第14章  補給部隊

 アスランは久しぶりにクライン邸にラクスを尋ねていた。これから任務で地球に降りる為、また暫く会えなくなるからというのが訪問の理由だ。会いに来たアスランをラクスは数えるのも嫌になるくらいのハロと共に出迎えてくれた。アスランはハロに囲まれながら、なんでこんなに贈ってしまったんだろうと自分の行為を激しく後悔していた。
 2人の会話は自然と最近の状況、つまりは戦争の事に移っていってしまう。ラクスが憂いを秘めた顔でアスランに近況を話した。

「最近、私のお友達が幾人も軍に志願してしまいました。ザフトは何処まで戦争を広げるつもりなんでしょう?」
「分かりません。ですが、父が連合致命傷を与える一大作戦の準備に入ると言っていました。それが成功すれば、戦争はそこで終わるかもしれません」

 アスランは戦火が広がる事については憂慮していたが、地球連合という敵がいる以上仕方ないと考えていた。ただ、父の言うオペレーション・スピットブレイクが成功すれば戦争は終わると考えてもいる。これは、連合の総司令部であるアラスカを総力をあげて奇襲攻撃し、軍機能を麻痺させるというものだ。これが成功すれば連合は降伏しないまでも、こちらの要求を呑むかもしれない。
 そうすれば戦争は終わる。これ以上戦死者が出る事も無く、自分もラクスとゆっくり会えるようになる。

 その後も身の回りの事などを語り合う2人の所に、議会から帰ってきたシーゲルがやってきた。珍しくアスランがいる事に表情を綻ばせている。

「来ていたのか、アスラン」
「はい、今度地球に降りることになりまして。その前にラクスに会いたかったものですから」
「そうか」

 シーゲルは嬉しそうに頷くと、ラクスを見た。

「ラクス、今日の食事はもう食べたのか?」
「いえ、アスランやお父様と一緒に食べようと思いまして」
「そうか、それではそうするか」

 シーゲルはにこやかに食堂に行こうとしたが、次の娘の言葉に笑顔を凍り付かせた。

「では、早速作りますわ。2人は食堂でお待ち下さい」
「……お前が作るのかね?」
「はいっ」

 嬉しそうに頷く娘の姿に、シーゲルは何も言えなくなってしまった。好きな男に手料理を振舞いたいというだけの気持ちから言っているのだろう。シーゲルは嬉しそうに厨房に消えて行く娘を見送り、とぼとぼと食堂に向かっていった。その後を不思議そうな顔でアスランが追っていく。
 テーブルで向かい合ったアスランは、思いきってシーゲルに問い掛けた。

「あ、あの、どうかなさいましたか?」
「……アスラン、君はあれの料理を食べた事はあるかね?」
「いえ、初めてですが」

 何となく嫌な予感がアスランを襲う。シーゲルは何を隠しているのだろうか。いや、何を恐れているのだろうか。
 アスランは思い切って問い掛けてみた。

「あの、もしかして、ラクスって料理が下手なのですか?」

 その問いに、シーゲルはとても悲しそうな目でアスランに答えた。

「まあ、食べてみれば分かる。すぐにな」

 その答えに、アスランはこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。だが、その思いを踏み躙るかのようにラクスが現れた。両手でシチューの入った鍋を抱えて。

「今用意できますから、楽しみにしてて下さいね、アスラン」
「……はい、楽しみにしてます」

 花のような可憐な笑顔を見せるラクスに、アスランは逃げ出す気力を奪われてしまったのだった。そして目の前に料理が並べられていく。見た目は問題無い。臭いも悪くは無い。ならば味も問題無いのではないだろうかと、アスランは淡い期待を抱いた。
 そして、ラクスがテーブルに付いてにこやかにアスランを見た。

「さあ、召し上がれ」
「は、はい」

 アスランはスプーンを手にシチューを一匙すくい、口に運んだ。そして、その凄まじい味わいに意識が飛びかけた。最悪の予想の斜め上をいかれたとでも言うか、まずい! などという生易しいレベルではない。もはやそんなレベルを通り越して口の中が溶かされていく感覚さえある。
 だが、アスランは脅威的な努力と精神力でこれを飲み下した。

「どうですか、アスラン?」

 期待と不安を目で力一杯表現しながら問い掛けてくるラクスに、アスランは渾身の努力で笑顔を浮かべて答えた。

「え、ええと、独創的な味ですね」
「そうですか、本の通りに作ったのですが?」

 ラクスは首を捻って自作を味わい、次の瞬間には顔色を変えて水を口に含んだ。そしてすまなそうにアスランを見る。

「す、すいませんアスラン、まさかここまで酷い出来だったなんてっ」
「いえ、気にしないで下さい。食べれないわけではないですから」

 アスランは笑いながらこの殺人的なシチューを平らげていく。恐るべき精神力だ。その姿にラクスは感激し、シーゲルはなにやら物凄いものを見ているような眼差しでアスランを見ていたのは言うまでも無い。
 この後、クライン邸から帰ってきたアスランは倒れてしまい、内臓に酷い負担があると診断された状態で地球に向う船に乗り込んだ。同行するディアッカ、ニコル、ミゲルは憔悴しきってボロボロになったアスランの姿に驚愕したという。
 後で判明したことだが、この時アスランが被った被害は、ナチュラルであれば死に至っても不思議ではないほどのものであったという。この時ばかりはアスランはコーディネイターという我が身に感謝したのだった。





 トリポリに近づいたアークエンジェルは、そこで驚くべき通信を傍受した。友軍の勢力圏が近づいたおかげで通信が繋がったのだが、ヨーロッパの軍が補給部隊を送ってくれると言ってきたのだ。合流ポイントはアークエンジェルが当面の目的地としているトリポリにほど近い場所だ。そこで艦を降ろし、補給部隊を待つ事になるのだ。
 マリュ-は嬉しそうにCICにいるナタルを見た。

「どうやら、ヨーロッパの友軍は私達を受け入れてくれるみたいね」
「はい、見捨てられたのではと心配していましたが」

 ナタルの顔にも珍しく笑顔が浮かんでいる。この辺りには有力な敵軍が居ない事はフラガとキースが航空偵察で確認している。トリポリの町は戦闘で破壊されており、今では廃墟同然だ。
 アークエンジェルは指定された海岸線で身を隠しやすい場所を探すと、そこに艦を下ろした。そして上に迷彩ネットを張り巡らせる。その作業を監督しながらフラガとマリュ-はこれからどうするかを話し合っていた。

「どうだい、戦闘も無さそうだし、半舷休息にしちゃ?」
「ですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だって。俺とキースが交代で戦闘待機してるから、偵察部隊ぐらいは追い払ってやるよ」

 2機のスカイグラスパーは緊急発進出来る状態にされている。2人の腕なら偵察機どころかジンの1機くらいでも蹴散らしてしまうだろう。確かに余り気にする必要は無いのかもしれなかった。
 そう考えると、マリュ-もフラガの提案に魅力を感じずにはいられなかった。やはり、連日の戦闘で疲れている事も確かだからだ。

「分かりました、交代で自由にしましょう。幸い地中海の海岸ですし、泳ぎたい者もいるでしょうから」
「おお、話が分かるねえ」

 マリュ-の返事にフラガは大喜びだった。それを聞いてマリュ-は僅かに眉を顰めた。もしかしてこの人、自分が遊びたかっただけなんじゃないかしら? という疑念が湧いたのだ。

 半舷休息が伝えられたクルー達は大喜びだった。急いで何処からとも無く水着を持ち出す者。その水着を貸してくれとせがむ者。つり竿を取り出して来る者など、なんで戦艦にそんな物があるんだよと言いたくなるような物を持ち出してきている。
 当然キラ達もこの命令には歓喜していた。久しぶりに遊び倒せるのだ。だが、今の彼らは素直に喜べない現実もあった。キラとフレイがどういう訳か付き合い出した為に、一方的に振られる事になったサイとの摩擦が生じているのだ。自然とカズィ、ミリアリアもキラとフレイから距離を取ることとなり、トールだけが両者の間に立っているという状態である。今もキラとフレイ、サイとカズィとトールとミリアリアという境界線が存在するのである。
 だが、そんな6人に、この空気を全く気にしない、というか気付いていない奴が話し掛けてきた。

「おい、早く海行こうぜ!」
「カ、カガリ……」

 キラはこのゴーイングマイウェイなカガリの真っ直ぐな所が気にいっていたが、もう少し回りの空気を呼んで欲しいと思うときもあった。だけど、珍しい事にトールがカガリの話に乗った。

「そうだな、行くか」

 全員を見回してトールが言ったので、みんなとりあえず頷いた。それで方針が決まり、各々水着に着替えて浜へと向ったのである。
 外にはもうすでに多くのクルーが出てきていた。海に飛び込む者、浜で遊ぶ者などさまざまである。そんな中で一際目を日いたのが水着姿のマリュ-だった。そのナイスバディに目を惹き付けられている男は数え切れない。特にフラガがほとんどナンパ同然に話し掛けている辺りがなんとも言えなかった。
 サイとカズィが海に向って行くのを見て自分も行こうとしたが、トールに呼び止められてしまった。

「キラ、ちょっと良いか?」
「トール?」

 珍しく真剣な顔をしているトールに、キラは何事かと思った。近くの木陰まで移動したところでトールが切り出す。

「なあキラ、お前、どうしてフレイと付き合うようになったんだ?」
「……フレイは、優しかったんだ。僕を慰めてくれて、それで……」
「お前が戦いたくないってのは知ってるよ。酷く疲れてるのも」

 トールはフレイからキラに近づいたという事にどうしてもおかしいと感じてしまうのだ。あのコーディネイター嫌いのフレイが、どうしてキラと付き合うんだと考えてしまう。
 だが、次にキラが口にした言葉にはトールも少し驚いてしまった。

「でも、フレイは僕に、同情で付き合ってくれてるみたいなんだ」
「同情って……」
「落ち込んでる僕を見ていられなくなったんだと思う」

 フレイには、色々とみっともない所を見られてるからね。と、自嘲気味に笑いながら話すキラに、トールは言い知れない寂しさを感じてしまった。誰も本当に自分を理解してくれる事は無い。同情で付き合ってなど欲しくは無い。そう言いたいのだろう。
 トールはキラがフレイに惹かれている事は知っていた。昔からそれでからかってきたのだから。勿論キラの恋を応援してはいた。だが、いざそれが現実になってみると、こうもお互いを傷付けてしまうものなのか。フレイがどうしてキラに近づいたのかは分からないが、それが結果としてキラを支え、そして傷付けてしまっている。傷を舐めあうというようなものではない。まるでヤマアラシのジレンマだ。近づけば近づくほどにお互いを傷付けあってしまう。
 問題の根の深さを知ったトールは、もう一度考え直す必要があると思った。フレイは、どうしてキラに近づいたのだろう。本当にただの同情ならば、それはそれで良いのかもしれない。だが、もし何か別の目的があるのなら、それは不幸しか生み出さないだろう。その時は力づくでも別れさせるしかないと、トールは考えていた。



 艦橋で下を羨ましそうに見下ろしているノイマンは、傍らでコーヒーを啜っているキースに話し掛けた。

「良いですねえ。楽しそうで」
「順番が回ってきたら俺たちも降りられるんだ。そう焦るなって」
「でも、なんか待ちきれないと言いますか……」

 はあ、とため息をつくノイマン。CICにいるトノムラやチャンドラからも似たようなため息が聞えてくる。キースはやれやれと思いながら背後の艦長席に座っているナタルを見た。こちらはじっと何かを考えているらしく、少し俯き加減だ。
 キースはノイマンとの話を再開した。
 
「でもまあ、艦長を見れないのは残念かな」
「大尉もそう思いますか? あーあ、フラガ少佐が羨ましい」
「あの人のことだから、今頃艦長に粉かけてるだろうなあ。まあ、艦長はかなり手強そうだけど」
「なるほど、確かにそうですね」

 ハッハッハと声に出して笑うノイマン。キースもその光景が想像できてしまい、笑い出してしまった。丁度その頃、浜辺でマリュ-に手を出したフラガが蹴り倒されていた事など、2人には知る由もなかった。まして、背後からナタルがいささかキツイ目で睨んでいる事など、気付いてもいなかったのである。


 交代で海岸で遊ぶクルー達。子供達はマリュ-の計らいで1日中遊べる事になっており、元気に遊び回っている。ようやく順番が回ってきたキースとノイマンは楽しそうなサイたちを面白そうに見やっていた。彼らは浜辺でビーチバレーをしている。

「いいねえ、子供たちはこうでないと」
「ここまで苦労させましたからねえ。あいつ等も15、6才の子供なんですよね」
「そう、酷い話さ。あんな子供の手を血で汚してるんだからな」

 アークエンジェルという軍艦に乗り、戦っている以上は彼らの手も血で汚れてしまっている。そういう自覚は無いだろうが、彼らの操作で放たれた砲弾は敵兵の命を確実に奪っているのだ。キラだけが人を殺した訳ではない。彼らも自覚が無いだけで人を殺しているのだ。
 キースは子供たちの中にキラとフレイの姿が無い事に気付いた。不思議に思って辺りを見回すと、2人だけ離れたところで一緒に座っているのが見えた。相変わらず子供たちの仲違いは続いているらしい。

「フレイは白のビキニねえ。あのスタイルは15歳とは信じられんな」
「大尉、子供に手を出すのは不味いですよ」

 苦笑混じりに窘められてしまい、キースは慌てて首を横に振る。自分にはロリコン趣味はないぞとばかりに。そして、すぐにまた神妙な顔にもどった。
 キースはどうしたものかと考えると、徐にノイマンを見た。

「どうだい、俺達も加わらないか?」
「良いですね。やりましょう」
「よし、決まりだ。少尉はあの2人を呼んできてくれ。俺も1人連れてくるから」

 ノイマンを2人を呼びにやり、キースは所在無さげに海を見ているナタルに歩み寄った。ナタルは黒い水着に身を包み、藍色のパレオを巻いている。

「中尉、ちょっと良いかな?」
「大尉、なんでしょうか?」

 不思議そうに自分を見るナタルの腕を、いきなりキースは掴んだ。

「た、大尉、何を!?」
「ビーチバレーのメンバーが1人足りないんだ。入ってくれ」
「わ、私がですか!?」
「でなきゃ誘ったりしないでしょう?」

 少し強引にナタルを連れてくるキース。その顔は笑いの衝動を堪えるのに必死という感じだった。今のナタルの顔は焦りと羞恥で慌てふためき、真っ赤になっていたからである。キースがナタルを引っ張ってきた頃にはノイマンが2人を連れてきていた。明らかにいずらい空気が流れていて、ノイマンが辛そうな顔をしている。

「おお、集まってるな少年少女達」
「バゥアー大尉が集めたんでしょう」

 サイがいささか刺のある声で言い返す。キースは肩を竦めると、ナタルを入れた全員を見た。

「さてと、メンバーは9人。ビーチバレーをやるには十分な人数だ。」
「1人バランス悪いと思うんですけど?」
「1人は交代で審判やる役だ!」

 断言するキースを呆れた目で見る全員。キースは少したじろいだが、ここで負けたりはしなかった。

「では、さっそくチーム分けをするかね。最初の審判は俺として」
「だから、勝手に話を進めないで下さい!」
「なんで、やりたくない。せっかくこれだけの人数がいるのに?」

 問われてサイは返答に詰まった。こうも真顔で返されるとは思ってなかったのだ。トールとミリアリアは特に反対してないし、カズィは自分から意見をいうような男ではない。キラとフレイは顔を背けたままだ。
 だが、ここでキースは珍しい行動に出た。

「なら、こうしよう。上官命令」
「それって職権濫用って気がしますが?」

 キラのぼそぼそとした反論をキースは笑顔で無視していた。

「チーム割りはキラ、サイ、カズィ、ノイマンと、中尉、ミリアリア、フレイ、トールで組もうかね」
「女性は分けた方が良いんじゃないですか?」
「気にするな。カガリがその内来るだろうから、そうしたら男性VS女性の戦いにしようか」
「そんな、これじゃ勝負になりませんよ……」

 こちらにはコーディネイターのキラまでいるのだ。これじゃ勝負になるわけがない。だが、キースな文句を言うサイを見たあと、トールとフレイを見た。

「2人とも、負けたら明日は地獄のフルコースだぞ」
「「っ!?」」

 それを聞いた途端、やる気無さそうだったトールとフレイの顔に驚愕と怯えが走った。2人して顔を見合わせ、頷き合う。

「いいか、フレイ、何がなんでも勝つぞ」
「分かってるわ、私達は負けられないんだから」

 突如として団結する2人。どういうわけかは分からないが、キースの言う地獄のフルコースというのが2人にとって死ぬほど嫌な事である事は確かなようだ。団結するトールとフレイのおかげでミリアリアとナタルも仕方なく力を合わせる事に。

「まあ、やるからには負けたくは無いな」
「そうですね」

 キースはそれを見て、サイ達を見た。

「さてと、それじゃ勝負といこうか」

 キースの合図で始められた試合。投じられるビーチボール。そして、戦いが始まった。そして、戦いは予想外の結果に終わったのである。

「……なんで、負けるんだよ、キラ?」
「僕に言われても困るよ、サイ」

 そうなのだ、キラ達はナタル達に一方的に敗北したのである。体力的にも運動能力的にも勝っている筈の自分達がどうして勝てなかったのだろうか。キースは悩んでいる彼らを見ると、ナタルを手招きした。呼ばれたナタルにキースはそっと耳打ちする。暫く聞いていたナタルは小さく頷くと、自分のチームに戻った。

「お前達、このまま3セット取るぞ!」
「どうしたんです中尉?」

 いきなりやる気を見せるナタルにミリアリアが不思議そうに問うたが、ナタルは答えてくれなかった。そして、ナタルの指揮を得たナタルチームは圧倒的な強さを発揮して次々にポイントを奪っていき、反対にキラ達はどんどん崩れ出したのである。

「何やってるんだキラ、そのくらい拾えよな!」
「サイこそ、邪魔ばっかりして!」
「2人とも、喧嘩してる場合じゃないだろう!」

 サイとキラがお互いを罵り合い、カズィが止めるが聞く様子も無い。ノイマンは右手で顔を押さえて頭痛に耐えていた。キースはそんな男チームを見て面白そうに腕を組み、女チームを見る。こちらは男チームと違って勝利の喜びに沸いていた。
 トールが受けたボールをミリアリアが素早くトスする。そしてフレイが飛んだ。

「フレイ、いっけえっ!」
「えーい!」

 フレイのアタックが決まり、またナタルチームにポイントが加算されていく。

「やったね、ミリアリア!」
「なんか、フレイと一緒に試合するのもヘリオポリス以来よねえ。懐かしい!」

 掌を打ち合って喜び合う2人。カレッジでは同じテニス倶楽部に所属していただけあって息は合っている。この2人のコンビプレーに男チームは散々泣かされているのだ。結局、この後もチームワークを形成できなかった男チームは惨敗を続けるのである。
 一説によると、男チームの面々はフレイやナタルの揺れる胸に目を奪われ、動く事が出来なかったのだとも言われている。2人ともビキニタイプだからより激しい威力がある。少なくともキースやトールは目の保養に勤しんでいたりする。
 勝負が終わった後、喧嘩寸前の空気を漂わせるキラ達にナタルが強い口調で聞いた。

「お前達、自分達がどうして負けたと思う?」
「それは、サイが僕の足を引っ張るから!」
「何言ってやがる。お前が!」
「いいかげんにしないか、馬鹿者っ!」

 いがみあう2人をナタルが怒鳴りつけた。突然の叱咤にキラとサイは驚いてナタルを見た。

「お前達が負けた原因は、その連携の無さだというのが分からんのか!」
「「…………」」

 キラもサイも黙り込んでしまった。内心では分かっていたのだが、それを口にする勇気は無かったのだ。

「お前達、戦闘でもその様にいがみ合うつもりか。そんな事をしていたら、次の戦いでは死ぬぞ!」

 ナタルに叱られて落ち込むキラとサイ。キースは2人を叱るナタルの凛々しい姿をにこやかに眺めていた。
 これがキースとナタルが企んだ事であった。いがみ合っていては勝てる戦いも勝てない。それを分からせたかったのだ。口だけで言っても分からないだろうからこんな手のこんだ事をしたのだが、果たして何処まで伝わってくれるか。

 この後、キースも加わって遊んでいたのだが、カガリが来た所でキースはそっと場所を離れた。前に散々こき下ろした事もあり、こういう場所で顔を合わせると色々気まずくなってしまう事を気にしたのだ。
 離れた所で腰を下ろしたキースの前に、冷えたドリンクが差し出された。

「お疲れさまでした、大尉」
「え、あ、バジルール中尉? あ、ありがとう」

 少し驚きながらキースはドリンクを受け取った。ナタルは微笑むとキースの隣にそっと腰を下ろす。

「正直、大尉がどうして子供達のことをあそこまで気にかけているのか、よく分かりません。ですが、何か意味があるのでしょう?」
「俺は、子供をなるべく戦争に染めたくないだけさ。戦争は大人の仕事だよ」

 キースはドリンクを口に含んだ。そして少し驚く。オレンジ味だったのだ。

「……中尉、何故にオレンジ?」
「お嫌いでしたか?」
「いや、そうじゃないがね」

 ちょっとチョイスが意外だっただけだよとは口にせず、キースはドリンクを口に含んだ。



 日もだいぶ翳ってきた頃になって、ようやく補給部隊が到着した。ストークス大尉率いるVTOL型輸送機の編隊が先導を勤めるフラガの案内の元、次々に降下してきたのである。降下した補給部隊はさっそくアークエンジェルに補給物資を搬入し始めた。普段は仕事の無い主計兵はこういう時は誰よりも忙しく。手にボードを持って走りまわっている。フレイも例外では無く、物資の確認と搬入作業に追われていた。
 補給物資の一覧を見てマリュ-が驚いた声を上げる。

「各種ストライカーパックにストライク、スカイグラスパーの予備部品。弾薬に食料、補修資材まで、よくこれだけの物を」
「正直、アラスカは我々を見殺しにしたのかと思っていましたが」

 ナタルの上層部を責めるような言葉に、ストークスは首を横に振った。

「そんな事は無いよ中尉。アラスカは君たちを忘れていはいない」
「そうですか」

 ナタルはストークスの言葉を信じる事にした。実際そうでもなければこれだけの物資を送ってくれる訳が無いだろう。だが、何よりも1番驚いたのは今降ろされている巨大な兵器である。それを見ていたフラガが呆れかえっている。

「おいおい、こいつは……」
「はい、GAT-102Bデュエルです。ヘリオポリスで作られた試作1号機は奪われましたが、モルゲンレーテから受け取ったデータを元に改良され、アラスカで生産された機体ですよ」
「じゃあ、アラスカではMSの量産が始まってるのか?」
「本格生産型の開発も進んでいますが、とりあえず当面の戦線維持の為にXナンバーを改良して生産することを決定したんです。こいつはその内の1機で、経験豊富なアークエンジェルに配備するようにと回された機体ですよ」

 ストークスは自身満万で答える。だが、フラガは良い顔をしなかった。

「ひょっとして、こいつに俺が乗れって言うの?」
「少佐が嫌でしたら、バゥアー大尉でも構いませんが?」

 ストークスに問われたフラガはしばし考え、つまらなそうに顔の前で手を振った。

「やっぱ止めとくわ。俺にはMSパイロットは似合わないよ」
「あら、少佐はスカイグラスパーから降りたくないだけじゃないですか?」
「あ、ばれたあ?」

 マリュ-の突っ込みにフラガは頭を掻きながら笑い出した。結局この男は航空機が好きなのだ。空の男とでも言うのだろうか。だが、それはキースにも言える気がする。あの男もやはりデュエルに乗ることを拒みそうだ。
 格納庫に降りてきたキースもまた、マリュ-の予想通りデュエルへの搭乗を拒んだのである。現実問題として機種転換訓練をしている暇が無い。この機体は暫く搭乗者無しで放置される事になるだろう。
 だが、キラが乗って確かめた所によると、このデュエルはストライクに使われていたOSよりもだいぶ改良されたOSが搭載され、機体のレスポンスもかなり良くなっていると言う。兵器としての完成度それ事体が試作1号機よりも向上しているのだろう。量産型なので性能と品質が安定したというところか。
 デュエルから降りてきたキラにフラガが問い掛けた。

「どうだキラ、デュエルは?」
「悪くないですね、とても乗りやすいです。ただ、OSには改良の余地が大きいですね」
「まあ、そいつはおいおい何とかするさ」

 フラガとキラが話している。それをストークスとマリュ-、ナタルが見上げていた。

「彼が、報告書にあったコーディネイターですか?」
「ええ、そうよ。彼のおかげで私達は生きて来れたわ」

 マリュ-は少しきつめの視線でストークスを睨んだ。マリュ-はあの常に悩み、苦しんでいる少年を全力で守るつもりであった。少なくとも自分の力の及ぶ限り。
 だが、ストークスは別にマリュ-が警戒しているような事を言うつもりは無かった。

「そう警戒しないで下さい。私は別に、彼をどうこうしようとは思っていません。ただ、艦長の耳に入れておきたい事がありまして」
「……なに、かしら?」
「キラ・ヤマト少尉の処遇について、上層部の意見が割れています。コーディネイターだという事で例外を認めず、早々に処分するべきだという勢力と、実際に功績を立てているのだから、このまま兵士として受け入れれば良いとする勢力にです。どちらに転ぶかはまだ分かりません」
「そんな、彼は我々の味方だぞ。上層部は何を考えている!?」

 ナタルが彼女らしくも無く怒りを露にしている。ヘリオポリスの頃はあんなにキラを乗せるのを嫌がっていたのに、いつのまにか彼女の中にもキラに対する戦友意識が芽生えていたのだ。
 ストークスは激高するナタルを手で制した。

「分かっている。そんな人ばかりじゃないから、こうして私が来たんだからな」
「……信じても、良いんだな。アラスカを?」
「ハルバートン提督のような人は、アラスカにも居るという事だよ」

 ストークスに答えに、ナタルは不承不承引き下がった。ここで補給部隊の士官と言い争っても意味は無いし、信じるしかないのだ。



 ストークスの補給部隊は帰っていた。ヨーロパ方面軍に対する自分達の動きの伝達を頼んだのである。ブカレストに向うという方針を。それを聞いたストークスはクライスラー少将なら大丈夫だと太鼓判を押してくれた。今はそれを頼りにするしかない。
 ストークスが残していった現在の詳しい戦況を纏めたナタルは、それを投影した。そこに映されたものは、まさに絶望的なものだった。

「そんな、これだけの大軍がヨーロッパに集結していたなんて」

 マリュ-が真っ青になって震えている。

「狙いはバイコヌールだろうな。だが、連合もこれだけの部隊を集めてる。こいつは大きな作戦があるな」
「ザフトはジブラルタル基地がありますからね。あそこを拠点にすれば圧倒的な大軍を展開できるでしょうねえ」
「おいおいキース、何他人事みたいに言ってるんだよ。下手すりゃ俺達も戦うんだぞ」

 何も気にしていないようなキースの物言いにフラガが呆れる。だが、キースはフラガを見て首を傾げた。

「何を言ってるんですか少佐。どのみち敵とはぶつかるんです。それに、わざわざユーラシアが補給部隊を回してくれたのは、なんでですかねえ?」
「まさかっ!?」
「そのまさかでしょう。俺達が敵部隊にそれなりの打撃を与えてくれる事を期待してるんです」

 キースは作戦図を指で指した。

「俺達が突破しようとしてるギリシアには有力な敵部隊が居ますが、有力と言っても数事体は大した事は無い。広い戦線にMSを展開させているだけです。戦車主力のヨーロッパの部隊にはキツイでしょうが、アークエンジェルとストライクを擁する俺達なら突破は不可能じゃない」
「つまり、ユーラシアの部隊は我々に補給を与えた見返りに、敵に打撃を与えろと言っていると?」
「それ以外に取りようがある?」

 キースの問い掛けにナタルは沈黙した。確かに大西洋連邦と仲の悪いユーラシアが補給部隊を回してくれたというのはいささか都合がよすぎる。ましてデュエルまで届いているのだから。

「ストークス中尉は、その辺りを知っていたと思いますか?」
「どうだろうね。彼は大西洋連邦所属だったようだし、その辺りの事情は知らなかったんじゃないかな」

 キースはストークスを擁護した。補給部隊の指揮官が、それも対立する勢力の士官にそんな情報が与えられるとは思えなかったからだ。
 だが、ギリシアを突破するとなるとそれなりの損害を覚悟する必要がある。当分はフラガとキースが交代で哨戒に出なくてはいけないだろう。パイロットの負担が増える事が予想された。だが、突破しなくてはならないのだ。損傷箇所の修理もしないといけないし、機関部などの本格的な点検も受けたい。その為には友軍の拠点に行くしかないのだ。


機体解説

GAT-102B デュエル
兵装  57mm高エネルギービームライフル
    ビームサーベル×2
    75mmバルカン×2
    対ビームシールド
<解説>
 GAT-X102デュエルの量産型。本格量産型の前に、試作Gシリーズを改修して量産したもの。デュエルはGの中では生産性が高く、最も多数が生産されている。基本的に生産はアラスカで行なわれており、現在の戦線を維持する為に各戦線に投入されている。
 アークエンジェルに配備された機体はフレイとトールの機体という事になる。



後書き

ジム改 新展開になっきたので、後書きで解説をしましょう
ミゲル なんでいきなり俺?
ジム改 意外性があって面白いでしょ?
ミゲル ……アホか?
ジム改 グサッ まあ良い、慣れてるし
ミゲル タフだな。まあ良いか、それじゃあ、これからのストーリーだが
ジム改 とりあえずアークエンジェルはヨーロッパを目指すよ
ミゲル そこでどうなるんだ?
ジム改 アークエンジェルが戦争に巻きこまれるの
ミゲル 今だって戦ってるだろうが?
ジム改 違うよ、戦闘じゃなくて、戦争に巻きこまれるんだよ
ミゲル 訳分からん?
ジム改 まあ、今は分からなくても良いの
ミゲル なんの為の後書きだか。

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