第2章 追撃
ヘリオポリスを離れたアークエンジェルは、ヴェザリウスの追撃を恐れながらも友軍の拠点であるアルテミス要塞を目指していた。戦略上の要所という訳ではない。むしろ、戦略上の意味を喪失したからこそザフトの攻略対象とならなかったのだと言える。
ただ、この要塞が攻略されなかったのにはもう1つの理由がある。それは、アルテミスの傘と呼ばれる光学シールドの存在だ。これがある限り、アルテミスは攻略不可能に近いのだ。
ここに逃げ込めばとりあえずの安全は確保される。補給も受けられる。それがナタルの意見だった。これを聞かされた3人の士官、マリュー、フラガ、キースはどうしたものかと顔を見合わせた。
「アルテミスねえ」
「ユーラシアがこちらをどう思うかですね。何しろこの艦には友軍コードさえない」
フラガが難色を示し、キースが不安を口にする。自分たちは大西洋連邦に所属し、ユーラシア連合とは友軍とはいえ反目している。迂闊に近づけば攻撃されるかもしれない。だが、月に行くにはナタルの言うとおり物資が持たないし、他に選択肢が無いのも確かだ。
最終決定権を持つマリューは、仕方なくナタルの意見を受け入れた。
「仕方ないわね、アルテミスに行きましょう」
「……まあ、良いですがね」
キースはそれだけ呟くと、自分が腰掛けていた手摺から離れた。そして艦橋から出て行こうとする。
「中尉、どちらへ?」
「何となくだがね、嫌な予感がするんだ。今の内に機体の整備をしておこうかと思ってな。それに、ストライクにもう一度乗ってもらわなくちゃいかんかもしれんし」
意味深な言葉を残してキースは艦橋から出て行った。ナタルとマリューは煙に巻かれたような顔をしていたが、フラガだけが嫌そうな顔をし、右手で顔を覆った。
「やれやれ、もう1戦するしかないか」
「フラガ大尉?」
「あいつの勘はや結構当たるんだ。戦闘準備をした方が良いな」
フラガも立ちあがり、キースと同じように艦橋を後にする。残されたナタルとマリューは顔を見合わせ、同時に溜息をついた。どうにもMA乗りというものの考え方は理解できない。
だが、キースの悪い予感は当たっていた。デコイを使っての進路変更を見破ったクルーゼがアルテミスの航路上に待ち構えていたのだから。ヴェザリウスで宙域図を眺めるクルーゼの口元には笑みが浮かんでいる。
「さて、そろそろ脚付きが網にかかる頃だが、ガモフからの連絡は?」
「未だ、何も」
「慣性航行で音無しの構えか。厄介ではあるが、何処まで隠し通せるかな」
アークエンジェルを追い求めるクルーゼ。だが、その場にいながらもアスランは別の事を考えていた。
『何故だキラ、どうしてお前が地球軍に・・・・・・』
月で別れた親友が敵にいる。悪夢としか思えない現実にアスランは苦しめられていた。同じコーディネイターなのに、何故ナチュラルに味方するのか。それがどうしても理解できない。友達の為と言っていた。だが、自分もキラの親友なの筈だ。友人を守る為に友人と戦う。矛盾してるじゃないか。
この作戦ではストライクの破壊が加えられている。投入される戦力は連合から奪取したMS4機。敵はMS1機と戦艦1隻、とても勝負にはならない。ストライクは確実に撃破されるだろう。ヘリオポリスではジンとストライクの性能差で何機ものMSを仕留められたが、今回は性能面で引けを取ることは無い。
だが、それはアスランには辛すぎる事実だった。キラをこの手で殺すかもしれないのだから。
崩壊した日常、失われた世界。ヘリオポリスを追い出された少年達は居住区の一室で身を寄せ合う事しかできなかった。
「俺達、どうなるのかな?」
「さあ、分かんないよ」
誰にも未来なんか見える訳が無い。昨日までずっと続くと思っていた日常が、僅かな時間で崩壊してしまったのだ。これからどうなるかなんて、誰にも分かる訳が無い。
そんな中で1人だけぐっすりと眠りこけているキラがいる。フレイはそんなキラに薄気味悪そうな視線を向けていた。
「ねえ、この子、コーディネイターだったの?」
フレイの問いにサイは小さく頷いた。それを見たフレイが僅かにキラから離れる。このフレイの反応が一般的なナチュラルのコーディネイターに対する反応というものだ。サイやトールのように平然と付き合える方が珍しいのである。
疲れて眠っているキラの元を、マリューとフラガが訪れた。気付いたトールが慌ててキラを起す。無理に起こされたキラが不満げな顔でトールを見るが、偉い人が来たと言われてそちらを見る。起されたキラにマリューが頼みごとを告げて来て、それまで寝惚けていたキラはそれを聞いて一気に覚醒する。
「お断りします!」
怒りさえ見せてキラは叫んだ。
「何で僕があれに乗らなくちゃいけないんです。貴女が言った事は正しいかもしれない。僕らの周りで戦争をしていて、それが現実だって。でも、僕は戦いが嫌で、中立のヘリオポリスに来たんだ。もう僕らを巻き込まないで下さい!」
「だが、あれは君にしか乗れないんだから、しょうがないだろ?」
「しょうがないって、僕は軍人じゃないんですよ!」
「いずれまた戦争が始まった時、今度は乗らずに、そうやって死んでいくか?」
フラガの言葉にキラは言葉を失った。
「今この艦を守れるのは、俺とお前、そしてキースだけなんだぜ?」
「でも……僕はもう戦いなんて……」
声を震わせるキラに、フラガは優しいとさえ思える声をかけた。
「君は出来るだけの力を持ってるだろ、なら、出来ることをやれよ」
キラははっとしてフラガの顔を見たが、すぐに顔を逸らすと彼を突き除けるようにして部屋を飛び出して行った。それを見送ったフラガとマリューの表情は硬い。どれだけ理由を取り繕おうと、民間人を戦争に送り出すという事実は隠せはしない。
飛び出したキラは展望デッキに来ていた。そこで星を見ながらじっとフラガの言葉を反芻している。
『君は、出来るだけの力を持っているんだろ、なら、出来る事をやれよ』
キラにはあの言葉を否定する事は出来なかった。自分には出来るだけの力は確かにある。だが、自分はそれを使いたくなかったから、ヘリオポリスに逃げてきた筈だった。なのに、何故こんな事になってしまったんだろう。自分の力を見せればまた周りから化け物でも見るような目で見られてしまう。サイやトール、ミリアリア、カズィでさえ離れて行くかもしれない。それが怖いのだ。
だが、苦悩するキラの目の前に1つのドリンクがいきなり差し出された。驚いて振りかえると、そこにはキースが立っていた。
「どうしたキラ君、背中で悩めるとはなかなかの高等技術だが、あんまり悩んでると禿げるぞ」
「は、禿げるって、僕はそんな年じゃありませんよ!」
「いや、世の中には若禿げというものがあってだなあ、20前から禿げ出す奴も居ない訳では」
「だから何でそうなるんですか!」
ムキになって反論してくるキラに、キースはニヤリと笑って見せた。
「そうそう、それで良い。何を悩んでたのか知らないが、悪い方向にばかり考えるのは良くないぞ」
「……キースさん」
「で、何を悩んでたんだ?」
キースに問われ、キラはフラガとマリューの言葉をキースに伝えた。キースをそれを聞くと、どうしたもんかと頭を掻いた。
「なるほどねえ。まあ、そいつは俺も頼みに行こうかと思っていた事なんだが、まさかこうも速く動くとはなあ」
「キースさんも、僕に戦えって言うんですか?」
「まあ、なあ。あれを動かせるのはキラ君だけだしな。俺も腕にはそれなりに自信があるつもりなんだが、流石にMAだとMSには不利なんだよな」
「でも、僕は軍人じゃ……」
キラは手摺を掴み、俯く。ただ戦うのが嫌なだけではない。怖いのだ、戦場に出るのが。それを非難する事は誰にも出来ない。何処の世界に戦って死にたいなどと思う馬鹿がいるのだ。誰だって死にたくはない。戦いたくない者に戦いを強制するのは悪でしかないのだ。
だが、キースは俯くキラの肩に手を置き、諭すように話しかけた。
「良いんじゃないか、お前は軍人じゃないんだ。だから出撃したくなければそれでも良い。俺も、フラガ大尉も文句は言わないさ」
「キースさん?」
「乗るも乗らないもお前の自由だ。好きにしたら良い。俺はお前に強制するつもりは無いよ」
「…………」
キースは戦うならキラの意思で戦えという。だが、それはキラの望んでいた言葉ではなかった。キラは戦えと言って欲しかったのだ。自分が乗らなくちゃいけないというのは分かっているが、踏ん切りが付かないのだ。
キースはキラの肩から手を放すと、最後にもう1つだけ付け加えた。
「キラ、もし、本当に守りたい何かがあるなら、それを守る為に戦うってのも悪いもんじゃない。1番怖いのは、何かを失って、全てが手遅れになってから気付くことだ」
「全てが、手遅れになってから?」
キラはキースにその意味を問いたかったが、キースはそれには答えず、展望デッキから出て行ってしまった。残されたキラはじっとキースの言葉を噛み締めている。
艦内に敵発見の報が響き渡り、艦内に緊張が走る。そしてキラを艦橋に呼ぶ通信が響き渡った。それを聞いたミリアリアがそっとトールに話し掛けた。
「キラ……どうするのかな?」
「あいつが戦ってくれないと、かなり困ったことになるんだろうな」
サイがそれに答えた。トールはさっきからじっと口を曲げ、むっつりと考えている。その腕をミリアリアが揺する。
「ねえトール、私達だけこんなところで、ただ守ってもらうだけで良いのかな?」
「出来る事をやれ、か……」
ずっと考えていたこと。自分たちにも出来る事があるのではないのか。キラだけに戦わせるのでは無く、自分たちにも出来ることが。そして、トールは立ちあがり、みんなを見渡した。みんなも頷き、立ち上がる。みんな思っていたのだ、キラだけに戦わせてはいけないと。
アナウンスを聞いたキラはまだ迷っていたが、3つの言葉が頭の中で反芻し続けている。「出来る事をやれ」「本当に守りたい何か」「全てが手遅れになってから」この言葉が頭の中から消えないのだ。
でも同時に苦悩もある。何故自分なのだろう。死にたくは無い、殺したくも無い。どうして自分ばかりが手を汚さなくてはいけないのだろう。
「アスラン」
ヘリオポリスで望まぬ形での再会をした親友。もしかしたら彼とも戦わないといけないかもしれない。
キラはのろのろと艦橋へと向う。重々しい足取りが彼の内心を示しているかのようだ。角を曲がった所でキラは足を止めた。向こうからやってくるのは仲間達だ。だが、どうして軍服なんか着てるんだろう。
「トール、みんな、どうしたの、その恰好?」
「ブリッジに入るなら軍服を着ろってさ」
「僕らも艦の仕事、手伝おうかと思ってさ。人手不足だろ。普通の人よりは機械やコンピューターの扱いになれてるし」
サイの説明にキラは呆然としてしまった。
「お前にばっか戦わせて、守ってもらってばっかじゃな。俺達もやるよ」
「こういう状況だもの、私たちも出来る事をするわ」
「みんな……」
キラは胸が熱くなるのを感じた。僕は1人じゃないんだ。
格納庫に現れたキラを見て、フラガがからかうような声をかけた。
「やっとやる気になったってことか、その恰好は?」
「大尉が言ったんでしょう。今この艦を守れるのは僕達だけだって。戦いたいわけじゃないけど、この艦を守りたい。みんな乗ってるんですから」
キラの答えにフラガは頷いた。
「俺だってそうさ。意味もなく戦いたがる奴なんてそうそういない。戦わなきゃ守れないから戦うんだ」
キラはこの男を見直した。そうかと思う。軍人だから戦うのかと思っていたが、彼らだって自分と同じように守りたいものがあるから戦っているのだ。
そして、そんなキラの背中をどやしつけるように誰かが叩いた。
「よう、戦うことにしたのか、キラ君?」
「キ、キースさん……ええ、そうします」
「そうか、お前が決めたんなら、俺は何も言わないよ。フラガ大尉は敵艦攻撃に行くから、俺とお前でこの艦を守るんだ」
キースは何時もと違い、真面目な顔で説明した。
「敵はナスカ級が1、ローラシア級が1、多分ヘリオポリスを襲った奴らだ。奪取されたGが出てくる可能性もある。気をつけろよ」
「……はい」
不安そうなキラを見て、フラガがキースに文句を付けた。
「おいキース、余り新人を怖がらせるようなこと言うなって」
「大丈夫ですよ大尉。俺がキラをカバーしますから。そうそう殺らせはしません」
キースが胸を叩いて断言する。だが、フラガの表情は固かった。
「だが、Gはフェイズシフトを装備している。実弾はほとんど役に立たんぞ?」
「ビームガンとレールガン、マシンガンで出ます。ミサイルは使うつもりはありませんよ」
キースの返事にフラガは頷くと、今度はキラを見た。
「坊主は戦闘中はキースの指示に従え。とにかく、生き残ることを考えるんだ」
「は、はい。大尉こそ、気をつけて」
心配するキラにフラガはにやっと笑うと、自分の愛機の方へと飛んで行った。残されたキラの肩をキースが叩く。
「俺達も機体で待機だ。分かってると思うが、余り艦から離れるなよ。あと、味方の対空砲火にも気を付けろ。この艦の乗員は慣れてないから、味方撃ちの危険がある」
「分かりました」
キラも自分の機体へと向っていく。それを見送ったキースも自分のメビウスへと向ったが、一度だけ振りかえり、キラを見た。
「なんの因果かね。まさかこんな所で会うとは」
キースは頭を振って雑念を追い払うと、メビウスに乗りこんだ。
フラガのメビウス・ゼロがカタパルトから飛び出していく。それを艦橋から見送ったマリューとナタルの表情は厳しく、これが上手くいくのか自信が無いのを伺わせる。それでも無情に時間は過ぎ去り、戦闘開始の時が来た。
「エンジン始動、同時に主砲発射用意、目標、前方のナスカ級!」
マリューの指示を受けて機関が始動され、鈍い音を立て始める。同時に主砲であるゴッドフリートMK71がせりあがり、ヴェザリウスに照準を付ける。
「主砲、撃てえ!」
ゴッドフリートから光が迸る。それに僅かに遅れてヴェザリウスからイージスが飛び出してきた。イージス発進を聞いてキラが硬直する。アスランが出てきたのだ。
「キラ、ストライク発進です!」
「……了解」
ミリアリアへの返答も重苦しい。だが、機体は自動で発進シークエンスに入り、リニアカタパルトに誘導される。
「キラ・ヤマト。ストライク、行きます!」
カタパルトから打ち出されるストライク。バッテリーケーブルが弾けるように機体から離れ、激しいGが襲いかかる。それに少し遅れてキースのメビウスも飛び出していた。
「キラ、あまり離れるなよ。それと、後ろからも3機来ている。デュエル、バスター、ブリッツだ」
「そんな、それじゃあ!?」
「ああ、あいつ等、マジで奪ったGを全部投入してきたみたいだ。嫌な連中だよ!」
キースは吐き捨てるように言うと、キラにイージスを止めるように言った。
「お前はイージスを頼む。俺は後ろから来る3機をなんとか食い止めてみる!」
「キースさん、1機じゃ無理です!」
「お前に複数同時に相手に出来るだけの技量と経験があるのか!?」
キースに問われたキラは反論できず、黙り込んでしまった。キースはそれ以上何も言わず、3機のGへと向って行く。全部を防げるなどと自惚れてはいない。だが、1機でも多く引き付けるつもりではあった。
アスランと対峙したキラは高速で擦れ違いながら通信で会話を交していた。
「止めろキラ、俺たちは敵じゃない。そうだろ!」
キラはそれに答えられなかった。アスランを敵と思う事など出来はしないからだ。だが、続くアスランの言葉にはキラは頷けなかった。
「同じコーディネイターのお前が、何故地球軍にいる。何故ナチュラルの味方をするんだ!?」
「僕は地球軍じゃない!」
キラは咄嗟に言い返した。
「でも、あの艦には仲間が、友達が乗ってるんだ!」
その時になってようやくキラはアークエンジェルが2機のMSに襲われている事に気付いた。MSと渡り合っているのはキースのメビウスだろう。
キラは慌てて戻ろうとしたが、その前にイージスが割り込んでくる。
「やめろ!」
「アスラン……」
焦りを感じつつ、だが攻撃もできず、キラはやり場のない怒りをアスランにぶつけた。
「君こそどうして、何でザフトなんかに。戦争なんか嫌だって、君も言ってたじゃないか!」
それにアスランが答えを返すより早く、一条のビームが2機の間に割り込んできた。イザークのデュエルだ。アスランが手間取っているのを見たイザークが苛立って介入してきたのである。
アークエンジェルはブリッツとバスターに攻撃されながらも良く持ち応えていた。2機のGは強力な武装を持つアークエンジェルの懐に飛び込む事ができず四苦八苦している。
「へえ、中々の武装じゃないか。だがな!」
ディアッカがバスターの94mm高エネルギー火線収束ライフルが咆哮し、エネルギーの束を叩きつけるが、アンチビーム粒子にあえなく弾かれてしまう。舌打ちして第2射を放とうとしたが、それより早く下方から襲い来る火線に晒されてしまった。
「チッ、またあいつか!」
エメラルドグリーンのメビウス。さっきからうろちょろして目障りな上に、馬鹿に出来ない火力と機動力を持っている。砲戦型のバスターには相手にしずらい敵だった。機体を抉っていくビームガンのビームにディアッカが顔を顰める。
「くそっ、イザークは何処に行ったんだ!?」
「イザークはアスランの援護に回りました。こちらは我々だけでやるしかありません!」
ニコルのブリッツが下方から攻撃しようとしたが、イーゲルシュテルンの弾幕に阻まれて失敗してしまう。それどころか無理にロールをかけて艦体を捻ったアークエンジェルが主砲まで撃ってきたのだ。
中に乗っている民間人たちは当然ながらこの無茶な機動のツケを払わされることになる。フレイも必死にベッドルームの柱にしがみついて悲鳴を上げていた。
キースは単独で2機のMSを相手に文字通り奮戦しているといえる。だが、奮戦であって勝利ではない。確かにビームガンはあるが、自分の想像を超えて2機のGは強敵であった。
「参ったな、対MS用に武装を選んで来ってのに、まさかここまで良く動くとはな。やっぱメビウスじゃキツイな」
向こうで2機を相手に戦っているキラの事も気になるのだが、助けに行けるほど楽な状態でもない。どうやら向こうも先にこっちを片付ける気になったらしく、攻撃をこちらに集中してきている。
キースは動きをわざと直線的にして2機のGを誘った。ブリッツとバスターがそれに釣られてメビウスを追撃してくるのを見たキースはそのまま2機をアークエンジェルの対空砲火の射線上に誘いこむ。2人が罠に嵌められたと悟った時には、すでに最悪の場所に居たのである。
「少尉、今だ!」
キースの指示を受けてナタルがありったけの対空火器を撃ちまくらせた。集中する火線に晒されてブリッツとバスターの機体表面に物凄い火花が散る。実体弾を受けつけないフェイズ・シフト装甲を備える2機だが、エネルギーは無限ではない。弾を食らえばそれだけバッテリーを消耗し、いずれはフェイズ・シフトも落ちるのだ。
身の危険を感じた2人はアークエンジェルの射程外へと退いて行った。キースをそれを見送ると機体を翻したが、そこで見たのは、イージスに良いように追いまくられるストライクの姿だった。
アークエンジェルではナスカ級にロックオンされた事で騒ぎが起こっていた。先制攻撃を主張するナタルと、フラガを信じるマリューが対立していたのだ。もしフラガが奇襲に失敗していれば、どのみちアークエンジェルは助からないのだが。
それに気付いたのはクルーゼだった。突然感じた殺気ともとれる不思議な感じは。
「アデス、機関最大、艦首下げろ、ピッチ角60!」
いきなりの命令にアデスが戸惑った表情で上官を見る。この時、クルーゼは部下の反応の鈍さに苛立ったが、この感覚を伝えられない以上、どうしようもなかった。
そして、1機のMAがヴェザリウスをしたから突き上げるように出現した。
「うぉりゃああああああああっ!!」
雄叫びを上げてフラガがヴェザリウスに近づき、ガンバレルを展開させてリニアガンを機関部に叩き込む。擦れ違いざまに機関部が火を吹くのを見てフラガは歓声を上げながらそのまま情報へと突き抜けた。咄嗟にアンカーを発射してヴェザリウスに撃ちこみ、振り子のように向きを変えて宙域を離脱してしまう。
アデスが被害対処に追われる中で、クルーゼは珍しく怒りを露にしていた。
「ムゥめ……」
フラガからの作戦成功の報を受けたアークエンジェルは湧きかえっていた。マリューはこの気を逃さずに命令を下す。
「この気を逃さず、前方、ナスカ級を仕留めます!」
「了解、ローエングリン1番、2番、発射準備!」
ナタルの指示でローエングリンの砲口が艦首から突き出す。
「てェ!」
凄まじい威力を持つローエングリンが発射された。ヴェザリウスは傷付いたエンジンで必死に回避運動を行うが、ローエングリンは右舷を掠め、大きな被害を与えた。これでヴェザリウスは完全に戦闘力を失い、クルーゼは歯噛みしながら撤退を命じるしかなかった。
撤退信号を出された事にアスランは驚いたが、同時に敵艦からも撤退信号が上がるのを見た。それを見てストライクは後退しようとしたが、イザークのデュエルが追撃を止めようとはしない。
「イザーク、撤退命令だぞ!」
だが、イザークはアスランの忠告に耳を貸す事は無く、ストライクを追っていく。アスランは一瞬迷った後それに続いたが、いきなり目の前でデュエルが多数の直撃弾を浴びて吹き飛ばされるのを目の当たりにすることになる。
「な、何が!?」
慌てて周囲の状況を確認すると、1機のMAが何時の間にか近づいているのが分かった。それは、キースのメビウスだった。
「はっはっは、まだ生きてるな、キラ!」
「キースさん、助かりました!」
「いいかげんバッテリー切れだろ。先にアークエンジェルに戻れ。俺はこいつ等をもう少し引き付けたら逃げるから」
「分かりました。気を付けて」
キラのストライクが艦へと戻って行く。それを追撃しようとイージスが追ってきたが、それを遮るように放たれたミサイルがイージスを襲う。ブリッツとバスターが抜けた事で混乱を脱したアークエンジェルが援護してくれたのだ。加えてキースのメビウスがビームを織り交ぜた攻撃をしてくるのでこれへの対処もしなくてはならない。
「くっそぉ、MA風情が舐めやがってえ!」
「よせイザーク、危険だ!」
イザークのデュエルが血気に早ってキースを攻撃してきたが、キースにはそれに付き合うつもりは無かった。もうアークエンジェルは安全圏に達したと判断し、加速性能にものを言わせてさっさとデュエルから逃げ出してしまう。
イザークは逃げていくメビウスに向って罵声を叩きつけていた。
「こ、この、卑怯者がああぁぁぁぁぁ!!」
逃げていく緑色のメビウスに向ってイザークは数回ビームライフルを放ったがそんなものが命中する筈も無く、彼らは敵を取り逃す事になったのである。
逃げ延びたアークエンジェルに着艦したキースはまだメビウス・ゼロが帰艦していないのを見て首を傾げた。近くの整備兵を捕まえて問いかけると、もうすぐ帰ってくるという答えが来たので僅かに安堵する。
そして、ストライクの所にやってきた。なにやらマードックがストライクのコクピットに声をかけている。
「どうしたの、一体?」
「それが、坊主が出てこないんですよ」
「・・・・・・まあ、そうだろうな」
大体の事情を察したキースはハッチを強制解放し、コクピットに体を滑りこませた。予想通りというか、キラはシートに座ったままの姿勢で完全に硬直している。キースは微笑しながらコントロールスティックにかけられたままの指を1本1本はずしていく。
「もう終わったんだ、キラ・ヤマト。お前はみんなを、友達を守りきったんだよ」
キースの言葉にキラはビクリと体を震わせた。吐く息が荒くなり、体が小刻みに震えている。新兵が陥りやすい状態だ。無理も無い。これが初陣のようなものなのだから。
「ほら、どうした。もう戦闘は終わったんだ。誰も死ななかった。お前は良くやったよ」
「・・・・・・キース、さん?」
キラはようやくキースを認識したようだ。キースは苦笑しながらも振るえるキラの体を掴み、コクピットから引っ張り出してやる。
外に出てきたキラをみっともないと笑う者はいなかった。これが初陣なのだし、しかも子供だ。誰が彼を馬鹿に出来ようか。キースはキラに肩を貸しながらマードックに目で後は任せたと伝え、格納庫を後にした。
こうして、キラの初めての本格的な戦闘は終わった。すでに目的地であるアルテミス基地は目の前にある。誰もがようやく見方の勢力圏に帰ってこれたのだと安堵する中で、フラガとキースだけは不安を抱えていた。