時半の方向俯角15度、デブリに紛れずに動いてる船が居る」
嫌な物を見たという声でディアッカがレイに伝える。をれを聞いてレイもそちらを見て映像を拡大し、何かの作業をしている船を見つけた。民間船を改造した武装船のように見えるが、海賊とも思えない。
「ジャンク屋の船か?」
「そのようだ。あの昔ながらの見た目、こっちではジャンク屋ギルドが健在のようだな」
自分たちの世界では武装解除や特権の?奪に応じなかったために戦時の余勢で血の気が多くなっていた地球連合に文字通り殲滅されてしまったジャンク屋ギルドだが、こちらでは現在も現役で活動しているらしい。
発見した船は近くにジン2機を出していて、ジンは真新しい艦船の残骸を船の外壁にワイヤーを駆けて固定する作業をしている。ああやって集めたジャンクを何処かのヤードにもっていって使える者を外し、残りは溶かして金属資源にするのだろう。
あのままあそこでずっと仕事をしているだけなら放っておいても問題は無いかなとディアッカは思ったが、念のため監視用のセンサーを配置していくことにした。もしあれがこちらに近付いてくるようなら、悪いが始末しなくてはいけなくなる。
「レイ、先に戻ってナタル艦長に事態の報告をしてくれ。俺はもう少し様子を伺ってから戻る」
「了解しました」
大丈夫か、とは聞いたりしない。私生活はともかくMS戦に関してはディアッカは非常に頼りになる上官であることをレイは良く知っているから。
レイを戻した後で、ディアッカはブラストインパルスの主砲であるケルベロス砲を1門出して照準だけ合わせる。ディアッカとしてはもう少し狙撃用の砲の方が好きなのだが、贅沢は言っていられない。ブラストインパルスの兵装は取り回しが悪いというフリーダムと同様の欠点を抱えているのがディアッカの不満点だ。
とはいえ制圧能力は高いので、支援用として誰かが持ちこむ必要がある。こういう時にその仕事をするのはディアッカの役目で、今回は特に指揮官として赴任しているので前に出ないブラストインパルスは都合が良いという面もあった。
ケルベロスの照準を船の機関部に向けながら、ディアッカはこっちに来るなよと呟いた。
「さっさと行っちまえ、来て早々無用な殺しなんてさせるなよ」
戦争なんて一生に一度で十分だ、とディアッカは思っている。死線を潜るのも敵を殺すのも仲間を失うのももう嫌になるほどやってきたのだ、残りの人生は暇な軍人さんで終わらせてくれとディアッカは考えながら、それでもトリガーにかけた指は何時でも引けるようにしている。
暫くの緊張の後、ジャンク屋の船は荷物を固定し終えたのかその場から移動して離れていった。それを見送ったディアッカはトリガーから指を話すと、ようやく緊張を解いて大きく息を吐いた。
警戒を解いてディアッカは艦に戻ろうかと思っていたら、デブリの奥から1機のインパルスと2機のM1が姿を現した。
「ディアッカさん、大丈夫ですか?」
レイが戻ってきたようだ。M1はオーブ軍の応援だろう。ディアッカはジャンク屋は去った事を伝えると、M1から驚きの声が聞こえてきた。
「大事にならなくて済んだか」
「リ、リンクス二佐、何で!?」
M1の片方はアルフレットのM1だった。MS隊の総指揮を執る立場でパイロットでは無い筈なのにどうしてと驚いていると、たまたまだと答えてくれた。
「たまたまM1の移動をさせててな、そこにレイから報告が来たから、現場を確認したくて出てきただけさ」
「艦長は止めなかったんで?」
「現場での判断は全て任せます、だってよ。信頼が重いぜ」
アルフレットは年寄使いが荒いぜと言っているが、それだけアルフレットが頼りにされているという事だろう。実際ベテランだらけのアキレウスの中でも彼とユーレクは明らかに周囲からの扱いが違う。
単純に強すぎるという事からパイロット全員から畏敬の念を持たれている。ディアッカの知る限りでもあそこまでの規格外は大戦中に戦死したグリアノスや絶好調の時のアスランくらいだ。自分たちよりも強くて上官で年上という逆らえる要素の無い相手を前に文句を言えるような者はおらず、曲者だらけのアキレウスのパイロットたちを従えているのだ。いや、そもそも彼の勇名と脅威を実際に思い知らされていた者も多かったので最初から抗えるような者もほとんど居なかったのだが。
一番逆らったのがザフトのアグネスであったが、彼女はこの件で周囲からその無謀さに呆れられながらも、諦めずに食らい付いていくその姿勢は評価する者も多く居た。特にアルフレットの恐ろしさを骨身に叩き込まれているムウやオーブのパイロット達などは、彼の訓練を受けながらも反骨心を失わないでいる彼女の根性には惜しみない称賛を送っているほどだ。
「それで、レイの話じゃジャンク屋の船が居たって事だったが」
「そいつは帰っていきましたよ、他に気になる事といえばまあ、ちょっとこの辺はホット過ぎるって事ですかね」
「ああ、お前も気付いたか」
ディアッカの面倒そうな言葉にアルフレットは頷く。それにレイがどういう事かを尋ねたが、アルフレットは帰ったらディアッカが教えてくれるさと言ってディアッカに押し付けた。
アルフレットは周辺に異常が無いのを確認すると、全機に戻るように指示した。余計なものを連れ帰ってしまっても不味いので、周囲を警戒しながら迂回コースをとってアキレウスへと戻っていく。その動きは後ろを追うレイにはその動きは奇妙に見えていた。
「なんだ、あの動きは。デブリの間を人間が動いてるみたいにスイスイと動いている?」
MSをどう動かしたらあんな風に滑らかに動かせるのかとレイが本当に分からなくて呆然と呟く。それはディアッカも同じだったが、世の中には人知の及ばない化け物が居るんだと彼は受け入れていた。
アキレウスに戻ったディアッカは、艦が外からは全く分からないほどに上手く偽装されている事を知った。一見すると大型艦の残骸が複数纏まって漂っているだけに見える。偽装の指揮を執っているマードックの手腕なのだろうが、大したものだ。今も数機のミストラルが飛び回って残骸をけん引し、ザクが器用にワイヤーで固定して回っている。ジャックたちだろうが実に器用にMSを使っている。
「ひゅう、こりゃ凄え、あのデカい船を見事に残骸に見せかけたもんだな」
「ジャックたちが固定して回っていますね」
「俺たちは一度着艦するぞ、艦長に報告上げないといかんからな」
「了解、着艦します」
ディアッカに言われて例が自分のエールストライクをアキレウスの着艦デッキへと持っていく。それに続いてディアッカもインパルスを着艦デッキへと持って行き、ガイドビーコンも無しで見事にデッキに機体を滑り込ませた。
デッキに降りたインパルスのコクピットが開き、ディアッカが出てくる。それと交代して整備兵が機体を預かってハンガーへと移動させていった。そしてディアッカはパイロットルームでスーツから制服に着替え、艦内通路へと出て艦橋へと向かう。エレベーターを出て艦橋に出ると、中では艦橋クルーたちが外に出ている作業員への対応に追われていた。
「おお、忙しそうだな」
「ああ、ディアッカ隊長か。哨戒ご苦労だったな」
「デブリ帯の外縁付近でジャンク屋らしい船を発見しました、仕事は終わったようで引き上げていきましたが」
「それは良かったな、余計な戦闘が避けられた」
「それは良かったんですがね、そのジャンク屋、船に結構立派な武装をしてたんですよ。ありゃちょっとした軍艦ですね」
「……来る前に一応話は聞いていたが、本当に危険な世界なのだな。まず隠れ家を作ったのは正解だったか」
「慧眼だったと思いますよ、相手にするのは面倒そうでしたから」
「……君がか?」
ディアッカたち、かつてのG泥棒たちの厄介さを身に染みて知っているナタルは信じられないという顔でディアッカを見る。ディアッカは技量的にはザフトでも屈指のスーパーエースであり、彼が面倒と感じるような凄腕がその辺のジャンク屋に居るというのだろうか。
だが、ディアッカはナタルの疑問に首を横に振った。
「戦って梃子摺るって事じゃないですよ、戦いとなったら何もさせずに殲滅してます」
「じゃあ、どういう事だ?」
「外側のデブリに周囲の艦隊戦の残骸よりも新しいのが結構見られたんですよ。多分これだけの残骸が出来る戦闘後に残骸が積みあがるような戦いが頻発してるんですわ」
「…………」
「残骸漁りに来た奴ら同士で獲物を争ったのか、獲物を探してる海賊でもうろついてるのか、デブリを持ってかれたくない正規軍と交戦したのかは分かりませんがね」
困ったもんですよと肩を竦めてディアッカは頭を左右に振った。血の気が多いと聞いていたが、戦争状態では無い筈なのに何隻も船を破壊するような戦いが日常で起きているというのだろうか。
そしてナタルはどうしたものかとパルを見た。
「パル、例のアスラン・ザラに持たせたというビーコンの反応は検知できるか?」
「すいません、まだ来たばかりで機器の調整が必要です。それにNJ干渉も酷くて直距離通信を受け取るのが難しいです。あと回廊通過から発生している一部機器の不具合も未だに原因が分かりません。そちらはマードックさんたちが調査を進めてくれていますが」
「そうか、早くオニールと合流したかったのだがな。まだ暫くかくれんぼをする事になるか。マリューには悪いがもう少し待ってもらうしかないな」
「あれ、何時の間に名前呼びになったんです?」
ナタルがマリューを名前で呼んだことにチャンドラが意外そうに聞いてくる。ナタルはずっとラミアス艦長呼びしていた筈なのにと意外そうに思っていると、ナタルはステラとスティングの退院の時にもっと気軽にしようという事になったと答えた。それに艦橋内が小さな笑い声に包まれて、ディアッカが少し意外そうな声をだす。
「驚いたな、もっとおっかない人かと」
「まあマリューに比べればこれでも堅物で通ってるが、今はそれほどではないと思っているぞ」
「いえね、ザフトじゃ艦長とラミアス艦長は大戦時はあの足付きの艦長と副長って事で悪魔のように恐れられてましたからね」
「……心外な評価だな」
まさか敵に悪魔扱いされてたとは思わなかったナタルは少し気分を害してブスっとしてしまっていたが、ディアッカたちザフトからすればそう言いたくなるほどにアークエンジェル隊は恐れられていた。大戦中にアルビム戦で偶然話す機会があった時でもディアッカはフレイが可愛いと思って近付いたら足付きのデュエルのパイロットだと知るなりそそくさと逃げだしたくらいだ。
最も艦橋に居る元アークエンジェルクルーからすればナタルはとても柔らかくなっているという印象で、昔の笑う事すらなく常に厳しい顔だった頃のナタルを知るものから知る者には別人のようにすら思える。
ディアッカの報告でこの世界に長居するのは危険だと判断したナタルは地球上のビーコンの反応を受信できるようになることに集中するようにパルに命じるとともに、不具合を起こした危機の原因調査と修理を急ぐように指示する事しか出来ない事に内心で忸怩たるものを抱えてしまっていたが、打てる手も無いので今は待つ事しか出来ない。
だが、ナタルたちが軌道上でかくれんぼを始めた頃、地球上ではとんでもない事が起きようとしていたのだった。
地球全体が謎の揺れに襲われたことは世界的な騒動となっていたが、そこから大騒ぎをしているのは科学者などで、世界の大半は小さな地震だとしか思わなかったので大騒ぎになることは無く人々は元の生活へと戻っていっている。
その中にははるばる軌道上のコンパス旗艦ミレニアムから地球上の欧州のザフト拠点であるジブラルタル基地の宇宙港に降り立ったアスラン・ザラも含まれていた。アスランは降り立った地球の大地が揺れた事に酷く驚いて近くの物に捕まって体を支え、揺れが収まってもまだ暫くそのままの姿勢でゆっくりと周囲を見回す。
見れば周囲のザフトの将兵はアスランと似たような反応を示した者と余り驚いていない者とに分かれており、驚いていないのは基地の勤務が長く地震の経験もある者たちだろう。
「じ、地震なのか。何時まで経ってもこれだけは慣れないな」
自身はオーブでも経験したことはあるが、不動の筈の大地が揺れるというこの現象だけはどうにも慣れることが無いとアスランは愚痴を言いながら宇宙港から通常の飛行場へと移動していく。ここから地球会のパレルモまで飛行機で飛ぶことになっているのだ。
アスランは世界中にニュースで流れて自分たちの居場所を晒してしまったキラとラクスを保護するために地球に来ていた。こんな事が無ければ探したりはしなかっただろうが、キラが自分から世界に所在を晒してしまったのだから仕方が無い。こうなった以上は2人を保護して一刻も早くコンパスの中に保護するしかない。特に最後のアコードであるラクスは放っておくには危険過ぎる。
だが、そこまで考えてアスランは忌々し気に顔を歪めた。
「いや、最後ではないか。例の妙な連中と行動を共にしているルドラのパイロットが居るな」
ルドラはアコードの専用機だ。あれを動かせる以上パイロットはアコードという事になる。先の戦いでファウンデーションのアコードに生き残りが居たという事なのだろうが、まさか健在なルドラまであったとは驚きであった。
ただ奇妙な事に、そのルドラは謎の武装勢力と行動を共にしていて地球連合のウィンダムに似たMSや未知の新型機と共に街を守ってブルーコスモスと戦っていたという。アコードが他のナチュラルやコーディネイターを守ったり、力を合わせてなどという行動をとるとは思えなかったのだが、シンたちはそれを自分の目で確認していると言っていた。
そしてそのアコードに協力しているのがかつてキラが亡くした友人たちだというのだから、本当に意味が分からない。しかもそれがナチュラルの筈なのにルナマリアやアグネスと同等以上の実力を持っているという。つまりムウのような化け物という事になるが、そんな例外が大量に居る訳が無い。
「まあ、考えても仕方が無いか。どうせルドラは仕留めないといけないんだ、その時に捕虜にする機会もあるだろう」
死んだ筈という点が気になるが、もし本当にキラの友人で実は生きていたというのであれば、今度は無事に保護してやらなくてはいけないとアスランは考えている。キラが無くしてきた物を僅かでも取り戻せるというのなら、多少の無茶はする価値がある筈だからだ。どんな奇跡なのかは分からないが、その程度の奇跡を貰う権利はあいつにはあるだろうから。
ただ大きな問題があった。シンが乗ったディスティニーを中破させて撃退している事だ。シンのディスティニーは簡単に勝てるような相手では無い筈だが、実際にシンは敗北しコンパスは謎の武装勢力を取り逃している。しかも彼らはルドラ抜きでシンを倒しているのだ。自分が手を貸してもルドラが出てこれば勝負はどう転ぶか分からなくなってしまう。先の戦いではなんとか勝てたが、次はどうなるか分からない。パイロットとしての強さは向こうの方が上だったというのはアスランにも分かっていたから。
ジブラルタルを飛行機で出たアスランは地中海の中央にあるパレルモにまでやって来ると、さっそく地元警察の建物へと向かった。先に連絡は行っている筈なので手続きはすぐに済むと思われたのだが、アスランが見た警察の建物は未だにマスコミや何処かの市民団体のような連中に囲まれていて、簡単に近付ける状況では無かった。いや、自分が近付いたらあいつらに餌をやるような物だろう。
どうしたものかとアスランは考えて、一度警察署から離れて電話で状況を確認する事にした。近くの観光施設に移動して公衆電話から警察署へと電話を繋ぎ、キラ・ヤマトを迎えに来たことを伝える。すると電話に出た相手の男性はすでに彼はここに居ないと教えてくれた。
「コンパス司令官でしたら、既にここから出て別のホテルに移っています」
「ホテルにですか、何も聞かされていませんでしたが」
「この騒ぎですからね。ヤマト司令官もこれ以上迷惑はかけられないとおっしゃり、連れの方に連絡を取って警察署を出て少し離れた郊外のホテルに移動されました」
「あいつは保釈されたという事でしょうか?」
「いえ、元々迷惑行為による一時的拘束のつもりでしたのでただ解放しただけです。相手が有名人だったためにこの騒ぎになってしまいましたが、喧嘩した酔っぱらいなどと同じ扱いですよ」
キラは既に釈放されて既にラクスとこの街を離れていたらしい。あの野次馬はまだあそこにキラが居ると思っているのだろう。アスランはキラたちの滞在先のホテルの連絡先と住所を教えて貰い、礼を言って電話を切るとそちらへ移動する事にした。一度人通りの多いエリアを離れてタクシーを拾い、キラたちが移動したという郊外のホテルへと向かう事にした。
キラたちが移ったホテルはごく普通の何処にでもある庶民向けの安宿、という風情のホテルだった。薄汚れた外壁が余り掃除がされていない事を教えているようだ。
ホテルのロビーに入ったアスランはフロントに向かうと、腰掛けて何かの帳面を捲っている初老の男性に声を掛けた。
「すまない、聞きたい事があるんだが」
「何だい、宿泊かい?」
「そうだな、そうなるかもしれない。すまないがこのホテルにキラ・ヤマトとラクス・クラインが宿泊していると思うんだが、アスラン・ザラが来たと連絡を入れてくれないか」
「……マスコミかい?」
「いや、もっと胡散臭い組織だよ」
アスランがシンからもらっていたコンパスの証明カードをフロントのテーブルに滑らせる。男はそれを機械に読み取らせ、画面に出た情報を見ると本当に胡散臭い物を見るような顔でアスランの顔を一瞥した後、受話器を取って部屋の短縮番号を押して誰かを呼び出す。そのまま何度か言葉を交わした後、アスランの方を見た。
「クラインさんはフロントに来るそうだ。ヤマトさんは、部屋じゃ無くそこに座ってるよ」
「なに、フロントには他には誰も居なかったように……」
驚いてフロント内を見回すと、窓際になるテーブル席の一角がそこだけ光を失ったかのようにどんよりと暗くなっているような錯覚を覚えた。そこには1人の男性が椅子に腰かけていて、この世の終わりが来たかのような顔で時折安酒を入れたグラスを口に運んでいた。その男に、アスランは見覚えがあった。
「キラ、か?」
呼びかけられた男、キラ・ヤマトはぼんやりとした顔で呼びかけてきた男の方を向き、そして暫く考えた後で自信無さそうに問いかけてきた。
「アスラン?」
「ああそうだ。随分酷い顔になっているな、キラ」
アスランは向かい合うようにソファーに腰を降ろすと、キラの顔を正面から見た。
「また随分と酷い顔になっているな、何があったんだ?」
「……ニュースは見たんだろ?」
「ああ、お前が女性に痴漢行為をして逮捕されたと世界中を駆け巡ったからな」
股間を押さえながら警察に連行されていくキラの姿が放送された時、ミレニアムの中に流れた微妙過ぎる空気は何とも表現し難い物であった。あのキラに懐いていたシンですら反応に困って戸惑っていたくらいだ。
アスランは空のグラスを手に取ると、キラと同じ酒を少し注いで口に流し込んだ。香りもなくただ喉を焼くだけの感覚にアスランは少し顔を顰めたが、酔いたいだけならこういうのも良いのかもしれない。
「それで、何でこんな所で酒に飲まれているんだ?」
「……理由は、2つあるかな。1つは説明できるけど、もう一方は説明が出来ないんだ」
「じゃあ、説明できる方からだな」
つまみのナッツを口に放り込んでアスランが続きを促す。だがキラはそれに答え難そうに顔を逸らしている。一体何があったのかとアスランが訝しがっていると、エレベーターが到着した音がして扉が開き、中から見覚えのある女性が出てきた。
「ラクスか」
「アスラン、久しぶりですね。ここに来たのは私たちの保護の為ですか?」
「あれだけ派手に所在を出されてはな。何も無ければ捜索をするつもりも無かったんだが」
「それは申し訳なかったですわね」
口ではそう言っているが別に悪いとは思っていなさそうな様子のラクスに、アスランは相変わらずだなと苦笑してグラスに口を付ける。そして視線をキラに向けると、何故か彼は顔を背けて酷く焦っているように見える。一体どうしたのかとアスランが戸惑っていると、ラクスからキラに彼女らしくない無機質な声がかけられた。
「私は部屋に戻っていますので、ヤマトさんはアスランと一緒に居て下さいね」
ヤマトさん、とラクスが呼んだのを聞いてアスランは咽て咳き込んでしまった。ラクスはアスランの事を一瞥もせずエレベーターへと戻り、扉を閉めてしまった。それを見送ったアスランはまたどんよりと落ち込んでいるキラを見て、彼が何故こうなったのかを理解してしまった。
「あれが一つ目の答えか?」
「……うん」
テーブルの上に上半身を投げ出して鬱陶しい泣き声を上げて涙でテーブルを濡らすキラに、アスランは処置無しだと頭を左右に振った。キラの痴漢行為を浮気とでも受け取ったのだろうが、2人の間はちょっとした冷戦状態になっていたらしい。あのニュース以来ずっとこの調子だというのならばキラが落ち込んでいるのも無理は無かった。
あれは暫くラクスの機嫌は直らないなと考えたアスランは、仕方なくもう一方の事情を聞くことにした。
「それで、もう一方の理由ってのは何だ?」
「言ってもどうせ信じないよ」
「良いから話せ、どうせ明日までやる事もないんだ、寝る前の戯言と思って聞いてやる」
この空気を何とか出来るならどんな馬鹿げた話でも良いと思って投げやりに言うアスラン。キラは少し不満そうだったが、上半身を起こすと少し懐かしそうな顔になって不思議な目撃談を話した。
「4年前に亡くしたはずの友達を、見たんだ」
「…………」
「4年前に守れなかった彼女も、見たんだ」
キラは夢でも見ている様な顔でそう呟くように言う。それはキラにとっては思い出すのも辛い記憶だったが、その2人が現域に歩いている姿を見たような気がした時は居てもたってもいられずに駆けだしてしまったのだ。
あの2人は自分の見た幻だったのかもしれないと思うのだが、股間に受けたあの耐える事など出来ない激痛は間違いなく本物だった。幻覚が現実の自分を蹴れるはずはないのに、あれはどういうことなのだろうと今でも不思議に思ってしまう。だが、あの時見た2人は、トールもフレイも確かに笑っていたのだ。これまで何度も見てきた悪夢の中では一度も笑ってなどくれなかった筈なのに。
辛い記憶の筈なのになぜかとても嬉しそうに語るキラに、アスランはキラの闇の深さを見せられているような気がしていた。こいつは正気の振りが出来ているだけの病人と考えた方が良いというのはアスランくらいしか気づいていないキラの危ない部分であったが、それが最悪の形で利用されたのがファウンデーション事件だった。
「それで、お前は守れなかった女の子を見たショックで襲い掛かってしまったと?」
「そんな事してないよ!」
「だが痴漢行為で逮捕されたんだろう?」
「違うよ、ちょっと掴もうとしたらスカート刷り降ろしちゃっただけだよ!」
「…………何か違うか?」
多分事故だったのだろうが、股間を蹴り上げられたのは仕方の無い事だったようだと納得したアスランは、無実を訴えているキラを無視して本題に移ることにした。
「痴漢男の戯言は置いておいてだな」
「置いておかないでよ、真面目に聞いてよ!」
「良いから聞け、お前にとっても大事になるかもしれない話だ」
泣き言を言い続けようとするキラを強引に黙らせて、アスランはコンパスを悩ませている問題をキラに語った。
「実は、稼働中のルドラが確認された。ファウンデーションのMSだ」
「ルドラって、それじゃあまさか?」
「ああ、アコードに生き残りが居たようだ。だがまあ、それも問題なんだが、これはコンパスの問題だから良いんだ。ここから話すのはお前に関わってくる。覚悟して聞いてくれ」
「アスラン?」
妙に間を置いてくるアスランのキラは違和感を覚えた。
「キラ、これはシンとルナマリアからの報告なんだが、ルナマリアがユーラシアでの地域戦闘に介入した際に現地のパイロットの協力を受けたんだが、彼らはトール・ケーニッヒという男性とフレイ・アルスターという女性だったそうだ」
「……どういう事?」
「2人はルナマリアが自分以上の実力のパイロットと評価していた。そしてシンは2人をコンパスに勧誘したが断られたらしい」
「…………」
「その後に、バクー市にブルーコスモスが侵攻してきた際に迎撃に出てきた謎の部隊の中にもルナマリアがフレイ・アルスターと接触している。そしてどういう訳かこの部隊にはルドラも加わっていた。事情は分からんがフレイ・アルスターはアコードと組んでいるらしい」
そこまで説明をした時、いきなりキラが動いた。椅子を蹴って立ち上がると両手を伸ばしてアスランの胸ぐらを掴み上げ、力任せに引き摺り上げる。その顔は怒りに赤くなり、冷静さを失っている。
「アスラン、幾ら君でも言っちゃいけない冗談があるぞ」
「落ち着けキラ、俺が言っているのはシンとルナマリアの報告だ。ただルドラに関しては俺も映像で確認しているし、一応ルナマリアから提出された2人のカメラ画像があるが、見るか?」
アスランの提案にキラはまだ怒りの色を見せていたが、それでも手を放してソファーに腰を降ろした。アスランも上着を整えると腰を降ろし、持ってきた鞄から封筒を取り出して中から写真を取り出した。それは何処かの街でユーラシア軍の中に交じってパイロットスーツを着用しているトールとフレイの姿だった。それも、夢に出てくる4年前の2人ではなく、先のパルレモの街で見かけた少し成長した姿の2人であった。
写真を手に、まるで幽霊を見たかのように顔色を無くして身動ぎもせずに固まっているキラに、アスランは彼が少しでも落ち着けるよう時間を置いてから、彼に尋ねた。
「キラ、一度コンパスに戻ってこないか。この騒ぎで身を隠すのも難しくなっただろうし、お前もその目で確かめたいだろう?」
アスランの問いに、キラはゆっくりと頷いた。この選択が後々に起きるキラとその周辺にとって信じ難い騒動の始まりとなることを、この時はまだ誰も想像もしていなかった。
カガリ やっとナタルたちが来たが、合流は先っぽいなあ。
ジム改 実は戦力的に合流されると今のコンパスだと太刀打ちできない。
カガリ え?
ジム改 機体性能はコンパスのが上なんだが、援軍の方がエースだらけで数も多い。
カガリ ああ、かなりヤバいのも居たな。
ジム改 ボスキャラのクルーゼも居るしな。
カガリ どっちが主人公サイドだっけ?
ジム改 知らんのか、今痴漢容疑でホテルに身を隠してる方だ。
カガリ キラがパニックになるのは仕方ないと思うんだが。
ジム改 これでアキレウスが来たらナタルも出てくるんだよな。
カガリ パニック起こす人が増えそうだなあ。
ジム改 他人事のように言っているが、お前もパニック要素持ってるだろ。
カガリ 私がなんかあったか?
ジム改 キサカも生きてるし、アスランはカガリが2人になってパニック起こすと思うぞ。
カガリ ああ、そっちもあったか。面白そうだからこっちの私と入れ替わって揶揄ってみるかな。
ジム改 色々問題が起きるから止めなさい。