第31章  私らしく

 襲いかかってくるジュール隊を、キラは憎々しげに睨んだ。そして、口元にキラらしくない肉食獣の笑みを浮かべる。嬉しそうに笑っている。そう、敵が来たのに、これから戦わないといけないのに、キラは嬉しそうなのだ。

「……見ててよフレイ。今、こいつらを全部やっつけるから。僕の力でね」

 その瞬間、脳裏で水面のイメージが浮かび、跳ねて弾ける種のイメージが重なる。もう幾度目だろうか。このイメージが浮かぶたび、自分は巨大な力を手に入れるのだ。そう、この力があれば、ザフトなんか蹴散らせる。フレイも戻ってきてくれる。そうすれば、もう孤独に苦しむ事はない。
 キラはストライクを走らせた。構えたビームライフルでグゥルを狙い撃つ。空を飛ぶイザーク達は地上からのビームに慌てて回避運動を行ったが、それは信じ難いほどの精度で自分たちを狙っていた。

「こいつは、ストライクか!?」
「イザーク、どうする。先に足付きをやるか!?」
「……ディアッカは足付きをやれ。俺は2人を連れてストライクを殺る!」
「ミゲル達はどうする?」
「好きにやらせろ。ミゲルに任せて置けば問題はない!」

 それだけ言うと、イザークはストライクに向かって行った。ディアッカは困った顔でそれを見送ると、どうしたものかとアークエンジェルを見る。

「おいおい、冗談だろ。足付きを俺1機で沈めろってかあ。やれるならとっくにやってるぜ……」

 アークエンジェルの対空砲火は桁外れだ。いくらバスターの火力でも対抗出来るものではない。1機であれに挑むなどただの自殺行為だ。だが、他に助けてくれそうな味方もいない。

「やるしかないのかよ。シット、なんてこった」

 なんだかイザークを恨みたくなるディアッカ。だが、そんな事を考えていると、いきなり強力なビームが機体をすぐ脇を貫いていった。驚いて周囲を確かめると、何時の間にか重戦闘機、スカイグラスパーが来ている。

「ちっ、またあいつか。もう1機の方は見当たらないが、まだ出てないのか?」

 まさか、まだ直ってないとは思わないディアッカ。襲いかかってくるスカイグラスパーにランチャーを撃つが、それは容易く回避されてしまう。

「こいつ、確かエンディミオンの鷹だったよな。クルーゼ隊長がライバル視してるって言うが、確かに大した腕だぜ。ナチュラルとは思えねえ」

 桁外れた技量を見せるスカイグラスパーにディアッカが呆れた呟きを漏らす。足付きと戦ってると、本当に自分たちがコーディネイターだということを忘れそうで困る。それほどにこいつ等は強かった。





 アークエンジェルでは何時になく楽な戦闘に安堵した空気が流れていた。敵MSは全てキラとフレイが相手取っている。バスターだけはこれを突破してきたが、これにはフラガのスカイグラスパーが対応している。バスターの鈍重な機体ではスカイグラスパーの機動性に翻弄されてしまい、こちらに近付く事もできないでいる。
 マリュ-は見事な動きをするデュエルを見てしきりに感心していた。

「凄いわね、アルスター准尉は。デュエルに乗ってまだそんなに経たないのに、もうあれだけ動かせるようになってる。敵のブリッツを押してるわ」
「はい、今の彼女は連合でも屈指のナチュラルパイロットでしょうね。こう言っては何ですが、我々はキラ・ヤマトに続いて素晴らしい人材を得たのでしょう」

 ナタルは巧みに地形を生かして移動するデュエルに満足そうに頷いていた。空を飛ぶグゥルに対する戦い方も戦術の基本を生かしている。自分が施してきた教育は間違っていなかったようだ。そして、彼女は自分の教えた事をきちんと理解していた事も確認できた。

「あの娘は、フレイはもっと伸びるな」

 ナタルは満足そうに呟く。自分の生徒の勉強の成果を確認した教師の満足感とでもいうものを感じていたのだ。
 なんだか嬉しそうなナタルをチャンドラが不思議そうに見て問いかけた。

「副長は、アルスター准尉に何かを教えているんですよね?」
「ああ、戦術論をな」
「それで、教師の目から見て彼女はどうですか?」

 チャンドラの質問に艦橋の全員が注目した。そして少し驚く。なんと、あのナタルが誇らしげに笑顔を浮かべているのだ。

「決まっている、実に出来の良い生徒だよ。このまま鍛えていけばどこまで伸びるか、楽しみだな」

 なにやら口元に危険な笑みを浮かべるナタルに、CICクルーは震えあがってしまった。不味い、あの目は非常にまずい。あれはサディストの目だ。誰もが心の中でフレイに同情しながらも、助けようとは微塵も思っていなかったりする。薄情な奴らだった。




 ストライクに向ったイザークは、ついて来ている部下2機に指示をだした。

「お前達は上空から援護しろ。ストライクに実弾はほとんど効果がない、無理はするな!」
「「了解です!」」

 だが、その返事に何か言い返す前に、1機がグゥルをビームに撃ち抜かれて落ちていった。投げ出されたシグーが地面に落ち、動けなくなる。

「隊長、駄目です、動けません!」
「脱出して適当な所に隠れてろ。後で回収してやる!」

 イザークはそう指示を出したが、それが守られる事は無かった。シグーに近付いたストライクがビームサーベルを抜き、振り上げたからだ。

「た、隊長っ――――!」
「や、止めろ、ストライク―――!」

 イザークは叫んだ。だが、デュエルがビームライフルを向けるよりも早く、ストライクのビームサーベルがコクピットを貫いた。通信機から恐怖の絶叫が響き渡り、すぐに聞えなくなる。
 イザークは震える拳をコンソールに叩きつけ、腹の底から怒りの絶叫を上げた。

「や、や……やってくれたな!」

 続けざまにビームライフルを放ち、シヴァとミサイルを撃ち放つ。だが、ストライクは難無くその攻撃を躱すと、こちらを見た。それを見てイザークもグゥルを捨て、地上に降りる。

「貴様だけは、貴様だけはぁあぁぁぁっ!!」

 ヨーロッパで部下をストライクに殺され、今また1人を殺されたのだ。イザークのストライクへの憎悪は凄まじいものとなっていた。
 だが、そんなものはキラには関係がない。憎悪をたぎらせて向ってくるデュエルも、今のキラにはただのネギを背負った鴨にしか映らなかった。

「デュエルか……」

 ビームライフルをそちらに向け、照準をつけようとする。だが、それが終わるよりも早くコクピット内にアラームが響き渡った。ロックオンされた警報だ。キラは素早くストライクを後退させながら周囲を確認した。すると、見たこともない新型が2機、こちらに向ってきている。どうやらビームライフルを装備しているようだ。

「新型……たかが2機か」

 キラはそれでその2機の正体への興味を失った。たかが2機なのだ。ジンより多少性能が上がった程度なら恐れる事はない。何時も通り始末すればいいだけの事だ。今のキラにとって、それは新型ではなく、殺す予定のコーディネイターとしか映っていないのだ。
 そんな風に思われてるとは知らず、ミゲルとフィリスはビームライフルを構えてストライクとの距離を詰めてきた。

「フィリス、背後に回れ。俺はこのままあいつを釘付けにする。イザークの奴が無茶しなければいいが」
「隊長の様子が変です。まるで平静さを失っていますよ!」
「あいつ、部下を殺されて切れたな。人一倍プライドが高い奴だが、責任感も人一倍だからな!」

 ミゲルはゲイツを走らせながらビームライフルを続けて放った。その射撃でストライクの行き足を止めようとしたのだが、驚いたことにストライクはビームの射線の僅かな隙間を縫って回避してしまった。それを見たミゲルが絶句し、次いで掠れた声を漏らした。

「う、嘘だろ。化け物かよ、あいつ……」
「ミゲルさん、逃げてください!」

 フィリスの声に反射的に反応し、機体を動かした。直後にストライクの放ったビームが機体を掠めて通過していく。絶句していた僅かな間に狙われていたらしい。

「助かった、フィリス!」
「油断しないで下さい。でも、あのストライクのパイロット、本当に化け物ですね」
「ああ、イザーク、聞えるか、イザーク!?」

 ミゲルはイザークに通信を繋ごうとしたが、何故か通信は繋がらなかった。モニター上ではデュエルがビームライフルをストライクに向けて乱射している。それを見てミゲルは顔を顰めた。

「まずいな、イザークの奴、本気で我を忘れてやがる」
「どうしますか、ミゲルさん?」
「すでに1機喪失、2機撃破されてる。今もニコルが敵のデュエルと殺りあってるし、ディアッカは足付きに取り付けないでいる。この状況で勝てると思うか?」
「ですけど、MS8機を投入して戦艦1隻、MS2機、戦闘機1機に負けろと言うんですか。赤服が4人も揃っていてですよ!?」

 フィリスの声には屈辱が滲み出ている。まさか、ここまで一方的に負けるなどとは思っていなかったのだ。確かにストライクは強い、足付きも凄い戦闘力を持っている。だが、こちらもザフトの選りすぐりのパイロットを集められた部隊なのだ。それがまるで歯が立たない。いや、今は足付きがほとんど戦闘に参加していないから、たった2機のMSに負けている事になる。

「認めませんよ、私は、こんな事認めません!」
「よせフィリス、俺達じゃあいつには勝てない!」
「一戦も交えずには引けません。私にも意地があります!」
「このままだとイザークも死ぬぞ。撤退するんだっ!」

 ミゲルは叩き付けるようにフィリスに怒鳴りつけた。フィリスは暫し沈黙し、やがて唸るような声で了解をよこしてきた。

「わ、分かりました」
「フィリスはエルフィとジャックを拾ってくれ。その後ニコルとディアッカと一緒に後退しろ。俺はイザークを連れて逃げる!」
「ですが、1人では難しいのでは?」
「俺を誰だと思ってる。黄昏の魔弾、ミゲル・アイマンだぞ。なんとかするさ!」

 ミゲルはゲイツを走らせた。異名の元となった精密な移動射撃を生かしてストライクを狙い撃つ。そしてデュエルとの距離を詰めた。すでにデュエルは被弾し、シールドを失っている。

「イザーク、おいイザーク、聞えるか!」
「うるさい、何だミゲル!?」
「撤退するぞ、お前も下がれ!」
「ふざけるな、指揮官は俺だぞ!」

 イザークは冷静さを完全に欠いている。ミゲルはそれを確信すると、余り使いたくない手を使う事にした。

「イザーク、このままだと、お前はまた部下を死なせることになるぞ!」
「なにぃ!!」

 イザークは怒気を込めてミゲルのゲイツを睨んだ。機体越しにそれを感じたミゲルは無意識に首をすくめる。

「何が言いたいんだ、ミゲルっ!?」
「あのストライクは普通じゃない。アスランも加えた状態で当たるべきだ。あいつには俺達じゃ勝てない!」
「きっさまああああ、俺を、イザーク・ジュールを侮辱するつもりかぁあああ!!」
「文句なら基地に帰ってから幾らでも聞いてやる。喧嘩なら幾らでも買ってやる。だから今は退け、イザーク!」

 何時になく強気に押し切ってくるミゲルに、イザークは意外さを感じつつも押し黙った。ミゲルと口論している内に少しづつ頭が冷えてきたのだ。そして、冷静になればミゲルの言うことが正しいという事も分かってきた。

「……分かった。全機撤退だ!」

 逃げに入ったイザーク。それに続いて部下のシグーも撤退に入る。ミゲルも逃げに入ったが、それをストライクのビームライフルが邪魔をした。どうやら逃がすまいとしてるようだ。

「逃がす訳無いだろ。1機も生かしては帰さないよ。沢山殺さないと、フレイは戻ってきてくれないんだから」
「ちっ、素直に逃がしてくれりゃ良いのによ!」

 ミゲルはビームライフルを撃ちまくった。もう逃げるつもりなので後を気にする必要は無いからだ。だが、ストライクはミゲルの射撃を難無くかわして近付いてくる。ミゲルはそのストライクから感じる威圧感に寒気を覚えていた。

「くそ、この化け物がああ!!」

 ミゲルはナチュラルのパイロットにコーディネイターの自分が化け物呼ばわりしている事に、いささか場違いな驚きを感じていた。まさか、ストライクのパイロットがコーディネイターだとは思っていないのだ。
 キラはビームライフルを撃ってくる新型を見ると、苛立った呟きを漏らした。

「邪魔するなよ、そのデュエルは色々と目障りなんだからさ」

 距離を詰めてビームライフルを使い難くし、シールドでゲイツの胸部を突く。重量のあるシールドの一撃は思いのほか大きな衝撃となるため、ミゲルのゲイツは後ろに数歩押されてしまった。
 中のミゲルは衝撃に顔を顰め、機体を必死に立てなおす。

「何なんだよ、こいつは。ゲイツはカタログスペックじゃデュエルに勝ってる筈なんだぞ。何でこうも一方的に押される!?」

 そう、ゲイツは連合のG兵器を参考に、これに勝ちうる性能を与えられている。確かにフェイズシフト装甲は持っていないし、機体性能で劣っている面もある。だが、総合的に見ればデュエルくらいには充分勝てるはずなのだ。ストライクがデュエルに勝る性能を持っているのは間違い無いだろうが、その差はほとんど無い筈なのだ。なのにこうも一方的に押されるという事は、パイロットの技量が違うということなのだろう。
 だが、その認識はミゲルのプライドをいたく傷付けた。ミゲルはイザークほどプライドの塊では無いし、相手が自分より上だという事を受け入れる度量もある。だからアスランを立てて、自分は縁の下の力持ちのような役割を演じてもいる。

 だが、それは相手が同じコーディネイターであればだ。ストライクのパイロットはナチュラルであり、ナチュラルが自分よりも格上などというのは流石に受け入れ難い屈辱だった。いや、ストライクだけではあるまい。向こうではニコルのブリッツがデュエルに苦戦している。こちらははっきりとデュエルの方が性能に劣るはずなので、デュエルのパイロットはニコルよりも凄腕という事になる。

「ふざけるなよ、ナチュラルが、コーディネイターよりも強くなれるっていうのかよ!?」

 それはコーディネイターにとっては、あってはならない事だった。コーディネイターはナチュラルをあらゆる面で上回る進化した人類である。それがコーディネイターの考えであり、矜持だった。いや、そう思い込む事で自分たちを騙し続けてきたと言っても良い。 
 そうなのだ、もしナチュラルが何もせず、自然なままの成長でコーディネイターを超えられると言うなら、自分たちは何故遺伝子を弄ってまでこんな力を手に入れたと言うのだ。払った代償は出生率の低下という、種の存亡に関わる問題だというのに。

「なんの代償も支払わずに、俺達を超えて行くっていうのか、ナチュラルが!?」

 それは許し難い事。あってはならない事。もし、ナチュラルが進化して自分たちを超えて行くというなら、自分たちはまさに間違った存在だという事になる。
 そんな事は、あってはならないのだ。





 ストライクから少し離れた所ではニコルのブリッツとフレイのデュエルが戦っていた。ニコルはミラージュコロイドを駆使して巧みに移動していたが、何故かデュエルの攻撃は見えない筈のブリッツを捉えている。
 ニコルは焦りさえ浮かべてこのデュエルに罵声を浴びせていた。

「なんなんですかこいつは、こっちの動きが見えてるとでも言うんですか!?」

 もはやミラージュコロイドを使うメリットがないと判断し、ニコルはミラージュコロイドを解除し、フェイズシフトを展開する。理由は分からないが、とにかくこのデュエルにはこちらの動きが分かっているらしい。

「ミラージュコロイドを無力化する索敵装置でも開発したんですか。元々そっちの物ですから、そういう装置があるのかも知れませんが」

 いずれにしても、こいつは厄介だと、ニコルは判断した。ビームライフルの狙いは背筋が寒くなるほど正確であり、回避能力もかなり高い。何より、こちらの動きをかなり正確に読み切られている。ふざけた話だが、ニコルはこのパイロットをエスパーか何かではないかとさえ思い始めている。そうでもないと説明がつかない動きをしているからだ。
 苦戦するニコルにようやく駆けつけてきたジャックが援護射撃を始めた。

「ニコルさん、大丈夫ですか!?」
「ジャック、シグーでどうにかなる相手じゃありません。前には出ないでください!」
「分かってます!」

 赤を着て、実戦経験も豊富なニコルがこうも苦戦を強いられているのだ。自分が勝てるとは思っていない。だが、ジャックには信じられなかった。ストライクといい、このデュエルといい、同じ連合の機体なのに、何故ザフトのエリート、赤を着るイザークやニコルが勝てないのだ。

 フレイは目の前のブリッツが怖いとは感じなくなっていた。確かに強いが、勝てない相手ではないと判断したのだ。前に戦ったジンの方が遥かに手強かった。至近距離から放たれたランサーダートも躱してみせ、近付いた一瞬に抜いたビームサーベルの一閃でトリケロスと、その下に隠されているビームライフルを真っ二つにしてしまう。

「くううっ!」

 トリケロスを失ったニコルは焦りを浮かべてブリッツを下がらせた。これでブリッツの武器はグレイプニールとビームサーベルだけになってしまった。ブリッツも高い格闘能力を持っているが、シールド無しでこのデュエルと斬りあう気にはなれない。大きく後ろに飛んでデュエルから離れ、ビームサーベルの間合いから離れる。

「強い、このデュエルのパイロット。ヨーロッパで戦った時はイザークに一方的に押されていたのに、この僅かな期間でここまで腕を上げたと言うんですか」

 ふざけた話だが、事実は事実と認めるしかない。あのストライクのパイロットといい、ナチュラルでも訓練と経験を積み、才能に恵まれればコーディネイターのエリートでも勝てないほどの強さを発揮するのだ。
 傷付いたブリッツとジャックのシグーでこのデュエルに勝てるとはもはや思えなかった。ニコルはジャックに退くように言い、自分も逃げに入る。だが、追撃されたら逃げ切れる自信は無かった。
 そんな2人を助けたのはフィリスのゲイツだった。森の中から現れ、ビームライフルでフレイのデュエルの動きを封じる。

「ニコルさん、ジャックさん、無事ですか?」
「フィリス、助かりました!」
「ナイスタイミングだぜ、フィリス!」

 フィリスの来援にニコルとジャックは歓喜の声を上げた。フィリスはクスリと微笑むと、フレイのデュエルと2人の間に割りこむ。

「撤退します。エルフィさんを回収して退がってください!」
「ですが、あなたは?」
「私は私で何とかします。だから早く!」

 退いていくブリッツとシグーを見送ったフィリスは、デュエルを見据えると低い声で呟いた。

「私にも意地というものがあります。何もせずに負けるというのは気に入りませんので、本気でやらせてもらいますよ」

 フィリスの中で水面で種が弾けるイメージが浮かぶ。そして、フィリスの顔から表情が消えた。

「SEEDを発動するのは久しぶりですが、悪く思わないで下さいね」

 フィリスはゲイツを走らせた。デュエルのビームライフルが狙ってくるが、今のフィリスにはそのビームの粒子さえもが見て取れる。ビームが放たれてからこれを回避する事が今のフィリスには可能だった。流石にキラほどの凄さではないが、その動きはやはり桁外れのものだ。
 物凄い動きをするゲイツに、フレイは驚いた。

「何よこいつ、速い!?」

 フレイの反応もナチュラルとしてはかなり凄いのだが、このゲイツの動きはその数歩上を行っている。だが、フレイのよく分からない感覚はこのゲイツの動きさえフレイに読むことを可能としていた。撃ちこまれるビームを巧みにシールドで弾き、反撃のビームを放つ。感覚を研ぎ澄ますほどフレイには相手の動きが読み取れる。いや、相手の動きその物がスローテンポとなっていく。これがフラガの呟いた「空間認識能力」と呼ばれる能力らしいのだが、フレイはそんな事知る由もない。そもそも、この名前とてフラガ達アーマー乗り達の間でが勝手にそう呼んでいるだけで、実際にどういう能力なのか、詳しいデータがあるわけでもないのだ。ただ稀に現れる才能ではあるようで、地球連合軍はこの才能を持つアーマー乗りを集めて部隊編成まで行っていたことがある。
 フィリスは大木に機体を隠しながらゲイツを走らせる。試作ゲイツとデュエルではデュエルの方が防御力は圧倒的に高い。自分の方は頭部イーゲルシュテルンでもダメージになるのに、向こうはミサイルの直撃でも平気なのだ。これはハンデなどと言うレベルではない。相手のパイロットも生半可な腕ではないのだから。反対にゲイツはパワーと反応速度で勝っている。ようするに、フェイズシフトさえなければゲイツはデュエルより強いのだ。
 だが、大木に隠れるゲイツにすぐ傍をビームが通過していき、散った粒子が機体に焦げ目を作る。フィリスは驚きを隠せなかった。

「今の私の動きを先読み出来るのですか、隠れている場所が分かるのですか、このパイロットは!?」

 フィリスには信じられなかった。SEEDを発動させている自分でも見えない相手を撃つ事は出来ない。このパイロットは一体。

「ナチュラルは魔法でも使えるって言うんですか?!」

 吐き捨てながらもフィリスは木の僅かな隙間から見えたデュエルめがけてビームを放つ。向こうにして見れば完全な奇襲になるはずなのだが、手応えがまるで感じられない。負けるとは思わないが、このままでは不味いのもたしかだ。
 しかし、フィリスにはまだ余裕があった。確かにこのデュエルは桁外れに強いが、勝てない相手というほどでもない。だが、もしこのデュエルのパイロットがヨーロッパの時と同じだとしたら、その成長速度は余りにも異常過ぎる。

「ここで戦う事に意味はありませんが……このまま見逃す訳にも……でも、今は仕方ありませんね」

 悔しそうに呟いた。ここで見逃せば次に会った時はどうなっているのか、想像するだけで恐ろしくなる。だがすでにニコルとジャックは十分な距離を離れている。そろそろ潮時だとフィリスも考えた。その時、機体の異常を示すアラームが鳴り響き、ビームライフルを持つ右腕の油圧系に異常が発生したことをサブモニターが表示して教える。

「機体故障、こんな時に……だから新型機というのは!」

 フィリスはこれ以上の戦闘を断念すると、煙幕を展開して逃げに入った。フレイにも追うつもりは無かったので、これで戦いは終わる筈だった。だが、一息ついた途端に物凄い殺気を感じたフレイは視線をストライクへと向けた。

「キラ、早く止めないと、早く!」

 フレイはデュエルを走らせた。急がないと、キラは本当に壊れてしまう。





「ミゲルさん、早く退いて下さい!」
「ミゲル、急いで!」

 すでに安全圏まで退いているフィリスとニコルが撤退を促している。退けるならとっくに退いていると言い返したかったが、そんな余裕もない。今のストライクは恐ろしいほどの殺気を撒き散らし、自分はその攻撃を回避するだけで手一杯なのだから。

 その頃、アークエンジェルでは余りにも敵を深追いしているストライクにミリアリアが躍起になってキラを呼び続けていた。

「キラ、もう良いわ。戻ってきて、キラ!」
「どういう事だ、ストライクは何故戻らない!?」
「分かりません。呼びだしにも応じません!」

 ミリアリアの悲鳴のような答えに、ナタルは顔を顰めてマリュ-を見た。

「どうなさいますか、艦長?」
「とりあえず、信号弾を上げて頂戴。通信が妨害されてるか、故障の可能性もあるし」
「はっ、了解しました」

 アークエンジェルから撤退の信号弾が打ち上げられる。だが、それにもキラは従おうとはしない。彼に何かあったのだろうか。必死に呼び続けるミリアリア。だが、それに返って来たのはキラの声ではなかった。

「キラ、駄目よ。もう止めてぇ!!」

 それは、フレイの悲鳴のような叫びであった。通信機から艦橋内にその絶叫が響き渡り、聞いた全員が驚いた顔になった。フレイが、キラを止めようとしているから。

「な、何よ、アルスター准尉は何をしようとしてるの?」
「分かりません。フレイ、何が起きてるの、フレイ!?」

 マリュ-の戸惑ったような質問に、ミリアリアは困惑した返事を返し、必死にフレイを呼び出すが、最悪の通信状態で思うように回線が繋がらないでいる。そうこうしているうちに、なんとフレイのデュエルがストライクに攻撃を開始した。デュエルのビームライフルの火線にストライクは追撃を止め、デュエルを狙って撃ちかえしだしている。艦橋のクルーがその光景に呆然としている。目の前で、味方同士が戦っているのだから。





 キラは混乱していた。何故、どうしてフレイが僕を止める。フレイは僕にコーディネイターを殺せと言っていたのに、だから僕はこうして頑張っているのに、フレイはそれを分かってくれないのか。

「なんで、なんで止めるんだよ、フレイ」
「キラ、お願い、話を聞いて!」
「・・・・・話、話って、今更何を話すんだよ!?」

 キラは怒りと絶望を前面に押し出して機体を動かしはじめた。フレイには見えた。キラの絶望と怒りが、暗い想念となってストライクを包んでいるのが。その怒りの矛先が自分に向いているのが。
 止めなくてはいけない。このままだと、あの優しくて臆病で泣き虫なキラは消え去り、憎悪と殺意に支配されたキラと化してしまうかもしれない。それはもうキラでは無い。キラの姿をしていても、それはキラではないのだ。

「止めて見せるわ。私の全てを使って、何がなんでもキラを元に戻して見せる!」

 一瞬命を賭けてでもという考えが過ったが、すぐにそれを打ち消した。キースも命を捨ててなにかを成し遂げるなんてのは馬鹿げた話だと言っていた。今ならそれが分かる。利己的と言われようが自分勝手と言われようが、私はキラと共に歩みたいのだ。キラだけを生かしてやろうなんてつもりは全く無い。サイを振ってまで歩むと決めた道なのだから。
 フレイはキラという強敵を前に、不敵な笑みをひらめかせた。

「そうよ、私はまだキラと話してない。このまま終わってなんかやらない。貴方が私の話しを聞きたくないなら、意地でも聞かせてやるわ。ええそうよ、私は貴方が好きだって聞かせてやるわよ!」

 なんとも無茶苦茶で自分本意な意見だが、これがフレイの出した答えだった。巡り巡ってフレイが辿り着いたのは、自分らしくキラを好きになろうという答えだったのだ。自分を偽らない、飾らない、もう嘘を付くのも止めた。そして素直になったフレイは、昔の我侭振りを取り戻したのだ。

 キラとフレイ、かつては共にあった2人が、今武器を手に殺しあっている。キラはフレイを取り戻す為に。フレイはキラを正気に戻そうとして。お互いを求める心がありながら、2人は銃を向け合っている。
 今、2人はその力の全てをもって激突した。


機体解説

試作ゲイツ

兵装  ビームライフル
    ビームクロー
    ワイヤービーム
    シールド(ABシールドかどうかは不明)
<解説>
 ゲイツの量産試作機で、まだまだ実用性に難がある。機体性能は極めて高いのだが、故障で動かなくなる事もしばしば。その実用性はXナンバーに匹敵するほどに低い。だが、基本性能はデュエル以上の高性能機ではある。
 実は本機の開発は本当ならば既に先行生産型が出来ている筈なのだが、ザフトが進めている幾つかの計画に予算を食われ、開発が遅れているという現実がある。その失敗が、後に大きく響く事になってしまう。


後書き

ジム改 とうとうキラとフレイが戦う日が来たか
カガリ キラ、強すぎなんだけど?
ジム改 うむ、我ながらどうしてこんな化け物にしてしまったのやら
カガリ イザークやミゲルじゃ勝負になってないし
ジム改 今回でキラとフレイの実力は大体ハッキリしただろう
カガリ そういえば、フレイとキラはなんか違ってたが、あれは何?
ジム改 簡単だ。フレイはNTだから相手が動くより先に反応できる
カガリ それってほとんど反則だぞ
ジム改 キラは相手の動きを見てから反応している
カガリ 見てからビーム回避してるのかよ!?
ジム改 俺も不可能だと思うのだが、原作でビームライフルをビームサーベルで切払ってるし
カガリ ……頭痛いな
ジム改 仮に人間が反応できても、機体が操作についていけない筈なのだがな
カガリ まあ良い。それで、どっちが強いんだ?
ジム改 キラは最強のコーディで種割れ中です
カガリ つまり、フレイでは勝てないと?
ジム改 同格の機体でキラにサシで勝てる奴はほぼいないよ
カガリ 言い切りやがったな
ジム改 はっはっは。では次回、カガリに遂に春が来る?
カガリ ちょっと待て、何だそれはああ!?
ジム改 キラとフレイの決着は如何に。アークエンジェルの運命は
カガリ 質問に答えろおおお!

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