第124章 運命の舞踏会
パーティーの当日は、朝から何かがおかしかったと後に多くの人が語り合った。そう、その日は何かがいつもと違ったのだ。それはアルスター邸でも同じであった。朝になって起きてきたフレイは、リビングで黙々とゲームをしているアスランを見て目を丸くしていたりする。
「アスラン、あんた何やってるの?」
「ああ、おはようフレイ。見ての通りゲームだが」
「あんたゲームなんてやるんだ」
「たまにはな。もっとも、こいつは俺の趣味じゃなくてニコルの趣味だが」
「ニコルって?」
「俺の戦死した同僚だ。死ぬ前、あいつはこのゲームをやりたがってた。だからせめて俺が攻略して感想を報告してやろうと思ってな」
「……そうなんだ」
そう言われてしまうと文句を言う事もできず、フレイは黙ってアスランの隣の椅子に腰掛けてTVモニターに目を向けた。
「いくよ、ディバインバスター!」
強力なビームのような物が黒服の女性を襲い、その攻撃が終わったあと、黒服、いや、ミッドナイトブルーのゴシック調の服をまとった銀髪の女性は両肩の羽を使った防御を解いた。HPゲージは結構減ったようだ。なにやら両肩の羽を交互に見ている。
「あ、あら? ……うふふ、やってくれるじゃない。じゃあお返しをしなくちゃねぇ」
黒服の女性の肩の翼が竜のようになって相手に突っ込んでいく。それに対してビームをぶっ放した白い服の子供が手の前にバリアみたいな物を張ってそれを受け止めてしまった。
「まだまだ、頑張らなくちゃだね」
「Yes!」
女の子が変な事を言い、持っている杖がそれに答えている。これは何なのだろうとフレイはしきりに首を傾げていた。
「ねえアスラン、これ何?」
「スーパーごた混ぜ大戦GXだ」
「ああ、宣伝で良くやってるやつね。でもあなたが買ってきたの?」
「ああ、買わなくちゃ出来ないからな」
「……その格好で?」
「軍人は軍服が基本だからな。ここは占領地だぞ」
真顔で言うということは本当に行ったのだろう。だがそれで良いのかアスランとフレイは言ってやりたかった。その赤い軍服で買いに来られた店の店主はさぞかし迷惑な思いをしたに違いあるまい。その光景を想像してしまったフレイは頭痛のしてきた頭を右手で押さえてしまった。
「そういや、この敵は条件を満たすと後半仲間に出来るらしい」
「攻略本まで買ってたのね」
「もう少し後でクンクンとかいう探偵を助けて、ドール5体を揃えると説得できるようだな。まあまだ先のことだけど」
コーディネイターも攻略本使ってゲームやるんだなあと、フレイは頭痛のしてきた頭で思っていた。
そしてイザークは朝から街に出ようとしていた。その顔は何時になく真剣で、緊張に満ちている。一体何が彼をここまで追い詰めているのだろうか。
「ええい、花屋は何処にあるんだ?」
どうやら花屋を探しに街に出ようとしていたらしい。それならソアラにでも聞けば良かっただろうに、何時もどこか抜けた男だ。だが、なぜか街に出ようとしたイザークは、街に降りていく街道の途中で不自然に出ている出店を見つける事になる。
普通ならこんな怪しい店を覗いていく奴は居ないのだろうが、今のイザークはいろんな意味で普通ではなかったようで、あっさりとこの店に足を運んでしまった。
「おい、ちょっと良いか?」
「はい、何でしょう?」
出てきたのは何処にでもいそうな普通の青年だった。イザークは少し躊躇った後、その青年に女性に贈る花束を作って欲しいと頼む。
「花束ですか。目的はどんな物でしょう?」
「あ、挨拶みたいなものだ。あるイベントに誘う予定があってな」
「ああ、なるほど。分かりました」
頼まれた青年は手際よく花を選んで揃え、包んでイザークに差し出してきた。イザークは金を払ってそれを受け取ると、緊張した趣で道を戻っていった。それを商業スマイルで見送っていた青年は、イザークが見えなくなった所で表情を消し、素早く隠していた電話を手に取った。
「こちらアライグマ。海鳥は獲物を捕って巣穴に戻った。これよりこちらは撤収する」
「了解」
男から電話を受けた男、ディアッカは受話器を戻すと、クククッとヤバゲな笑みを浮かべた。
「クックック、イザークよ、裏切りの罪は重いぞ。我等の恐ろしさを味わうが良い」
その顔はいつもの陽気なディアッカ・エルスマンではなく、嫉妬団の副団長の顔であった。そう、嫉妬団は裏切り者イザーク・ジュールを狙った作戦を遂行していたのだ。これがイザークを散々に苦しめる事になる。
その日の午後、フレイはパーティーに行く為の迎えの車を待っていた。他の参加者達も同様で、軍服を着て玄関の外で僅かな暇を持て余している。それを自室から見下ろしていたら、街から帰ってきたソアラがやってきた。彼女は何時に無く嬉しそうな顔をしており、何か良い事があったのだと表情が教えている。
ソアラはフレイを見つけると小走りに駆け寄ってきて、耳打ちするようにフレイにその嬉しい情報を伝えてきた。
「お嬢様、アスカ家の皆様が見つかりました」
「ほ、本当に。どこで?」
「オノゴロ島の病院です。入院患者の名簿を調べていたのですが、そこにシン様の母君とマユさまの名前がありました」
「お父さんは?」
「分かりません。入院名簿にはありませんでしたから、付き添っているのかもしれません」
「良かった、久々の朗報ね。明日にでも早速行ってみるわ」
「明日ですか? 許可が下りないと思いますが?」
オノゴロ島への渡航は厳しく制限されている。そこに元軍人であるフレイが行く事など出来るだろうかとソアラが首を傾げると、フレイは自身ありげにアスランの方を見た。
「大丈夫よ、あそこにとっても偉い特務隊の隊長さんがいるもの」
「……まさかお嬢様、ザラ隊長を連れて行くおつもりですか?」
「丁度暇そうだし、良いでしょ。きっと何処でもフリーパスよ」
「それはまあそうでしょうが……」
占領軍の高級将校をそんな風に使って良いのだろうかとソアラは思ってしまう。まあフレイもそうだが、アスランもかなりの変わり者なので嫌な顔もせずに二つ返事で引き受けてくれそうではあるのだが。
玄関では参加予定者達が集って雑談を交わしている。そこに遅れてイザークがようやくやってきた。手には立派な花束などを持っていて、女性陣が驚いた顔でイザークとフィリスを交互に見ている。まさかあのイザークにそんな甲斐性があったとは誰も思わなかったのだ。ただ1人、フィリスだけは前に負傷して入院した時もイザークは花束をもて来てくれたので、彼は女性への礼儀で花束を持ってくるのではないかと思っていたりする。ただ、何故か何処かで転びでもしたかのように服に埃が付いていた。何かあったのだろうか。
まあフィリスも女性なので花束を贈ってもらえば嬉しいわけで、今回もちょっぴり頬を染めてそれを受け取っていたりする。だが、その花束の中身を見たフィリスは、たちまちその雰囲気を激変させてしまった。こめかみにはモロに血管が浮き、青筋が立っている。その強烈なプレッシャーに巻き込まれたシホが小さな悲鳴を上げてジャックに抱きついたくらいだ。
そしてフィリスは表面上は笑顔を保ったまま、この花束の事をイザークに問い掛けた。
「あの、ジュール副長、この花束はどういう意味で?」
「俺が誘ったんだ。これくらいは礼儀だろう」
この凄まじいプレッシャーの中で平気そう、いやまるで気付いていない鈍感男っぷりを見せ付けるイザークは、実は結構大物かもしれない。その表情の変化の無さを見たフィリスはガックリと肩を落としてしまった。
「いえ、何でもありません。ありがとうございます」
「……余り嬉しそうには見えないんだが?」
ガックリと肩を落として落ち込んでいるフィリスを見れば、まあ当然の感想だろう。その様子を不思議に思ったアスランは隣で呆れた顔をしているエルフィに小声でどうしたのかを問い掛けた。
「フィリスは何を怒ってるんだ?」
「まあ、ザラ隊長もこういう事には無関心そうですから、仕方ないですね」
やれやれと肩を竦めたエルフィはフィリスが持っている花束がとんでもない物である事を教えてくれた。メインに使っている黄色のバラは愛情の薄らぎを示し、アネモネは薄れゆく希望、黄色のチューリップは望み無き愛、などなどの碌でもない花言葉を持つ花が組み合わされているのだ。それを聞かされたアスランは呆れた顔でイザークを見たがあの男が花言葉などを知っているとは思えず、包んでもらった花束をそのまま持ってきたのだろうとは容易に想像が付いてしまった。
「しかし、何処で買ったんだあいつは?」
「さあ? でも、かなり悪意があるやり方ですね」
これは中々に凄い組み合わせだ。まあイザークは全く気付いてないのでフィリスも怒りのぶつけどころが無く、やれやれと肩を落とす事しか出来ないのだが。
そして、車が到着した所でようやく1人準備の遅れていたフレイがやっとやってきた。まさかオーブ軍の正装をするわけにもいかないフレイは当然ながらドレス姿である。着ているのはマドラスで仕立てた急ぎ品ではなくこちらに置かれていた彼女の為のドレスで、白を基調とした一見シンプルな物を着ていた。胸の辺りに折り目があり、そこから首にかけて薄い布が覆っている。肩の辺りは露出していて、すぐ下からこちらは長い布地になっている。
ドレスを着たフレイはいつもと違う何か近寄り難いものを感じさせながら足音も立てずにアスランの前に来ると、アスランにそっと右手を差し出した。
「エスコートをお願いできますか、アスラン・ザラ」
「あ、ああ、どうぞ」
いつもとは別人のような清楚な雰囲気と丁寧な言葉遣い、そして優雅な仕種にアスランは完全に目を丸くしていた。髪を纏めている飾りは派手とは言えない品だったが、それが不思議と赤い髪を美しく引き立てている。
アスランのエスコートでフレイは車に乗り込み、その隣にアスランが座った。そして扉を閉め、車が出て行く。それを呆然と見送った一同はようやく我に返ると、わいわいと騒ぎ出していた。
「だ、だ、誰ですかあれは?」
「フレイさんですけど、いつもとは雰囲気が別人でしたね」
「ナチュラルにしては美人だと思ってたが、身なりを整えると凄いもんだな」
エルフィがパニックを起こし、フィリスがフルフルと首を横に振り、イザークが狐にでも包まれたかのように呆けている。それは日常で見てきたフレイのイメージとのギャップに彼等の頭が付いていけなかった為に起きた笑えない事件であった。
それを見送ったソアラは玄関からそっと中に戻ると、急ぎ足に歩き出した。向った先はアルスター邸の警備システム制御室。ここでソアラは出かける前の準備をしなくてはいけなかったのだ。警備システムの設定を変更し、無人になった時の物に変えてしまう。これでアルスター邸は一種の要塞となり、自分とフレイ以外は敷地内をまともに歩けなくなる。
これらの準備を追えたソアラは、制御室の片隅に立てかけてある長い棒を手にとって部屋から出て行った。彼女は一体、何処に行くつもりなのだろうか。
パーティー会場となったのはオロファトの首長官邸の傍にある迎賓館だった。警備はザフトの兵士とオーブの警備員が合同で行っており、一見完璧な物に見える。だが両者の間には明らかな対立意識があり、人数ほど強固な警備体制が敷かれているとは言えなかった。この会場にはザフトの高官やオーブの名士、要人が多数参加しているようで、集っている面々は中々に豪華な物だ。当然テロも警戒されていて、警備はかなり広範囲に及んでいる。
その警備の中で幾つかの仮設ゲートをくぐった送迎車が迎賓館の入り口で止まり、乗客を降ろす。その車からはまずアスランが降りてきて、ついでアスランの手をとったフレイが降りてきた。アスランの胸にはネビュラ勲章を初めとする幾つかの勲章が飾られていて、その功績を周囲に示していた。
降りてきた2人は中に歩いていこうとしたが、そこに声がかけられた。
「アスラン・ザラ、久しぶりだな」
誰かと思って声のした方を振り返れば、そこには白い正装を纏ったグリアノスが居て、軽く手を上げながらこちらにやって来ていた。その隣にはジュディもいる。どうやら一緒に来たようだ。
「グリアノス隊長、それにジュディ隊長も」
「なかなかさまになっているではないか。流石はザラ議長の御子息だな」
「ふふ、そうだね。勲章は似合わないかと思ってたけど、中々似合ってるよ」
「い、いえ、そんな事は」
あっはっはと豪快に笑ってくれるグリアノスと艶やかな笑みをたたえるジュディ、そしてグリアノスは今度はアスランの隣にいるフレイを見やり、面白そうに2人を交互に見ている。
「これはこれは、驚いたな。何時このような女性と縁を持ったのだ、ザラ?」
「いや、フレイとはそういう関係では……」
なんだか妙な誤解をしてくれているグリアノスにアスランはしどろもどろになって反論しようとしているが、なんだか言葉になっていない。そんなアスランの袖を引いてフレイが誰かと問い掛けてきた。
「アスラン、こちらの方は?」
「ああ、グリアノス・エディン隊長とジュディ・アンヌマリー隊長だ」
「グリアノス……何処かで……」
何時か、何処かで来た事のある名前だった。必死に記憶の糸を手繰ったフレイは、ようやくその名を思い出すに至る。そうだ、確かクリスピー大尉を助けた時、通信機から聞こえてきた名前がグリアノスとか言ったのだ。そういえばあの時話しかけてきた声と同じ声をしている。
その名をフレイが思い出した時には、グリアノスたちもフレイを紹介されて驚いた顔をしていた。特にグリアノスの驚きは大きい。
「なんと、君は私と互角に戦って見せた真紅の戦乙女ではないか」
「やっぱり、あの時のジンのパイロットですか?」
まさかこんな所で命のやりとりをした相手に出会うとは思うはずも無く、2人は暫し呆けたようにお互いを見ている。そしてジュディは呆れた顔でアスランを見た。
「まったく、フィリスやエルフィといい、最近は美少女パイロットが流行りなのかい、アスラン?」
「いや、そういう事は無いと思うんですが?」
「そうかい? でも、君は本当に美人と縁があるんだね。エルフィやルナマリアの方を見ないのも納得したよ。まさかこんな本命が居たとはね」
あの2人も十分水準以上の美貌を持っているが、グリアノスと向き合っている少女と比較するのは気が引けてしまう。後数年もすればとんでもない美女に成長するだろう。こんな美少女と縁があったなら、他の花に目移りしないのも仕方があるまい。
だが、そのジュディの勘違いを聞いたアスランは慌てふためいてそれを訂正してきた。
「ち、違います。俺はフレイを友達としか思っていませんよ。あいつにはちゃんと他に好きな男がいます」
「おや、そうなのかい?」
「そうですよ、だから余計な事言わないで下さい。ただでさえ気苦労が多いんですから」
なんとも情けない事を言うアスラン。ジュディは何だかなあと呆れた顔をし、そして少し同情気味にエルフィとルナマリアの顔を思い浮かべた。本当にあの娘達は苦労が多そうだと小声で呟き、そしてまだ緊張した顔で向き合っているグリアノスとフレイに声をかけた。
「2人とも、何時までに見つめ合ってるんだい。今日は揉め事は無しの筈だよ」
「……そうだな、その通りだ」
自分の部下を殺された事に忸怩たる思いはあるグリアノスだが、ジュディにそう言われて苦笑しながら態度を改めた。あの時は戦争をしていたのであり、戦争中の事を戦争の外に持ち出すのは愚かなことだ。それが分からないグリアノスではなく、すぐに何時もの余裕を取り戻した。
「すまないな、色々と拘りがあった」
「いえ、私も同じですから」
「では、これで終りにしよう。あの時はお互いに立場が違ったのだからな」
グリアノスが緊張を解き、フレイも表情を柔らかなものに戻す。そしてアスランの隣にまで歩いていくと、そっと腕を絡ませてきた。それにアスランが露骨にあわせふためき、フレイとジュディが小さく笑い出す。
「何を慌ててるのよ。周りを見なさい、何人もしてるわよ」
「そ、そうだけど、そういうものなのか?」
「ええ、そういうものよ。さあ行きましょう、アスラン」
別段どうとも思っていないフレイは、顔を赤くしているアスランをからかう余裕があった。逆にアスランは腕から感じるフレイの体温と胸の膨らみが気になって仕方が無いのか、視線が泳ぎまくっている。それを見たフレイがまたクスクスと笑い出し、グリアノスとジュディは若い2人にやれやれと苦笑を交わして後を付いていく。周囲から見れば楽しい組み合わせで、見ている分には実に楽しい。これがMSに乗れば世にその名を轟かせる超エースたちだというのだから世の中分からないものだ。
アスランたちが会場にやって来ると、そこには既にイザークたちがやって来ていた。アスランたちがジュディたちの方に行っている間に全員先に行ってしまっていたようだ。イザークは隣でニコニコしているフィリスが居て居心地悪そうだったり、そんな2人を見てエルフィがクスクス笑いながらジャックやシホと話していたり、ここまで来てまだ迷惑そうな顔で溜息ついてるレイの足をルナマリアが思いっきり踏み付けたりしている。
そこに合流した4人はパーティーが始まるまで雑談を楽しんでいたが、やがてホムラとクルーゼが一緒にやってきて、そこで白々しいオーブとプラントの友好を祝いあう言葉を交えたスピーチを語って開始となった。勿論誰もそんなスピーチは聞いてなどいない。
そのスピーチを殆ど無視して困った顔を向け合っていた彼等の元に、ザフトの女性士官がやってきた。黒服を着ていることからそれなりの高級士官である事が伺える。彼女はアスランたちに敬礼をした後、レイに声をかけてきた。
「レイ、久しぶりね」
「アンテラさん」
レイがアンテラと呼んだ女性を前に嬉しそうな顔をしている。レイが誰かを前にしてこういう表情をすることは珍しく、一緒にいたルナマリアたちが吃驚している。この人が誰か分からないフレイは肘でアスランを突付いて誰かと聞いた。それにアスランも少し驚いた顔をして答えてくれる。
「アンテラ・ハーヴェイ。昔クルーゼ隊長の下で戦ってたウルトラエースだ。今は出世して別部署に移っていた筈なんだが、いつの間にかこっちに来てたようだな。昔はクルーゼ隊長の副官みたいな事をしてたから、クルーゼ隊長が呼び寄せたのかもな」
「で、何でそのアンテラさんがレイと親しげな訳?」
「俺に聞かれてもな。プライヴェートで知り合いかなんかなんだろ」
アスランも困惑していた。アンテラはアスランも配属された頃の僅かな期間だけ一緒にいたことがあるだけだが、クルーゼと部下の間に立って緩衝材のような役割を果してくれたありがたい先輩、という印象くらいしかなかったのだ。まあ優しくて美人のお姉さんだったので色々と初な少年心を刺激してくれた人でもある。
その人がどうしてレイと知り合いなのか、それはアスランも知りたい事であった。
そしてそれぞれが思い思いの相手を探して踊りの輪に加わっていこうとする中で、アスランたちのグループはどうしたものかと顔を見合わせていた。ダンスなど踊った事も無い奴もいるし、こういうのが嫌いという奴もいるからだ。だが、そんな彼等の元にクルーゼがやってきた。
「どうしたのだお前達?」
「あ、クルーゼ隊長」
クルーゼも今日は胸いっぱいに勲章を飾っており、その戦歴を誇示している。だがあの仮面は相変わらずで、はじめて見たフレイなどは気後れして身を引いていたが、ふいにその目が一瞬だけ驚愕に見開かれ、アスランの袖を掴んで背中に隠れてしまった。その仕種を見た他の者達は、クルーゼの仮面はどう見ても危ない人なので仕方が無いよなと思って誰も咎めはしなかった。伊達に裏でザフトの変態仮面などと呼ばれているわけではない。
ただ、アスランは自分を掴んでいるフレイがかすかに震えているのを感じていて、彼女の内心を察してしまっていた。クルーゼと言えば自分の父親の敵なのだから、フレイの反応がおかしいのも仕方が無いのだ。まさかここでそれを口にしたり、復讐に走るわけにもいかないのだから。
「どうした、踊らないのか?」
「いや、こういう場はどうも苦手でして」
問われたイザークが困った顔でそう答え、アスランがウンウンと頷いている。それを聞かされたクルーゼはそうかと呟いて、チラリと会場の中央を見た。
「では私が相手を選んでやろう。それなりに慣れた者に相手を頼めばすぐに気が楽になるだろう」
「い、いや、それは……」
「そういうのはちょっと……」
追い詰められた顔になるアスランとイザーク。要するに中央に出て踊りたくないのだ。それを見たクルーゼが意地の悪い笑みを浮かべて何か言うとしたのだが、それを言われる前にイザークが腕を引っ張られてクルーゼの前から連れ攫われた。
「ジュール副長、踊りますよ」
「は、離せフィリス、俺はそんなこと!」
「出来ないんですか?」
「ば、馬鹿にするな、ダンスくらい一通りは出来る!」
フィリスのジトッとした視線に反射的に応じて、そしてしまったという顔をする。それを聞いたフィリスは勝ち誇った笑みを一瞬浮かべていた。
「では問題ないですね。さあ行きましょう」
「……はい」
完敗したイザークはもう反対する気力さえ無くし、ガックリと頷いて素直に引き摺られていった。それを見たシホがジャックの顔を見てニコリと微笑み、戸惑うジャックを連れて中央に入っていった。
それを見送ったフレイはどうしたものかとアスランを見たが、アスランはまだ覚悟が決まっていないようで動揺を隠せないでいる。その情けない部分は本当にキラに似ていると思ったフレイは、ひょっとして自分はこういうタイプと縁があるんだろうかと考えて少し気落ちしてしまった。
「はあ、もう少し頼り甲斐がある人とは巡りあえないのかしら?」
これが運命なのだろうかと思うと悲しい物があるなあ、と呟いてフレイはそっとアスランの手を取った。
「私たちも行きましょう、アスラン」
「いや、行きましょうと言われても……」
「大丈夫、キラだって私のサポートで踊れたんだから、恥はかかせない」
そう言ってフレイはアスランを中へ連れて行こうとする。それを見送ったクルーゼはレイやアンテラとの会話を止めてその背中に声をかけてきた。
「お嬢さん、次は私の相手をしてくれないかな?」
恐らくからかい混じりだろうが、クルーゼの申し出にフレイは足を止めて一度だけ肩を震わせた。それが内心の激情が一瞬表に出たのだと理解できるアスランはフレイが激発するんじゃないかと恐れたが、フレイは一度だけ肩を上下させただけで激発したりはしなかった。ただ、振り返った表情はアスランから見ればまさに氷の仮面で、美しさと怖さを内包した凄まじいものだったが。
「申し訳ありませんが、レディを誘うのでしたらせめて仮面を外して頂けませんか。顔も見せないのは失礼だと思います」
「……これは、一本取られたかな」
フレイに言われたクルーゼはなるほどと頷き、両手を仮面に沿わせて止め具を外し、仮面を取って見せた。それを見たレイとアンテラ、アスランが驚愕している。その素顔は意外なほど整っていて、噂されていたような傷跡やら、遺伝的な障害の跡なども見られない。はじめて見たアスランが驚きの余りぱっくりと口を開けているのが間抜けだ。
ただ、その顔を見たフレイは軽い驚きと共にレイと見比べてしまった。2人の顔は良く似ていたのだ。そして、同時にフレイはクルーゼの目を見て少し眉を顰めた。
「これで如何かな?」
「……分かりました、ではアスランの次ということで宜しいですか?」
「構わないよ、それでは」
返事を貰ってすぐに仮面を戻し、クルーゼは口元に笑みを見せて2人との会話に戻っていった。それを見たフレイは隣で呆けたまま固まっているアスランを見て首を傾げ、軽く脛を蹴っ飛ばしてやった。その痛みで我に返ったアスランが悲鳴を噛み殺して呻き、そして恨めしげな目でフレイを見る。
「な、何するんだ?」
「だって、固まってるんだもの」
「しょうがないだろ。クルーゼ隊長の素顔を見た奴なんて、ザフトにも滅多に居ないんだぞ。俺だって初めて見たんだ。お前は今すごい事をしたんだぞ」
「そうなの?」
まさかそこまで仮面を外さない男だったとは、変人振りにも程があるだろうとフレイは思ったが、まあそれ以上は口には出さず、中央の輪にアスランの手を引いて加わっていった。
「でも、あの人の目は、怖かったわ」
「怖かった?」
「うん、あの目は昔のキラに、おかしくなってた頃のキラにそっくりだった。あれは狂気に憑かれてる目よ」
昔、本当におかしくなった頃のキラがあんな目をしていた。そして復讐に駆られた頃の自分もあんな目をしていた。だからフレイには一目で分かったのだ。このクルーゼという男は、狂っていると。
でも、その目がキラと似ていた事がフレイには気にかかっていた。あの目は間違いなく狂気に捉われている。だが、同時に悲しさと絶望を感じさせる目だったのだ。彼にもなにか絶望してしまうような辛い過去があったのだろうか。あの時のキラのように、悲しみに押し潰されて絶望し、全てを憎んでしまうような出来事が。
そのまま2人は踊りだしたのだが、意外にもアスランはちゃんとフレイに合わせてきて、フレイを驚かせていた。
「あら、アスラン踊れたんだ?」
「当り前だ。これでも一通りの事は作法として身に付けている」
「キラは踊れなかったのに」
「あいつと一緒にするな、父上が厳しかったからそれなりには出来る」
言うだけの事はあり、アスランの動きは見事だった。身に付けているなどと言っていたが、フレイから見ればそれなりに練習を積んだ動きなのが見て取れる。
「上手いんだ。これなら手助けはいらないかしら?」
「キラと一緒にするなと言っただろ」
「ふぅん、それじゃあ、付いてきなさいな」
フレイがステップのテンポを変え、レベルを上げていく。アスランはそのフレイの動きの変化に表情を緩めると、フレイに合わせて動きを変えていった。それは周囲の人たちが自然と場所を開けて見入ってしまう程に見事な踊りとなっていた。
その時、会場には敵が迫っていた。翳ってきた日の光、それが生み出す闇の中を幾つもの黒い影が駆けていく。それは途中で遭遇した警備の兵士たちはある時は見逃し、ある時は音も無く倒されてしまっている。どうやら警備員の中に内通者が紛れていたようだ。
その先頭を駆け抜ける黒い影、ディアッカ・エルスマンは見えてきた会場にニヤリ笑いを浮かべていた。
「イザーク、俺たちの恐ろしさを思い出させてやるぜ。嫉妬の力を思い知れ」
だが、会場まであと少しというところで彼等の足は強制的に止められる事になる。会場に向う橋の上に、1人のメイドが長い棒を手に佇んでいたのだ。そのメイドの姿に嫉妬団団員達の足が止まり、警戒するように遠巻きにしている。
そう、橋の上で待ち構えていたのはソアラだった。長い棒を手にじっと橋の上に佇み、瞑目していた彼女は増えていく邪な気配にゆっくりと目を開け、右手に持つ棒を3度体の横で回して脇に挟むように構えをとった。
「……まったく、お嬢様の久方ぶりの社交界復帰の日を無粋な欲望で妨害しようとは、許し難い変態たちです」
橋の向こう側を埋め尽くす変態たちの黒だかり。そこにはザフトも居れば私服の人間もいる。一体どういう組み合わせなのかソアラにはさっぱりだったが、迷惑な連中であることに変わりは無い。
だが、際限なく増えていく変態の数にソアラの顔にも焦りが伺える。橋の上という有利な状況であってもあれだけの数に来られたら流石に止められまい。今はまだ止まっているが、数に物を言わせて押し寄せてきたら止める事は出来ないだろう。あの黒い人波が波濤となって押し寄せてきたら、果たして何人道連れに出来るだろうか。
だが退く事は出来ない。フレイを守る事、それがアルスター家に使えるアルバレスの意地である。そしてソアラにとってフレイは実の妹のような存在でもあり、その未来を奪おうとする存在は全て敵だと考えている。なにげに実は結構危ない面を持つ女性だったりするのだ。
「さあ来なさい、ソアラ・アルバレスがあなたたちをこの棒のしつこい汚れにしてあげましょう!」
橋の上に立ちはだかるメイド。その姿に嫉妬団団員達は困り果てていた。敵は男のみ、女性には攻撃をしないのが嫉妬団の掟の1つだ。何時頃から生まれたルールなのかは分からないが、イザークの代では概ね守られてきたルールである。これを考えるとこの橋は渡れない。だがここを渡らなくては迎賓館には危険な正面ルートを使わなくてはいけない。川を渡れば良いという考えは無いようだ。
団員達にどうするのかと問われたディアッカは暫し悩んでいた。実はディアッカは昔に彼女と交戦した事があり、その強さは身を持って思い知っている。だがあの時は僅かな人数であり、今回は大軍を揃えている。数で行けば勝てるとは思うのだ。あとはどうするかである。この決断を預けられたディアッカは、彼らしく即決で断を下した。
「行くぞ。俺たちには裏切り者の粛清という大儀がある」
「ですが、相手は……」
「仕方ないだろ。大儀の為には多少の事には目を潰れよ」
大義名分は悪人の最後の拠り所、という訳ではなかろうが、これはその典型例と言えるだろう。大儀を盾に自分の罪悪感を軽減した嫉妬団は一斉に橋を渡りだし、ソアラに襲い掛かった。その数にソアラの頬を一筋の汗がつたり落ちていく。だがそれでもその目は閉じられず、怯みそうに心を気丈な精神で叱咤して毅然といた態度を維持し続ける。
そしてまさに嫉妬団の手がソアラに届こうとした時、不意の一撃が彼等を川に叩き落した。それが何かと気付く間も与えられず後続がソアラの棒の一突きで吹き飛ばされ、あるいは払われて川に叩き落されてしまう。
そしてソアラの窮地を救った何かは、ゆっくりと橋の上に降りてきてソアラの隣に着地した。その姿にソアラがあっと口を開いている。
(どうしたい、いつものキレが無いぜ姉さん?)
「ミ、ミグカリバーさん、どうして?」
(姉さんには上手い飯を貰ってるからな。恩人を見捨てるほど、俺は腐った雀じゃねえつもりだぜ)
ありがちな礼はいらねえよとブロックサインで伝えるミグカリバー。そして男は礼を求めて戦いはしねえぜ、と伝えてソアラの隣に立つ。その姿を横目で見たソアラはふっと表情を綻ばせ、そしておかしそうに小さく笑い出す。世界広しと言えども、雀と肩を並べてこんな変態の群れを相手に戦ったのは自分くらいだろう。いや、前例があったほうがむしろ怖い。
そしてソアラは軽く棒を振り回して横水平に構えると、不敵な笑いを浮かべて嫉妬弾を見据えた。
「では、手伝っていただきましょうか」
(ああ、今日は派手に行かせて貰うぜ!)
ここに、他に類を見ないメイドと雀のタッグが誕生した。そしてこれを見たディアッカは怒りに拳を握り締め、逆上した声で3流悪役のような命令を出している。
「ええい、構わん、者ども、やってしまえ!」
ディアッカ、それは時代劇の悪代官の台詞だぞ、と突っ込んでくれそうな気の利いた人物は、残念ながらこの場にはいなかったようだ。こうして世に知られることの無い激突が始まった。
ダンスが一段落し、フレイは空腹を感じて料理に手をつけていた。並べられている料理はどれも1級品で、フレイをして満足させる味を誇っている。ついでに出されているワインにも手を出している。
アスラン、そしてクルーゼの相手をしたことで少し疲れを感じていたのだ。アスランはまだ元気そうだったので、エルフィを呼んで相手を任せたりしている。この時アスランは裏切り者を見る目でフレイを見た後でなんだか助けを求めるような目をしてきたが、フレイは男らしく相手してあげなさいと言ってさっさと袖に逃れてきたのだ。
ここで料理を口に入れていたフレイだったが、そこに気安くホムラが声をかけてきた。
「やあ、久しぶりだねフレイ・アルスター」
「ホムラ様、お久しぶりです」
ホムラを見て表情を明るくするフレイ。彼女はこの温厚な中年の権力者を好いていたのだ。そのまま2人はワイングラスを手に壁の方に歩いて行く。だがその表情はにこやかであったが、話している内容は物騒な物であった。
「B号地下ドックに明後日の昼頃、連合の潜水輸送艦が入る事になっています。手を回しておいて貰えますか?」
「潜水輸送艦ね、分かった、対潜シフトを弄らせておこう」
ホムラはフレイたちレジスタンスの後援者であった。表ではザフトに協力を表明していながら、裏ではレジスタンスへの支援をしているというダブルスタンダードを平然と実施している辺り、中々に腹芸が上手い男である。あのクルーゼでさえ見抜けないのだから日頃の昼行灯の振りも見事な物といえる。
実際にレジスタンスが相当な量の装備を有し、未だに活動を続けられるのもホムラが降伏直後のゴタゴタを利用してかなりの物資を地下施設に移してしまった為だったりする。表向きには武装解除を進めさせながら、密かにその一部を横領してザフトに知られていない地下施設に備蓄し、書類上では戦闘で破壊、あるいは消耗したと報告させていた。
「準備はどうかね?」
「M1の他に連合から送られた機体が何機か組みあがっています。車両も揃ってきてますし、後は時を待つだけですね」
オーブには地下の秘密基地が多い。その中にはアスハ家が予算を不正使用して建設を進めた、軍部でさえ実態を把握していない物まである。そんな状況なので当然ザフトには把握できず、多くの基地が未だにザフトの預かり知らぬものとなっている。実はいくつかの島には連結された海底通路まで存在するのだ。オノゴロ島でレジスタンス活動が行えるのもこの海底通路のおかげだった。これらはアスハ家の独裁が生み出した悪しき遺産と言うべき物であったが、巡り巡ってそれが今ではオーブの抵抗運動に役立っているのだから皮肉な話だ。
フレイもこの話を聞かされた時には流石に呆れたものだ。王政国家なのだから権力者がそれなりの無茶をしているだろう事くらいは想像が付いていたのだが、まさかここまで公金を使い込んでいたとは。カガリもこれらの施設を紹介する時は引き攣った顔をしていたので、彼女も色々と思うところがあったようだ。
聞いた話では、サハク家の主導で世界初の軌道エレベーターの計画まで存在し、アメノミハシラはその宇宙側のターミナルであったそうだ。そんな物作ってもし事故があったらどうする気なのだと聞かれたカガリは豪快に引き攣った大笑いをしていたので、フレイは顔色を青褪めさせてしまった。もしそんな物が倒れたら、地球は間違いなく壊滅する。この話を聞かされた時はオーブという国に疑問を抱いたものだった。
そしてホムラは、フレイに1人の男を引き合わせた。その男は一見すると眠そうな目をした冴えない中年男性で、フレイが戸惑った顔でホムラを見ている。ホムラはフレイが何を言いたいのかを察して僅かに笑みを見せた。
「彼はオロファトの外れに住んでいる測量士でな。オーブのあちこちを測量して回っているのだ」
「はあ、それが?」
「そして、大西洋連邦戦略諜報部の人間でも有るのだよ」
小声でそっと囁かれ、フレイはぴくっと肩を震わせて男を見た。その男は相変わらず眠そうな目をしていたが、そう言われるとこの男が何故ここに居るのかを考えさせられてしまう。そして男はフレイにぞんざいな会釈をして自己紹介をしてきた。
「フーバー、デビット・フーバーと言います。表向きは測量士という事で。あ、これ名刺です。よろしく」
そう言って差し出された名刺には確かに1級測量士と書いてある住所も全てオーブのものだ。勿論偽造だろうが、表向きはこの通りらしい。フレイは礼を言ってそれを受け取ると、顔を寄せて本当の事情を聞いた。
「それで、本当は何をしに?」
「いや、オーブ内に情報収集をする為の諜報組織を作れといわれましてね。面倒だから嫌だって言ったんですけど、そしたら上司の機嫌損ねちゃいまして、身1つで無理やり送られたんですよ」
「……大変ですね」
「まあねえ、安月給で扱き使ってくれるんですよ。それでまあ、手を貸して頂こうと思いまして」
まあそういう事なら協力は惜しまないので、フレイは快くフーバーの依頼を快く受け入れた。実はフレイはアスランたちから得た情報をレジズタンスに流しているので、レジスタンス内では重要な人物となっていたりする。アルスター邸にアスランたちがいるのに平穏を保っていられるのはこの辺りの事情があったのだ。
そしてホムラは、曲が終わったのを見てフレイに声をかけた。
「そろそろ最後の曲が流れるな。フレイ、君はどうするかね?」
「そう、ですね」
フレイはまだ中央で踊っている男を、アスランを見た。エルフィは楽しそうだが、アスランはエルフィと上手くタイミングが合わずに苦労している。どうやら素人をリードできるほどには上手くなかったらしい。だが、まあエルフィは嬉しそうなのであれで良いのだろう。
他に目を向ければイザークはシホと踊ってるし、フィリスは自分と同じように料理を手に壁の花となって、周囲にザフトの兵士たちが集っている。中々人気者のようだ。ルナマリアはジャックとガツガツと飲み食いしているし、レイはクルーゼとかいう隊長と談笑している。あんなに楽しそうなレイを見たのは初めてだ。
「まあ、最後は一緒に来た人と踊る事にします」
「そうか、次は何時出来るか分からないから、楽しんでいきなさい」
「はい」
嬉しそうに頷いて、フレイはエルフィと別れたアスランの元に行ってしまった。それを見送ったホムラも別の場所に行こうと思ったが、その隣にフーバーが並んで面白そうな顔で2人を眺めていた。
「やあ、中々絵になる2人ですな」
「そうだな。平時なら笑って見ていられるのだが」
「ははは、なるほど、そうでしたな」
ホムラの返事に笑って負けを認めたフーバーは、右手で頭を掻きながら一歩引き下がった。今は戦時下であり、あの2人は敵同士なのだ。方や占領軍の高級軍人であり、方やレジスタンスに協力している旧軍のエース。一体何処の戦争映画のヒーローとヒロインだと聞きたくなるような笑えない設定ではないか。
オマケと言ってはなんだが、フレイはフーバーにとって無視し得ない人物である。アズラエルなどの要人と仲が良く、アメノミハシラのカガリからアズラエルを経由して安否を確かめてくれと依頼が来ている。他にも彼女は色々と曰くありげな知人がいるようで、フーバーは色々と迷惑な命令を受けている。
まあ、これから退屈せずに済みそうだと笑いながら呟いて、フーバーはワイングラスを揺らした。
フレイは最後のダンスをアスランと踊ろうと思っていたのだが、アスランは疲れたと言ってテラスに出てしまった。フレイもそれに付き合い、2人でテラスから外を見ていた。
「久しぶりに踊ると疲れるよ」
「ご苦労様、大変ねザフトの隊長さんは」
「からかわないでくれよ」
手摺にもたれかかって苦笑いをするアスラン。その隣で手摺に両腕を乗せて体重を預けたフレイは、視線を夜空に向けた。
「今頃、キラたちは宇宙で戦ってるんでしょうね。ラクスは何してるのかしら?」
「……プラント本国からは反逆者として捜索されている。遠からず掴まるさ」
「パトリック・ザラ、貴方のお父さんを暗殺したんだっけ?」
「ああ、おかげでプラントは大混乱だ。ラクスは否定してるけどな」
アスランは拳を握り締めている、ラクスに裏切られたという怒りは未だにアスランを苦しめている。だが、フレイはとんでもない事を言い出した。それはアスランは驚愕させるに十分な威力を持っていたのだ。
「パトリック・ザラが生きてたらアラスカかパナマで戦争を終わってたかもしれないのにね。そうしたらオーブも戦場にならなかったのに」
「……ちょっと待て、何でそんな事知ってるんだ。それはプラントでもごく一部の人間しか知らない外交事項だぞ?」
「ブルーコスモスの盟主をやってるアズラエルさんが教えてくれたの。貴方のお父さんが死ななければ戦争は終わってたかもしれないって。折角のチャンスが潰れたって残念がってたわ」
「ブルーコスモスが、プラントとの講和を受け入れていたのか?」
「ええ、少なくともアズラエルさんはね。今も戦争を終わらせる道を探してるみたいで、プラントと話しあう方法も隠し持ってるみたいよ。プラントも色々あるみたいね」
「……そうなんだろうな」
パトリックの頃からプラントは上手く行っていたとは言えなかった。強行派と穏健派の対立は激化の一途を辿っていて、市民は流動的で状況に流され易かった。今ではラクスの主張に同調する者も出てきているという。それを知った時は流石のアスランも呆れた物だったが、エザリア政権に戦争を終わらせるつもりがないように見えるので終戦の意思を明確に出しているラクスに期待する者が出てきたのかもしれない。
しかし、大西洋連邦との講和の話が進んでいたのは知っていたが、ブルーコスモスの盟主が講和に賛成していたとは知らなかった。いや、そんな事は想像も出来なかった。父もブルーコスモスは必ず妨害に回るだろうと思っていただろうに、まさか賛成に回っていたとは。
そして同時に、ブルーコスモスがプラントの盟主と話し合いのルートを持っているらしいという無視し得ない話が出てきたことも驚きだった。今のプラント内にはブルーコスモスと繋がっている者がいるのだろうか。それともパトリックの遺志を継いで終戦の工作を続けている者がいるのだろうか。
「……一度、本国に帰って調べた方が良いかもな。誰かは知らないが、戦争を終わらせられるなら協力してもいい」
「案外、ラクスだったりしてね」
「まさか、彼女はそこまでリアリストじゃない。ナチュラルへの回帰を訴えるラクスとブルーコスモスじゃ相容れないはずだ」
「そうかなあ」
そんな事はないだろうと笑っているアスラン。しかしフレイはアズラエルがアスランの考えているブルーコスモス像とは全く違う人間であると知っている。ラクスが何らかの利益を提示すれば、そしてそれがアズラエルの利害と一致すればアズラエルは協力するだろうと知っている。彼は別にブルーコスモスの流儀に心酔している訳ではなく、利益優先の経営者なのだから。実際、損得勘定でアルビム連合の地球連合参加を受け入れ、バックアップした過去もある。
だが、今はそんな事を言っていても仕方がない。ザフトの占領下に居る自分では確かめる術がないからだ。いや、全く無い訳ではないが、それは大きな危険を伴うのでやりたくない。フレイはそこでこの件を打ち切り、別の事をアスランに問い掛けた。
「ところでアスラン、1つ聞いても良い?」
「ん、何だ改まって?」
「アスランって、誰が好きなの?」
それを聞かれたアスランは豪快にすっ転んだ。オーバーな男だなあとフレイは思ったが、起き上がってきたアスランは表情を崩して落ち着きをなくしていて、フレイは笑いを堪えるのに少なくない努力を強いられてしまった。
「だ、だ、だ、誰ってっ」
「だって、エルフィさんとルナで二股かけてるのに、さっぱり答えようとしないじゃない。他に好きな人でも居るのかなと思って」
「……居るには居るんだが、手の届かない所に行ってしまったからな」
それで誤魔化しているつもりなのかこの男は。フレイは呆れ果てた顔になり、やれやれと肩で大きく溜息を漏らしてしまった。ようするにこの男はまだラクスが好きなのだろう。手の届く所にあんなに良い娘が居るというのに勿体無いとフレイなどは思うのだが。
「アスランは、ラクスとは会わないの?」
「ラクスはクーデターを起こして、今じゃ何処に居るかも分からない。それに会ったら会ったで、何を話せばいい。どうして父上を殺したんだと糾弾すれば良いのか?」
「それも良いんじゃないかしら。ラクスは自分がやったんじゃないって否定してるんでしょ。本当の所はどうなのか、聞いてみるのも良いんじゃないかしら。本当にラクスじゃないなら、真犯人が別に居る事になるし」
「真犯人、か」
そうであれば良いとアスランも思うが、ラクスが何処に居るのかも分からないし、あっても何を話せば良いのか分からない。そんな悩みが顔に出てしまったのか、フレイはクスクスと笑っていた。
「本当に、そういうすぐ悩みこんじゃう所はキラとそっくりね。友達って似るのかしら?」
「俺はあいつほど優柔不断でウジウジして無いつもりなんだがな」
「あら、そうかしら?」
「…………」
楽しそうに笑いながら聞き返されて、アスランは不機嫌そうにそっぽを向いて黙ってしまった。それを見たフレイはおかしそうに笑っていたが、その笑いを収めると真面目な顔でアスランを見た。
「アスラン、相手が何を考えているのか、膝を詰めてきちんと話した方が良いって言ったのは貴方だった筈よ」
「……そう、だったかな」
「そうよ。貴方のアドバイスのおかげで、私は色んな人と色々話してきたわ。おかげでみんなとも仲直りできた。今度は貴方が話しをする番よ。それで更に溝が深まるかもしれないけど、話さないと何も変わらないわ」
フレイにアドバイスを受けたアスランは簡単に言ってくれるなあと思ったが、少しだけ胸が軽くなったように感じていた。何となくつかえていた物が取れたというか、躊躇いが払われたように思えたのだ。
「それも良いかもな。まあ、会えたらの話だが」
そう呟いて夜空を見上げるアスラン。その時、いきなり迎賓館内に爆発音と衝撃が駆け抜け、警報が鳴り響いた。フレイも衝撃に足を取られて倒れてしまい、どうにか持ち堪えたアスランが驚いた顔をしている。
「な、何!?」
「今のは爆発音だ。テロかもな」
階下のホールで踊っていた客たちが我先に部屋から出て行く。外では銃撃戦の音まで聞こえている有様だ。その音に混じって青き清浄なる世界の為にという何処かで聞いた様なフレーズが聞こえてきて、2人は驚いて顔を見合わせていた。
「ひょっとして、ブルーコスモスのテロなの?」
「レジスタンスの襲撃かと思ったんだが、これは予想外だったな」
「……時々うちを襲ってくる変態集団じゃないわよね?」
「いや、嫉妬団は変態だがこういう無差別攻撃はしないだろ」
テラスから外を見ていた2人は驚いていたが、その闇の中から飛来してくる大きな何かに気付いたアスランが咄嗟にフレイを押し倒すようにして強引に伏せた。その直後にまた爆発音と衝撃が響いた。先ほどアスランが見た光はロケットモーターの噴射炎だったのだ。
衝撃が止んだところでアスランが体を起こし、そしてフレイが文句を言いながら上半身を起こす。だが、この直後に2人は自分達が最悪の状況におかれている事を知ることになった。下の階に降りる階段が先程のロケットで破壊されてしまったのだ。更にロケット弾には焼夷効果もあったようで、階下では火災が発生していた。消火設備が作動していないのは先程の攻撃では破壊されたのだろうか。
「か、火事じゃない……」
「不味いぞ、逃げ道が破壊されてる。火の回りも速い」
このままでは逃げる事も出来ずにここで焼け死んでしまう。アスランはどうしようかと周囲に視線を走らせ、フレイは顔色を変えてあたふたしている。」
「どどどどうするのよ。このままじゃ私たちここで仲良く黒焦げよ!」
「ああ、このままじゃそうなるな。何とかして逃げないと」
周囲に視線を走らせたアスランは、反対側の階段はまだ無事なのを見つけた。あれを使って階下に降り、炎と反対側に逃げるしかない。流石にこのテラスは飛び降りられるような高さではない。
フレイと一緒に壁際の通路を駆け抜けていくアスランとフレイ。既にホール周辺には自分達しか居ないようで、人影はない。なんとも間の悪い時にテラスに行ってしまったものだとアスランが思っていたら、いきなりの下からの衝撃に吹き飛ばされてしまった。宙を舞ったアスランはそのまま床に叩き付けられ、一瞬目の前が暗くなってしまう。
苦痛に呻きながら体を起こしたアスランは、通路が下からめくり上がるようにして破壊されているのを見た。どうやら真下で爆発があったようだ。全くやってくれると思いながらアスランは立ち上がり、フレイは何処に行ったのかと辺りを見回した。そしてそう離れていないところに倒れているフレイを見つけ、ほっと安堵して駆け寄った。
「フレイ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃないみたい。足が……」
フレイは足を押さえて痛そうに顔を顰めていた。見たところ怪我はしていないようだが、打ち付けた際に痛めたのだろうか。
「フレイ、走れそうか?」
「……起き上がるのも辛いんだけど」
「そうか、じゃあ歩くのも難しいか」
状況を確かめたアスランは迷う事無くフレイの両足と背中に腕を差し入れて持ち上げてしまった。俗に言うお姫様抱っこ状態だ。抱き上げられたフレイが慌てふためいてじたばたしている。
「ちょ、ちょっとアスラン!?」
「黙ってろ、走れないんだからこうするしかない。急がないと向こうの階段にも火が回る!」
フレイを抱えて走り出したアスラン。不安定な体制で上下に揺られたフレイは小さな悲鳴を上げてアスランに抱きついており、結果的にアスランは走り易くなって助かっていた。炎が生み出す上昇気流で舞い上がる火の粉が2人に降りかかり、熱さにアスランが顔を顰める。
それでもどうにか階段を降り、燃え上がるホールから飛び出していく。その先では避難誘導に当たっている兵士が居て、飛び出してきたアスランを見て慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、怪我は!?」
「俺は大丈夫だが、この娘が足を怪我したらしい。医者は居るか?」
「すぐそこの建物で治療をしています。そちらに行って下さい」
「分かった。襲撃者の方はどうなった?」
「重火器で武装したブルーコスモス系の連中だったようです。現在は陸戦隊が車両を投入して掃討に当たっています」
どうやらもう片が付いていたらしい。アスランは頷くとフレイを抱きかかえながら言われた建物へと歩いて行く。その道中でフレイはアスランに小声で問い掛けた。
「ねえアスラン、こんな事が何時まで続くのかな?」
「……そうだな、戦争が終われば、少しはマシな方向に行くんじゃないかな。フレイの話じゃブルーコスモスの盟主は話が出来る人間のようだし、戦争を終わらせる時にこういう連中を押さえ込むように頼む手もあるさ」
「うん、そうなれば良いね」
とにかく戦争が終わらない事には話しにならない。だからまず戦争を終わらせる事だ。しかし、それはどういう形での終戦になるのだろうか。早く終わって欲しいと単純に考えているフレイだが、実際にはそう簡単にはいかない。いや、戦局が坂を転げ落ちるようにザフト不利に傾いている事を考えれば、終戦とはプラントの完全破壊、もしくは無条件降伏による戦前以上の強硬な支配体制の確立、となる可能性が高い事をアスランは理解していた。
ザフトが勝利を収める、ないしは有利な状態で戦争を終わらせるには開戦期並の大勝利を幾度か積み重ねなくてはいけないだろうが、もうそんな勝利は望めない。ならば出来るだけ速い段階で、まだザフトが余力を残していている段階で負けを認めた方がまだマシな終わり方が出来るのではないか。アスランはそう思っていたが、アスランには国策を決定する事は出来ない。ただの軍人では戦う事しか出来ないのだから。
この事件は翌日まで続き、迎賓館の消火も含めた一連の騒動が治まるにはなお数日を要した。この襲撃でザフトの高官やホムラ政権の人間が数名帰らぬ人となり、警備の兵士も含めれば50人を超す死者を出す惨事となった。特にザフトは隊長級を含む貴重な指揮官の死者を出すという痛手を蒙っている。この被害を受けてザフトは徹底的なブルーコスモスの狩り出しを行おうとしたが、これはホムラの猛烈な抗議を受けて止められていた。ザフトに協力的、少なくとも表向きは、なホムラの抗議はザフトにも無視できないもので、クルーゼもこの件はオーブ警察に任せるという指示を通達していた。
クルーゼとしてはブルーコスモスのテロ容疑者の捜索などに人手を回したくはなかったのだ。オーブと大洋州連合で生産された物資や食糧、水などはカグヤに集められて次々に宇宙に上げられており、そんな事に回す人手など無かったのだ。むしろこの件で譲歩する替わりにザフトが接収した施設の警備の増員と、生産施設稼動の為の更なるオーブ側の協力を求めている。
ただ、この事件の捜査過程で謎の戦闘跡が発見されており、事件との関連性が問われて捜査が進められたのだが、何故か有耶無耶となって闇に流れてしまった。このもう1つの事件が歴史の中に残る事は無く、何処かへと消え去る事となる。
人物紹介
アンテラ・ハーヴェイ 23歳 女性
ザフトの黒服を着るクルーゼの右腕的な存在。参謀としてクルーゼが呼び寄せた女性で、開戦前からクルーゼと共に居た。クルーゼの怜悧すぎる部分を柔らかく見せる為の緩衝材のような役目を自らに課しているようで、かなり良い人。アスランが配属されたばかりの頃は何かと助けられていたが、すぐに彼女が移動してしまった過去がある。
パイロットとしてはザフトを代表するエースの1人であり、あのグリアノスと比較される力量を誇る実力者である。
後書き
ジム改 さあ、これでオーブ解放作戦の準備に入れるぞ。
カガリ …………。
ジム改 どうした、今日は随分大人しいな?
カガリ いや、ひょっとして私より叔父貴の方が上手くやってるんじゃないかと思って。
ジム改 さあ、どうだろうな。
カガリ でも、もう私たちには何も出来ないだろ。戦力が無いんだぞ?
ジム改 心配するな、地上には洋上艦隊を含む部隊が残っている。
カガリ そういやティリングの部隊が居たな。
ジム改 だが、それ以上に今は別の大問題がある。俺はこっちで悩んでいるのだ。
カガリ なんだ?
ジム改 キラがデス種で中将になったそうなのだが、種での軍のTOPのお前は准将じゃなかったか?
カガリ …………あれ?
ジム改 何で本土決戦の司令官が准将で、ぽっと出のキラが中将なのだ?
カガリ てか、うちにそういう階級あったのか。自衛隊準拠の筈だけど。
ジム改 不思議だろう?
カガリ 確かに不思議だな。
ジム改 それでは次回、地上からプラントへの脱出が開始される。オーブ解放作戦が発動され、部隊が各拠点に集結を開始する。一方、アフリカではビクトリアに向けて連合軍の大部隊が移動をしていた。そして宇宙からはカガリが地上のオーブ軍を率いる為にアメノミハシラを離れる事になる。地上での決戦の時が迫っているのだ。次回「戦姫の帰還」でお会いしましょう。