第5章 狂気
アークエンジェルが先遣隊からの通信を傍受してから暫くして、ようやくレーダーにその艦影が捉えられた。レーダー手のパルがその反応に喜びの声を上げて艦長に報告をする。
「レーダーに感有り。戦艦モントゴメリ、駆逐艦ロウ、バーナードです!」
アークエンジェルの艦橋に喜びの声が溢れた。しかし、レーダーパネルを見詰めていたパルは、急に怪訝そうな表情になる。ノイズが入ったのか、画面が乱れたのだ。計器を調整しても修正されない。
「これは……」
「どうしたの?」
マリュ-がパルに目をやったが、青褪めているその表情を見て表情を変えた。
「ジャマーです、エリア一体に干渉!」
パルの悲鳴のような報告に、艦橋は一気に静まり返った。それが何を意味するのか、誰にもはっきりと分かっていたからだ。先遣隊は、敵に見つかっていたのだ。
次々と報告が入る。敵戦力はナスカ級高速巡洋艦1、MSはジン3機、そしてイージス。モントゴメリからは逃げろと言ってきたが、マリュ-は友軍を見捨てられるような女性ではなかった。
「先遣隊を援護します。全艦第1戦闘配備!」
アークエンジェル艦内に警報が鳴り響く。それを聞いたキースはラクスの見張りから本業に戻ることにした。
「どうやら敵が来たらしいな。俺は戦闘に出るけど、君はここに居るんだよ。もし勝手に出ると撃たれるかもしれないからね」
「また、戦争ですの?」
「ああ、ザフトが攻撃してきたらしい。全くしつこい連中だよ」
少し忌々しそうにキースがぼやく。ラクスはハロを膝の上にのせ、そんなキースを見上げた。
「キースさんは、コーディネイターがお嫌いですの?」
ラクスの問い掛けに、キースは少し考えて答えた。
「昔はそうだったが、今はコーディネイターそのものを憎んでる訳じゃないな。ザフトは嫌いだがね」
キースの答えにラクスは満足そうに頷いた。
キースは部屋を出てしっかりと鍵をかけ、格納庫に向おうとしたが、何やら通路で揉めているキラとフレイを見つけて足を止めた。
「だ、大丈夫よね。パパの船、殺られたりしないわよね。ね!?」
「大丈夫だよフレイ、僕達も行くから」
キラはフレイの腕を放すと急いで格納庫に向けて走っていった。その後姿を不安そうにフレイが見送っている。キースはフレイが父親しか居ないのを思いだし、フレイの不安も当然だと思った。
そして自分も格納庫に行き、愛機であるメビウスに乗りこむ。急いで計器をチェックし、異常が無いのを確かめると緊急発進のプロセスをとった。
「急いで出る。緊急発進だ!」
「分かりました。整備員は急いで退避しろ!」
整備兵たちがエアロックの向こうに退避する。それを確認して艦首ハッチが開き、リニアカタパルトが起動する。発進前にミリアリアが敵戦力を報告してくれた。
「敵はナスカ級1、ジン3機、イージスもいます!」
「イ-ジスか。敵はクルーゼ隊という事だな」
「はい、気を付けてください!」
ミリアリアにウィンクを返し、キースはメビウスを発進させた。すでにフラガのゼロは出ている。キースにやや遅れてストライクも出てきた。キースは機体をストライクに寄せると、キラと通信する。
「キラ、どうする。なんならイ-ジスは俺が相手をするが?」
「……いえ、僕がやります。僕がやらなくちゃいけないんです!」
キースはキラに危うさを見たが、それを追求する時ではなかった。
「分かった、イージスは任せる。俺と大尉で艦隊を援護する」
それだけ言うと、キースはメビウスを最大戦速まで加速させた。エールストライクを遥かに上回る速度性能で艦隊へと向っていく。元々MAの方が構造上、足は速いのだ。キースの機体はそれを限界までオプションで強化しているから尚更である。たちまち先行しているフラガのゼロに追いつく。
「大尉、お先に!」
「ああ、死ぬんじゃないぞ!」
キースのメビウスがゼロを追い越していく。その脇をアークエンジェルが放ったらしいバリアントが通過して行った。幸いまだ沈んだ艦はいないらしい。キースは飛びまわっているジンの1機に目をつけると火器のセーフティーを解除した。
アークエンジェルの艦橋は目が回るような忙しさだった。戦況は目まぐるしく変わり、それに対応してマリュ-とナタルが指示を出している。そんな時、ドアが静かに開き、フレイが艦橋に入って来た。少しでも戦況を知りたくてやって来たのだが、モニターに映る戦闘の様子を見ると青褪めてしまう。
フレイにいち早く気付いたのはカズィだった。
「フレイ!?」
「パパ、パパの船はどれなの!?」
カズィの声など聞えていないかのようにフレイは問い掛けたが、マリューが厳しい声でフレイを叱咤した。
「今は戦闘中です、非戦闘員は艦橋を出て!」
マリュ-の言葉に後押しされてサイがフレイを連れ出そうとするが、フレイはサイの腕の中で暴れ出した。
「離して、パパの船は、どうなってるのよお!?」
なおも叫ぶフレイをサイが強引に艦橋から連れ出す。そんなサイにフレイは詰め寄った。
「キラは、あの子は何やってるのよ!?」
「キラは、戦ってるよ。でも向こうにもイージスが居るし」
イージス、キラの友達が乗っているというMS。それを聞いたフレイは冷水を浴びせられたように暴れるのを止めたが、今度は小刻みに体を振るわせだした。
「でも、あの子、大丈夫だって、言ったのよ」
「キラはイージスを良く押さえ込んでるよ。フラガ大尉は被弾して帰艦してきたけど、まだキーエンス中尉が頑張ってる」
「でも、あの様子じゃ!」
MSにMAが不利なのは常識だ。キースが常人離れした強さなのは知っているが、1機でどうにかなるとは思えない。それくらいはサイにもフレイにもわかっている。だが、2人にはどうすることも出来ないのだ。サイは泣いているフレイを抱いて居住区に戻ろうとしたが、途中でいきなり歌声が聞えてきたのに足を止めた。
「これは?」
「……ラクス?」
フレイはその歌声がラクスのものだと分かった。先ほど聴いた歌だったから。そして、すぐにあることを思い出した。イ-ジスのパイロット、アスラン・ザラがラクスの婚約者だということを。
それに思い当たったフレイはサイを突き飛ばすとラクスに部屋に向った。すぐに扉を開け、中に入りこむ。中にいたラクスは突然入って来たフレイに驚いていたが、フレイにはそんな事に構っている余裕は無かった。
「ラクス、お願い、イージスを止めて!」
「フレイさん、なにを言って……?」
ラクスは最後まで言葉を続けられなかった。フレイがラクスの手を取って無理やり引っ張り出したからだ。艦橋へと引っ張りながらフレイが説明する。
「あんたの婚約者のMSがキラの邪魔をしてるのよ。だから、そいつを止めて!」
「アスランが、ここに?」
「そうよ、このままじゃパパの船が攻撃されるわ。だから早く!!」
大体の事情を察したラクスはフレイに続いて急いで艦橋に向った。
再び開く扉。飛び込んできたフレイとラクスを見てカズィは言葉を失った。フレイは顔面蒼白で、病人のように目だけがギラギラしている。
「通信を、イージスに繋いで、早く。敵の艦でも良いから!」
「何を言ってるの、あなたは?」
訳が分からずマリュ-が問いかけるが、焦るフレイにはそんな言葉は耳に入らなかった。だが、今度はラクスがマリュ-に願い出る。
「私からもお願いします。この戦いを止めなくてはいけません」
マリュ-はようやく事情を察した、確かにこの少女の言うことならそれなりの政治的効果を期待でいるかもしれない。
だが、それは余りにも遅すぎた。通信が繋がる前に、フレイの目の前でモントゴメリーは撃沈したからである。それを見たフレイは悲鳴を上げてふらついた。慌ててサイがその体を抱きとめる。
ラクスは目の前で父親を殺されたフレイを痛ましげに見やった。
だが、今の彼らにはそんなことをしている余裕はなかったのだ。生き残ったジン1機とヴェザリウスがこちらに向ってくるのが見えたのだから。それを確認したナタルはラクスを見やると、上に上がってカズィからインカムを奪い取り、全域周波数で通信を飛ばした。
「ザフト軍に告ぐ。こちらは地球連合軍所属艦、アークエンジェル。当艦は現在、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している!」
「ラクスさま!?」
ヴェザリウスの艦橋でアデスが声を上げた。スクリーンに映った地球軍女性士官の背後に確かにラクスの姿があったからだ。
「偶発的に救命ポッドを発見し、人道的立場から保護したものであるが、以降、当艦への攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス・クライン嬢への責任放棄とみなし、当方は自由意思でこの件を処理するつもりであることをお伝えする!」
通信内容を聞いたヴェザリウスの艦橋は水を打ったかのように静まり返っていた。そんな中でクルーゼだけがせせらわらうようにひとりごちる。
「恰好の悪いことだな。援護に来て、不利になったらこれか」
「隊長……」
「分かっている、全軍攻撃中止だ」
キラとアスランも戦闘を中止して呆然とこの通信に聞き入っていた。あまりの内容に言葉を失ってしまう。
「卑怯な……」
アスランが呻くように叫んだ。
「救助した民間人を人質にとる、そんな卑怯者と共に戦うのが、お前の正義か、キラ!?」
キラに言い返す言葉は無い。なにも言ってこないキラに背を向け、イージスが遠ざかっていく。最後にアスランは厳しい口調で吐き捨てた。
「彼女は取り返す、必ずな!」
人質によって一時的に戦闘は終わった。キースは忸怩たる思いを抱えてアークエンジェルへと帰ってきた。彼自身1機のジンを堕とし、またスコアを伸ばしたものの、艦隊を救うことは出来なかったのだ。更に先ほどの通信内容。戦争に卑怯だなどという言葉は存在しないが、民間人を盾に取ることは明白な軍規違反だ。一兵士の暴走ならともかく、ナタルは士官として最低限のルールさえ破ったことになる。
そして、なによりも腹立たしいのは、そんな手まで使わなくてはいけないほどの窮状に追いこまれてしまった自分自身への不甲斐なさだ。
艦に戻ってメビウスを降りたキースの耳に、キラとフラガの会話が飛び込んでくる。
「あの子を人質にとって脅して、そうやって逃げるのが地球軍って軍隊なんですか!?」
「そういう情けねえ事しか出来ねえのは、俺達が弱いからだ!」
フラガはキラの肩を掴み、呟いている。
「俺にもお前にも、艦長や副長を非難する権利はねえよ……」
その声は何処か悔しそうだった。キースはフラガも自分と同じ思いだったことを理解したが、それをキラが受け入れられるかどうかは疑問だった。
制服に着替えるとキラと一緒に居住区へと向う。お互いに一言も発してはいない。フラガだけは艦橋に行ってしまった。
暫くすると通路の向こうから引き裂くような悲鳴が聞えてきて、2人は足を止めた。
「なんだ?」
「あの声は、フレイ?」
「あんたの仲間が、コーディネイターが私のパパを殺したのよぉ!」
「フレイ!」
「落ちついて、フレイ!」
どうやらフレイが誰かと揉めているらしい。サイとミリアリアの必死な声が聞えてくる。キラとキースは顔を見合わせるとそちらに駆けて行った。どうやら医務室の中で騒いでいるらしい。ドリンク容器が転がり、自動ドアが開け閉めを繰り返している。
医務室の中には辛そうな顔をするラクスと、宥めようとするサイとミリアリアがいた。首を振って泣き叫ぶフレイの姿が見ていて痛々しい。辺りに散らばっている物はフレイが投げたのだろうか。キラとキースが入口に立つと、ドアは開閉を止めた。気づいたミリアリアがはっとして2人を見る。
フレイは衣服を乱し、髪もくしゃくしゃにして泣きじゃくっている。キースはそれを見て無理は無いと思った。父子家庭で育った少女が、目の前で父親を殺されたのだから。
キースの隣から一歩前に出たキラがおずおずとフレイに声をかけた。
「フレイ……」
そん声を聞いた途端、泣いていたフレイがギッと振り向いた。
「嘘吐き!」
その視線の凄さにキラは思わず半歩引いた。
「大丈夫って言ったじゃない。僕達も行くから大丈夫って……何でパパの船を守ってくれなかったの。何であいつ等をやっつけてくれなかったのよおぉ!!」
「フレイ、キラだって必死に」
金切り声を上げるフレイをサイが宥めようとするが、フレイは聞く様子も無い。
「あんた、自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんでしょう!?」
「フレイさん、それは言い過ぎですわ!」
「煩い、あんたは黙ってなさいよ!」
ラクスが黙っていられなくなって口を挟むが、それはフレイの感情をより逆なでするだけであった。
フレイの言葉が、キラの胸に突き刺さる。ゆるゆると頭を振りながら後退り、ドアを出ると駆け出した。ミリアリアとラクスが後を追うとするが、キースに止められる。
「今は、1人にしてやれ。あいつにも悩む時間が必要だろうからな」
「ですが、キラさまは苦しんでいるようですが?」
「そうよ。慰めてあげるくらい」
詰め寄ってくる2人に、キースは頑として首を縦には振らなかった。ただ一言だけ、2人に答える。
「泣いてる顔を女に見せたがる男は、いないさ」
キースの言葉に、2人は渋々キラを追うのを諦めた。
誰もいない展望ルームで、キラは己の立場に苦悩していた。
ここには誰もいない。キラの思いを本当に理解してくれる人は。
みんなを守るために、みんなの為にアスランを敵に回してでも必死でやってきたのに、自分は安全な場所にいて、もっと戦えというのか? そう思うとやりきれない気持ちで一杯になる。
だが、同時に内なる声が囁くのだ。フレイが言った通りなんじゃないかと?
本当に必死で戦っているのだろうか。何処か、気づかないところで逃げているのではないだろうか。アスランと戦いたく無いから、同胞を殺したく無いから、真剣に戦ってるつもりでいただけではないのか?
そうだとしたら、フレイの父親を死なせたのは、自分ではないのだろうか。
キラは展望ルームで滅茶苦茶に喚いていた。そうしないと自分が壊れてしまうそうだったから。ガラスに何度も頭を打ち付け、その都度涙が散っていく。
そんなキラを、展望ルームの入口からじっと伺っている人影があった。その人影はゆっくりと展望ルームに入ってきて、キラの肩を叩いた。
「どうしたんだ。キラ?」
「ト、トール!?」
驚いてトールを見る。何時の間に入って来たのだろう。トールは心配そうにキラを見ている。
「フレイに、なんか言われたのか?」
「い、いや……別に……」
キラは顔を背けた。その態度がなによりも雄弁に何事かがあったことを物語っていて、トールは深い溜息をついた。
「まあ、目の前で親父さんが死んだんだ。フレイの気持ちも分かるけどな」
「トール、僕は……」
「お前は、良くやってたよ。フラガ大尉もキースさんも、お前の事は褒めてる」
「でも」
「フレイの親父さんを守れなかったって言うなら、俺やミリィも同罪だよ。同じように間に合わなかったんだからな」
トールはキラだけの責任じゃないと言う。その心遣いは嬉しかったが、キラの辛さは晴れなかった。どう言われようとも、フレイの父親を守れなかったことに変わりはないのだから。
ナタルの独断専行によるラクスの人質は、ナタルとマリュ-の反目を呼んでいた。軍人として作戦目的の完遂しか頭に無いナタルに対し、何処か甘さの残るマリュ-はナタルのやり方に我慢ならないのだ。
そのギスギスした空気の漂う艦橋で、キラを連れてやってきたキースはマリュ-に問いかけた。
「艦長、あのラクスという少女、いつまでこの艦に乗せておくつもりですか?」
「どういう事、バゥアー中尉?」
マリュ-はキースの言いたいことが分からないようだ。キースはいささか顔を顰めてマリュ-に説明する。
「敵はラウ・ル・クルーゼです。確かに今は攻撃を控えてますが、本国に攻撃許可を求めているのは確実でしょう。この艦とストライクを敵に渡す軍事的デメリットと娘1人の命、シーゲル・クラインはどちらを取るでしょうね」
キースの言葉にマリュ-は考えこみ、キラはショックを受けていた。
「そんな、父親が娘を見捨てるなんて事……」
「それが政治家ってもんだ。そういう決断が出来るから、国家のTOPを任されるんだからな」
人の上に立つというのは、それなりの覚悟と強さを必要とするものだ。というキースの言葉に、キラは黙ってしまった。
今度はナタルが横から口を挟んでくる。
「つまり、敵がラクス・クラインを見捨てる決断をする前に、こちらから新たな交渉を持ちかけると?」
「ああ、ラクスを返すから大人しく帰れ、とかいう条件でな」
「ですが、乗ってくるでしょうか?」
ナタルの疑念はもっともだ。わざと交渉に応じた振りをして騙まし討ちをしてくる可能性もあるではないか。だが、キースはその疑問に苦笑で返した。
「当たり前だろ。そんな条件、誰が易々と飲むもんか」
「では、どうするというんです?」
「簡単だ。イージスに迎えにこさせる」
イージスという名前にキラは動揺した。アスランに迎えに来させるというのか。
「イージスに彼女を乗せればイージスは戦闘に加入できなくなる。そうなれば敵の戦力は多くてもMSが2機だ。こちらはストライクに俺とフラガ大尉。互角以上の勝負が出来るだろう」
「なるほど、悪くないな」
キースの提案を聞いていたフラガが頷いた。確かに五分以上の勝負が出来る条件だ。例え敵がラクスを見捨てる決断をしていても、いざ返すと言われれば躊躇するだろう。
キースはマリュ-を見た。ナタルがどう言おうと、最終的な決定権は艦長であるマリュ-にある。
「どうします、艦長?」
「……分かったわ、やってみましょう」
マリュ-が決断した以上、ナタルも異論を挟むことは出来ない。ラクスの返還を条件とする交渉が決定したのだ。
アークエンジェルからの通信を受け取ったヴェザリウスは再び驚愕に包まていた。ラクス・クラインを返還するから攻撃を中止し、引き返せという内容であった。
「どういうつもりだ、奴等?」
「ちっ、どうやら後手に回ったようだな」
クルーゼは舌打ちした。クルーゼは本国にラクスごと討ってもいいかという許可を求めていたのだが、その返事が来るよりも早く敵が動いてしまったのだ。これでは見捨てるという選択は出来ない。
誰かは知らないが、小賢しい奴がいるようだとクルーゼは考えていた。
「ふむ、非武装状態のイージスを迎えに寄越せ、か」
「敵は、これを機にイージスを奪還するつもりでは?」
アデスの言葉に、クルーゼは頭を左右に振った。
「いや、違うだろうな。恐らく狙いはイージスの無力化だ」
「……なるほど、ラクスさまを乗せていては戦うことは出来ない」
「そうだ。その隙に足付きは全力でこの宙域から逃げ出してしまう。我々はラクス・クラインを連れていては戦闘は出来ないから本国へ引き返すしかない。敵ながら良く考えている」
クルーゼが敵を賞賛するのは珍しい。アデスが驚きの目で上官を見ていた。いずれにせよ、こうなっては相手の要求を飲むしかない。クルーゼはアスランにイージスでの出迎えを命じた。そして、アデスにイージスが足付きから離脱すると同時にエンジンを始動するように命じ、自分もシグーの所へと向った。
ラクスを迎えに出たアスランは警戒しながらゆっくりとアークエンジェルに近づいて行く。側舷に並べられているイーゲルシュテルンが慎重に自分を狙っているのが分かる。そして、艦首ハッチが開いたのを確認するとそこに機体を誘導していった。格納庫にタッチダウンさせ、そのまま誘導にしたがって行く。
そして、艦首ハッチが閉じて与圧が確認された所でようやくアスランは外に出た。下からは幾つもの銃口が自分を狙っている。下手な動きをすればたちまち蜂の巣にされるだろう。
アスランは辺りを見回してラクスを探したが、ラクスが何処にも見当たらない事に焦りを覚えた。
「ラクス・クラインを迎えに来た。彼女は何処にいる!?」
「はいはい、そう慌てなさんなって」
何処からか飄々とした声が聞えてきた。みればキャットウォークの辺りにラクスを連れた連合軍士官が3人と、キラの姿があった。
「ラクス、それに、キラまで!?」
「お久しぶりですわね、アスラン」
「……アスラン」
ラクスが嬉しそうにアスランに手を振り、キラが辛そうに顔を逸らしている。ラクスの隣に立つ連合軍士官がラクスに問い掛けた。
「あれが、君の彼氏?」
「はい、そうですわ」
「ほう、なかなか良い男じゃないか。でもちょっと押しが弱そうだな。ここぞという所で優柔不断なとこが無いか?」
「え、ええと、それはですねえ」
さらりとキツイ質問をしてくれるキースにラクスはどう答えたら良いか迷っていた。さすがに本人を前にして頷くのは不味いかなと思ったのだ。言われた当人はラクスが地球軍の士官と楽しげに話しているのを不思議そうに眺めている。
キースはラクスの手を引っ張るとイージスのコクピットに連れていった。
「さてと、アスラン君、彼女は返すよ」
「……礼は言わないぞ」
「結構だ、礼を言われるようなことじゃない。後で彼女の飯代を返してくれれば良い」
何でそっちのが重要なんだろうとアスランは思った。そしてキースはラクスをアスランの胸に少し強引に放りこむ。叩き付けられるようにして飛び込んできたラクスを受け止めたアスランは慌てて彼女を抱きしめた。
「だ、大丈夫ですか、ラクス!?」
「ええ、大丈夫ですわ、アスラン」
心配して自分の顔を除きこむアスランに笑顔で頷くラクス。そんな2人にキースは声を上げて笑っていた。敵の士官に笑われてアスランが少しむっとする。
「貴様、何がおかしい!」
「敵艦の中でラブコメしてられるとは、なかなか余裕だねえと思ってな」
しれっと言い放つキースに、アスランとラクスは僅かに頬を染めた。キースはニヤリと口元を歪めてコクピットを蹴る。
「それじゃあな、お2人さん」
「キースさん、またお会いしましょう」
ラクスの言葉にキースは少し驚いたが、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。
「そうだな。平和になるまで生きてられたら、また会う機会もあるだろう」
「はい、それまで、ご壮健で」
キースが簡単な敬礼を残してその場を去る。アスランは訳が分からずその地球軍士官を見送っていたが、その視線を今度はキラに向けた。
「キラ、お前も一緒に来い!」
いきなりのアスランの言葉に、キラは驚いた。キラだけではない、その場にいる全員が驚いている。
「コーディネイターのお前が地球軍と一緒にいる理由が何処にあるんだ、キラ!」
「……僕は」
キラは辛そうだった。だが、すぐにキッと顔を上げてアスランを見据える。
「僕は行けない。この艦には守りたい人たちが、大切な友達がいるんだ!」
キラの答えにアスランは顔を顰めた。今のキラには自分よりも大切な人たちがいる。それがはっきりと認識できたからだ。
「そうか、ならば仕方ない。次に戦う時は、僕がお前を撃つ!」
「……僕もだ」
答えるキラの声は震えていた。そして、アスランはイージスのハッチを閉じ、機体を翻らせる。それを見たキラはストライクへと向い、キースとフラガはすでにメビウスの中で待機している。すぐに来るであろうクルーゼの攻撃に備える為だ。
そして、アスランのイージスが外に出て距離を取ったと見るや、ヴェザリウスのエンジンに火が入った。すぐにクルーゼのシグーとジン1機が出てくる。それを聞いたフラガ叫んだ。
「こうなると思ってたぜ!」
フラガのゼロが飛び出し、次いでキースのメビウスが飛び出す。キラのエールストライクが若干遅れた。
「ラクス嬢を連れて帰艦しろ!」
「クルーゼ隊長!?」
アスランは上官の思惑を悟った。始めからこうするつもりだったのだ。自分は利用されたのだと悟り、アスランは唇を噛んだ。だがその時、自分の腕の中の少女がクルーゼに声を掛けた。
「ラウ・ル・クルーゼ隊長」
通信機のスイッチを入れ、凛とした声を出しているのはラクスだった。
「止めてください。追悼慰霊団代表の私の居る場所を、戦場にするおつもりですか。そんな事は許しません」
いつもとは違うラクスの姿にアスランは驚き、クルーゼは通信に舌打ちした。
「すぐに戦闘行動を中止してください。聞こえませんか!?」
ラクスの強い意思を感じさせる言葉に、暫くして通信機から返事が返ってきた。
「……了解しました、ラクス・クライン」
唖然としているアスランの前で通信を切ったラクスは、アスランの顔を見るとにっこりと微笑んだ。
出撃したキラとフラガ、キースはいきなり敵が引き上げていったことにいささか拍子抜けしてしまっていた。だが、とりあえず戦闘が回避できたのは間違いないらしい。3人は敵が完全に去るのを確認して、自分たちもアークエンジェルに帰って行った。
戦闘が終わった頃、医務室で1人ベッドにいたフレイは憔悴しきった顔に目だけを病的にぎらつかせ、内から吹きあがる激情を口に漏らすことで形にしていた。
「……このままには……しないわ」